地平線伝説の終焉

十幕・四話 夢叶う時

 空に星が輝き出す頃にはごった煮の鍋料理も十分に煮えた。一旦火を消して余熱で火を入れつつ食べ頃にまで冷ましてある。
「それで……。この格好のまま、食べるの?」
 伽耶は困ったように言う。相変わらず水着姿だ。それはもちろん伽耶のみならず全員がである。
「当然じゃん!もう暗くなったしそんなに恥ずかしくもねーだろ!」
 豪語する那智だが、実は颯太はこの後の展開が読めていた。
「うおおお!?何だぁ!?急に寒ぃー!」
 日没後の砂漠は一気に冷える。海から離れて内陸にいればそれは顕著だ。まだ海風の届く場所の昨日とは段違いだった。
「さあ、何か羽織りましょうか」
「そうしましょうね」
 斯くて水着回は怪しい雰囲気になる夜まで保たなかった。水にも入っていないのに大胆な水着でいることに気恥ずかしさを感じていた多くの人は十分に隠れているとは言い難い胸を撫で下ろすのだった。
 服を着て恥ずかしさも肌寒さも落ち着き人心地と言ったところでようやく夕食だ。寒いと言っても精々春か秋の夜程度ではあるが、昼との何ならついさっきまでとの寒暖差があり、鍋物がちょうどよい。
 鍋をつつきながらの歓談となるが、話はさっきまでの続きだ。ただし辿ってみたが大したことは出なかった過去の話はもう終わり。その前にしていた話については内容がひどすぎて続行どころか思い出すのも躊躇われるレベルだった。
 そんな中圭麻はたまたま横にいた伽耶に話しかける。いや、たまたまと言うこともないのだろう。多くがしかるべきペアやトリオなどでまとまる中あぶれた二人、という構図はこれまでにたびたびあった状況と何ら変わらない。
「伽耶さん。颯太から聞いたんですが、昔オレが広場で見せ物をやっていたのをご覧になったとか」
 空遊機と言う単語を敢えてはぐらかして切り出したが、伽耶にはこれだけで十分だったらしく、少し俯き気味にいう。
「私の言葉がきっかけでご迷惑を掛けてしまいました。どう償えばいいのか……」
「いや、待ってください。オレが言いたいのはもちろんそんなことじゃありません」
 圭麻は伽耶の言葉を遮る。そりゃあ圭麻だって最初の頃は償いを求める気持ちがなかったわけではない。だがその相手は伽耶ではなく月読とまだ誰かも知らなかった空遊機の開発者であって、月読に娘がいることくらいは知っていたがこの件に関わっていたとは微塵も思っていなかった圭麻に伽耶への怒りを抱く理由はない。
 それなら伽耶が関わっていたことを知った今はどうかというと、それでも別に怒りは湧いてこなかった。確かに切っ掛けこそ伽耶の一言だったがそこからは伽耶には関わりのないことだった。その切っ掛けも話を聞く限り町では見かけた面白い物に「あんなのがほしいっ」と子供らしくおねだりしたに過ぎない。問題があったのは、そんなささやかな夢を叶えてやろうとした月読とそれを実現させた文明の目指した方向性やその手段だ。
 その二人さえも圭麻に対する悪意など皆無だっただろう。月読は雛形になる実験機を造った人物に興味などなかった。一度配下を送り込み圭麻に探りを入れさせ、それが他人には真似の出来ない圭麻だけの特殊な力によるものであり頑張っても人を乗せるのは無理だと聞いて、伽耶の夢を叶えるのに役に立つものではないと判断した時点でもう存在を覚えておく必要すらない。
 文明もそんな月読からオーダーを受けた時点で実験機の特徴くらいは聞いても形以外参考にしようもない実験機の制作者について知る理由などない。この時点でもはや圭麻のことなど話にすら出るまい。
 そして後々地下層区の住民に空遊機の制作者として圭麻が叩かれた理由は、文明が名声に興味を持っていなかったためだ。その発明が自分によるものだと誇示するより報酬だけ得てさっさと次の研究開発に移り、月読も開発者を名指しで讃えたりなどしない。結果文明のことは人々に知られることはなかった。
 しかし月読の臣下たちはそれで良しとはならなかった。月読の後押しで大々的に世に広めていこうという新時代の乗り物が出所不明ではさすがに都合が悪い。さりとて文明の名を出していいのか、その辺は契約がいい加減すぎて判断できなかったのでそこは避け、開発の切っ掛けとなった広場での見せ物の話と考創社に関係する技術者により開発されたという話が公表された。
 地下層区の住人たちにとって神王宮の発表など関係ないことがほとんどなので当初は誰も興味も示さなかったが、空遊機の排気ガスが地下層区に溜まり始めたなら話は別だ。『誰だよこんなの作った奴は』といった感じで空遊機の開発者についての発表も目に留まることとなる。
 地下層区の変わり者として知られていた圭麻が広場で見せ物をしていたことを知っているものはいたし、圭麻が自分の発明を売り込みに考創社に出入りしていることも同様だった。見せ物の人物と開発した技術者が別人だということは、発表の記述からは読みとれなかったのか、あるいは記述ではわかるように書かれていても調べた人物が早合点したのか。理由はともあれ圭麻が空遊機の開発者として叩かれることになったのだ。
 もっとも、謂われのないことで誹謗中傷を受けようがそのときの圭麻にはどうでもいいことだった。もうそれどころではなかったからだ。圭麻の宝の山とやらに埋もれていたかなりガチでお宝っぽい勾玉を手にし、それの持つ力を知ったことでそれまで名も無きおもちゃだった浮遊する玉っころは実験機一号となった。なお二号以降が存在していないのは作っては分解して次の実験機に素材をリユースしていたからだ。
 さらにちなみにだが、勾玉を持ち帰り調べていた圭麻に勾玉や圭麻の力について不思議な声がいろいろと教えてくれたのだが、今思えばあの声は鳴女の声だったっぽい。勾玉に集中しすぎて気付かなかったが多分あの時横か後ろに鳴女の幻影が立っていたのかも知れない。颯太なら絶叫案件だ。まあ、自分だってそんなのを見たら平気ではないだろうが。
 とにかく、伽耶には恨みなんてないし、何なら今となっては月読や文明にすら感謝しているほどだ。と言うのも。
「空遊機なんて物が出てきたからこそ、この力を使って作る物を乗り物に決め、オレの最高傑作である「ブルースカイブルー号」が爆誕することになったんですからね」
「はあ」
 ドヤ顔で言う圭麻だが伽耶はその最高傑作を見たことがないのでピンと来ていない。
 水晶虫に連れ去られた伽耶を追うべく出発しようとした結姫たちにお披露目されたそれだったが、伽耶が捕らわれていたシエロブ山は着陸できる場所のない地形の険しさに加えて水晶の大蛇のオーラにもビビったのか山頂に近付くこともできず山麓に停泊させての山登りを強いられた。
 挙げ句救出された伽耶は隆臣に連れられ斑魚に乗って飛んでいってしまった。斑魚って飛べたんだ――そう絶句する一行のどうでもいい思いをよそに、結局伽耶は「ブルースカイブルー号」の勇姿も偉容も見ずじまい。リューシャーに帰ったときに乗り捨てられたり格納するために運ばれたりした姿を目撃した可能性はあるが、動いてない乗り物などただの変な建造物、謎の巨大なチョココロネでしかないのだ。
 そんなこんなで伽耶はよく知らないその最高傑作だが、そのノウハウなどは後の圭麻の発明品の数々にもつながっている。
「だから今更気に病むことなんてないんです。何せオレがもう気にしていないんですから」
 全く気にしていないわけではないが、月読はすでに滅んだ。それ以上の償いは必要あるまい。たとえきっかけを作っていようが娘の伽耶にまで文句を付けるど狭量でははないしそんな人間にはなりたくもない。むしろ伽耶は父の所行の後始末に奔走しており、自分ごときへの罪悪感で後ろ髪を引かれて動きが鈍るのであればそんなものは今宵を境に断ち切って欲しいと切に思うのだった。
 まあ、残っている文明には文句やグチや嫌味の一つ二つは言ってやりたいところである。それでスカッとしたらもう終わりで十分。
「イヤな過去なんて後生大事にしていてもろくなことになりませんからさっさと忘れることにしてます。とは言えどんな物でもため込むことには定評のあるオレなんで簡単じゃないですが、いい方法はあります。後からいい思い出で埋めてしまえばいい」
 月読の方針も結局は多くの人々に幸福を広めることだった。それが万人のためではなく、手っ取り早い実現のために多少の犠牲を容認したために結果として多くの人に不幸を振りまくことになった。伽耶が目指すべき道はそんな月読が不幸にした人たちに謝罪と賠償をすることではない。そんな過去のことがどうでもいいと思えるくらいに幸せにあふれた世界を作ること。それは人に対してだけではない。月読のそして人間たちの手で傷つけられた自然界もしっかり癒して未だ満ちあふれる自然界の怒り『闇』を鎮めていくのだ。そして人間たちへの怒りを感謝で上書きしていく。最初でこそ償いでしかなく感謝されてもそれはマッチポンプのようなものだが、怒りが忘れられた頃にもそれが続けられたならば。いや、そうあらねばならないのだ。
「そうですね、考えるべきは過去のことより未来のこと。後ろより前を見るべきですね」
 噛みしめるように伽耶は言った。
「でも、これからの話をする前にもう一つだけ昔の話をさせてください。那智や颯太さんからはよく圭麻さんのでたらめな話にしてやられると聞いてましたが、私もそれにやられてますから文句を言ってやりたいんです」
「え」
 圭麻は確かに変な話をして混ぜっ返したりするのが好きでついついやってしまうが、流石に相手も状況も選ぶ。
 伽耶ももう少し親しくなってふざけた話をするようになればそういうこともあるだろうが、元姫の現為政者が相手という心の壁は如実に存在している。それ以前に女子相手という壁が高い。那智は半分男という意識があるし、そうでなくても結姫のように激しく容赦なくツッコんでくる相手ならあまり気兼ねしないのだが、伽耶の場合は騙されたと知ったときに怒るより先に泣きそうだ。そうなったときに圭麻は罪悪感に耐えられるだろうか。だから伽耶相手に嘘などついたことは――少なくとも覚えていない。
 覚えていなくても那智や颯太あたりに向けて放った適当な発言を近くでで聞いていてそれを真に受けたとか、那智なら自分が真に受けたデタラメを伽耶にも喋ったなんてこともありそうなので、何のことか聞いてみた方が良さそうだ。
「さっきまでの話の続きですよ、昔のことです。……圭麻さんが私の望むような乗り物は作れないと仰ったので、代わりにちょっとイメージの違う空遊機が作られたわけですけど――」
 伽耶は少し離れたところに並んで駐機されている「マスラヲ号」「タヲヤメ号」に目を向ける。
「作ってくださったじゃないですか、私の乗りたかったような乗り物を」
「ああ……」
 さすがに当時の記憶は朧気だが、見せ物をやっていた時にこれは人を乗せて飛べるのかと聞かれてもう少し大きくするくらいならできるがそんな大きいのは無理だと、自分しかできない謎能力で素材の力を借りて浮かべているので他の人が操ることもできない、そんな話をした記憶はあった。思えばそれが月読の手の者だったわけだ。
 そこから伽耶に伝わるまでに内容は微妙に変化しその人物つまり圭麻は伽耶の望む乗り物は作れないと言ったことになったわけで、圭麻が伽耶に直接言ったわけではない。
 それにそれは嘘ではない。「ブルースカイブルー号」は勾玉の力あってこそだし、最近になって作った様々な乗り物もその経験に加えて中ツ国の知識まで詰め込んでいる。実験機当時の圭麻には人が乗れるようなサイズ・パワーで浮かぶ物など到底作れなかった。ゴミ捨て場や町の周辺で拾い集めたもので工夫して小物を作る程度の技術には大した知識など不要だし、そもそも知識を得るにも金がかかる世の中だ。金のない圭麻には技術力で大それた物を開発するのも及びもつかないことだった。
 だからその時はできるかと問われれば無理だと答えるしかなかったが、今はそうではない。その頃は乗り物の開発になど興味もなかったが図らずも空遊機開発のきっかけになったことで少なからず興味を持ち、「ブルースカイブルー号」の開発を経つつ空遊機の責任をとるべく代わりとなるクリーンな乗り物――今のところ人力ほどクリーンとお手軽を両立できるエネルギーが開発できていないのが難点だ――を目指して様々なものを生み出していた。
 そしてタヲヤメ号とマスラヲ号はまさに(上か下から見れば)まんまるで(全速力進行しなければ)ぷかぷかしている、イメージにかなり近い乗り物だった。
「これに乗れたことであの頃の夢は叶いました。圭麻さんのおかげですよ」
 と、伽耶は微笑む。
「喜んで頂けて光栄です」
 圭麻も微笑み返した。穏やかなひとときが訪れた――その陰で。圭麻の心の中には(あれっ?これってなんかフラグ的なもの立った?)などという不安混じりの邪念が沸き起こっていた。そしてそこに。
「これからも私の夢を叶えてくれますよね」
「えっ」
 なんてことを言うものだから、どういう意味なのか考えてドキドキしてしまうのは仕方のないことなのだ。
「あの……。颯太さんから地下層区リサイクルセンターの話は聞いてますよね」
「あ。……はい」
 話の流れ的にこれは断りにくい奴だ。圭麻は覚悟を決めた。話の流れ、そんなものは圭麻自身が覚悟を決めるための口実に過ぎない。圭麻は別段立ち向かう必要のない偉い人に逆らう度胸はない。そして女の子(一部除く、那智とか)のおねがいも断れない。
 一部除くとは言ったが那智のくだらないおねだりや無茶振りも結局文句は言いつつも、色仕掛けになど頼らずともむしろその切り札を出される前に聞いているのだ。そんな那智の持ってくる気軽な話と違ってこの話は気軽に引き受けられるものでもないが、断るという選択肢はない。古来より話を断ろうとしてお姫様に「そんな、ひどい……」などと言われたら結局はいと言うしかないのは決定事項なのだ。それならば、ひどいなどと言われて自分も精神的ダメージとひどい人という悪名を背負う前に唯々諾々と話を済ませるのが得策だった。
 こうして圭麻の未来は決定づけられた。そしてひとまず、今夜のうちに鉄は熱い内に打てとばかりに話を煮詰めるという、煮え湯ドリンクナイトが訪れることになったのだった。

 翌朝。
「おはようございます。昨夜は素晴らしいひとときになりました。これからもよろしくお願いしますね」
 やけにつやつやしたお肌の伽耶が挨拶すると。
「それはよかったです……。こちらこそよろしく」
 やけにげっそりした疲れた様子の圭麻がそれに応じた。
 その様子を見た、リア充個室で二人の世界に耽っていた面々は(あれ?この二人ってもしかして昨夜激しく燃えた?)などとリア充基準で推測したりするが、もちろんそんな訳はない。確かに伽耶に関しては激しくハッスルしたものの、それは決してリア充たちが妄想するような理由ではなかった。
 しかし彼らがこんな妄想をしてしまう根拠が一つある。いくら彼らが二人きりの世界に入り込んでいたとしても、ちょっとトイレとか、二人身を寄せ合いつつ星空でも、なんて感じで二人きりのテントから出る瞬間は何度かあった。その時、自分のテントの他に二つの個室テントに灯りが点っているのを目撃していた。
 個室を利用しているカップルがもう一組いるのは把握している。だが、さらにもう一組。差し詰め、ほぼくっついてるのにまだくっついてなかったあの二組のうちどっちかだろうが気にするのは野暮だ。野暮だが……気にならないわけがないのだ。
 そして今、伽耶と圭麻のやりとりや様子を見て、謎が解けてすっきりした。――もちろんその結論は間違っているが。そしてその謎は解けたが新たな謎として、そんなに繋がりがありそうにも見えなかったあの二人に何があってこうなったというのが沸き上がるわけだが、別にこうなってるわけではないのでその謎には勝手に頭を捻っていればよい。
 おいといて。確かにあのテントはカップルで使うのを想定して設置されたものだ。願わくば自分たちもそんなテントで過ごせる間柄に――そんな設置者の憧憬はまだ実現まで遠そうだがそれはそれ。とにかくそんなテントであっても、なにも二人で使わねばならないという掟などない。
 真相はこうである。夕方の流れを把握していれば容易に想像できるように、圭麻のいる男子大部屋テントに伽耶がリサイクルセンターの話をしにやってきた。
 一人で、ではない。夜にお姫様が一人で男たちがいるテントに行くのはさすがに躊躇われるはず。いや、ここにいる男たちが大概なヘタレ揃いなのは解っており、何なら水着で突撃ぶちかまそうが襲われるどころか男たちの方が襲撃されたかのように遁走しそうだがそれはとにかく、話の内容としてもサポート役の鳴女もいた方がいいに決まってるので同行。そうなると那智が一人残され寂しい。大事な話をしに行くのだが、だからといって別段ついてくるなと言う必要もないので三人でやってたのだ。
 この状況に困惑したのが何も知らない健である。颯太は事情を知っているので事情は察した。泰造はよく分かってなくても気にしない。しかし健はそこまで軽々に割り切ることができない。何せ相手はお姫様だ。しかも永久凍土で行動を共にしたとは言え鳴女だって結構な雲上人だし最近は泰造も鳴女のよく分からない何かに操られて屈服している雰囲気がある。そんな鳴女にもなんだか近付きがたかった。
 そんな面々とテントの中で輪になって座り会議のようなものが始まった。ちょっと話を聞いた限り、健に何にも関係なさそうな話だ。
 そして、席順もなんかよくない。中心人物である伽耶の正面にもう一人の主役・圭麻が座る。伽耶の隣に副議長的に鳴女と颯太が座ると後は好きに座れと言った感じだった。こう言うとき、なんだかんだ言っても泰造は鳴女の隣を選ぶ。健としてはそんな泰造の横が無難だと思うのだが、泰造は鳴女の隣は選ぶがそのくせ距離感は微妙。二人が密着すれば泰造と圭麻の間にぎりぎり入れたのだが。どちらにせよ、これ見よがしに空いている圭麻と那智の間に入らないのは不自然だった。
 人数のバランス的には、均等に座ると伽耶の正面は圭麻と健の中間になるがそれは勘弁してほしい。だからと言って一人分密度の高い並びで那智の隣に座るのも、なんかちょっとなのである。圭麻とも那智ともそれほど親しいわけでもないのでただでさえ居心地はよくないが、特に那智に困る。
 非リアが隣に置くには那智は魅力的すぎた。ただ隣にいるだけならまだいい。向かい合う伽耶と圭麻を中心に並んでいるので潰れた楕円もしくは丸みを帯びた長方形になっており、那智はそのサイドに位置していた。健からみれば横ではなく斜め前に当たる。
 ほぼ正面は伽耶だ。できるだけ直視を避けて反対側のほぼ正面にいる颯太に目を向けるのだが、そうすると視界の隅に、と言うか右側の大部分に那智の姿がある。しかも打ち合わせという動きのないこの場面においてなお那智はよく動く。すると、狙うべき獲物や警戒すべき敵を探そうとする男のというか動物の本能として動いている物に意識を持って行かれるのだ。そしてついつい魅惑的なその横顔やそのちょっと下の「たゆんたゆん」をベストアングルで見てしまう。
 さらに悪いことに、即座に自分とあんまり関係ない話だと察した那智は同じく関係ない同類として隣の健に話しかけてくる。普段ならこう言う時の話し相手は泰造の役目だが今はちょっとだけ遠い。那智にとって健は変に意識とかもせずに気楽に話しかけられる、その程度の相手でしかなかった。だがそんな健にとって那智は話しかけるのはもちろん話しかけられるのすら決して気楽な相手ではなかった。そんなセクシーガールが、大声で打ち合わせの邪魔をしないようにと顔を近づけて囁いてくる。何でまだくっついてないのとか言われるようなほぼカレシの目の前で。
「ずいぶん真面目な話を始めたなー。こんなの昼間でいいのに」
「でも昼だと船が別だし」
「それもそっかー」
 こんなどうでもいい話をするだけでも結構な重圧。その後もちょこちょこ話しかけられ、その緊張に耐えて健は頑張った。他にすることもないので頑張ったとも言えれば、逃げられる他がなくて頑張るしかなかったとも言えた。そんな中健は自分の心と向かい合い、本当の気持ちにたどり着く。ずっと言いたくて言えなかった一言を口にする決意が少しずつ固まっていた。そして、ついに。
「あのー。俺って関係なさそうだしちょっと席外した方がいいっすよね?」
「気を使う必要はないのですよ?」
「いえいえ、お構いなく」
 伽耶が気を使う必要はないというのなら、ここを出て行くことにも気兼ねは必要あるまい。最悪なのはここで呼び止められて、実はこの話あなたも無関係ではないのですなどとこの面倒そうな話に巻き込まれて手伝わされることだが――幸いなことにそんなことはなかった。何事もなく脱出に成功したのだった。
 取り残してきた無関係仲間の那智がちょっと気がかりだったが、那智にとっては気楽ないつもの面々だし、真面目でも深刻な話ではない。当事者ということで今回は切れ味の悪い圭麻に変わって暢気でアホな発言で話を混ぜっ返し、圭麻に自分がいつもやっていることの鬱陶しさを思い知らせていたので気に掛けるだけ損だ。
 そしてそんな健が逃げ込んだのが半分が使われていないリア充テントの一つだったわけだ。よってテントは伽耶とも圭麻とも無関係、伽耶のお肌がつやつやしているのはずっと気に掛けていた昔のことを話してすっきりしたのに加え、大きなプロジェクトについても話が一気に進んだことも大きな開放感に繋がって、気持ちよくぐっすり眠ってすがすがしい朝を迎えたからだ。そんな伽耶に対し圭麻はいきなり大役が降って湧き、期待感もあるが重圧の方が勝り、もう好き勝手やれなくなりそうな不安も合わさって一晩思い悩んでげっそりしたのだった。
 そんなこんなで勘違いしているのは隔離されたリア充テントで何も知らないまま夜を過ごした二組のカップルだけなのだが、事情を根ほり葉ほり聞こうなどという野暮な面々でもなく、この勘違いは解消されることはない。そしてそんな勘違いをされていることも当人達は知る由もないのだった。
 一応光介と凛は後日伽耶と圭麻の間でリサイクルセンターの話がまとまったという報告はされたが、何分後日のことなのでそれとこの夜のことが繋がったりはしなかった。
 何にせよこれを機にこれまで希薄だった圭麻と伽耶の関係は、ひとまずはビジネスパートナーとしてだが一気に濃密になっていくのだった。

 砂漠の旅ももうすぐ文字通りの折り返し地点。今日にも到着する目的のオアシスで用が済んだら引き返すことになる。建造が進んでいるだろう橋の様子は気になるが、みんなで見に行って源の自己顕示欲を満たしてやる義理などない。
 それに、ここにはこういう無法行為を黙って見ていられない立場、性格の者たちが多数だ。源の狼藉を阻止すべく行動を起こすことだろう。だが、こちらサイドにも橋の完成を待つビンガがいる。自然界の代表が黙認しているのだから無理に動くことはない。
 とにかく面倒でなるべく関わりたくないというのが本心だ。それを正当化する理論武装もできているのだから、胸を張ってやりたいことだけやって帰ればいいのだ。
 目的のオアシスまで、遺跡群の上を軽快に飛ぶマスラヲ&タヲヤメ。昨日までのオアシスを渡る旅路は割とのんびりと飛んでいたが、そろそろ飛行船の扱いにも馴れてきた頃。今日は全力でかっ飛ばす。
 殺風景な砂漠から景色が変わり、まだ見ぬ古代に思いを馳せる知識欲、金目のものが落ちてないかという物欲、とりあえず珍しいから見ていきたいという観光欲。そんなものに応えてやる義理はない。いや、義理はあっても颯太の幽霊見たくない欲の方が優先である。そんなのも、颯太がいない時に来たい人だけで来て勝手にやってくれればいい。
 いくら龍哉達が砂漠から大量の霊を引き連れていったと言ってもこれだけ大きな都市遺跡だ。さまよえる霊も途方もない数いる。そもそも、龍哉達は障害物だらけの都市遺跡を通るとしてもど真ん中を突っ切ったりせずに外周を迂回する。視界を遮る物のない砂漠を砂煙を上げながら突き進むのとは霊への目立ち方は雲泥の差。遺跡の中にいる霊はその存在にも気付かないものが大多数だ。つまり遺跡は結局霊だらけなのだ。今回は飛行船のスピードが速いので途中で降りてそんな遺跡に一泊なんて必要もない。
 そして霊まみれと聞いて女性陣を主として颯太に賛同する意見が出た。男性陣だって「別に気にしねーよ?」という風情でも内心はちょっとくらい、人によってはだいぶ、怖いという気持ちはあるので反対まではしない。むしろここで反対して女性陣の反感を買うのも怖かった。
 そんなわけで遺跡を尻目にフルスロットル飛行となった。そうなると心配なのは男性エン人の体力だ。最初の方こそタヲヤメ号に遅れを取っていたが、こうなると燃えてくるのも男のサガ。特に熱く暑苦しい泰造あたりが闘志を滾らせたが、圭麻がそれに待ったをかけた。確かに120%のパワーでペダルを漕げばスピードは出る。だがその場合のスタミナの消費は120%では済まないだろう。
 そこで最終兵器が登場だ。颯太との二人旅の時も登場した二人漕ぎ用拡張ペダルユニット「車掌はぼくだ君デラックス」である。
「そんな名前だったのかよ、これ」
「車掌って何……?」
 などのツッコミや疑問はひとまずスルーして、これを使えば同じ出力120%でも一人頭のパワーは60%で済む。そうすると消費スタミナは60%を下回り、ロングランも可能なのだ。
「最初から出しとけよ、このくらい」
「でも、別に必要なかったでしょ」
 まあ、確かにそうだった。
 それに、これを使うと問題も発生する。組み合わせの問題である。泰造が潤を無理やり相方に引き込んだ点については何の問題もなかったが、選ばれなかった健については問題だ。おのずと光介陛下とのコンビが決定してしまうからだ。昨夜に引き続き、重圧イベント発生である。
 消費スタミナが減少したことで継続可能時間も伸びた。そうなると、重圧タイムも伸びてしまう。今回たまたま不幸にも選ばれたのが健だったが、別にこれで潤が余っても重圧タイムを過ごすのが潤になるだけで結果は同じだろう。
 そして。ペダルを漕ぐのが楽になったことでもう一組のコンビも結成に至ることとなる。
「そんなにキツくなさそうだし、これならオレでもなんとかなるな!よーし、圭麻一緒に漕ごうぜ!」
「ええっ!?何でですか」
 那智の提案に聞き返す圭麻だが、何でと言うならその理由は既に明快に告げられていた。圭麻が相方に選ばれた理由は告げられてないが、考えるまでもなく余っていたからだろう。
「なんだよ、オレと一緒がイヤだとか言わねーよな?」
 イヤだった。だが、言えなかった。嫌いだからイヤならきっぱりと言えるが、そうではない。
「……はい」
 別にここでマッチョコンビに比べるまでもない低出力コンビが投入されてタヲヤメ号に多少距離を詰められても他のコンビに交代すればすぐに巻き返せるし、そもそもこれは勝手に張り合っているだけで別に勝負というわけでもない。二人で漕げば嫌がらねばならないほどの疲労もないし、いい汗をかけるくらいだ。イヤな理由を寄せ集めても、ここできっぱりと断るには足りなかった。しぶしぶ圭麻は受け入れることになった。
 きこきこきこきこ。
「まさかこっちの世界で自転車の二人乗りが体験できるなんてな!乙女としちゃちょっと憧れのシチュエーションじゃねーか!」
 圭麻の後ろで那智はテンション上昇中である。もちろん、なるべく圭麻の視界に入らないように圭麻が前で那智が後ろのポジションに落ち着いたのだが、男が前で乙女が後ろにというのは確かに自転車二人乗りのありがちなパターンと言えた。まあ、ありがちなレベルであってはいけない道交法違反なのでそれだけはあらかじめ言っておく。そもそも。
「これは自転車じゃありませんけどね」
「こまけーこたぁいいんだよ!雰囲気だよ、雰囲気!」
 口調が荒っぽくて乙女憧れのシチュエーションを楽しんでいるような雰囲気じゃないのは今更だ。
「そもそも二人乗りというよりタンデム自転車っぽいですしね」
「背中にしがみつくにもちょっと遠いしなー。もうちょっと近くてもよかったんじゃね?」
「想定は男二人で使うことですよ?それも、屈強な。そんなのがもう一人の背中にしがみつく……、見たいですか?」
「女にそんなこと聞くなよ。……見てーに決まってんだろ」
 それもそうか、としか思えなかった。
 まあ、この距離感については見たい見たくないの問題よりは安全面の配慮の方が大きい。前後の二人が激しく動いたときに激突しない距離感だ。さすがにタンデムで激突するほど激しく漕ぐことはないだろうが、万が一はある。圭麻のボケに泰造が漕ぎながらツッコんだら相方に手が当たる、なんてのはありそうだ。ツッコまれるようなことを言うな、なんてもっともなことはまっぴら、そんな選択肢は最初からない。
 ただ、こうなるとちょっと距離を取っておいて正解だったな、そう思えた。姿が見えなくて声だけでも、結構大概だ。むしろなまじ見えないからこそ、無駄にイマジネーションが刺激される。
「色っぽい女がさ、こう押し当てんのよな」
 圭麻の背中に、温かい感触が。
「そんで「ちょっと、当たってますよ」「あててんのよ」みたいなさ」
「当たってるんですけど」
「まあ、これは手なんだけどな。あてるべきものは届かないし」
「まあそうでしょうけど……本当に手ですよね?」
 セカンドオピニオンとして泰造に意見を求める圭麻。
「……ノーコメントです」
「コメントしてくださいよぉ!」
 手を伸ばして圭麻の背中を押す那智を見ながら、泰造はそらっとぼけるのだった。
 こんな感じで、ちょっと問題が発生したりもしたが船旅は順調であった。間もなく、目的のオアシスに到着する。