賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第四拾話(終話) 明日への希望、そして夢幻伝説

 時代は変わり続ける。
 移り変わっていく時代の中に、人は何かを残していくことができるだろうか。

 落成式から数日たったある日。
 役所の前で隆臣や龍哉の手配書に追加情報がないか見ていた泰造は不意に声を掛けられた。
 振り返ってみると美月だった。
 最後に見た時よりもやつれているのが見て取れた。
「よう、しばらく見なかったからちょっと心配したんだぜ」
 本心を言う泰造。美月は僅かに微笑んだ。
「ありがと。ここ二、三日塞ぎこんでたの。平気なつもりでいたけど、やっぱりだめ。生きるのさえ馬鹿らしくなってた」
「早まった事言うなよ。死んじまった秀樹の分まで生きろ」
 真剣な顔で言う泰造。
「そうね。今はそのつもり」
「そうか、安心したぜ。一馬の野郎もあの顔で美月のこと心配してたぞ」
「彼とは会ったわ。この間くだ巻いちゃったからお詫びにおごりで。そしてまたくだ巻いちゃった。巻かれたり巻きつかれたりは慣れてるから気にするなとか言ってたけど、いつもあんな目に合わされてるのかしら」
「それより、ここに来るって事はこいつら、捕まえようってんだな?なんかぜんぜん情報はいってこねーんだけど。一回涼に占ってもらったほうがいいのかなぁ」
 泰造は考え込む。
「そうそう、今日はその用でここに来たのよ。情報提供ってやつかしら。例の龍哉って賞金首の情報、あと、隆臣の情報。ほら、あたしたちが追ってた盗賊いたでしょ、やっぱりあいつらがそうみたいなのよ。今は行動をともにしているみたい。隆臣って言うのがリーダー格になってるわ。最近の情報だとどうも北のほうに向けて砂漠を横切っているみたい」
「おい、いいのかよ、そんなに言っちまって。俺が捕まえちまうぞ。賞金すげーんだろ?」
 くすくすと笑う美月。
「あたしね、しばらく賞金稼ぎは休業することにしたの」
 美月の言葉に泰造は面食らった。
「えっ、なんでだよ。……秀樹が死んじまったからか」
「それもあるけどね。その秀樹もただじゃ死ななかったのよね」
「?」
 早くその続きを話せ、と言いたげな泰造。言われなくても美月はその気だ。
「あたしね、おなかに赤ちゃんできたみたいなのよ」
「……マジか?」
 心底驚く泰造。
「嘘ついてどうするの。父親はもちろんあの人。ここ最近じゃ、あの人にしか抱かれてないから間違いないわ」
「おめでとさん」
「ありがと。だからさ、この子のためにも生きなきゃって気になったのよ。なんて言うか、一番落ち込んでる時にこの子のことが分かって、まるで秀樹に死ぬな、生きろって言われてるような気がしたの。だから、この子は絶対生んでみせる」
「これからもいろいろと大変だろ。未婚の母だしな。だからさ、もうじき煉次に賞金掛かるだろ。そしたら、そいつを突き出して賞金を貰うといい。そうすりゃちっとは気も晴れるだろ?賞金はもちろん全額くれてやるよ」
「えっ?いいの?泰造君だって、沙希ちゃんのことがあるんだから遠慮しなくていいのよ」
「俺はいいよ。沙希のことなら羅刹を消した時点で十分だ。あいつ本人が何の心残りもなさそうだったしな。絶対その子産むんだろ?それなら、気が早いけど出産祝いだ」
「気が早すぎるような気もするけど、ありがたく貰っておくわ」
「じゃ、早速俺は北に向かって行くことにするよ。情報ありがとな!」
 手を振り駆け出そうとする泰造だが。
「ちょっと待って。どう行くつもり?」
「え?砂漠突っ切ってきゃいいんだろ?」
 当たり前のように言う泰造に美月は苦笑した。
「そういうだろうと思った。はっきり言うけど、砂漠突っ切って行くくらいなら三巨都を通って街道沿いに北上したほうが足場がいい分早いわよ。空遊機も使えるしね」
「そっか。さんきゅ!」
 方向を変えて泰造は勢いよく駆け出した。

 本当は旅費をケチりたかったが、ケチって逃げられると後悔するのが見え見えなので、ヒューゴーから空遊機でリューシャーへと向かう。
 せめてもの抵抗として乗り合いを使った。それでも、ただでさえ軽かった財布はますます軽くなった。
 こうなると沙希の持っていた金を全部寄付したり、煉次の賞金を全部美月にあげたりといったここ最近の気前のよさがこの上なく恨めしくなる。しかし、いまさらどうこう言えないし、あれはあれでいいのだと必死に言い聞かせる。
 リューシャーでは涼と恭の占い屋がオープンしていた。オープンしたてということもあってか大変な賑わいである。二人の手が開くまで泰造はたっぷりと待たされた。
「もう用は済んだの?思ったより早かったね」
 店を閉めながら涼が言う。
「いや、まだなんだけどさ。通り道だからちょっと寄ってみたんだ」
 恭が三人分のお茶を用意した。
「いい店だな。高かっただろ」
 値段のことを持ち出す泰造に二人は苦笑する。
「あ、そうそう。この間預けた金なんだけど」
 泰造が言いかけると、すぐに涼が答えた。
「もちろん、ばっちり全額寄付してきたよ。一応、領収書貰ってきたから」
 まだだったらちょっと借りようかな、飽くまで借りるだけだからな、などと僅かに期待はしていたのだが甘かったようだ。領収書まで書いてもらっていてはどうしようもない。もっとも、期待は僅かでほとんどしていなかったが。
「そうか、さんきゅ」
 期待の薄さに比例して、あまり残念だという感じにもならなかった。
 が、領収書の金額を見てびっくりする。
「あいつ、こんなに貯めてたのか」
「なんだ、見てなかったの」
 恭がお茶をすすりながら言う。
「そりゃ、あんな状況なのに死人の財布の中覗くような浅ましい真似は、人間としてできねーだろ」
「まぁね」
「でもそういう人って少なくないよ。ほら、さっき来たお客さん。お兄ちゃん言ってたじゃない」
「ああ、いたなぁ。ドケチというかなんと言うか。さっすが都会、すごい人がいるよな」
 その後、泰造はこの兄妹のおしゃべりに夜半過ぎまでつき合わされた。
 気が付いたときには店の中で寝こけており、恭が甲斐甲斐しく朝食の用意をする物音に目を覚ました。
 泰造が意識を失うほど遅くまで話し込んでおきながらこんな早く起き出して家事に勤しむ恭に感心するやら驚くやら。
 とにかく、泰造は朝食代も浮かすことができた。考えてみれば初めて食べる恭の手料理はなかなかだった。
「いい嫁さんになるぞ」
 と褒める泰造に少し照れ笑いをする恭。
 泰造は泰造でこう言ってから落ち着いて考えてみればこの兄妹、多分このままずっと二人で暮らすんだろうから嫁さんには行かないのか、などと思い直したりする。
 そして、そんな朝食の後、店の準備の邪魔をしたり、二人の長話に巻き込まれることのないうちに出発することにした。

 トリト砂漠。砂塵の舞うこの地に再び足を踏み入れることになった。
 隆臣や龍哉に関する最新の噂ではこのところあまり目立った動きはなく、ただ、それに似た男たちが砂漠に点在する村々に時たま出没し、女性たちを狙っているという。ただ、拐かしたり暴力を振るったりではなく、声を掛けてデートに誘おうとしているらしい。ナンパである。
 そして、手配書が回ってくると風のように消えてしまうという。
 ナンパ師なんぞ捕まえてもなぁ、などと少しやる気が削がれる泰造だったが、沙希との賭けにも決着を付けたいし、なんでそんなナンパ師に泥棒が付いたくらいの男に破格の賞金が掛けられたのかが気になる。何より、そろそろ賞金首を捕まえないことにはにっちもさっちも行かないくらい泰造の財布は軽くなってきていた。
 どうにか小さな町に着いた。砂漠の旅路で疲れたこともあって腹もだいぶ減った。
 軽い腹ごしらえのあと、情報収集だ。
 この辺りでナンパしまくってる怪しい男たちを見かけなかったか、とそこら辺の人に聞いても、さぁ、と首をひねるばかり。
 そうか、ナンパされた人たちじゃなきゃ分からないかと思い直し、若い女性に声を掛けていくうちに、泰造がナンパ師なんじゃないかと言われるようになってしまう。
 そんなことを繰り返しながら町や村を巡っていくと、どうやらそれらしい情報にようやくありついた。が、その頃には泰造は飯のほうにありつくことができなくなっていた。
 泰造の心から、希望というものが消えようとしていた。

 泰造はそれでも進んでいくしかない。空きっ腹を堪えながら砂漠を歩き続けた。
 隆臣たちが昨日訪れた村。
 男たちはカツアゲられ、若い女たちはナンパされ、そしておばさんたちには見向きもしなかったという。
 手配書を見せながら確認すると、確かに彼らだという。
 目の前まで迫っている。ここまできて逃げられてたまるものか。
 とは思うのだが、とにかく腹が減って仕方がないのだ。せめてオアシスでも見つけることができれば水を汲んで売ることで小銭くらいは稼げる。プライドを捨てれば周りに生えている草で飢えもしのげる。しかし、そのオアシスも見つからない。
 汲んでおいた水も尽きようとしている。これを売っていたらもっと、早くなくなっていただろう。
 もはや隆臣どころではなくなっていた。龍哉など極めてどうでもよくなっていた。
 その時、遠くになにやら黒いものを見つけた。
 駆け寄ってみると正に夕べ、隆臣たちがここでキャンプした跡だった。
 もう隆臣は目の前にいるということを改めて実感しつつ、焚き火の周りなどに食べ物のカスでもいいから残ってないか、と念入りに探す泰造。
 しかし、期待は見事に打ち砕かれた。
 その代わりに、食べられはしないが小銭にくらいはなりそうなものを見つけることができた。
 古びた鏡だった。
 デザインはあまりにも古めかしいがよく磨かれ、とても大切にされていたものであることが窺える。いや、泰造にはそこまでは分からないのだが。
 大急ぎで取って返し、その近くの村でその鏡を誰かに売りつけて小銭を稼がなくてはならない。のだが、この辺りの人々は生きるのに精一杯で、おしゃれ小物としても、骨董品としても買おうという人物は現れなかった。
 しかし、世の中というのはうまくできているもので、そこにうまいこと行商の隊商が通りかかるのである。
 都でならば売れるだろう、ちょうどこれからリューシャーに仕入れに行くところなのだと言い、その隊商は快く鏡を買い取ってくれた。が、買取値の方は決して快くはなかった。
 いつもなら値上げ交渉に出る泰造だが、今回はどう考えてもこちらの立場が弱い。値上げ交渉で相手の機嫌を損ねて買い取ってもらえなくなってはせっかく掴みかけたチャンスが灰燼と帰してしまうだろう。
 それだけは絶対に避けねばならないくらい泰造の腹はピンチなのだ。
 とても安い値段で買い叩かれたが、久々の食事を買うことができた。しかし、あとは水を買うことしかできない。水は絶対に買わなければならない。水が無くなれば食べ物が尽きるより死に近い。
 どうにかとった食事で力が満ちている間に、少しでもこの食事のための遅れを取り戻さなければならない。気合を入れて旅を続ける泰造。
 この、泰造の命をどうにか繋ぎとめるだけの水と僅かな腹の足しになるだけの金を泰造にもたらした鏡。この鏡が、後々再び泰造の手に戻ることをまだ彼は知らない。そして、それが彼の運命さえも左右することなど、知るわけも無いのだ。

 伝説はこのとき、すでに動き始めていた。
 この世界、高天原に舞い降りた伝説の地平線の少女、結姫。
 隆臣は結姫と出会い、さまざまな奇跡を目の当たりにする。
 自分がその奇跡の中心にいることなど気付きもせずに。

 泰造は寝る間さえも惜しんでひたすら隆臣たちの行方を追った。
 本当は寝ようとはしたのだが、砂漠の夜はあまりにも冷え込む。寝袋さえ売り払ってしまった泰造は夜半を過ぎた頃に寒さのあまり目を覚ましたのだ。
 日が高く上った頃、ようやく村に辿りついた。地図にも無いできたばかりの村だ。助かったといわんばかりに村のはずれで手ごろそうな日陰を選び泰造は昼寝を始めた。
 ただでさえ殆ど眠っていない上、夜通し歩き続けた疲れも加わりぐっすりと寝込む泰造。道端で死んだように眠り続ける泰造が行き倒れだと思われないのは、正にいびきのお陰であった。
 そして、そのぐっすりと眠り込んでいる泰造のすぐそばに隆臣はいたのだ。

 隆臣は牢に入れられていた。もちろん、泰造が捕らえたわけではない。
 泰造がこの村にたどり着く前に村人たちの手により隆臣は捕らえられていた。
 しかし、ほど無く騒ぎが起こる。暴走した柑橘虫が隆臣たちの捕らえられていた牢を壊してしまうのだ。それを皮切りに、この村は騒がしい一日を過ごすことになる。
 しかし、泰造の眠っていた場所は村はずれ。そんな騒ぎもどこ吹く風。
 泰造は日が傾きかけるまで眠り続けた。

 日陰が移動し日が照りつけてきた。今度はあまりの暑さに泰造は目を覚ます。先程日陰だった場所には、赤みを帯びた西日が泰造の背中のほうから照りつけていた。
 泰造は大きく伸びをする。すかさず腹がなったが堪えなければならない。
 早速、聞き込みを開始する泰造。近くにいた、ナンパされそうな女性を見つけて手配書を見せながらこの男を知らないか、と問う。
「あら、この人ならさっき地平線の少女様と一緒にこの町を出て行かれましたよ」
 との答えに、泰造は脱力した。空腹も手伝い、地べたに倒れこみそうになる。
「い、いたの?ここに?くあああああ、寝なけりゃ、寝なけりゃ捕まえられたのにいいぃぃ!」
 地団太を通り越して地面の上でのたうつ泰造。聞かれた女性も少し引いている。
「で、どこに向かったか分かるか!?」
 その泰造に詰め寄られて女性は悲鳴を上げそうになるが、どうにか落ち着いて返答する。
「う、海のほうに向かっていきましたけど」
 女性の指差すほうを見る泰造。見たところで何かある訳がない。
「海?海があるのか」
 空腹全開の泰造は隆臣よりも海に気を取られる。何せ、海辺には海藻などのその気になれば食べられるものがいくらでも打ち上げられてくる。
 食い物の予感、そして隆臣に迫りつつある予感を胸に、泰造は女性に短く謝意を示し、走り去っていった。
 あとに残された女性は安堵のため息を漏らし、何事も無かったように日常の生活に戻っていった。
 その直後、泰造は村はずれに現れた空遊機に理不尽に当り散らしていた。
「てめええぇぇっ!俺の前に食い物をぶら下げてうろついてんじゃねー!」
「な、なんですかあんた!」
 行商らしい空遊機は腸詰やら干物やらを紐にぶら下げて泰造に近づいてきたのだ。泰造が無一文とも知らずに。
 そして、空腹によるイライラがその買えもしないおいしそうな食料を火種に、隆臣とニアミスしながら寝こけていたことやそもそも無一文になったことなどあらゆる鬱憤を巻き込み大爆発を起こしたのだ。
「な、何か食べるものがお嫌いとか」
「違うわっ!俺は今猛烈に腹が減ってるんだ!それでいて無一文なんだ!それ以上俺に近づくと、そのうまそうなソーセージ、引きちぎって食ってやるぞ!」
「冗談じゃない。金も無いのに売り物に手を出さないでおくれ。やれやれ、なんで今日はこういうしみったれた客ばっかりなんだか」
 ぶつくさ言いながら行商人は泰造を思いっきり避けて遠回りをして村に入っていった。
 そして、興奮した泰造はさらに腹が減った。

 日もすっかり傾いてきた。
 しかし、吹き付ける風に少しずつ潮の香りが混ざり始まったことで泰造は再び勢いづいた。
 その頃には泰造の空腹はピークに達しつつあった。
 足元に広がる金色の砂が山のような穀物に見えるほどに。
 とは言え、さすがに砂にかぶりついたりはしない。
 さらに泰造はいいものを見つけてしまう。何かがふわふわと浮いているのだ。近づくと、それは花であった。風精草(シルフ・デイジ)。大気を養分にして育つ花だ。
 いかにせん、大気を養分にといっても養分など大してあるわけはない。雨の少ないこの一帯では根など張っても意味が無いので潮風の中の僅かな養分でかろうじて生きながらえているような植物だ。あまりにもスカスカなため風が無くても空中に漂ってしまう。
 そして、さらに生きながらえるためにこの植物は自己防衛手段を持っている。
 それを知らずに泰造はその花を大喜びで口の中に入れてしまう。
 まもなく泰造の全身を襲う痺れ。
 この小さな植物は即効性の麻痺毒を持っているのだ。二度とこんなもの口にするまい、と心に強く誓う泰造。
 ただ、ひとつだけ言っておくとこの花もやはり花である。花粉を媒介する小さな虫の助けは必要であるし、もちろんそのための報酬もしっかりと用意している。蜜だけは旅人の飢えも僅かにながら満たしてくれるだろう。くれぐれも、花そのものを食べようとはせずに、蜜だけを吸うようにしていただきたい。食べても痺れるだけ、殆ど栄養もない。

 痺れが消えるまでだいぶ時間を要した。これでも泰造の図体の大きさも手伝って早かったほうではあるのだが。
 日はすっかり暮れかかっている。
 泰造が痺れているうちに隆臣は遠くに行ってしまったのではないか。
 せめて早く海岸の海藻でも食んで腹を満たそうと海を目指す泰造だが、その行く手にものすごい数の風精花が固まって咲いているのが目に付いた。
 いやな気分になった泰造は風精花の固まりを散らそうと金砕棒を構えて近づいていく。すると、そこに埋もれるように横たわる人影に気付いた。
 花に囲まれている状況が状況なので一瞬女かと思うが、背の割に胸もないし顔立ちもどちらかというと男っぽい。そして、その顔をよく見ると、それは正に隆臣だった。
 見つけた!
 獲物を狙う肉食動物のように気配を押し殺しながら隆臣の背後に回った。この場合、起き上がった時に背後になる頭側だ。
 だが、隆臣はその気配を敏感に感じ取り、上体を起こした。
 やむなく泰造はその位置から隆臣に飛び掛る。すばやく剣を抜き払い泰造の攻撃を受け止める隆臣。止められても構わず泰造は押し切ろうとする。それをすんでの所で受け流し、大きく飛びのく隆臣。
「やっと見つけた。四十七号、隆臣!覚悟せいっ!」
 吼えながら頭上で金砕棒を振りかざし突進する泰造。その気迫に隆臣はたじろいだ。
 泰造の金砕棒が隆臣目掛けて振りかざされる。それを隆臣は大きく跳躍してかわした。驚くべき身のこなしで泰造の背後に着地する。
 その隙に身を翻し、泰造の背後を狙おうとする隆臣だが、泰造も身を翻し攻撃に備え防御を固めていた。睨み合う二人。
「観念しろ、四十七号」
 泰造は少しずつ構えを攻撃の構えに持っていく。隆臣もいかなる攻撃が来ても対応できるように身構えていた。
「俺はお前をずっと追ってきた。仲間はどうした、四十七号!」
「番号で呼ぶな、吐き気がする!」
 先に動いたのは泰造だった。体を横にずらし、金砕棒をかざしたまま突進する。
「手配番号だろ、十分じゃないか!」
 そのままなぎ払おうとした泰造だが、隆臣の剣が合い討ち覚悟で泰造の首元を狙い振られたのを見て、金砕棒を砂に突き立て、それを軸に跳躍した。剣戟の音が響き、二人の手に強い衝撃が伝わる。
「四十七番目の金づるだ!」
 空中でトンボを切り隆臣の真横に着地する泰造。
 その言葉を聞いて隆臣の口元に僅かに笑みが浮かんだ。
「なんだ。お前、賞金稼ぎか」
「お前にはものすごい賞金が掛かっているんだよ、ただの盗賊じゃない」
 隆臣の剣が振られる。泰造はそれを冷静に受け止めた。激しい鍔迫り合いになる。
「なに、やらかした?」
 隆臣の口元に明らかに笑みが浮かんだ。
「残念だったな。俺はもう賞金首じゃねえ」
「!?……嘘をつくな!」
 そのときだった。辺りを激しい閃光が包んだのは。
 正面からの光に気を取られ、泰造は押し切られた。
 体勢を崩す泰造。その気になればこの隙に泰造の喉元を一突きし、隆臣は勝利することも出来ただろう。しかし、隆臣は踵を返すと泰造に背を向け駆け出した。
「逃がすかっ!」
 泰造もその後を追った。

 海が見えてきた。
 そして、波打ち際にいくつかの人影も見えた。
 背の高い人影と、小さな人影が向かい合っていた。背の高い人影の上には不可思議な水の固まりが浮かんでいる。
「……?何だあれは」
「くっ、あの野郎、結姫に何を……!おい、一時休戦だ」
「馬鹿な事言うな!」
「俺には二人仲間がいる、三人相手に勝てるとでも言うのか?」
 言いながら隆臣は、その二人の仲間のことを思い浮かべる。華奢な少女とおとなしい神官。どちらも隆臣と泰造が戦っていても見守ることしか出来ないだろう。しかし、いるといえば脅しくらいにはなる。これは賭けだった。
「ちっ」
 泰造は足を緩めた。隆臣の目論見に嵌ったのだ。
「俺があの野郎をぶちのめすまで待ってろ」
 そういい、隆臣は跳躍する。そして、その間に二人を逃がし、あとはこの男と決着を付ければいい。勝つにせよ負けるにせよ、結姫たちに危害が及ばなければそれでいい、と隆臣は考えていた。
 近づくにつれ、相手の状態が分かってくる。男の頭上にあった水の固まりは男の持つ網が水に包まれたものだ。理不尽な水は結姫の力によるものだろう。
 ならば、あの網に何かある。あの網を切ればいい。
 隆臣は男の持つ網の一端目掛けて剣を突き出す。かなり強い手ごたえとともに網に隆臣の剣が食い込んだ。
しかし、剣を横に引くことが出来ない。この網は王鋼糸、なまじの事では斬れはしないのだ。
 その隆臣の開けた小さな穴に、泰造の金砕棒が差し込まれた。
「とっととこいつを片付けて俺と勝負しろ」
「ふん、勝手な真似を」
 言いながらも泰造と隆臣は小さく頷きあい、右と左に散った。二人がかりで両側に引っ張られ、網は鋭い音とともに引き裂かれていく。
 同じように反対側からも引き裂かれ、止めを刺すように中央付近も破り取られた。
 網の中に閉じ込められていた輝く小さな巻貝が零れ落ちる。玉髄貝。確かこれは絶滅の危機に瀕している生き物だ。古くから殻は貴重品として、身は珍味として珍重されていたがここ数年急激に減り始め、今はその捕獲が禁止されているはずだ。ちなみに、泰造もまだこの生き物が豊富に獲れたほんの十年ほど前に口にしたことがあるのだが、食べたあとその値段を聞いて腹の具合を悪くした。そして、いろいろな意味でもう二度と口にするまいと決意した。だからよく覚えているのだ。
 呆然と立ちすくむ男の顔をまじまじと見る泰造。最初に網を引き裂いた時、どこかで見たような気がしたのだ。
 そのような時はほぼ間違いなく手配書で見た賞金首だ。記憶を辿ればすぐに思い当たった。リューシャーで、海辺に現れる賞金首としてマークしていた男。
「驚いたな、ここは賞金首の巣窟か?お前、密漁の常習だろ」
 男の襟を掴み引き寄せる泰造。
「確か、三十八号」
 抵抗する三十八号。
「いいか、よく聞け。こいつらがこの世界からいなくなるってことはなぁ、こいつらの遺伝子がこの世界から消滅するってことなんだ、もう二度と生まれないってことだ!お前はそれを金で取り戻せるのか!」
 捕まえた賞金首に説教を垂れるのも泰造の楽しみの一つである。
 そんな泰造の説教に構わず男は泰造の手を振り払い、海のほうへと逃げていく。海岸側は泰造と隆臣の二人で囲んでいる。逃げ場は海しかないのだ。
 無駄だ。そう思いながら泰造と隆臣は男を追い込んでいく。遠巻きに隆臣の仲間二人も逃げ場を塞いでいる。しかし。
「斑魚!」
 男が合図すると、唐突に水柱が上がる。泰造たちが怯んでいるうちに男はその水柱とともに現れた巨大な魚に跨り、海のかなたへと消えていく。
 魚使いの一味か!?
 泰造はいきり立ち、その後を追おうとする。が、どう追えばいいのか。
「ちくしょう、俺の賞金が!」
 捕まえた気でいたので悔しさ百倍である。悔しさを堪え、隆臣に向き直る泰造。
「やっぱりお前だな」
「俺の遺伝子は消滅してもいいのかよ」
 睨み合う泰造と隆臣だが、泰造は隆臣の向こうで涙する少女の姿に戦意を削がれた。
 これが、泰造とその少女、結姫との出会いである。


エピローグ もうひとつの世界

 泰造は目を覚ました。
 といっても、ここは中ツ国。目を覚ましたのは中ツ国の泰造、日向泰造のほうである。
 なんか変な夢を見たなぁ、と思いながら布団から起きだす。時計を見るとまだ朝の6時だ。それにしても外は暗い。今日も天気は相当悪いようだ。
 まだ早えじゃん。もちっと寝るか。
 ああ、でもさっきの夢。
 確か同じクラスの圭麻っていうヘンな奴が『見てくれよ、このきれいな石。すごいぞ、俺の手のひらに飛び込んできたんだ』とかはしゃぎながら俺に見せたのと同じような石が出てきたな。
 そうそう、こんな。
 こんな?
「ああああああ!?」
 布団にもぐりかけた泰造は飛び起きた。
 手の中にしっかりと夢の最後に見た勾玉が握られていたのだ。
 何が起こっているのか理解できず硬直する泰造。
 突然、その泰造の部屋のドアが乱暴に開けられた。
「ちょっと泰造っ!朝っぱらから何大声出してんの!」
 泰造の叫び声に起こされた姉が泰造の部屋にずかずかと入ってきたのだ。そして、まだ半ば放心している泰造にジャーマンスープレックスをお見舞いする。
 意識がまた高天原に飛びかける泰造。
「ろ、ロープ、ロープ!」
 ありもしないロープに逃げる泰造。
「ぅおらああああ!」
 下のほうから騒々しい足音とドスの効いた雄叫びが近づいてきた。もちろん、親父である。
「やばっ」
 泰造を解放して逃げ出す姉。
「沙希っ、泰造っ!朝っぱらから何騒いどる!ご近所迷惑だろうがっ」
 大地さえも揺るがすのではないかというほどの怒声を背にすんでの所で自室に逃げ込む沙希。親父にとって、『一応』年頃の娘の部屋は禁断の聖域なのだ。
 やむなく、まだふらふらしている泰造に掴みかかり、その鍛え抜かれた逞しい肉体でフェイスロックを決める。
 あとから現れた母親がカウントを取ってくれなければ今度こそ高天原に飛んでいたことだろう。

 教室に、どこで拾ったのかガラスの瓶を手にした圭麻が軽い足取りで駆け込んできた。
「おいっ」
 泰造は圭麻に掴みかからん勢いで迫る。
「うわ。びっくりした」
 周りにいた生徒たちは泰造の剣幕に教室の壁のほうまで逃げていくが、圭麻は度胸が据わっているというか危機感がないというか表情一つ変えない。
「お前、この間ヘンな石拾ったって言ってたよな」
「拾ったんじゃないよ、手の中に飛びこ」
「あーあー、分かった。分かったからちょっと見せてみろ」
「あげないよ」
 言いながらも差し出す圭麻から勾玉をもぎ取り、自分のと見比べた。あまりにもそっくりである。
「あっ、それ」
 それを覗き込んだ圭麻が嬉しそうに声を上げる。ぎくっとする泰造。
「仲間だね♪」
「仲間とか言うなああぁぁぁぁ!!」
 泣きそうになる泰造。
「お前、なんかヘンな夢見るって言ってたよな。ちょっとよく聞きてーんだけど」
「いいよ。すごいんだよ、今日ね、ちょっと前から製作に取り組んでた飛行船が完成したんだ!まだ飛ばしてないけどリューシャーでもまだ誰も作ってないんだ、成功したら俺が一番乗りなんだよ」
 リューシャー。思いっきり知っている地名である。青ざめる泰造。やっぱりこいつの仲間になってしまったのか。
「一体なんなんだあの夢はっ」
 パニックになりかける泰造。
「タカマガハラでしょ」
「なんだそれ」
「昨日の授業聞いてないの?宿題まで出てるのに」
「宿題?あっ、もしかして日本神話って奴か!」
「うん」
「よし、図書館に行って本借りてくる!」
 ものすごい勢いで泰造は教室を飛び出していく。

 そして、図書館で見つけた本を追い、泰造は夢の中の少女と再会する。
 運命が、そして伝説が確かに動く瞬間だった。



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