賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第弐捨壱話 復讐者

 復讐。それは穢された過去の清算。
 そして血に汚れた未来の始まり。


「よう。また会ったな。わざわざ会いに来てくれたのか?」
 豪磨は目の前に現われた泰造達に嘲るような笑みを浮かべた。
「てめぇ、そんなに人を殺してなんになるってんだ!?」
「俺が楽しむため……じゃ、駄目か?」
 吠えるように問う泰造に涼しい顔で豪磨は答えた。泰造はますますいきり立つ。
「ごまかすんじゃねーよ!……大体てめーは何者なんだ?急にそんなに強くなったのはなんでだ?強くなるために人を殺してるのか?」
「察しがいいじゃないか。そうだ、俺は強くなりたかった。それだけさ。そして、その夢はかなえられようとしている。多少の犠牲のお陰でな」
 血に濡れた刀を掲げる豪磨。
「そんなに強くなって一体何になるってんだ?世界征服でも企んでるのか?」
「こんなくだらない世界なんざ欲しくもないね。俺はこの馬鹿げた世界をぶち壊したいのさ。俺には利用価値がないと言って奴隷にまで貶めたばかりか、家畜のように殺そうとまでした人間共の世界をな」
 何か過去にあったようだ。そして、その憎しみのために世界をも滅ぼそうとしている。よほどの事なのだろう。が。
「てめーの過去に何があったのか知らねーが、関係ない人間まで巻き込むんじゃねー!一体誰に復讐しようってんだ!?」
 豪磨は一瞬沈鬱な表情を見せた。過去を思い出したのだろう。そして、豪磨の口から彼に辛酸を味わわせた者の名が語られた。
「月読だ。この世界の統治者、世界最強の軍隊を従える男。奴を憎んでいる人間なんざ星の数程もいるだろう。奴の首を斬り落とすための力になるなら、殺された人間共だって本望だろうが」
 確かに、月読に苦しめられている人は少なくない。殺したいほど憎んでいるものもやはり少なくはないだろう。
「勝手に殺されて本望も何もあるかっ!くそっ、てめーをこの手で締め上げらんねーのが悔しくてしょーがねーぜ」
 そう言う泰造の後ろで恭が破邪詞の詠唱を始めた。豪磨の顔から笑みが消えた。刀を振り上げると、前に立ちはだかる泰造と涼に構わず恭目がけて突き進む。恐怖で恭の詠唱が止まった。
 涼が豪磨に手斧を投げ付けた。風を切る音とともに豪磨の首目がけ飛んで行く。だがそれは事もなげに躱された。
「そんなもので俺が殺せると思うのか?」
 余裕の表情を見せる豪磨。
「思っちゃいないって。恭が破邪詞を唱え終わるまでの時間稼ぎだけできりゃいいんよ。急げ、恭!」
 涼の言葉に、勇気を奮い立たせ詠唱を再開する恭。その横では沙希も恭の後に続いて詠唱を始めた。何もできないので、せめてこれだけでも協力したいのだ。
 再び豪磨が動いた。刀を振り上げ、涼に襲いかかる。斧で受け止めるのが精一杯だ。ぎんっ、と言う激しい音がした。
 涼の斧は刃の半ばまで切り裂かれた。これでは振り回すことはできるが投げても軌道が定まらない。一方、豪磨の刀は刃こぼれさえ起こっていない。
「ちょ……マジヤバっ」
 焦る涼。そこに更なる豪磨の一撃が来る。どうにか躱した涼に立て続けに刀が振り下ろされる。避けるのが精一杯だが、避けるだけならどうにでもなりそうだった。
「食らえっ!」
 涼にかかりっきりの豪磨に、横から泰造が飛びかかった。虚を衝かれた豪磨は、泰造の放った突きをもろに受けふっ飛んだ。
 立ち上がった豪磨は今度は泰造に狙いを絞った。豪磨の刀が横ざまに泰造を薙ぐ。泰造は金砕棒でそれを受け止めた。あの鉄の斧を切り裂いた一撃を。
 ただ受け止めた訳ではない。金砕棒に精神エネルギーを集中させ、豪磨の刀を弾いたのだ。泰陽打の応用である。
「ちっ、本当はその刀をへし折ってやろうと思ってたんだがな……」
 脂汗を浮かべながら言う泰造。気を緩めれば豪磨の刀が金砕棒を断ち切ってしまいそうだ。
激しい鍔迫り合い。だが、押しているのは泰造だ。腕力は泰造の方が上回っている。
 横から涼が豪磨の隙をついて腕を狙い刃の欠けた斧を振り下ろす。対処できない豪磨。だが、斧は豪磨の腕を切り落とすことはできない。まるで何かに阻まれたように斧が止まる。
「どうなってやがるんだよ、まったくよ!」
 訳が分からない、と言いたげな涼。
 腕に斬りかかられたことで、豪磨がひるんだ。ダメージはなくてもやはり驚くのだ。その一瞬の隙を衝いて泰造が金砕棒を大きく振りかぶった。ぶん、と言う風切り音と共に振り抜かれ、豪磨の脇腹を捉えた。豪磨は大きく吹っ飛ばされ、肩口から地面に叩きつけられた。
 悔しそうな顔をしながら立ち上がろうとする豪磨。不意にその動きが止まり、もがき苦しみ出す。恭の破邪詞の詠唱が終わり効き目が現れたのだ。次いで沙希の詠唱も終わる。立て続けの破邪詞に豪磨に取り憑いている魑魅魍魎が豪磨からわずかに離れた。
 今だ。
 泰造は豪磨に突進する。そして、豪磨のみぞおちをすくい上げるように金砕棒を振り抜いた。
「ぐぼっ」
 血の混じった胃液を吐きながら豪磨がふっ飛んだ。地面に叩きつけられた豪磨に、体から離れていた魑魅魍魎が戻って行く。
「破邪詞が効いている一瞬の隙をつけば攻撃が効くぞ!恭、沙希、もう一度破邪詞を頼む!」
 泰造に言われた通り、二人は破邪詞を唱えだす。今度は二人同時のタイミングだ。
 豪磨が動いた。先程の一撃を受けたとは思えない身のこなし。ダメージが回復しているのだろうか。豪磨の刀が恭と沙希に向けられる。
「させるかっ!」
 再び阻止に入る泰造。泰造と豪磨の激しい攻防が始まる。
 徐々に泰造に疲れが出てきた。泰造は防御にも攻撃にも精神集中を伴う。精神的な疲労が強く出てしまうのだ。
 対する豪磨も焦っていた。間もなく二人の破邪詞の詠唱が終わる。少なくとも恭の詠唱は終わらせる訳には行かない。
 涼が身構えた。恭たちの詠唱が終わったところで豪磨に斬りつけるつもりなのだ。
 豪磨の焦りの色が濃くなる。そして、焦りは隙を生んだ。
「せやっ!」
 その隙を狙い泰造の金砕棒が豪磨の体を狙った。豪磨は泰造の一撃をまともに浴びて大きく吹っ飛ぶ。そこに恭と沙希の破邪詞が襲いかかる。空中で豪磨の体がさらに跳ねた。
 だが、これは豪磨にとっても好都合だった。涼と泰造の間合いから離れた場所だったお陰で、攻撃を受けることもなく体勢を立て直せる。
 だが、豪磨もこれ以上戦おうとはしなかった。破邪詞がかなり効いていたのだ。泰造たちに背を向け、一目散に走りだす。
「逃げんじゃねー!」
 泰造は後を追おうとするが、泰陽打による疲労のため体が思うように動かない。ただでさえ人並みでしかない泰造のスピードがさらに落ちている。
 泰造はへたりこみ、だんだん小さくなる豪磨を目で追いながら悔しそうに大地を殴った。

 泰造たちから逃げ果せた豪磨は、前から歩いてくる一団に気づいた。龍哉たちだ。
 龍哉たちもその姿に気付き足を止めた。
「賞金稼ぎかっ!?」
 龍哉が警戒しながら言った。
「違うっすね。っていうか、むしろあいつからは賞金懸かってる奴のヤバいオーラがびしばし出てるっす」
「関わらない方がいいんじゃないですか?」
 子分たちに言われるまでもなく関わる気などない。
「どうやって関わらずにやり過ごす?逃げるか?」
「逃げると追ってくるタイプだと思うっす。素知らぬ顔で横を通り過ぎるのが一番だと思うっす」
「よし、そうだな。ただの旅人のふりで切り抜けよう」
 何もなかったように普通に歩いて行く龍哉たち。
 が、向かう豪磨は刀を抜いて今にも襲ってきそうな態勢になる。
「おいおい、こりゃ切り抜けるの無理だぞ」
「通り魔か?こんな昼間っから」
「まぁ、そうなりゃ話は早いね。するこたぁひとつ」
「逃げろおおぉっ」
 向きを変え全速力で逃げ出す龍哉たち。その行く手に自警団の一団が。
「こいつらもいたんだ!忘れてたっ」
「どうする?」
「散れっ」
 道から飛び出し四散する龍哉たち。
「奴だ!民間人が襲われている!一刻の猶予もならん!取り囲み動きを封じるのだ!」
 指揮官の命を受け一気に周りを取り囲む大きく無骨な盾を持つ自警団員たち。
 豪磨は動じるでもなく刀を振り上げる。そして鉄の盾に斬りかかった。
 ぐしゃっ、と言う音とともに豪磨の刀が鉄の盾を紙のようにあっけなく切り裂く。盾を持っていた自警団員は怯み、逃げ出そうとするが、仲間が取り囲んでいるので逃げることさえもかなわない。
「うわあああああっ!」
 無我夢中で豪磨に飛びかかる自警団員だが、手にした槍は豪磨に届くか届かないかの場所で見えない壁に突き当たったように止まってしまう。成す術がないと悟った自警団員は恐怖のあまり取り乱し、周りを取り囲む仲間を掻き分けてでも逃げようとする。だが、豪磨を逃がすまいと結束した自警団たちの円陣はそう易々と切り崩せるものではない。
 恐怖におびえる様をじっくりと堪能してから、自警団員の背中に刀を振り下ろす豪磨。自警団員が受けた傷はさほど深手ではない。にもかかわらず、自警団員の息の根はそれで止まった。豪磨の刀がただの刀でない証しだ。
 仲間の死を目の当たりにし、脅える者、いきり立つ者。どうあれ、次々と豪磨の刀の露と消えて行く。果敢にも立ち向かおうとする者も、逃げ惑い逃げ遅れた者も。
 不意に、豪磨をオーロラの様にゆらゆらと揺らめく光の幕が取り囲んだ。
「やりましたぞ、彼奴を結界に閉じ込めた!」
 声高らかに神官が言った。
「もはやこれで彼奴は檻の中の虎のようなもの。後はじっくり浄化してやりましょう」
 神官は悠然と豪磨に近づいて行く。豪磨は光の幕を手で掻き分けようとするが、そのたびに電光のようなものが走る。それに触れると激痛が走るのか顔を歪める豪磨。
 満足げな顔で豪磨に近づく神官。そして、豪磨に取り憑いた魑魅魍魎を浄化するための呪文をゆっくりと唱えだす。破邪詞と似たものだが、より長く高等な呪文だ。この詠唱が終われば如何なる魑魅魍魎とてこの場に存在してはいられない。退散するか、消滅するか。
 唐突に神官の詠唱が止まった。神官の体がゆっくりと傾く。神官の体には豪磨の刀が突き刺さっていた。結界を刀が破ったのだ。穴があいた結界は音もなくはじけるように掻き消えた。
「バカな……。この結界を破るとは……」
 くぐもった声で神官が呟く。豪磨が神官の体から刀を引き抜くと、支えを失った神官は地面に倒れた。
"油断したな。そう易々と消滅させられてたまるか"
 豪磨の声ではない。この世のものとは思えぬ魑魅魍魎の声。神官の死とその人間離れした不気味な声に自警団たちはあっと言う間にパニックに陥った。
「たっ、退却っ!」
 指揮官が慌てて命令を出すも、ほとんどの団員がもう既に逃げ出している。そして、その逃げ惑う団員たちを楽しそうな顔で切り捨てて行く豪磨。
「こりゃ、こっちもやばいですよ!?」
 あの大軍なら勝手に豪磨をやっつけてくれるだろうと高をくくり、のんびりと物影で見ていた龍哉たちも、逃げざるを得ない状況となったいた。
 だが、自警団たち半分は逃げきり、もう半分は豪磨の手にかかっている。もう、豪磨の周りには動くものはない。今ここで逃げ出せば目立つことは必至だ。
 岩陰で息をひそめ、豪磨がいなくなるのを待つことにした。
 その龍哉たちの意に反して、豪磨は龍哉たちの方に目を向ける。隠れている龍哉たちはそれに気づかない。が、子分の一人は必ず当たる嫌な予感を感じ始めていた。
 豪磨は隠れている龍哉たちの方に歩きだした。足音が近づいてくる。息を殺している龍哉たちにはそれがよく分かるのだった。
「だああぁぁぁぁ!」
 リーダー龍哉が逃げ出すのを合図に子分一同一丸となり龍哉に続いて逃げ出す。
 追おうとする豪磨だが、龍哉たちの桁違いのスピードを目の当たりにし、早々に諦めた。そして。
「てめぇ、随分派手にやりやがったな」
 泰造が追いついた。

 一度は混戦のどさくさに紛れて少し近づいて見ていた隆臣だが、自警団が散り出したのであわてて物陰に隠れた。
 あの真ん中にいる奴はいつか会った野郎だ。隆臣は思い出していた。
 えらく凶暴になったもんだな。前に一戦交えたときはもっと弱々しい奴だったのに。
 いずれにせよ、関わることもない。隆臣はそっとその場を離れた。
 隆臣には一つだけ引っかかることがあった。
 あの男、どこかで見たような気がする。それも、遠い昔に……。

 今の豪磨にとって恭の破邪詞そのものは恐れるようなものではない。詠唱しているだけならさほど影響がないのも事実だ。しかしこういったものは詠唱を終えた瞬間に特に強い力を発する。そして、豪磨にとって不運なことは恭のサポートをしている泰造と涼のコンビが、豪磨の妨害を阻止し得るだけの力をもっていることだ。
「ちっ……」
 後じさる豪磨。今の泰造はまだ先ほどの疲れが癒え切っていない。勝てないということもないのだが、面倒だ。ましてや彼らは多少脅かした位では逃げない。パニックにもならない。それが厄介なのだ。
「お前はとことん俺の邪魔をしやがるな。なぜだ?なぜ危険を承知で俺に挑もうとする?」
「はっ、賞金稼ぎが賞金首を追いかけるのはあたりめーだろーが!」
 吐き捨てるように言う泰造。
「当たり前、か。そうだな、つまらねぇことを聞いちまった」
 豪磨は目を細めた。
「過去が気にいらねーみてーだな。おとなしく取っ捕まって縛り首にでもなりゃ過去も何も全部帳消しだ。その手伝い、してやるぜ」
「余計なお世話だな。自分の過去くらい自分で清算するさ。それに、このままくたばったとなっちゃ今までに俺の力になった連中にも申し訳が立たねぇ」
「それならそれ以上人を殺そうなんてするな」
「安心しろ、月読を叩き切ればもうそれ以上は誰も殺す必要もないからな」
「それまでてめぇが殺しまくるのを黙って見てろってのか!?冗談じゃねぇ、んな悠長な真似できっかよ!」
 飛び掛かる体勢の泰造。
「邪魔立てするなら死んでもらう……と言いたいところだがお前らが一筋縄じゃ行かないのはついさっき身をもって解らされたからな。この場は逃げさせてもらおう。じゃあな!」
 豪磨は泰造たちに背を向けて走り出した。
「逃げんじゃねぇ!」
 叫ぶ泰造だが、追いかけはしない。先程同様どうせ追いつけはしないだろう。
「畜生、このままじゃあいつを止めることもできねー。何か手を考えねーと」
 足りない頭を必死に回転させる泰造。当然何も浮かびはしない。
「コトゥフの都なら何か見つかるかも知れねーじゃん?あそこは聖都と呼ばれるくらいだし、その手の情報は多そうだね」
 涼が横から口を挟んで来た。
「ウーファカッソォと方角が同じか。じゃ、ついでに寄ってみるのもいいな」
「奴がリューシャーを目指しているのなら三巨都の近くを通らなけりゃならない。そのとき、また奴を迎え撃つ。うまくすりゃあの辺の神官たちの協力も得られるかもしれないし。どう?」
 涼の案をそのまま受け入れることにした。つまり、豪磨より先に三巨都に到達しなくてはならない。泰造達はとり急ぎ三都市方面へ向かうことにした。

 隆臣はあの豪磨と自警団の戦いに紛れるようにその場を離れていた。厄介事に巻き込まれてやるほど物好きではない。イティアに戻った隆臣は落ち着かない町の中で一息入れていた。
 だが、豪磨の気配は確実に近づいてきている。このイティアに。
 ……やはり来るか。どうも奴とは妙な縁があるようだ。
 隆臣は剣をとり、町の広場へと向かい歩きだした。
 豪磨の気配は少しずつ近づいてきている。この一番人の多い広場を目指してきているのだ。
 隆臣はひたすら待った。豪磨の気配はすぐそばまで迫っている。
 広場にみすぼらしいなりの旅人がやってきた。姿こそ変えているつもりだろうが人を殺したばかりの嫌な気配を強く感じた。豪磨だ。
 その豪磨は隆臣の方に向かってきた。目深に被ったフードを押し上げるとぎらぎらと光る狂暴そうな目が覗いた。
「てめぇからはものすごい殺気を感じるぞ。俺を誘ってるのか?」
 豪磨が隆臣をのぞき込みながら言う。隆臣は軽く口元に笑みを浮かべた。
「誘いに乗ってくるとはまた随分と暇みたいだな」
「……お前とはいつか会ったな。俺が殺しはぐった奴だ。少し覚えてるぜ」
「どこに行くつもりかは知らないが貴様とはよく会うな。お前が何しようと勝手だが俺の邪魔をするな」
「俺に言わせれば邪魔してるのはお前の方なんだがな。俺はリューシャーに行って俺の人生をめちゃくちゃにした月読の野郎を切り刻んでやるつもりだ。神王宮の連中は皆殺しだ。俺を殺そうとした連中だからな」
 隆臣の目が鋭くなる。
「皆殺しだと?月読を殺すのは勝手だがほかの連中まで手を出すな。無関係だろうが」
 その言葉を聞き、豪磨は意外そうな顔で隆臣を見返した。
「偽善者ぶる面にゃ見えねぇぜ。誰か知り合いでもいるのか」
「そんなところだ。いずれにせよ月読は俺が倒す。お前の出る幕はない」
「……目標は同じだが、同志ってわけじゃなさそうだな。邪魔立てするなら殺すまでだ」
 豪磨が隆臣に刀を向けた。隆臣も剣を抜く。広場の真ん中でいきなり始まった戦いに周りの人々は戸惑っている。
 豪磨の刀が唸った。隆臣はその動きを読み、事もなげに躱す。
「大したもんじゃないな」
 隆臣の言葉に豪磨の顔が紅潮する。
「はっ、俺の一撃をくらってまだその減らず口が叩けるか!?」
「食らいやしないさ。そんな鈍い剣技じゃな」
 豪磨は刀を派手に振り回す。広場に出ていた出店の柱やら何やらを巻き込んで切り倒したりするが、隆臣にはかすりもしない。
「ずぶの素人が見よう見まねで刀を振り回しているようなもんだな。刀の切れ味はすごいみたいだが、お前が持つにはふさわしくない」
「うるせえぇっ!」
 豪磨は我を忘れて隆臣に飛び込み、突きを繰り出した。隆臣はわずかに首をひねっただけだが、それであっさりと避けられてしまう。髪の毛が数本風に舞い、額にまいていたバンダナが切り裂かれただけだ。
 はらりと落ちたバンダナの撒かれていたところには文字の様なアザがはっきりと見えた。豪磨はそれを見て息を呑む。
「な、なんだそのアザは……。まさか、てめぇなのか、月読が探していた奴はっ!?」
 豪磨の言葉に隆臣も目を見張った。

『いいか。お前は今日から月読様の子息じゃない。月読様の期待を裏切った愚か者なのだ。お前の選ぶ道はたった二つ。奴隷として月読様のために一生を捧げるか、さもなくばここで楽になるか、だ』
 ついさっきまで平和な日々を過ごしていた豪磨。いや、この頃はまだ豪磨という名前ではなかった。五号。そう呼ばれていた。
 物心がついた頃にはすでにここに居た。父と名乗る月読。同じように番号で呼ばれる兄弟たち。
 そんな彼らと平和な日々を送って来たのだ。
 いや。漠然とした不安は確かにあった。ある時期から兄弟の数が減ってはいた。彼らは大人になって神王宮を出、旅に出たと聞かされていたが、皆何の挨拶もなく突然いなくなることに疑問を抱き始めていた時だった。
 ようやく悟った。こういうことなのか。
 なぜ、自分がこのようなことになったのかは全く見当がつかなかった。ただ、分かっているのは額にあったアザが消えた、その時から彼の扱いが急に変ったということだ。
 思えば兄弟たちには皆アザがあった。行方をくらます前にアザが消えたのを見たこともある。
 このアザが彼らにとって求めていたものなのか。それがなくなった自分は用済みなのだ。
 用済みだと悟ったとはいえ、彼は死を選ぶことはなかった。そして、そのことを後悔する日々が続くことになる。
 知らなかったのだ。奴隷が人間として扱われないことを。ともすれば家畜以下の存在にまで貶められることを。
 同じように奴隷となった兄弟の中には舌を噛み切って死を選んだものもいた。この地獄の生活から逃れられる、それは羨ましいことだった。だが、彼はその道を選ばなかった。
 来る日も来る日も彼は好機を待ち続けた。逃げ出す機会を探し続けていた。
 そして、その時は来た。
 豪磨は見張りの目を盗んで逃げ出そうとした。奴隷たちを一日中働かせるために与えているそれなりの食事が幸いし、彼は追手を躱すことができた。
 しかし、神王宮の出口は全て厳重な見張りが敷かれ、みすぼらしい奴隷の彼は華やかな神王宮の役人や女官たちの中ではあまりにも目立った。
 彼は逃げ場を失い追い詰められた。追っ手は彼を捕らえようとはしなかった。丸腰の彼に衛兵の容赦ない一撃。
『よし。そいつは裏のゴミ捨て場にでも捨ててこい』
 遠のく意識の中でその声だけが聞こえた。
 その後のことはよく憶えていない。気がつくと人通りのない裏道を這うようにして歩いている自分がいた。ゴミ捨て場で息を吹き返し、そこから街に逃げだした。そうとしか思えない。そして、その道端で再び彼は倒れた。
 再び目を覚ますと固い寝台の上に寝かされていた。
『目が覚めたか。あんた、血まみれで路地に転がってたんだ。近所の住人が見つけてくれなきゃあのまま死んでたな』
 白衣を身にまとった男が部屋にいた。あとからこの手の人間は医者なのだ、と言うことを知った。
『全く厄介な患者を連れてきてくれたもんだよ。見るからに金なんかないじゃないか。まぁ、あとで払ってくれりゃそれでいいがな。今は気にせず傷を治すことだけ考えるんだ』
 医者はそうとだけ言い部屋を出て行った。その後もときどき治療のために部屋を訪れた。医者と患者の関係、それ以上のものではなかった。
 話しているうちに、ここがまだリューシャーの神王宮からさほど離れていない場所だということを知った。
 ここにはいられない。また奴らが来る。そんな気がした。
 傷はさほど深くなかったらしく、治るのにそれほどかからなかった。動けるならとっとと出て行った方がいい、いればいるだけ金がかかるからな。医者はそう言った。
『見てのとおり、俺は文なしだ。金は払えねぇ。なのに見殺しにしなかったのはなぜだ?』
『ヤブだろうが医者は医者だからな。運び込まれた以上治さなきゃならない。死んでうちの評判を落とさなかっただけでもありがたい話だ。金を払う気があるなら稼いで持ってきてくれ。期待はしてないがね』
 厄介払いだが、身の上も何も聞かれないのはありがたかった。彼は診療所をあとにし、街から逃れようとした。
 だが、見るからに不審な彼は街中でも巡回兵に捕まった。このままではまた殺される。
 ただの不審者だと思い油断していた巡回兵は、自分の腰に下げた剣に伸びる彼の手に気付かなかった。次の瞬間、巡回兵の首は自分の剣で切り落とされた。
 街を出るまでに何人の兵の命を奪ったか。ようやく人心地付いた彼は血に汚れた自分の手を嘆かずにはいられなかった。

「てめぇか……。そうか」
 低い声で嗤う豪磨。
「てめぇのせいで俺の今までの人生はぼろぼろだったんだ!」
 一転し激しく昂ぶる。
「いいところで会ったもんだよ。俺はこれからリューシャーに向かい、神王宮をめちゃくちゃにしてやる。この俺を騙し続け、裏切り、終いにゃゴミとして捨てた神王宮の連中に報いてやる。その前に、のうのうと生きているてめぇを八つ裂きにしてやる!」
 無我夢中で斬りかかる豪磨。だが隆臣はやはりあっさりと躱す。
「のうのうと生きているだと?バカにするな。俺だって今までに散々追われた。生きるためならなんでもやったさ。物を盗み、人を騙し、殺しもした。捕まらない限り今の生活は続くだろう。お前とどこが違う」
「俺は……俺は関係ねぇだろうがっ!てめぇと月読だけでやってりゃいいんだ!なんで俺がまき込まれなきゃならねぇんだ!」
 豪磨の言葉に隆臣は顔を曇らせる。俺のせいでこの男は人生を狂わされた。
 俺は誰とも関わっちゃいけないんだ。
 幼い頃から何度となく心の中で繰り返した言葉が隆臣の胸を過った。
「てめぇが俺の人生を狂わせたのなら……てめぇの人生、俺が終わらせてやる!」
 そうか。それならいいさ、気に病むことはない。
 吐き捨てるような豪磨の言葉を聞きながら隆臣は思う。
 奴は敵だ。俺を殺そうとする敵。それなら俺はなにも気にせず奴を返り討ちにしてやればいい。
 豪磨がまた斬りかかって来た。隆臣は剣でそれを受け止めようとした。受け止め、流して斬りかかる。そのつもりだった。
 しかし、豪磨の刀は止められなかった。隆臣の剣はまるで細い竹の様にあっさりと斬られた。刃がそのまま隆臣の体を凪ごうとする。だがそれもなかった。豪磨の刀の刀身は隆臣の体に触れた瞬間に霧散した。
 二人とも予想外の結果に大きく飛び退く。
 斬り付けられた隆臣は大きく息を吸い込んだ。やられた。そう思ったし、確かに自分の体に刀身が吸い込まれて行くのを見た。だからなぜ自分が無事なのかわからない。
 一方豪磨も切り裂いたと思った相手が無事な上、自分の刀が消えたとなっては戸惑うより他にない。
「どうなってやがる……。いずれにせよ、これじゃ決着はつけられねぇな。勝負はお預けだ」
 またも逃げなければならないことに屈辱を感じながらも豪磨は走りだした。隆臣はその後を追おうとしたが足を止めた。自分の剣も折れている。それにわざわざ出向かなくてもいずれまた会うことになるだろう。
 隆臣は歩きだした。恐らく奴も向かうだろう世界最大の都、神都リューシャーに向けて。

 そのしばらく後。泰造たちもイティアに戻ってきた。
「どうにか街は無事みたい。あいつ、もうここに来てるのかな」
 沙希が辺りを見回しながら言った。
「奴の気配が遠い。どうやらここは通り過ぎただけみてーだな。でも変な話だな。俺たちとの距離を稼ぐためなのか?」
「待って。今風の噂集めてみるわ。そうすりゃなにか分かんじゃん?」
 涼が精神を集中させる。それはあっと言う間に済んだ。
「やっぱ同じ場所の噂は早いわ。なんだか、ここいらでやり合ってたみたい。相手は隆臣って言う賞金首。知ってるっしょ?」
「あいつか!」
「えっ、隆臣さん!?」
「よくは分からないけど、どっちも剣が使えなくなってお流れになったみたい。あっと言う間に終わったって」
「あいつが……?そんな強そうな奴には見えなかったぞ。一体何だってんだ」
 隆臣のことが気になり出す泰造。
「泰造なんかよりも隆臣さんにくっついてったほうがあいつ倒せる可能性が高いかも」
 沙希は本気で悩みだす。
「お前がくっついてっても足引っ張るだけだろ」
 沙希が食ってかかると思っていた泰造だが、予想に反して沙希はしょげてしまった。戦力にならないというのは沙希にとってものすごい悩みのようだ。
 ちょっと悪いこと言ったかな、と思いつつ、弱みを握ったな、とも思う泰造だった。

「どうなってやがるんだ、一体」
 少しずつ再生していく刀を見つめながら豪磨が呟いた。
"奴は危険だ。我よりも強い力を持っている。奴に勝つにはもっと生贄を捧げるのだ"
 刀から声がした。直接頭に響くような声。
「そうすれば奴に勝てるんだな?」
"そうだ。奴の力を上回るにはもっと多くの人間の血を吸わねばならん。三巨都に向かうのだ。イティアを逃したのは惜しいが、引き返している余裕はない"
 言われるままに豪磨は立ち上がり、三巨都に向けて歩き出した。

「分かっているのはみんな西に向かってるってことくらいかな」
 風の噂を集めた涼が、沈みかけの夕日を見ながら言った。
「このまま西に向かうしかないね。また国境越えになると思うけど、初めからそのつもりだし」
「ああ。奴が一人でも多くの人間を殺すのが目的なら三巨都とリューシャーには必ず立ち寄る。コトゥフの都はここから一番近い。奴がコトゥフに着く前に先回りしなきゃならねー」
「でも、豪磨がたどった道はコトゥフへの最短距離だよ?先回りなんてできないよ、追い抜くしかないと思う」
 恭の言葉に泰造は考え込んだ。
「追い抜く、か。その気なら今発たなきゃ間にあわねーな」
 空はもう日も暮れ星が見え始めている。
 この時間に発つと言われ、やはりと言うか何というか、沙希の顔が曇った。
「疲れたか?」
 泰造の問いに頷く沙希。
「だろうな。こんな状態で出発するのは無理だ。一晩休んでそれから方法を考えよう」
 その言葉を聞いてほっとする沙希。
「いっそのこと空遊機を買うかレンタルするってのはどうよ?」
 涼の提案に泰造も頷いた。
「イティアは空遊機の製造元らしいからな。俺もそれを考えていたところだ。ただ……」
 泰造は一同の顔を見渡す。
「運転できる奴、いるか?」
 首を縦に振る者はいなかった。

 イティアに宿を取った泰造たち。先程の戦いとオズカとの往復の疲れがあるのでトレーニングは早々に切り上げて部屋で休むことにした。
 当然のように恭と涼がやってきて喋りだし、疲れを取れる状況ではなくなる。しかし、沙希はそれも楽しんでいるようだ。泰造は少し離れた場所で聞き役とツッコミに徹することにした。
 夜が更けると、さすがの恭と涼も今日の疲れもあり、早々に退散した。
「ふー、やっと寝られるな」
 寝台に大の字になる泰造。
「しかし、一日中一緒にいたのによくあれだけ喋る事があるなぁ。毎度ながら感心するよ」
 四肢を伸ばしながら泰造がだれた顔でぼやいた。
「でもさ、自分でもびっくりしたなぁ。山を駆け回っただけだと思ったてた子供の頃もこうして思い出してみるといろんな事があったんだなぁ、って」
 今夜のダベりはいつの間にか涼たちの思い出話になっていった。その流れで沙希の思い出話も引っぱり出されたのだ。
 確かに平凡な人生だ。多少波乱はあったが、それもよくある話と言った程度のこと。
 それでも語ってみればまるで何かの物語を読んでいるように引き付けられるものがある。
「そういえばさぁ、あたし、泰造の昔のことって何にも知らないね。ちょっとくらい話してくれてもいいでしょ?それとも、そう言うの嫌い?」
「まぁ、好きじゃねーのは確かだなぁ。でも別段嫌いって事もないか。ただ、俺は今までいろいろあり過ぎてなぁ。話しだしたら長くなるぞ」
「長くてもいい、聞きたいっ」
「しょーがねーなぁ。それじゃ……そうだな、さっき三十九号を探してるときに思い出した出来事だ。今日はそれだけ聞かせてやる」
 開きかけていた記憶の扉。泰造はそれを開いた。

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