第捨七話 新しい旅の始まり
賞金稼ぎ。それは、激しい戦いの日々を生きる宿命を背負った者たちである。
死と隣り合わせの旅路。
それなりの覚悟、そして実力を持たぬものを待つのは、ただ死のみ。
オトイコットを出発した泰造達は、日暮れ間際になって最初の宿場町タミカにたどり着いた。
いつものことだが、沙希はもはや疲労のあまり声もでない状態になっていた。
「疲れたか、沙希」
一目瞭然なので訊くまでもないことだが、一応聞いてみる。沙希は声もなく、ただ頷いた。
「……宿についたら話がある」
泰造の言葉に疲れ果てた顔を上げる沙希。
その後、泰造は何も言おうとはしない。ただ、何の話があるのか、と言う疑問が沙希の心の中に渦巻く。期待とも不安ともつかない思いとともに。
宿場町というだけあって、宿はいくつもあった。どの宿も十分な空き部屋があり、探す必要もない。
泰造たちはやはり宿を値段で決めるのだった。案内所で一番安い宿の場所を訊き、その宿に向かう。
安宿らしい小ぎれいではあるが粗末な寝台の上に腰かけ、ようやく人心地つく沙希。
「ねぇ、話ってなぁに?」
疲れが少しとれたころ、恐る恐る沙希が訊いた。
「沙希。お前はフリーターはいやだって言ってただろ」
泰造は沙希のほうも見ずに言う。
「う、うん」
「賞金稼ぎを名乗りたいんなら、一人でもいいから賞金首を捕まえろ」
黙り込む沙希。
「無理なら、賞金稼ぎなんて名乗るな。今のお前は俺のアシスタント、いや、それにもなってねー」
「そんな、ひどい……」
言いかけた沙希を泰造が遮る。
「だってそうだろう?あの大工野郎みたいなどうしようもねー奴にさえ抵抗もできねーで捕まってるようじゃどうしようもねーぞ。あれがもしももっと凶悪なヤツだったら、今ごろどうなってたか分かったもんじゃない」
再び黙り込む沙希。
「だいたい、隣町まで歩いただけでへばるなんてだらしねーのにも程がある。賞金稼ぎってのはな、賞金首を捜し歩いて、見つけて逃げられたら追いかける、向こうから仕掛けてきたら戦わなきゃならねーんだ」
「分かってるよ、そんな事」
そういう沙希の声は暗い。
「役に立ってないのは分かってる。足も引っ張ってるよ。あたしだって、そのくらい気付いてた」
俯いたまま、呟くように沙希が言う。
「最初のうちはちょっとくらいは役に立つと思ってたけどよ」
沙希が顔を上げた。
「はっきり言って、お前と旅を続けるくらいなら一人で行ったほうが楽だ」
泰造の言葉に、沙希が涙を浮かべた。
「……今までのことは……謝る。あたしにできることなら何でもする……。だから、ここで見捨てないで……。まだ、あたし、一人で生きていく自信ないの。おねがい、見捨てないでっ……」
「見捨てるなんて言ってねーだろ」
泣きながら訴える沙希の言葉を泰造が遮る。沙希が泰造の目を見た。
「俺だって鬼じゃねーんだ。賞金首をやめさせるつもりで言うならせめてお前をナリットに送り返すさ。そーじゃねーよ」
泰造もベッドに腰をかける。
「いいか、沙希。俺が明日からみっちり鍛えてやる。お前を一人前の賞金稼ぎにしてやるからな。覚悟しとけ」
そう言うと、泰造は着替えもせずにベッドに横になった。
「ありがとう……」
沙希は涙をぬぐい、微笑んだ。
「おら、起きろ。起きろっての……おーきーろー」
まだ日は昇りかかったくらいだと言うのに、泰造は沙希を揺り起こす。
「ん……まだ暗いじゃないの……何よぅ」
寝ぼけ眼をこすりながら沙希が身を起こした。
「忘れたか?今日から鍛えてやるって言ったろ。まずは朝のジョギングだ」
「ふえぇ?」
ちょっと嫌な顔をする沙希だが、これで嫌がると本当に見捨てられるかもしれないと言う恐怖から、逆らうこともできない。
沙希は寝起きのおぼつかない足取りで立ち上がった。泰造はすでに着替えも終わっている。出かけるだけの状態のようだ。
「沙希もとっとと着替えてこい。便所も済ませとけ。ぐずぐずすんなよ、あんまり出てこないようだと覗くぞ。寝てるかも知れねーし」
その泰造の脅し文句が効いたのか、沙希は思ったよりも早く着替えを終えて出てきた。宿を出たところで、泰造は柔軟体操を始める。
「ぼーっとすんな、お前もやるんだよ」
慌てて沙希も見よう見まねで柔軟体操を始めた。体の筋が伸びて痛い。
「何だ、固いぞ沙希」
沙希の体をつかんでひん曲げる泰造。沙希としてはさらに痛い。それ以前に、変な所をつかまれたのでくすぐったい。
「や……やめてよぅ、エッチぃ!」
思わず逃げる沙希。
「……しゃーねーなぁ。ま、体解れりゃいいや。しっかりやっとかねーと、わき腹痛くなったり足攣ったりするからな」
体が解れた所でジョギングに入る。
夜明け直後の冷たい風を切りながら大通りをテンポよく駆け抜けて行く。
スピードは沙希のほうが上なので、問題なく泰造と併走する。だが、それも最初のうちだけだ。すぐに息が切れて泰造に後れを取りはじめる。
「は、速いよぅ」
「そうか?俺はこれでもゆっくり走ってんだ」
泣き言をもらす沙希だが、泰造は意に介さずだ。
だんだん泰造との距離が離れていく。大通りを往復し終わる頃には声も届かないほど差が開いていた。
ようやく宿の前につき、その場にへたり込む沙希。
「疲れたか?よし、あとは休んでていいぞ。俺はその間にもう一周してくる」
全く疲れた様子もなく、軽快に走り出していく泰造。それなりに体を使っている若者ならこのくらいは何でもないレベルなのだが、沙希は泰造の非凡なパワーの一部を見たような気がした。
朝っぱらから体を動かしたことなどほとんどなかった沙希。今日は朝食前からかなり体力を消耗しているので、朝食の量が自ずと増える。
泰造と沙希は朝食のおかずの取りあいの激しいバトルを繰り広げていた。
「俺の目はごまかせねーぞ!今俺の皿から一切れとっただろ!?」
「ええっ、何よそれ。これが泰造のだなんて一言も言ってないじゃないの」
「俺の前にあるんだから俺のに決まってんだろー!?」
「何よー、いいじゃないの。どうせ割り勘なんだしぃ」
「割り勘って……誰が稼いだ金だよ……」
溜め息をつく泰造。その隙にもう一切れとる沙希。
「ん?てめー、また一切れとっただろー!」
泰造でもさすがに気付く。
「そんじゃこれとこれ、もらうからな!」
泰造が素早く沙希の目の前の皿からつまみあげようとする。その箸を払おうとする沙希だが、泰造は見事な箸さばきでそれを躱した。
「あーっ、ひどいのぉーっ。あたしが頼んだやつなのにぃ。いいもん、また頼むもんっ。すいませーん、ラジゴの姿煮一皿追加〜っ」
「てめーっ、俺の金で勝手に追加注文するんじゃねー!」
エキサイトし立ちあがる泰造だが、沙希は全くお構いなしだ。
心安らぐ朝食の最中でも体力を消耗する泰造と沙希であった。
そんな騒然とした朝食でも休息にはなったらしく、沙希の体力も戻っていた。それでも一日歩くのは辛いだろうということで、今日はこの宿場に留まることにした。
一日何もせずに過ごすわけにもいかないので、町外れで特訓に励む。泰造は腕立て伏せなどで筋力トレーニング、沙希は略式の的を作って射的の訓練。
そのついでに、近くの道を通りがかる旅人の顔をそれとなくチェックし、もしも賞金首がいたらここぞと言わんばかりに襲いかかる、というのが今日のプランだ。
一日は長い。それぞれマイペースで特訓を続ける。
早い時間は宿場から発つ旅人が多く通りがかったが、昼間は時間的に旅人は途絶える。夕刻には隣の宿場からたどり着く旅人が多く通るだろう。
ほどよく汗をかいた所で昼食。
昼食は朝食ほどエキサイトしなかったものの、やはり取りあいにはなった。朝食と同じ店だったので店員は覚悟ができていたようだが、周りの客が唖然となった。
昼食後は軽い腹ごなしのあと、沙希は昼寝にはいった。泰造は一人筋トレを続けていたが、沙希の寝顔を見ているうちに馬鹿らしくなり、自分も寝ることにした。
目が覚めると、夕刻ですっかり風も冷たくなっていた。
予想通り、多くの旅人が地平線から現われ、街に入って行った。が、賞金首は見当たらなかった。
日も暮れかかった頃、泰造たちは宿に戻る。そして朝昼と同じ店で夕食。ここが一番安いのだ。店員は慣れを通りこして辟易しはじめたようだ。やはり客は呆気に取られている。
疲れたので夜はぐっすり眠れるだろう、と思いきや、昼寝したおかげでまるで眠気がささないのであった。
「泰造、寝ちゃった?」
沙希の声に泰造は目を開いた。
「何だ、沙希も眠れないのか」
「うん。昼間たっぷり寝たもんね」
闇の中で沙希が体を起こすのが見えた。沙希はそのまま窓辺に向かい、閉め切られていた窓を開いた。冷たい風と月明かりが部屋に入ってきた。
夜と言ってもまだ早い時間だ。町は静まり返ってはいない。近くの酒場からか、騒ぐ男たちの声が微かに風に乗って聞こえてくる。
「なぁ、眠れねーんなら、散歩でもしてくるか?付き合うぜ」
いいながら体を起こす泰造。
「うん。あ、まだ寝ててよ。着替えるから」
沙希にむりやりふとんを頭まで被せられる泰造。着替え終わった沙希は、部屋を出て待つと言った。泰造も着替えて部屋を出る。沙希はそこに待っていた。
「行こっ」
駆け出した沙希は暗い廊下の闇にすぐに溶け込んでしまう。
「お前、夜は元気だなぁ。だから朝弱いんじゃないのか?」
「余計なお世話っ!」
闇の中から声がする。
宿から出ると、月明かりでほんのりと明るい。空には半月が浮かんでいた。
別に行くあてがあるわけではない。大通りに出た泰造達は、そのまま通りに沿って歩いていく。道の両側の店はほとんどが当然のように閉まっているが、酒場や軽食屋などが明かりをつけている。泰造たちの見える所で明かりの消える店もあった。
「そういえば、こんな風に眠れなくてちょっと散歩していた時だったなぁ、隆臣さんに会ったのって」
沙希が思い出したように言う。
「ああ、四十七号か。お前、まだあんな奴のこと気にかけてんのかよ。金のために人殺しまでした凶悪犯だろ?」
「そんなんじゃないよう。確かにちょっと怖い感じはしたけど、そんな極悪って感じはしなかった。物静かで、ちょっと翳があって……かっこよかったなぁ」
思い出してうっとりする沙希。
「まぁ、夜中に独り歩きしている沙希なんて格好のカモなのに見逃すってのは不思議だけどな。金持ってなさそうだからかも知れねーぞ」
「違うよ、きっとこれはあたしの魅力に隆臣さんの心が和らいだのよ」
沙希の言い草に呆れ果てる泰造。
「俺、お前と長いこと旅してるけどお前見て心が和らいだことなんてねーぞ」
「まぁ、泰造じゃしょうがないかもね……。あたしの可憐さを理解するのは」
「山育ちの野生児が何を……」
「なんですってーっ!」
泰造に掴み掛かる沙希。
「ほら、これが野生児だってんだよ」
慌てて泰造を掴む手を離し、おとなしくなる沙希。
「今さら手離しても遅ぇけどな」
乱れた服を直しながらの泰造の言葉に沙希はぐっとこらえた。
「あたしだって、ぱっと見かわいいって言われるんだからね。龍哉だってナンパしてきたくらいだし……」
ふくれっ面になりながら沙希が言う。
「ちょっと待て。誰かいるぞ」
泰造が足を止め、道のわきに隠れた。沙希も慌ててそれに倣う。よく見ると、通りの端のほうにいくつかの人影が動いている。何かをこそこそとしているような、いかにも胡散臭くあやしい動きだ。
「大体何よぉ、泰造ったら。こんなかわいい女の子が毎晩となりに寝ててもなんにも感じないのかしら……。男じゃないのよ、ケダモノよ」
まだ愚痴っている沙希。そういう沙希もとなりに男がいるというのに太平楽に寝ていられるのだから言えた義理ではないと思うのだが。
「黙ってろ……。気付かれないように路地を使って忍び寄るぞ」
泰造は路地に入り込み、人影のいるあたりまで近寄る。路地から大通りのほうをのぞき込むと、間近にその人影が見えた。何かをし終わった後らしく、立ち去ろうとしている所だった。
「行くぞ、沙希。飛び掛かって組み伏せる。できないなら足を押さえて転ばせろ。武器を持っているかも知れねーから動きをよく見ろ。ヤバそうだったら手を出すな」
小声で沙希に伝える泰造。頷く沙希はいつの間にか真剣な表情になっている。
「よしっ」
泰造の声を合図に二人は走り出した。人影がそれに気付いたらしく振り向くが、すでに泰造たちから逃げ切れる距離ではない。
「おりゃあっ」
一人組み伏せる泰造。その横で沙希も人影に組みつくが、抵抗されて振り払われる。
「げっ、賞金稼ぎ……。見つかるとは思わなかった……逃げるぞっ」
聞き覚えのある声。
「兄貴ぃ、見捨てないでえぇっ!」
泰造に組み伏せられた男が喚いた。月明かりに周りの人影の顔が朧に浮かぶが、そんなもの見るまでもなく敵の正体は明らかだ。
「に、二十二号……またてめーらかっ!」
「またはこっちのセリフだっ!お前らが昼間しか行動しないって分かったから夜に行動することにしたのに!」
よくわかっている龍哉たち。今回のことは例外といっていい。
「はっ、昼間だろうが夜だろうが、てめーらの居場所はなんとなく分かるんだよ!」
はったりをかます泰造。
「そんなまさか。嘘だろ〜?」
嘘を嘘と見破れる龍哉たちのほうが勘はいいようだ。ただ単に願望を述べただけかも知れないが。
「ここで会ったが百年目、ここでおとなしく捕まり……」
泰造が言いかけた時だった。
「うるさいよっ!!」
いきなり、泰造の頭の上の窓があき、トドのようなおばさんが声を張り上げた。
「あんたら、こんな時間に人んちの前で騒ぐんじゃないよっ!!」
喚きながら水をぶちまける中年トド女性。一番近くにいた泰造はモロに頭からその水を浴びた。
「うわああぁぁ!?」
怯んだ隙をつかれて、捕まえていた龍哉の子分が逃れた。龍哉たちはその隙に逃げようと駆け出した。
「てめえっ!」
立ち上がり追おうとする泰造だが、中年トド女性にかけられた水をたっぷりと吸った服は重く、体に纏わりつく。思うように動くことさえままならない。
その横で沙希が走り出した。追うだけなら泰造より沙希のほうが速い。ただ、沙希は追いついた後が不安だ。一刻も早く追いつかねば。
泰造は立ち上がり、水を吸った服を脱ぎ、きつく絞り着直した。まだ冷たいが、動きにくくはない。
そういえば、あいつら何やってたんだ?
泰造はふと気になり、龍哉たちが立っていた辺りを見てみた。何やらはり紙がしてあるのが目につく。近づいてみてみると、とてつもなく下手な似顔絵だった。
『賞金首よりも凶悪な二人組。この顔にピンと来たら役所まで』と書かれていて、泰造と沙希の名前も書いてあるが、似顔絵を見た感じ、これでピンと来る人がいるとは思えない。ただ、名指しなので張り出しておくのは不愉快だ。一応はがしてポケットに突っ込んでおく。
そして、そのまま龍哉と沙希を追うことにした。
龍哉たちを追う沙希だが、一向に追いつきそうな気配がない。
結構足の速さには自信のあった沙希なのだが、牙龍団は全員がその沙希を凌ぐスピードを持っているのだ。
そこに来て、沙希にはスタミナがない。最初はいい勝負だったのだが、だんだん距離が開き、それが大きくなってくる。
「今度は逃がさないからねっ!」
沙希が捨て台詞を吐き、その場にへたり込んだ。
「全く、何なのよあいつら……。驢駆鳥だって足速いのはすぐにへばるのにぃ。龍哉ってどういう体してんのよぉ!?」
ぜいぜいと息をしながら一人ぼやく。
「何だ、男のカラダに興味があんのか?」
不意に、暗がりから男の声がした。慌てて立ちあがる沙希。
「誰っ!?」
「誰だっていいじゃねぇか」
月明かりの届かない路地の闇の中から声の主が姿を現わした。身の細い若い男だ。
「ナンパならお断りだからね」
警戒しながら沙希が言う。男はねちっこい笑みを口元に浮かべた。
「おうおう、ガードの固そうな女だなぁ」
男が一歩踏み出してきた。沙希は一歩後退る。男がさらに一歩踏み出すと、やはりさきは一歩後退する。男が距離を詰めてきた。後退る沙希の歩幅ではすぐに近づかれてしまう。沙希は壁際に追い詰められた。男の手が沙希の体に伸ばされる。沙希は体を横にひねって逃げ出した。
「何なのよ、あんた。もしかして変態?」
沙希は男を睨みつける。男の目が細められた。
「かもな……」
沙希の腕をつかもうと不意に伸びてきた男の手をすんでのところで躱す。
「寄らないでよっ、変態っ」
叫び、逃げ出す沙希。だが、先ほど散々走ったせいで足が思うように動かず、すぐに捕まってしまった。沙希は男にひき倒され、地面に体を打ちつけた。
「夜の街を一人で歩くなんて、誘ってるようなもんだぜ。何をしてたんかは知らねぇが、そういう悪いコにはお仕置きが必要だな」
整っているとは言いがたい男の顔に下卑た笑いが浮かぶ。
「ちょ、ちょっと……大声出すわよ!?」
「出したきゃ出しゃいいさ。この辺は夜は閉まっちまう店ばかり。こんな時間に騒いだって誰も来やしねぇよ」
と、男が言ったまさにその時だった。
「何やってんだ、お前」
騒ぐ前に誰か来たので驚く男。
「泰造〜、助けてぇ。変態よ、変態っ」
来たのは泰造だった。沙希を追っていたのだから来て当然である。
「な、何だてめぇは。こいつの男か!?」
「バカ言ってんじゃねー」
あっさりと否定する泰造。
「ん〜?よく見るとお前、どこかで見たような顔してるなぁ。もしかして賞金かかってねーか?」
一瞬ギクっとする男。バレバレである。
「やっぱり。てめー、十六号儀陀だろう。変な名前だから名前だけ憶えてたぞ」
「チッ、男に興味はねぇんだよっ!」
儀陀は立ち上がり、短刀を抜いた。が、泰造に隙をついて腕をつかまれ、捻りあげられるとそのまま取り落とした。
「いでででで、た、助けてえぇぇ」
情けない声をあげる儀陀。
「はっ。ここは見てのとおり閉まった店ばかりだ。誰も助けになんざこねーよ。せいぜい、窓から水を浴びせられるくらいだ」
先ほど自分が言ったのと似たり寄ったりのセリフを浴びせられ、儀陀は観念した。実にあっけなかった。
「こいつ、確か夜の人気のない道に出没する変質者だったよなぁ」
泰造の言葉を受け、沙希が手配書を確認する。手配書によると、覗き、下着ドロから切り裂き魔、果ては強姦殺人までスケベなことはやりつくしたというような男であった。ただのナンパ師かと思っていたが、素性を知って青ざめる沙希。
人を殺しているのでそこそこの賞金がでる。やっていることを考えると安いような気もするが、所詮は男が決めた賞金ということだ。
「見ろ、こいつロープ持ってんぞ。こりゃいいや。手間が省ける」
泰造は儀陀の手荷物からロープを取り出した。よく見ると、健全な泰造たちには何に使うのか想像もつかない道具がいくつも入っている。このロープもそういった目的で持ち歩いていたようだ。
「どうする、縛ってみるか?やり方教えてやるからよ」
沙希にロープを差し出す泰造。沙希は頷いてロープを受け取った。
「いいか、まず腕に縄をこう巻きつけて引っ張る。これでこっちの腕は解けねーから、もう片方の腕にも巻ききつけて……」
言われた通りにする沙希。
「あとはこうやって、こうするとしっかりと縛れるからな」
「……こう?あっ、出来たかも」
「うん、まぁいい感じだな。もうちょっと強く引っ張れるといいんだけどな」
それでも、そう易々と抜けないようにはなっている。儀陀の腕は目の荒い縄で擦られて血が滲んでいるが、儀陀はなぜか笑みを浮かべている。
「……ちょっと、何喜んでのよ、この変態っ!」
沙希は逆上して儀陀を蹴たぐった。結果として、儀陀をますます喜ばすことになった。
せっかく賞金首を捕まえたのだが、役所に連れて行くにもこんな夜中では役所など開いている訳もない。番所でもいいのだがやや遠い。夜明けを待つことにした。
「ねー、この変態と同じ部屋で寝なきゃならないわけ?やだよぅ」
縛ったままそこら辺に転がしておくと、事情を知らない人が助けてしまったりするので、儀陀を部屋の中に監禁することにしたのだが、同じ部屋で寝るのがいやだと沙希がごねだす。当然である。
「大丈夫だって。しっかり縛ってあるんだし。なんなら簀巻きにして重石でも乗せておくか?」
「最低でも目隠しはしておいてよ」
「分かった」
泰造が目隠しをしようとするが、儀陀が嫌がって首を振るので思うように目隠しができない。
「目隠しはやめてくれよ。この状態じゃ寝顔が見られるのがせめてもの慰みなんだからよぉ」
「ナメたことぬかすんじゃねー。ったく、口のへらねー奴だ。猿轡もいるよな」
儀陀に一発食らわすとおとなしくなった。その隙に素早く目隠しと猿轡を噛ます。さらに、毛布を使って簀巻きにした。
「これで落ち着いて寝られるだろ……」
いいながら沙希のほうに目を向けると、すでに寝こけていた。
「この野郎……」
踏んづけてやろうか、と本気で思う泰造。
「うへ、うへへへへ」
突然、儀陀が猿轡の填まった口でくぐもった笑い声をあげた。
「寝息が聞こえる……うへへへ」
泰造は、寝る前に儀陀に耳栓をすることにした。
翌朝。というか、二人が目を覚ましたのはもう昼前といってもいい時間だった。
泰造は儀陀を縛ったまま担ぎ上げ、役所に運び込んだ。
「賞金首、捕まえてきたぜ。十六号だ」
「そうか。ちょっと顔を確認していいか?」
役人は儀陀にすっぽりとかぶせられている毛布を払いのけた。
「う……」
言葉に詰まる役人。儀陀の顔は熟れた果実のように腫れ上がっていた。実は、昨夜のことを聞かされた沙希が、儀陀を張り倒したのだ。
「あー、ちょっと捕り物で派手にやり合ったもんでぇ」
取り繕い、笑ってごまかすアザ一つない泰造。その理屈は通らないような気もするのだが。
「ひがふ、こひふあ、おへをふはははいひううでおおおおい」
『違う、こいつら、俺をくだらない理由でぼこぼこに』と言ったのだが、腫れ上がった口では何を言っているのかわからない。
「んー、顔の確認ができないなぁ。まぁ、持ち物からして間違いないようだが」
役人は儀陀を所持していたマニアックな道具から判断した。この道具が分かるとは、この役人、只者ではない。
本人も自分が儀陀であることを素直に認めたため、泰造は役人から賞金の十万ルクを受け取ることができた。ひさびさのまとまった賞金だ。
「よし、これでしばらくもつぞ」
札束を手に上機嫌の泰造。
「ねー、あたしの取り分は?」
沙希が後ろから札束をのぞき込んだ。隠す泰造。
「あっ、くれないんならまた泣くよ」
沙希が口をとがらせた。
「いや、やらないわけじゃないけどつい。ほれ」
「……これだけ?」
泰造の出した金額に不満があるようだ。
「おまえさー、飯はほとんど俺のおごりで俺より量食ってるんだから」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。いつあたしが泰造よりたくさん食べたってのよ!」
泰造の言葉に割り込む沙希。
「昨日」
沙希は反論できない。確かに昨日は泰造よりおかずが一品多い。
「大体さー、お前、金使ってんのかよ。たまの割り勘の時だけしか金払ってんの見たことねーぞ」
今までに泰造が沙希に渡した金額のほとんどは使途不明金となっている。役所の方がマシだ。
「貯めてんのよ。いいじゃない」
不明分は貯蓄だったが、泰造にとって貯蓄はやはり使途不明に等しい。今までに金を貯めたことなどないのだ。
「何だ、自立資金か?」
「そ、そんなんじゃないよぉ。女の子はね、欲しいものがいっぱいあるの!」
自立する気がないと言わんばかりの沙希。
「食い物以外に欲しいものなんてあるのか」
「欲しいものがあるからお金が欲しいんじゃない。あたしは泰造とか獣みたいに生きてればいいってんじゃないんだから」
「俺と獣を一緒にすんな。まぁ、飯が食えて、寝る所確保できりゃいいってのは確かだけど」
「……泰造ってさぁ、夢とかあるの?ただ生きてりゃいいっていう人生、つまんないよぉ」
急に沙希が真顔になった。というか、泰造を憐れみの目で見ている。
「夢……か。なんだか、源の奴はロマンがどうこうとかぬかしやがるし、最近そんな話ばっかりだなぁ。……俺はガキのことからケンカすることが大好きでさ。こうして賞金首みたいな連中相手に気楽に暴れてられればそれでいいや。それで飯も食えるんだし」
「何だぁ、じゃ、夢はもうかなってるってこと?安い夢ね……」
闘争本能以外ないんじゃないかという泰造の言い草に呆れ返る沙希。
「悪いかよ。そんじゃさ、お前の夢ってのはなんなんだよ」
「あたしはね、世界中のいろんな所を見てみたい。だから旅にでたんだぁ。ずっと小さなナリットの村で過ごしてたから、初めてギャミに連れて行ってもらった時、すっごくわくわくした。この世界にはまだ見たことがないところがたくさんあるんだなぁって」
いいながら目を輝かす沙希。
「ふーん……。それだったら、山登ったり砂漠越えたりとかしなきゃなんねーから体力要るぞ。サボらずしっかり鍛えろー」
「えええぇ〜」
にやけながら言う泰造に、嫌そうな顔をむける沙希。
「よし、出発するぞ。ただでさえ寝過ごしてんだ、早くしねーとまた夜になる」
「あっ。ちょ、ちょっと待ってよぉ」
二人は日も高い空の下を次の宿場に向けて歩き出した。
しかし、大通りの掲示板に龍哉たちの下手くそな手配書が貼ってあるのに気付き、剥がしながら歩くことになった。泰造たちの出足はくじかれたのだった。
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