賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨九話 国境の町

 国境。それはあくまで人が引いただけの線。
 それでも、そこを境に人の生活が変われば自然の姿も変わるのだ。


 はるかかなたにカナーガの町が見えた。
 チハジオの宿場を発ち、シャマナを目指している。この道はカナーガの北を通っており、カナーガに辿り着くことはできない。平原を突っ切ればカナーガに行くことはできるのだが、カナーガに寄ると日が落ちるまでにシャマナへと辿り着けないのだ。
 旅慣れぬ者はカナーガに寄って到着をもう一日遅らせるが、泰造たちはシャマナへ一直線の道を選んだ。
 町を見ると行きたくてしかたがない沙希だが、ここはぐっと堪え、代わりに泰造や涼からカナーガの町がどんな町かを話してもらって我慢する。
 それがひとときの休息。日が傾きだす前に歩き出さなければならない。
 日が傾き、西日が正面からあたる。泰造たちは西へ向かっているのだ。
 やがて、その夕日を背景に、大きな山脈の稜線が見えてきた。
「明日からはあの山をこえなきゃなんねーぞ」
 泰造は山を指差しながら言った。
「えええっ」
 今日の行程も残りわずかとなり、体力も残りわずかになった沙希にとって、山を登るなど考えたくもないことだ。
「あの山の向こうはさ、こっち側と違ってほとんどの土地に人の手が加わってんだ。こっちはオトイコットくらいまでがちょっと人の手が加わってるだけであとはほとんど未開の地だけど、あっちはどんな険しい山にも、どんな深い森の奥にも人がいる。だから『人の領域』と呼ばれているんだ」
 涼が山並みを遠くに見ながら言う。
「文明人が山をこえてこっちに来たのはほんのちょっと前のことなんだぞ。それまではあの山向こうの土地で十分やっていけたからな」
「じゃ、今はやっていけないの?」
 泰造の言葉に沙希が不思議そうな顔をする。泰造は山の向こうの空に目を移し呟く。
「やっていけないってことはねーけどさ。ま、見りゃ分かるさ」

 日没には結局間に合わなかった。
 街道の先に見える街明りをたよりに町を目指し、すっかり日が落ちた頃にようやくシャマナへとたどり着いた。
 町に入ろうとした泰造達は、番兵に呼び止められた。
「旅人だな。多少物騒なものを携えているようなのでちょっと調べさせてもらうよ」
 口調は柔らかいが、荒々しく泰造たちを小屋にひき込む番兵。
 泰造たちは係員に持ち物や素性を調べられた。泰造が実績のある賞金稼ぎなので、取り調べはすぐに済んだ。
「ずいぶんと物々しいんだな」
 問題なしと言われ落ち着いた泰造がくつろぎながら係員に言った。
「国境の町だからな。いろいろな奴が出入りするんだよ。もちろん賞金首もだし、何やらいろいろとな。そういった連中が町を通らないように見張ってるんだ」
「ここには前にも来たけどよ、こんなのはなかったぞ」
「最近特に物騒でな。まぁ、あんたにゃ無用な心配かもしれないが、町の中だからって気を抜くんじゃないぞ。特に夜はな」
 係員の言葉に沙希と恭が不安そうな顔をした。
「よし、それじゃ今夜はとっとと宿を見つけて寝ようぜ」
 泰造は気楽にそう言い、夜の町に出た。

 町に入るやいなや、そこにガラの悪い男が何人か固まっていた。
「おい、お前ら。旅人だろ。泊まるとこ探してるよな?」
 泰造たちの行く手を阻みながら男が言う。
「ああ、探してるけどそれがどうした」
 面倒くさそうに泰造が言う。一通り見渡したものの、賞金のかかっている奴はいない。
「いい宿紹介してやるぜ。安くてきれいで飯もうまい」
 見るからにガラの悪い客引き。まともな宿につれていってもらえるとは到底思えない。
「金はねーぞ」
 泰造はそう言い放った。本当は賞金首を捕まえたばかりで結構懐は温かいのだが。
「いや、だから安いんだよ」
「いくらだよ」
「食事付きで一人五十ルクだ」
 確かに高くはないが、まぁ並みといったところだ。
「ふーん。じゃあ、案内してくれや」
 泰造が言うと、男たちが一斉に動きだした。
 男たちに取り囲まれるようにして宿に向かうことになった。
「ちょっと、こんなあやしい連中、信用する気じゃないよね!?」
 沙希が泰造の耳元で周りに聞こえないようにぼそっと言う。
「ああ、あやしいよな。だから宿のほうに賞金かかってる親玉がいるかも知れねー。いなかったらこいつら伸してやるだけだ」
「そういうこと……。宿くらい落ち着けるところがいいんだけどなぁ」
 げんなりした顔をする沙希。
 やがて、それらしい宿にたどり着いた。別段変わったところのない、結構古い宿だ。
「ここだ。まぁ、ゆっくりしてくれ」
 顎で指し示す男に、心のこもっていない礼を言うと泰造たちは宿に入っていった。
「いらっしゃい」
 宿に入ると帳場から人の良さそうなおばちゃんが声をかけてきた。帳場の横に『食事付き五十ルク』と書かれた札が立っている。男たちの言った値段は本当の様だ。
 別段不審な点もなく、部屋に案内してもらった。
「うーん、この宿自体はあやしい所はないなぁ」
 部屋に入った泰造はくつろぎながら言った。
「こりゃ、ここに泊まってる他の客があやしいな。一応涼たちにもそう言っておこう」
 泰造は涼たちの泊まっている部屋に行こうと、部屋をでた。そこに先ほどの男たちの一人がいた。
「どうだい、この宿は」
 別段悪びれる様子もなく男が言う。
「ああ、まぁいい宿だな」
「ありがとよ」
 それだけで、別に男が何かしてくる、と言うことはないようだ。泰造たちは男の目を気にしながら涼たちの泊まっている部屋をノックする。
「入るぞ、いいか」
「いいぜ」
 泰造が部屋に入ると、涼たちはのんびりとくつろいでいた。
「何だよ、緊張感がねーなぁ。部屋の外じゃさっきの男がうろついてんだぞ」
 外にまだいる、ともすればこの中での会話に聞き耳を立てているかもしれない男を警戒して小さい声で二人に言う泰造。
「大丈夫だって。あんな連中なら俺一人でも十分片づけられるしさ」
「そうか?それならいいけどよ。多分、あいつらこの宿と直接関係のないチンピラだな。多分客として泊まってるんだろう。どうせ俺たちの荷物でも狙ってるんだろうな」
「じゃない?ま、鍵はかかるからさほど気にしてないけど」
 のんきな涼。大丈夫かよ、と泰造は少し不安になった。

 街道沿いならではの取り立ててうまいものはないがまずくもないどこかの定食のような夕食を食べた後、何事もなく夜は更けていった。
 涼と恭はまた泰造たちの部屋に遊びに来て、夜が更けるまで延々と話し込み、喋りつかれて部屋に帰って行った。聞いている方はさらに輪をかけて疲れ、泰造は即刻ベッドに倒れ込み、いびきをかきはじめた。
 さらに時が過ぎた。
 泰造の部屋の前に、昼間の男たちが音もなく現われた。道具を使い、掛けられた鍵を外した。そっと扉を押し開ける。扉が何かに引っかかり、こんと言う音がした。男たちは息を殺し様子を窺った。中からは規則的な寝息が聞こえる。目は覚まさなかったようだ。
 小男がドアのすき間から忍び込んだ。雑に置かれた荷物がドアの前にあり、それが引っかかったのだ。そっと荷物をどかすとドアは他の男も十分通れるくらいに開いた。
 獲物に忍び寄る豹の様に音もなく男たちが部屋に入ってくる。二つのベッドを取り囲んだ。
 取り囲んだ男の一人が、小さなうめき声とともに大きく飛び退いた。いや、ふっ飛ばされたのだ。
 身構える男たち。不意に跳ね上がった布団が男たちの上に覆いかぶさってきた。布団の重みにのけぞりつつ、布団を払いのけようとする男。だが、その暇もなく布団の上から強い衝撃が襲ってきた。
「ばーか、寝てると思ったのか?甘ぇんだよ!」
 泰造がベッドの上で叫ぶ。泰造のベッドを取り囲んだのは五人。そのうち三人があっという間に倒された。
 他の男たちが一斉に剣や短剣を抜き払った。対する泰造は素手だ。
「ジョウ、カツ、タク!お前らは女を確保しろ!急げ!」
 格上らしい男に命じられ、呼ばれた三人は沙希のふとんを払いのけた。中では沙希が騒ぎに目を覚ましたところだった。沙希は眠りこけていたようだ。
「きゃ……な、何よあんたらっ」
 叫び、抵抗する沙希だが男三人にあっけなく取り押さえられてしまう。
 その頃、他の男たちは二人が泰造のひっくり返したベッドの下敷きに、一人が泰造に襲いかかったところにカウンターをくらいひっくり返っていた。
 残っているのは三人。皆、手に長剣を持っている。輪を描くように三方向に広がり、ゆっくりと距離を詰めてくる。
 一人が背後から泰造に斬りかかってきた。剣を振りかぶり、泰造目がけて振り抜く。しかし、剣は空を斬っただけだった。
 勢いづいてつんのめる男の背後をとった泰造は、そのまま男の片腕を取り、一気にねじり上げた。ごりっ、っという嫌な音がした。
 横からもう一人が襲いかかってきた。泰造が手を離すと掴まれていた男は倒れ込み、言葉にならない叫び声を上げながらもがく。
 横様に剣を振り抜く男。泰造は腰を落としその一撃を躱すと、男に肩から飛び込んだ。男はふっ飛ばされ、取り押さえられた沙希を連れ出そうとしていた一団に突っ込んだ。まとめてひっくり返る男たち。沙希は床に投げ出された。
「けっ、てんで弱っちいじゃねーか」
 そう言いながら泰造は後ろをふり返る。残るは一人。泰造は男に突進した。男は剣を構える。突きの体勢。それを見止めた泰造は身を横に捻って男の正面から離脱した。男の目はその動きを追ってくる。今までの雑魚に比べると幾分かは戦い方を知っているようだ。
 間合いを取りながら男が近づいてくる。そして、不意を突くように飛び出してきた。男の剣が泰造をかすめる。泰造も素早く後退していたので直撃は免れた。髪が数本宙に舞った。
 男との距離は近い。泰造は蹴りを放った。それを腕で防ごうとする男だが、泰造のバカ力での蹴りは打撃をあたるものではなく、ふっ飛ばすためのものだ。腕をへし折られつつふっ飛ばされる男。
 壁に激突しながらもなおも立ち上がろうとする男に、泰造はとどめのひざ蹴りをかました。
 起きあがり、沙希を連れ出そうとしていた男たちは、泰造が向かってきたのを見て沙希を捨てて逃げ出した。
「大丈夫か?」
 一応沙希に聞いてみる泰造。
「うん、大丈夫」
 まぁ、大したことはされてないのでそうだろう。
「この様子だと隣も危ないな。見に行こう」

 めいめいに武器を取り部屋を飛びだす泰造と沙希。隣の部屋の前にはさっき逃げ出した男たちと、仲間らしい数人の男がいた。
 一人は鍵を開けているらしく鍵穴に針の様なものをさし込んでいるところだ。そして、とくに強そうな男が二人。
「見覚えのある面だな。ヘヘヘ、そうこなくっちゃ。手配番号三十五号、遇爾だな!」
「賞金稼ぎか。また面倒な奴を連れてきてくれたな……」
 遇爾が剣を抜く。大振りの長剣だ。横の男も身構えた。こちらの武器は太い棍棒だ。
 大きな体に似合わない速さで遇爾が間合いを詰めてきた。泰造が先手を打って金砕棒を振りかざす。ゴギンっ、と言う音をたてて金砕棒と長剣がぶつかった。
 鍔迫り合いなら泰造には自信がある。力任せにぐいぐいと押す泰造。遇爾は剣を払い、横に飛び退いた。
 遇爾の後ろには棍棒男が待ち構えていた。泰造の脳天目がけてこん棒を振り下ろす。金砕棒で防ぐ泰造だが、激しい衝撃に手が痺れ思わず取り落としそうになる。
 さらに、棍棒を横様にぶん回す棍棒男。泰造はこれも金砕棒で防ごうとするが、防ぎきれずにふっ飛び壁に叩きつけられる。
 体勢を立て直す間もなく、遇爾が斬りかかってきた。防ぎきれない。
「うっ!?」
 風切り音がし、遇爾が不意に怯んだ。その隙に遇爾の腹に蹴りをたたき込む泰造。倒れ込んだ遇爾の腕には矢が刺さり、後ろでは沙希が弓を構えていた。
 遇爾は倒れ込んだ状態のまま腕に刺さった矢を抜き払い、立ち上がると血の滴る手で剣を持ち直し、沙希に向き直った。
「味な真似してくれるじゃねぇか。女は殺さねぇのが俺のやり方だから命だけは助けてやるがな、その手癖の悪ぃ両腕は切り落としてやる」
 冷酷な目で見据えられ表情を強ばらせる沙希。泰造は棍棒男にかかりっきりになっているので遇爾に手出しができない。
 緊張した表情で矢を番える沙希。矢の先端は尖った矢尻でない。鏑矢だ。先端が開いているので相手に刺さらずに、音で威嚇したり致命傷を与えずに打撃を与える。
 鏑矢は遇爾の腹部を直撃した。どすっという鈍い音がする。だが、遇爾の巨躯にはその音ほど効いていない様である。
 沙希は通常の矢を番え、次々と放った。狙いは両手両足。敵の動きだけを封じるつもりだ。
 だが、矢が刺さろうが遇爾はおかまいなしで沙希に突っ込んでくる。まるで痛みを感じないかのようだ。
 沙希の前に立ちふさがり、剣を振り上げる遇爾。肩口を狙って振り下ろされる剣の動きを見ながら寸前で躱す沙希。剣は壁にめり込んだ。相変わらずのかなりの破壊力だ。だが、力は確実に失われてきている。壁に突き刺さった剣を抜くのに手間取る遇爾。
 その隙にも沙希は体勢を立て直し、再び弓に矢を番える。側頭部に鏑矢をぶち当てた。すこん、と軽い音がし、命中した鏑矢があさっての方向に飛んで行く。普通ならこれで意識を失うはずだが、遇爾はまだ立っている。
 再び遇爾が沙希に突進を始めた。距離がつまるまでの間にさらに剣を持つ右腕を射る。矢はことごとく命中し、遇爾の腕はまるで真紅のサボテンの様になっている。血を飛び散らしながらその腕を高々と振り上げる。
 どすっ、と音をたてて、ほんの一瞬前まで沙希の肩があったあたりに剣が突き立った。そして、遇爾の手が剣から離れた。
 遇爾はまだ使える左手を伸ばしてきた。躱す沙希だが、長い髪を掴まれてしまう。
 逃げることもできないまま沙希はその場にひき倒されてしまった。遇爾は沙希の背中に膝を乗せ、身動きできない様に体重をかける。そして、沙希の腕を掴み捻りあげた。
「へし折ってやる、観念しろ」
 獣の様に残忍な光を宿した目に喜びを湛えながら遇爾が低い声で言った。
 限界まで腕を捻られ、激痛にもがく沙希の上に不意に遇爾がのしかかってきた。
「俺がいるの忘れてただろ」
 沙希のすぐ近くで泰造の声がした。沙希にかかりっきりになっていた遇爾は泰造の接近に全く気付かず、後頭部に泰造の一撃をモロにくらったのだ。
「あとは一人だけだな」
 泰造の攻撃を受けて転倒していた棍棒男は、立ちあがろうとしていたところだった。
 泰造は突進するが、棍棒男は逃げはじめている。
「逃がさねぇっ」
 泰造は棍棒男を追おうとした。が、棍棒男は廊下の窓をぶち破り外に身を踊らせていた。砕けた窓から外を見渡すが、もうその姿はない。
「雇い主が倒れた以上、戦う意味はない。お前ほどの相手を倒すのに報酬もないのでは割に合わないからな」
 頭の上で声がした。上を見上げたが、星空が見えるばかり。
 棍棒男は結局その場から消え失せていた。

 これだけの騒ぎがあったのだ。宿のおかみが目を覚まし、番所に駆け込むのは当然と言えば当然だ。すぐに自警団の夜勤部隊が様子を窺いに来た。
 そして、これだけの騒ぎがあったにもかかわらず、涼と恭は泰造が部屋をノックして呼び出すまでぐっすりと眠っていたらしく、完全に寝ぼけ眼で部屋から顔を出した。
「おいおい、あいつらが怪しいってのは分かってたんだろ?もう少し警戒しろよ」
 呆れ返る泰造。
「でもさ、部屋には簡単には入ってこれないし。鍵は開かないだろうからドアぶち破んないと」
「鍵が開かないって?開いてるじゃねーか」
 合点が行かなそうな泰造に、恭が口をはさんでくる。
「違うよ、あたしの言霊であいつらにはこの扉は絶対に開けられなくなってるの」
「言霊って……。結界でも張れるのか」
「ってゆーか、恭が『この扉があいつらに開けられないように』って言うと、あいつらは結局この扉を開けようとすると邪魔されて開けらんないの。実際そうだったっしょ?」
 確かに、この扉を開けようとしている最中に泰造に叩きのめされてはいる。
「でもよ、部屋の前でばたばたしてたんだから起きるだろ、普通」
「起きたよ。でも横で恭が泰造さんが勝てるように願かけてたから俺も安心して寝てた」
「……」
 あまりの気楽ぶりに言葉もない泰造だった。

 騒ぎもおさまり、朝が来た。
 が、泰造たちが起きだしたのは日ももう高く昇り、傾きかけた頃だった。早速、夜の分の賞金をもらいに役所に向かう泰造。
 受け取った賞金は三十万ルクとここ最近では特に高い額だった。それもそのはず、旅人を狙って男は殺し、女はさらってどこかに売り払うという凶悪な奴だったのだ。その女の取引先を突き止めるために、生け捕りでの賞金追加額が十万ルクというのも高い。
 ぼろぼろになった宿の補修費の一部も泰造が払う羽目になったが、賞金のほんの一部を出したに過ぎない。その賞金の受け取りもあり、結局その日の出発は見送ることにした。
「そういえば、恭ちゃんたち、今広場でお店だしてるんだよね。見に行こうよ」
 沙希が泰造を引っ張りながら言う。
「ああ、占い屋だっけか。しかし、宣伝もなしにぽんと始めて金になんかなるのか?客がこねーと思うんだけど」
 別にさほど興味はないのだが、沙希が見たいと言い出したからには一人ででも見に行ってしまうだろう。、また変な奴に捕まりそうな気がするので渋々くっついて行く泰造。
 予想に反して、広場のそれらしい小屋の前には人が行列を作っていた。
「すごーい、人がいっぱいいるーっ」
「……儲かってそうだな……」
 少しうらやましく思いはじめる泰造。小屋にでている札を見ると、一回三百ルクとのこと。三十人ちょい占ってやれば一万ルク行ってしまう。しかもこの行列。
 よく見ると、行列の人はほとんどが若者だ。しかも女性が多い。
 それもそのはず。看板には大きく『風聞き人の恋占い』と書かれていたりし、『言霊使いがあなたの恋がうまくいくようにおまじないをかけます』とも書かれている。言われてみれば、男は一人で来ているような客はおらず、大概横に女がべったりとくっついているカップルだ。
「ううう、なんかやーな雰囲気だなぁ。逃げるわ、俺」
 毒気に当てられ、泰造は逃げ腰になっている。
「うん、あとで話だけ聞こ。こんな所、泰造と並んで歩いていると恥ずかしい」
「どういう意味だ、そりゃ」
「えっ、そりゃいろいろと」
 睨みつける泰造にお茶を濁す沙希。
「ちょっと、なぁに、あれ」
「まて、逃げるな」
「違うよ、あのお店の横」
 沙希に言われてみてみると、見覚えのある顔がそこにあった。
「……何故二十二号がここに……」
「捕まえてやるっ」
 飛び出そうとする沙希の襟を泰造が掴んだ。足が空回りする沙希。
「まて、正面から行くな。植え込みに隠れて背後に回るんだ」
 咳き込みながら泰造に続いて植え込みに隠れる沙希。気配を殺しながら龍哉のいるあたりまで忍び寄る。
「ちょっと、泰造のお尻が不愉快なんだけど」
「じゃ、俺の前を行くか?」
「……後ろでいい」
 などとやっているうちに、龍哉の背後に回り込むことができた。
 龍哉は店から出てきた女性、その中でも冴えない顔で出て来る人に声をかけている。
「ヘイか〜のじょ〜♪どう、占いは。今の彼氏とうまくいきそう?」
「何よあんた、ほっといてよ」
「うまくいかないって言われたんだろー?どうだい、これを気に乗り替えるってのは」
「ほっといてって言ってるでしょ!」
 女性は逃げてしまった。龍哉は懲りずに別な女性を見つけ同じようなことをしている。
「……ナンパしてやがる」
「さいってー」
 二人は呆れ混じりに溜め息をついた。脱力はしたが、捕まえるチャンスに違いはない。龍哉が完全に女性に気を取られている隙に泰造が襲いかかった。
「うぇ?おわああああああ」
 一歩遅く、泰造の手は逃げ出した龍哉に届かなかった。猛ダッシュする龍哉。
 全速力で追いかける泰造の横をぴゅうぅ、と言う音がかすめて行く。沙希の鏑矢だ。鏑矢は龍哉の背中に命中した。
「いってええええぇぇぇぇ!」
 絶叫しながらも龍哉のスピードは落ちない。叫びがドップラー効果で歪んで聞こえる。
 見る間に龍哉は広場から姿を消した。
「ちくしょー、ネズミよりもすばしっこい……」
 忌々しげに泰造が吐き捨て、沙希のいる方に戻っていく。途中、龍哉にあたった鏑矢を拾い沙希に渡した。そのまま、二人は宿に戻ることにした。
「はぁあ、あたしの鏑矢じゃ龍哉も捕まえられないのかぁ。健兄ちゃんだったら鏑矢で猪を倒したりできるのに……」
 渡された鏑矢を見つめながらため息混じりに呟く沙希。
「誰だそれ。お前の兄貴か?」
「ううん。ほら、ナリットに行った時泰造と一緒に狩りに出かけた人」
「ああ、そういやぁ健って呼ばれてたかも知れねーな……。まぁ、あの図体ならそのくらい出来るだろうな。お前みたいなひ弱な女じゃ無理だろ」
「あっ、ひどい」
 腕を振り上げる沙希。
「本当だろうが。鍛えて俺くらいになりゃどうにかっていう芸当だぞ、そりゃ」
「そんなに力要るの?うーん、あたしじゃ無理だわ」
「大体さ、お前弓がないとまるっきり役に立たないよな。昨日の三十五号との戦いっぷりは対したもんだと思うけどさ、その前はあんな情けない雑魚にあっさりと捕まって抵抗も出来ないなんてどうしようもねーぞ」
「だってぇ」
 泰造の言い草に拗ねる沙希。
「なぁ沙希。お前さぁ、体術くらい身につけといたほうがいいぞ」
「体術?」
「ああ、素手で敵と渡り合う方法でよ、上達すりゃ力がなくてもでかい相手を簡単にねじ伏せられんだ。俺もガキのころは大人には力じゃかなわねーからな。体術を使ってねじ伏せてきたんだ」
「あたしでも出来るかなぁ」
「練習すりゃ出来るだろ。お前は結構すばしっこいし、モノにできると思うぜ。宿についたら教えてやるよ」

 宿に戻ったところで、早速体術の基礎講習が始まった。
「そう、そうやって腕を捻りあげる!いたたたた、ちったぁ手加減しろ!」
 沙希に腕をとられてもがく泰造。いつもまるで敵わない泰造が沙希がちょっと力を入れるだけで痛がるのが沙希にとってはちょっとうれしかったりする。
「あたし、これで戦えるかな」
「まだまだ全然だ。俺が抵抗してねーから簡単にできんだよ。実戦じゃ敵の隙を見て、なおかつ敵の状態に合わせた技を使わなきゃならねーからこの辺は練習するしかねーな。俺がいつでも相手になってやる」
「うん」
「次は敵がこう正面から掴み掛かってきた場合だ。これもいろいろ対処法があるけどよ、手っ取り早いのは相手の勢いを利用して、こう敵の襟を掴んで足かけて少し横ちょに捻ってやると」
「きゃ」
 泰造にひっくり返される沙希。柔道の出足払いのような技だ。
「いたーい」
「すっ転ばされてるんだから当然だろ。ちょっとやってみ」
 沙希は目に涙を浮かべているが泰造は意に介さずだ。ちょっと沙希も悔しくなり、やや本気になる。
「えいっ」
「おっと」
 戦いなれているだけあってしっかりと受け身を取る泰造。が。
「ぐえっ」
 泰造の重みに引っ張られた沙希が泰造の上に降ってきた。
「あのなー、手を離すか腰落とすかしろよ、一緒に倒れてちゃ話になんねーぞ」
「そうならそうと言ってよぉ」
 と言いつつ、まだ泰造の襟を掴んだままの沙希。
「ねー、沙希ちゃんいるー?」
 そこに、仕事が終わったのか恭が入ってきた。が、固まる。女が男の上に乗り、服に手をかけているというこの状況は、何も知らずに目にするとものすごいことに見える。
「ご、ごめんっ。何も見てないからっ」
 慌ててドアを閉める恭。部屋の前から走り去る足音がする。
 沙希も、恭がこの状況をどう解釈したかを理解した。
「きゃーっ、恭ちゃん、違うの、違うんだよぉ」
 慌てて恭の後を追いかける沙希だった。

 翌日。
 国境のスプラノフィン山脈を越える道を辿りはじめた泰造達。山脈を越える、と行っても山を越えるわけではない。道は峡谷に沿って続いている。その峡谷に填まるように関が設けられているのだ。
 シャマナに入る前は遠くに霞んでみえた山々が一行の両側に聳えている。その威圧感に圧倒されそうになりながらも足を進める。
 この山脈は大陸の端から端まで続いていて大陸を分断している。そのため、この山脈を境に全てががらっと変わるのだ。
 大自然の中に人々が細々と暮らす未開の地カームトホークと、人の領域と呼ばれる大陸中央部。
「この向こうは人間が何百年、何千年とかかって自分たちの住みやすいように作り替えた世界だ」
 泰造が関を見ながら言った。
「この関を見ろ。本当はすごく険しかった道を、削りに削ってここまで平らにしたんだ。この道が無けりゃ、こんなに気軽にあっちとこっちを行き来なんかできなかった。この向こうじゃこんな事が当たり前だ」
 確かに、狭隘な渓谷は人の手で削られた荒い岩肌だ。それがかなり上のほうまで続いている。それだけを人の手で削り取ったということだ。
「すごい……」
 呆気に取られる沙希。
「俺たちはこんなの見なれちまったし当たり前だと思ってるけど、沙希にはびっくりするようなことばかりかも知れねーな」
 沙希は自然とともに過ごしてきた山奥の村娘だ。この山の向こう、人の領域と呼ばれているところなのかは噂にも聞いたことがない。
 期待と不安に胸を膨らませる沙希。
 自分たちが山脈を越えてまで『人の領域』から逃げ出してきた民の末裔であることさえも知らずに。

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