賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨八話 言霊使い

 人は言葉を使う。
 意思を伝えるため。記録を残すため。そして……。


 オトイコットから伸びるもっとも大きな街道を泰造たちは歩いている。この道を進んでいくと、カナーガを通り、シマート・カウィッホ・クリーク自治区に入る。
 タミカ、ギーナ、ターマと宿場を経由し、四つめの宿場、ターティッカについた。
 沙希は相変わらず宿場につく頃にはへとへとになってしまうのだが、それでも今日あたりは、朝にジョギングなどをせずに寝ていた頃と同じようにぼやきが出るくらいになっていた。最初は宿場で一息入れるまでは声もでなかったのだ。めざましい進歩である。
 いつまでも沙希のぼやきにつきあっているつもりはないので、さっさと宿を見つけて沙希を寝かしつけ黙らせることにした。
 それにしても、この宿場は夜も近いというのに妙に騒がしい。泰造はそれが気になっていた。

 沙希は食事と風呂をすますと、とっとと寝床に潜り込み寝息をたてはじめた。泰造はひとまずほっとした。
 泰造もそろそろ寝ようか、と思い出したその時だった。
 どぉん!
 空気を震わせるような轟音が突如響き渡った。宿場のあちこちで甲高い叫び声があがる。
「な、なにっ、何今の!?」
 さすがの沙希も飛び起きた。
 泰造は窓を開け、外を見た。沙希もその横から覗き込む。宿場のあちこちからざわめきが起こっている。
「何があったんだ!?」
 泰造は部屋をとびだした。沙希も慌てて着替え泰造を追う。
 帳場に宿のおかみの姿が無い。宿を出ようとした時、再びの轟音。
 扉を開けると、宿場の建物が赤い光に照らされていた。見渡すと、大通りのほうに宿のおかみがいた。他にも、多くの人がその辺に群がっていた。
「もしかして……」
 大通りに出た瞬間、赤い閃光が再び宿場を照らしあげる。空を見あげると、大輪の菊が輝いていた。辺りに歓声が上がる。
「花火!?なぁに、なんでなんで」
 泰造に訊く沙希だが、泰造に分かる訳もない。
「祭りでもやってんのかな」
 泰造は宿のおかみに訊くことにした。
「ああ、今日はお祭りがあるんだよ。花火はその合図さね」
 泰造の思ったとおりではある。
「なんで言ってくれないの、そんなことっ」
 沙希はそう言うと、花火の上がったほうに走って行ってしまった。さっきまでへばっていたのが嘘のようだ。
「なんの祭りなんだ?」
「今日はこの宿場が出来て三十年目の記念日なんだよ。うちの宿も宿場の出来た時に建てた宿だからね、もうすぐ三十年だよ。私が嫁いできたのもそのくらいで……」
 話が長くなりそうだったので、おかみに気付かれないようにそっと離脱する泰造だった。

 宿場の中心の広場にはいくつかの露店が出て賑わっていた。
 泰造は沙希を探すが、すごい人ごみでなかなか見つからない。
「泰造っ!」
 後ろから沙希の声がした。振り向くと沙希が人ごみをかき分けながらこちらに走ってくる。
 なぜか沙希は切羽詰まったような顔をしていた。
「何だ、痴漢にでもケツ触られたのか?」
「バカっ、それどころじゃないよぉ!いるの、あいつが……」
「バカとはなんだ。二十二号でも……」
 言いかけて泰造はやめる。二十二号、龍哉程度なら沙希もこんなに騒ぎはしない。
「まさか……。三十九号か!?」
 沙希が頷くのを見て泰造の顔も緊張する。豪磨がここに居る。
「どこだ!?」
「あっち、噴水のところ!」
 泰造は用心深く人ごみを縫い、豪磨の姿を探した。
 噴水の池のへりに腰かけている長髪の男がいる。目を凝らしてみると、確かに豪磨だった。
「あの野郎……」
 泰造はすぐにでも襲いかかりたい衝動に駆られた。だが、ここで戦いになれば祭りを楽しんでいる人々を巻き込んでしまう。手が出せない。
「奴がこのまま黙ってるとも思えねーし、一刻も早くどうにかしねーと……」
 焦れる泰造。
 再び赤い閃光が空を彩る。花火が立て続けに打ち上げられた。
 歓声と花火の音があたりを包み込む。隣の人と話をすることもままならないほどの騒がしさだ。
 その時、豪磨がゆっくりと立ち上がった。音もなく刀を抜き払う。今なら斬られた者が悲鳴を上げようが、周りの人が騒ごうがかき消されてしまうだろう。
 豪磨は口元を歪めると人ごみの背後でそっと刀を掲げた。そして、一気に振り下ろす。
 キィン!と、甲高い音がした。肉を切る感触でも、骨を断つ感触でもない。堅い金属に豪磨の刀があたったのだ。
 豪磨の目が見開かれ、口元に浮かべられた笑みが消える。豪磨の刀は金属の棒で食い止められていた。豪磨が動きだしたのを見て、泰造が飛び出してきたのだ。
「てめぇっ……邪魔するな!」
「冗談じゃねーよ。目の前で人が殺されようとしてんのを黙って見過ごせるか!」
 激しい鍔迫り合い。周りの人々も、異変に気付き泰造たちから離れて行くが、この騒ぎではまだ祭りのほうに気が行っている人が多く、遠くのほうの人は気付いていない。死者も出ていないのでただの小競り合いにしか見えないのだろう。逃げ出そうとする者はいない。
「てめぇを叩っ斬ってからにしねーと、生贄は手に入らねぇみたいだな」
 いいながら泰造を睨みつける豪磨。
「生贄だぁ?何をやらかすつもりだ!?」
「てめぇに話したってしょうがねぇだろ!?これから死んじまうんだからよぉ!」
 豪磨が後方に飛び退き鍔迫り合いが崩れた。泰造は勢いで前につんのめりそうになる。その隙に、豪磨は刀を振りあげて泰造に斬りかかった。
 今から防御しても間に合わない。泰造はかろうじて体を捻り豪磨の一撃を躱すが、その切っ先が泰造の肩を捉えていた。泰造の服が裂け、血がわずかに滲む。深い傷ではない。
 この野郎、前に戦った時よりも腕が上がってやがる。力も俺と互角くらいだ。なぜここまで腕を上げた!?
 豪磨の繰り出すさらなる一撃をどうにか受け止めた。再びの鍔迫り合い。だが、泰造は肩の傷が痛むために全力が出せない。
 このまま押し切ることはできない。泰造は一旦退くことにした。豪磨の刀を払い、後ろへと飛び退く。
 豪磨は間髪を入れず泰造に躍りかかってきた。泰造は豪磨目がけ、金砕棒を突き出した。確かな手応えがあった。金砕棒の先端が豪磨の鳩尾に入り、豪磨の体が弓のようにしなる。そのまま後方へ大きく弾き飛ばされ、地面に倒れた。
 ただ、豪磨はその勢いを利用してトンボを切り、そのまま泰造に斬りかかってくる。
 信じられない動きだった。泰造の渾身の一撃を受けているのだ。並みの人間なら絶命していてもおかしくないし、少なくとも身動きできなくなっているはずだろう。それなのに、まるで今の一撃が効いていない様である。
 泰造は思い出していた。ウォジョレー山麓で、そしてナリットの村で戦ったあの化け物を。渾身の一撃を受けても全く平気だったあの怪物。
 こいつもあれに取り憑かれているのか……!?
 周りで見ていた人たちも、さすがに恐れをなしたか、逃げ出しはじめた。
「ちっ……。てめぇは本当に疫病神だな。ここなら多くの血をこの刀に吸わせることができただろうに……」
 忌々しげに言い捨てる豪磨。
 豪磨の刀は打ち上げられる花火の赤い光を受けて不気味な光を放っている。まるで、すでに血に染まっているかのように。
 そうだ、刀。この刀が無ければ奴だって攻撃できないはずだ。
 泰造は精神を集中させた。そして、豪磨の刀目がけて金砕棒を降り下ろす。泰陽打だ。わずかに手応えがあった。だが、それだけで金砕棒は振り抜かれていた。豪磨の刀の先端がとび、どこかへと消えた。刀の折れた音とは思えない妙な音が響く。叫び声にさえ聞こえた。
 豪磨は驚いて飛び退いた。
「もっと根元からぽっきりいかせてやるつもりだったけどな」
 泰造は勝ち誇った笑みを浮かべる。それに対して豪磨も不敵な笑みを浮かべた。
「それで勝ったつもりじゃないだろ?」
 豪磨は刀を構え直した。
 泰造は目を疑った。
 刀は確かに折れていた。そして、その折れた部分に奇妙な赤い光が浮かんでいる。花火は上げられていない。刀が光を放っているのだ。その赤い光の部分から、少しずつ刀が再生していた。まるで生き物のように。泰造が見ている前で豪磨の刀が完全に元に戻った。
「どうなってやがんだ……っ!」
 歯噛みする泰造。何をしても傷一つ与えられず、刀さえ壊せないというのか。
 泰造はダメもとで再び刀を狙い、泰陽打を放った。
 だが、同じ手は二度は食わない。泰造の金砕棒は空を斬る。そこに豪磨の一撃が振り下ろされようとしていた。
 もう駄目か、と思い目を閉じる泰造の頭の上で、甲高い音がした。同時に風を切るような音も駆け抜けて行く。
「なっ……」
 驚いたような豪磨の声。目を開くと、豪磨の刀が弾き飛ばされていた。
 何かがすごい勢いで回転しながら泰造の後ろへと飛んで行くのが見えた。その方向に目を向けると、二つの人影があった。
 少年と少女。
 飛び去って行った物は、少年の手に握られている手斧の様だ。
「加勢するよ。こいつ、噂に聞く凶悪犯の豪磨って奴っしょ?」
 少年が飛びだして来て泰造の横に並んだ。泰造と同じくらいか、少し若いくらいの少年だ。見たこともない民族の出で立ちをし、肩まで髪が伸びている。中性的な顔をしていて、胸板がむき出しの服を着てなければ女と見紛いそうだ。
「気をつけろ、こいつは生身の人間じゃねーんだ!」
 豪磨に歯が立つかどうかは分からないとはいえ、加勢は嬉しかった。加勢を受け、勢いづいた泰造が豪磨に襲いかかる。
 刀を拾おうと必死に手を伸ばしている豪磨を掬いあげるように金砕棒が振り抜かれ、豪磨の体は宙に舞い噴水の池に落ちた。
 激しい水しぶきに、騒ぎから遠い所にいた人々も異変に気付く。祭りの会場の騒がしさは瞬時に賑わいとは違うものになった。
 豪磨の手から離れた刀に手を伸ばす泰造。だが、その刀は泰造の手の中で砂となり、泰造の手から零れ落ち、空中で跡形もなく霧散する。
「どけええぇっ!」
 戸惑う泰造の背後から、豪磨の叫び声が聞こえてきた。見ると、豪磨の手には落としたはずの刀が握られている。刀が行く手を阻む人たちを散らすように振り抜かれ、あたりはパニックになった。クモの子を散らすように人々は逃げ去り、先程よりもずっと大きな輪になって遠巻きに泰造たちを取り囲んだ。
「見てんじゃねー!逃げろ、殺されるぞ!」
 観衆を一喝する泰造。見ていた人々の半分くらいはそれで逃げ出したが、全部は逃げない。
「また余計なことを……。とことんうっとうしい奴だ、お前は。いいさ、ここで殺してやる。人間ごときに負けるはずがないんだからな」
 怒りと嘲笑の入り交じった表情で泰造を睨みつける豪磨。
「てめー、やっぱり人間じゃねーんだな!?」
「俺は人間さ。人を超越した力を手にしただけの、ただの弱虫な人間だよ」
 にやけた顔で豪磨が斬りかかってきた。金砕棒で攻撃を受け止めるが、間髪を入れずに更なる一撃が繰り出される。泰造は防戦一方になった。
 そのとき、風切り音が泰造の耳に届いた。少年が手斧を投げたのだ。
 だが、豪磨はその攻撃に気付いたらしく、素早く身をのけぞらせ手斧を躱した。泰造はその隙に離脱し、体勢を立て直す。少年の手斧は豪磨の遥か後方で翻るように向きを変えた。投げても手元に戻ってくる特殊な構造をしているのだ。
「当たって!」
 いままで遠くで見守っていた少女が不意に叫んだ。まるでその声が届いたかの様に、手斧はゆるやかに豪磨のほうに軌道を変える。
 それに気付くのが遅れた豪磨は、後方から来た手斧の直撃を受けた。やじうまから悲鳴があがる。並みの人間なら絶命しているだろう。だが、豪磨はゆっくりと立ち上がった。再びやじうまが悲鳴を上げた。今ので逃げ出したものもいる。 
「へーっ、人間じゃないってマジみたいじゃん。恭!『破邪詞』を頼むわ」
 言われ、少女の口から歌うような詠唱が流れ始めた。
「此の者の穢れ祓い清め給え。理を乱す邪なる者を退け給え……」
 豪磨が急に苦しみだした。詠唱はなおも続く。突然、豪磨が今までに聞いたこともないような悍ましい声で呟く。
"おのれ、貴様聖職者か?人間相手と思い油断したか。まぁいい。いずれにせよ人ごときに我を滅ぼす力はあるまい。我の目的が果たされるのが伸びるまでのことよ"
 豪磨に取り憑いたものの声なのであろう。そう言い残すと、豪磨は大きく飛び退き、闇の中に消えていった。

 騒ぎもおさまり、一抹の不安を残しながらも祭りは再開された。
 泰造と沙希、そして少年たちはその人の輪から少し離れた場所に腰をかけた。
 少年は、聞いてもいないのに自己紹介をし始めた。少年は涼、少女のほうはさっき涼が呼んだ通り恭と言う名前だった。
「でさ、おたく泰造さんっしょ?」
 泰造は名乗ってもいないのに名前をずばり当てられ、面食らう。
「なんで知ってんだ?」
「あ、当たり?だってさ、金棒振り回すとんでもない強さの賞金稼ぎだって、噂で聞いてたし」
「お、俺って有名なのか?」
 機嫌がよくなる泰造。
「いや、そうでもないみたいだけど」
 かぶりを振る涼にがっかりする泰造。
「モーリアに現われた怪物を倒したんだって噂だよ。怪物が現われたってことは箝口令が敷かれてて役人の一部しか知らないみたいなの。だから普通の人は誰も知らないと思う」
「って、なんでそんなこと知ってるんだよ」
 泰造が恭の言葉に突っ込んだ。
「噂だよ」
「噂って……」
「俺らんとこに入ってくる噂はさ、ちょっち特別なんよ。『風の噂の精霊』が運んでくる噂だからさ」
 涼は言いながら自慢げに胸をそらす。
「『風の噂の精霊』?なぁに、それ」
 沙希が興味を示した。
「もしかして、『風聞きの一族』じゃないか、お前ら」
「あっ、知ってるんだぁ。そうだよっ」
 泰造の言葉に、涼と恭が頷いた。
「えっ、何それ何それっ」
 沙希が身を乗り出した。
「風の吹くままに旅を続ける流浪の一族で、その『風の噂の精霊』が運んでくるっていう噂をさらに広める宿命を背負っているらしい。中には『風伝人(ヒアラー)』って呼ばれてる、占い師みたいな奴もいるんだよな」
「よく知ってるね」
 詳しい泰造に涼も感心する。
「俺、結構あちこち歩いてるからな。そういうのは結構知ってるんだぜ」
 自慢げな顔をする泰造。
「でも、字は読めないのよね」
「いいだろ、そんなの」
 沙希の茶々で急に不機嫌になる泰造。
「もしかしてさ、こうやって部族を離れて旅をしているってことは、風伝人なのか?」
 泰造は話を戻した。
「そ。俺がその力をもってるんだ。ちょっとだけどさ」
 涼が自分を指差しながら言う。
「ね、さっき恭ちゃんが見せたあの力はなぁに?」
 二人にやたらと興味を示す沙希。世界の様々なものをみたいと言う夢を持っているだけに、彼らのもつような特異で不思議な能力は興味の対象なのだ。
「あたしはね、『言霊使い』なの」
 恭はさらっと言う。
「ことだま?」
 二人には何のことだか分からなかった。
「そう、あたしはね、言葉に力を持たせることができるの。風聞きの一族にはときどきそういう人が出てくるんだ」
「知ってるぜ」
 泰造が割り込む。
「俺がガキのころ、雨乞いをすると本当に雨が降るすげぇじっちゃんが村に居たんだ。そのじっちゃんが言霊使いだったはずだ。空に向かって『雨を降らせてください』って、お願いするんだ。すると、次の日には雨が降ったりする。本当に雨が降らないと困る時にしかやってくれないんだけど、おかげで干ばつなんかで苦しむことはなかったんだ」
「そう、きっとその人もあたしたちの部族から離れた言霊使いね。言霊使いが心をこめて発した言葉は、現実のものになるわ」
 さっき、涼が投げた斧が、いきなり方向を変えて豪磨に命中したのは、恭が発した当たって、という言葉のせいなのだ。
「便利だな」
 泰造は、その力で金を稼げそうだと本気で考えている。
「さっきの『破邪詞』ってのも言霊使いの力の一つなの。言葉に強い力をもたせられるから、普通の人が使ってもある程度の力のある言葉を、さらに強くできるってわけ。あれは普通の人が使ってもそれなりの力がある言葉だから憶えておくといいよ」
 早速メモをとろうとする泰造と沙希。もちろん、憶えているわけないのであらためて教えてもらうことになる。
「でもさ、ちょっと怖いかも。呪いとかかけたらすっごく効きそう」
 メモを読み返しながら、ふと沙希が呟いた。
「そうね。だから、あたしたちはどんなに憎い相手にでも“死ね”なんて言っちゃいけないの。ただその言葉を口にしただけでも、他の人が刃物を突き刺すのと同じくらいの力を持つからね」
 そう言った時、恭は少し寂しそうな顔をした。
 言葉が強い力をもってしまうがゆえに、言いたくても言えない事がいくつもあったのだろう。今までの口数の多さから考えてみれば、彼女はとても喋るのが好きだろうというのがすぐに分かる。そんな彼女が、言いたくても口に出すことさえ許されぬというのは沙希には想像もできないくらい辛いことなのかもしれない。
「それっていやだなぁ。あたし、思ったことはばんばん口にしちゃうほうだし。たまには気も使うけど、悪口も言えないんじゃ胃に穴があいちゃうよ」
 考えてみれば、泰造も似たようなものだ。思えば、泰造に初めて会った時から何の気兼ねもなく話せたのは、お互いそういった性分だからというのもあったのだろう。沙希の言い分を聞いて恭は苦笑いを浮かべた。
「うらやましいな……、そういう生き方って。あーあ、あたしも自由に言いたいこと言えればいいんだけどなぁ」
 遠くを見ながら恭が言う。これ以上自由に喋られたらうるさくて仕方ないだろう。
「お兄ちゃんとたまにケンカするけど、思う存分やれないし。お兄ちゃんもそれ分かってるから、気を使ってあんまりひどいことは言わないの。腹の中にためて言わないから、却ってむしゃくしゃするみたい。だから、すぐに仲直りできなくて、おしゃべりできなくなっちゃうし。本当は一番それが辛いの」
 恭が苦笑いを浮かべた。恭は涼のことをお兄ちゃんという。兄妹なのだろう。
 沙希がふと、その涼のほうに目を向けた。涼は泰造と話し込んでいる。泰造が口をはさんでこなくなったのは、その横にいた涼と話している……と言うか話されているからだった。クセのある喋り方で一方的に捲くし立てられるので、相槌を打つだけで精一杯である。
 その後豪磨が現われることもなく、祭りは何事も無かったかのように終わりを迎えた。そして、祭りが終わるまで二人の話は止まらないのであった。

「はー、よく喋る男だなぁ、あの涼ってやつは」
 部屋に戻った泰造は、疲れはてた顔で呟いた。
「何の話してたの?」
 沙希が泰造の顔をのぞき込みながら訊いた。
「あー、よく憶えてねー。最初に俺がとっ捕まえた賞金首の話してたんだけどよ、なんだかだんだんその賞金首の話になっちまってさ。あいつ、詳しいなー」
「あっ。そういえばあの二人、情報屋やってるって言ってたよ」
「情報屋!?」
「そう。賞金稼ぎとか、冒険者とか相手に情報を流してお金稼いでるみたい。あと占いとかもやってるんだって」
「なるほど、道理で……まさか、後金で請求して来たりしねーだろうな」
「それはないと思うけど」
 言いつつ、ちょっと不安になる二人。
「なんかね、恭ちゃんって不思議な力があってね……」
 沙希は恭から聞いた話を始めた。最初はちゃんと聞いていた泰造だが、如何にせん要約しているとはいえ恭の長話だ。よく沙希もこれだけのことを聞いて憶えていられたな、と感心するやら呆れるやら。予定外に遅くまで起きていたことも手伝って、話が終わる頃には泰造の意識は遥か彼方へと飛んでいた。
「……ね、泰造。聞いてる?」
「ぅ。聞いてる」
 沙希の一言で目の覚めた泰造はバレバレの嘘をつく。
「はー、しかしよく喋る兄妹だったなぁ。明日は絡まれないうちに次の宿場に行こうぜ」
 苦笑いを浮かべる泰造だが。
「えっ。でも……方向一緒だから一緒に行こうって約束しちゃったよ。明日宿場の外で待ち合わせなんだけど……」
「お、おいおいっ、そんなの約束すんなよ」
 泰造の顔が引きつった。
「どこまで行くって言ってた、あいつら」
「ウーファカッソォでおいしい鉄板焼きを食べるって言ってた。……どこ?」
「大陸の真ん中あたりにある三巨都の一つだ。……って、そんなところまで一緒に行かなきゃならないのか!?しかも目的が鉄板焼き!?か、勘弁してくれ……はぁあ」
 泰造は安宿の堅い寝台の上にひっくり返った。
「なぁ、明日さぁ、マジで撒いて逃げよーぜ」
 弱気になる泰造。
「何よ、いいじゃない。一緒に行くことになればあたしは話し相手が出来て嬉しいもん」
「俺じゃ不満か?」
「不満ってことはないけど。でもやっぱり女の子同士のほうが話せることってあるでしょ?あたし、村飛び出してから女の子同士で話すってこと、あんまりなかったから……。ねー、一緒にいってもいいでしょ?」
「はー、しょうがねーな……。いいけどさ、涼の相手も頼むぞ」
 さっきからため息ばかりの泰造。
「いいよ、そのくらい。わー、いろいろおしゃべりしよっ」
 嬉しそうな沙希。あれだけ喋りまくっておいて、まだ喋ることがあるのか、と内心呆れ返る泰造だった。

 早朝のジョギングと軽いトレーニングを済ませ、朝食を取る。
 宿場の門で待ち合わせることにしたので、門を出た所で二人を待つことにした。
 泰造は、このままいっちまおーぜ、などと諦めきれずに言っている。
 そうこうしているうちに涼と恭が姿を現わした。
「あ、いたいた。ごめーん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
 恭と沙希はデートの待ち合わせみたいなやりとりをする。
「さっきさ、沙希ちゃんたちが朝ご飯食べにお店に入ったって聞いて、そろそろ出る頃かな、と思ってきたんだけど。思ったより早かったみたいだね」
 言われて、自分達が早食いであることに今さらながら気付く沙希。泰造の食うペースにつられて沙希も相当に早くなっているのだ。そうでなくてももともと早い。
「じゃ、行こう」
 恭はさっさと行こうとする。
「何もそんなに急ぐことないじゃん。まださっきのやつのこと、気にしてんの?」
 そんな恭に涼が後ろから声をかけた。
「だって、しつこいんだよ。こんな朝っぱらからあんなしつこいナンパ、頭来ちゃうよ」
「こんな時間にナンパなんかするやついるのか」
 呆れ顔をする泰造。
「俺さ、恭より早く宿出たんだけど、恭が来ないわけよ。そんでおっかしーなーって見に行ったらさ、口説かれてたんで一発食らわしてやったんさ」
「ついて来てたりしないよね……」
 宿場を囲っている柵の影からそっと町をのぞき込んでみる恭。
「あっ、見つけたっ」
 中から男の声がした。
「やだぁ、追っかけて来てる……今度は仲間連れてきたみたい。お兄ちゃん、どうにかしてよぉ」
「へっへっへ、お兄ちゃん一人でどうこうできる人数じゃあないんだな。諦めて俺の女に……」
 柵の影から姿を現わした男と、泰造の目が合った。
「げげっ、賞金稼ぎ!?なんでここにっ」
「二十二号か……!?てめー、いちいち俺の前に現われやがって!捕まりたいんならとっとと捕まりやがれっ!」
 運悪くもまた泰造と鉢合わせする龍哉たち。泰造たちの横をすり抜けて駆け抜け、そのまま全速力で遠ざかっていく。
「待てええええぇぇぇぇっ!」
 猛然とダッシュし追いかける泰造だが、到底追いつきそうにない。
「……知り合いなの?」
 恭が沙希に尋ねた。
「追いかけてる賞金首なんだけど……」
 もうかなり小さくなってしまった牙龍団一行と泰造の姿を遠くに見ながら、沙希が苦笑いを浮かべた。
 やがて、牙龍団一行は地平線のむこうへと消えた。へばった泰造だけが地平線の上に取り残されている。
「ちくしょー、あいつらも何かに取り憑かれてるぜ、絶対。でなきゃあんなスタミナとスピード出るわけねー」
 ようやく追いついた沙希たちに腹立たしげに泰造がぼやいた。
「バカねー、まともに追いかけて追いつくわけないって分かってるでしょ?」
 沙希が呆れながら言う。
「でもよー、石にでも蹴つまずいてすっ転ぶかも知れねーだろ」
 かなり気の長いことを言いだす泰造。
「それなら先回りして落とし穴でも掘っておいた方が早いよ……」
 本当に早いかどうかはやってみないと分からない。
「ま、あいつらとも方向は同じだし、宿場に着きゃまた向こうから出てくんだろ。凝りねー奴らだしな」
 いいながら泰造が立ち上がった。
 次の宿場、チハジオを越えればカナーガ、そしてその先は国境の町、シャマナである。

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