窃盗団アルフォークロア!

#2・穏やかな水面の如く

「ほう、これが『風の宝珠』か……。ご苦労だったな」
 手渡された『風の宝珠』を見ながら満足げに笑う月読。
「この調子で、残りの三つも頼んだぞ……。下がってよい」
 月読はそう言うと、追い払うような身振りをした。
「その前に、伽耶は……伽耶は無事なんでしょうね!」
 結姫が月読に詰め寄る。
「ああ、無事だとも。安心するがいい」
「信じられないわ!会わせて!」
「安心しろと言っているだろう」
「よすんだ、結姫」
 圭麻が小声で結姫をたしなめる。
「でも……、わかった」
 結姫は引き下がる。
「返してほしいなら一刻も早く宝珠を揃えるのだな」
 嘲るような笑みを浮かべて月読が言い放った。結姫は憤る。
「卑怯な!」
「よせ、結姫」
 今度は隆臣が結姫を止める。
 圭麻に連れられ、結姫はそれ以上何も言わずに部屋を出ていった。後には隆臣と月読が残された。
「13号。引き続き、奴らの監視と補助を頼むぞ」
 月読は無表情のまま隆臣に言った。無言で頷く隆臣。こちらにも表情はない。そして、そのまま隆臣も部屋を去った。
 休む暇はない。次のミッションに向け、隆臣のエアカーに乗り込む三人。
 動きだしたエアカーの中で、結姫はついに泣き出した。月読から離れ、たががはずれたようだ。
「気持ちは分かるが、今ここで月読に逆らうのは得策じゃない。今、俺達にできることはあいつの言うとおり、宝珠を揃えることだけだ」
 隆臣が静かに言い放った。結姫はなにも言わない。
「俺だって……。あんな奴の言いなりになんかなりたくありません。でも、従わなければ伽耶は……」
「やめて!……あたしだって、分かってるよ、そのくらい……でも……」
 圭麻の言葉を遮るように、嗚咽混じりの結姫の叫びが狭い車内を満たした。
「宝珠を揃えて月読に渡すまでの辛抱です」
「その後のことは俺が引き受ける。お前は何も心配することはない」
 二人はなだめるように結姫に声をかけた。
「そうだね……ごめん。ありがとう」
 涙をぬぐった結姫に、力無いながらも笑顔が戻った。
 隆臣のエアカーは目的地へと向かう。
 『水の宝珠』の在りかへと。

 泰造は深々と頭を下げた。
「すみません!また逃がしてしまいましたっ」
「仲間が増えたようですね。データ外の」
 泰造たちの前のデスクに座っているのは依頼主の鳴女だ。
「あいつらも、月読の差し金なのでしょうか」
 颯太が鳴女に問う。
「とにかく、データがありません。次回はその二人についても調べてみてください。難しいのは承知のうえです。しかし、何としても月読を阻止せねばなりません。月読の目的が宝珠であることがはっきりした今、一刻の猶予もならないのです」
「わかりました」
 颯太が慇懃に頭を下げた。
「鳴女さん!一つ考えたんですけど、あいつら宝珠のありかを知らないみたいなんです。今回も颯……いや、何と言うか、場所を特定するのに時間がかかってますよ」
 那智は颯太が宝珠のありかをうっかり言ってしまったことをばらしそうになる。
「そうですね。それがせめてもの救いでしょう。そこを突けば、守り抜くこともできるのでしょうが……」
 鳴女が瞑目し、考え込みはじめた。
 泰造はこういうのがかなり苦手で、だんだんそわそわしはじめている。体を常に動かしていたいタイプなのだ。
「次に、奴らが狙うのはどの宝珠なのでしょう?」
 颯太の言葉に目を開く鳴女。手元にあったコンソールを操作すると、スクリーンに周囲の地図と光の点が表示された。
「この方角にあるのは『マーメイドヴィレッジ』か。となると……」
「次に奴らが狙うのは『水の宝珠』ですね」
 鳴女の言葉に颯太が割り込んだ。
「そうですね。では、前回同様、全力で彼らを阻止してください。こちらは月読の動向をさぐります」
 鳴女はそう言うと奥の部屋に消えて行った。

「隆臣。このエアカー、改造していいですか?」
 圭麻がとんでもないことを言いだした。
「ああ、好きにしろ。どうせ俺のものじゃない」
 隆臣はそれをあっさりと承諾する。その理由もとんでもなかった。
「えっ、これって隆臣のじゃないの?借り物?」
 結姫が驚いて隆臣に訊いた。
「まさか。戴いてきたんだよ」
 隆臣は当たり前のような顔で答えた。結姫は引きつった笑みを浮かべることしかできない。。
 圭麻はしばらくエアカーをいじくり回していたが。それもやがて終わった。
「よし、できた。次のターゲット『水の宝珠』向けにバッチリ改造しましたよ。名づけて『ブルーマリンブルー号』」
「名前なんかどうでもいい」
 うんざりしたような顔で隆臣が呟く。
「気に入りませんか?……『バトルフィッシュストリーム号』の方がよかったかなぁ……」
 圭麻は考え込んでいる。
「名前なんかいいっての」
「じゃ、やっぱり『ブルーマリンブルー号』にしますね」
「好きにしろ」
 隆臣はまだミッション前だと言うのに疲れきった顔をした。

 風に潮の匂いが混じってきた。海が近い。
 マーメイドヴィレッジは海の上に漂う浮き島の村落だ。
 あくまでも噂なのだが、『水の宝珠』があるのはこののどかな村のどこかだと聞かされた。
「わあ、海だっ」
 地平線の彼方に輝く水平線が平行にならんでみえてきた。結姫が子供みたいにはしゃいでいる。いや、結姫はまだ子供だからいいのだ。
「はしゃいでる場合じゃねーぞ。まだ本当にマーメイドヴィレッジに『水の宝珠』があるのかわかんねーんだ」
 隆臣はあくまでも冷静だ。
「しかし、こんな心許ない噂だけをもとにどうやって探せばいいんですかね」
「ついたら誰かとっつかまえて脅しゃ吐くだろ」
「そんなことしちゃだめっ」
 隆臣の暴言に結姫がすかさず突っ込む。
「じゃ、他にどーすりゃいいんだよ!」
「まぁまぁ」
「なにも脅さなくたっていいじゃないのっ。普通に聞けばいいじゃない」
「じゃあ、普通に聞いたらいうのかよ。ふらっと来たような連中に『水の宝珠』のありかなんか教えてくれるとは思えねーけどな」
「だからって乱暴なことはしないでよね」
「まぁまぁ」
 言い合いになる隆臣と結姫。圭麻が止めに入るが聞く耳を持たない。
「だいたいなぁ、お前ら自分の立場分かってんのか?いくら脅されてやってるとはいえ泥棒は泥棒……うっ」
 突然隆臣が硬直した。
「な、なに?どうしたの?」
 結姫はなにもしていない。何があったのか不安そうに隆臣を見ている。
「おい、ちょっと物陰に隠れるぞ。寒気がしてきた」
「具合悪いの?」
「いや……」
 隆臣はブルーマリンブルー号を岩陰に停めた。そして、岩に隠れるように街道のほうを窺う。
 3台のエアバイクが通り過ぎていくのが見えた。
「あいつらだ……」
「あのハンターたちが来るってことは、ここに間違いないみたいですね」

 圭麻の提案で、泰造たちを尾行することになった。もしかしたら、『水の宝珠』のありかを知っているかもしれない。
「3人で追うのは目立ちすぎます。誰かが単独で尾行して、何かあったら連絡するようにしましょう」
「誰が追うんだ?」
「うーん、俺はそういうのなれませんし、結姫じゃちょっと心配な気もしますし……。やっぱり隆臣しかいないでしょう」
「俺?なんで俺が那智を追っかけなきゃならねーんだ」
 隆臣は顔を引きつらせた。本気で嫌がっている。
「もしかしたら『水の宝珠』のありかをあいつらが」
「俺が聞いてんのはそんなことじゃねーよ」
「シャラーップ!子供じゃないんだからいちいち口答えするんじゃないのっ!」
 結姫に叱られてしまう隆臣。結局、すねながらもこの役目を受け持つことになった。

「なぁ。さっきから誰かに見られてるような気がしないか?」
「そうか?」
 颯太の言葉に泰造は当たりを見渡した。しかし、特に人影はない。
「なんて言うかさ、こう……うれしいような恥ずかしいようなそんな気分になるんだけど、なんでだろ」
 頬を染めながら那智が言う。
「気味が悪いな。ちょっと、あたりに注意しながら進もうぜ」
 那智は無視された。
 3人の後ろからは隆臣がこっそりとつけてきている。特に那智が、その視線に反応しているようだ。
「まずは情報を仕入れないと。どこに『水の宝珠』があるのかわからないし」
 どうやら詳しい場所は泰造達も知らない様子だ。そのことを連絡するために無線で圭麻と連絡をとる隆臣。
「圭麻か?俺だ」
『言われなくても分かります』
「……。とにかくだ。あいつらも宝珠の場所はわからないらしい。……なぁ、戻っていいか?」
 隆臣は那智から遠ざかりたいらしい。
『ダメです。宝珠についてはこちらはこちらで探しますから、隆臣はあちらの状況を伝えて下さい。ハンター達が何か掴んだときも連絡して下さいね。じゃ』
 容赦なく無線を切る圭麻。
「マジかよ……」
 その時、那智が不意に隆臣のほうを見た。那智の視線を感じて鳥肌を立たせる隆臣。しかし、那智は隆臣がそこに隠れていることには気づいていない。気にはなっているようだが、その気になる理由が掴めていないようだ。
「身がもたねーぞ……」
 ぼやきながらも隆臣は歩き出した泰造達を追った。

「確か、『風の宝珠』のときは宝珠のあった鉄塔を中心に風が渦巻いてましたよね。だから、ここでも同じように水が不自然な動きをしているところに『水の宝珠』があるとおもうんです」
 足元に広がる海を見つめながら圭麻が言った。
「そっか。じゃ、そういうところ探してみようよ」
 元気よく駆け出す結姫。
 しかし、いくら捜し歩いてみても特に変わったところはない。どこも穏やかだ。
「だめだよ、わかんない」
 結姫が溜め息をつきながら座り込んだ。狭いとはいえ、村のあちこちを歩き回ったのだ。疲れて当然だった。それに、この村は水の上の村。流れなどにもまれても壊れないようにか、やわらかい草などで道がつくられているので、歩きにくいのだ。
「特に、変な流れは見つかりませんね……」
 首をかしげながらさっきと同じように海を見おろす圭麻。
「あれ?」
「なぁに?何かみつけたの?」
 結姫が顔を上げた。
「いや……何かが引っかかるんです……」
 海をじっと見つめたまま、じっと考え込む圭麻。そして、ふと気がつく。
「分かった……、分かったぞ!この海には波がないんだ!」
「それって、もしかして……」
 立ち上がる結姫。
 多分、『水の宝珠』の力で波を押さえている。だからこの村は波に流されたりもまれたりしないのだ。
「で、どこに宝珠があるの?」
「さあ、そこまでは」
「だよね……」
 一気に盛り下がる二人。
「とにかく、水の流れを見て探すのは諦めましょう。隆臣に期待したほうがよさそうですね」
「でも……。他の方法も考えてみようよ。あたし、自分で探すことを諦めたくない」
 結姫はそう言うと毅然と立ち上がった。

「……俺なのは分かってるよな」
『はい』
 さっきのやり取りを根に持ってそう切り出した隆臣だが、けろっとした声で答える圭麻に急にばかばかしくなり、根に持つのをやめた。
「『水の宝珠』のありかが分かった。『幻珊瑚の神殿』ってところに祭られているらしい」
『本当ですか!?分かりました、すぐに行きます!……で、どこですか、それ』
「知るか」
 そう言い残し、隆臣は無線を切った。
 泰造達もその情報だけで、『幻珊瑚の神殿』がどこにあるのか掴んでいない。
「『幻珊瑚の神殿』ってくらいだから、珊瑚でできてるんだよな」
 泰造がもっともなことを言う。
「どうかな……。一通り回ったつもりだが、そんな建物は見た憶えがないし。幻珊瑚を祭った神殿なら珊瑚でできてるとは限らない。とにかく、名前だけが頼りだな」
「颯太ぁ。探せないのかよぉ」
 いいながら那智が颯太の腕を引っ張った。
「ちょっと、無理そうだよな……。多分、それなりに大きい建物だとは思うんだ。それらしい建物を片っ端から当たってみよう」
 颯太のレーダーも、電波も何も出さないナチュラル指向の村では役に立たないようだ。
 捜し歩くうちに、泰造達はそれらしい建物の前に出た。
 やはり、草を編んで作られた建物だが、かなり大きく、他の建物とは作りが違う。
「ここかな」
「よし、行ってみよーぜ」
 ずかずかと突っ込んで行く泰造。
「おいおい、勝手に入っていいのかよ」
 那智が止めようとするが、泰造は止まらない。二人は建物の中に消えて行った。
「おいっ……しょうがない連中だな……」
 颯太はそう呟きながらしぶしぶ建物に入っていった。
 そして、颯太は知る。ここが一般人の入場を許可していることを。入り口すぐのところに拝観料を集めているおばちゃんがいることが、その何よりの証拠だった。
「はいはい、一人5ルクだよ」
 カゴの中に5ルクのコインを入れると、パンフレットをくれた。
「……なんか、観光に来た気分だな」
 複雑な表情で颯太が呟く。
「ちくしょー、がめつく金なんかとりやがって……」
 怒りに満ちた表情で言い捨てる泰造は金を払わされたことがよほど悔しいのか。
「なんかわくわくするぞぉ」
 一人浮かれる那智。
 その様子をうかがっていた隆臣が、再び圭麻に連絡を入れた。泰造達が『幻珊瑚の神殿』を見つけたことと、その場所を伝える。
「先を越されているからな。できるだけ早く来い。それと、入場料が一人あたり5ルクいるようだ。その金は俺が持つ」
『おや、ずいぶんと気前がいいんじゃありませんか?信じられない』
「実は、今、入場料を入れているカゴから少し失敬した。結姫には内緒だぞ」
『……分かりました。二人だけの秘密ですね』
「そのとおりだが、その言い方はあやしいから止せ。じゃ、早く来いよ」

 『幻珊瑚の神殿』の前で待っていた隆臣の目の前の海面が、突然盛り上がった。現れたのは、隆臣のエアカーだ。
「おどかすなよ……。水陸両用にしたのか?」
 言葉どおり驚いた隆臣が、圭麻に聞いた。
「はい。『ブルーマリンブルー号』にふさわしく、海の中も自在に進む夢のマシンに生まれ変わりました」
 自慢げな笑みを浮かべながら圭麻が胸を張った。
「名前はいい」
 名前のことを忘れていた隆臣は、自分の(盗んだ)マシンに勝手につけられた名前を思い出してげんなりした。
「とにかく、奴等はもう『水の宝珠』にたどりついているかもしれない。どうするつもりなのかはわからないが急いだほうがいい」
 盗んでおいたコインをカゴに戻して、3人分のパンフレットを受け取る隆臣。一応、それぞれにパンフレットを配る。
「なるほど。この『拝殿』に宝珠があるんですね。多分」
 パンフレットの見取り図を見ながら圭麻が言った。
「すぐそこだね……」
 緊張気味の結姫。あのハンター達が待ち構えているかもしれないのだ。何が起こるかわからない。
「ぎゃああああああああ!」
 突然、悲鳴があがった。
「な、なんだ!?」
 身構える隆臣。
「拝殿からですよ!」
「今の声……ハンターの一人だ……。何かあったのかな……。怖い……」

 泰造達は拝殿にたどりついた。
 かなり広い部屋だった。そして、草の床の下の海面から珊瑚が木のように聳えていた。これが幻珊瑚のようだ。そして、その珊瑚に囲まれるように小さな祭壇が設けられていた。パンフレットに載っている写真の通りだった。
 近づいてみると、祭壇の前には小さな泉のようなものがあり、水がなみなみと湛えられていた。
「?宝珠らしいものは見当たらないが……」
 颯太があたりを見回した。
「あ。あったぞ、颯太。よーっし」
 那智が指差したのは祭壇の前にある泉だった。覗きこむと、確かに宝珠らしいものが水底に揺らめいている。
 那智は腕まくりし、おもむろに泉に手を突っ込んだ。
「おいおい……。いいのかよ、そんなことして……」
 不安げな颯太。
「何か、たたりとかないだろうな……」
 不安の原因はこれのようだ。そんな颯太の不安をよそに、どんどん腕を深くまで突っ込む那智。しかし、つけ根まで沈めても何も掴めない。
「めちゃくちゃ、深いみたいだ」
 そういいながら那智が腕を引き抜いた。
 その時だった。泉の上に、不意にぼんやりと揺らめく人影が現れたのだ。長い髪の、若く美しい女性。その肌は白く透き通り、本当に向こう側が透けてみえるのであった。
「ぎゃああああああああ!」
 颯太が素っ頓狂な声を上げた。
「ゆ、ゆ、幽霊……」
「いやだわ、私は水の精霊……」
 自称水の精霊がそう言いかけたが、そこには既に誰もいなくなっていた。

 結姫達がかけつけようとすると、拝殿から飛び出してきた泰造達に出っくわした。
「あっ、隆臣!ここで会ったが百年目……」
「今はそれどころじゃないっ」
 身構える泰造のうしろから颯太が叫んだ。
「でかい声がしたが、何があった」
 隆臣がやはり身構えながら訊いた。
「だからそれどころじゃない」
 颯太はとにかくこの場所から離れたいようだ。
「この部屋に入ったら、出たんだよ、髪の長い女の幽霊が!」
 那智が興奮気味に叫んだ。
「やはり、出ましたか……」
 それを聞いた圭麻がぼそっと呟いた。
「何か知ってるのか?」
 隆臣に促され、圭麻はゆっくりと物静かに語り出した。
「こんな噂を聞いたことがあります……」
「聞きたくないっ、聞きたくないっ!」
 颯太は耳を塞いだ。
 構わず、雰囲気たっぷりに続ける圭麻。
「これは、つい最近の話ですが、この村に観光でやってきた女性と、この村の若者が恋に落ちました。一目惚れというやつですね。しかし、女性は観光で来た身。すぐに帰らなければなりませんでした。そして、半年後にまた来ることを約束して女性は帰っていったのです。約束通り、女性は半年後にこの村をおとずれました。しかしその時、その若者には恋人が出来ていたのです。女性は失意のままこの海に身を投げ……」
 ごくりとつばを飲む那智。泰造は半信半疑といった顔で聞いている。
「やがて、女性の遺体はここで見つかりました。幻珊瑚に引っかかっているのを、拝観に来た人が見つけたんですが……。それ以来、ここではおかしなことばかり起こるようになりました。女性の姿を見たり、悲しそうにすすり泣く女性の声が聞こえたり。突然、海の水が血の色に染まることも……!」
「ぎゃああああああ!」
 颯太が叫んだ。耳を塞いでいても、しっかりと聞こえていたようだ。
「う、海が!」
 那智が涙声で叫んだ。見ると、いつの間にか海が本当に血の色に染まっていた。
 ハンター達は、形容し難い悲鳴とともにクモの子を散らすように逃げていった。
「……作り話だよな」
 隆臣が、満足げにポーズをとる圭麻に訊いた。
「はい♪」
 上機嫌で答える圭麻。
「海が赤くなったのはどういう仕掛けだ?インクでもまいたのか」
「さあ。赤潮じゃないですか」
「……俺達まで騙してもしょうがないだろ」
「俺は本当に何もしてません。偶然でしょう」
「……そうか……?」
 釈然としない顔の隆臣。結姫も何かいやな感じになった。圭麻だけが、平気な顔でにこやかに笑っている。
「ま、宝珠だけいただけばここは用済みだし……行くぞ」
 隆臣がそそくさと拝殿に入って行った。

 隆臣達も、拝殿で泉の底の宝珠を見つけた。
「これか」
 那智と同じように、腕を泉に突っ込み、宝珠をとろうとする隆臣。しかし、やはりとることはできない。
「深いな……」
「マジックハンドでとりましょう」
 圭麻がどこからともなく取り出されたマジックハンドで宝珠を掴もうとする。しかし、マジックハンドはただ水をかき回すばかり。底につく様子もない。
「……おかしいですね……。見た感じこんなに深くはないのですが……」
 不思議そうに泉をのぞき込む圭麻。
 その時、どこからともなく女性の笑い声が聞こえてきた。
「何がおかしいんだ、結姫」
 隆臣に聞かれて慌てて首を振る結姫。
「あたしじゃないよ」
 またしても、どこからともなく笑い声。
 なんとなく、背筋が冷たくなる結姫達。そして、自称水の精霊が、先ほどと同じ場所に姿を現した。
「おいっ、これは一体……」
「ま、まさか本当に入水自殺者の亡霊がっ……」
 気が動転する圭麻と隆臣。結姫は既にへたり込んでいる。
「あたしは水の精霊です」
 妙に朗らかに言う水の精霊。
「せ、精霊……」
 青ざめながら言う結姫に、水の精霊が答える。
「ええ。ここで『水の宝珠』を守っている精霊です。よろしくね」
 ちょっとほっとする結姫達。
「……水の宝珠が欲しい」
 おもむろに、隆臣が水の精霊の手を握り、目を見つめながら言った。
「えっ、あの……」
 どぎまぎし出す水の精霊。その様子を見て結姫はむっとした。
「ちょっと隆臣!」
 結姫は水の精霊と隆臣の間に割って入った。

「信じるもんか。絶対に信じないぞ。絶対に何かしかけがあるんだあっ!」
 颯太がそういいながら拝殿へと向かって行くが、口先ほど勢いはない。恐る恐るだ。
 那智が拝殿をそっとのぞき込んだ。
「隆臣、あの幽霊と話してる。ああっ、隆臣が幽霊の手を握ってる。オレにだってあんなことしてくれないのに。いいな……」
 那智が羨ましそうに言った。
「とにかく、今解析するからな。多分、ホログラムだ。絶対、ホログラムなんだ」
 自分に言い聞かせながら颯太は解析装置の準備をした。
「よし、解析開始!」
 しばらくして、解析結果が画面に映し出される。
『解析結果。解析対象の構成:水、生命反応:なし、電気反応:なし、ラッキーアイテム:ポン酢』
 生身の人間でもなければ、電気を使った装置でもない。となると、幽霊だとしか思えないではないか。
「こんなはずはないっ」
 颯太はあきらめきれずに再び解析を行う。しかし、結果は同じだ。
「なんで、生命反応も電気反応もないんだ?それにラッキーアイテムって何だ!?」
 泣きそうになる颯太。
「そうだ、いいぞ引き離せっ!」
 那智は何かを応援しているが。
「なー、なんか大丈夫みたいだし、つっこもーぜ……」
 泰造は結姫達が恐れる様子もなく話しているので平気だと確信を持っている。
「あーじれったい!俺だけでも行くぜ!」
 ついに泰造は拝殿に突っ込んで行った。
「ああっ、オレも行くっ。隆臣、待っててね♪」
 那智がそのあとを足取りも軽く追う。
「ひ、一人にしないで……」
 颯太は一人取り残され、絶望感に満ちあふれた陰鬱たる面持ちでへたり込むのであった。

「あなた、さっきの女の子と同じことしてたけど、あれじゃ宝珠は取れないわよ」
 おかしそうに水の精霊が笑った。
「さっきの女の子って……那智か?オレ、那智と同じことしてたのか?」
 ちょっと顔を引きつらせる隆臣。
「あ、あの子よ、あの子」
 指を差す水の精霊。隆臣がその方に振り向くと、那智が目の前に迫っていた。
「つっかまえったぁ♪」
 那智は隆臣の首に腕を回し、しっかりと抱きつく。ぞくぞくと隆臣の背筋に冷たい感触が這い回る。間髪を入れず、結姫が那智を引き離しに来た。
「何やってんのっ」
「そっちこそ何すんだよぉ」
 引っ掴み合いになる那智と結姫。
「何やってんだ那智っ、せっかく捕まえたのに離すなよ」
 泰造が怒鳴った。
「離したくはなかったんだけどぉ」
 結姫に引っ張られながら那智が怒鳴り返す。
「すいません、騒がしい連中で」
 水の精霊に謝る圭麻。
「私はいいんですけど……あの……」
 何か言いたげな水の精霊。その時。
「いいかげんにしなっ!」
 いつの間にか拝殿の前に立っていた入り口のおばちゃんが、ケダモノの如く吼えた。

「水の宝珠を手に入れるには『聖なるオケ』が必要です」
 水の精霊は、そう言いはなった。
「聖なるオケ……なんだよ、そりゃ」
 泰造が変な顔をした。
 結姫達も泰造達も、お互い意識はしているが、うしろで仁王立ちしているおばちゃんが怖くておとなしくしている他ない。止むなく、宝珠の入手法をみんなでなかよく聞くことにしたのだ。
「この泉の水は宝珠を守るための一種の結界です。この水を『聖なるオケ』で汲み出さなければならないのです」
「そのオケはどこにある?」
 隆臣がおもむろに水の精霊の手を握りながら訊いた。
「それはいいからっ」
 結姫と那智の二人に腕を抱えられ、水の精霊から引き離される隆臣。
「オケは銭湯にあります。銭湯の一番奥に祭ってあるのです」
「銭湯に……祭ってある?変な話だ……」
 首をかしげる颯太。
「とにかく、その『聖なるオケ』を持ってくりゃいいんだな。よーし、行くぜ!」
 走り出す泰造。
「待てよ、どこに銭湯があるのか分かってるのかよ!」
 颯太が止めようとするが応答はない。
「世話の焼ける……」
 うんざりとした顔で颯太。
「あの……一つ聞きたかったんだけど……。さっき、海の色が赤くなったのはなぜなの?」
 結姫がおずおずと訊いてみた。
「ああ、あれ。だって、そっちの3人が人の話も聞かずに逃げ出しちゃったから……。そんなとき、なんか怪談みたいな話してたから調子にのってみましたぁ。えへ」
 水の精霊は意外とお茶目だった。
「しかし、精霊と言う存在は謎だ……」
 颯太はまだ釈然としていないようだった。

「とにかく、銭湯を探さなければならないな」
 隆臣がそういいながら、あたりを見渡した。その視線が、一点に釘付けになる。
 結姫と圭麻もその方向を見た。『社の湯』と書かれた煙突が見えた。
「あれだ……」
 探すまでもなかった。
「ハンター達があれに気付く前に行きましょう」
「気付くなって方が無理だと思うけどな……」
 こっそりとエアカーにのりこむ結姫達。
「潜水して行きましょう。そうすれば気付かれずにすみます」
 エアカーを発進させようとした隆臣に圭麻が言った。
 圭麻の指示通りにエアカーを操作し、水中に沈める。
「あとは普通にやれば進むんだろ」
 エアカーが水中を進み出した。
「しかし、俺のエアカーがこんなんなっちまうとは……」
 隆臣が感心したようにいう。
「……?け、圭麻……水が入ってきてるよ……」
 結姫が低く呟く。
「え?……ああっ、ウィンドーに防水加工するの忘れてた!」
「おい……」
「隆臣、急いで急いで。いやああああ、水があああっ」
「大丈夫ですっ、このくらいなら銭湯に行くくらいまではもちます。念の為に窓をしっかりと閉めておきましょう」
 慌てる結姫をよそに落ち着いた様子で圭麻が対応する。
「ああっ、間違えて窓を開けちゃった!」
 見た目ほど落ち着いてはいなかったようだ。
「隆臣、水面に出てっ、おねがいっ!」
「だめだ、上に建物がっ!」
「い、いまガムテープで目張りをっ……ガムテープ、ガムテープ……」
「目張りはいいから窓閉めてええぇぇ!」
 完全にパニックになった。

「す、すみません……」
 びしょ濡れになった圭麻が、やはりびしょ濡れになった隆臣に言った。
「エアカーが壊れなけりゃいい」
 諦めた感じで隆臣が言った。それに、壊れてもまたどこかから失敬するだけだ。
「えーん、びしょぬれだよぉ」
 ごねているのは結姫の方だ。
「銭湯につかって着替えりゃいいだろ」
 トランクから出した着替えを持って銭湯に入って行く隆臣。トランクはしっかりと防水加工されているので着替えは無事だ。
「そうですね……」
 圭麻と結姫もそれに続く。
「いらっしゃい」
「ここに『聖なるオケ』があるときいたんだが」
 番台で、即尋ねる隆臣。
「おおっ、私のオケコレクションをみたいってか」
「コレクション?」
 案内されるままについて行くと、そこにはものすごい数のオケがショーケースにならんでいた。
 聖なるオケを探しているのだが、どのオケがなんのオケなのか分かりはしない。番台のオヤジは全く関係ないオケを自慢し始めた。濡れていた結姫達はだんだん寒くなってきた。
「『聖なるオケ』はどれだ?」
 うんざりしながら隆臣が訊いた。
 自慢話を中断させられ機嫌の悪そうに『聖なるオケ』を指差すオヤジ。
「あの、聖なる呪文『ケロリン』の刻まれたオケが『聖なるオケ』だ」
 ショーケースの中に飾られたオケの一つに『ケロリン』と刻まれている。
「祀ってあるって言ってたような……」
 何か言いたげな圭麻。
「それ、くれ」
 単刀直入に切り出す隆臣。
「いやだ」
 あっさりと断るオヤジ。
 しばらくもめたが、圭麻が隆臣を止めて耳打ちした。
「この場は引き下がって、あとで目を盗んで持ち出すことにしましょう」

 泰造達も煙突を見つけ、銭湯にたどり着いた。
「なー、おっちゃん。『聖なるオケ』くんない?」
 隆臣同様に単刀直入な頼み方をする泰造。
「なんで今日はこんなやつらばっかり来るんだ!」
 くれるわけがなかった。

「ハンター達も手に入れられなくて困ってるみたいですね」
 夜の闇の中で盗みの準備をしながら圭麻が言った。
「俺達はあいつらみたいに合法的に入手する必要はないからな。その差を見せつけてやる」
 隆臣は不敵に微笑む。
「宝珠以外のものを盗み出す羽目になるなんて……」
 結姫は少し心外といった様子だ。
「でも、宝珠を手に入れるためです。仕方ありませんよ」
「ぐだぐだ言ってる暇はないぞ」
 隆臣が歩き出した。準備を終えた結姫と圭麻も後に続く。
 銭湯の裏口にまわり、ロックの解除を始める。まもなく、あっけなくロックははずれた。ドアを開けると残っていたボイラーの熱気が吹き出してきた。
「こっちでしたね」
 記憶をたどりながらオケのショーケースを探す。
「あった。聖なるオケもあるよ」
 結姫がオケを確認する。聖なる呪文『ケロリン』が確かに刻まれている。
「よし。たたき割るぞ」
「ダメですよ。物音がしますから。バーナーでガラスに穴を開けましょう」
 がらがらがら。
 見ると、結姫がショーケースを開けてオケをとり出すところだった。
「……鍵なし?」
「以外と無防備なんですね……」
 予想以上にあっけなく『聖なるオケ』を盗み出すことに成功した。

 結姫達は『聖なるオケ』を手に『幻珊瑚の神殿』へと向かった。
「『聖なるオケ』を手に入れたみたいですね。では、そのオケでこの水を汲み出して下さい。宝珠がとれるはずです」
 言われるままにオケで泉の水を汲み出す結姫。すると、水面が不思議に波打ち、それもすぐにおさまった。
「あっ。宝珠がとれたよ」
 うれしそうに結姫が宝珠を高々と掲げた。
「でも、持ち出していいのかな。この宝珠の力でこの海の波を押さえてるんでしょ?村が流されちゃったりしないのかなぁ」
 心配そうに結姫が呟いた。
「大丈夫です、私の力で波くらいはどうには押さえられますから」
 水の精霊がそう言い微笑んだ。
「そっか……」
「よし。残り二つだ。伽耶のためにも一刻も早く見つけないとな」

 オケが盗まれ、営業どころではなくなった銭湯は、その日は臨時休業だった。
 そんな銭湯の前でブツブツと文句をたれる3人組。
「何も、店閉めることねーじゃねーか」
「臨時休業じゃ交渉もできないな……」
「なんだよぉ、お風呂入るの楽しみにしてたのに」
 もうオケが盗み出されていることなど、知る由もない泰造達であった。

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