賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第弐捨七話 空への憧れ

 人は空を目指す。
 空の高さと同じように、人々の目指すものは果てしない。


 泰造たちを足止めさせていた問題も今日で解決する。コトゥフの滞在チケットが今日で切れるのだ。これで、貧乏性の泰造も心置きなくこの町を去ることができる。
 涼は今日が最後ということで研究対象のアルバイトが夜まで入っている。ただ質問に答えたり、能力を使うだけのバイトらしい。占いの方が割はよいのだが、この町は堅苦しい研究者が多いので占いが繁盛するかも分からない。それに、お茶を出してくれたり、手の空いたときはソファーにふんぞりかえっていられたりと待遇がいいらしい。
 恭のほうは図書館などで資料を読み耽っていたが、今日はのんびりと観光するつもりらしい。もちろん、一人じゃつまらないので泰造と沙希も誘われている。沙希には予定も何もないので気軽にOKした。そして、断る理由もないし、どうせ暇だったので泰造もOKした。
 最後のバイトに出掛ける涼を見送った後、早速泰造たちは出掛けることにした。コースなど決めていないので、ひとまずぶらぶらする。
 町外れにある小高い丘に登り、そこから見下ろすとコトゥフの町並みが一望できた。斜めに見下ろしているので町が形作っている魔法陣は伺い知ることができないが、古の建築物が屹立するさまはまさに壮観だった。魔法陣を壊してしまうために建物の敷地を増やして大きくすることはできない。そのため、建物はおのずと空に向かって建て増しされて行く。そのため塔のような高層建築が方々にある。
「こうして見てみるとすごいよねー。こんな建物作っちゃうんだもん」
 恭が誰となくつぶやいた。
「建築の技術は年々進んでるらしいしな。俺たちみたいな宿無しには関係ない話だけどよ」
「ねー、あの一番高い建物、登ってみようよ」
 沙希は町のど真ん中にそそり立つこれでもかと言うほどに高い建物を指さした。
「ありゃ行政施設じゃないのか?入れないって」
「何でそんなこと分かるのよ」
「ああいう周りを見下すような偉そうな建物ってだいたい行政関係じゃねーか」
「行ってみなきゃわかんないよ。入れなくてもいいから行きたいっ」
 沙希はだだをこね出す。
「わーったわーった、それじゃあそこから回ってみるか」
 泰造が言うと、沙希は打って変わってご機嫌になった。

 建物には「コトゥフ市中央行政総合センター」というプレートが取り付けられていた。
「中央……センター?この名前つけた人、頭よくないかも……」
 恭はチェックが細かい。
「やっぱり行政だろ?」
 勘が当たったので得意になる泰造。
「あ。でもここに見学自由って書いてあるよ」
「まじかよ」
「ほらこれ」
「俺は読めねーっての。恭、本当にそんなこと書いてあんのか?」
「見学は自由です、お気軽に窓口まで、だって。こういうところの窓口ってあんまり気軽に声かける雰囲気じゃないのよねぇ……」
 一言多い恭。ともかく、本当に自由に見学できるようだ。早速窓口に問い合わせてみることにした。
「見学ですか。当市はオープンな行政を目指して、使用中でない会議室などを除いて見学自由になっておりますよ。市民の皆さんあっての行政ですからね」
「俺たち別に市民って訳じゃないんだけどな」
「でもチケット購入してますよね。チケットによる収入は市政を支える大切な資金、皆さんは言わば納税者なのですから市民同様に扱わせていただきますよ。もともとこの都市は定住者よりも短期長期を問わず滞在するだけの人が多いですからね」
「……いいのか?」
 難しい単語がいくつかあったせいで係員の言葉の全体が理解できなくなった泰造は恭に助け舟を求めた。
「チケット買ってもらって儲けさせてもらったからあとは好きにしていいってことよね」
「それじゃ俺たちは金づるにされてるってことかよ!」
 解釈がどんどん悪い方に進んでいく。特に、金が絡むと泰造は意地汚い。
「いや、お金を戴いているからには言わばお客様ですのでどうぞご自由にと言うことで」
 あわてて取り繕う係員。
「なーんだ、そういうことか。それじゃありがたく見させてもらうかぁ」
 どうにか泰造も落ち着いた。エントランスロビーにこの町の歴史など何だのと言った資料が展示されていた。が、泰造と沙希はそんな物にはまるで興味がない。ちょっとだけ名残惜しそうな恭をせかしつつ、案内板を見ながら建物の真ん中にそびえるセンタータワーを目指す。
 センタータワーは大きな吹き抜けになっていて、見上げていると目眩がしそうなほどの高さまで螺旋階段が続いている。
「こ、これ登るの?」
 瞬時にテンションが下がる沙希。
「あ、エレベータがあるよ。これ使えばいいんじゃない」
 大きな柱だと思っていた物は、確かに柱としての役割も果たしているのだろうが、エレベーターもついている。沙希はほっとしつつエレベーターに乗り込んだ。
「どうやって動かすんだ、これ」
 殺風景な室内を見渡す泰造。何もない狭い部屋に目に留まる物はひとつしかない。小さな箱のようなものがある。
「なんだ、これ」
 よく見ると縦長の穴があり、何やら書かれている。読み書きのできない泰造にも読める文字。いつもお世話になっている数字と通貨記号だ。と言うことは。
「有料かよ!しかも何だぁ、十ルクだぁ!?」
 泰造の乏しい知能がフル回転し、十ルクで食べられるものが目まぐるしく泰造の脳裏をよぎって行く。
「だあぁぁっ、もったいねぇ、こんなところでそんな大金払えるか!」
 エレベーターを飛び出し螺旋階段を登り始める泰造。
「ちょっとぉ。せっかくあるんだからエレベーター使おうよぉ」
 懇願するように沙希が叫ぶ。
「気安く言うなよ。この金は俺が命を捨てる覚悟で臨んだあのバイトの金なんだぞ」
「何よー、ほんのちょっとの時間で稼いだお金じゃないのぉ」
「何をぉ!?掛かった時間が問題じゃないんだぞ、下手したら命がなかったかもしれないという危険な仕事でな……」
「あれ?恭ちゃんは?」
「話をそらすなっ!って……言われてみればいないな……。ああっ、あいつ自分で金出してエレベーターで先に行きやがった!」
 見上げる泰造たちの頭上でエレベーターがゆっくりと上がって行く。この様子だと一番上まで行ってまた降りて来るまでにはだいぶ待たねばならない。
「恭ちゃんってば薄情……」
 呆然とする沙希を無視して泰造は既に階段を猛然と昇り始めている。
「ああっ、待ってよぅ」
 一人取り残されてはさすがに沙希も諦めざるを得ない。重い足取りで長い長い螺旋階段を上り始めた。

 眼下にはコトゥフの町並みが広がっている。
 先刻、丘の上から見下ろしたときはよく分からなかったが、真上から見下ろすとこの町が形作っている魔法陣もはっきりと分かる。
 心地よい風が先程から絶え間無く頬を撫で髪を弄んでいる。空から降り注ぐ柔らかい日差しを阻む物も何もない。ここは何と居心地のよい場所なのだろう。
「恭おぅ!」
 静けさをぶち破る荒々しい声が恭を呼んだ。
「あら、早かったじゃない」
「早かったじゃない、じゃねー!乗って行くんなら一言言えよ!一人でさっさと行きやがって!俺たちが一緒に乗って行っても料金は同じなんだ、一緒に乗ってればそれだけお得だったんだぞ!なんて言う無駄遣いだっ」
 泰造は怒る理由がけち臭い。一人でさっさと行ってしまった薄情さをなじられると思って心の準備をしていた恭は予想外に無駄遣いをなじられて戸惑っている。
「おや。あんたらは階段を昇って来たのかい」
 不意に声をかけられ泰造は振り返った。そこにはみすぼらしいなりの初老の男が立っていた。
「だれだ、おっさん」
「わたしはこの塔の管理人だよ。この塔で気象のデータを採ったり町に異状がないか見張ったりしている。などというと大層な仕事に聞こえるかもしれんが毎日この塔に登って空をみたり下を見たりするだけだがね。それ以外にもここに登って来た人に説明なんぞもしている」
「つまりはここの係ってことか。何か退屈そうな仕事だなぁ」
「そうでもないぞ。お前さんみたいな暇人がちょくちょく来るんでな。階段を上って来るほど暇な連中をみたのは久しぶりだよ。若いねぇ、お前さんたちは」
 泰造の後ろでへばってひっくりかえっている沙希にも言っているのだろうか。
「沙希ちゃん大丈夫?」
 まだ息が切れている沙希に恭が声をかけた。沙希は疲れ切った顔を上げる。確かに最初に比べれば鍛えられたし、長旅にも耐えられるようにはなった。しかし、階段はまた別問題のようだ。
「恭ちゃんひどいよう……。一人で先に行っちゃうなんてさぁ」
「二人っきりにしてあげたんじゃないの。何か話くらいはした?」
「それどころじゃなかったよぅ。そもそもあんな雰囲気でふたりっきりにされても困るもん」
 もっともすぎる意見に恭も苦笑いするしかなかった。

 一息つくついでに管理人の話を聞くことにした。
「何でこんな高い塔を建ててるんだ?中はがらんどうだしもったいねぇ」
 質問もけち臭い泰造。
「この塔は結界の真ん中にある。魔法陣の一番重要なところだ。この塔の一番高いところ……エレベーター小屋のてっぺんにオブジェがあるだろう。あのオブジェに抱かれた宝珠がこの結界の上限の位置になっている訳だな。この塔より高いところは結界からはみ出て結界を綻ばせてしまう。だからこの塔は他のどの建物よりも高くなくてはならん」
 確かにエレベータ小屋の屋根に奇妙な形のオブジェがある。その中には赤く透き通った宝珠が埋め込まれ、太陽の光に輝いていた。
「ほんの数年前まではこの塔もこんなに高くはなかった。しかし、周りの建物がどんどん高くなってきてな。この塔も今の高さにまで高くなった。だが、周りの建物は追いかけるようにどんどん高くなって行く。今の高さで間に合うのもそう長くは無さそうだ」
「ってことは、そのうち周りに見えてる建物がこの高さに並ぶってことか……。そんな高い建物建てて大丈夫なのかよ」
「ここはあらゆる研究に関して最前線の町だ。建築はもちろん科学や工業に関する学問においてもな。高層建築に耐えられる素材、建物を維持するための理論。それらの技術を組み合わせればこの塔の倍までは理論的に可能だそうだ。もっとも、実際に建てるには先立つものが……ってな」
「すごい話ねー……」
「魔法陣を作るためにこの町の建物は横に広げられん。文化的な価値を考えると増改築できない古建築も多数ある。結界を維持するために地下は作れない。上に伸びるしかない町なんだよ。技術が発展するのも必要があるからさね」
「それにしてもあのてっぺんのオブジェ、変わってんなー」
 泰造はさっきから気になっていたのでぼそっと漏らした。塔の上には奇妙奇天烈な形のオブジェが掲げられている。説明しようにも説明できないような突飛な形だ。
「奇抜で、それでいて不思議と調和のとれた形よね」
「そうか?何かただの鉄屑の寄せ集めにしか見えねーけど」
「それはちょうどこの塔の改築工事の時にここを訪れた旅の建築家が作ったものでな。何でも世界中の建築をみて知識を深めつつ自分の存在を世間に知らしめるために世界を回っているらしい。実際、まだ若くて無名の建築家だったが人並み外れた技術も持っていたし、前衛的だがセンスもある。今ごろは名の知れた建築家になっているかもしれんな」
「うーん、センスあるのか?俺にはわかんねーや」
「まぁ、すぐには理解できんだろう。私も最初は変だと思ったが、毎日眺めているうちに良さがだんだん分かって来てな。全くもって奥の深い作品だよ」
 そう言われて泰造はまじまじとオブジェを見つめた。
「うー?やっぱり変な鉄屑にしか見えねーや。……何かこんなの前にも見たな……」
 記憶の糸を手繰る泰造。
「あー、そういえば源の野郎がこんな感じの作ってたな」
「源って、今噂のカリスマ天才建築家よね」
 恭の言葉に思わずんな馬鹿な、と言いそうになる泰造。
「えーっ、恭ちゃん源のこと知ってるの」
「有名だもの。建築の可能性を極限まで追求し、建築を芸術や果ては武術にも取り入れたという噂の人よ。今は事情で行方を暗ましているみたいだけど」
「何かそんなかっこいい奴には到底思えないけどなぁ」
「泰造さんたちこそなんだか良く知っているような言いっぷりじゃない」
「まぁ、話せば長くなるけどな……。風の噂で聞いたんなら、その噂にゃだいぶ尾鰭やら背鰭やらくっついてんぞ」
「そうなのかなぁ」
 腑に落ちないような顔をする恭。かなり美化されたイメージを持っているようだ。泰造は夢を壊さないためにもこれ以上の言及は避けることにした。ちなみに沙希は拉致された苦い思い出があるのであまり思い出したくもなかったようだ。
「すごい景色だねーっ」
 話題を変えようとする沙希。さっきまではへばっていたが回復してきたようだ。
「次はどこに行く?」
 下の景色を見下ろしながら泰造が他の二人に聞いた。
「うーん、この町ってあんまり面白そうな所ってないのよね……」
「そうね、ここは学問と古建築に興味のない人には他に見所ないからね」
「古建築ったって外から眺めるだけだろ?ここ数日逗留して歩き回ってるから見るだけ見ちまったし。中に入ったって面白いことはやってないだろうから、もう見るところもないよな」
「それじゃしばらくここにいようよ。どうせ行くところないんならさ」
「そうだな。せっかくあのクソ長い階段登ってきたんだし、元取れるくらいまでここにいるか」
 そう言うと泰造はしばらく景色を眺めていたがすぐに飽きてエレベーター小屋の壁に寄りかかって居眠りをはじめた。沙希の方は飽きるでもなく下の景色を眺めている。
「沙希ちゃんは古建築とか興味あるの?」
「ううん、あんまり。あたしね、結構高いところ好きなの。山育ちだからかなぁ。崖みたいな怖いところは嫌だけどこういう手摺りのあるところなら怖くないし」
「そういえば飛行船のテストパイロットのときはしゃいでたって聞いたよ。泰造さんは自分が乗っているときいつ落ちるかひやひやして早く降りたかったのに沙希ちゃんは楽しそうにしてたって」
「泰造が乗ってるのみてたら結構大丈夫そうだったからね。それにしてもすごいよね、空飛ぶ乗り物なんて。あれってそのうち普通に買えるようになるのかな。少しくらい高くても欲しいなぁ」
 沙希は目を輝かせながら言う。
「実用性なら空遊機で十分らしいから、量産はしないで欲しい人がいたら作って売るっていう感じになるって、お兄ちゃんが聞いたそうだよ。量産しないってことは結構いい値段になっちゃうんじゃないかな」
「それでもほしいよ。空を飛ぶなんて憧れちゃうもん」
 空遊機も地面から離れて移動する乗り物だが、わずかに浮かび上がるのがせいぜいと言った程度、飛んでいるとは言い難い。あくまでも浮遊だ。
 空遊機というのは元々リューシャーの発明家が作り出した小型の飛空挺を量産向けに改良したものだ。
 高天原ではようやく車輪のついた乗り物が生み出されてきたところだった。人の力よりも自然の力の方が大きいこの世界では町は、寄り合ってお互いを守ろうと自ずと密集型になり、それぞれの町の距離が長い。しかも、未だに移動手段の中核を担う驢駆鳥の爪が舗装を傷つけてしまうために、舗装も進んでいないので車輪の乗り物では隣の町につく前にガタガタになってしまうことも多い。
 危険な野生生物が駆除された近ごろになって、ようやく町の外も安心して歩けるようになってきたとは言え、他の町へ行こうとする人は決して多くはない。そのため、乗り物はあまり発達していなかったのだ。
 そこに、いきなり浮遊する乗り物が現れたのだ。道の舗装を必要としない空遊機はまさに画期的だった。
 しかし、初期の物は量産には向かなかった。この乗り物の基礎となる浮遊する船が“秘術”により実現していたものだったからだ。
 現在量産されている空遊機は浮遊するために燃料機関を使って底部にあるプロペラを回して浮力を得ている。そして、その燃料機関の排気を噴出することで推進力を生み出すようになっているのだ。
 非常に効率の悪い方法ではある。燃料もかなりの量を必要とする。こんなコストパフォーマンスの悪い乗り物でも重宝され、確実に数も増えてきているのだ。
 空を飛べる飛空船が実用化されれば今まで行きにくかった山奥や離島の村などにも行くやすくなる。とは言え、そう言った地域とは元々交流がない。やはりその方面からの需要も多くはないだろう。
「空を飛ぶ船なんて、単純に考えれば大きな利益を生む訳じゃないけど……。空に憧れを持っている人はたくさんいるし、そういう叶いっこなさそうな夢を叶えようとしてるわけじゃない。なんかそう言うのって、いいよね」
 周りに広がるとても広い空を眺めながら沙希は呟く。
「でも、夢が叶うったってお金がすごくかかるんでしょ?そう言うのってちょっとさみしくない?」
「それよりもさ、お金さえあれば夢が叶うってことがいいんじゃない。お金なんて努力すれば貯められるでしょ?それって努力次第で夢が叶うってことじゃない?お金が全ての世の中になるってのはちょっと違うとは思うけど」
「そうか。そうだよね」
「あたし、バイトとか賞金で稼いだお金を少しずつ貯めてるんだ。今までは何に使うか迷ってたけど、目標ができたよ。道程は長そうだけど」
「俺の稼いだ賞金巻き上げたうえにやけにおごらせると思ったらそういう訳か」
 さっきまで鼾の聞こえていた後ろの方から泰造が口を挟んできた。
「泰造、寝てたんじゃないの!?」
「横で金の話してるから目が覚めちまったよ」
「がめついなぁ」
「で、いくら貯め込んでるんだ?」
「まだ二万ルクくらいだよ」
「結構もってやがるなぁ。食費ピンチだったときにそれ知ってりゃ、あんな危ないバイトに手をださねーで済んだのによ」
「取らないでよ。ちゃんと金額覚えてるんだからね」
「お前とは違うんだから人の金にまで手ぇ出すかよ。借りた分はちゃんと返すって」
「……利子つけていい?」
「何ぃ?」
「ただ貸すだけじゃ嫌だもん」
「しゃーねぇなぁ。まぁ、こんなことは滅多ねーだろうし、別にいいか」
「えぇーっ。利子払ってくれるんならどんどん借りてちょうだいよ」
「次の町に着いたら金に困らないように賞金稼ぎまくってやる」
「高い物食べまくってすぐに無くしてやるからいいもん」
「今度から食費は自分持ちな」
「ええっ、そんなぁ」
「働きによって分け前増やしてやるから心配すんな。一人で捕まえたら全部くれてやってもいいぞ」
「えっ、本当?」
 膨れていた沙希は目を輝かせた。
「その代わり足引っ張ったら減らすぞ。そうすりゃもうちっとくらいは気合入るだろ」
「ふぇえぇぇ」
 今度はしぼむ沙希。猫の目のように表情が変わる。
「情けねー声出すな。しっかり頑張りゃ今までより金が貯まるだろ」
「だって、泰造が本気出したら多少腕のたつ賞金首だって一人でねじ伏せちゃうじゃない。あたしなんかどんなに頑張ったって出る幕なんてないよぅ」
「楽勝っぽい奴はちゃんと回してやるから心配すんな」
「本当?じゃ、がんばる」
「ちょっとでもへましたら俺が横から掻っ攫ってやるからな。そうならないようにしっかり体鍛えておけよ。ここ数日のんびりしてるから体なまってるんだろ?」
「そんなことないよ」
「その割には階段のぼったくらいでへばってたなぁ。ん?」
「う……」
 沙希が軽くいじけたところで泰造は言う。
「さて、そろそろ帰るか。階段登ったせいで腹減っちまった」
 さっき駆け登った長い螺旋階段をのんびりと降りて行く。今度は恭も一緒だ。
「今日はおごってよー。っていうか、今あたしお金ちょっとしか持ってないし」
「昼飯くらいちょっと金あれば食えるだろ」
「これで最後なんだからいいでしょ」
「うーん。まぁ、最後なんだからいいか。あんまり高いもんは頼むなよ。俺と同じもん食え」
「嫌。せめてもうワンランクくらいは高くないと食べた気がしない」
「俺の食ってる物にけちつけんなよ」
 行政センターを出てダウンタウンを目指す一行。市街にも食事できる店はあるのだが、いかんせん高い。安そうな店を選び入って行く。
 ここも観光地なので目に付くところにあるような店は結構高かったりする。メニューについている値段をみて少ししまったと思う泰造。
「このゲッターの柚子味噌煮込みっておいしそう。これくださーい」
 早くも注文を出す沙希。お陰でいまさらよそにも行けない。
 よく見ると、観光地らしくそこいら辺にあるような大衆料理でも、味付けや使う食材等に郷土色が強く出されている。高いのはそのせいもあるようだ。泰造が値段で選んでいるウルトラスタミナ丼にも、地元特産の野菜ティガのサラダ付きになっていたりする。一品増えているお陰で普通なら一番安いはずのウルトラスタミナ丼が値段的に真ん中くらいになっている。結局沙希と同じものを注文した。
「一番安いの頼むと思ったのに」
 沙希は意外そうな顔をした。
「一番安いのって銀鯖定食だろ。この辺じゃ養殖物が多いからなぁ。周りの値段からしてこの値段は絶対養殖だ」
「よーしょく?なにそれ」
「そうか、沙希の生まれた辺りじゃ養殖なんてやらなくても、食べる分はそこらで捕まえられるからな。養殖ってのは畑で野菜を作るみたいに動物や魚を育てるやり方だ」
「ああ、つまり家畜みたいに育てられたものね」
「まぁ、そんな感じだな。この辺じゃ天然物は高級品だ。食い物は豊富にある分安いけど味が落ちる。やっぱり飯はあっちの方がうまかったな」
 何も料理屋でそんな話題を出さなくても良いと思うのだが。聞こえていたのか料理屋のおばさんも愛想が悪い。不機嫌な顔で乱暴に料理を置き調理場に引っ込んでしまう。もっとも、泰造はそんなことは一向に気にはしない。料理さえ出てくればいいのだ。
 食べ終わり、箸を置く泰造。ふとみると、恭も箸は置いてあるのだが皿の上にはまだ少し料理が残っている。
「これ要らないならくれ」
 返事も待たずに皿に手を伸ばす泰造。
「えっ、別にいいけど」
 恭が何か言おうとしたころにはもう食べ始めている。さりげに沙希も横から箸を伸ばしたりする。二人とももう一品頼めばいいのに、と思う恭。
「なぁー次どこ行く?」
「あたしトイレ行きたい」
 泰造が話題を切り出したところに沙希が割り込んだ。確かに、次に行きたいところを提案はしているが。
「勝手に行ってこい、そんなの」
「はーい」
 本当にトイレに行ってしまう沙希。泰造はなんとなく出足をくじかれた気分になる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「んあ?」
 恭が突然真剣な顔をして泰造に向き直った。
「泰造さんは本当のところ沙希ちゃんのことどう思ってるの?」
 恭は思い切って泰造に聞いてみることにしたのだ。というのも、泰造が沙希に対してとる態度が冷たすぎるような気がしたからだ。ましてや気のある相手の前で他の女性が箸をつけたものを食べるなどという、デリカシーの無さ過ぎる行動をとるものでも無い。
「どうって?」
「好きなのかってことよ」
 泰造の頭の造りとしては遠回しに聞くと曲解しかねないのであえて言葉を選ばずにストレートに聞いてみた。
「女としてか?うーん、あんまり考えたこと無かったなぁ」
 泰造が照れ隠しでいっているわけではないのは雰囲気で分かった。きっぱりと言われて青ざめる恭。
「で、でも随分と仲いいように見えたけど」
「あいつは元々芸人だったってのがあるからかも知れねーけどさ、初めて会ったときから顔見知りみてーに気安く話してくるし、こっちも遠慮する性格じゃねーしな。お陰で会ったときから友達みてーな付き合いしてたよな。それに性格が自分でも驚くほど似てるんだよな。そのせいか、最近じゃなんとなくさ、妹みたいに思えて来てるんだよ」
「妹……」
 今まで沙希に対して泰造が見せていた面倒見の良さは妹の面倒を見る兄のようなものだった訳だ。
 妹のように思う、というのは確かに愛情の持ち方かもしれない。それだけ深い思い入れを抱いているということなのだから。しかし、普通妹という物は恋愛対象から真っ先に外されるものだ。もちろん、兄妹のような関係から恋愛に発展することも珍しくは無いが、友達からに比べると時間も要るしなかなかそっちには進みにくい。
 つまり、泰造は恭の思っていたような恋愛感情を沙希に対して抱いてはいなかったのだ。にも拘わらず沙希を思いっきり焚き付けてしまった。ただでさえあんなことを言えば誰だってその相手が気になるものだ。そのうえ恭の放つ言葉には力がある。元々言霊は人の心などに強く作用するものだ。普通の人でも人の心に言霊を作用させることならある程度はできる。自然現象にまで影響を与える強力な言霊を操る恭の言葉は効果てきめんだったということは、沙希の態度の変わりようを見れば分かる。
 そもそも、あの時二人の仲が進展することを、そういう話が好きなものとして心で応援していた。つまり、言霊に心が籠もってより強くなっちゃったわけだ。
 もはや後戻りはできない。沙希にあれは勘違いだった、ときっぱりと言うか、あるいは泰造にも沙希に興味を持つように言霊を使って仕向けるか。
 勘違いだった、と言ったところで一度好意を持ってしまったものはどうすることもできない。ましてや思いを込めて放った言葉に籠もった言霊だ。同じくらい心を込めて言わないと効果が出ないことは目に見えている。そこまで心を込めて言ってしまえば、二人の信頼関係まで壊しかねない。沙希の心にも大きな傷が残るだけだ。あまりにも危険すぎるうえに何のメリットも無い。
 となればすることは一つ。泰造に沙希に対して好意を抱かせる。これしかない。これなら誰も傷つかない。特に自分が。
「ねぇ、泰造さん」
「ん?」
 次に何を言うべきか思索を巡らす恭。
「おまたせーっ」
「おう」
 そこにタイミング悪く沙希がトイレから出て来てしまう。
「で、なんだ恭」
「い、いや、なんでもない」
「??」
 怪訝な顔をする泰造だったが。
「まぁいいか。よし、じゃ腹ごなしにまたその辺をぶらぶら……」
 そこまで言いかけてふと泰造は考える。
「……やっぱ俺もトイレ行っとくか」
「えーっ、レディーの入った後のトイレに入るなんて最低っ、変態っっ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴る沙希。
「何が変態だっ!行きたいときにトイレに行ってどこが悪い!」
 本能のままに生きている泰造。結局トイレに入ってしまう。
 沙希はぶちぶちと文句を言っている。二人がお互いどんな感情で相手を見ているのか分かっている恭は笑っている場合ではないことは分かっていても苦笑いするしか無い。
 そのころ泰造は恭の態度が気になり始めていた。
 いきなり沙希のことをどう思うか、などと聞いてくる。何かを言いかけたが沙希がくるとやめてしまう。
「……惚れたか?」
 女心は泰造が思っているよりずっと複雑だ。そして、恭は事態がそれよりも複雑になりかかっていることなど知る由もないのだった。

 もう特に見たいものは無い。古建築の数々はもうあらかた見て回っているし、金があまり無いので買い物もできない。そもそも路地裏にでも行かない限り観光地であるこの町の店はどれも他所より値段が高い。
 結局、観光と言ってもその後はどこに行くでも無くぶらぶらするだけの散歩のようなものになった。
 宿に戻ると涼が先に帰って来ていた。
「割りと早かったじゃん。で、どうだったの、観光の方は」
「まぁ、見飽きたものをまた見てもしょうがないって感じね。あの一番高い建物に登ったくらいかな。」そっちはどうだったの?
「結構いい稼ぎになった。ほれ」
 もらったばかりの現金を見せびらかす涼。泰造と沙希の顔色が変わった。
「すげぇ。俺なんざ命張ってその半分だったんだぞ!?時間が長かったってのもあるんだろうけど、割のいいバイトだよなぁ」
「まぁ、風伝人ってのは元々俺の部族だけだし、一族がまとまって旅をしていて、おまけにこっちの方にはあまり来ないから、研究者たちも噂でしか知らないっていってた。それだけレアだから価値があるって言うか?」
「そんじゃなんでおめーらはここにいるんだ?はぐれたとか?」
 不思議そうに口を挟んでくる泰造。
「ん?まぁ、逃げ出した……ってゆーか追い出された感じ?みたいな」
「そうなのか?なんか悪いこときいちまったか、俺」
「いいや、一族から離れるのを決めたのは俺らだし、お陰で伸び伸びしてるからもうあそこにゃ未練は無いよ」
「なんかやらかしたんか?まさか賞金懸かってねーよなぁ?」
「それは無いと思う。わざわざ賞金懸けて探さなくても噂を頼りに探せばすぐに追いつくだけの力は持っているはずだから。追いかけても来ないところを見ると見放されたみたいだけど」
「辛くないの?」
 心配するように沙希が訊くが。
「むしろ気楽でいいよ。掟だの何だのに縛られずに済むからさ。人って自由であるべきだと思うんよ」
 涼はあっけらかんと答えた。
「まぁな。俺みたいな流れ者は不自由なんざ感じたこともねーけど、他の連中は大変そうだよな。俺たちが飯の食い上げにならねーのもそういう連中がぶっきれてなんかやらかすからだろ。三十九号も元からああいう奴じゃ無かっただろうしな。俺達みたいに何にも悩みが無い奴ら位だろ、のほほんと生きてられんのは」
「その俺達って、もしかしてあたしも入ってたりする?」
 おずおずと沙希が口を挟んできた。
「入ってるよ、当然だろ」
「あたし、悩みはいろいろあるんだけど。何にも悩んで無いのは泰造だけ」
 不服そうな顔をする沙希。
「そうは思えねーけどなぁ。悩みがあるなら相談に乗らないでもねーぞ」
「人に言えないことだからなやんでるんじゃないの。泰造って本当に能天気ね。悩みが無くて当たり前よ」
「まぁな。うだうだ考え込むほど頭の構造複雑じゃねーんだ」
 自分で言ってのける泰造。
「確かにこのコトゥフにくるタイプの人間じゃ無いかもね、ふたりとも」
 笑いながら恭が言った。
「あたしも!?」
「まぁ、知識だの文化なんてもんは俺たちにゃ関係ねーし。そんなもの求めるほど暇じゃねー。俺たちには寝床と飯さえありゃいいんだ」
「いや、あたしは違う……」
「どうせ俺たちにはそんなものに使う頭持ってねーんだ。ややこしいこと考えても腹が減るだけだ。なのにこの町と来たら儲け話の一つも落ちてねーし。恭と涼は良かったかも知れねーけど俺たちには退屈な町だったな。そもそも平和すぎんぜ」
 まとめに入る泰造だが沙希は不服そうだ。
「それじゃ、次は一番殺伐としたところに行ってみる?」
 恭の言葉に涼が付け加える。
「ヒューゴーか。世界最大の工業都市だな。空気も悪けりゃ治安も悪い、犯罪発生率ナンバーワンの都市だ」
「そんな街があんのかよ。えらく稼げそうだな」
「でも、なんかちょっと怖いなぁ……」
「あくまで治安が悪いだけで、あとは普通に人が暮らして行ける都市だからそんなに危険でもないよ。ま、一人で歩き回らなければ、だけどさ」
「でも、そんなところに行ってもおまえらはすることあるのか?」
「用は無いけど、行ったら行ったで見てみたいものはいくらでもあるだろし、たまにはそういうスリリングなのもいいんじゃない?」
「スリルなら三十九号がらみで死ぬほど味わっただろ」
「あれはスリルを通り越してたよ……。今生きてるのが不思議なくらいだ。もうごめんだね。俺を見くびって偉そうにしている口先だけのごろつきをからかってやるのが一番楽しいよ」
「ま、とにかく明日は早々に出発だな。早めに着けば夜までに一人位は捕まえられっかもしれねーし」
 しかし、その夜はコトゥフでの最後の夜ということもあってかここ数日間を振り返る話に花が咲き、そのまま夜は更けていった。


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