賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第弐捨話 人の領域

 そこは人間に支配された土地。
 数え切れぬほどの人々の住む土地。


 国境の関は、旅人よりも積み荷を積んだ行商人の荷車の方が圧倒的に多い。敢えて国境を越えよういう旅人はそれだけ少ないということだ。
 行商人はいつもの事なので通行証を持っている。だから大した手続きもなしに越えることができるのだが、泰造のような旅人はそうは行かない。審査やら何やら面倒な手続きがある。それでもどうにか全員無事に国境の関を通ることができた。
 関を抜けると人の領域、と言うのは確かであった。何もないような原野に小さな畑と家がまばらに散らばっている。山肌にも民家らしいものが見えている。
「ノガーナの町が見えてきたよ」
 恭が地平線を指差す。確かに地平線の上にごちゃごちゃとした物がうっすらと見える。
「まだ遠いね」
 沙希が疲れた顔で言った。
「いや、そうでもないぞ。まだ日が高いうちに着くな、こりゃ」
「そう?そうは見えないけどなぁ。あんなに霞んでるよ?」
「それはこっちだからだろ」
 泰造の言っていることがいまいちよく理解できない、と言う風情の沙希。それを察してか、喋り好きの涼が口をはさむ。
「山のあっち側は空気がきれいじゃん?だから遠くまで見えけどこっちは汚れてるからさ」
 やがて、地平線の上に見えた町並みが目の前に見えるようになった。確かに思っていたよりもだいぶ近い場所に町はあった。
「変な町……」
 立ち並ぶ煙突を見上げながら呟く沙希。
「何だこれ。いつの間にこんなの出来たんだ?」
 涼が不思議そうにやはり煙突を見上げる。
「どうせまた月読が作らせたんじゃねーのか?」
 泰造はあまり興味がない。
「だろうね。にしてもなんだこりゃ」
「行ってみようか」
 こういった物を見かけると知的好奇心が頭をもたげてくる恭と涼。珍しいもの見たさでついていく沙希、結局付き合わされる泰造。
 巨大な煙突の下には、やはり大きな建物があった。まるで監獄の様な物々しい佇まい。いかにも月読が作らせたと言う感じの、機能のみを重視した設計。
「鋳鉄所だってさ」
 涼が掲げられた看板を見る。
「何を作ってるのかなぁ」
「また武器でも作らせてるんじゃねーの?」
「武器なんか作っていない」
 恭と涼の会話にどこからか男の声が割って入ってきた。
「この鋳鉄所は部品を作っている工場だ。部品はイティアに運ばれ空遊機の組み立てに使われる」
 声の方を見ると、鋳鉄所の門の中に物騒ななりの男がいた。番人だろう。
「空遊機はこんなところで作られてたのか」
「違う。空遊機はイティアで作られている。ここは一部品工場に過ぎない」
 泰造の間違いを指摘する番人。言葉遣いに現れている通り、結構几帳面だ。
「イティア近辺にはこういった工場が無数にある。それだけ、空遊機は高度な機械ということだ」
 誇らしげに言う番人。
「ここってさ、見学できないの?」
「ここは関係者以外立ち入れぬことになっている。中では高温の鋳鉄を扱っているからな。イティアに行けば組み立て工場の見学ができる。そっちに行った方がいいだろう」
「行きてぇ。ちょーマジで行きてーっ」
 いく気満々の涼にあまり興味のない泰造は少しうんざりする。
「イティアなら通り道だよ。そのとき行ってみようよ」
 結局恭と涼だけで勝手に行くことを決めてしまう。いずれにせよ泰造たちに目的地はない。付き合うのもいいだろう。

 宿に着くと、涼と恭は日が暮れるまで占い屋を開くために出掛けて行った。おしゃべり攻勢からようやく抜け出せてほっと一息つく泰造。
「さてと。時間も早いし、俺たちも何かするか」
 早く着きすぎたために、泰造は時間と体力が大幅に余っている。ひと暴れしたい気分だ。
「何かは休憩〜」
 宿に着いたのに休まない手はない、と言いたげな沙希。もうすでにベッドにひっくり返っている。
「しょーがねーなぁ。よし、そんじゃ一休みな。そしたら買い物にでも行くか」
「わーい、お買い物お買い物っ」
 買い物と聞いて沙希が身を起こし小躍りした。
「……おごんねーぞ」
 あまりの喜びように警戒し、泰造がぼそっと言う。
「いいよ別に。お金はあるもん」
 と言いつつも、少し残念そうな顔をする沙希。言ってから財布の中を覗いてみたりもしている。
 しばし疲れを取り、日が傾く前に買い物に繰り出す二人。街の真ん中には広場があり、それを取り巻くように市場が連なっている。
「うわ。見て見てー!食べ物がたくさん売ってるぅ。しかも安い!」
 今までに見たこともない規模の市場に驚く沙希。
「こっちは人間が多いからな。それにあっちみたいに自分たちで食べるものを確保できない人もたくさんいる。だから市場が大きくなって値段も安くなった」
「ふーん」
 カームトホークのほうでは食料は狩りをしたり山でとったり、小さな畑で作ったりしている。向こうにも市場もあるし食べ物も売っていたが、手に入りにくいものを仕入れてきたり、たくさん獲れた野菜などを直売したりするところだった。
「人間の手の加わってないところはないって言ったろ。空いてるところで畑にできるところは大方畑にしちまったんだ。だからこんだけの食いもんが市場に並べられる」
「へー。すごーい。これだけ安ければ値切らないでも買えるね」
 沙希の言葉に泰造が首を振った。
「いや、値切る。それだけはゆずれねー」
 泰造の目の奥に鋭い光が宿った。

 二、三日分の食料と、この辺でも違和感なく溶け込める服を買うと、荷物は両腕に抱えるほどになった。食料は重いのでほとんど泰造が持ち、軽い衣料を沙希が持って歩く。
 カームトホークは寒冷地だが、こちらまで来るとだいぶ温暖になる。服もだいぶ軽装になったので、だいぶ買ったはずにもかかわらず沙希の荷物がかなり少なく見える。
 その山ほどの荷物を抱えての帰り道、公園に人だかりと見覚えのあるテントを見つけた。涼たちの占い屋だ。
 予告もなく開いたにしては随分とにぎわっている。噂でも広がったのだろう。伊達に『風の噂の精霊』の加護を受けてはいない。
 とにかく、この様子だとだいぶ遅くならないと帰ってこられそうにない。
「また龍哉たち、いたりしてね」
 沙希がこの間のことを思い出して言った。
「まーさかぁ。この間痛い目にあったばかりじゃねーか。もうあの小屋見ると逃げるくらいになってるんじゃねーの?」
「大体この町に来てるかどうかも分からないもんね」
 それでも、この公園は結構人出があるので紛れこんでいても分からない。
「呼んだら出てきたりしてな。二十二ご〜う!」
「ちょっとやめてよ。恥ずかしいなぁ」
 冗談混じりでためしに呼んでみたりする泰造。その時、二人の視界の端に慌ただしく走り出す人影が捉えられた。
「……いた……」
 わかりやすすぎる反応に固まる沙希。泰造は素早く追跡に入ろうと思うが、両手一杯に持った荷物が重く、追いかけるどころではない。
「ぐああああ、この荷物っ、この荷物がなければああぁぁ!」
 悔しがる泰造。置いて走ればいいような気もするのだが。
「懲りないねー……」
 沙希はもう見えなくなった龍哉たちの消えたあたりに、呆れた視線を向けた。

 やはり、涼と恭は戻ってくる様子がないので、泰造と沙希は二人でさっさと食事をすますことにした。
 食事を終えて、さっきの公園に再び足を伸ばしてみる。涼たちのテントの周りにはまだ人がいた。それでも黒山の人だかりではなくなっている。だいぶ片づいたようだ。この様子ならじきに帰ってくるだろう。
 宿に戻った泰造たちはトレーニングに入ることにした。部屋の中でストレッチをする。体がほぐれたところで本番だ。
「よし。今日も新しい技を教えてやる。その前に今までの技の復習な」
 覚えた技を順に試す沙希。技を受けた泰造に更なる指導を受ける。まだ覚え立てなので改善の余地がいくらでもあるのだ。
 まだまだ実戦で役に立つ段階にまではいっていないものの、形にはなっている。上出来だ。おさらいはここまでにすることにした。
 少し休憩を入れ、新しい技の練習に入ることにした。
「今日はこっちから仕掛ける技な。ただこっちから仕掛けるったって、向こうに読まれて返されたりして却ってひどい目にあうのがオチだからまだ使うなよ」
「うん」
 泰造の言葉に頷く沙希。いずれにせよ、まだ慣れていないので実戦で技なんか出せない。
「大体敵と向かい合ってるときは身構えるよな。沙希、身構えてみろ」
「うん」
 いわれて身構える沙希。一応様にこそなってはいるものの。
「……すっごい隙だらけだな。これもどーにかしないと……ま、今ははいいか」
 構えと言うよりただのポーズだ。
「じゃ、始めるぞ。いいか、この腕をこう取って、素早く後ろに回り込む!」
 抵抗も出来ず腕をひねり上げられる沙希。隙だらけというのは本当の様だ。
「あいたたたたたた!ちょ、ちょっとぉ、本気でやってない?」
 もがく沙希。目には涙が浮かんでいる。もがいたために却って腕がねじれたようだ。泰造が手を離すとほっとした顔をした。
「お前なんかに本気出すかよ。分かったか?今のやり方は」
「ううん、ぜんぜん。わかる訳ないよぅ」
「だろうな。今度はゆっくりやるぞ。こうやって、こうだ」
 ゆっくりと技をかける泰造。力もさっきより抜いている。
「わかったろ?」
「うん。なんとなく」
「不安だな……。まぁ、とにかくやってみろ……」
 教えられたやり方を思い出しながら泰造に技をかけてみる沙希。
「形はあってるからもっと素早くできるようにな」
 初めてにしてはまずまずだったようだ。一応狩人の一族の血を受け継いでいるので運動に向いた体質なのだろう。技を覚えるのは思いの外早い。
 そのあと数回練習すると、ある程度満足できるくらいになった。
「思ったよりも覚えが早いな。見直したぞ」
「えへ」
 泰造にほめられて照れる沙希。
「よし。この調子なら新しい技に行けそうだな」
 泰造は沙希に新しい技を教えることにした。その技もあっさりと覚えてみせる沙希。
「いい調子だ。じゃ、さっきの技のおさらいだぞ」
 前に教えた技をかけてみるように促す泰造。
「うん。えいっ。……あれ?」
「……なにやってんだ、沙希」
「あれ〜?」
 技がかけられない沙希。
「忘れたか?」
「忘れてないもんっ!」
 強く否定する沙希だが。
「あれあれ〜?」
「忘れたろ」
「…………うん」
 ちょっと憶えただけの技を長いこと忘れないだけの記憶力は沙希にはないのだった。

 泰造たちが風呂にも入り、あとは寝るだけになった頃、涼たちがようやく戻ってきた。
「結構お客さん来てたね」
 沙希の言葉に涼がうなずいた。
「儲かってんだろ?」
 うらやましそうに言う泰造。
「このくらいね」
 恭が売上の箱を開けてみせてくれた。なかにはお金がぎっしりと詰まっている。
「おおおぉっ」
 身を乗り出す泰造。沙希も思わず覗き込んでしまう。
「何の危険もなくてその稼ぎかぁ。いいなぁ、特殊な技能もってる奴は。俺はケンカしか能がねーしなー」
 泰造は金の詰まった箱から目がそらせない。
「何の危険もないってことはないでしょ。やっぱり旅して回ってるんだから危険なことはあるよ。ま、そういう危険な奴を捕まえるのがあたしたちの役目なんだけど」
「そういうことはちゃんと賞金首を捕まえられるようになってから言えよな」
 泰造が冗談混じりにいうと、沙希は頬を膨らませた。
「まぁ、たまに変な人に絡まれたりもするけど、お兄ちゃんがいるから平気だよ」
 恭がのんびりと言った。
「あ。変な人で思い出したけど、龍哉がまた来てたよ。懲りもせずにさ」
 変な人にされる龍哉。あながち間違いではないが。一方、気味悪がるかと思われた恭だが平気な顔だ。
「でしょ?あたしに付きまとうようにおまじないかけてあるからほっとくと寄ってくるの」
「ええっ、何でそんなおまじないかけたの!?」
 身を乗り出す沙希。
「その方が沙希ちゃんたちが捕まえやすいでしょ?」
「そのために?」
「そんなことまでできるのか!?おっかねーなぁ、言霊ってのは」
 ただただ唖然となる泰造と沙希だった。

「はあああぁぁぁ」
 燭台の明りを前に深い深いため息をつくのは龍哉だ。
「兄貴、寝ないんですかい?」
 子分の一人が心配そうにその様子を窺う。龍哉は答えもせず揺れる火をただぼーっと眺めている。
「ありゃあ、どうしちまったんだい」
「いやね、あの占い屋のねーちゃんのことが頭から離れないんだと」
「何だい、恋煩いかよ。らしくねーなぁ」
「まぁ、ガラじゃないけどさ。それでもやっぱり青春ってやつよ。やっぱりロマンスの一つもない乾いた青春はごめんだね。そういう意味じゃ兄貴がうらやましいよ」
「でもよぉ、また厄介な女に惚れたなぁ。ごっついにーちゃんと賞金稼ぎがおまけでくっついてるんだぜ?あのツラみて諦めようって気にならないもんかな」
「恋ってのはな、障害が多いほど燃えるんだぜ」
「……本っ当にガラじゃねーんだけどなぁ」
 などと言いあう子分たちなど全くそっちのけで、一人溜め息をつく龍哉。
「はああぁぁ」
 それを見ている子分たちも溜め息をつかずにはいられないのだった。
「兄貴ぃ。しゃんとしてくださいよぉ」
 見かねた子分の一人が龍哉の肩を揺さぶった。
「分かってるけどよぉ。どうにもならねーんだよ。このハートはよぉ。明日もまた遠くから眺めるだけ……でもいいんだ。いつか振り向いてくれる、その日を信じてるから」
「兄貴、詩的っす。涙が出るっす」
 龍哉の言葉に熱いものが込み上げてくる子分。
「埒が明かないっしょ」
 呆れる子分もいる。
「……そうか、らちか」
 先程龍哉の肩を揺さぶった子分に何かが閃いた。
「兄貴。俺たちゃ悪党だぜ。悪党にゃ悪党のやり方ってのがあるでしょうが」
「ん?」
「拉致りやしょう。寝込みを襲って拉致ればいいんです。あの男が目を覚ましても寝起きなら楽に一発食らわせて叩きのめせます。その隙に拉致っちまえばいいんです」
「そんな手荒いまねしてロマンスも何もあるかよ」
 意見が割れる子分たち。
「兄貴。誘拐犯と人質の間に友情や愛が生まれるのはよくあることっす。時間はかかっても、一緒にいる時間の長さが愛に変わるっす」
「そうだな。無理矢理にでも俺色に染めてやろう。そのためには手段なんか選ぶもんか!いくぜ、野郎共!」
 愛は盲目である。見通しの立たない片思いに、ついに後先を考えない暴走に走る龍哉。
「夜が明ける前に、嵐のように奪い去ってやるぜ!名付けて『愛の嵐』作戦!」
 勢いよく立ち上がり、部屋を駆け出す龍哉。方向性は間違ってはいるものの、元気を取り戻した龍哉に、一抹の不安はあれどひとまずほっとする子分たち。
 だが、部屋を出た龍哉たちは気付いてしまう。現実の厳しさに。もう朝日が昇っていることに。

 平穏な夜が過ぎ、朝が訪れた。
 早朝のジョギングに出掛ける泰造と沙希。沙希もすっかり早起きに慣れてきたようだ。
 大通りを往復する途中、何やら物々しい一団とすれ違った。軍隊か自警団のような感じの、威圧的でそれでいて悪意を発しない男たち。
 泰造たちは少しは気にしつつも何事もなく横を通り過ぎていく。
 それでも気にはなるので、宿に戻った泰造達はそれとなくに恭と涼に話してみることにした。
「ふーん。何だろ。まさか戦争でも始まるんじゃないよな」
「ね、お兄ちゃん。風の噂を集めてみたら?」
 恭に言われてうなずく涼。
「なぁに、風の噂を集めるって」
 沙希が話に割り込んだ。
「風伝人の力だよ。世間に飛び交っている噂話を集めて、その中から必要な情報を引き出すの」
 簡単な説明を始める恭の裏で、涼がすでに噂を集め始めている。深く瞑目し、精神を集中させている。わずかな静寂のあと、涼が目を開いた。
「わかった」
 先ほどまでと違い、少し険しい顔になる涼。
「あの豪磨ってやつにオズカの町が襲われたらしい。オズカはほとんど壊滅状態で、豪磨はイティアに向かっているらしい。その自警団はイティアに向かう応援部隊だ」
「オズカが?あのでかい町がか!?」
 身を乗り出す泰造。
 オズカは今泰造たちが辿っている街道と平行するように伸びている海側の街道にある街だ。人の領域と呼ばれる一帯にある街は総じて大きい。その街を壊滅させたというのだ。
「奇襲のようなものだったとはいえ、自警団もほとんど歯が立たなかったらしい。もう完全にバケモンだよな」
「なんなんだよ、あいつ。俺が最初に戦った時はそんなにやたらめったら強くなかったぞ。確かに多少は骨のあるやつだとは思ったけどよ、結局しっぽを巻いて逃げやがったんだ。その後もだ。いくら不死身みたいなもんだからって自警団みたいな腕の立つ連中なら五人もかかればあっさりと倒せたはずだぞ。なのに、いつの間にそんなに強くなっちまったんだ?」
 考え込む泰造。
「あいつ、何かに取り憑かれてるっていうことだけどさ、その取り憑いてる何かが成長して強くなってるんじゃない?」
 そう推測した涼。さらに付け加える。
「もしかしたら、人を殺しまくっているのはその何かを成長させるためなんじゃないの?」
「とにかく行ってみた方がいいな。いずれにせよ通り道だ。このまま行けば奴に会う」
 泰造たちは荷物をまとめ、急ぎ足で出発した。

「兄貴、あいつら、出発しました」
 見張りに出ていた子分の一人が報告に来た。
「案の定イティアに向かってるみたいです」
「よし、俺たちも行くぞ、そして、今夜こそ……」
 気合いの入っている龍哉。
「決めるっすね!?」
「これであの娘は兄貴のものっすね!」
 元の龍哉に戻っているのでうれしい子分たち。
「いや、まだ連れ去るだけさ。心を開く前に体を開かせるのはルール違反だぜ」
 と、格好をつけて言うが。
「いや、拉致る話をしただけでその後の話は」
「兄貴、いきなり体から入るのはムードのかけらもないっすよ」
 一人先走っていた龍哉。ただ、子分の言い方もよくない。
「と、とにかく行くぞ!」
 思いっきり恥をかいた龍哉はそそくさと歩きだした。イティアに豪磨が向かっていることなど、知る由もない。

 急ぎ足で進んでいた泰造たちは、前を行くノガーナからの応援部隊に追いついた。
 同じ自警団とは言え、ギャミの光介たちとはまるでちがう。組織を作り、結束してこそいたが自由奔放だった彼らに比べ、騎兵蟻のように足並みをそろえて歩く姿は、人間以外の、例えばからくりのおもちゃのようで滑稽でもあり、不気味でもある。
 その気味の悪い一団を追うように泰造たちはイティアを目指した。
 いつの間にか周りの景色が町外れのそれから町の景色になっていた。
 やがて、ごみごみした都会の姿になる。それでも、ここはまだイティアの中心街ではない。
 シマート・カウィッホ・クリークの首都イティア。ここはカームトホークからの訪問者を唖然とさせるほどの大都市なのだ。
 当然、このようなところに豪磨が現れ、殺戮を繰り返せば被害は想像を絶するものになろう。
 街は心なしか慌ただしく、それでいて閑散としていた。豪磨が来るという噂はもうこの街にも届いているようだ。
 幸いまだ豪磨が暴れた様子はない。何よりあの不気味な殺気が感じられない。この近くには来ていないのだ。
「いないみたいだね。所詮は噂なのかな」
 涼がボソッと呟く。
「まだ来てねーだけかもしれねーぞ。そうだ、いっそのことオズカに向かってみねーか?はち合わせるかもよ」
「ええっ、なんか怖い……」
 小声で言う沙希。自警団たちがあれほどの大部隊で挑もうと言う相手に、たった四人だけで向かって行くのはさすがに不安のようだ。
「いざとなったら破邪詞で追い払うから大丈夫よ。念のためにみんなも唱えてね」
 恭に言われて破邪詞のおさらいをする泰造と沙希。
 腹も決まり、オズカへの道を歩きだした。

 大都市イティア。大きな街だ。どこのかしこも人間で溢れかえっている。
 そしてその中に一人くらいお尋ね者が混じっていても誰も気づきはしない。
 隆臣は久々に人混みの中を歩いていた。カームトホークの町々ではよそ者と言うだけで好奇の目で見られたが、こちらはよそ者かどうかさえも分からないほど人が行きかっている。
 これだけの人がいながらだれも隆臣を気にもとめない。それは何も人の多さばかりが理由ではない。
 今この街は奇妙な緊張感に満ちている。人々は平静を装っているが、何か見えないものに怯え、気をとがらせている。
 そして、その何かは隆臣ではない。だから誰も隆臣に目もくれないのだ。
 隆臣にとって周りの人間などどうでもいい。不安に怯えていようが、自分に関ってこなければいないのと一緒だ。そういった意味ではこの街は居心地がよい。
 いっそこの街に留どまるか。ここはまだリューシャーからは遠い。
 隆臣はまだ思い悩んでいた。伽耶に会いたいという思いは強くなってきている。だが、月読への憎悪と恐怖がまだその思いに勝っている。
 ただ、それよりも先にこの不穏な空気をどうにかしなくてはならないだろう。いくらこのおかげで自分に興味さえ示さないからと言って、何も知らずに放っておくのは落ち着かない。しかし、隆臣にはこの街に何が起ころうとしているのかを知る術はない。
 歩き回っていれば何か掴めるかもしれない。そう思い、街の中をあてもなく歩き回る。立ち話の一つも盗み聞きできれば、と思っていた隆臣だが、街の人々は押し殺したような小さな声でこそこそと話し合うばかりで隆臣の耳には何も届いては来ない。
 広場に行けば噂の一つも拾えるのではないかと思い、一番手近にある広場に足を運んでみることにした。
 そこには多くの人がいた。だが、ただの人ではない。隆臣はその様子に慌てて身を隠す。
 そこには、近隣より集まった兵隊や自警団が整然と並んでいたのだ。合わせると百人はいるか。まるで戦争でも始まるかのような物々しさだ。
「諸君!」
 広場に凛とした声が響き渡る。隆臣の居場所からは姿は見えないが、これらの軍勢を束ねる司令官の様だ。もともと静まり返っていた辺りがさらに静まり、緊張感に満たされる。
「これより我々が挑む相手は人間であって人間でない。そう、やつは邪鬼だ。油断無きように。ここに神官殿がみえておられる。我々の使命は神官殿が奴に術をかける間、やつの行動を阻止し神官殿をお守りすることだ」
 そっと物陰から顔を出し、様子を窺う隆臣。広場に設けられた簡単な台の上に勇壮なヒゲの男と華奢な人影がみえた。どちらが指揮官でどちらが神官なのか一目で分かる。
「我々は奴が街に侵入するのも阻止しなければならない!よって、これよりオズカに向けて進軍を開始する!」
 隊長の指揮で軍勢が動きだす。間もなく広場は閑散となった。
 何があるってんだ。
 隆臣は遠巻きに後をつけ出した。

「なぁ、なんでオズカになんか向かってんだ?」
 龍哉が怪訝な顔をしながら子分に聞いた。目下、泰造たちを追跡中である。
「うーん、あいつらのことだから最初からオズカに向かうつもりで、道を間違えてこっちに来たんじゃないですかね」
「なるほど、あり得るな」
 勝手に納得する龍哉。
「それにしたって、なんでわざわざイティアまで行っておいてオズカに引き返さなきゃなんねーんだ?イティアまで行っちまったらオズカに行く理由なんてねーぞ」
「それもそうか。欲しいものがあってもイティアでそろうもんな」
 子分たちは泰造達がオズカに向かう理由について討論を始める。そして、激しい議論の果てに一つの結論に達する。
「まぁ、どうでもいいよな」
「うん、どうでもいいわ」
 結論が出たところで、子分の一人がぼそっと言う。
「でもさ。なーんか、やな予感するんだよなぁ」
「よせよ。お前のやな予感はいつも当たるじゃねーの」
 不意に、龍哉一行を嫌な空気が包みだした。
「……何か帰りたいっす」
「……帰ろうか?」
 今までの勢いはどこへやら。ものすごく気弱になる龍哉たち。
「よし、引き返そう。あの娘が賞金稼ぎ共と一緒にいる以上絶対にまた会う。あの賞金稼ぎどもは死ぬほどしつこいからな。何もヤバいところに行くこともない。帰ろ帰ろ」
 決断を下す龍哉。一行はもと来た道を引き返しだした。
 言葉も少なくとぼとぼと歩いて行く。
「いいさ、恋は障害が多い方が燃えるのさ……」
 と言いつつ、諦めきれないのか俯いたまま歩く龍哉。
「兄貴、前を見てくださいっ」
 子分の一人が龍哉に言う。
「そうだよな。前を向いて歩こう!俺はいつだって前向きさ!」
 顔を上げる龍哉。
「いや、そうじゃなくて。前からなんか来ますよ」
「へ?」
 よく目をこらしてみると、確かに地平線の上に何かみえる。大勢の人だ。
「……あれは……ぐ、軍隊じゃねーか!?」
「何で軍隊が……。俺たちは軍隊に追われるようなことした憶えないぞっ」
「あの賞金稼ぎどもが何かやらかして逃げてるんだなぁっ!?くそぉ、俺たちを巻き込むんじゃねー!」
 勘違いする龍哉。とにかく、後ろから迫っている自警団の一団に背を向けて早足で歩き出す。
「前には賞金稼ぎ、裏からは軍隊か。ピンチだよな……」
 深い絶望感に襲われる龍哉たち。それでもなぜか横には逃げないのだった。

 イティアを発ってどれほど経っただろう。日は既に高く昇っている。オズカにもだいぶ近づいたはずだ。
 何よりもあのいやな殺気が感じ取れる。沙希でさえ、それを感じて険しい顔付きになっている。
 並の殺気ではない。だいぶ前から、まさに敵の首を掻こうとしている瞬間のような強烈な殺気が伝わってきているのだ。
 人間じゃねーってのは分かってるが、随分と人間離れしてやがる。
 泰造は、一度だけこれに近い殺気を感じたことがある。
 まだ泰造が駆け出しで、ようやく一人で賞金首を捕まえられるようになったくらいのときだ。
たまたまたどり着いた街で大捕物があった。近辺を荒らし回っている窃盗団で、人を殺すことなど何とも思わないような連中だった。
 莫大な賞金額は、数人でわけてもまだ大金と呼べるほどだったが、それ相応にリスクは大きかった。そのため、賞金稼ぎ数人が協力して奴らを捕らえることになったのだ。
 奴らは町外れの廃屋を仮庵にしていた。ただ、こちらがそれに気づいたのを悟り、まさに逃げようとしていたところだった。
 逃げ出す態勢だった窃盗団は、たった数人の賞金稼ぎたちに次々と倒されていった。
 首領は廃屋の一番奥まったところに数人の仲間とともに立てこもっていた。その中には、まだ幼い首領の子供たちもいた。
 首領とともに立てこもっていた仲間たちは、さすがに腕の立つ者たちだった。ここまで生き残った賞金首は泰造を含めて六人、そのうち二人が命を落とした。
 追い詰められた首領は観念し、もう抵抗せずにおとなしく捕まる代わり、子供たちには手を出さず孤児院にでも連れて行ってくれ、と懇願した。
 首領さえ捕まえられればそれでよいし、子供たちに罪はない。賞金稼ぎたちはその頼みを聞き入れた。
 奴さえいなければ、話はそこで終わるはずだった。
 奴は首領の首を斬った。賞金稼ぎならば当然の行為であろう。が、それだけに留まらなかった。わざわざ孤児院にまで子供たちを連れて行く手間を惜しむ奴は、そのためだけに子供たちを殺そうとしたのだ。あまつさえ、奴は他の賞金稼ぎたちも皆殺しにし賞金を独り占めしようとしていた。
 当然他の賞金稼ぎたちは黙っていない。子供たちを泰造に任せ、生き残った他の二人が奴と戦った。子供たちを役所に任せた泰造の前に戻ってきたのは、その二人だった。
 泰造たちは手にした賞金を使い、小料理屋の粗末な料理で宴を開いた。後味の悪い戦いを忘れられれば料理の味などどうでもよかった。
 その食事の最中だった。あの凄まじい殺気を感じたのは。
 奴は満身創痍ながら泰造たちの居場所を突き止めやってきたのだ。剣を手に店の中に斬りこんできた奴は、店に油をぶちまけ火を放った。
 火の上がる前に感じた、奴の放った殺気。泰造ら賞金稼ぎはもちろん、店にいるすべての人に無差別に向けられた殺気。それに、たった今豪磨が放っているのだろうこの辺りを包む強烈な殺気がにているような気がする。
 あの時の殺気は三人の賞金稼ぎに対する憎悪が強く感じられた。が、豪磨の放つ殺気はもっと嫌なものだ。憎しみも何も無い純粋な殺意。理由も無く、ただだれでもいいから殺したい。そんなタイプの殺気だ。
「なぁ、この嫌になるくらいの殺気、誰に向けられてるか分かるか?」
 涼の言葉に泰造は小さく頷く。
「この世界にいるすべての人間だろうな」
「やっぱりな。さっきからこれだけあいつに恨まれている人がいるのか探ってたんだが、何にも聞こえてこねーしさ。少なくともこの辺の人間とは関ったことはないみたいだ。それなのにこれだけ憎悪の念を放ってるってのは異常だぜ。こんな奴に会いに行くのってさ、ちょーやばくねー?」
「やばいのは覚悟のうえさ。破邪詞が効かなかったら俺たちゃ終わりかも知れねー。けど、止めなきゃとんでもねーことになる」
「止めればヒーロー、止められなきゃ死ぬだけか。恭、しっかり頼むぜ」
 恭は緊張と恐怖で青ざめていた。そんな恭をはげますように涼が肩に手を回す。
「……いやがった。こんだけ殺気放ってると、却って近づいてもわからねーもんだな」
 泰造が足を止めた。
 全員、行く手を遮るように立つ一人の男に目を向けた。
 一体何人の血を浴びたのだろう。どす黒い血で染まった服を纏った豪磨だった。

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