窃盗団アルフォークロア!

#1・風のように奴らは現れた

「やっと見つけたぞ、隆臣!今度こそ捕まえてやる!」
 泰造の吠えるような叫びを合図に彼らは一斉に動きだした。
 3台のエアバイクが砂塵を巻き上げながら夜の道なき道を駆け抜ける。
「颯太、本当にここに隆臣が来たのか?」
 長い髪を風にたなびかせながら那智が大声で言った。エアバイクの騒音と風の音でそれでもかき消されてしまう。
「間違いない、奴のエアカーがここを通ったのをしっかりこの目で見たんだ!カメラごしだけどな」
 颯太にはその声が届いていたらしく、応えがあった。
「ただ気になることがある。どうも仲間がいるらしいんだ。見慣れない連中だった」
「男?女?」
 那智はその仲間が気になるようだ。
「よくわからないが二人いた。どちらも髪の短い奴だった」
「何だっていい、とっつかまえるだけだ!」
 泰造はやる気十分だ。いつもやる気だけが先走り取り逃がすのだが。

 その頃。
 荒れ果てた寂れきった街角に風変わりなエアカーがたどり着いた。
「この街ですか?」
 後部座席から圭麻が問いかけた。
「そのはずなんだけど……」
 応えたのは結姫だ。しかし、あまり自信が無さそうである。
 かつては栄えた都市だったのだろう。しかし、今は見る影もなく、半ば廃墟のようだ。所々に人影が見え隠れしているのが、この街がまだ死んだ街でないことを教えてくれる。
「聞いたことがある。この街には風が止まらない場所があるらしい。そこじゃないのか」
 ハンドルを握ったまま隆臣が振り返りもせずに言う。
「それにしても、泥棒が盗むものの在りかもしらねーとはな」
「ご、ごめんなさい」
 隆臣の言葉にうつむく結姫。肩に乗っている小鳥のビンガが結姫の顔を気づかうようにのぞき込んだ。
「謝ることはねぇ。それに俺は上の命令であんたらにくっついてるんだ。とやかく言える立場じゃねぇのは分かってる。とにかく、手がかりが無い以上、その噂を信じて風の吹く場所を探すしかねーだろ」
 隆臣のエアカーが動きだした。わずかな手がかりを元に在りかもわからない宝を探して。
「『風の宝珠』か……。手がかりが何か一つでもあればいいんですが……」
 圭麻の呟きは風の音にかき消された。『風の宝珠』が彼らの訪れを拒んでいるかのように。

「風だ……」
 エアカーを止めて街角に降り立った三人。そこで彼らはかすかな風を感じていた。
 エアカーの中にいては気づくことができない、かすかな風。
「あのタワーの方角ですね」
 圭麻の視線の先には電波塔らしい鉄塔が立っている。確かにこの風はその方角から流れてきているようだ。
「もしかして、あそこに『風の宝珠』が?」
 結姫の短い髪が微かな風に揺れている。
「手がかりはつかめたか……。そうとなったら行くしかない。……行くぞ!」
 隆臣は手にしていたジュースを飲み干すと、缶を放り投げエアカーに飛び乗った。そして結姫もそれに続く。
 圭麻は隆臣が捨てた缶を拾ってからエアカーに乗り込んだ。

「どこにいやがる……。こんな寂れた街で何をしようって言うんだ、隆臣の野郎!」
 焦れたように泰造が再び吠えた。
「落ち着けよ。今探してるんだから」
 颯太の携帯端末のスクリーンにはこの荒れ果てた街角を俯瞰している画像が写しだされている。
「発信器でもつけておけばよかったね」
 那智がその画面をのぞき込みながら呟いた。
「発信器なんかつける余裕があるんならとっ捕まえてるぜ」
 苛立たしげにそわそわしながら泰造が言う。
「あっ」
 那智が何かに気づいた。
「これ!今の隆臣のみたいだった!」
「え、どれ?」
「ああ、もう!見落とすなんて信じらんないよ!本当に一流のサーチャーなわけ!?ちょっと貸してよ!」
「あ……!」
 颯太から端末を取りあげる那智。
「ほら、これ!」
 赤外線カメラのモノクロームの映像が投射された画面に、一瞬だけ隆臣のものらしきエアカーの姿が写った。
「そうだ!今のがそうだ!この位置、方向からすると……」
 颯太は画面から目を離し、視線を移した。
「電波塔だ!奴らが向かっているのは電波塔の方向だ!」
「よっしゃ!行くぜ!」
 もう動きだしている泰造。
「ま、待てよ!電波塔がどこにあるのか分かってるのか!?」
 颯太の声も泰造には届かない。
「しょうがない、追い抜いて先導してやらないとな……まったくリーダーぶってるわりに手間のかかる……」
 ぐちを言いながら颯太のエアバイクも走り出した。那智もそれに続く。
 彼らの行く手に、やがて朽ち果てた骸骨のような電波塔の姿がおぼろげに浮かんできた。

 止まることなく風が吹きつづけている。
 電波塔を中心に風が渦巻いているようだ。ビル風のようなものではない。これも『風の宝珠』の力なのか。
 そして、その風の恩恵を受けるためにか風力発電用の小さな風車が林立し、カラカラと乾いた音をたてている。その光景は幻想的でもあり、一種異様で不気味でもある。
「きっとここだよ。ここにありそうな気がする」
 暗い空の闇にとけこみその姿の見えない電波塔の頂点を目で探しながら結姫が呟いた。
「ここにあるとしても、ここのどこにあるのかが問題ですね」
 同じように見上げながら圭麻が呟く。
「こういうのはてっぺんにあると相場が決まってるんだよ」
 そう言うと、さっさと歩きだす隆臣。
「決めつけるのはよくありませんよ」
 圭麻が引きとめようとする。
 その時だった。渦巻く風のうなる音と絶え間なくなりつづける風車の音に、さらに別な音が混じりだした。それはだんだんと大きくなっていく。
 ふおおおぉぉぉん。
「この音は……!」
 顔を引きつらせる隆臣。
 やがて、砂煙の向こうから3台のエアバイクが見えてきた。
「やっぱり……」
「知り合いですか?」
「俺につきまとってるハンターだ。なにかと俺の邪魔をしやがる」
 エアバイクを乗り捨てる三人。
「やはりここにいたか、隆臣!」
 颯太が不敵な笑みを浮かべた。目算が当たったことに対する自信の現れか。
「お前ら、まとめてとっ捕まえてやる!」
 今にも飛び掛かろうとする猛獣のような泰造。
「隆臣〜っ!逃がさないぞ〜っ」
 何か目的が他の二人とは違うような感じのする那智。
「とにかく……逃げろっ!」
 きびすを返しとっとと逃げ出す隆臣。
「あっ、待ってよ!」
 それをあわてて追う結姫。
「えっと……」
 一人逃げ遅れた圭麻に颯太が問いかける。
「ここに来るってことは、この鉄塔のてっぺんにある『風の宝珠』がお前たちの目的だな!」
「えっ、てっぺんにあるんですか?」
 圭麻が驚いたように言う。それを聞いて颯太がしまったという顔をした。
「ま、まさか知らずに来てたとか……」
「ええ。いいこと聞きました。では」
 圭麻はにっと笑うと、そのまま走り去った。
「颯太ああぁぁ!泥棒にターゲットのありかを教えてどうするんだよ!」
 泰造が噛みつきそうな顔をする。
「いや、そ、その。あいつら、まさかそのくらいは知ってるんじゃないかなー、と……」
 笑ってごまかそうとする颯太。
「とにかく追わないと!しっかりしろよ、颯太!」
 那智にまで言われてしまい、颯太はすっかりへこんでいる。
「だいたい、あいつらが下調べちゃんとしてりゃ俺がこんなに言われなくても……」
 ぐちぐちといいながら、先に行った泰造と那智の後を追い、颯太もタワーを登りだした。

 周りでは風が渦巻いている。
 しかし、電波塔は風のうなる音ばかりが渦巻き、風はまるでそこだけ隔離されたように凪いでいる。まさに、台風の目といった感じだ。
「本当に行くの!?圭麻が捕まったかもしれないのに!?」
 結姫が叫んだ。結姫は一人取り残され、まだその姿が見えない圭麻を案じている。
「とにかく、今は目的を果たすのが先だろう。もし捕まっていても助けだしゃいいんだ」
 隆臣は冷たく言い放った。
「そうよね、あんたはあたしたちとはあったばかりだもん、そんなこと言えるんだ!でも……ここでまた圭麻まで捕まったらあたしは……!」
 ついに結姫は泣きだしてしまった。隆臣もさすがに泣かれるとばつが悪いらしい。
「チッ……。わーったよ、戻りゃいーんだろーが……」
 隆臣が足音も荒く階段を降りはじめた。その時、下からも足音が近づいてきているのに気づいた。
「来やがったか……!?……足音は一人分か。ちょうどいい、ここで一人始末してやる!」
 隆臣は懐に忍ばせたナイフに手をかける。
 足音が近づいてくる。そして、鉄骨の間からその姿が見えるようになった。
 登ってきたのは圭麻だった。
「圭麻!無事だったの!?」
 結姫の声に圭麻が顔をこちらに向けた。
「どうにか逃げました!それよりも、『風の宝珠』はやっぱりここのてっぺんらしいですよ!あいつらに吐かせました!」
「吐かせた?お前が?」
 驚いた顔をする隆臣。
「えーっと、詳しい事情はまた後日、憶えていたら。とにかく、先を急ぎましょう、あいつらが追ってきているはずです!」
 圭麻はお茶を濁した。
「圭麻……心配したんだから!」
 さっき頬を涙が伝った跡を、新しい涙がなぞった。安堵の涙だった。
「すいません。とにかく、先を急いで!」
 遥か下から騒がしい足音が近づいてきた。その足音が遠いうちに、三人はさらに上を目指し駆け登っていく。

「な、なぁ。ずいぶんと長い階段じゃないか?まだあるのか?」
 音を上げたのは颯太だった。
「なんだよ、もうダウンかよ!?」
 泰造が呆れて言った。
「日ごろ勉強ばっかして運動してねーからだろ。しょうがねーなぁ。下で待ってろ。どうせこんなところだ、逃げるったって下に降りなきゃどうにもならねぇ。俺が取り逃がしたら連絡するからそっちを固めててくれ」
「す、すまない」
 へろへろの足取りで下に降りだす颯太。
「行くぞ、那智っ!」
 再び勢いよく階段を登りだす泰造。
「ちょっとやすもーよぉ」
 那智が駄々をこねだした。泰造はもはや呆れて物もいえない。
「……わーったよ、俺一人で行くよ!ったく……」
 泰造は二人を置いて階段を登っていった。

 だいぶ高いところまで登ったようだ。
 見下ろすとまばらで朧げな街明かりがかなり下のほうに見える。
「もうすぐ頂上です!」
 圭麻が半ば喘ぐように言った。長い階段を登りつづけて、すっかり息が上がっている。
 それは他の二人も同様である。
 しかし、後ろから追ってくる泰造たちのことを考えると、休むわけにも足を止めるわけにもいかない。
 ただひたすら長い階段を登りつづける。言葉も少なくなってきた。
「……追ってくるか?」
 隆臣は足を止めて振り返った。
 結姫と圭麻も足を止める。風の音しか聞こえない。
「……休もう。さすがにバテた」
 隆臣は階段のまん中に腰をおろした。
「ふう、助かった」
 圭麻は鉄骨にもたれ掛かって一息ついた。結姫も階段に座る。
「なぁ、てっぺんにあるのは分かったが、てっぺんのどこにあるんだ?」
 隆臣が圭麻に向かって聞いた。
「さあ。そこまでは言ってませんでした。てっぺんについたら探すしかなさそうですね。もっとも、探す場所なんてそんなにないでしょうけど」
 圭麻の言葉に、思い出したように隆臣が言った。
「そういや、さっきあいつらに在りかを吐かせたとか言ってたが、どうやってだ?」
 圭麻は少し間を置いて答えた。
「忘れました」
「調子のいい奴だ」
 ため息を一つつき、そう隆臣が呟いた時、下のほうから足音が聞こえてきた。
「行きましょう」
 圭麻は立ち上がり、階段を上りだした。隆臣と結姫も立ち上がり、それに続いた。

 果てしなく続くかと思われた階段もようやく終わりが訪れた。
 ここがこの電波塔のてっぺんのようだ。正確には階段のてっぺんといったほうがいいかもしれない。
 まるで鉄の繭に包まれたたまごかさなぎのように、筒状の制御室が設置されている。『風の宝珠』があるとすればあの中だ。
 が。
「そうやすやすとは盗ませてくれないようね」
 結姫が険しい顔をした。
 そこには、颯太と那智が待ち受けていたのだ。
「チッ、いつの間に……!」
 後ろからは泰造が迫ってきている。
「来ますよ!」
「分かってる!」
 圭麻の叫びに怒鳴り返す隆臣。
「隆臣〜っ。つっかまえたぁ」
 那智が両手を広げて突っ込んできた。捕まえようとしているというより抱きしめようとしている。
 かわす隆臣。
 空ぶる那智。
 空ぶった那智が、隆臣の後ろにあった階段から落ちそうになる。
 どん。
 まさに落ちようとする那智に下から駆け登ってきた泰造がぶつかった。おかげで那智は階段から落ちずにすんだ。ころげ落ちたのは泰造だ。鉄の階段があたかも巨大な鉄琴であるかのようにガンゴンと音を立てる。当然、音色はすこぶる悪い。
 その音を聴いて、那智が落ちたと思った颯太があわてて駆け寄る。
「那智っ……良かった、無事だったのか」
「落ちたと思ったよおぉ」
「でも、何が落ちたんだろう」
 颯太が下をのぞきこむと、そこには逆さまになった泰造が。
「泰造!」
「ええっ、じゃあ、俺がぶつかったのって泰造だったわけ?ご、ごめんよおぉ」
 颯太と那智が泰造に声をかけた。
「颯太!?那智!!?なんでお前らがここにいるんだよ!どうやって登ってきたんだ!?」
 いるはずのない颯太と那智がそこにいたので驚く泰造。
「いや、あの後、下に降りたら一番下に上への直通エレベーターが」
 颯太が事情を説明すると、立ち上がりかけた泰造がへなへなと座り込んだ。
「直通エレベーター!?そんなのがあるんならなんでもっと早く言わないんだよー」
「だって、俺達もそんなのあるの知らなかったもん。降りたら見つけたんだよな」
 那智の言葉に頷く颯太。
「ああああああ、俺って一体……」
 すっかり脱力した泰造。しばらく立てそうにない。
 脱力したのは泰造だけではない。そのやりとりを離れて聞いていた結姫たちも同様なのである。
「お前ら、頼むから今度から盗みに入る場所の情報くらいはつかんどいてくれ……」
「そうですね……」
「苦労して登ったのにいいぃ……」
 そんな三人のぼやきが耳に入り、はっとなる颯太と那智。
 まさに、三人は『風の宝珠』のある制御室に入ろうとしているところだった。
「あっ!いけない!」
 颯太がそれに気づいた時には、既に隆臣と結姫が制御室に入ってしまっていた。圭麻だけは外で待っている。
「ああっ、しまった!」
 あわてる颯太。後ろから階段を上ってきた泰造が叫ぶ。
「まだやられたと決まったわけじゃねぇ!行くぞ!」

 制御室に入った結姫と隆臣は『風の宝珠』を探そうとした。
 しかし、そんな必要はなかった。
 真っ暗な制御室のまん中に、朧げな空色の光を放つ『風の宝珠』が設置されていた。
「これだな」
「きれい……」
「見とれてる暇はない。いただいたら後からいくらでも拝めるさ」
 うっとりと見とれている結姫の目の前から『風の宝珠』をかっさらう隆臣。結姫は少しすねた顔をした。
 その時だった。

 夜の闇に包まれていた電波塔が突如炎のように赤い光を帯びだした。鉄塔のところどころに取りつけられた赤い電球が光りだしたのだ。
「な、なんだ!?」
 突然のことに驚く颯太。
「いけない!」
 突然圭麻が叫ぶ。
「この鉄塔は……電波塔と言われてますが本当は敵国の軍事衛星を落とすために作られた巨大なビーム砲なんです!それが、起動した……」
「な、何ぃ!?そんな話聞いてねーぞ!」
 泰造が驚き叫ぶ。
「このままこの鉄塔にエネルギーが集まりだしたら……俺達は灰さえも残りません……」
 膝を折りへたり込む圭麻。
「ま、まじかよ……」
「に、逃げよう!早く逃げよう!」
 パニック寸前の那智。
「間に合いませんよ。今さら……」
 うつむいたまま呟く圭麻。そして、さらに一言。
「なーんちゃって」
 それはまさに、隆臣と結姫が『風の宝珠』を手に制御室から出てきたところだった。
「……てめー!このやろー!」
 事態を理解した泰造が圭麻に突進する。
 その時、結姫の肩の上にいたビンガが突然光り輝き、巨大化した。
 その巨大化したビンガは唖然とする泰造たちを尻目に結姫たちを乗せ、電波塔から飛び立った。
「ああっ……やられた……」
 闇の中に消えるビンガの姿を見ながら、泰造は悔しそうに呟いた。

「驚いた、この鳥、ただの鳥じゃないんだな……」
 ビンガに鷲づかみにされた隆臣が目の前にぶらさがっている圭麻に向かって言った。
「はい。結姫とビンガがいなかったらあんな逃げ道のことを考えない作戦は実行できませんよ」
 圭麻はズボンのベルトをビンガにくわえられている。
「こいつは結姫の言うことしかきかないのか?」
「そうです」
「それなら結姫、早いとこおろしてくれ。なんだか餌にされるみたいで気分が悪い」
「俺もこのままだとベルトが切れます」
「ごめんね。急いでたからこんなやり方になっちゃって」
 結姫がビンガの背の上で手を合わせて謝ったが、二人には見えない。
 とにかく、地面に降り立つビンガ。
「まさか、警報がついてるとはな」
 隆臣が電波塔を見上げて呟いた。
「あ……風が止んでる」
 結姫がそれに気づいた。
「『風の宝珠』が持ち去られたからですよ」
 圭麻の言葉に、ふところに入れておいた『風の宝珠』を取り出す隆臣。
 辺りに微かな風が吹いた。持ち去られたことで宝珠に変化があったらしくさきほどとは吹き方が全然違う。微風が吹いただけだ。
「見て……電波塔の灯が消えていく……」
 警報の赤い電球の光が徐々に弱まり、ついには元のように辺りは闇に閉ざされた。
「あの電波塔に電力を供給していた風車が止まったからだな」
「ねえ、これであの電波塔は使えなくなっちゃうんだよね。あたしたちのしたこと、本当によかったのかなぁ……」
 結姫が複雑な表情で呟いた。
「この電波塔がなくなったら、この街の人は……」
「この電波塔はこの街に何の恩恵ももたらしちゃいねーよ。軍事用だからな。電波塔のせいでこの街は荒廃したんだ」
 この電波塔を使用できなくするために街が敵国に占領されたこともある。それに、この電波塔の出す電磁波が住民にも悪い影響を与えている。
「だから、気にすることは何もねーんだ。それに……」
 隆臣の言葉の続きを圭麻が継いだ。
「俺達は命令に背くことはできません」
 結姫は小さく頷いた。
 そして、隆臣のエアカーが動きだした。
 結姫たちに命令を出した、その者のいる場所に向けて。

「ちくしょー、なんでいつもいつも逃げられるんだよ……」
 泰造はエレベーターの床を拳で叩いた。
「おい、壊れるぞ」
 颯太がそれをたしなめる。
「な、なぁ……」
 那智がぼそっと呟いた。泰造が顔を上げる。
「なんだよ!」
「あ、あのさ。エレベーター……もしかして止まってない?」
 言われてみれば、なんの音もしていないし、振動もあまりない。
「あ、あれ?」
 言っているそばから照明がだんだん暗くなりはじめ、ついには消えてしまった。
「……も、もしかして俺がぶっ叩いたからか?」
 暗闇の中であせる泰造。
「あーっ!」
 颯太が叫んだ。
「な、なんだよ」
「しまった!この電波塔の電力は『風の宝珠』の風で回っている風車から送られてくるんだ!だから『風の宝珠』がなくなったら電気が止まる!」
 そう。だからエレベーターも動かなくなるのだ。
「じゃ、このエレベーターってもしかして……」
 闇の中から震えた那智の声が聞こえてきた。
「動かないね。もう二度と」
「うわあああぁあぁぁ、いやだあああぁぁ!こ、こ、こんなところで、こんな真っ暗なところに閉じ込められて死ぬのか?やだああぁぁぁ!」
 号泣する那智。
「うるせえぇ!狭いんだからでかい声だすな!」
「泰造、お前もだ……。大丈夫だ、情けないが応援を呼ぶからそれで助けてもらえるだろう。恥の上塗りになってしまった……」
 颯太はぶつぶつ言いながら、本部に無線で連絡を入れた。
 しばらくすれば救助が来るだろう。
 それまで何もなければいいが。
 そう思う颯太だが、喚きつづける那智と泰造の叫び声をきいていると、自分が正気でいられるかどうか不安になってくるのだった。

 その後、泰造たちは無事救助されたようだ。それは、結姫たちの以降のミッションにも泰造たちが関ったことを見ても明白である。

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