賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第参拾九話 夢は終わらない

 長い戦いは終わろうとしている。
 しかし……。

 多くの命を奪った羅刹は今、泰造達の手により打ちのめされ、地に伏している。
 そして、命を奪われ、黄泉の住人となった沙希が同じ黄泉の住人として羅刹の存在を消そうとしている。
「待たせたな、沙希。やっとお前の出番だぞ」
 泰造は背負っていた矢筒と弓を差し出した。
 力強く頷き、受け取ろうとする沙希。だが、その手は矢筒と弓をすり抜けた。
"ああっ、そういえば持てないんだった"
「ああ、そうか。じゃ、しょうがないな。拳でぶちのめせ」
 再び、大きく頷く沙希だが。
"入れないよ"
 一馬の魔法陣の放つ光の中に入ることが出来ない。泰造たちは入り放題だったので予想外だった。
「引っ張り出すか?」
「それは止めとけ。下手したら力を戻しかねないぞ」
「じゃあ、どうするんだよ」
 ここまで来て手出しが出来なくなった。
「あ、そうだ!」
 恭が何か思いついたようだ。
「幽霊なんだし、誰かに取り憑いてみたら?それで破魔矢使えばいいじゃない」
「なるほど、言われてみればまったくだ」
 一馬も頷く。
"取り憑くって、どうすればいいの?"
「どうすればったって、あたしだって幽霊じゃないから取り憑いたことなんかないし……幽霊なのに分からないの?」
"なりたてだもん、わかんないよぉ"
 困ったように恭が聞くが、沙希も困り果てている。
「取り憑き方はわからないが取り憑いている霊魂ってのがどんなものかなら分かるな。まぁ、取り憑くのは主に悪霊なんだが、大体取り憑かれる人間の心の隙間みたいのを見つけてそこから心の中に入り込むんだ」
"あたし、悪霊じゃないもん"
 一馬の言葉にふくれる沙希。
「いや、たとえだから。でも、入り方は同じはずだ。まずは入られるほうの心に隙間を作る、言い換えれば油断するとか心を開くってことか」
「心を開く、か。泰造君、出来る?」
 美月は泰造に振るが、振られた泰造は焦る。
「俺かよ」
「他に誰がいるの」
 全員その言葉に深く頷いた。
「俺でいいのかよ」
"あたし、いいよ"
 照れたように言う沙希に対しちょっと違うんだけど、と言いたげな泰造。霊媒なら聖職者のほうがいいんじゃないかということが言いたかったらしい。
「一応リーダー任されてるんだから止めを刺す係は喜んで引き受けろ」
 びしっと言う一馬。
「何だよ、今までリーダーみたいに指揮ってたくせによ。ま、いいけどさ。……心を開く、か。どうすりゃいいんだろう」
"泰造が心を開いたかどうかなんて分かるの?"
 二人に質問される一馬。
「いいから。心を開こうと思えば開くし、入ろうと思えば入れるんだよ」
 ぶちぎれる一馬。
「んな無茶な」
「とりあえず形だけでも重なってみたら?」
 ぶちぎれている一馬の代わりに恭が言う。
"うん"
 泰造と同じ場所に立つ沙希。
「なんか違うと思うんだけど」
"着ぐるみ着てるみたい"
 泰造の胸から顔を出しながら沙希が呟いた。
「うーん。沙希ちゃん、どんな感じ?泰造さんの心とか、感じない?」
"よくわかんないよ"
「目で見ようとするな、心なら心で感じるんだ」
 それらしいことを言う一馬。沙希は目を瞑って集中する。
"うえーん、やっぱわかんないよぅ"
 半泣きになる沙希。一馬も今日も困り果ててしまった。
「うーん、なにげにお払いとかするけど、霊が取り憑くのって結構大変なんだな」
「そうねー。悪霊ってえらいわ」
「えらくねーよ」
 突っ込みを入れる泰造。それをあまりに気に留めず、恭が手を叩いた。
「そうだ、悪霊!」
"あたし、悪霊じゃないってば"
 すばやく反応する沙希。
「じゃなくってね。悪霊って、大体恨みとか、助かりたいとか、そういう気持ちをすごく強く持ってるじゃない。そういう強い気持ちで、その小さな心の隙間をこじ開けるのよ」
"でもあたし、泰造のこと恨んでなんか……"
 ふと言いよどむ沙希。
"そりゃ、たしかにもらえるお金減らされたり、あとで食べようと思ってたお肉食べられたりとかしてちょっと恨んだりしたこともあるけど。そんなに強い恨みじゃ……"
 ちょいちょいと沙希を手招きし隅っこに連れて行く恭。そして、沙希に顔を近づけて小声で言う。
「好き、っていう気持ちでもいいんじゃない?沙希ちゃんの気持ち、本気なんでしょ」
 戸惑う沙希。
「外野追い払って二人っきりにしてあげるから。言葉じゃなくて、心で思いを注ぎ込むの。入り込もうとか難しいこと考えないでさ。やり方は……沙希ちゃんの思うままにやってみて。二人の問題なんだから、あたしは門外漢だからね」
「何こそこそ言ってんだ?俺にも聞かせろよ」
「聞かせられないからこそこそしてるんじゃない。集中が必要だと思うから、あたしたちは一旦見えないところに行くよ。それから泰造さん。沙希ちゃんと心をひとつにするの。沙希ちゃんのこと、受け入れてあげてね」
「うー。やってみるよ」
 恭に押されるように他の三人は闇の中へ歩いていった。

「どうしたもんかな」
 二人っきりにされ、泰造も沙希も困り果てていた。何のヒントも与えられなかった泰造はもとより、いろいろアドバイスを受けはした沙希もどうすればいいのかさっぱり分かっていない。
 心で思いを注ぎ込め、と言われてもどうすればいいだろうか。とりあえず、泰造の目を見つめながら泰造に対する思いを高めてみようとする沙希。泰造も見つめられて気恥ずかしいが目は逸らすまいとじっと沙希の目を見つめ返す。しかし、何か起こる気配はまるでない。
"はぁ、やっぱりだめぇ"
 沙希がしょげて俯いた。泰造もちょっとほっとする。ちょっと一休み、といった感じでそこらの壁に寄りかかり腰を下ろした。
「何が足りねーんだろうな……。俺が沙希の事、もう少し好きでいられたらうまく行くのかも知れねーけどさ……」
"無理はしなくてもいいよ、もう、あたしの事どんなに好きになってくれても、あたしはもう泰造とは一緒にいられないんだから。あたしのために辛い思いするなら、そんなの嬉しくない"
 寂しそうに沙希は微笑んだ。
「何言ってやがる。もうこれで最後なんだ、今までわがまま聞いてやれなかった分、いくらでも聞いてやるさ」
"……ありがと"
 沙希も泰造の横に腰を下ろした。
"ね、このままじゃ埒あかないよね。ちょっとおしゃべりしない?待たせているみんなには悪いけど、何もしないよりはましだから"
「ああ」
 言葉じゃなく心で思いを注ぎ込め、とは言われたが、今のところその思いを伝えられる手段は言葉だけだ。
"さっき恭ちゃんに言われたんだけどさ、あたしが泰造の事好きになったのって恭ちゃんも少し関係してるんだって"
「なんだそりゃ」
"そもそも、本当に泰造のこと気になりだしたの恭ちゃんに泰造があたしの事好きなんじゃないかって言われてからなんだ。それから、気になって気になって、泰造があたしに何かしてくれるたびにどきどきしてた"
「そうなのか?いつごろの話だ、そりゃ」
"言われたのはコトゥフだったかな。だからわりと最近なんだけどさ、あのあとすごくいろいろあったから。ラーナに二人で行ったのだって、デートとしか思えなかったし"
 何も考えずに誘っていた泰造は少し面食らう。
「そのあと、リューシャーからも二人きりで出発してさ。二人っきりになってみると泰造のやさしさがとてもよく分かったんだ。もし、恭ちゃんにあそこでああ言われてなくても多分泰造のこと、気にはなってたと思う」
 何か優しい事したか、と考えるまるで自覚のない泰造。
"ま、泰造のことだから自分では何も気付いてないかもしれないけどさ"
 図星である。
"足手まといだからって、役に立てるように修行までつけてくれたじゃない。普通なら見捨てられてもおかしくないもの。それに気付かないで甘えっぱなしだったあたしが恥ずかしかった。それに……泰造のために何もしてあげられない自分がちょっとだけ憎らしくて……"
 膝を抱えまた俯く沙希。
「沙希は役に立ってくれてたじゃねーか、十分だよ」
 沙希の頭をなでてやろうとする泰造だがその手は素通りする。表情を曇らせ、手を引っ込めた。
"だめなの。泰造にそう思わせちゃだめなんだよ。そりゃ、賞金稼ぎとしてはどうがんばったって泰造には敵わないし、お手伝いできただけでも十分だけど。せめて料理ができるとか、服くらい直せるとかできれば泰造だってあたしのこと、必要だって思ってくれたかもしれないのに。でも、本当にあたしって、何もできないんだよね"
「そんなこと……」
 言いかける泰造を遮る。
"今だって、あたしのために無理を聞いてくれてる。なのに、あたしは何もできない……。なんであたし、死んじゃったんだろ。もう、泰造のために何もできない。せめて今だけでもそんな泰造に応えたいのに……"
 肩と声を震わせる沙希。体が生身なら、涙が絶え間なく流れていたことだろう。
 そんな沙希に居た堪れなくなった泰造は立ち上がり、沙希の顔を覗き込むようにしながらその頬に手を添えた。
 やはり何の感触もなかったが、沙希は悲しそうな顔を上げた。いたわるような泰造の微笑みに誘われるように立ち上がる。
 沙希は不思議な感触にとらわれていた。吸い込まれるように泰造の胸の中に飛び込んでいく。いや、吸い込まれていたのだ。
 沙希のひたむきなまでの泰造への思いは、泰造の心を開かせていた。たとえ、泰造本人が気付いていなくても。
 胸に飛び込んできた沙希を掻き抱くように手を添えようとする泰造。やはり、何の感触もなかったが、胸の辺りに沙希の体温を感じたような気がして驚き瞑っていた目を開いた。
「沙希?」
 呼びかけるがそこには沙希の姿はなく、泰造だけが取り残されていた。

 事態は飲み込めないが、恭たちを呼びにいく泰造。恭は少し離れた場所にいた。こっそり様子を窺っていたようだ。隠れきれずにそれがばれて慌てる恭だが、それどころではない。
 恭はごまかすように奥に仲間を呼びに行った。程なく全員羅刹の近くに集まってきた。涼に抱えられて奥のほうに転がされていた煉次も連れてこられた。
「はっきりとは分からないが、やはり取り憑いてるんだろうな。で、どんな感じだ?」
 一馬は泰造を見回しながら言う。
「うーん。何も感じねーんだけど。消えちまってねーだろーな」
「それはないだろう。魂は何もしなけりゃ消滅はしない。多分、泰造さんの意思がはっきりしすぎてて沙希ちゃんが出てこられないんだろうな」
「って事はうまく入ってるんだな?じゃ、俺が破魔矢で羅刹に止め刺せばいいのか?」
「いやいや、それじゃ飽くまで泰造さんだから。悪霊に取り憑かれた時だって本人じゃなくてその悪霊が肉体操るでしょ?その状態じゃないと」
「どうすりゃいいんだ」
「泰造さんの意識がなくなればいいんでしょ」
 恭が割って入ってくる。
「な、何する気だ」
 びびる泰造。
「大丈夫、ちょっと眠ってもらえばすむことだから」
 後頭部を抑える泰造。
「違うって。あたしが催眠かけるよ。リラックスして、目を閉じて。そうそう。あなたはだんだん眠くなる、眠くなる」
 今日は泰造の目の前でそれっぽく手をひらひらさせ始める。
「こんなの効くのかよ」
 訝しげに言う泰造。
「言霊使いを甘く見ちゃだめよ。ほーら眠くなってきたぁ〜」
 かくんと頭を下げ、いびきをかき始める泰造。
「ざっとこんなもんよ」
「お、恐ろしい……」
 あとずさる一馬に構わず恭は泰造の耳元に囁く。
「沙希ちゃん、動けるでしょ?目を覚まして」
 いびきが止まり泰造の顔が上がる。そして、不思議そうに辺りを見回し、自分の手や体を見回す。
「今沙希ちゃんは泰造さんの体の中に入って泰造さんの体を操ってるの。分かる?」
 泰造の体で沙希は頷く。
 まだ不思議そうにしている沙希に恭は破魔矢と弓を手渡した。
「さ、泰造さんが目を覚ます前に早く!」
 力強く頷き、弓と破魔矢を受け取ると、矢を番え、魔法陣の中で身じろぎさえできずに横たわる羅刹に狙いを定めた。
 矢を引くと弓が信じられないほどにしなった。泰造の馬鹿力っぷりをその体で感じる沙希。いつもは力一杯引いている弓だが、今は手加減しないと折れそうだ。
 鋭い音とともに破魔矢が放たれた。それは羅刹の体に深々と突き刺さった。羅刹の体が僅かに震えた。破魔矢の触れたところから、羅刹の体はゆっくりと砂のように崩れ、そのまま霧散していく。やがて、破魔矢だけが残り、羅刹の存在は跡形もなく消滅した。
「やったな!」
 涼が沙希の……沙希が操る泰造の肩をぽんと叩く。
 泰造の肉体は糸がきれた傀儡のように倒れこんだ。あせる涼。
「ど、ど、どうした!?」
 すぐにゆっくりと起き上がる泰造に涼は少しほっとする。
「どうしたって、ちょっとトイレ行ってきたんだけどよ」
 泰造は目を覚ましたばかりで寝ぼけているようだ。
「沙希ちゃんは?」
「ん?どうなったんだ?」
 この様子だと泰造は何も分かっていないようだ。眠っていたのだから当然だろうが。
 泰造が眠っている間のことを説明する。
「で、沙希ちゃんがまだ出てこないんだけど。出してあげてよ」
 恭に言われるが、ほいほい出せるものでもない。
「いるのかどうかさえわかんねーしなぁ」
「まさか除霊しなきゃならないんじゃないだろうな……」
「えーっ、そんなのやだぁ」
 顔を見合わせる一馬と恭。泰造が何かに気付いたような素振りを見せる。
「……みんな、先に外に出て待っててくれ。すぐ済む」
 やおら、泰造は奥へと向かっていく。

「最後の最後までみんなに迷惑かけてんじゃねーよ」
 だいぶ奥まで行ったところで泰造がボソッと言う。
"……ごめん"
 泰造の体からあっさりと出てくる沙希。
「……もういいのか」
"やめたの。せっかく決意ができたのにまた泰造と離れたくなくなっちゃうから"
 泰造と離れたくない。さきほど沙希がそう呟いたのが泰造には聞こえたのだ。
 やがて、一番奥の泉に辿りついた。泰造は置き去りになっていた沙希の亡骸を抱え上げた。
「こんなところに置きっぱなしにしちまってごめんな」
"いいよ。ね、それより最後のお願い。いいでしょ"
「ああ」
"キスして"
「またかよ」
 沙希のほうに歩き出す泰造だが。
"違うよ"
 沙希はそういいながら、泰造が抱える自分の躯を指差す。
 泰造は小さく頷き、冷たくなりかけた沙希に口づけた。その冷たさが改めて沙希の死を実感させる。
"ありがと。じゃ、あたし行くね"
 泰造に背を向け、泉に向かって歩き出す沙希。
「その汚ねー水に入るのか?」
 沙希は足を止める。振り返りはしない。
"あたし、たぶん黄泉の人間になったからだろうけど、すごくきれいな水に見えるよ。きらきら輝いてさ。だから、あの汚かったのを思い出させないでよ。入りたくなくなっちゃうじゃない"
「悪ぃ」
 この泉は生者の世界で背負った穢れを洗い流す泉。その穢れは生者の世界に留まる。亡者の世界から見れば穢れは何もないのだ。だから泉も澄んで見える。
 泉の中に進んで行く沙希。進むたびに魂が洗われていく感じがする。嫌な事も何もかも忘れていく感じがする。
 楽しかったことさえも。泰造のことさえも。
 沙希は振り向いた。そして、泰造に聞こえるように言い残す。
"また、会えるよ"
 いつか生まれ変わり、泰造のそばに再び帰れる。そう強く信じながら、沙希は足を進めた。たとえ何も覚えていなくても、また会える。それだけでいい。
 その思いも黄泉の水が洗い流していく。泰造の記憶も、自分の名前も、その姿さえも……。
 泰造は沙希の最後の言葉を、夢で会おう、という意味に捉えた。
「……会えればいいな」
 そう呟き、名残惜しげに背を向け歩き出す。

 長い坂を上り黄泉洞を抜けると恭も、涼も、一馬も美月も警備隊も全員がそこで待っていた。炭化した木々が辺りに広がっている。ここは説話にある焦土の森か。それならばだいぶ遠くまで来ていることになる。
 血に塗れた惨い亡骸を見て、他の面々は改めて沙希の死を思い知らされる。
「さっきまで元気に喋っていたのが嘘みたい」
 涼も恭もボロボロと涙を流して泣いている。ただ、元気に喋っていたのは幽霊である。
 その間にも、一馬の指揮で警備隊が手を繋ぎあい、大きな魔法陣を作り上げていた。
「こっちの準備はできたぞ。さ、魔法陣の中に入って。恭さん、詠唱よろしく。それとも、少し待つ?」
 親友の死を悲しむ恭を気遣う一馬だが。
「みんなを待たせることはできないよ。今行く」
 恭は気丈に涙を拭った。
 恭の詠唱が終わると、辺りの風景が揺らぎ、瞬く間に姿を変えた。足元は砂になり、見覚えのある町が目の前にある。シーカーの港町のそばに戻ってきたのだ。
「メディッヒ、シーカーの両警備隊諸君。そして、前線に立ち奮闘した美月殿、秀樹殿、涼殿。作戦上の重要な任務を全うされた一馬殿、恭殿、そして沙希殿。作戦の中心となり成功のために尽力された泰造殿。皆さんのおかげで今回の作戦は予定以上の成果を挙げることができました。皆さんに多大なる感謝と敬意を払います。そして、此度の作戦で命を落とした秀樹殿、そして沙希殿の冥福を祈り、黙祷を捧げます。一同、黙祷!」
 シーカー警備隊長が最後の口上を述べ、全員が黙祷を捧げた。
「で、こいつはどうするんだ?」
 一馬は煉次を顎で指す。
「どうって……。どうできるの?」
 冷めた感じで美月が言う。
「確かに、こいつは殺しても足りないくらい憎いわ。でも、だからって殺すわけにもいかないでしょ。あたしたちはね、こいつとは違うの。でしょ、泰造君」
 無言で頷く泰造。
「まずは賞金でもかけてもらわねーとな。警備隊に頼めばすぐさ。そしたら警備隊に突き出してやる。俺たちができるのはそれだけだ。確かにここで殺すことは簡単だろう。でもな、言っただろ。俺たちが生きるために失われる命は最低限でいい。得にもならねーなら殺す必要もねーさ」
 美月も小さく頷いた。
「それより一馬さん、頼みがあるんだけど。秀樹のこと、弔ってあげたいの。メディッヒまで一緒に来てくれない?」
 美月の言葉に一馬は頷く。
「俺もそのつもりだった。俺とあいつは腐れ縁でな。ちょっとは恨みもあるだろう。放っといて取り憑かれちゃたまらないからな」
 一馬は言葉を切り、泰造に向き直る。
「そんなわけだから、ここでお別れだ。また会うこともあるかもしれない。その時まであばよ」
 美月と一馬はそれぞれ砂驢駆鳥に跨り砂塵の向こうへと消えていく。
「お前らはどうするんだ?」
 泰造は涼と恭に尋ねた。
「俺たちは別に用が無ければリューシャーに帰るつもりだけど。泰造さんは?」
「俺はまだこっちに遣り残したことがある。だから少しリューシャーにいくのは遅くなると思う」
「沙希ちゃんは?」
「ああ、まずはこいつを葬ってやらなきゃな。こいつが一番好きだって言ってた場所、ここからだと近いんだ」
「……そう。そのあとは?」
「ま、いろいろな。なぁ、リューシャーに向かうんなら三巨都、寄るだろ?ちょっと頼まれてくれねーか?涼、コトゥフで俺がやったバイト、覚えてるか」
 涼は頷いた。
「あの研究員たちにこの金を寄付してやってほしいんだ」
 金の詰まった袋を涼に手渡す。
「これは?」
「沙希があの空飛ぶ船を買うんだって、こつこつ俺の稼ぎから引っこ抜いて貯めてた金だ。あの船の開発のために使われるんならあいつだって喜ぶさ。空を飛びたいってのが夢だったみたいだからな」
「優しいんだね、泰造さん」
 恭が泰造に笑顔を向ける。
「よせよ、照れるだろ」
「オッケー、まかしといて」
 泰造から金を受け取る涼。
「じゃ、頼んだぞ」
 頷き、美月たちとは逆のほうへと街道を辿り始める兄妹。
 そして、泰造も歩き出した。

 作戦が成功し、危機は去ったという知らせが届くと、定期船に乗ろうとしていた人たちは一斉に散り始めた。
 そして、定期船の乗り場には泰造だけになった。元々あちらに用のあった人たちはもっと早い船でとっくに渡りきっているようだ。
 貸切のような船。この船は、シュモートとルトにも同じ知らせを運んでいく。
 泰造は無理を言って船の航路を少し変えてもらった。とはいえ、貸切のような船だ。二つ返事で承諾してもらった。
 沙希と二人、朝と干潮を待って過ごしたあの小島。そのぎりぎり近くにまで寄せてもらい、船を降りた。
 島に着くと、砂浜を深く掘り沙希を埋葬した。
 高価な墓標は立ててやれない。泰造は沙希の名前の綴りを書いた紙を取り出し、それを真似て岩に刻んだ。

 あの時と同じように引き潮を待って海を越え、シーカーに戻る。ぶらぶらと町中を歩いていると美月に呼び止められた。
「なんだ、戻ってきてたのか」
「それはこっちの台詞よ。もうリューシャーに行っちゃったのかと思った」
「俺はしばらくこっちに残ることにしたんだ。ま、用が済むまでだけどな」
「用って?」
「ひとつは終わった。後は……俺たちが追いかけてた賞金首だ」
 涼が、風の噂で龍哉がこの辺に出現したということを聞きつけたというのだ。そして、どうやらその新しい首領として隆臣もともに行動をしているらしい。
「それって、あたしたちが追ってた盗賊団のことかしら。この辺で目立つ行動をしてた連中ってそのくらいよ」
「俺もそうじゃないかとは思ってるんだ。あいつら、逃げ足ばかり速くてなかなかつかまんねーけどさ、ここまで追いかけてきたんだ。この期に及んで諦めたくはねーからな。それに四十七号にも興味がある。なにやらかしゃあんな賞金掛かるのか気になるからな」
「そう。じゃ、勝負ってことになるわね、泰造君。手加減しないわよ」
 挑発的な笑みを浮かべる美月。
「おう!」
「それはそうと、この間の出来事を忘れないようにって碑銘ができたのよ。その建立現場に今からちょっと行ってこようと思うの。頼んでもらって、あの人の遺品をそこに埋めてもらって墓碑代わりにしてもらおうと思ってね。あの人、スケールの大きいの大好きだったからあたしたちの稼ぎで変えるせこい墓標よりは喜ぶだろうから」
 その言葉を聞いて泰造もはっとなる。
「それじゃ、俺もこれ」
 泰造は荷物の中から小さな皮袋を取り出した。
「なぁに?」
「ちゃんとした墓なんか立ててやれないからさ。せめて形見にと思って持ってたんだ」
 取り出したのは沙希の遺髪だった。
「いいの?手放しても」
「ああ。いずれにせよ、ちゃんとした墓が買えたら埋めてやる気だったからな」
「じゃ、一緒に行きましょ。場所はカコーガ大橋のほとりよ」

 泰造と美月がその場所につくと、ちょうど彫りあがったばかりの石碑が運ばれてきたところだった。
 橋を通れば自ずと目に留まるような場所に石碑は建てられる。
 土台になる石を埋めるための穴に遺品を供える二人。
 石碑の表側には今回の出来事のあらましが綴られ、裏側には泰造の名を筆頭に、沙希も秀樹も、今回の作戦に参加した人物の名が警備隊員全員に至るまで記されている。
「秀樹はこういうの大好きだったから大喜びしただろうな。あの人ね、すぐに『俺はいつか名前を後々まで語り継がれるような英雄になるんだ』なんて夢物語みたいなこと言ってたから。……あの人の夢は叶ったわね。ま、主役じゃないのはお生憎様だけど」
 言いながら美月はくすくすと笑う。
 あいつはどうだろうな。
 泰造は沙希のことを思う。
 あいつはこうして名前を残されることを喜ぶのだろうか。
 それとも、そんなの恥ずかしい、などと照れてしまうだろうか。
 どちらにせよ田舎から大した夢も持たずに飛び出してきた身には余りある光栄であることには代わりはないのだが。
 泰造たちにここの現場監督と思しき人物が寄ってきて、しきりに明日落成式なので来てくれ、ということを頼み込んできた。適当に返事をし、泰造たちはその場をあとにした。

 翌日、石碑の落成式が行われた。
 両町の警備隊員は全員参加らしく復興作業で大忙しの中時間を割いてやって来ていた。
 頼み込まれて泰造は、面倒くせーと思いながらも顔を出した。一馬も来ていたが、泰造と同じようなふてくされた顔をしている。
 そして、泰造と一緒に頼み込まれていた美月は顔を出さなかった。
 俺もサボりゃ良かったな、などと思いながら、警備隊長の長演説を聞かされる羽目になる。いや、聞いている振りだけで聞いているわけではないのだ。聞き流している。
 ようやく幕が落とされ、昨日見たまんまの石碑が露になり、拍手とともに落成式は終わった。
「いやー、警備隊以外で来たの俺たちだけだったな」
 一馬に声を掛けられた。
「恭も涼もとっくに帰っちまったしな。美月はサボりみたいだ」
「サボり……ね。また一昨日みたいに荒れてなきゃいいけど」
「荒れてたのか?」
 思い出したくもない、という顔をする一馬。
「ま、荒れるだろ。恋人が殺されたんだから。しかも酒も入ってたしな。俺、秀樹にあの人の酒癖の悪さ聞いてたの、絡まれ始めてから思い出したんだよな」
「恋人?あの二人そんな仲だったのか」
「ただの相棒って訳じゃないさ。付き合いも長かったしな。あの人のほうはどう思ってたかは知らないけどさ、少なくとも秀樹は本気だったな。この間の荒れっぷりを考えると、両想いだろうよ」
「そうか……。昨日は秀樹の遺品を埋めに来たんだが、帰りは元気がなかったような気もするな。遺品も埋めて、もう何もなくなったら何もする気が起こらなくなった、ってことかも知れねーな」
「ああ。気落ちしてなきゃいいんだが……。ちょっと不安だな。ああいう気の強い人ほど、こういうとき弱いからな……」
「おいおい、変な事言うな。不安になるじゃねーか」
「ま、見かけたら励ましてやることしか俺たちにゃできないさ」
 僅かな不安を胸に抱きながら二人はその場所をあとにし、それぞれの向かう場所へと去っていった。

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