窃盗団アルフォークロア!

#3・母なる大地にいだかれて

「てこずっているみたいですね」
 鳴女に言われ、ハンターたちは一同に頭を垂れた。
「す、すみません……」
 返す言葉もない泰造。
「私も相手をみくびっていたようですね。今回は私も同行します」
「えっ」
 驚くハンターたち。
「私も、あなたがたをそれだけてこずらせる窃盗団というのを見てみたくなりました。……いけませんか?」
「い、いえ……。でも」
「今までに聞いた話だけでは、危険はないように思えますよ。彼らはあなたがたを出し抜いたり、撒いたりはしてますが直接危害を加えようとはしていません」
「分かりました。同行は構いませんが、くれぐれも気をつけて」
 鳴女が颯太の言葉を受け微笑みを浮かべた。言いたかったセリフを取られ、泰造が少し不機嫌な顔をした。
「他の二人は分かりませんが、隆臣は凶悪犯です。今までに何人となく殺している。油断はしないでください」
 泰造の言葉に鳴女が頷く。
「颯太。隆臣はどこに向かってるんだ?」
 那智の言葉を受け、颯太がコンソールをいじりだした。コンソールに映し出される地図と光るドット。
「マーメイドヴィレッジはここ。そして今隆臣たちがいる場所がここ……」
 その二点を結ぶ延長線上にあるのは。
「モールマインですね」
 モールマイン。クリスタルボルケーノの中腹にある鉱山の町。
「ここにあるのは『地の宝珠』です。そして……」
「『火の宝珠』も目と鼻の先にありますね」
 鳴女の言葉を颯太が継いだ。
「でもさ。なんで隆臣たち、宝珠のありか知ってるんだろ。最初の宝珠なんか、場所も分からずにやみくもに探してたのにさ。『風の宝珠』のあったブリーズヒルシティにたどりつくまでに1週間くらいあちこち走り回ってたのに」
 那智がぼそっと呟いた。
「そんなの、月読が教えてるに決まってるじゃねーか」
 泰造が当たり前のようにいう。
「そーかなぁ」
 那智はいまいち腑に落ちないようだ。そして、鳴女も那智の言葉を聞いてから、何かを考え込むように黙り込んでしまった。

「ねー、モールマインってどんなところなの?」
 ハンドルを握る隆臣に結姫が訊いた。
「さぁな」
「すごく大きな鉱山ですよ。クリスタルボルケーノは非常に鉱物資源が豊富な火山なんです。その岩に含まれる鉱物を採掘するために掘り進められた入り組んだ鉱脈です。そうそう、近くには温泉も湧いてるらしいですよ」
 隆臣の代わりに圭麻が答えた。
「詳しいな」
「俺もさっき聞いたばかりですよ。最近、妙に情報が入ってくるんですよね」
「いいことじゃねーか。『火の宝珠』のときも頼むぜ」
「そうそう。『火の宝珠』ですが、そのクリスタルボルケーノのどこかにあるらしいですよ」
「なんだ。もう情報が入ってるのか」
「それじゃ、そのクリスタルボルケーノに行けば残りの宝珠が二つとも手に入るんだね?よかったぁ。これで伽耶も助かるね」
 結姫がうれしそうな顔をした。
「いや、月読をあまり信用しないほうがいい。宝珠を揃えたところで返してくれるという保証はどこにもない」
「そんな……。そんなこと言ったら、あたしたちが今していることはなんなの?無駄なことをしてるってことじゃない」
「無駄じゃないだろう。宝珠がそろえばあいつにも隙ができるはずだ。その隙をついて伽耶を奪う。……おれは初めからそのつもりだ」
 険しい顔で隆臣が言った。結姫の表情も曇る。
「……隆臣ってさ、伽耶を助けるためならなんでもやろうって思ってるね。……隆臣と伽耶って……」
「誤解するな。俺と伽耶はただの幼なじみだ」
「幼なじみ?それって初耳」
 結姫が興味深そうに隆臣を見た。
「もちろん、話してくれるんですよね」
 圭麻の言い方はもう問答無用という含みがある。
「しょうがねーな……。目的地までもまだまだあるし、話してやる」

 十年ほど前だっただろうか。
 隆臣は、知らない男たちに連れられ、月読の官邸にやってきた。
 そこには、隆臣と同じように連れてこられた子供たちが何人もいた。
 そして、そこに伽耶もいたのだ。伽耶は、月読の実の娘だった。
 伽耶は歳の近い隆臣たちとすぐに打ち解け、友達として、よく一緒に遊んだのだ。

「隆臣。なんで、隆臣は月読の官邸につれていかれたのですか?」
 途中で圭麻が口をはさんだ。
「よくは分からないが、俺は何かの『適合者』だったらしい。そういう名目で何人かが官邸に集められた。そして……そのうち何人かはいつの間にかいなくなっていた。どこにいったのかは……考えたくもない」
「どうして、逃げ出さないの?このままじゃ、隆臣だって……」
 結姫が憤りを押さえられない様子で半ば叫ぶように言った。
「もう、遅いんだ。……それに、今までおれは奴に人生を支配されてきた。その礼がしたくてな」
 隆臣の目に冷酷な光が宿る。
「それって……」
 言わずとも、何をしたいのかは分かる。
「そんな、それじゃ、伽耶は……」
「俺はあいつの大切な人を奪おうとしている。それに見合うだけのことをあいつにしてやりたい。そのあと、俺はあいつの前から消えるつもりだ」
「そんな……」
「それで、子供のころ、伽耶とはどうなったんです?」
 このままこの話を続けるとますます暗くなってくる。そう察した圭麻が話題を戻した。

 そう、他の『適合者』達が一人、また一人と消えていく。
「実験は成功だったらしい。……俺の体に何が起こったのかさえも知らされてはいない。気にしないことにしているけどな」
「なんなら、俺が調べましょうか」
 圭麻が提案する。
「やめてくれ」
「まぁ、俺が調べても分からないでしょうけどね」
「お前な……」
 疲れたような表情で隆臣がため息混じりに呟く。
「さてっと、クリスタルボルケーノが見えてきましたよ。宝珠はもう少しです」
 元気な圭麻の声が車内に響いた。

「この辺には二つの宝珠があります」
 鳴女がそう言いながらクリスタルボルケーノを見上げた。陽光に透き通るような姿だった。泰造は思わずどきどきする。
「一つはモールマインにある『地の宝珠』。そして、山頂付近には『火の宝珠』。正確な場所は分かりませんが、探せば見つかるはずです」
 颯太が携帯端末をいじりだした。そのスクリーンにはこの辺の地形と重なるようになにかの分布図のようなものが表示される。
「怪しい場所はこの辺ですね。エネルギーが乱れている」
 そう言いながら颯太が指差したのはモールマインの坑道の中だった。
「よっしゃ、行こうぜ!」
 泰造が勇んで歩きだす。
「ま、待てよ!まさかいきなり行くつもりじゃないだろうな」
「あたりめーだろ。何か文句あんのか?」
 颯太の言葉を訝しむ泰造。
「この場所はあくまで大体だし。もう少し情報を集めて確証を得てからでないと。『水の宝珠』のときみたいに何か仕掛けがあるかもしれないし」
「それもそーか。……しかし、めんどくせーな。よし、それは颯太に任せた。俺は一足先に行って様子だけ見てる」
 結局行ってしまう泰造。
「しょうがないな……。ま、頭使うようなことはあいつには向かないからいいか。俺達だけでも十分……那智、どうしたんだ?」
 何やら、那智がそわそわしているのに颯太が気付く。
「あ、あのさ……」
「なんだ?」
「ほら、来る途中で聞いたじゃんか。この町ってさ、その、温泉も出てるって……。せっかくだし温泉入りたいなー、なんて……」
「あー、もー、好きにしろっ。……那智も役に立つとは思えないしな……いいか」
 結局、情報収集は颯太と鳴女だけで行うことになった。

 聞き覚えのある名前だった。
 『社の湯モールマイン店』と、浴場の入り口ののれんに書いてある。
「もしかして、ここってあの桶オヤジの風呂屋の支店なのか?なーんか、変なことが起こりそうな予感がするな……」
 変な顔をする隆臣。
「風呂屋に支店があるとは驚きですね」
 圭麻は感心したように呟く。
「や、やっぱりあたしやめとく」
 結姫が少し後じさりした。
「何だよ、言い出しっぺは結姫だろ」
「だって……露天風呂でしょ、ここ。こんなに明るいのに露天風呂なんて恥ずかしい……」
「誰も覗きゃしねーよ」
 隆臣の言葉にも結姫は首を振る。
「夜になってから来る。ごめんっ」
 結姫は逃げだした。
「あ、おい……」
「ま、女の子ですからしょうがないでしょう。俺達だけで入りましょう。俺達の隣りの風呂に入るのが照れ臭いのかもしれませんし」
「そうだな、ここまできといて入らない手もないし」
 圭麻が番台の萎びきった老婆に代金を払い、タオルをあずかったり説明を受けたりした。
「今は誰も入ってないみたいですよ。貸し切りですね」
 圭麻が隆臣にタオルをわたした。
「そうか。貸し切りは好きだ」
 服を脱ぎながら隆臣が呟く。
 藻のついたスノコで滑ったり、レモンの香りの石けんで体を洗ったりしたあと、隆臣と圭麻は見晴らしのいい岩風呂にゆっくりとつかった。
「たまにはこういうのもいいもんだな」
「隆臣がそんなことを言うなんてちょっと意外ですね」
「そうか?」
「でも確かにいいもんですね。はー極楽極楽」
 爺むさいことを言いだす圭麻。
 そのとき。隆臣の背筋に一瞬冷たいものが走った。びくっとする隆臣の周りに小さな波がおこる。
「なんです?」
 圭麻が不思議そうな目で隆臣を見た。
「今、少し寒気が……これはまさか……」
 恐る恐る、浴場の入り口のほうに目を向ける隆臣。その視線を目で追う圭麻。そこには。
「あっ、隆臣〜♪」
 バスタオル姿の那智がいた。
「ぎゃああ。何でお前がここにっ!」
 思わず身構える隆臣。那智はそんな隆臣目がけて走ってくる。逃げ惑う隆臣だが、絡みつく温泉の湯で思うように身動きができない。
「つっかまえたぁ♪」
 那智が隆臣に抱きついた。触れ合う素肌。もがく隆臣。
「な、な、何でお前がここにっ」
 あられもない姿の那智から目をそらしながら隆臣が叫ぶように訊いた。
「だって、ここ、混浴だもん♪」
「そんな話聞いてねーぞっ!」
「いや、入り口でそんなこと言ってましたよっ」
 圭麻が那智から離れた場所で答えた。
「そういうことはちゃんと言えっ」
「面白いので秘密にしておいたのですが」
「するなー!」
「混浴って恥ずかしいけど、隆臣がいそうな予感がしたからきちゃったんだぁ。俺ってダ・イ・タ・ン♪」
 那智が隆臣にしがみつく腕に力を入れた。高まる密着度。
「た、頼むから離れろ。離れてください那智さまっ!圭麻、助けてくれ。あれ?け、圭麻?」
 助けを求める隆臣だが、圭麻の姿はない。逃げたようだ。
「ってことはだな……」
 那智と隆臣は二人っきりのバスタイムを過ごすこととなった。

「あれ、隆臣は?」
 一人で戻ってきた圭麻に結姫が訊いた。
「大変ですっ!隆臣がとんでもないことにっ」
「えっ」
「俺にはどうすることもできません。あの隆臣を救いだせるのは結姫だけです」
「ど、どう言うこと、詳しく説明してよっ」
 ただならぬ圭麻の様子に結姫も焦る。
「とにかく、急いでさっきの露天風呂に!そこに隆臣がいます!」
「えっ、それって男湯じゃ……」
「混浴ですっ」
「混浴なんて、そんな……」
 真っ赤になる結姫。
「その混浴に、那智が入ってきたんです!」
「ええっ。こうしちゃいらんないわ!」
 結姫は今までためらっていたのが嘘のように駆け出して行った。

「なにやってんのよっ」
 浴場の入り口のほうから声がした。
 目を向けると、結姫の姿。那智同様バスタオル姿だ。
「げっ、結姫まで……」
 動揺する隆臣。
「離れなさいっ!」
 那智と隆臣を引き離そうとするが、那智は離れない。
「何するんだよっ」
「何するのはこっちのセリフっ!」
 那智と隆臣の間に入り込めない結姫は仕方なく反対側から引っ張る。
 両側からしがみつかれ、完全に硬直する隆臣。
「隆臣は誰にも渡さないぞっ」
「何ですって、いいから黙って返しなさいっ」
「やだーい、俺、隆臣のこと大好きなんだもんっ」
「あたしだって……はっ」
 その時、隆臣と結姫の視線が交わる。そして。
「うわっ」
「きゃっ」
 隆臣が不意に重くなった。のぼせて倒れたのだ。

「し、死ぬかと思った……」
 ゆでダコのようになって宿の部屋に入ってきた隆臣。のぼせて湯から出されたところで、牽制しあう那智と結姫を尻目に這う這うの体で逃げ出したのだ。
「災難でしたね」
「圭麻が助けてくれりゃここまで事態は収拾つかなくはならなかったんだぞ」
 恨みたっぷりの視線を圭麻に向ける隆臣。
「那智に触る勇気がなかったんで、結姫をけしかけたんです。作戦はうまくいったみたいですね」
 圭麻はご満悦だ。
「その作戦のおかげで俺は両側から女にしがみつかれたんだぞ。裸同然で」
「両手に花じゃないですか」
「俺はそんなんで喜べるほどスケベじゃねーぞ」
「でも、すぐ女性を口説くじゃないですか」
「それとこれは別なんだよ。俺はこうみえてもけっこう清純なんだぞ」
「隆臣。大爆笑していいですか?」
「なぜ笑う」
「う、う、もうだめだぁ」
 言葉どおり大爆笑する圭麻。
「なぁに、圭麻ったら大笑いして……」
 結姫が入ってきた。慌てて隆臣が目をそらす。結姫もそっぽを向く。そんな二人の様子に圭麻が気づいた。
「あれ?なんかあったんですか?」
「ないっ、なんにもないっ」
 声をそろえて即座に否定する結姫と隆臣。何かあった証拠だ。
「ふーん……」
 圭麻は意味深な笑みを浮かべ、何もなかったような顔をした。
「とにかくっ。今日はもう遅いから宝珠は明日探すぞ。疲れたしな」
 隆臣が言う。話題をかえたいようだ。
「そうですね」
 この件に関してはあとあとの楽しみにしておくことにした圭麻。
「俺は夜の温泉街でもぶらぶらしてきます。情報も入るかもしれませんし」
「あ、明日にしろ」
「まだ時間も早いですしぃ」
 圭麻はそそくさと部屋を出た。
「あ、あたしっあたしも行くっ」
 結姫も部屋を飛びだそうとするが、ドアが開かない。
「さてと、あとは若い二人に任せて邪魔者は消えるとしますか……圭麻のラブラブ大作戦……なんて」
 入り口のドアにつっかえ棒をかませ、ご満悦といった表情で圭麻が宿を出て行った。

 飲んだくれたオヤジや闇夜に紛れて蠢くお年寄りの集団を避けながら温泉街を一人ぶらぶら歩く圭麻。
 ふと、その中に見覚えのある姿を見つけた。
 ハンターたちだ。浴衣姿の泰造、颯太、那智。もう一人見慣れない女性もいる。
 圭麻は後を尾けることにした。
「しかし、情報が集まらないとはなぁ。颯太も意外と当てにならないな」
「お前に言われたくないぞ」
 泰造に言われ、颯太がむくれる。
「俺は役に立ってるだろ?」
 那智が割り込んできた。
「あいつらがきてるの見つけたからな。どうする、もう一度坑道のほうに行ってみるか?このままじゃあいつらにまた先を越されるぞ」
「こんな時間にか?危ないからやめておいたほうがいいと思うが」
 泰造の提案に颯太が首を振る。
「だーいじょうぶだってぇ」
 能天気な那智。
「でもなぁ」
「ここしばらくあの鉱山は掘ってないって言うし、誰もいやしねーよ」
「それが気になるんだよなぁ」
 泰造たちは町外れにさしかかっている。人気もなく、いい感じだ。
「いいところに気付きましたね」
 圭麻はそう言いながら泰造たちに近寄って行った。
「お前は隆臣の子分……」
 泰造が身構えた。
「子分って……。まぁいいか。それより」
 圭麻はほの明るい薄闇の中で不気味な笑みを浮かべた。
「あの鉱山が掘られていないのはなぜか知っていますか?」
「掘り尽くされたからだろ?」
 颯太が引きつった顔で答えたした。
「そういう風に聞かされたんですか?」
「いや……」
「鉱山の話になると、皆一様に口を閉ざす……。違いますか」
 そうだ。確かにそうだった。
「だ、だったらなんなんだよ」
 既に颯太の表情は引きつっている。
「実は……数年前に大規模な落盤が起こったんです。それで、多くの坑夫たちの命が失われました。しかし、鉱山は掘りつづけられました。しかしそんなある日……」
「ど、どうせ作り話だろ?もう騙されないぞ!」
 そういう颯太の声が震えている。自分に言い聞かせているようだ。
「ふふふ、どうでしょう?ある日、坑夫たちが掘っている時に奇妙なものを見ました。小さな光がゆらーりゆらりと漂っているのです」
「は、ははは!そんなこと言っても無駄だぞ。泰造がな、昼間坑道を見に行ったんだ!見てないよな、そんなもの」
 颯太が上ずった声で喚く。
「いや、そういえばそんなの見たな。何だこれって思ったけど……」
 泰造が表情を引きつらせながら呟いた。颯太が表情が一気にこわばるのが分かった。
「じょ、冗談はよせ……」
「いや、見た」
「もう、それが何かは分かるでしょう……」
「よせ、聞きたくないっ」
 颯太は耳を塞いだ。
「ふふふ、続きはいいません。ただ一言いっておきます。『喰われないように、気をつけてくださいね』ふふ、うふふふふふふふふ」
 圭麻は不気味な笑い声とともに去って行った。
「面白い人たちだ……。こんなに何度も真に受けてくれると話も考え甲斐がありますねー。最近はノリもいいし♪」
 圭麻は無邪気な笑みを浮かべながら呟いた。

「やめよう。今は危険だっ」
「そ、そうだな。昼間のほうがいい。情報も集めたいしな……」
 泰造も今回は弱気だ。
「幽霊なんて、いるんでしょうか……」
 鳴女が不安な顔をする。
「……こんな町外れになんかいたくねーよぉ。怖いじゃんかぁ」
 那智が甲高い声で喚いた。
「おいっ」
 いきなり声をかけられた。
「ぎゃああああああああ」
 颯太が素っ頓狂な悲鳴を上げた。闇の中から現れたのはいかついオヤジだった。
「な、なにごとだ」
「だ、だ、誰ですか!?」
 颯太が腰を抜かしながらオヤジに訊く。
「俺は見回りの当番だ。鉱山に行くつもりならやめておいたほうがいい。あそこには恐ろしいものが住み着いている」
「そ、それじゃ今の話は本当だったのか……。か、帰ろう」
「そうだな……。出直すか」
「そのほうがいいぞ。行く時はなるべく金属を身につけて行かないように。喰われるぞ」
「わ、分かりましたあぁぁ」
 颯太たちはビビりまくりながら早足で帰路についた。

「さて、と。ラブラブ大作戦のほうはどうなったかな……」
 圭麻はつっかえ棒をはずし、部屋に戻った。
 部屋の中にはふとんが三つ並べられていて、右側と左側のふとんに隆臣と結姫がそれぞれ寝ていた。
「うーん、まだ照れがあるみたいだ……」
 そう呟きながら、圭麻はまん中の自分のふとんをどかして結姫を起こさないようにふとんをそっと隆臣のそばまで引きずり、自分のふとんを結姫のふとんがあった場所に敷き直して眠りについた。

 目を覚ますと、隆臣の顔が目の前にあった。
「きゃ」
 思わず飛び起き、後じさりする結姫。
「あいたっ」
 圭麻をふんだ。
「ご、ごめん……って、何で圭麻がここに?ここには昨日あたしが……圭麻、何かした!?」
「いいえ、ふとんを蹴散らしてこっちに寝てたんでふとんを掛けはしましたが」
「あ、あたしって寝相悪いのかな……」
 圭麻の嘘を真に受ける結姫。
「それより、昨日なんであたしと隆臣をふたりっきりにしたの!?」
「昨日何があったのか分かりませんけど、仲直りの機会をと思ってぇ」
 建前だ。
「と、とにかく。恥ずかしいからもうあんなことしないでね」
 機会があればするつもりだがそうは言わない。
「あ、そうそう、昨日の夜のことですけど」
「べ、別に何もなかったからね」
 真っ赤になる結姫。
「何かあったんですか……?いや、そうじゃなくて、宝珠の情報ですが」
「えっ、何か情報が!?」
 話題をかえたい結姫が即反応する。
「ええ。どうもあの坑道の中にあるみたいです。もう少し情報を集めてみないと確証を得られないんですが」
「じゃ、情報収集だねっ!」

 結姫たちは、鉱山の管理事務所に行って、鉱山について訊いてみることにした。
「鉱山か。あそこには、今恐ろしいものが住み着いているんだよ。おかげで仕事が出来ない坑夫がたくさんいる」
 圭麻は昨日の夜、温泉街で飲んだくれていたオヤジを思い出した。あのオヤジもそういう坑夫なのだろうか。
「何が住み着いているの?」
「それはそれは恐ろしい魔女だ。闇の奥底に潜み、得体の知れない化け物を飼っている。恐ろしいのはその化け物のほうだ」
「魔女だと?」
「その姿を見たものはいないのだが……。声を聞いたものは多い。今のところ町には出てきてないが、中に入った坑夫たちが襲われている」
「し、死んじゃったの?」
「いや、道具を壊されたんだ。鉄の道具をあんなにぼろぼろにしちまうなんて恐ろしい化け物だ、あれに人間が襲われたら……想像したくもないな」
 結姫が怯えたような顔で圭麻と隆臣の顔を見る。
「しかし、あそこに『地の宝珠』がある以上、行かないわけにはいきません」
 圭麻が険しい顔で言った。
「なに、そんな魔女なんかたたっ斬ってやる」
「ダメだ。金属を持って行くと襲われるぞ」
 隆臣が呟く。それを事務所のオヤジが咎めた。
「とにかく、宝珠だけ持って帰ればいいでしょう」
「その宝珠も、盗まれないように砂の中に埋めてあるんだよ」
「それもそうですね……そんなこと、言っちゃっていいんですか?」
「あの魔女が宝珠の力でこの町を滅ぼすかもしれない。それに比べればずっとましだ。頼む、この町を救ってくれ」
「こんな町に興味はない。俺達は宝珠を戴くだけだ」
 隆臣はそう言い、立ち上がった。

 坑道の中を懐中電灯の灯りだけで歩いて行く。
「暗いね……」
 結姫の声にエコーがかかって何重にも聞こえる。
「この辺みたいですが」
 圭麻がぼそっと呟く。
「なるほどな……」
 少し広い空間にでた。地面は砂になっていた。
「このどこかに『地の宝珠』が……」
「よし、掘るか」
 手で掘り出す隆臣。結姫たちもそれに倣うが。
「手が痛いよぉ」
「埒があきませんよ」
 すぐに音を上げた。
「くそっ、何か道具があれば……」
 隆臣が忌々しげに呟く。
「金属がダメなら、石で道具を作ればいいんじゃない?」
「この辺の石は新しい火山岩ですから脆いですよ。道具を作るには向きません」
「それじゃどうすればいいんだ?」
「……一度町に戻って対策を練りましょう。ここじゃ息苦しいです」

「化け物め、来るなら来いっ!ぶん殴ってやるぜ!」
 泰造が坑道の入り口で怒鳴っている。
「よ、よせよ……」
 颯太と那智は後ろのほうでビビっている。鳴女も心配そうに泰造を見守っている。
「あ、あ、あれ……」
 よく見ると、洞窟の闇の中に小さな光がふわふわと飛んでいる。
「たたた泰造、帰ろう。今すぐ帰ろう!」
 颯太がそう言った時。
「ああっ、てめぇはっ!ここであったが百年目……」
 泰造が何かを見つけたようだ。このセリフ。
「もしかして隆臣か!?」
 那智が駆け寄る。泰造はそれを背に坑道の中に突っ込んで行く。
「まてーっ、逃げるんじゃねぇ!……追いつめてや……!?うぎゃああっ!」
 泰造が悲鳴を上げながら飛び出してきた。体中に黒いものが取りついている。
「た、た、泰造!?何だそりゃあ!?」
「うわあっ、何だよぉ、それっ、寄るなっ」
「た、大変っ」
 那智と颯太はそんな泰造を見て逃げ出した。鳴女が慌ててその黒いものを払い落とした。
「大丈夫ですか!?」
「な、なんとか……。あああ、武器がぼろぼろだぁ。とほほほ……」
 金属製の棍棒がぼろぼろに喰われていた。

「いなくなってます」
 圭麻が坑道の外の様子をうかがった。ハンターたちはいなくなっている。
「よし、出るぞ」
 隆臣の号令の元、外に止めてあったエアカーに飛び乗る。
 エンジンをかけ……かからない。
「あれ。調子が悪いですね」
 圭麻がそう言いながらエンジンルームをのぞき込んだ。
「ああああああっ!」
 圭麻が素っ頓狂な声を上げた。そのただならぬ様子に隆臣と結姫も駆け寄る。
 見ると、エンジンルームには黒いものが蠢いていた。
 さっき泰造にたかっていて、鳴女にたたき落とされたやつだ。それが、エンジンを食らっていたのだ。
「がーん。お、俺の『マイティアースクローラー号』が!新しい機能もいっぱいつけたのに……!」
 泣き崩れる圭麻。
「いつの間にそんなこと……。また変な名前つけやがって。いずれにせよ、これじゃもうダメだな……。捨てるしかないか」
「いやです捨てるなんて!持って行くぅっ」
 駄々をこねる圭麻。
「これにはここ数日の思い出がつまってるんだっ」
 ずいぶんと短い期間の思い出ではあるが。
「俺にとっちゃどっかから盗んできたらあちこちいじられてなんだか分からなくなって揚げ句エンジン喰われて粗大ゴミになったエアカーだけどな」
 隆臣がうざったそうに言う。それでもぐずる圭麻に、結姫が見かねたように提案する。
「じゃあさ、思い出だけは忘れないように心の中にしまっておいて、これは、スクラップにして、他のいろんなメカの部品になっていつまでも残るの。これはどう?」
 ていのいい処分場送りだ。
「分かりました、それで……いい……?」
 いつの間にか、エアカーは跡形もなく喰い尽くされていた。愕然とした表情でへたり込む圭麻に聞こえないように隆臣がそっと呟く。
「処分する手間が省けていいや」

 鉱山の管理事務所。
「とにかく、あの砂を掘るための道具が必要です」
「でも、金属の道具はダメだし……。プラスチックかなぁ」
「そんなちゃちな道具が使えるか」
 意見を出し合うが、まとまらない。
「そういやぁ、これは噂なんだが」
 事務所のオヤジが割り込んできた。
「露天風呂のオーナーが妙なものをコレクションしててな。その中にどんな金属をも凌ぐ堅さを持つと言う材木で作られた『史上最強の木のクワ』と言うものがあるらしい」
「変っ、すごく話に無理があると思うのっ」
 結姫が言う。
「それを言っちゃおしまいだが、とにかくそういうものがあるらしい。それを使えばもしかしたら……」
 事務所のオヤジは考え込むような顔をした。
「よし、それじゃ、それを貸してもらうのが第一だな」
「でも……すなおに貸してくれるかな……」
「とりあえず、交渉だけでもしてみましょうよ。全てはそこからです」

 再びの露天風呂。
 番台の萎びた老婆に隆臣が尋ねた。
「ここのオーナーのコレクションの中に『史上最強の木のクワ』というものがあるらしいが、見せてもらえないか」
 すると、老婆はしばらく考え込んでいたが、やがてこのように言う。
「ありゃ、社長さんのもんだからねぇ。あたしが勝手に見せていいものやらどうやら。社長がいる時にしておくれよ」

「見せてももらえないとは……」
 がっくりと肩を落とす圭麻。ちなみに、社長は週に一度は来るらしい。ちょうど明日がその日だそうだ。
「盗み出すにしても、モノが分からないってのは難しいな……」
 隆臣はもう既に盗みだす方向で思考を進めている。
「面倒くさい、あそこにあるコレクションらしいものを片っ端から一つ残らず盗み出してやればすむことだ」
 焦れたように隆臣が言う。
「それのほうが面倒くさいよー」
 結姫が嫌な顔をした。
「しかし、他にどんな方法がある?」
「とりあえず、ブツの在かに忍び込んでみましょうよ。考えるのはそれからでも遅くはありません」
 圭麻の提案で、夜を待ち、とりあえず忍び込んでみることにした。
 番台の奥にはちょっとした廊下があり、そのさらに奥には従業員の休憩室らしい部屋がある。
 懐中電灯で部屋の中を照らす隆臣。
「中国語?」
 目に飛び込んできたのは奇妙な文字だった。
『空前絶後天下一品吃驚仰天話題騒然驚天動地国士無双。門外不出の史上最強の木のクワここにあり。問い合わせは天上天下唯我独尊の社まで』
「……これじゃないのか」
 まさに、その文字の上に飾ってるのは、見た目じゃ分からないがこの状況からして『史上最強の木のクワ』そのものとしか思えない代物であった。
「わぁ、これだっ。もう感激至極狂喜乱舞っ」
 喜ぶ結姫。
「張り合わなくてもいい」
「これを戴いて、明日はあの砂場を掘り返しましょう」
 そう言いながら圭麻が飾ってあった『史上最強の木のクワ』を手に取った。その時、扉のほうから小さな物音がした。
「なに?今の」
 結姫が扉を開けようとした。しかし、開かない。
「これは……!そうか、この木のクワをはずすと鍵がかかる仕掛けなんです!多分、この木のクワを戻すか、このクワのかかっていた金具にこの木のクワと同じ重さの何かを乗せないとこの部屋から出ることは……」
 どぉん。
 隆臣は扉を蹴破った。
「帰るぞ」
「……遊び心のない……」
 部屋を出るまぎわ、圭麻はぼそっと言った。

 案の定、翌日の露天風呂は大騒ぎになっていた。
「とにかく、騒ぎが大きくなる前にクワを持って行くぞ」
 『史上最強の木のクワ』に袋をかぶせて分からないようにしてから、宿を後にした。
 やがて、坑道入り口にたどり着いた。歩いての移動はしんどい。
「ふー、やっとついたぁ」
 結姫が額に浮かんだ汗を拭う。
「?何か見えるぞ」
 隆臣が坑道の入り口付近に何かの存在を見止めた。
 幼い少女が朝日を浴びながら体操をしている。
「お嬢ちゃん。こんなところにいると危ないよ。まっくろくろすけに襲われて食べられちゃうんだぞぉ」
 圭麻が少女をからかう。
 すると、そのまっくろくろすけが洞窟の中から現れてきた。
「食べないよぉ。この子たちはあたしのペットのカーボンヘッドちゃん」
 カーボンヘッドちゃんたちはこの少女にはなついているようだ。
「何だって!?俺の、俺の思い出を返してくれっ」
 圭麻が昨日の恨みを少女にぶつける。きょとんとする少女。
「もしかして、魔女って君のこと?」
 結姫が少女の前にしゃがみこんで目線の高さを揃えながら話しかけた。
「うん。あたし魔女っ子藍ちゃん。変身っ」
 カーボンヘッドちゃんが一斉に取り巻き、黒だるまに変身する魔女っ子藍ちゃん。
「……ただの女の子みたいですね」
「こんな所に住みついてるから魔女呼ばわりされてるんだな……」
「ねー、おにーちゃんたち、何しにきたの?」
「あのね、この中に埋まってる『地の宝珠』を探しに来たんだよ」
「知らない。なぁにそれ」
「……おもりは結姫に任せて俺達は宝珠を探そう」
「ですね」
 隆臣と圭麻は気付かれないようにこっそりと坑道内に忍び込んだ。

「なぁ、あれじゃないか、こんな訳のわからないものが盗まれるっていうのは」
 クワ盗難騒ぎに揺れる銭湯前で、泰造が颯太の顔を見ながら言う。
「そうだな……。またあいつらが動いたに違いない」
「きっとあの坑道だよ、間違いないって!」
 颯太の言葉に那智が割り込んできた。
「絶対にあそこにいるよ!だって、俺の胸のときめきがそう教えてくれるんだもん」
「どうする?一応、信じてみるか?」
 颯太が那智を気にしないようにしながら泰造の意見を求めた。
「那智のときめきなんかどうでもいい。あいつらの行く場所なんてあそこしかあり得ねー」
 颯爽とエアバイクにまたがり坑道に向かう泰造達。泰造の後ろには鳴女が乗っている。
「何か……胸騒ぎがします。よくないことがおこるような、そんな予感が……」
 その鳴女が呟く。
「あんまり不安なこと言わないでくださいよ」
「でも……大切な何かを失うような、そんな気がするんです……」
 鳴女の不安をよそに、エアバイクは坑道前に到着した。
 坑道前では二人の女の子が遊んでいた。
「……お嬢ちゃん、こんなところで……ああっ」
「あんたはドロボー猫っ」
 那智が喚きだす。
「ドロボー猫ってなによっ!あたしからみればあんたのほうがドロボー猫だもん!」
「なんだってえええぇぇ!」
「なによっ」
 引っ掴みあいになる那智と結姫。
 その時、坑道内で宝珠を探していた隆臣と圭麻が戻ってきた。
「見つかりましたっ、『地の宝珠』ですっ!」
「えらいことになったぞ!この炭坑、ぐちゃぐちゃに掘り進められていて、それでも崩れなかったのはこの宝珠の力のせいみたいだ。……宝珠をとったら崩れだしてきた。もうすぐ、完全に崩れるぞ!!」
 隆臣が緊迫した様子で叫ぶ。
「えっ、大変っ……」
 確かに、何か不穏な地響きのようなものが聞こえてきた。
「げ……なんか、マジでやばそうな予感!」
 泰造があわててエアバイクに跨がった。
「隆臣、てめーをとっとと捕まえて、こんなところとはおさらばだっ」
「そうは行くか!」
 隆臣の後ろで、大きな翼が広がった。結姫がビンガを大きくしたのだ。
「し、しまった……卑怯だぞっ!正々堂々勝負しろ!」
 泰造は喚くが、隆臣達は既にビンガに乗り、ビンガは今まさに羽ばたこうとしているところだった。
「こらーっ隆臣から離れろーっ。隆臣ーっ待ってよーぉ」
 那智の声を無視するようにビンガは大空へと飛び立って行く。
 その様子を驚愕に満ちた表情で見守る鳴女。
「あの鳥はまさか……こんなことって……!これも、これも運命だと言うの……!?」

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