賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第参捨話 突入

 恭の悲壮な覚悟の元、作戦が決行された。
 それは、一人だけではなく、すべての女性たちの悲願でもある。


 連れ去られた恭は窮屈な麻袋の中で耳を澄ましていた。
 弓菜が連れ去られた時に薬を嗅がされたと言う話を事前に聞いていたため、あの男が近づいてきた時、薬を嗅がされても吸い込まないように息を止められる態勢を作っておいたのだ。一度通り過ぎられたので意表はつかれたが、息を止めることはでき、うまいこと敵を出し抜けた。
 とは言え、この状況でできることと言えばせいぜい連中の話に耳をそばだてるくらいだ。だが連中は一言も言葉を発しなかった。無言のまま空遊機は目的地に着く。賑やかを通り越して騒がしい人々の声の向こうに波の音が聞こえる。港だ。やはりこのままヒューゴーに連れ出すつもりなのだろう。
 恭の入れられた袋はそっと空遊機から降ろされた。中の恭は眠っていると思われているので起こさないように慎重に運び出されて行く。
「首尾はどうだ」
 押し殺した男の声がした。
「上々だ。首領も満足するだろう」
「よし。それなら早く運びこんじまおう」
 恭はまた頭と腰の辺りを持たれた状態で運ばれて行く。
 船倉に積まれたようだ。ほどなく、恭の袋の周りが穀物らしい感触の物が詰められた袋で囲まれた。こうやってカムフラージュしてウーファカッソォからヒューゴーに娘たちを連れ出していたのだ。
 とにかく、今の状態では何もできはしない。できるだけ心を落ち着け、今は眠っておくことにした。

 泰造たちが港に駆けつけたときは既に定期船の最終便が出航したところだった。水平線のうえに定期船の明りが朧に見えている。
 恐らく今の船で恭は連れ去られたのだろう。しかし、確証は得られない。恭が噂を流すのを待つしかないのだろうか。
 そのとき、涼がふと動きを止めた。
「ちょっと待ってくれ、風が何かを伝えたがっている」
「恭か?」
「いや、違うみたいだけど……。昨夜ウーファカッソォで暴れて娼婦を連れ出した奴らがいるってさ。これ、あんたのことじゃないの?」
「だよな。それがどうしたんだ?」
「この噂がとても近いところで流れてるんだよ、多分この港のどこかだと思う」
「ってことは、連中はこの辺りにいるって事だな?よーし、探してふん縛ってやるか。明日の朝までにこっちの連中を全滅させてやる」
 泰造は腕をまくり気合いを入れた。

 捜し出すのは意外と簡単だった。船の出終わった閑散とした港のことだ。人が固まっているところはほんの数箇所、明らかに港の関係者ばかり。その中に港に直接関係の無さそうな一団がいれば目立つというものだ。しかも、例の空遊機の周りに集まっている。
 忍び寄り、様子を伺う。
 一人、あざだらけの男がいた。泰造が昨日殴り倒した男の一人だ。間違いない。連中の話に耳を傾けると昨日の騒動のことを報告しているようだ。
「仲間が連中の足取りを追ってはいるんですが、全く音沙汰のねぇ有り様で……。そんなわけでしばらく目立つことはできないんで、売り物の仕入れも当分見送ることになるっす」
「そうか。しかし女が連れ出されたのはまずいなぁ。こっちから連れてきたのが知られると、こっちもおちおちしてられん。……そんな体なのに報告ご苦労だったな。しばらく事務所の方で休んでくといい」
 停めてあった空遊機に男たちが乗り込んで行く。
「あたし、あの空遊機についてどこにアジトがあるのか探って来る!」
 そういうと沙希は今まさに走りだそうとしている空遊機の背後にしがみついた。
「お、おい」
 呼び止めようとするも空遊機は走りだしてしまう。
「無茶しやがるなぁ、あいつ」
 やはり沙希も連中のことは女として許せないらしく気合が入っている。
「連中に見つからなきゃいいけど」
「いや、こういう時見つかって捕まるのがあいつのいつものパターンなんだよなぁ」
 果てしなく不安になる泰造。
「とりあえず今空遊機がすっとんでった方に行ってみるか。途中に落っこちてるかも知れねーし」
 港を出るかでないかというところで前から走って来る沙希を見つけた。
「何だ、途中で落っこちたのか」
 泰造はちょっとほっとした。
「違うよ。すぐそばだった。ほら、あの建物」
 指さす沙希。まさに指させるような場所にそれはあった。港のすぐそば、まさに一等地と言える場所だ。古びた建物に真新しい看板が掲げられている。看板には『新時代貿易』などというまともらしい名前が堂々と記されていた。
「何が新時代だよ。人さらいと人身売買なんて言う今時流行らねぇ事しくさりやがって」
 窓から覗き込むとさっき港にいた連中を始めいかにもガラの悪い男たちが中でくつろいでいる。どこから見ても貿易会社という風情ではない。
「よし、一発連中をシメて来ようぜ」
「それよりあの空遊機、かっぱらえば定期船待たなくてもヒューゴーに行けるっしょ。多分鍵は連中が持ってると思うけど」
「鍵を奪い取るには連中シメるのが一番ってことだな。いずれにせよ奴らはシメられる運命って訳だ」
 空遊機をかっぱらっても運転できる人がいないことを忘れてはいないか。それでも、腕をまくり上げて泰造は気合十分だ。
「よし、一気に行くぞ!」

 新時代貿易社は突然持ち込まれたヒューゴー方面部所の壊滅騒ぎに浮足立っていた。
「それにしてもえらくやられたもんだな。相手は何人だったんだ?」
「それが相手はたった二人、しかも片方は女でして。情けねぇ話ですがね。ただその野郎のほうががやたら腕っ節のいい奴で、たちまちの内に伸されちまいまして」
「まぁ、あそこを預けてる連中は喧嘩慣れしてねぇからなぁ。まぁ、社長が何ともなかったのが救いだな」
「まったくで。たださすがに、ほとぼり冷めたら一度こっちに帰ろうって事になったみたいですがね」
「だなぁ。まぁいざとなったら辺境に落ち延びてもらって」
 そうすれば俺たちもちょっと羽を伸ばせるかな、などと事態に合わずのんきな考えが社員その一の脳裏を過った、まさにその時だった。
 入り口のドアが乱暴に開けられた。来客などある訳もなし、外出していた社員もいない。開いたドアから入ってきたのは三人の若い男女、いずれも見知らぬ顔だ。
「何だてめぇはっ」
 立ち上がった社員その一は脳天目がけて振り下ろされた金属製の棒をカウンター気味に食らい立ち上がるのと同じスピードで床に倒れ込んだ。羽を伸ばすより先に床に伸ばされた訳である。
「あああっ、こいつらです、うちをめちゃくちゃにしてった連中はっ」
「なにっ」
 社員その二が向き直った瞬間、長髪男の拳が鳩尾に入った。呻きながらくずおれる社員その二。そこに女が駆け寄り素早く締め上げる。抵抗もできないまま社員その二は落ちた。

 奇襲は成功だった。まだ何が起こったのかもよく理解できていないうちに敵が次々と倒れていく。
 泰造と涼が叩きのめした連中を沙希が順に縛り上げて行く。幸いロープは拉致に使うためらしいものが束になって置かれているので、それを失敬すればいくらでもある。
 騒ぎを聞き付けて上の階からも何人か降りてきた。幹部クラスらしく、いい服を着ている。
「なんだぁ、てめぇらっ」
 言いながら持ってきた短刀やら剣やらを構える。
 伊達に幹部までのし上がった訳ではない、いい太刀筋だ。泰造と涼にそれぞれ二人ずつがかかる。まあまあの使い手二人が相手では、どちらも食い下がるのが精一杯だ。
 だがこちらも二人だけではない。後ろに控えていた沙希が弓に矢を番え、敵の腕目がけて放った。
 矢は敵の腕をかすめるに止どまったものの、敵を怯ませるには十分だった。その隙を突いて涼が一撃を浴びせると敵は壁まで吹っ飛ぶ。
 二対一の均衡が崩れてしまえば突き崩すのは容易かった。涼がもう一人をあっさりと倒し、泰造にかかっている一人を引き受ける。サシでなら全くもって問題になるような相手ではなかった。
「これで終わりか?」
「みたいだな」
「正直あっけなかったな。ボスっぽい奴もいないし。確かにこっちが本社かもしれねーが、拠点はヒューゴーみたいだ」
「そうだね、こっちは拉致るだけっぽいし」
「拉致の現場は押さえてるし、自警団呼んで突き出しちまおうぜ。その方が後腐れない。失踪事件の犯人なら賞金も出てるかもしれねーし」
「でもそれじゃ空遊機没収になって乗れなくない?」
「まだ主犯格が捕まってねーんだろ?この辺の法律じゃ賞金稼ぎやら自警団みたいな民間人でも捜査協力のためなら没収品や没収予定のものは貸し出してもらえるんだ。しかも事後手続きでな。俺もガキのころに密輸組織相手の作戦の手伝いしたことあるんだけど、そん時ゃ連中の船かっぱらって追っ手を撒いたんだ」
「ガキの頃にって。子供のころからそんなヤバそうなことやってたの?」
「おう、報酬がいいんで安請け合いしたんだけどな。そんなことよりも空遊機の鍵を探そうぜ。涼は自警団を呼んできてくれ」

 自警団はほどなく現れた。
「この連中は絶対何かやってるってのは分かってたんで丁度裏を探ってたところなんだが、まさか失踪事件とはなぁ」
 自警団員は床に転がった男たちを見下ろしならがしみじみと言った。
「一応行方不明者の似顔絵は張り出してはいたんだが、それもあくまでこの町限りだしな。隣町に連れ出されてたんじゃ、見つかりっこないわなぁ。なんてったってここもヒューゴーも人の出入りの激しい町だから、隣に見知らぬ人がいたって気になんかしないからな」
 ただでさえ人の多い町だ。自分に関係ない人の顔など覚えているものはいない。田舎の小さな村なら村の人全員がお互いのことを知っているということも珍しくはない。だが、このくらい大都市になれば人同士のつながりは希薄になっていく。見知らぬ人が一人増えても誰も気付かない。
 彼女たちについた客は誰も彼女たちの生い立ちになど興味はないし、ましてや相手は娼婦。身の上に触れるなど野暮というものだ。部屋の外に見張りも立っているようだし、余計なことは言えない。
 見渡せばいくらでも人がいるのに助けを呼ぶことさえできない。そんな孤独な状況に彼女たちは置かれているのだ。
「いろいろ聞きたいことあるとは思うんだが、その前にまだやらなきゃならねー事があるんだ。こいつら、本拠地はここかもしれねーけどヒューゴーの方にも拠点があって、今親玉がそっちにいるみたいなんだ。俺たちの仲間が一人そっちに潜入してるはずだから早いとこ行ってやらねーとなんねーんだ」
「そうか。それならこちらからも応援として何人か向かわせよう」
 自警団の申し入れに少し考え込む泰造。
「その前に、そこに停めてある空遊機、どうせ没収だろ。ちょっと貸してほしいんだけど」
「ああ、かまわんよ」
 泰造の言う通り、二つ返事だ。
「そのついでに、運転手代わりに一人貸してくれないか?こっちには運転できるやつがいなくてさ」
「承知した。そうだな、正彦、同行してやってくれ」
「了解っす」
 正彦と呼ばれた男はなかなかの二枚目だった。
「こいつは神王宮主催のレースで上位に入ったこともある名ドライバーでな。腕は確かだぞ」
「そうか、そりゃ頼もしいな。それじゃいっちょヒューゴーまで頼むぜ」

 夜の闇の中を空遊機が走り抜けて行く。幸い月明かりで道はくっきりと見える。スピードも十分に出せそうである。
 この地は目の前に迫り今なお広がり続けるトリト砂漠からの乾いた風のせいですっかり荒れ果てている。この辺りが砂漠に飲み込まれるのも時間の問題だろう。
 空遊機は砂塵を巻き上げながら駆け抜けて行く。前方には地平線のうえに星よりも明るく輝く町並み。ヒューゴーだ。ぼんやりと明るい地平線は朝が来たのではないかと思わせる。
 空遊機は彼方の地平線に見えたヒューゴーに瞬く間にたどり着いた。

「で、どこに行くっすか?」
 ヒューゴーの門をくぐったところで空遊機を停め正彦が聞いてきた。
「なぁ、恭から何か連絡とか入ってないのか?」
「入ってきてないよ。それよりウーファカッソォ発の定期船の最終便って港にいつ着くの?」
「明け方っすね。両方から同時に船が出てるんで着く時間も同じっすから」
「それじゃ先回りできるな。港で連中が来るのを待って後をつけるか。まぁ、港も人が多いだろうしどいつが連中の仲間かわからねーかもしれねーけどよ」
 一路港へ向かう。漁船らしい船はあるものの定期船専用の埠頭には船の姿はない。どす黒い夜の海が月明かりに刺々しい波を輝かせているばかりだ。
「船が着くまであとどのくらいだ?」
「船は夜明け間際まで来ない筈っす。まだだいぶ時間があるっすね」
「それじゃそれまで寝てるわ」
 泰造は言うや否や鼾をかいて眠り始めた。
「あたしもねむーい」
 それを見た沙希が自分も寝たいと言わんがばかりに言う。
「船がきたら起こすっすよ。皆さんも一休みしておいた方がいいでしょ」
「そうだね。いろいろあって疲れたよ」
 見張りの正彦に後を任せて二人も寝ることにした。

 正彦に起こされた時には水平線の上の空は朱に染まり、朝の訪れを告げていた。そのぼんやりと輝く彼方の空の際に小さな影が見える。彼方沖合より来る定期船の船影だ。
 空遊機から外に出ると朝の冷気がまだ眠りから覚めきっていない体を引き締めた。暖かい地方だとはいえ、今はもう冬である。朝の冷え込みは相当なものだ。
 船は徐々に近づき、その姿が見て取れるほどになる。空も見る見るうちに明るくなっていく。それにつれて人影のなかった港にも人が集まり始める。港も短い静寂のときを終えたのだ。
 この中に連中の仲間がいるのか。そう思いながら港を行き交う人々をじっと見つめる。
 船が港に到着すると人々が慌ただしく動き始めた。蟻のように次々と荷物を運び出す人々。大きな船だけに積まれている荷物の量も半端ではない。広い埠頭があっと言う間に荷物の山になる。
 恭は恐らく麻袋に詰められこの荷物の山に混じっているはずだ。しかし、麻袋の数だけでも相当な数、この中から捜すのはまず無理だろう。

 恭の入れられた袋は既に船から降ろされていた。
 港は船に荷物を積み込む人々、船から荷物を下ろす人々、さらに降ろされた荷物を搬出する人々も加わり賑やかさを増して行く。
 麻袋の中からではその声だけが聞こえ、外の様子がさっぱり分からない。声を出せば誰かが気付くだろうか。それともこのざわめきにかき消されてしまうだろうか。声を出せれば出したいが、近くで連中が無言で見張っていても、それも分からない。そう思うと迂闊に声も出せない。
「おいっ、てめぇ!」
 突然間近で怒鳴り声が起こった。
「どこ見て歩いてやがる!危なっかしい棒なんざ担ぎやがって、俺の頭に当たるところだったじゃねぇか!」
「んあ?ああ、悪い悪い」
「ってゆうかてゆうか。あんたも真ん中に立ってると危ないんじゃないの?人通る所だしさ」
 聞き覚えのある声だった。実の兄の声だ。ましてあの独特の訛り、聞き誤るはずがない。
「何だぁ、若造。やんのかおらぁ!」
 ぼこっ、ばきっ、めきょ。
「てめぇら、これで済むと思うなよ!」
 二人も相手にすればかなう訳もなく、見張り役はあっけなく撤退するのだった。
 この隙に、と恭は猿轡ごしに必死に声を張り上げた。
「ん?何だ?」
 泰造が声に気づく。声の方に目を向けると麻袋の一つがうねうねと動いている。これには気づかないはずがない。
「うおっ、何だこれ。妙な生物でも運んでるんじゃないだろうな」
 涼が驚きの声を上げた。
「そんなものが税関通る訳ねーだろ。もしかしたら恭じゃないのか?」
「あ、そうかも」
 麻袋を開けてのぞき込むと恭がこちらを見上げた。猿轡を解いてやっての恭の第一声。
「妙な生き物ってなによーっ!」
「いや、その。突然だったしさ。なんつーか変な動きすんなよ。焦んじゃん」
「とにかくこれで相手が絞れたぞ。悪いけどこのままもうしばらく辛抱してくれ」
 言霊が使えるように猿轡は外したまま麻袋の口を絞り元に戻す。
 泰造たちが物陰に身を潜め様子を伺っていると、さっき袋だたきにした男が仲間をつれて戻ってきた。運搬役らしい屈強な男も混じっている。
「いないみたいだな」
「とにかく早いうちに売り物だけ運んでおこうぜ。ったく、最近何かとケチが付きやがる」
 恭の詰められた袋を男が担いで行く。物陰に隠れながらその後をつける泰造たち。港湾労働者たちがその様子を訝しげに窺うが気にもとめない。
 恭はそのまま駐機場の空遊機に積み込まれた。泰造たちも急いで待たせていた空遊機に乗り込む。正彦の手慣れた運転で、かなり開いていた距離がだいぶ縮んだ。
「このまま環状路に行くみたいですね。環状路はたくさんの空遊機が走る交通の要、そこに出れば距離を詰めて追跡しても気にも留めないでしょう。……間もなく環状路です、詰めますよ」
 空遊機は一気に加速し前方との距離を詰める。左右の支道からも空遊機が次々と合流し、前も後ろも空遊機だらけになった。
 はるか前方に高い塀が見えて来る。あれが環状路なのだという。空遊機はその塀に囲まれた区域へと進んで行く。
「何か、変な臭いがする」
 人一倍鼻のいい野生児の沙希がぼそっと言った。
「そうですね、そろそろ幌を下ろしておいた方がいいでしょうね」
 言いながら水晶布の幌を下ろす正彦。
 塀を抜けると、そこにはまるで数年に一度川を遡るという虹鮭の群れのように流れて行く、夥しい数の空遊機の姿があった。
「すごーいっ」
 その様子に呆気に取られる沙希。
「それはいいけど、ひどい臭いだな」
 塀の中は空遊機の排気で視界が曇るほど汚れている。その煤煙が幌の隙間から流れ込んで来るのだ。
「この高い塀で排気を閉じ込めてるんですよ。空遊機の排気は低いところに溜まりますからね。路線自体は一段高いところに作られているのでだいぶましですけどその排気が漏れ出す出入口付近は幌なしじゃ目も開けてられませんよ」
「早く通り抜けてくれ、喉が痛くなっちまう」
 言われるまでもなく空遊機は環状路を抜け、派手派手しい一角へと走って行く。
「おい、何かここ見覚えあるな」
「いつだかの歓楽街だよね。あのぼろい宿」
 涼が指さすのはまさにかつて泊まった連れ込み宿である。
「それじゃあれか、もしかして連中の拠点は俺達が乗り込んで大暴れしたでかい宿じゃないか?」
 朝の光の中でよりいっそう映えて見える真新しい大きな宿。そして泰造の思った通り、その宿へと前を行く空遊機が滑り込んで行く。
「なんだ、案の定じゃねーか。くっそー、あん時それが分かってりゃなー、わざわざウーファカッソォにまで足を延ばす必要もなかったんじゃねーか!何か腹立ってきたな」
 理不尽に腹を立てる泰造。
「よーし、じゃあ今度こそ親玉とっちめるぞー!」
 沙希も寝不足とは思えないほど気合が入る。
「じゃ、俺は応援を呼んできます」
「おう、急がねーとそっちの仕事がなくなるぞ」
 正彦を見送ると泰造は改めて目の前にそびえる敵の根城、ラブホテルに向き直る。
「よし、行くぞ!」

 突然入り口のドアが乱暴に開け放たれた。およそ客とは思えない荒々しい闖入者にフロント係の視線が集まる。
「また来てやったぜ、親玉出せや!」
「てめぇはっ!」
「この間はよくも!」
 気色ばむフロント係たちだが仕掛けては来ない。前回あっさりと蹴散らされたので怖じ気づいているのが見え見えだ。
「雑魚にゃ用はねーんだ、とっとと親玉出せ!なんなら締め上げて吐かせてやってもいいんだぞ」
 にじり寄る泰造に合わせフロント係は少しずつ後退する。逃げ場のないフロントカウンターの隅に追い詰められた。泰造がフロントカウンターを乗り越えて押し入るとフロント係はフロントカウンターを乗り越えて逃げようとする。しかし、足を掴まれ引き戻されてしまう。
「うわあ、社長は上だ、上にいる!」
 泰造がフロント係に馬乗りになる。今にも殴られると言うときにフロント係がこらえ切れずに白状した。
「そうか、上か!」
 泰造の手は既に反動が付いて前に動き出していた。もう止まらない。鼻っぱしに拳がめり込み、勢いよくのけぞった頭が床にたたきつけられあっけなく意識を失った。湧き水のようにとめどなく鼻血が流れ出ている。
「ひいいぃぃぃ」
 逃げようとするもう一人のフロント係の足を掴み引きずり戻す泰造。
「まぁ、とりあえずお前も寝とけ」
 数回鈍い音がして静かになった。伸びた二人をフロントカウンターから放り投げる泰造。
「逃げねーように縛っとこうぜ。そしたらこの辺に転がしとけばいいや」
 沙希と分担して一人ずつ縛り上げる。
「上って事は一番上だろうな。親玉は大概逃げ場のないどん詰まりにいるもんだ」
 ラブホテルとは言え高級志向の最先端、エレベーター完備だ。最上階もあっと言う間に着けた。

 恭はホテル最上階の支配人室に連れ込まれていた。ようやく袋から解放され、新鮮な空気に人心地だ。しかし、周りには荒っぽそうなやさぐれ男に取り囲まれている。
「おや、もうお目覚めかな、お嬢ちゃん」
 少し鼻にかかった声がした。声の方に顔を向けると派手な身なりの男がこちらを見下ろしていた。この男が社長なのだろう。
 思ったよりも若い男だった。しかも結構整った顔をしている。不細工なスケベオヤジを予想していたので意外だった。
「んー?学生だと聞いていたが……随分と老けてるな」
「失礼ね!あたしはまだ十九よ!」
「十九、か。まぁ顔はいいからまだまだ売り物にはなるな」
 そう言いながらおもむろに恭の足を掴む。
「なにすんの!やめて!」
 覚悟はできていたとは言え必死に抗う恭。
「生娘かどうか確認しておくんだよ、でなきゃ値段決められねぇだろ」
「あなたたち、こんなことしてただじゃ済まないわよ!?」
 男の顔面に蹴りを入れる恭。
「ふん、どうただじゃ済まないんだ?お前、自分の立場を分かってないな?」
「分かってないのはそっちよ。もうすぐあたしの仲間があなたたちを捕まえに来るの。自警団を引き連れてね」
「んだとぉ?てめぇ、捜査官か?」
「別にそういう訳じゃないけど……。賞金稼ぎのお手伝いもしているただの旅行者よ」
「くそっ、おいお前ら!とっととずらかるぞ!」
「無駄よ、そろそろ来るんじゃないかな」
 その恭の言葉に呼応するように荒々しくドアが開かれた。言霊の力もあるのだろうが、ナイスタイミングだ。
「てめぇら、恭に何しやがった!」
 足を開かされている恭を見て涼がいきり立つ。
「まぁ、何をしてようが、てめーらのたどる末路はかわりゃしねーがな!」
 泰造の金砕棒が恭を取り押さえていた男の脳天を直撃する。ボスも涼の飛び蹴りをまともに食らいひっくりかえった。そこを素早く沙希が縛り上げる。その間に周りの雑魚は泰造に片付けられていた。
「何だ、あっけねーな。まるで手ごたえがありゃしねー」
「何かされたか?」
「大したことはされてないよ。お兄ちゃんすぐ来たし。でもむかつくー」
 ボスの顔面を靴で踏み付ける恭。
「ねーこいついたぶっちゃっていい?」
「死なない程度にな」
「あ、そうだ、いいものがあるよ」
 沙希が客室から鞭を持って来た。
「そう言うものを持ち出すなよ」
「いいじゃない、沙希ちゃんナイス」
 室内に乾いた鞭の音と男の悲鳴がが響く。
「あはははは、すかっとするー。か・い・か・ん♪」
「恭に変な性癖つかなきゃいいけどな……」
 涼は不安げに見守る。
 その後、恭の逆襲は自警団連合部隊の到着まで続けられた。

 結局、新時代貿易社の連中には賞金首はいなかった。ただ、問題になっていた連続失踪事件を解決に導いたとしてわずかだが褒賞金が出た。大金ではないが、当座の旅費には十分な額だ。沙希からの借金も清算し、身も心も、若干財布の方も軽くなった泰造はもう少し逗留して賞金を稼ぎたい気持ちを抑えリューシャーへと向かうことになった。
 というのも、涼がとある噂を風の中から受け取ったのだ。
「豪磨がリューシャーに向かっている」
 リューシャーは人間世界の中心地であるイ・ザンガ地方の首都、まさに世界の首都と言える。そのような場所に豪磨が向かったとなっては、何としても阻止せねば想像を絶する被害が出る。
 自警団に頼み込み、ただで空遊機に乗せてもらえることになった泰造たちは一路リューシャーへと向かうのだった。

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