賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第参拾四話 砂の大地

 人はこの地を死せる大地という。
 だが、この大地はささやかながらも命を育み、今も生きている。


 照りつける灼熱の太陽、吹き荒ぶ砂嵐、果てしなく広がる砂の大地。
 リューシャーから歩いて僅か一日半の場所だとは俄かには信じられないほど苛酷な大地である。
 トリト砂漠。ここ十数年の間に急激に広がり始めた、死せる大地と呼ばれる領域の象徴とも言える広大な砂漠地帯。
 泰造はこの一帯で幼少期を過ごした。幼い泰造を抱えた母親はリューシャーを目指し旅を続けた。しかし、その旅路は砂の大地の只中で終焉を迎える。泰造がその旅路を引き継いだのはそれからさらに数年経ってからだった。

 砂の中にわずかに残る道らしい跡をたどって行くと砂に埋もれた廃墟にたどり着いた。かつてトゥ・ヨーカーと呼ばれていた場所だ。泰造の記憶ではこの町は目の前に砂漠を望む町だったはずだ。今は砂漠の中にポツンと取り残された廃墟となり果てている。砂漠が広がっていることを改めて実感させられた。
 町が捨てられてそう長くは経っていないらしい。井戸は枯れ果てているが建物は割ときれいなままだ。
 鍵のかかっていない家の一つに入ると、少し砂ぼこりがたまってはいるものの一晩泊まるくらいなら差し支え無さそうだ。今日はここで眠ることにした。
 朝は雨音で目が覚めた。砂漠と言えどもここはまだ端の方だ。雨が降るのはめずらしくない。むしろ、風に乗ってやって来た砂はこの雨とともに降り積もって行くのだ。この雨がなければ砂はリューシャーにまで達しているだろう。
 南よりの暖かな風と北からの冷たい風がぶつかるのでこの辺りはよく雨が降る。リューシャーや三巨都はその雨の恩恵を受けているのだ。
 雨は昼には上がり、薄い雲と砂塵で濁りながらも青い空が垣間見えるようになった。
 出発を見送っていた泰造たちも廃墟の街を後にする。
 降り注ぐ太陽と吹きすさぶ風は瞬く間に砂の大地を乾かしてしまった。風に立ち向かうように南へと向かう泰造たち。
 廃墟の片隅に残されていた道標には南にあと二日ほどでアコー塩湖、そしてセトゥア大渓谷とかかれていた。セトゥア大渓谷を越えた先に目指すマシクはある。

 風が収まり、空は澄んだ青に変わった。傾きかけた太陽は容赦なく灼熱の陽光を投げかけてくる。
 視界を遮る砂塵が消え失せると見渡す限りの砂の大地だ。雲一つない青空の下に金色の砂丘が幾重にも連なっている。
 見るには美しい風景だが、その砂丘を越えねばならない旅人にとってはうんざりさせられる光景である。
 いくつか砂丘を越えたが、相も変わらず風景に変化はない。自分が同じところを回っているのではないかという錯覚さえ起こるほどだ。空に浮かぶ太陽だけが旅人たちの道標である。
 ふと、陽炎立つ地平線にわずかな違和感が起こった。見渡す限り青い空と金色の砂しかなかった視界に、わずかに揺らぐ青いものが見え隠れしている。
 オアシスだ。
 陽炎の彼方に幻のようにしか見えなかったオアシスが、近づくにつれはっきりと見えて来た。泰造たちは思わず早足になる。
 オアシスにたどり着くとそこはまるで別天地のようだった。泉の周りには青々と草が茂り、花がところどころに咲いている。動くものさえない砂漠の中にありながら命に満ち溢れている。
 泉の真ん中には若々しい木が生えていて、その幹からは水が滲み出ている。揚水樹(ウェルポンプ・グローブ)だ。この砂漠には時折雨が降る。厚い砂の層を通り抜け、雨水は地下水となる。砂の下には地下水脈が流れているのだ。揚水樹はその名の通り、地下深くまで管を延ばし、水を汲み上げる。砂の下にあるのはかつては肥沃だった草原の土だ。水と一緒に地上に吐き出された土は砂の上に積もり、水の染み込みにくい土の大地を作る。泉が作られ、砂の下で眠っていた草花の種が芽を出す。この樹はオアシスを作る樹なのだ。
 揚水樹の育ち具合からして、まだこのオアシスはできて間もないようだ。見つけた人間は泰造たちが初めてかもしれない。
 泰造たちはここにキャンプを張ることにした。

「ねー、水浴びしていい?体中砂だらけでじゃりじゃりー」
 裾をまくり上げて水際を走り回っていた沙希が泰造に聞いた。
「その前にちょっと水汲ませてくれ、水が飲めなくなっちまう」
「ひっどーい、あたしそんなに汚くないもん!そりゃ、最後の宿以来お風呂も入ってないけど……」
「違うって。水浴びなんかして水かき回したら泥水になっちまうってことだよ。ま、風呂の残り湯も飲む気はしねーけどよ」
「それもそうか」
 泰造は泉の水をそっとすくい陶器のボトルに注いだ。この水が、次に水場を見つけるか町にたどり着くまでの貴重な水だ。
 泰造が水を汲んでいる間に沙希は茂みの陰で手早く水着に着替えた。セパレートの、露出の結構きつい水着だ。もう少し肉感的な女性が着けるべきなのだろう。細身で、その割には鍛えてあるお陰で筋肉質な沙希にはちょっと物足りない感じだ。
 着替え終わったが、自分の格好を見て出るに出られなくなってしまった。
「水汲み終わったぞ。……どうしたんだ?まだ着替え終わらねーのか?」
 呼んでもなかなか出てこない沙希を訝る泰造。いつもならこのまま様子を見に行くところだが、着替え中なのでさすがに行くに行けない。返事を待つしかできない。
「えーと……着替え終わったんだけどもうちょっと待って……」
 沙希はまだ心の準備ができないらしい。
「そんじゃ先に水浴びるぞ」
 着ていた服を脱ぎ散らかし泉に飛び込む泰造。地下深くから汲み上げられた水はとても冷たい。
「うっひゃー、冷てえぇぇ!」
 歓声をあげる泰造。
 素肌に浴びる熱い日差しと泰造の声の誘惑に負けて沙希も茂みからおずおずと出て来た。
「ね、ねぇ泰造。この水着、どうかな……?」
 思い切って聞いてみる沙希だが。
「どうってなにが?」
「な、なんでもない!」
 泰造の反応に散々恥ずかしがったのが一気に馬鹿馬鹿しくなった。
「えーい!」
 沙希も泉に勢いよく飛び込んだ。水飛沫が強い陽光に煌く。火照った体に冷たい水が心地よい。
「わー、気持ちいいねー」
 沙希は縛ってあった髪を解いた。そして砂だらけになっていた髪を濯ぐ。
「あっちの木の近くはもっと冷てーぞ」
 二人は揚水樹に近づいてみた。まだ細い幹のところどころにある穴から水が染み出している。井戸から汲み上げたばかりの水と同じ、冷たくて澄んだ水だ。
「不思議な木だね」
「オアシスの真ん中には必ず生えている木だ。砂漠の民の間じゃ崇拝の対象にもなってる。この木が枯れればオアシスも涸れるんだ。まさに命をくれる木さ」
 まだ小さな木だが、十数年かけて大きな木となる。揚水樹は幹の中にある心臓のようなもので水を汲み上げる。それが止まれば木は水を汲み上げられずに涸れてしまうのだ。動いているだけにその寿命は意外と短い。この辺りの町がすぐに消えてしまうのはそのせいもある。
 できたばかりの泉ということもあってあまり大きくはない。深さも腰くらいまでで、大浴場の風呂と言った程度だ。だから泳ぐこともできず、ただ浸かるだけしかできない。
「なんか混浴の風呂みたいだな」
 思ったことを単純に口にする泰造。全くその通りなのだが、多感な少女はあらぬ想像をしてしまうのだった。
「泰造のエッチ!」
 泰造に激しく水をぶっかける沙希。
「うわわわ、なんでだよ!」
 泰造は水の勢いでよろけたところに泥で足を取られすっ転んだ。立ち上がった泰造はお返しに沙希にも水をかけた。沙希もやっきになって水をかける。
 まるで水を掛け合う恋人同士のようなひとときだったが、泉の水はほどなく泥水になり、二人はあわてて泉から出た。

 二人はその後も日が沈むまで泉で戯れる。何せ、他にすることがない。
「多分、人間じゃこのオアシスに来たのは一番乗りだろ。この辺りのキャラバンが先に見つけてたらテントが張られて人が住み着き始めているからな」
「じゃ、ここはあたしたち以外誰も知らないの?」
「多分な。まぁ、誰も通らないような場所だって事だから、あんまり喜べるこっちゃねーけどさ」
 町が泡のように生まれては消えて行くこの砂漠には、整備された街道などそうそう無い。そればかりか獣道すら風にかき消され砂に埋もれ、たちまち跡形もなくなってしまう。ましてこの辺りはかつて平野だったところ、見渡す限り平坦な砂の大地だ。旅人は空の太陽や星をみて自分の進路を知るしかない。
 砂漠ではたまにあるオアシスや地面から出た岩が数少ない目印だ。大き目の岩の近くには決まって近くの住人がおいた道標がある。
 しかし、このオアシスにくるまでに岩さえ見当たらなかった。キャラバンや旅人は目印のない真っ平らな砂漠など歩きたがらないだろう。このオアシスが他の人達に発見されるのはまだまだ遠そうだ。

 夜になり、風が冷たくなって来た。雨も降るような砂漠なので夜の冷え込みもさほど厳しくはない。しかし明け方にはだいぶ冷えるし夜露も降りる。テントを張り、寝袋に入っての就寝。
 それでも真夜中、寒さのあまり沙希は目を覚ました。
 もう一枚羽織ろうと寝袋から抜け出す。冷たい空気に沙希は身震いした。
 テントから出てみると、満天の星空だった。ここは人の作る明りは全くない。夜にはすっかり寝静まるカームトホークと同じ、澄んだ星空。ここしばらくは夜明けのようなぼんやりとした町明りの向こうの夜空ばかり見ていたので、懐かしくさえ感じる。
 人の領域と呼ばれていたところでは街の明りが星をかき消していた。月のない晩にさえ満ちた月が出ているときのように空が明るかった。
 ふと、沙希は泰造が探している終末伝説を思い出した。
『大地が人で溢れ夜の闇を大地が照らしあげるとき、失われた夜を取り戻すために闇が世界を包み込む。『神々の黄昏』ののち世界には永い夜が訪れ人々は永い眠りにつく。そのとき、地平線の少女が彼方の大地より現れ朝を告げる光になるだろう』
 大地が夜を照らす。いくつもの都市で当たり前に見て来た夜の明るさ。
 何か起こりそうな気がしてならない。
 不安に駆られた沙希はテントに戻り朝までの眠りについた。

 その日も快晴だった。朝露に濡れた草を踏みながら顔を洗う。
 そのとき、空から大きな影が舞い降りた。悲鳴を上げながら逃げる沙希。降りて来たのは巨大な虫だった。
 大慌ての沙希に対し泰造は平然としている。
「落ち着け。こいつは凶暴な虫じゃないぞ」
「そ、そうなの?」
「柑橘虫(シトロン・ヘロス)だ。砂漠花(ディザリア)の蜜を吸う大人しい虫さ。怒らせると頭突きをかましてくるけどな。大方卵の様子でも見に来たんだろ」
「卵があるの?」
「あの辺りに卵があるんだろ。後で掘って見せてやろうか?その卵がまたうまそーでさ」
「そんなことして大丈夫なの?頭突き食らわない?」
「見つからなきゃ大丈夫さ」
 柑橘虫が飛び去った後、二人は柑橘虫がいた辺りの地面をよく調べてみた。
 砂が掘り返された跡があり、そこを掘ってみると中から真ん丸い卵が出てきた。頭くらいの大きさの、橙色の卵だ。まるで何かの果実のようだ。柑橘虫と言う名前もこの卵からきている。
「な、なんかうまそうだろ?」
「ほんとだー。あ、中で動いてる」
 朝日に透かしてみると厚い膜の中で動く虫の幼虫の姿が見えた。
 柑橘虫の卵はすぐには孵らない。厳しい砂漠の中では幼虫で孵っても生き残れないのだ。卵の中でほぼ成虫の形と言えるところまで成長してから卵が孵る。ただ、その時の大きさは本当の成虫の1割もない。羽もあるが、まだ幼虫なのだ。
 この卵は産まれてから間もないらしく、中で蠢いていたのはやや大きめの芋虫だった。気味が悪くなった沙希は卵をさっさと元の場所に戻した。

 朝食は干した芋が主食で干した肉や魚がおかずで、デザートはドライフルーツだ。
 この食事だけで水がだいぶ飲みたくなるが、泉の水は昨日とっぷりと浸かったうえ、洗濯までしたので飲む気になれない。やむなく汲み置きしておいた分を飲む事になる。荷物は減ったが水が減るというのは落ち着かない。
 涸れ谷まで行けば町もあるだろう。とにかく砂漠は早く抜けたい。
 まだ昇り切らない太陽の方向から南を割り出し出発した。

 昼下がり。
 風が出てきたな、と思うのも束の間、風は見る見る強くなり、凄まじい砂塵に見舞われた。
 もはや目を開けていることさえもできない。時折風が凪ぐ僅かな隙に空を見上げ、砂塵の奥にうっすらと見える太陽の位置を確認する以外は目を閉じたまま歩くことしかできなくなった。
 風も収まり、視界が開けると、信じられない光景が広がっていた。
 砂丘の彼方に青い海が広がっていたのだ。
 トリト砂漠を南に向かって突っ切っていたなら海になど当たるはずはない。方向を間違えたにしても海にたどり着く前に広大なアコー塩湖が広がっているはずだ。
 海岸にたどり着いた。岸壁から見下ろすと岩にたたきつけられた波が飛沫を上げている。紛れも無い海だ。
 ここがどこなのかもよくは分からないまま海岸に沿って歩くことにした。海沿いならば町の一つもあるだろう。
 道すがら、岸壁に立つ道標が目に留まった。
 その道標にはこう書かれていた。
「これより南・セトゥア涸れ谷。東・アコー採掘所百三十サイト、西・ロッシーマ遺跡二千三百サイト」
 泰造は思った通りの道を進んでいた。しかし、その道程が思わぬことになっていたのだ。涸れ谷が海になっていた。いずれにせよ、涸れ谷を突っ切ることはできなくなった。

 日暮れ前にアコーについた。かつては広大な純白の塩湖だったこの土地も、風が運んできた砂によって覆われている。
 しかし塩の採掘は今でも続いていた。採掘所を中心に地下を掘っているのだ。
 採掘所の側には小さな町がある。ここで採掘した塩は高値で取引される。そのため商人が絶え間無く訪れて塩を買い付けて行く。また、採掘の仕事を求めてやって来るものもいる。そう言った人々でこの町は賑わっているのだ。
 しかしそのお陰でこの町は物価が高めだ。宿もなかなか安い所がない。食べ物も商人が遠路はるばる運んできたものなので割高だ。食べ物はこの辺りではいずれも希少なため仕方ないが宿代だけは払う気になれなかった。やむなく町外れにキャラバンのキャンプに紛れてテントを立てることにした。

 夜。泰造のテントにどこからともなくいい匂いが漂ってきた。その匂いに釣られて外に出てみると、隊商がいくつかの焚火を囲んでおり、何かを焼いていたり鍋を煮ていたりする。
 泰造の姿を見つけた隊商の一人が一緒にどうだ、と声をかけてきた。誘われて乗らない手はない。そもそも食べ物のいい匂いを嗅がされて我慢できるはずもない。
 隊商の人々とともに焚火をを囲み、旅の話を聞かせる。彼らはカームトホークの地について何も知らなかった。泰造の見聞したことや沙希の話には大いに興味を示した。
 泰造にとってはアコー周辺やトリト砂漠はもっと小さなころに長らく留まっていた場所なので今更聞くことはないのだが、あの不可解な海についてはどうしても知りたかったので、聞いてみることにした。
「あんたの言うとおり、あの海はほんの数年前にはセトゥアの涸れ谷だった。だが数年前に起きた地震で涸れ谷が広がって両端が海に繋がっちまったのさ」
 セトゥアの涸れ谷は、伝承によればかつての神々の黄昏で形成されたものだと言う。この辺りは神々の黄昏の厄災の中心地。そして、その厄災でこの大地は大きく引き裂かれた。大地に走る巨大な亀裂。それがセトゥア涸れ谷だ。そして、涸れ谷は長い年月の間に少しずつ広がり南の大地を引き離した。
 このあたりには度々地震が起こる。地震の影響で涸れ谷が広がっていったのか、涸れ谷が広がることで地震が起こっていたのかは分からないが、地震と涸れ谷の広がりには深い繋がりがあることは間違いない。
 そして、地震でできた僅かな亀裂から海水が流れ込みだし、脆くなっていた岩は瞬く間に削られ、一気に海の水が流れ込んだのだ。
「谷底にあった町はみんな沈んじまったよ。谷底にいた隊商仲間もな。たったの一晩で恐らくは数千の人間が死んだだろう。まぁ、この辺りは黄泉の入り口に近いから死んだ連中も迷わずに黄泉に着けるだろうさ」
「黄泉?それってあの羅刹っていう奴が言ってたよね」
 沙希はよく分からない、と言った顔をしている。
「死んだ人間の魂が行くとされている場所だな。昔話なんかにゃよく出て来るだろ」
「神々の黄昏が起こったときに死んだたくさんの亡者が、黄泉への入り口を求めて開けた穴がところどころにあったんだ。今はほとんどが砂で埋まっちまったがな。西の樹海跡の岩盤は頑丈だから今でも穴が残ってるぞ。観光で行ってみたらどうだ?まぁ、当然出るがな」
「出るって何が?」
 少し青くなりながら沙希が聞いた。
「聞きたいか?」
「うう、止めとく」
 話の流れで何が出るのかは大体分かってしまうのだが。
「ここから西は巨大な廃墟の広がる本当の死の大地さ。住んでいるのは凶暴な虫ばかり。ロッシーマ遺跡を調査するために何度か調査隊が向かっているが、大体は途中で逃げ帰って来るか、行ったきり帰ってこないな。だからこそ、あの遺跡の研究には莫大な賞金が懸かっている」
「ロッシーマ遺跡ってなぁに?」
「俺も聞いたことはあるんだけど詳しくは知らねーな」
「昔ここらへんに栄えてた文明の跡だ。えらい高度な文明だったらしい。その中心地だった所がこのあたりさ。神々の黄昏で、今やすっかり荒れ果てた砂漠だがね」
 食べながら話し込んでいるうちに腹も膨れてきた。
「あんたら、賞金稼ぎだって言ってたな。こんな砂漠にわざわざ来るって事は何かを追いかけてるのかい?」
「いや、涸れ谷を越えた辺りに俺の故郷があったんだ。こいつが見てみたいっていうから連れて行くところだ。しかし、こうなっちゃ歩いて行けそうにないな」
 泰造は沙希を指差しながら答えた。
「南に向かうなら定期船が出てるよ。七日に一遍だがね」
「それじゃそれに乗って行けばいいのか。高くなけりゃいいけど」
 僅かな可能性に期待するが。
「南の陸で一番近いルトまでなら一人頭五百ルクだ」
 やはり高かった。しかも想像以上にだ。
「うぇっ、そんなにするのかよ!なぁ沙希、ここまで来れば十分この辺りがどんなところか分かっただろ?と言うことでそろそろ帰らねーか?」
 厳しい砂漠さえ越えてきた泰造と沙希の旅路は船賃ために終焉を迎えようとしていた。
「えーっ、ここまで来たのに帰るわけないじゃん」
「しかし……二人で千ルクはちょっと高すぎるだろ。それだけありゃしばらく食っていけるぞ。帰るときも払わなきゃならないんだろうし」
 この辺りでは賞金首もそうそう沸くものではない。金が入るあてがない以上出費はできるだけ押さえたい。
「あまり客が乗るでもない船だからな。安くもできないのさ。わしらも定期船に乗るんだが何なら一緒に乗って行くか?条件付でおごるぞ」
「マジか。で、条件ってのは?」
「船が出るまでの間、このキャンプを護衛してほしいんだ。ここ数日、特に物騒でな。他の隊商が立て続けに襲われてるんだよ。襲ってるのは複数のグループみたいでな、金目当ての連中もいれば金も何もとらずに命だけ奪って行く連中もいる。何で急にこんなのが出始めたのかさっぱりわからんがね。わしらがわざわざ高い金を払ってまで海を越えようってのもこの騒ぎが収まるまで、仕入れついでにあっちに逃げようって魂胆さ。定期船が出るまであと三日、この町外れでキャンプせにゃならんしな。何もなく済めば丸儲けだ、悪い話じゃないだろう」
「だな。よし、その話乗った!」
 泰造たちはしばらく隊商の傭兵として働くことになった。

 何も無ければ丸儲け、とは言われたものの、騒ぎは早速その翌日に起こってしまった。
 商人たちで賑わうアコーの町に一人の男が駆け込んできた。只事ではない慌て様だった。
 アコーを目指していた隊商が盗賊に襲われ助けを求めに来たのだ。
 泰造の雇われた隊商とは馴染みがあるらしい。この辺にいる隊商はみな売り物や場所が被ったりしないように情報を交換しながら商売している。だから隊商同士お互いのことは少し位なら知っている。中には、よく顔を合わせる隊商というのもあるわけだ。
 泰造たちと隊商の中の腕の立つ何人かが救援に向かうことになった。
 襲われた隊商はアコーの町のすぐ側にいた。恐らく賊はアコーに入る隊商を狙うため町の側に潜伏していたのだろう。
 泰造たちが近づくと賊はすごい速さで逃げ出した。
「大丈夫か!」
「亮介が手傷を負ったが大した怪我じゃない。いろいろ持っては行かれたが皆命は無事だ」
「そうか。そりゃ不幸中の幸いだな」
「砂驢駆鳥を連れて行かれたのは痛いがな」
「私達がついていながら……。申し訳ありません」
 剣を帯びた女が出てきて頭を下げた。
「とんでもない、死人が出ずに済んだのはまさにあんたらのお陰だよ。いい土産話ができたってもんさ」
 泰造は顔を上げた女に見覚えがあった。
「お?美月じゃねーか?」
「え?」
 女は戸惑うような顔をした。しかし、別人の反応ではない。よく覚えていない相手に自分の名前を呼ばれ記憶を必死にたどっている、そんな反応だった。
「覚えてねーか?泰造だよ」
「ええっ、泰造君!?大きくなったじゃない、全然誰だか分からなかった」
「何だ、知り合いか」
「昔の戦友よ」
 懐かしそうな顔をしながら美月が言った。
「昔のって、そんな昔じゃまだちびっ子だろう」
「そうね、まだこんな子供だったわ」
 胸くらいの高さに手をかざす美月。今や泰造はその美月を見下ろす程になっている。
「七、八年は前の話だよな」
「やめてよ、歳がばれるじゃない」
「歳なんか気にしてるのかよ」
「当たり前じゃない。もう三十近……」
 言ってから慌てて辺りを見回す。
「何言わせんのよ」
「勝手に言ったんじゃねーか」
 積もる話もあるのだが、今はまだそれどころではない。怪我人を砂驢駆鳥に乗せ、積んであった荷物を担いでアコーに向かう。
 町の中についてしまえば一安心だ。ここは割と大きな町なので警備もしっかりしている。
 美月が護衛していた隊商も盗賊から逃げるために船に乗ろうとしてたらしい。まさにあと一歩というところで襲われてしまった訳だ。
 泰造たちの隊商のキャンプ横に新しいキャンプが張られた。キャンプだけで小さな町と同じくらいの規模だ。
 ばたばたしていたが、それもようやく落ち着いてきた。日は既に傾き始めている。
 落ち着いたところで美月が泰造に声をかけてきた。その横にはもう一つ懐かしい顔があった。
「お、なんだ秀樹じゃねーか。まだ美月とつるんでたのか」
「まぁな。腐れ縁って奴さ。この辺りで賞金稼ぎやってるとどうしても獲物が被ってな。いつも取り合いしてるうちにすっかり相棒みたいな感じになっちまった」
「ね、泰造君はこっちに戻ってきたの?」
 美月が割って入ってくる。
「戻って来た訳じゃねーよ。こいつが俺の育った所をみたいって言うから連れて来たんだ。観光みたいなもんだな」
「さっきから気になってたけど、この子は?」
「沙希です、始めまして」
 緊張しながら頭を下げる沙希。
「彼女か?」
 いいながらにやける秀樹。
「そんなんじゃねーよ。弟子みたいなもんだ」
 彼女だと言ってもらえなかった沙希は泰造に見えないところで口を尖らせる。いずれにせよ泰造にその気はない。
「生意気に弟子何ざとってんのかよ」
 豪快に笑う秀樹は以前よりも精悍な体つきになっていた。動きにも目立った隙がない。あの頃より相当腕を上げているようだ。
 美月と秀樹はこの辺では一、二を争うほどの凄腕の賞金稼ぎとして名を馳せていた。ともに狙うのは一帯でも上位の賞金が出る相手だ。ここまで来るとそれほど賞金首そのものがいないので、同じ相手を狙って鉢合わせることも少なくなかった。以前泰造が参加した作戦もそんな中の一つだ。
 時には競い合い、時には協力して賞金首を捕らえて行く。ちょくちょく二人で賞金首を連れてくる美月と秀樹は組合の同業者に冷やかされていたものだ。
 そうこうしているうちに情報を交換したり連れだって行動したりするようになり、いつの間にか相棒のようになり、今はほとんど二人で行動しているそうだ。
 ここ二、三日砂漠に出没している凶悪犯を捕らえるため、隊商の護衛のバイトがてら、言い方は何だが襲われるのを待っていた訳だ。
「今回出っくわしたのは物取りの連中の方だったな。俺たちが迎え撃とうとしているところに何人かで突っ込んで来て、他の連中が荷物を漁ってやがった。えらく腕の立つ奴が混ってやがってな。俺一人じゃ押され気味だった。……みんなガキだったな。しかし俺とやり合った奴は尋常じゃねぇぞ。今までに何人も人を殺してきた奴の目だった。それと……どこかで見た顔だった」
「周りの連中は逃げるばかりの根性なしが多かったけどね。でも砂の上だってのにとんでもない早さで走り回っていたわ。あの連中は手ごわそうね」
「あの様子だとまたこの辺を通りがかった隊商を襲いそうだ。ここで待ち伏せてみるのもいいかもな」
 一応、怪我人こそ出たものの隊商をこの町に送り届ける事はできたので秀樹たちのバイトは終わりだ。盗賊もさすがに町までは襲ってこないだろう。

 大量の荷物を抱えて砂漠の真ん中のキャンプに向けて疾駆する多数の人影。今し方奪ったばかりの荷物を抱えた龍哉たちだった。
「ここまでくればもう追っかけてこねーだろ」
「だろうな。にしてもびっくりしたなぁ。何であいつらがいるんだよ」
「しつこいよなー。あいつらが来ないようにってこんなところにまで来たのにさ」
 仮とは言え、自分たちの隠れ家についてほっとしているところだ。だが。
「お頭、どうしたんすか?」
 このお頭とは龍哉のことではない。その圧倒的な強さゆえに、隆臣が親分に祭り上げられてしまったのだ。
 その隆臣が何かを感じ取ったらしく辺りを気にしている。感じ取ったのは殺気だった。
「それで隠れているつもりか?隠れるなら気配くらい消しやがれ」
 それでも出てこない殺気の主。隆臣は積んであった荷物を突き崩し険を振り下ろした。がきん、と甲高い音がする。
「なかなかやるじゃねぇか。ただのこそ泥って訳じゃ無さそうだな」
 隆臣の剣は剣で受け止められていた。そのまま受け流すと大きく飛びのく人影。
 細身の、決して大柄ではない男だ。齢は三十代半ばと言ったところか。薄汚れた出で立ちに伸び放題の髪と髭、その奥に光る残忍そうな鋭い目。
 町角ですれ違いそうになったら道を変えたくなるような人物だった。
「へへっ、間違いなく賞金首だな。しかもとびっきりの賞金の懸かった奴だ。確かてめぇは生け捕りで手配されていたな。ぶっ殺せないのが残念だぜ」
 下卑た冷笑を浮かべる男。
「貴様は何者だ?賊か?それとも殺し屋か?」
「俺は賞金稼ぎだ」
 薄ら笑みを浮かべていた男の唇の端がさらに吊り上がった。
「賞金稼ぎってこたぁあいつらの同類っすね」
 子分たちの頭に浮かぶのは泰造と沙希の二人組だ。
「ってゆーか、こいつの方が賞金懸かってそうだよなぁ」
 龍哉がボソッと言う。
「確かに」
「ぷ、違ぇねー」
 ひそひそと盛り上がる子分たちのほうに賞金稼ぎの目が向く。
「聞こえてるぞ、ガキども」
 凄まれて首を竦める龍哉たち。
「てめぇらは確か生死問わずだったはずだ。首だけ持っていきゃいいからな。軽くていいぜ」
 龍哉たちの背筋がゾクゾクする。いつもなら脱兎のごとく逃げ出しているところだが頭に任命したばかりの隆臣を置いては逃げられない。
 その隆臣は剣を賞金稼ぎに向けたまま、やる気満々だ。
 先に仕掛けたのも隆臣だった。賞金首の懐に飛び込み心臓目がけて剣を突き上げる。相手を一撃で殺すことを主眼に置いた一撃だった。
 賞金稼ぎはその攻撃をすんでの所で受け流すと大きく飛びのいた。
「ちっ……、やるじゃねぇか。こんなのを生け捕りにしろってんならあの賞金で納得だ」
 賞金稼ぎは体勢を立て直し、今度はこちらから仕掛けた。隙を作らないように慎重に、それでいて大胆に踏み込み突きを繰り出す。隆臣はそれを剣で受け流すが、賞金稼ぎはそれを見越していたかのように剣を構え直し振り降ろした。それを最低限の動きで躱し、体勢を立て直す隆臣。
 この時点ではこの二人の力量に大きな差は見られない。どう考えても周りに仲間のいる隆臣の方が有利だ。それを察した賞金稼ぎは踵を返しキャンプから離れた。
「今日のところは諦めるが、こんなでかい賞金首にゃそうそう会えねぇからな。絶対に仕留めてやるぜ!」
 捨て台詞を吐くと賞金稼ぎはそのまま砂塵の中に消えていった。
「ちっ、逃げたか」
 唾を吐く隆臣の向こうでは龍哉たちが歓声をあげている。
「喜ぶのはまだ早いぞ。奴は必ずまた来る。俺のことを生け捕りにしたいらしいから、邪魔になる取り巻きからじっくりと潰しにかかるだろう。夜襲でも掛けて一人ずつな。となれば夜もおちおち寝てはいられない」
 隆臣の言葉に、龍哉たちのテンションは一気に下がる。
「ああいう欲に目のくらんだ人間は金がからむと何をしでかすか分からないからな。奴の目はそういう目だ」
 隆臣の脳裏に月読の顔がちらついたのは言うまでもない。月読とあの賞金首の目から受ける感じはよく似ていた。欲深く、自分以外の命はわずかな金より価値がないと考える非情さ。違いと言えば月読の目から受ける感じは冷徹で無慈悲、賞金稼ぎから受ける感じは残忍で凶暴、と言うところくらいか。
 やっかいな相手に狙われたものだ、と隆臣は心の中で呟くのだった。

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