賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第弐捨伍話 考える人々

 人間は考える。
 目的や思想はさまざまだが、とにかく考えるのだ。

 半日も歩き回ったが、賞金首は見つからない。手配犯の張り紙さえでていない有様だ。それもそのはず、このコトゥフに張られた結界は外部から悪意を持ったものの侵入を防ぐ。この町に危害を与えようとしている者はもちろん、この町で身を隠そうとしている犯罪者も寄せつけないのだ。
「参ったなぁ。賞金首がいないんじゃ稼げねぇぞ」
 泰造は平和過ぎる町で途方に暮れていた。
 コトゥフのダウンタウン。ダウンタウンと言えば治安が悪いのが常なのだが、この町はダウンタウンでさえ健全だ。平和そのもので、犯罪の匂いがこれっぽっちも無い。
 つまり、泰造はこの町にいるだけ無駄なのだ。しかしチケットはあと二、三日残っている。なんとなくもったいないのでこの町を発とうにも発つことができない。
「なぁ、涼。何かいい儲け話ねーか?」
 泰造は涼にまですがってみたりする。
「あるよ」
「まじか!?教えてくれっ」
 寝転がっていた泰造が体を起こした。
「研究所の学者が、風伝人は珍しいから研究させてくれってさ。なんせ風の噂集めは俺達の一族しか使えない能力だからさ。結構いい報酬が出るんよ」
「それって俺に関係ねーじゃねーか。なー、何か俺でも稼げるような話ねーのかよ。二、三日で金になるようなの」
 また寝転がる泰造。
「ちょっと探してみる?」
 涼はそう言うと風の噂を集め出した。天下のコトゥフの研究者たちでさえ珍しがる稀な能力が、よもやバイト探しに使われていようとは思うまい。
「この町じゃあんまり金儲けはできないみたいだ。むしろウーファカッソォならいくらでもあるみたいだけど。ダウンタウンに斡旋所があるからそこで探せば何か見つかるかなぁ」
「斡旋所って事は本格的にバイトかよ。かったりーなぁ。力仕事ならまだいいけどよ」
 言いながら泰造はだるそうに立ち上がる。一応行く気ではある。
「じゃ、ちょっくら行ってくるか……」
 ふらっと出かけていく泰造。
 外は日も暮れかかっている。こんな時間に行っても開いているかどうかわからない。今行っても無駄なのではないか。そう思った涼だが、面倒なので放っておくことにした。

 案の定、昨夜行った時は斡旋所はすでに閉まっていたので、朝再び赴くことにした。
 頭を使う仕事はできないし、地味な仕事だと短気な泰造ではすぐに嫌気が差す。土方のような重労働で単純な仕事が良い。
「うーん、この辺で力仕事はなかなか無いですねぇ。ダウンタウンの造成は本職の人がいますし。後は古建築の補修工事くらいですが、ここ二、三十年そう言った工事を行うような予定は入っておらんのです」
「二、三十年って……。またえらく気の長い話だなぁ。そんな先の話まで分かるのかよ」
「ええ、つい数年前、首都移転の好況に乗ってこの辺の補修工事をあらかた済ませてしまったのですよ」
 泰造もそのとばっちりを今さら受けるとは思ってもいなかった。
「あのさ、こっちは二、三日こっちにいる間に小銭稼ぎできないかと思ってるんだけどさ」
「つまり、日雇いですか。この町ではそう言うの難しいんですよねぇ。元々宗教と学問で栄える町なのでその方面の仕事ならだいぶあるんですが。研究助手とか……」
「頭使うのは無理だ。なんとかならねーかな。この町にゃ賞金首もいねーし」
「おや。もしや賞金稼ぎの方ですか。この町では珍しいですね」
 珍しい、ということは、ほかの賞金稼ぎはあまりこの町を訪れないと言うことだ。この町には目もくれていないのだろう。
「賞金稼ぎ……ということは多少危険な仕事でも大丈夫ですね」
「まーな……って、やばい仕事はやらねーぞ」
 一瞬、係員の目の奥に怪しい光を見た泰造はなんとなく警戒しはじめる。
「いえ、決して命懸けではないので。どうですか」
 なんとなく言い方が命懸けの仕事のような感じである。
「怪しいなぁ」
「うちは公営ですので怪しい仕事はありません。依頼主も信用と実績のある所ですし。安心ですよ」
「うーん。まぁ、とりあえず聞いてみないことにはなぁ。どんなんだ?」
「そうですね。一言で言えば研究助手、ですか。もしかしたら歴史に名前が刻まれるかもしれない、そんな仕事です」
「……俺は仕事の内容を聞いてるんだ。能書きはいらねーぞ」
「命知らずの荒くれものにしかできない男の仕事です。もう、あなたにぴったり」
 係員はだんだん安っぽいセールスのような口調になってきている。
「だから具体的にどんな仕事かを聞きたいんだよ、俺は」
 なかなか仕事の内容を言いたがらない係員にいらだち始める泰造。こめかみの青筋を見てさすがに恐くなったのか、係員も白状した。
「つまり、新たに開発された乗り物のテストパイロットになってくれ、と言うことなのですよ。世界初の空を飛ぶ乗り物です。この実験に成功すればあなたは時の人、歴史にもその名が」
「金さえもらえりゃいいんだよ。名声なんざ腹の足しにならねーからな。で、報酬はどうなってんだ?」
 泰造は即物的で夢がない。
「実験の成否にかかわらず二千ルク即時現金清算。結果次第でボーナスあり。一日でこれだけ稼げる仕事はそう無いですよ」
「単発なんだろ?んー、まぁまぁだなぁ……。まぁ、当面の旅費さえ工面できりゃいいんだからそんなもんでいいか」
「おお、さすがは賞金稼ぎ。勇気ある決断です。いやぁ、この仕事は依頼があってからだいぶ長いこと志願者がいなくて本当に困ってたんですよ。では、詳しい話は依頼主に聞いてください。依頼主は思蒙業区の考創社本部です」
「どこだ、そりゃ」
 言われても全くぴんと来ない泰造。当然ではある。
「何ならお送りしますよ」
「そりゃ助かるなぁ」
「いえいえ。志願者が出てくれてこちらもありがたい話でして。考創社さんとは長い付き合いなのでこちらも断りにくいので安請け合いしてしまったのですがどうなることかと」
「いいから黙って送ってくれ。なんか話を聞いているとだんだん不安になる」
 泰造も安請け合いしたが不安になってきた。

 その建物はコトゥフの中では一際新しいものだった。デザインも近代的で、古建築の中で異彩を放っている。出入りしている人も学者のほか、商人や技術者などこの辺りではあまり多くないタイプの人種だ。
「どうもー。例のテスト飛行のパイロット、見つかりましたよ」
「本当ですか!?いやー、待ちくたびれましたよ。実際駄目もとで依頼出しましたからねー。いいかげん、研究員かバイトの誰かにやらせようかと思っていたところで。そう考えていたらバイトがそれを感じ取ったらしくみんなやめちゃいまして。研究員を失うわけにも行きませんし、プロジェクトも行き詰まったか、と思っていたところなんですよ」
 話を聞いていると、何やらとんでもないことをさせられそうな気になってくる。
「で、こちらがその志願者です」
 紹介され、差し出された研究員の手を力強く握り返す泰造。しかし表情はちょっと堅い。今までの言いっぷりだと何をやらされるか知れたものではないのだ。
「よろしく……。ところでさっきから聞いてると、この仕事は随分と嫌がられているみたいだな。本当に大丈夫なのか?俺は死にたかねーぞ」
「大丈夫です。今までにこのプロジェクトから死人は出ていません。ましてあなたのような鍛えられた方なら何かあっても大事には至らないでしょう。我々も安心して任せることができるというものです」
「なーんか、不安なんだよなぁ。まぁいいか。で、何をすりゃいいんだ?」
「我々が開発に当たっている飛行船『銀蛉号』のテストパイロットになってもらいます。パイロットと言っても、まだ浮揚するための機関があるだけなので、操作はほとんど必要ありません。と言うか、操作はまだできません」
「要するに、乗ってりゃ飛び上がるってことか」
「その通りです」
「で、どこにあるんだ?その飛行船ってのは」
「町外れのドックに。町の外でないと広い場所が取れませんし、町中で実験して事故に巻き込まれて、万が一死人が出たら大事ですから」
「死人が出る……って、本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫です、あなたなら」
 満面の笑みで答える研究員に、さらに不安になる泰造だった。

 またしても空遊機に乗せられ、今度は町外れに連れて行かれた。そこには掘っ建て小屋としか言えない建物があった。とても時代の最先端の研究成果が収められた施設には見えない。
「おーい」
 聞き慣れた声がしたので振り返ると、涼と沙希がこちらに向かって来ていた。
「何だおまえら。何でこんなところにいるんだ?」
 思わず涼に聞く泰造。
「いやさ、なんだかこれから面白いことに巻き込まれるみたいだから、沙希ちゃん連れて様子見に来たんよ」
 どこで聞きつけたのか情報の早い涼。こんなところにも神秘の力を使っているのだろうか。
「何なの、このぼろ小屋。もしかしてバイトってこれの解体なの?」
「違うって。なんだか結構命懸けのバイトみたいだけど」
「決して命懸けではありません」
 係員が口をはさんでくる。
「あーはいはい。で、その飛行船はこの中か?」
「そうです。今準備しますのでちょっとお待ちください」
 クルー数人がかりでその『銀蛉号』を運び出す。名前のとおり銀色に輝く小さな船だ。
「こんなのが飛ぶとは思えないけどなぁ」
 正直に思ったままの感想を述べる涼。
「いえ、これからパーツを取り付ければこれが飛ぶというのが一目で分かるようになりますよ」
 次にぼろ小屋から運び出されて来たのは四枚の羽だった。銀色の骨組みに透き通った膜が張られた、名前のとおり蜻蛉を思わせる羽だ。
「なるほど、これで飛ぶんだな」
 感心して見ている泰造たちの前で、羽が次々と取り付けられていく。組み立てが終わり、試運転に入った。取り付けられた羽がパタパタと羽ばたき、周囲の草がなびいた。
「今日は風もないし、絶好のテストフライト日和です。では、準備は整いましたので搭乗してください」
 促されるままに乗り込む泰造。操縦席にはレバーが二本あるだけだ。
「この右のレバーを引くと羽ばたき始めます。ちょっと力が要りますがあなたならどうって事ないでしょう。左のレバーが羽ばたく強さです。いきなり強くすると機械が止まったりバランスを崩したりするので気をつけてください。もしも飛び上がることができたらこのレバーをまた戻して着陸します。これもあまり早く戻すと地面に叩きつけられるので気をつけて」
「まぁ、要するにゆっくりやりゃいいんだな」
「泰造って短気だから我慢できなくなってぐいっとかやりそう」
 沙希が茶々を入れてくる。
「俺だってそこまで単細胞じゃねーよ」
 一通り説明を受け、いよいよフライトと相成った。
 右のレバーをぐいっと引くと、スイッチが入り羽がゆっくりと動き出す。まだ飛びそうな気配はない。これで飛ばなかったらただの大きな扇風機だ。
「なぁ、本当に大丈夫なんだろうな。死人は出てないって聞いてるけど」
 この期に及んでまたちょっと不安になった泰造。
「ええ、まだ死人が出るような段階まで行ってませんでしたから。人が乗ったのはこれが初めてですので」
「んじゃ、俺が死人第一号になるって事も考えられられるってことか!?」
「あははははー、そうですねー」
 気楽に答える研究員。
「笑い事じゃねーっての。洒落になんねー」
 しかし、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。それに、この研究員たちの気楽さは自信の表われだろうと思われる。そう思ってやるしかない。そうでも思わないとやってられないではないか。
 少しずつ左のレバーを手前に引いていく。そのたびに羽の羽ばたきが速く力強くなっていく。
 レバーを八割方引いたところで船体がグラグラと揺れ出す。もう地面を離れようとしているのだ。そして、レバーをさらに手前に引くと船体がゆっくりと浮かび上がった。辺りからおおっと言うどよめきが起きた。
「よし、実験成功だろ。もういいよな!?」
 泰造はこの飛行船を早く降りたい。
「いやいや、レバーを最後まで引っ張ってください。予想では人の頭より高く浮かび上がるはずです」
「やんのかよ……」
 しぶしぶレバーを引く泰造。人の頭くらいの高さから落ちたところで死にはしない。そう割り切って続ける。すると、船体が揺れていきなり船が前進し始めた。
「おいおいおいっ、浮かぶだけじゃねーのかよっ」
 半分パニックになってる泰造。
「動きを制御するものは何もついてないので一定の場所に留まるのはむしろ難しいのではないかと。重心がずれるとその方向に進むと思われます」
「早く言えっ」
 後ろに重心を移動すると、前進は止まった。が、今度は後退をし始める。
 船は空中で迷走をし始めた。泰造はバランスを取るのに四苦八苦だ。しばらくしてようやく安定させることができるようになった。そのころには泰造は腹筋を使いまくってすっかりへろへろになっていた。
「お疲れさまです。お陰でいいデータが取れました。もう降ろしていいですよ」
「はぁ、助かるぅ」
 一気に緊張の糸が切れた泰造は、そのままレバーを一気に戻してしまった。
「ああっ!」
 研究員が声を上げたことで泰造は我に返った。そういえば、レバーは引いたときと同じようにゆっくりと戻せと言われていた。
 羽ばたきが急に止まり、船体が揚力を失い落下を始める。一瞬泰造は浮揚感に包まれた。間もなく走る衝撃。
「いてててててて……」
 操縦席に体を固定されていたので何の抵抗もできなかった。泰造は堅いシートに尻を激しく打ち付けた。
「大丈夫かっ」
 研究員が駆け寄って来た。
「羽に損傷はありません!」
「駆動部分も異状なしです。ボディに多少の損壊がありますが特に問題になることはないと思われますっ」
 機体の無事を確認し一様に安堵する研究員。
「ちっとは俺の心配もしろよ」
 操縦席からどうにか這い出した泰造を気遣う者はいなかった。
「ねー、あたしも乗りたーい。いいでしょ?」
 珍しい物好きの沙希が研究員にねだる。
「安全は確認したでしょ?ほら、今落ちたので調子悪くなってないか確認しなきゃならないしぃ。乗せて。いいよね」
「うーん。まぁいいか。その代わり、動きが怪しかったらすぐに降りてくださいよ」
「はーい」
 もう乗り込んでる沙希。
「俺がこんな目に遭ったのによく乗る気になるなぁ」
 泰造は呆れている。
「だって、泰造が乗ってるの見てる分にはそれほど危なそうでもないし。泰造みたいなへましなきゃ平気平気!」
「へまして悪かったなぁ。でもな、結構バランス取るの疲れるぞ」
「平気平気ーっ」
 見よう見まねで操縦すると機体は再び宙に浮かび上がる。
「きゃーっ、飛んでる飛んでるーっ。すごーい、わーい」
 ものすごくはしゃいでいる沙希。はしゃいでキョロキョロするたび、機体がグラグラするので見ている方は気が気ではない。
「うわ、勝手に動いてるよぅ。とまんないっ」
 機体は少しずつだが前に進んでいる。沙希は体を倒して止めようとするが体の軽い沙希ではちょっと力を入れたくらいでは重心があまり動かないのだ。
「もっと椅子に深く座れよ。前過ぎんだよ」
「う、うん」
 泰造に言われて沙希は座り直した。また機体が大きく揺れ、失墜しそうになる。研究員は冷や汗だ。しかし、座り直したのがよかったらしく、機体は安定した。
「今度は大丈夫そう。ぜんしーん」
 動かし方にも慣れて来たのか、遊び始める沙希。
「おい、そろそろ降りて来いよ」
「やだーっ、もっと乗るーっ」
「ガキか、お前は」
「ガキだもん。よーっし、このまま町まで行っちゃうぞー。注目の的だぁ」
 何だかんだ言って目立ちたい沙希。
「おい、いいのか?」
「人にぶつけたら大変ですよ。羽が折れるぅ」
 おろおろしはじめる研究員だが、心配する方向性に問題ありだ。
「ぶつけられた人はいいのかよ……」
「どうせ死にはしません」
「おまえらなぁ……って、沙希の奴、マジで行く気だぞありゃ。止めた方がいいよな」
追いかけ始める泰造。その眼前で飛行船の羽が急に止まり失速する。
「……落ちたぞ」
「あああっ!?また墜落っ」
「大丈夫かっ!?」
 気が気ではない様子で駆け寄る研究員。
「羽に異常はありません!」
「落下の原因は燃料ぎれですっ!」
「切れるんなら切れるって言ってーっ」
 尻を強かに打ちつけて身動きが取れなくなった沙希が研究員に怒鳴るが、研究員たちはどこ吹く風だ。
「燃料が減ったら分かるようにしないとまた落ちますね」
「落ちた場所が草むらでよかった。機体には損傷も無さそうだ」
「あたしの心配もして……」
 沙希にも先程の泰造の気持ちがよく分かった。

「これが約束の報酬です。多少ボーナスもついてます」
 報酬を受け取った泰造は今すぐにでも中を確認したくて仕方ないのだが、沙希の目が恥ずかしい真似をするな、と言っているのでここはぐっと堪える。それにしても、操作ミスで船がへっこんだので多少引かれるかと思っていただけに、ボーナスまで出たのは意外だった。当然うれしい。
 考創社の建物を出たところで袋の中を確認する。二千八百ルク。どういう理由でかは分からないが八百ルクもボーナスが出ている。
「すげぇ、八百ルクもボーナスがついてんぞ」
「じゃ、それがあたしの分ね」
「なんでだよ」
「だって、あたしも乗ったじゃない」
「お前は遊んでただけだろうが。あっ、もしかしてこれを当て込んで乗ったのか!?」
「まさかぁ。あたしはただ純粋に乗りたかっただけだよぅ」
「それじゃ、おまえにゃ金をもらう権利ねーぞ」
「えーっ。なんでさーっ」
「なんでじゃねーっての。だいたいこの金はここにいる間の宿代と食費なんだ。俺とお前じゃギリギリだろ」
「ギリギリって、そんなにかかんないでしょ?」
「おまえが言うな。俺の倍も食費かかってんだから」
「ええっ。ひどーい。そんなに食べてないよぅ」
「確かに量は俺より若干少なめだけどな、一品一品の値段が高いっ。あのなぁ、高い料理はカロリーも高いんだし、肥えるぞ」
「ああっ。それは女の子には禁句なのにっ」
「文句あるなら野菜食え、野菜を」
「ふえぇぇ」
「何なら今度から沙希の分も俺が注文するか?」
「泰造の頼むのって何を使ってるのか分からない、油と調味料で味をごまかしたような料理じゃないの。却って美容に悪いよぅ」
「何を使ってるのかって……。メニュー見りゃわかんだろ?もしかしてお前料理の知識ゼロか?」
 痛いところをつかれ怯む沙希。
「だ、だって今まで一人で生きてきたんだから料理なんて教わる相手いなかったし、それにっ」
「いいけどさ。そんなんじゃ嫁の貰い手ないぞ」
 実質とどめだった。がっくりとうなだれる沙希。
「うええぇぇぇ。いいもん、強くなって一人で生きるもんっ」
「一人で生きるんならやっぱり料理くらいできないと……」
 駄目押しまでされて大いにへこむ沙希だった。

「ちょっと聞いてよー。泰造ったらひどいんだよぅ」
 沙希は恭に愚痴っていた。昼間泰造に言われたことを話しているうちに、だんだんヒステリックになってくる。
「そこまで言うことないと思わない?そりゃ確かに前より腕太くはなったけど、ほとんど筋肉だし。二の腕だってそんなに、あくまでそんなにだけどぷよぷよしてないし。料理だってまだまだこれからでしょ?まだこうやって旅を続けている間は凝った料理なんか作れる環境もないわけだし。あたし、まだ十五だよ?結婚なんてまだまだ先の話じゃない。そりゃ、今から料理できるに越したことはないけどさ、もう少し落ち着いてからでも十分間に合うと思うのよね」
 一気にまくし立てたので言い終わったときには息が切れていた。あまりの剣幕に恭も苦笑いだ。
「まぁ、確かにそうだけど。泰造さんも沙希ちゃんのことを思って言ってくれてるんだから。沙希ちゃんももう少し素直にならないとだめだよ」
「それは分かってるけどぉ」
「沙希ちゃん、泰造さんのこと嫌いなの?」
「えっ。そんなことはないけど」
「だよね。野暮なこと聞いちゃったかな。でもそれだったらちゃんと応えなきゃ。せっかく泰造さんが好意持ってくれてるんだから」
「え?好意?」
「やだぁ、気づいてないの?まぁ、沙希ちゃんってこういうの鈍そうだもんねー」
「えっ、えっ?何のこと?」
「その泰造さんが言ってる『嫁の貰い手』って他でもない泰造さんのことよ」
「えーっ!?何で?どうしてそうなるの!?」
「素直になれない男の人の常套句よ、これ。それに、その前の話だって、カロリーとかに気をつけろって言うのは沙希ちゃんに健康できれいでいてほしいからじゃない。料理の話だって二人で生活するのに料理くらいできないんじゃ、ってことよね。泰造さんって食べるの好きだし」
「ふぇっ?そうなの?」
「絶対そうよ。でなきゃいっしょに旅なんかしないよ。泰造さん、強いから一人で旅した方がいいに決まってるじゃない。お金もかからないし。それなのに沙希ちゃんを連れて行くのは沙希ちゃんのこと守ってあげたい、そばにいてあげたいって思ってるからだよ」
 恭の言葉を聞いているうちに沙希の顔がどんどん赤くなって行く。
「好きな人にはもっと自分好みになってほしいって言う、男の人のわがままよ。女だって同じだけど」
「で、でもっ。泰造ってあたしのこと女だと思ってないんじゃ……。同じ部屋で平気で寝てられるんだよ?」
「それは沙希ちゃんだってそうじゃない」
「あ、あたしは泰造がそういう感じだから、平気かなーって思って。大体、あたしと泰造が同じ部屋で寝てるのは宿代の節約のためで……」
「でも、それだったら今はどうなるの。どう考えても男二人女二人に分ける方が自然じゃない。あえて沙希ちゃんと相部屋を選んだのは、やっぱりそれなりの理由があるんだよ」
「そ、そうなのかな……」
 だんだんそんな気になってくる沙希。
「そうだよ。よく今までのことを思い出してみたら?思い当たる節があるんじゃない?まぁ、そういうつもりで見てないと気付きにくいものだけど」
 実際そういう視点で見ていると、深い意味のない言動もそういう解釈ができてしまうものだ。沙希も最近の泰造とのやり取りを思い出しているうちにいくつか思い当たってしまったりする。
「でも、泰造そんなそぶり見せてなかったんだけどなぁ。そんな気ないと思ってたからいろいろ悪いこと言っちゃったかも」
「男の人って結構シャイな人が多いものなの。だから思っていることとか素直に言えないの。本当の胸の内を沙希ちゃんに言えるようになるまで時間がかかると思うよ」
「そんなものかなぁ。泰造って何にも考えて無さそうだけど」
「そういう人ほど女性には奥手なのよ。そういう人を今までにたくさん見て来てるから間違いないよ」
「でも、そんなこと言われても……あたしどうしたら……」
 沙希は心底とまどっている。
「そっか、まだ自分が泰造さんのこと好きかどうかわかんないんだね。でも、嫌いじゃないなら好きになればいいんだよ。きっとなれるよ」
「……あたし、いままで上下関係の厳しい芸人一座と、後は一人旅だったから人のこと好きになったこと、ないの。そんなあたしでも大丈夫かなぁ」
「大丈夫だよ。誰だって恋を知らずに生まれてきて、初めての恋に戸惑ったりしながら大人になって行くんだから」
 分かるような分からないような励まされ方だが、それでも沙希は十分励まされた。
「うん、あたし、頑張ってみる。本当に泰造のこと好きになれるかどうか分からないけど」
「そうよ。旅なんかしてると、出会いは多いけど分かり合えるほど親しくなれる人なんて滅多にいないんだから。このチャンス、できればものにするのよ」
 恋愛感情は人に押し付けられて持つものではないのだが、話の勢いに流されて泰造との恋に目覚めてみる決心をした沙希だった。

 部屋に戻ると、泰造は部屋でゴロゴロしている。いつもならそろそろ寝こけていてもおかしくはないが、このところ体をあまり動かさないせいか夜の寝付きが悪いのだ。今日は昼間少しバイトして肉体的にも精神的にも疲れてはいるのだが、賞金首相手にしているときに比べれば疲労などないに等しい。
「恭とくっちゃべってたのか?おまえらもよく飽きないよなー」
「余計なお世話よっ」
 いつもと大して変わらないやり取り。だが、沙希は心の隅で「気にかけてくれてたんだ」などと思ってしまう。
 泰造同様さほど疲れてもいないので眠れるかどうかは分からないが、ひとまず沙希も布団に入ることにした。
 が、布団に入ろうとしてふと、その布団の距離が気になってしまう。なんとなく近すぎて気恥ずかしくなってしまうのだ。今まではどうせ男扱いなんだし、という投げたような安心感があったのだが今は花も恥じらう乙女モードになっているので、泰造との距離がどうしても気になってしまうのだ。
 かといって、布団を引っ張って離すわけにもいかない。いつも平気だったのに、急にそんなことをするようになったら自分が泰造のことを嫌いになったのではないかと思われてしまうかもしれない。
 やむなく、沙希は布団はずらさずに極力布団の端に寝ようと努力するのだった。
 泰造もまだ寝付いていないようだ。寝付いていればいびきが聞こえてくる。そう思うと沙希はますます眠れない。
「沙希」
 不意に泰造に呼ばれ、沙希は緊張した。
「なに?」
「眠れないのか」
「うん」
「俺も全然眠くねぇ」
 これから何が起こるのか沙希の頭にいろいろなことは巡った。泰造が起き上がったことでドキドキはピークに達する。泰造は何も考えていないから恋などというややこしい感情は持たずにケダモノと化して襲いかかってくるかもしれない、などと考えてしまう。
「なぁ、一回り散歩でもしてくるか。そうすりゃ眠くなるかも知れねーし。いかねーなら俺一人でも行ってくるけどさ」
 思いっきり見当違いであった。まぁ当然だろう。
「ん……行く」
 少し考えて沙希も起き上がった。

 こうして二人で夜中に町を歩き回ることは、機会は少ないものの決して珍しいことではない。大体は賞金首を探したりと言った目的なので、こういった目的もなくぶらっと、と言うのは久々だ。
 この辺りの町は夜も騒がしい。カームトホークの日没とともに静寂が訪れる町々とは違う。
 ここコトゥフはそれでも静かな方と言えるだろう。基本的に酒を飲めるところが無いようなので、酔っ払いも見かけない。他の町が夜は退廃的な賑わいになるのに対し、この町は昼間の賑わいがそのまま夜に引き継がれている感じだ。皆昼間のように歩き回り、町角に屯する若者やごろつきの姿が見当たらない。
 店も昼間のように開いている。閉っている店もあるが、夜になって開く店もある。
 まさに眠らない町だった。太陽とともに目覚め、眠る生活しか知らなかった沙希にとってこれはカルチャーショックだった。
「さすが、こっちだと夜でも店が開いてんなー。なぁ、何か食ってくか?」
「ええっ。でも寝る前に食べると太っちゃう」
「何だ、そんなの気にした事もねーくせに」
「でもぉ」
 さっきあんな話をした後なので、プロポーションのことなど気にかけてしまう。
「最近あんまり歩き回らないからおなかそんなに減らないよ」
 と言うことにしておく。
「まぁ、それもそうか」
 泰造も何の疑問も抱かず納得した。
 ふと、会話が途切れた。沙希は何だか急に意味もなく気まずくなる。何か言おうとするが、先に口を開いたのは泰造の方だった。
「なぁ沙希」
「な、なに!?」
 思わずどぎまぎする。
「この町、どう思う?」
「どうって……?」
 質問の意味を計り兼ね、いろいろと考えを巡らせ始める沙希。まさかこの町に一緒に棲もうなどと言い出すのではないだろうか。まだ心の整理もついていないのに。
「いや、そろそろここにも飽きて来たんじゃないかと思ってさ」
 思い過ごしだった。
「そ、そうでもないよ」
「俺は飽きて来たなぁ。まだチケットは明日を入れて二日残ってるけど。涼も実験台のバイトでいないしすることがねーや。また昼間みたいなバイトやるのはごめんだし」
「実験台じゃなくて研究対象……似たようなものかも。とにかく、あたしはそうでもないよ」
「そうか?俺にはどうもここは平和すぎていけねーな。なぁ、明日どっか行かねー?」
 二人きりになりたいのかも。沙希はそう思い、ドキドキしながら小さくうなずいた。
「この近くにラーナっていう小さな町がある。日帰りでも行ける場所だ。そこに行ってみよう」
「うん」
「よし、そうとなりゃ今夜はとっとと寝て明日に備えるぞ」
 二人は宿に戻った。
 その夜、沙希が寝付けなかったのは横で寝ている泰造のいびきのせいだけではなかった。

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