賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第参拾八話 生と死の狭間にて

 高天原と黄泉、そして中ツ国と黄泉。生者と世界と死者の世界の狭間。
 そこは、生死を掛けた戦いに、もっともふさわしい場所。


 先頭を涼と美月に任せて洞窟を闇の深い奥のほうへと向かって行く泰造たち。
 泰造は、一馬に改めて作戦の内容を聞きなおしていた。
 今までに行われたことは煉次を橋の上に誘い出し、橋の両端を魔法陣で封鎖し退路を絶ち、そして煉次をこの世界へと
連れて来ること。  ここは黄泉比良坂。死者たちの世界黄泉と、泰造たちの世界高天原や、もうひとつの世界中ツ国の二つを結びつける狭
間の世界。いわば霊の通り道でもある。そう言われて沙希は首を竦めた。 「このまま下に進んで行くと死者たちの世界、黄泉がある。まぁ、生きているうちは行くことは出来ないけどな。俺たち
の世界に帰りたけりゃ上に向かえばいい。そうすれば然るべき世界に戻される」 「それにしてもこんなこと出来るなんてすごいなぁ。本当にものすごい力を持っているのね」
 恭が感心したように言う。
「俺の力だってこんなことは出来ないよ。恭さんの力と合わさって初めてうまくいったんだ。正直、俺も本当にうまく行
くかどうかは不安だったからな。まったくもってすごい力だよ」  お互いを称えあう恭と一馬に涼が不機嫌そうな顔を向けている。
「で、この世界に連れてきた理由は何だ」
 泰造がとっとと先を話せ、と言いたげに割り込んだ。
「俺たちがこの世界に入っても黄泉には行けない。同じように元々黄泉の住人である羅刹はここから俺たちの世界には行
けない。つまり羅刹とはここでお別れってことになる」 「でもよ、またどこかから入り込んできたりしねーのか?」
「どこかの馬鹿が羅刹を手引きして呼び込んだりしなけりゃな。元々奴はそうして連れて来られたんだ。戦乱の時代を自
分の力だけじゃ勝ち抜けそうにないと悟ったヘタレの馬鹿が、頼るものを求めて古代の文献から羅刹のことを知り、わざわざ呼び出してお招きしたのさ。で、呼んだはいいが用が済んでも帰らないって言う羅刹が手に余って遠くに封印した
。馬鹿丸出しだとおもわねーか?」 「確かに……」
 恐ろしい伝承も、こういう風に説明されるとただのヘタレにしか聞こえない。
「自分に不相応な力なんざ元々持てないのさ。持ったら持ったで手に余るに決まってる。その程度のことが分からない馬
鹿は滅びる。実際滅びただろ」  一馬が言っているのはかつてこの世界が戦乱の只中にあったとき、その戦乱を制し覇者となった者のことだ。三巨都か
ら程近いフィグの地に拠点を構え、周辺の小さな王国を次々と平らげていった大国、シマート。元々、フィグはシマート国のものではなかったが、制圧され領土となった。その戦いを始め多くの戦で名を馳せた大将軍がいた。小隊の隊長か
ら叩き上げられた猛者で、破竹の進撃は鬼神の如き、と語られている。しかし、その進撃には羅刹の力が働いていた。  その力を恐れたシマートの王は大将軍を自らの手で謀殺し、刀に取り憑き血を求める羅刹を刀ごと遥か北の大地に封印
した。  その後、シマート王国は他国への侵攻を止め、戦乱の世は終わる。しかし、平穏な時代は長くは続かず、その後も他国
との小競り合いや反乱を繰り返し、徐々に衰退し、今は王朝はなく月読の支配下に落ちている。大将軍も、国家も滅んだのだ。
「どうせ、黄泉に送り返しても誰かがまた連れてきちまうんだろうな」
「まぁな。とりあえず今一番の馬鹿である煉次の野郎がまた連れて来ちまわないように破魔矢を使って煉次の体に二度と
羅刹が入れないようにするのさ。そうすりゃ今は黄泉に帰るしかない」  泰造の言葉に、頷きながら一馬が言った。
「どうにかして羅刹を消しちまえないのかな」
「生きてるうちは無理だね。生きてる人間は羅刹に止めを刺して完全に消滅させるのは無理だ。……死んだら手出しでき
ないでもないかな。もっとも、死んで黄泉に行くってことは魂の浄化を受けるってことだ。そうすると魂の穢れと一緒に記憶も失われる。あいつの前を通り過ぎても何にも気付かず通り過ぎるだけってことになるかもな」
「つまりはほっとくしかないってことかよ」
「痛めつけてやればしばらくはこっちに来たくないって思うだろ。だから今の俺たちに出来るのはあいつをけちょんけち
ょんに痛めつけてやることさ」 「よっしゃ、そうなりゃとことんしばき倒してやる!」
 泰造は改めて気合を入れた。

 洞窟の奥深くに進むに従い、鼻をつく臭いが漂い始めてきた。最初は誰かが屁でもこいたのかと思っていた泰造だが、
その臭いが下からこみ上げてきているのは間違いない。 「黄泉が近づいてきている」
 気分悪そうに一馬が言った。
「洗い流された魂の穢れの臭いってわけか?だとしたら人間の魂ってのは腐りきってるな」
「嫌な事言うな」
 一馬の言葉に突っ込む泰造。
 やがて、急に開けた場所に出た。道は途絶え、黄泉の文字通り汚らわしい黄褐色の汚水の泉の中に飲まれていく。
「死んだらこんなところ入らなきゃならねーのか。死にたくねー」
「そうじゃなくても死にたくなんかないけどな」
 今度は泰造の言葉に一馬が突っ込んだ。
「煉次が見当たらないね」
 涼が辺りを見渡す。
「水の中かな?」
「まさか。こんな臭い水の中入ったら死ぬぞ」
「そもそも死ななきゃ入れないんじゃないのか」
「わかんねーぞ」
「試してみたら?」
「死んでも嫌だ」
「死んだらここに入るんだよ」
「あー、いやだいやだ」
 鼻をつまみながら泉を覗き込む泰造、涼、一馬の三人。女性三名は泉に近寄りたくもないらしく坂の中ほどで鼻をつま
んでいる。 「帰ろうよー。におい染み付いちゃうよ」
 鼻をつまんだままの変な声で沙希が言う。
「だな……。どこかに隠れているんじゃないかと思うんだが。まぁ、上のほうは警備隊の皆さんが固めているから俺たち
をやり過ごして上に逃げたとしても挟み撃ち……」 「隠れちゃいたが逃げてなんざいねぇぜ」
 背後から声がした。
 全員、息を飲んで振り返る。そして、身構えた。
「追い詰めたつもりだろうが、追い詰められたなぁ」
 煉次は不敵な笑みを浮かべた。女たちは坂の上から後退し、男たちは坂を駆け上っていく。
 煉次に破魔矢を射ち込めば作戦は終了だ。煉次との距離の開いた沙希は弓を構え、煉次に狙いを定める。
 煉次はそれに気付き、沙希目掛けて突進してきた。沙希の手がはなされ、破魔矢が煉次の肩口に突き立った。絶叫する
煉次。沙希は短く呟く。 「やった!」
 だが、煉次の動きは止まらなかった。煉次の剣は振り抜かれ、沙希は吹っ飛ばされた。入れ替わりに泰造が煉次の前に
立ちはだかり、渾身の力で煉次を弾き飛ばした。 「ううっ、うおおおおおお!」
 立ち上がった煉次は突き刺さった矢の痛みと、羅刹が受けたダメージによる苦しみに絶叫しながら坂を駆け上り逃げて
いく。 「頼む、奴を追ってくれ!」
 泰造は四人にそういい、沙希に駆け寄った。四人は不安そうに振り返りながらも逃げた煉次の後を追った。
「大丈夫か、おい!」
 泰造は苦しそうな表情の沙希を抱え起こした。破魔矢の力と沙希が纏っていた魔法陣の描かれたマントのおかげで剣が
触れただけで生気を奪い取る力からは守られたようだった。息はある。 「だ、だいじょう……ぶ」
 泰造の手に生温かくぬるりとしたとした感触。見ると、鮮血が沙希の服に広がっていた。慌てて服をはだけさせ、傷口
を見る。急所こそ外れていたが、深い傷から絶え間なく血が流れ出していた。  助からない。一目見ただけでそう感じた。
「どこが……大丈夫なんだよ」
 震える声で泰造が言う。
「だ、だめ?あたし、死んじゃうの?」
 答えに詰まる泰造。沙希はその様子から察した。
「……死んじゃうんだね……」
「こんなこと言ってもしょーがねーけど……守ってやれなかった。すまない」
「いいよ、今まで守ってくれたんだもん、……今回だけは許してあげる」
「いいから喋るな」
「やだよ、言いたいこといっぱいあるもん。もう何も言えないもん」
「……分かった。聞いてやる」
「いっぱいあるけど……一番言いたかったこと、言うね。……泰造、あたし、泰造のこと好きだった。大好き」
 力なく微笑む沙希の目から大粒の涙が溢れ出た。ずっと秘めていた思いをようやく伝えられたからか。それとも、その
思いを伝えた相手との、間もなく迫った永久の別れがあまりにも悲しいからか。その涙に誘われ、泰造の頬にも涙が止めどなく流れ出す。
 最後の力を振り絞り、沙希は泰造の首に手を回した。その手に引き寄せられるように泰造は沙希の顔に顔を近づけた。
沙希の手は、力を失い離れていくが、泰造の手が全てを引き継いだ。そっと唇を重ね、強く抱きしめた。  沙希の息吹が感じられなくなった。呼びかけても応えない。
「行ってくる、すぐに帰ってくる」
 動かぬ沙希にそう囁き、泰造は立ち上がった。
 顔を上げた泰造の前に揺らめく影。見覚えのある後姿。
 不思議そうに辺りを見回していたその影は泰造に気付く。
"あれ?"
「さ、沙希?」
 ここは黄泉に一番近い場所、亡者と生者の狭間の世界。見えないはずの亡者の姿がここでは見えるのだ。
 呆気にとられた泰造と目があった沙希は気まずそうな顔をした。

 手傷を負った煉次がいくら全力を出したところでたかが知れている。煉次の後を追った四人はすぐに追いついた。
 美月は煉次を取り押さえ、縄でさっと縛り上げた。抵抗はされなかった。諦めた、というわけではなさそうだが、破魔
矢の力に蝕まれる羅刹の苦しみが伝わってくるのか煉次も苦しそうだ。 「ううう、うおおおお!」
 煉次の体の上に不気味な影が揺らめく。黄泉の世界の住人である羅刹の姿は、ここではやはり見えるのだ。危険を感じ
て少し遠巻きに見守る。 「破魔矢の力で煉次の体が羅刹を拒み始めている!出てくるぞ!」
 武人のような姿。漆黒の鎧で身を包み、四本の腕に四本の剣を持つ。
"なぜ、いつもうまくいかぬのだ。なぜ人間は力を持つと自惚れ、力を持て余し、その力に食われていく?"
 羅刹はゆっくりとその姿を現していく。
"役に立たぬ小悪党よ、本来ならば我の目論見を打ち砕いてくれた貴様を真っ先に八つ裂きにしてやるところだが、口惜
しいことに貴様の体は破魔矢により我が力から守られておる。貴様を射抜いたあの小娘と、この罠を仕掛けた彼奴らに感謝するがいい。……貴様らも逃げ場はないぞ。魂ごと切り裂いてくれようぞ"
 涼たちに向き直り四本の剣を構える羅刹。
「ちょーやばくね?」
「やばいね」
「その割には冷静ね」
「俺に秘策がある。何のことはない、ここに来た時と同じ方法で帰るってだけだけどな。きついかもしれないけどしばら
く食い止めてくれ!大丈夫か」 「……メイビー」
「なんだそりゃ」
「方言だから気にしない」
 涼が斧を振りかざす。美月が剣を構える。恭が詠唱を開始する。こちらの攻撃手段はその三つ。羅刹の腕は四本。
 とてつもなく不利な戦いが始まった。

"あたし、死んじゃったんだね"
 沙希は自分の骸を不思議そうに見下ろしている。
"今のあたしって幽霊なのかな"
「そうだよな」
"なんかさ、もう絶対言えないと思って思い切って告白したのに、こうしてまた話が出来るようになっちゃうとなんか気
が抜けちゃうな……。恥ずかしいし" 「俺さ、ずっと近くにいたのにお前の気持ち、ぜんぜん気付いてやれなかった。ごめんな。ほんとにごめん」
"いいの、隠してたのはあたしだから。……ね、泰造はあたしの事好きだった?"
 元々沙希が泰造のことを気にかけ始めたのは恭から泰造が自分に好意を抱いているんじゃないか、と言われたからだ。
 一瞬答えに詰まる泰造。何か言いかけるが、沙希はその言葉を遮った。
"やっぱりね……。そんな気はしてたんだ。泰造ってさ、馬鹿正直で嘘がまるで下手だもんね。……泰造があたしに接し
ている時の態度ってなんか好きな子といる時の態度じゃないもん。教えてくれる時は熱心で真剣で先生みたいだった。喋っているときは友達みたいだったし、優しくしてくれたときはお兄ちゃんみたいだった。……話してて……恋人同士み
たい、って感じたことはなかったかな"  申し訳なさそうに俯き、押し黙る泰造。
"いいんだ。あたし、泰造と一緒にいられるだけで楽しかったし、嬉しかったから。あ、でも一度だけ恋人同士じゃなく
て残念だって思ったことがあったなぁ。この間さ、二人っきりで海の上歩いてた時。あんなところで初めてのキスとかロマンチックじゃない。あたしね、あの島で泰造に告白しようと思ったんだ。でもさ、寝ちゃって言えなかった。……言
ったけど、泰造、寝てた" 「そんなことがあったのか、知らなかった」
"寝てたもん。でも、言わなくてよかったのかも。泰造、困らせちゃうだけだもんね"
 沙希は軽く俯き、寂しそうに微笑む。そして、思い出したように顔を上げた。
"ね、さっきさ、キス……してくれた?"
 真っ赤になりながら目を泳がせる泰造。
「う、あ、……ああ。何だよ、覚えてないのか」
"あたし、あの時もう意識なくなってたもん。……残念。あ、そうだ。もっかいしてよ"
「ま、まじか」
"してくれなきゃ成仏しないもん"
 戸惑う泰造にお構いなしで沙希は目を閉じて待っている。
 泰造は腹を決めて、沙希の唇に口づけた。が、何の感触もなくそのまま素通りしていく。
"ね、早く"
「もうしたよ」
"嘘"
「疑うならもう一回するから目ぇ開けてろ」
"ええっ、やだぁ"
「いーから!」
 目を開けた沙希にさっきと同じことをする。やはり素通りする。
"なぁんだ、つまんない"
 沙希はがっかりしたようだ。納得してもらえた泰造はほっとする。
"ね、みんなは?"
「あの後すぐに煉次を追って行ったな。もう追いついてるだろ。沙希の矢が刺さってたから作戦は終わったと思うけど」
"ね、あたし、死んで黄泉の住人になったんだよね。それならさ、羅刹を倒せたりするかな"
「どうだろう。出来るかもな。でもよ、ということは沙希も羅刹にやられちまうかも知れねーぞ。幽霊になってまで死に
たくねーだろ」 "だね。でも、やってみたい。それに、今しか、今のあたしにしか出来ないから。黄泉に行ったら羅刹のことも、やられ
て悔しかったのも、何もしないで逃げたことも全部忘れちゃうから。逃げたくない。忘れちゃうのも、消えてなくなっちゃうのも同じだもん"
 沙希の決意は揺るぎない。
「分かった。でも、無茶はするな。二度もお前が死ぬところを見たくない」
"じゃ、あたしのこと守って。さっき許したんだから、今度守りきれなかったら許さないからね"
「よっしゃ、任せろ!」
 沙希は自分の死体の傍らに落ちていた弓と破魔矢を拾おうとした。が。
"あれ?とれないよ"
「幽霊だから持てないのか。しょーがねーな、持ってってやるよ」
 泰造が代わりに拾う。しかし、自分はどうやっても矢を射れないようだ。
 沙希の揺るぎない決意がほんの少し揺らいだ。

「なぁ一馬さんよ、ひとつ気になるんだけどさ、聞いていい?」
 防戦一方の涼が必死に踏みとどまりながら尋ねた。
「何だ!?」
 作業に集中したいのに、と思いながら不機嫌に一馬が答える。
「俺たちこいつに止め刺せないっしょ?ってことは俺たちもこいつに止め刺されないとかある?」
「そうだな、止めは刺せないと思うぞ」
 それを聞いて涼はにやりと笑う。
「おっしゃ、ちょーやる気出たし」
「止めはさせないが、虫の息まで弱らされたら後は死ぬのを待つだけだと思わないか?」
「……やっぱさっきのやる気撤回。あ、ちょっと待って。こいつボロボロにしたらやっぱり野垂れ死にする?」
「黄泉の住人ってのは基本的に魂だからな。魂の自然消滅はありえない、つまり止めささなきゃダメ」
「ちょー萎えた」
「萎えんな。ただでさえ押されてんだからちゃんとしろ」
 恭は後ろで休みなく詠唱を続けている。これのおかげで羅刹のパワーが落ち、どうにか食い留まっているのだ。
「よっしゃ、魔法陣かけたぞ。とりあえずこれで羅刹を足止めして安全なところに撤退する!魔法陣だけだと効果が薄い
から恭さん、よろしく!」  よろしくといわれても、と言いたげに困った顔をしながら首を振る恭。今続けている詠唱を止めると涼と美月は押し留
まれないだろう。 「もしかして、俺、作戦ミスったか?」
「うん、いけてない」
 涼が半分キレたように言う。
「そ、そうか、はずれくじ引いちまったみたいだな」
 がっくりと肩を落とす一馬。
「でも、泰造君が来たらどうにか押し返せるかも」
「お、そうか、そうだよな!よし、俺も手伝う、その前にちょっとくらいは押し返してやろうぜ!」
 一馬は札を取り出すとささっと筆を取る。その札を投げつけると札は羅刹に吸い寄せられるように貼りつき、札の張り
付いた辺りは凍り付いていく。 「もっとドカンと効くようなのは出来ないの!?」
 美月が苛立たしげに怒鳴った。
「ドカンと効くのは準備にめちゃくちゃ時間がかかるんだけど。質より量で行かせてもらうからよろしく」
 一馬は言葉どおり、札を描いては投げ、描いては投げを繰り返す。
「もしかして、何回もやれば完全に凍ったりとかしない?」
 涼は一縷の期待を抱く。
「ごめん、これでラスト」
「チョベリバ!」
「あ、しかもこれもう何か書いてある。使えないし」
「まあいいや、ちょっとは動き鈍くなったから。……長くは続かないだろうけどさ」
 突然、羅刹の動きが鋭くなる。
「ごめん、いまちょっと噛んだかも」
 恭が一言謝ってまた詠唱を再開する。
「まーじー?きついって」
 少し押し返し始めていた状勢が一気に逆転しかけたその時だった。羅刹が何かに気付いたように遠くのほうに目を向ける
。その直後、美月と涼の間に泰造が割り込んできた。泰造は金砕棒を振りかざし、羅刹の脳天めがけて振り下ろした。羅刹は二本の剣を交差させその一撃を受け止めた。
「ナイスタイミング!待ってました!」
 涼はにかっと笑った。
「わりぃ、ちょっと話し込んじまってさ。で、この化けもんが羅刹の正体か?」
「そうよ!多分だけどね」
「よーし、一発しめてやるか!」
 泰造の参戦で士気も上がる二人。
 その泰造の後にくっついてきた半透明の沙希に恭が不思議そうな顔をした。それに気付いた沙希は苦笑いする。
"恭ちゃん、あたし、死んじゃった"
「ええっ、うそぉ、まっじー!?」
「だああ、詠唱やめんなよー!」
「いや、大丈夫、何とかなってるかも」
 怒鳴る涼に美月が言う。泰造の参戦で状況はかなり良くなった。
「じゃさ、作戦、どうにかなんない?」
「なるかも!」
「作戦?何の作戦だ?」
 泰造は当然作戦のことを知らない。
「こいつを押しとどめてとんずら決める作戦よ!ここまできたらこいつ置いて帰るだけだからね」
「そっか、それじゃそいつはちょっと待ってもらわなきゃならねーな!」
「ええっ、なんでさー」
 涼が不思議そうに言う。
「沙希がさ、やられっぱなしじゃ治まらねーから一矢報いてやるって気合入れてんだ!まぁ、説明するのもなんだから細
かいことは気にしねーで、こいつをまずはへろへろにしてやろうぜ!」 「了解っ!」
 声を揃えて返事をする涼と美月。
「じゃ、俺も攻めに回っていいんだな!」
 一馬は大きめの紙を広げると何かを描き始める。
「あたしだけ仲間はずれってことはないよね!?」
 恭も気合を入れた。そして、沙希のほうに向き直る。
「破邪詞、覚えてる?」
 小さく頷く沙希。
「せーので行くよ。準備いい?じゃ、せーの」
 ユニゾンで破邪詞の詠唱を始める二人。
「俺はこいつの動きを封じる!涼、美月!腕を潰してくれ!」
 泰造は金砕棒の中ほどを持ち、両端を使い羅刹の攻撃をもれなく受け止める。開いている腕でさらに攻撃を繰り出そう
とする羅刹だがその攻撃は涼と美月がそれぞれ受け止めている。そして、隙を窺ってはこちらから攻撃を繰り出すがなかなか当てることは出来ないようだ。
 しかし、恭と沙希の破邪詞の詠唱が同時に完了したことで一気に状況が逆転した。羅刹は苦悶の表情を浮かべ、のけ反
った。その隙に泰造達は一気に反撃に出た。袋叩きだ。特に魔法陣がでかでかと描かれた涼の斧は効果覿面だったようだ。
 均衡が崩れると、あとは実にあっけなかった。立て続けに攻撃を受け、羅刹の動きは鈍る。そこをついて一気に攻撃を
叩き込む。 「この魔法陣の上に羅刹を追い込んでくれ!できるか!?」
 一馬は書きあがった紙を泰造たちの近くに広げた。
「叩きこみゃいいんだろ?任せろ!」
「それならさ、この羅刹の後ろに回り込んで置いてくれない?そうすればこのまま押し切るだけでいいんだから」
 美月の提案にちょっと考え込む一馬。
「その横すり抜けろってことだよな。ちょっと無理ないか?」
「じゃ、もうちょっと弱らせる?」
「出来れば頼む」
 もはや防御さえ崩れている羅刹を弱らせるのはそう難しくはない。
「涼、腕を一本ずつ完全に潰せないか?」
「よっしゃ、任せて!」
 泰造の言葉に従い一本の腕を集中的に狙う涼。一撃ごとに力を失っていく腕をさらに執拗に狙い続ける。完全に動かな
くなったが、それでも涼は攻撃を止めない。 「この調子でどんどん潰せ!完全に動きを封じるぞ!」
「もちろんそのつもり!」
 涼は狙いを変えた。両腕のバランスの崩れた羅刹は壁際に押し込まれている。一馬は今を好機と判断した。
「俺は巻き込まれるのはごめんだからな、しっかり押さえ込んでいてくれ。駆け抜ける!」
 そういい、羅刹の横を駆け抜けていく一馬。後ろに回りこむと紙を広げた。
「よし、押し込むぞ!」
 力づくで押し込もうとする泰造に最後の抵抗を見せる羅刹。だが、もはや無駄な抵抗だった。羅刹も衰弱してきたのか
、二度目の破邪詞の詠唱が終わると大きくよろめいた。そこに泰造の渾身の一撃が叩き込まれ、魔法陣の方へ真っ直ぐ吹っ飛ばされる。突如魔法陣の上に光の柱が現れ羅刹を包み込んだ。
「成功だ、これでもはやこいつはこの光の柱から逃れることは出来ない。そして徐々に弱っていくだろう。王手だな」
 一馬は誇らしげな笑みを浮かべた。
「じゃ、あとは止めを刺すだけね」
 美月はほっとしたように剣を下ろした。
「くはー、しんどかったぁ」
 涼は壁際にへたり込み、額に浮かんだ汗をぬぐった。泰造だけはまだやり足りないと言いたげに構えを解かない。
「ま、もちろんこのままじゃ止めはさせないよ」
「なんでさ」
 泰造は羅刹を挟んで向こう側の一馬に顔を向ける。答えは泰造の後ろから返ってきた。
「決まってるじゃん、弱りきってからさすのが止めっしょ。まだぴんぴんしてるっしょ、こいつ」
 答えたのは壁により掛かって座り込んだ涼だ。納得いったという顔をする泰造。
「なるほどな。よーし、遠慮なく袋叩きにさせてもらうからな」
 泰造は羅刹に金砕棒を突きつける。
「あ、俺ばててっからパスね」
 涼が軽く手を振りながら言った。
「ほうっておいても弱るだろうが時間がかかるだろうからな。ま、今までの分の仕返しも込めて思う存分やっちゃって」
 そういう一馬はもう満足しているらしい。泰造と美月は羅刹を弱らせるために攻撃を再開した。
 後ろで休んでいた涼だが、立ち上がる。
「泰造さん、話聞いたよ。水臭いな、なんで黙ってるのさ」
 沙希が死んでしまったことを聞いて奮起したようだ。
「悪い。沙希もああいう感じだからさ。俺もなんか騙されてるような気が今でもしてるんだ。あいつの最後は見届けてや
ったけどな」 「俺も今まで気付かなかったよ。俺も沙希ちゃんとは長いこと一緒の旅した仲間だからな。弔い合戦となれば参加しない
訳にゃいかないよ。……明日きついかもしれないけどさ」  沙希のために疲れきった体に鞭打っての参戦だ。泰造は涼に感謝した。
「美月も秀樹の分までこいつを痛めつけてやれ!」
「当然、最初からそのつもりよ。泰造君もね」
「おうよ!」
 二人の無念を晴らすべく、三人は羅刹を取り囲んだ。

 羅刹を取り囲んでいる三人を遠巻きに見ながら一馬は居心地悪そうにしている。壁にもたれながら小声で話している恭
と沙希の話が少し聞こえてしまったのだ。 "あたしね、最後に泰造に告白……しちゃったんだ"
 少し気まずそうな顔をする恭。
「え、えーと」
 そもそも沙希が泰造を好きになったのは恭の言霊が原因だ。しかも、泰造が沙希に気があると勘違いして沙希をたきつ
けてしまった。泰造が沙希に気がないのを後から知って青ざめたものだ。 "だめなのは分かってたの。でも、この想い、伝えないで終わりにしたくなかったから"
「ごめん、あたしが変なこと言わなければこんなことにならなかったのに。泰造さんの本当の気持ち、先に聞いておけば
よかったのに。こんな思いさせてごめんね」  ぽろぽろと涙を流す恭。
"ううん、逆だよ。あたしね、泰造のこと、好きになれてよかった。……この話、したかな。あたしが豪磨のことむき
になって追い掛け回してたのは、あたしの故郷があいつにめちゃくちゃにされたからなんだ。泰造は何も言わないけど、それを応援して手伝ってくれてるの、分かるんだ。一晩泊まっただけの小さな村を襲った盗賊を追いかけてどんどん遠くま
で行っちゃうような、そんな人だから。自分でも気付いてないんだろうけど、とっても正義感が強くてやさしい人。だって、あたしのこと特に気にかけてるわけでもないのに、とてもやさしくしてくれた。恭ちゃんに言われなくても、多
分好きになってたよ" 「ありがとう、安心したよ。ずっと、気にはしてたんだ」
"ここで……こうなる宿命だったならなおさら。女の子だったら、一度くらいは恋、したいもの。世間の基準じゃどうか
分からないけど、あたしとしては飛びっきりの恋、出来たと思う。だから、もう心残りはないよ"  最後の一暴れをしている泰造を見つめる沙希。本当に全てが終わった、というその落ち着いた表情を見た恭は改めて沙
希が自らの死を受け入れていると感じた。そして、その逃れられない現実にまた恭の目から涙がこぼれる。 「沙希ちゃん、もう……会えないんだね」
"……だね"
 沙希も寂しそうな顔をした。
"本当に、黄泉に行ったら全部忘れちゃうのかな……。恭ちゃんのことも、涼さんのことも、……泰造のことも……。…
…そんなの、いやだよ" 「沙希ちゃん……」
 自分のことのように辛そうな顔をする恭。気持ちは痛いほどわかるのだ。
「ね、沙希ちゃん、転生って知ってる?」
"知らない"
「死んで、黄泉に行った魂は浄化されて、新しく生まれ変わる。それが人とは限らないけど、何度も繰り返し、生まれ変
わるの。だから、あたしがおまじないかけてあげる。今度生まれ変わる時は泰造さんの近くで生まれ変われるように。だから、……悲しまないで」
"うん、ありがとう"
 恭は立ち上がり、沙希のほうに向き直った。沙希もそれに倣う。
「沙希ちゃんが生まれ変わる時は泰造さんの近くで生まれ変われますように。泰造さんの愛を受けられますように」
 手を合わせ、心からそう願う恭。
"なんか、泰造の子供に生まれそう"
「あ、そっか。まずいかな」
"いいよ、それでも。そしたら思いっきり甘えちゃう。泰造と結ばれた誰かさんが妬いちゃうくらいに"
「そうだね。がんばれ!」
 笑顔で頷く沙希。
「もう、いいんじゃないのか」
 一馬の声がした。いつの間にか羅刹を取り囲んだ三人の近くに歩み寄っている。
「もう十分だろ、見ろよ、ぴくりとも動かないぞ」
 まさに一馬の言葉どおりである。
「だな。じゃ、止めを刺すだけだ。よし、沙希。いっちょやってやれ!」
 沙希は力強く頷いた。

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