賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第弐捨参話 そして今へ

 過去を忘れるために生きるのか。
 それとも過去にこだわり生きるのか。

 泰造は鳥の声で目を覚ました。
 目は覚めたが、まだ時間は早いようだ。窓から差し込んでくる光が弱い。もう一度寝ようと思ったが完全に目が覚めている。そんなに早く床に就いてはいないのだが、疲れがどっと出て泥のように眠ったらしい。その分かえって早く目が覚めたようだ。
 沙希はまだ横でぐっすりと眠っている。いつもは喋りまくる涼と恭の話を聞いている側なのだが、昨日は一緒になってだいぶ喋っていたのでその疲れもあるだろう。まだ起こすのはかわいそうだし、叩き起こしても起きないような気がする。
 泰造は、夕べの沙希の思い出話を思い出した。この沙希も、今でこそ明るく振る舞ってはいるが、随分と重い過去を背負わされたものだ。戦争で故郷と両親を失なった、と言うのは少し前に聞いたが、それからもいろいろなことがあったのだ。

 沙希は自分の本当の両親を覚えていない。それもそのはず、沙希の生まれた村が戦火にさらされたのは沙希がまだ言葉も話せない頃だ。
 だから、この話は沙希も伝え聞いてしか知らない。
 沙希は狩人の一族の子供として生まれた。その一族は、決まった村を持たずに猟場を探して旅を続ける遊猟民だった。だから、滅ぼされたのは村というよりキャンプというべきだろう。
 そんな一族のキャンプを、弓矢や食料などを目当てにターキアの兵が訪ねて来た。もちろんただではない。狩人たちには手に入りにくい穀物や野菜を提供するのが条件だった。一族の長はその申し出を受けた。
 それからもときおりターキアの兵が訪れた。だんだん近隣の情勢は怪しくなり、ターキアとワッティの間に紛争が勃発した。
 理由は些細な事で、もう戦っている人々も今となってはその理由さえ知らない人も多い。今起こっている争いは、報復に対する報復の繰り返しだ。
 そんな戦争で、真っ先に滅ぼされたのは小さな村の人々だった。食糧の確保のため、敵の食料源を押さえるため。町に比べて守りの薄い村は簡単に制圧されていく。狩人の一族のキャンプもターキアに武器を提供していたこともあってかワッティ軍に狙われ、一夜のうちに壊滅した。
 沙希の父親は一族でも指折りの弓の名人でワッティ軍との戦いで活躍したが、その戦いで命を落とした。母親は他の女達とともにワッティ軍に捕虜として連れ去られた。恐らくは慰み者にされ、今は生きてはいないだろう。
 キャンプで生き延びたのは早々と身を隠した子供たちや老人ばかりだった。彼らはキャンプを捨て近くの村に身を寄せた。それがナリットだった。
 ナリットの人達は彼らを新しい村人として迎えてくれた。ナリットは農業と狩猟で生業を立てている。だから狩人の一族の持つ狩猟の知識は彼らにも大きな恩恵をもたらしたのだ。
 子供たちも大きくなり、狩人としてやって行けるようになった。特に、名人の血を受け継いだ沙希の弓の腕前は目を見張るものだった。
 しかし、沙希も女の子だ。動物を殺すことには大きな抵抗を感じた。肉は食べるのだが、血を流す動物を見ると目を背けてしまう。そんな沙希は素質こそあったものの狩りには向かなかった。
 沙希は農業の手伝いを続けてきたが、弓の才能が生かされないことを多くの人が惜しんだ。
 そんなとき、村に旅芸人の一座が訪れた。きれいな声で歌う歌い手、おどけた道化師、怪力男。
 その中の曲芸師に沙希は興味を持った。自分の持つ弓の腕を平和的に生かす方法として。早速沙希は弟子入りを志願した。団長も沙希の腕前なら取り立てて練習をしなくてもそのまま舞台に立てると絶賛し、入団を許してくれた。
 その後一年ほど芸人として各地を回った。小さく経営も苦しい一座だったので、大きな街での興行は打てなかった。そのせいで儲けも薄く、また小さな村を巡るといった暮らしが続いていた。
 そんな状態だったので、だんだんと生活が苦しくなり、ついに一座は解散することになってしまった。なけなしの路銀でナリットまで送ってもらった沙希だが、狩人にはなりたくないという思いは変わらなかった。当てもなく、戦火を避けてギャミに来た沙希はアルバイトをしながら漠然と日々を過ごした。
 宿屋の給仕の仕事をしていたとき、賞金稼ぎという人種に初めて出会った。賞金稼ぎたちは沙希に旅の話をいろいろと聞かせてくれた。相手が若い娘だからか彼らは殊に饒舌になり、自分の冒険譚を自慢げに語ってみせた。
 驚くくらい大きく人で溢れ返る大都会、不思議な風習をもつ辺境の民、遠い地に棲む奇妙な生き物。全てが沙希には想像もつかない不思議な話ばかりだった。
 彼らの存在は、沙希を世界へと駆り立てた。子供のころ育って来た村、一座とともに巡った各地、そして今働いている街。しかし、それらは世界のほんの一部でしかない。
 沙希は旅立ちを決めた。働いて貯めた僅かばかりの路銀と、ずっと持ち歩いている手荷物だけをその手に。

 思い起こせば、泰造も身寄りのない少年時代を送っていた。物心ついた頃には両親の姿は無く、師匠と呼ばれる人物の下で暮らしてきた。思えば、泰造は師匠に関しては名前さえも知らない。武芸以外のことはほとんど何も教えてくれなかった。その師匠の元を離れたのが確か十歳の時だ。
 賞金稼ぎになったのはたまたまだった。戦いで飯が食える仕事なら本当は何でもよかった。そんな思いもあったので拳闘や用心棒の口も当たったことがあったが、子供を雇ってくれる訳がない。だから、一匹狼でやっていける賞金稼ぎに落ち着いた。
 最初はそんなにうまくは行かない。それは誰でも同じだ。大体、武芸ばかり教えられても字さえ読めない泰造は手配書もまともに読めない。後で数字や簡単な字だけを辛うじて憶えたくらいだ。しかし、全てを捨ててまで武芸一本で育てられた甲斐もあってか、歳不相応の活躍を見せることになる。
 泰造にはなまじ貧弱でこそこそ逃げ回っているような奴より、ちょっとは腕に自信のある奴らの方が捕まえやすかった。こちらは見るからに子供、甘く見て手加減までしてくる。そういう奴らがいい練習相手になり、体が出来上がってくる歳になると近隣では名の知れた賞金稼ぎになってきた。
 そうなると、当然敵も警戒してくる。挑んでくるものが減り、泰造の顔を見ると賞金首のほとんどが逃げ出すようになった。やりにくくなった泰造は自分の知られていない別天地を求めて旅を始める。道標も読めない泰造は、太陽の位置だけを頼りに道を決め、いつの間にか大陸の反対側にまで来ていたのだ。
 今までに捕らえた賞金首は数知れない。もっとも、ほとんどが小物だったような気がする。大物は当然のように身を隠していたりするので、探さないとならない。が、泰造は隠れている相手を地道に探せる性格ではない。必然的に狙う相手も街中で動き回っているセコい奴が多くなる。だからこちらのほうではあまり名が売れていない。せいぜいリューシャーあたりまで、しかもだいぶ昔のことなのでもう忘れられているだろう。
 今まで何年もかけて旅してきた道を、今はほんのひと月あまりで引き返してきている。豪磨ただ一人を追って。
 思えば、豪磨は泰造が今までに捕まえたどの賞金首よりも凶悪な奴だ。賞金額も日々つり上がっていく。
 泰造はこの戦いが人生の何かを変える、そんな予感を持ち始めていた。

 そのころの沙希は、泰造に会うまでアルバイトをして次の町までの路銀がたまったら旅立つ、と言うことを繰り返していた。
 一応、自分に夢を与え続けてくれた人達に敬意を表して自分も賞金稼ぎなどと名乗り、賞金稼ぎの真似事もしてはいた。しかし、賞金首よりもバイトの口や間借りできる場所を探す方が忙しく、賞金首をたまたま見つけても見た目に圧倒されてあたしには早い相手ね、などと言い訳をしながら諦めていた。
 そんな中見つけた龍哉は、徒党は組んでいるが、賞金稼ぎと名乗るだけでどう見ても弱そうな沙希からさえ逃げ出すような臆病者で、強がってはいるが凶悪な感じのしない、沙希にとって初めてのカモだったのだ。
 泰造は沙希と会ったときのことを思い出していた。龍哉の手配書にまじまじと見入っていた。賞金稼ぎか、とは思ったが、あまりにもあどけない少女だったので興味が沸いた。声をかけて見ると、案の定賞金稼ぎだ、と言った。沙希は泰造が龍哉を狙っているということを聞いて、自分のように駆け出しだからこんな奴を狙っているんだと勘違いしたらしい。実際には結構名の通ったベテランだと知ってからも、何となく意地だけで張り合い続けて来たと言う。
 沙希も龍哉のことに関してはまだ諦めていない。いつの日か、泰造より先に捕まえたいとは思っているようだ。
 実際、龍哉は賞金額も低いし逃げ足も速く捕まえにくい。まして、あちこちふらふらしているような賞金首は、情報より動きが速くてなかなか手配書も出ない。泰造たちが追い回しているのだからますます早くなるといった感じでもある。誰も狙おうとしない賞金首だ。捕まえるのは泰造か沙希に決まったようなものなのだ。
 泰造も、まさか沙希が初めて狙った相手が龍哉だとは知らなかった。捕まえさせて花を持たせてやるか、とも思うが、賭けに負けるのがなんとなく癪でもある。
 とにかく、自分にできるのは沙希を立派な賞金稼ぎに鍛え上げてやることだ。泰造は決意を新たにした。
「おい沙希。起きろっ」
 決意を新たにしたところで、泰造は早速行動に移した。
「ふぇ?なぁに、まだ早いじゃないの」
「早いけどよ、ビシビシ行くぜ!」
「ふぇえ?どうして?どうしてえぇ?」
 沙希の方は何にも変わっていないのだった。

「そりゃ、どういうことだ!?」
 闇の中、豪磨が叫んだ。
"簡単なことだ。あの男は我より強い力をもっておる"
 豪磨のもつ刀から言葉が発せられている。闇の中においてもその刀身は淡く不気味な輝きを湛えている。
「力が足りねぇってのか……?」
 怪訝な顔をする豪磨。
"そうだ。あやつは今の我をも消し去りかねぬほどの力を持っている。何者なのか分からぬが、恐ろしい存在だ"
「なるほど、月読はその力が欲しくて俺たちを……でもよぉ、俺には関係ねーじゃねぇか!畜生、あいつはやっぱりバラバラに切り裂いてやらねぇと気がすまねぇ……!なのに、手を出すなだと!?勝てねぇだと……!?それじゃ、何のために今まで人を殺しまくって来たんだよ!」
"堪えるのだ、人間よ。今はまだ力が足りぬ。だが、我の力は確実に大きくなっている。いつの日か、あやつの力を越えるその時まで耐えるのだ。それができぬようなら、汝はその程度の存在だったということになる"
「確かにあんたに会ってから俺は信じられねぇくらいに強くなった。……分かった、そのときまであんたのために働こう。でも……この世の人間を全部殺しても奴に勝てなかったらどうするんだ?」
"心配にはおよばぬ。そのときは奴とて存在を維持できまい"
「?……まぁ、今のうちからそんなこと考えても埒があかねぇな。おっと、日が昇って来た。人が起き出して来たら、早速始めねぇとな」
 今日も豪磨の殺戮に明け暮れる一日が始まろうとしている。

 呪われた刀。豪磨の手にしているものはまさにそうとしか言えないものだった。
 豪磨はリューシャーから逃げ出してから長い旅を続けて来た。
 生きるためには盗みを働かねばならなかったし、奪うために人を殺したこともある。
 しかし、そんなことを繰り返して行くうちに、豪磨に賞金が懸けられた。殺さなければ殺される、と言う日々が訪れた。
 そのせいか豪磨の心はますます荒れていき、人を殺すことなど何でもなくなっていた。
 しかし、殺せば殺すほど賞金額が上がり、より腕の立つ賞金稼ぎに付け狙われるようになった。豪磨は危機感を覚えた。もっと力が欲しい。強くなくては生きてはいけない。
 そんなときだった。恐ろしい思念をすすった刀の噂を聞いたのは。
 戦乱の時代がこの世界にもあった。それはほんの百と数十年ほど前のことだ。戦乱で名を轟かせた大将軍。その男の愛用した刀。
 その刀は持つ者に途方もない強さを与えると言う。この世界はそう言ったものが実在しても不思議はない世界だ。本当にそんなものがあるなら手にしたい。
 噂では、その刀は北の果ての結界の中に封印されているらしい。
 結界について調べ、結界を解くのは容易かった。だが、肝心の刀は手に入らなかった。長い間湿気の多い洞穴にしまい込まれていたため、錆びきっていたのだ。
 肩を落とす豪磨。だが、そのとき呼びかける者がいた。
"力が欲しいのか"
 驚く豪磨。見回すが人の姿はない。
"我は汝が欲している力の正体。その刀は我の依り代に過ぎぬ。我が力、望むなら汝の刃を依り代として差し出すがいい"
 豪磨が刀を抜くと、その刃をなぞるように陽炎のようなものが起こった。
"我が力のほとんどは長き封印で失われた。我が力がもたらすは死、我が力となるのもまた死。刃についた血が我の糧。我の力を欲するのなら多くの人の血をその刃に吸わせるのだ"
「つまり……殺せって事か?」
 緊張で声がつまる。
"臆したか、人間よ"
「はっ、やってやるぜ。もういまさら何人殺しても一緒よ!」
 豪磨は雄叫びをあげ、洞窟を飛び出す。
 その足で一番近い村に向かった。広大な農園の広がる長閑で静かな村だった。その村を血しぶきの嵐が襲うことになる。小さな村を滅ぼすのにさほど時間はかからなかった。
 一人、また一人豪磨の刀の露となっていく。そのたびに刀の切れ味が冴え渡るのを感じた。
 刀は飽くまで依り代。刀で斬っているのであってそれでいて刀で斬っているのではない。刀に取り付いた魑魅魍魎が皮を裂き肉を斬り骨を断っているのだ。
 この魑魅魍魎はこう名乗っていた。
 羅刹、と。

 隆臣は朝の訪れとともに歩きだしていた。
 いつもはあてもなく決める方向。だが、今日は違う。目的地は決まっている。
 リューシャー。月読を倒す、そのために。
 今までは逃げることばかりを考えていたが、こんな逃げ回るばかりの生活はまっぴらだ。豪磨と会い、その気持ちが強まった。決着は自分でつける。
 月読を、この手で。

 予告どおり、今日の泰造のしごきはいつになく厳しかった。お陰で沙希は朝っぱらからへとへとになった。
「よし、一汗かいたところで涼と恭を誘って朝飯にするか」
 額に浮かんだ汗を拭いながら晴れ晴れとした顔で言う泰造。
「うー、へとへとで食べられないかも……」
 汗まみれになっている沙希は既にちゃんと立つ気力さえも失っている。
「つくづくだらしねーなぁ。そんなこっちゃ、ちゃんとした賞金稼ぎになれねーぞ」
 沙希を引きずりながら泰造が言う。泰造は宿の入り口に沙希を置き去りにして涼と恭を起こしに行った。

 泰造は軽くノックしてドア越しに問いかけた。
「おーい、起きてるかー」
 何の反応も返っては来なかった。
「おらおらーっ、起きろ起きろおーきーろー」
 朝っぱらからでかい声を出す。隣の部屋が起きないか心配だ。
「……今日はいつになく早いね、泰造さん」
 不機嫌な寝ぼけ顔で涼が出て来た。恭も目は覚ましているようだが、まだベッドの中で丸くなっている。
「夕べみんなでくっちゃべってる時俺は一人で寝てたみたいだしな。お陰ではやく目が覚めちまってな。これでもみっちりトレーニングやったから起きてだいぶ経つんだぜ。じゃ、支度できるまで待ってるから支度できたら飯な。腹へっちまった」
 寝ぼけている涼がちゃんと聞いていたかどうか定かではないが、とりあえず外で待つことにした。
 が、外に出て見ると、そこに転がしておいたはずの沙希の姿が無い。
 また攫われでもしたんじゃないか、と不安になる泰造。キョロキョロと辺りを見回していると、その様子に宿のおかみが気づいた。
「ああ、そこに転がってた連れの子ならさっき階段をはい上がってたよ」
 もしやと思い部屋に戻ってみると、案の定ベッドの布団が盛り上がっていた。一目でそこにいると分かる。
「寝てんなーっ!お前抜きで勝手に飯食っちまうぞ!?」
 沙希の布団を引っ剥がそうとする泰造。
「それはやだぁ〜」
 と言う割には布団を掴んで抵抗している。
「んじゃ布団から出ろよ……。ったく、世話の焼ける……」
「だってぇ、昨日はいろいろあってすっごくすっごーく疲れたんだもん!何で泰造はそんなケロッとしてんのよぉ」
「鍛え方が違うんだよ!お前もこのくらいになるように努力しろよ」
 胸を張る泰造。
「あたしは人間でいたい……」
 ふとんの中からぼそっともらす沙希。
「俺が人間じゃねーってのか!?」
 逆上した泰造は強行手段に出た。布団がち沙希を担ぎ上げる。
「きゃーっ、なにすんのっ!?やめてやめてぇっ、人さらい〜っ!」
 そのまま宿の外に連れ出そうとするが、宿のおかみに見つかった。
「ちょっとあんた。布団は持っていかんでおくれよ!」
 全くもっておっしゃる通りなので布団だけは置いて行くことにした。さすがにここまでされると沙希も抵抗せずに布団から離れた。
「あのまま外に連れてかれたらどうしようと思ったよぅ」
「泣き言言うんなら素直に起きろ」
 空腹なので気が立っている泰造。
 そうこうしているうちに恭と涼も着替えを終えて出てきた。全員そろったところで朝食だ。先ほどジョギングがてらチェックした店へ向かう。ジョギングのコースを辿っていくとそのうち着くだろう。
 どれほど歩いただろうか。
「遠いね」
 ボソッと恭が呟く。
「走りながらチェックした店だしなぁ。歩いて行くとどうしてもな。そろそろだと思うけど」
「だと思う、ね……」
 涼もそろそろうんざりし始めている。
 ちょうど町の反対側にその店はあった。着いたころには全員空腹もいいところだった。
「悪ぃ悪ぃ、コースの真ん中くらいだとは思ったけどこんな遠くだとはなぁ」
「町の周り一周してるんだからコースの真ん中って言ったら町の反対側で当然じゃないの」
 食事の前に散々しごかれてバテてるところにきて歩かされまでした沙希はもうほとんど気力を失っている。気だるそうな一言。
「ああ、それもそうか」
 何も考えていない泰造。お陰で散々歩かされた一行はいつになく食欲旺盛で朝っぱらから食堂の店員をてんてこ舞いにしたのだった。

「空遊機を使うぞ」
 おもむろに泰造が言った。豪磨より先に目的地へ向かわなければならないのはもちろん、朝っぱらから歩き回って全体的に疲れているのも大きな理由だった。
 空遊機を使うとなると、今度はレンタルにするかキャブを使うか大いに悩むところだ。レンタルなら安く上がるが運転できる保証はないし、あとで返しに行かなくてはならない。キャブはそういった心配は要らないがとにかく金がかかる。
 しかし、ここは多少金がかかってもキャブにすべきだとは思う。ちょうど金はあるし、レンタルにしてそこら辺でぶつけて壊しでもしたら大事だ。しかし、この料金は本当に悩むところだ。何せ、町中を移動することを想定した料金だ。町を出ると多少割引があるとは言え、やはり高い。
 しかし、ここで悩んでいても時間の無駄だ。思い切ってキャブをチャーターすることにした。一台につき二人しか乗れない。つまり四人では二台必要になる。出費も倍だ。それでも運転はプロに任せて安全かつ快適に進めるに越したことはない。
 客待ちのキャブにコトゥフまでの料金を訊ねてみた。やはりとんでもない額だった。
「払えないかね?」
 嫌みな顔をする運転手に金の束を見せつけてやった。運転手の表情が変わる。横にいた沙希の表情も変わった。
「払えねーこたぁねーけどさ。痛い出費だよな」
 渋々乗り込む泰造。ほくそ笑む運転手。
「コトゥフまででいいんだな?」
「ああ、頼む」
 長距離の客なので運転手は機嫌がいい。鼻歌まで出るが多少音程が外れていて耳障りだ。
 郊外に出ると視界が急に開ける。広大な農業地帯の真ん中を走る街道を空遊機は軽快に進んでいく。
 歩いていけば丸一日かかるだろう国境のガッシュ関も日が昇りきる前にたどり着いた。
 国境の関と言っても、所詮はどちらも月読の統治下に置かれた領土だ。通る時もほとんど手続きはない。不審な人物でないかどうかだけをチェックするのだ。泰造達はそれほど不審ではないので簡単に通れる。ただ、通行料は取られる。関が残っているのはこれが目的といってもいいだろう。
 ここに来るまでに豪磨が現われていないと言うことは、南の街道を通ってウーファカッソォに向かっているのだろうか。
 とにかく、この調子なら昼過ぎにはコトゥフにつくだろう。豪磨がウーファカッソォに向かっているのならかなり時間があることになる。
 コトゥフに向けて関を出発しようとした時に騒ぎは起こった。
 番人の叫び声がした。
「関所破りだーっ!」
 その声と同時に関所から三機の空遊機が飛びだしてきた。定員二人の空遊機にそれぞれ三、四人乗っている。どうみても定員オーバーだ。窓からはみ出している人もいる。
 係員が停めてあった空遊機に乗り込み追いかける。だが、相手は定員オーバーにもかかわらず軽快な走りだ。というよりも定員オーバーのところにスピードが出ているので止まりようがないのかもしれない。
 そして、選りにもよってその空遊機は泰造達の乗った空遊機に近づいてくるのだった。
「おらおらぁ、チンタラ走ってんじゃ……おわあああぁぁっ」
 因縁をつけてきたようだが様子がおかしい。それもそのはず。
「ああっ、てめーは二十二号の子分!親玉はどこだ!」
 泰造の問いに答えずすごいスピードで逃げ出す三機の空遊機。
「悪いけど、あれ追ってくれねーか?方向同じみたいだし。あいつらの親玉に賞金が懸かってんだ」
 言われた運転手は腕まくりをして気合を入れる。やる気だ。
「あたぼうよ、チンタラ走るなと言われて黙ってられっかい。あの若造にプロの走りってもんを見せつけてやるぜ!掴まってな、喋ると舌噛むぞぉ!」
 先ほどまでののんびりとした表情は一変し、修羅のような顔つきになっている。
 ぶおん、と豪快な音を立て、背後にけたたましい砂ぼこりをあげて空遊機が急加速した。勢いに耐えきれずややスピンぎみになるが絶妙なハンドルさばきで体勢を立て直す。
 後ろから凄まじい勢いで迫ってくる空遊機に龍哉たちの空遊機も揃ってスピードを上げる。が、小型の空遊機が中型の空遊機のパワーに勝てる訳もない。まして相手は定員オーバー。本来のスピードさえも出ないのだ。
 あっけなく距離を詰めて横につけた。泰造達は龍哉たちに追いつくと言う貴重な体験ができたのだ。
「よっしゃ、並んだぞ!……で、ここからどうするかだな……」
 どっちもかなり飛ばしている空遊機だ。飛び移るのはまず無理だろう。風圧で後ろにすっとばされるのがオチだ。
「ぶつけるか?」
 かなり本気の運転手。
「やめとけ……」
 すでにハンドルを龍哉の空遊機の方に向けかけている運転手を泰造は慌てて止めた。
 目の前に龍哉がいながら手が出せない。
「どいて!」
 泰造を押しのけて沙希が弓に矢を番える。ひゅっ、っと風切り音がして龍哉の乗っている空遊機に矢が突き立った。立て続けに矢を番えて射る。この風の中でも狙いは外さない。
 が、相手は空遊機の中だ。何本矢が刺さったところでまるで効き目がない。
「おい、あの開いている窓を狙ってみろ」
 泰造の指差す先には定員オーバーなので閉まりきらない窓がある。
「うーん、ちょっと難しいかなー……」
 とは言いながらも一応は狙ってみる沙希。番えたのは鏑矢だ。
 手を離すと、ひゅるるると笛のような音をたてて鏑矢が飛んでいく。矢は窓からは飛び込まず、窓の縁を叩いて落ちた。
「おわああ、窓しめろ、窓っ」
 今のでパニックに陥る子分達。
「くっそー、手出しができねーなぁ」
 歯噛みする泰造。
「おう、あの空遊機に寄せるからその棒で引っぱたいたらどうだ?」
「おっ、それナイスっ!」
 泰造は運転手の提案に乗ることにした。窓を開けて身を乗り出す。泰造の乗っている空遊機と龍哉たちの空遊機との距離が縮まる。だが、向こうも必死で離れようとする。
「逃がさねぇぞ。俺は乗り逃げも絶対に捕まえて金ふんだくることにしてんだ。地獄の果てまで追いまくってやるぜ!」
「……俺は金払うからな」
「あんたにゃ言ってねぇ」
 喋っている間にもみるみる距離はつまる。
「今だっ」
 泰造が金砕棒を振り抜いた。龍哉の空遊機の尻を叩いた。機体の向きが変りあらぬ方向に走り出す。
「てめーっ、何しやがる!借りもんなんだから引っぱたくなよ!ぶっ壊れたら弁償お前らにさせるからな!」
「な、なんだとっ!?」
 こんな事に一瞬怯む泰造。
「心配すんな兄ちゃん、こう言う場合は賞金首の逃亡に荷担したと思われたくないからレンタル屋が揉み消しちまうさ」
「そ、そうなの?」
 捕まえることしか考えてなかったので、その際に生じた被害などがどう繕われるのか全く知らなかった泰造。
「横につけるから思いっきりぶちかませ!」
「おうよ!」
 必死に逃げる龍哉の空遊機を絶妙のハンドルさばきとアクセルワークで追い上げる運転手。ぴったりと横付けするが、向こうも減速したりとうまく躱してきて、なかなか攻撃のチャンスがない。
「後ろ側の機関部分を狙え!機関がいかれちまえばもう逃げようがないぞ!」
 気軽に言う運転手だがどこかを狙って攻撃できる余裕などありはしない。
 それでもようやく攻撃のチャンスが訪れた。渾身の力を込めて金砕棒を振り抜く。が、動くところから動く物を狙っての攻撃は思うように行かず、僅かにかすった程度だ。
「くあーっ、惜しい!よっしゃ、次こそ!」
 とは言え、次がなかなか来ない。向こうも慣れてきたのか、だんだん引きはなされる。
 もうちょっと寄ってくれれば、と泰造は思う。が、その思いとは裏腹に龍哉の空遊機から大きく離れ別の道に入ってしまうキャブ。
「おい、どうしたんだよ!?」
 泰造の問いに運転手は悔しそうに答える。
「長いことギリギリまでかっ飛ばしてきたから燃料がピンチだ。ちょっと寄り道な」
 確かにパワーダウンしているキャブ。遠ざかりつつある龍哉の空遊機を泰造は未練がましく目で追うが、スピードの速い空遊機は、見えなくなるのも早いのだった。

 泰造たちを乗せたキャブは、燃料を入れて改めてコトゥフを目指す。
 街道の終点には恭と涼の二人が待っていた。
「あっ、停めて停めて」
 沙希に言われてキャブは二人の前で止まった。
「遅いぞー」
「さっき追いかけてったの、例の賞金首でしょ?その様子だとまた逃げられたみたいね」
「もうちょっとってところで燃料切れになっちゃったんだよぉ」
 そんな話をしている後ろで泰造はキャブに料金を支払っている。
「悪ぃなぁ、俺が燃料ちゃんと入れてりゃ今頃さっきの奴ら取っ捕まえてたかも知れねぇや」
 運転手は金を受け取りながらばつ悪げに言った。
「いや、いいって。いつもあの調子なんだからさ、あいつらは。俺達がここに来たのはまた別の用だし」
「ほぉ。それじゃもっと大口の賞金首でも潜んでるってのかい」
「ああ、三巨都のほうに手配番号三十三号・豪磨って奴が来るはずなんだ」
 冗談混じりに言った運転手は泰造の返した言葉に思わず固まった。
「おいおい、あの殺人狂が来るってのかい?冗談なら悪すぎる冗談だぜ?」
「冗談なんか言うか」
「それこそ冗談じゃないぞ。そうとわかりゃこんなところに長居は無用だ。じゃあな」
 キャブはすごい速さで街道を引き返して行った。
「何だ、結構有名になってんだな、三十三号の奴」
 つまりはそれだけ人々に恐れられているということだ。 
「そういやぁ、三十三号とは途中ででっくわさなかったな。ってことはやっぱウーファカッソォに向かってるのか?」
「だろうね。ちょっと風の噂集めてみる?」
「ああ、頼む」
 涼が風の噂を集め始めた。この周辺に関する噂だけなので終わるのも早い。
「まだおとなしくしているみたいだ。ウーファカッソォからイティアに向かっている人がそれっぽい人を見たって噂が届いただけ。後は今君が流した三巨都を目指しているって事くらいだね」
「今って、あの運転手に言ったことか?あれも噂に入るのか」
 とにかく、ウーファカッソォに向かったのはほぼ確実だ。多少は余裕ができた、と言ったところか。もちろんこのまま放っておけばウーファカッソォに大きな被害が出かねない。それも避けたいところだ。いつ豪磨が動き出すか。それが鍵になる。
 何はともあれ豪磨、いや奴に取り憑いた魑魅魍魎をどうにかする方法を探すのが先であろう。立ち止まっている暇は無いのだ。
 徒歩の豪磨はまだ旅路の半ばだろう。まだ間に合う。まだまだ日は高い。

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