賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨六話 攻城戦

 囚われの沙希を取り返すための戦いが今、始まる。


 要塞の入口らしい所の前に泰造は立っていた。
 扉ではない。何やら、木組みのようなものが取りつけられている。
「最初の関門だ。その扉はちょっとしたパズルになっている。当然だがどう開けるのかは秘密だ。さあ、開けられるもんなら開けて見やがれ!」
 頭の上から源の挑発。
 泰造は目の前の一応扉だと言う木組みを見た。
 パーツの一つをつかんで弄り回すと、少し動く。どうやらこのパーツを動かすことにより、扉が開くようになるようだ。
「ちょっとしたヒントをやろう。その扉は観音開きだ。だから真ん中にある邪魔なパーツをずらさないとならないぞ。もうこれでヒントは終わりだ。これは龍哉たちが総勢でかかっても解けなかった。お前の蕩けた頭で解けるわけないな」
 頭が蕩けているといわれて青筋を立て無言で怒る泰造。
 しかし、ここでヒートアップするのは得策ではない。冷静に、落ち着いて考えなければ。
 冷静に、目の前にある複雑な構造の木組みをじっくりと見定める。
 結論を出すのに、さほど長い時間はいらなかった。
 俺には無理だ。
 その結論に行き着いてしまうと、もはや考えることなど何もない。泰造は木組みに手をかけ、力任せに引っ張った。べきっ、と音をたてて木組みは剥がれ落ちた。
「あああっ、て、てめえっ!俺の、俺の英知と技術の結晶をっ!」
 思わず身を乗り出す源。
 全く気にせずに泰造は残りの木片を引き剥がした。障害物がなくなると、それはただの扉だった。

 建物の中に入ると中は迷路になっていた。
 いきなり、右と左に道が分かれている。とりあえず、直感で右を選ぶ泰造。その動物的な勘で見事に行き止まりを当てた。へこむ泰造。
 さほど複雑な迷路ではないのだが、泰造はあまり複雑な事を考えられる頭を持ってはいない。
 三度ほど行き止まりにぶち当たり、もうすでに泰造は苛立っていた。ただでさえ変化のない迷路を歩いていると、飽きがくるのも早いのだ。
 四度目の行き止まりで泰造はキレた。壁に思いっきりケンカキックをぶちかます。壁はべきべき音を立ててぶち破られた。
 予想以上に壁が脆いことを知り、泰造はにわかに勢いづいた。やみくもに歩き回り行き止まりにぶち当たっても、壁をぶち破ってやればよいということが分かったのだ。
 壁を六枚ほどぶち破った所で上へ向かう階段を見つけた。
 勢いづき、駆け登ろうとする泰造だが。
「てめー、さっきから見てりゃよぉ、がんがんぶっ壊しながら進みやがって!そっちがそうならこっちだってその気で行くからな!」
 いきなり階段の上に源が現われた。
「うおりゃっ、五寸釘手裏剣!」
 源の投げる五寸釘をすんでのところで躱す泰造。今まで泰造がいた所に五寸釘が突き刺さる。
「そんな攻撃、どってことねーぞ!今度はこっちの番だな!」
 泰造は金砕棒を構え、階段の半ばにいる源に向かって突進する。そして、源目がけて金砕棒を振り下ろす。源もそれをあっさりと躱した。棒はそのままの勢いで階段にぶち当たり、階段は真ん中から二つに割れた。
「ふはははは、自滅したな!これで易々と上に上がっては来られまいっ!」
 二階で源が高笑いした。そして、そのまま姿を消す。泰造はその後を追おうとするが、めちゃくちゃになった階段は、泰造が足を乗せるとその重みがとどめとなり、完全に壊れてしまう。
 階段の中ほどが、そっくり使い物にならなくなった。このままでは上に行くことなどできそうもない。
「くっそー、まずったなぁ……」
 愚痴る泰造だが、こう悔しがってばかりもいられない。どうにか上に進む方法を考えなくてはならない。
 残っている階段の上のほうに手をかけ、よじ登ることにした。かなり高い場所だ。飛びついて手をかけ、そのまま渾身の力をこめて体を持ち上げる。足を持ち上げ、引っかけることができた。
 あとはそのまま全身を乗せるだけだ。
「よっ……とおおぉぉ!?」
 泰造のいる段がそっくり外れ、泰造は頭から床に叩きつけられた。下の段がなくなったことで支えるものがなくなったのだ。
「あいたたたたたたた……」
 頭を押さえながら階段を見あげる泰造。泰造のいた段がきれいに無くなっている。これでまた一段減ってしまった。もうこの方法は手が届かないので使えない。使えた所で、結果は似たりよったりだろう。
「しょーがねーなぁ、あの階段を使おうって考えちゃだめみたいだ…………」
 ならば、いっそのことはずしてしまおうか、と泰造は思った。段の両脇の支えの板を取り外す泰造。
「ん?待てよ。これをこう立てかけると……おっ、登れそうだ!」
 支えの板は長い板だ。ちょうど、上の階に届く長さがある。板を天井に穴のへりに立てかけると、ちょうど登れそうになった。
 早速登ろうとする泰造だが、板は泰造の重みに耐え切れそうにない。
 よく考えると、反対側にあったもう一枚の板があるので重ねてみることにした。板二枚なら泰造の体重にも耐えられそうだ。ずり落ちないうちに駆け登る泰造。
 それでも間に合わず板がずれて泰造は落ちそうになった。だが、すんでのところで穴のへりに手をかけることができた。そのまま、二階によじ登る。
 上半身が二階に出た所であたりを見渡すが、源の姿はない。そのまま泰造は二階へと躍り込んだ。

 二階にあがると、上に昇るハシゴが見える所にあった。
 だが、どうも罠くさい。泰造は慎重にハシゴに近づいていく。
 特に何事もなくハシゴにたどり着くことができた。だが、ハシゴは見るからにダミーである。全ての段の真ん中に切れ目が入っている。登ろうとすればその切れ目からぽっきりと折れてしまうだろう。
 泰造は苛立った顔で引き返そうとふり返ると、いきなり目の前に壁が落ちてきた。度肝を抜かれる。
「引っかかったな!この壁は今までの壁とは一味も二味も違う。何が違うかと言うと、厚さが違うのだ!どんなバカ力だって破ったりはできないぞ」
 頭の上から源の声がした。登れないハシゴの穴から源が顔を出してにやけている。
「四方はもちろん、下も同じ厚さの壁だ。上もすぐ塞いでやる。ほとんどの木材はここに使ったからな。半端じゃないぞ。ここがお前の棺桶になるのだ!わはははははは!」
 源の高笑い。
「てめー、分かってはいたけど趣味わりーぞ!!」
 吠える泰造。
「なんとでも言え!女は俺がしっかり面倒見てやるから、お前は安心して地獄に行くんだな。あばよ」
 ズガン、と言うけたたましい音とともに真っ暗になった。天井の穴が塞がったのだ。
 泰造は壁に体当たりしてみた。だが、源の言う通りぶち破れそうな手応えではない。八方塞がりとはこのことだ。
 どんなに力をこめた所で歯は立ちそうにない。地道に削ると言う手もあるが、こうもぴったり閉じ込められると、気長な方法では脱出する前に酸欠になってしまう。
 よし、一か八かだ。
 泰造は壁の位置を確認すると金砕棒を構えた。目を閉じる。もともと真っ暗なのだから何も変わりはしないのだが、目を閉じたほうが集中できる。
 泰造は全神経を金砕棒の先端に集中させた。意識の全てを一ヶ所に集中させることにより、攻撃の破壊力を飛躍的に上昇させる奥義。ギャミの自警団長、光介から盗んだ技だ。光介のつけた技の名前『輝陽剣』をヒントに、『泰陽打』と名づけていた。
 もはや泰造は何も感じなくなっていた。元から光も音もない所だ。気をそらすものは何もない。今までに無かったくらいの集中度。
 泰造は闇の中で目を見開き、漆黒の闇目がけて金砕棒を振りかざした。一瞬、金砕棒が淡く閃いたように見えた。振り抜かれ、間違いなく分厚い壁をえぐる軌跡を描く金砕棒だが、泰造の手には何の手応えもない。
 金砕棒を振り抜いた泰造が、金砕棒が当たったはずの壁にふれてみる。壁には金砕棒の軌跡に沿って大きな溝状の穴があいていた。

 『泰陽打』で壁を削り、手で割れる所は手で割るということを繰り返してだいぶ掘り進んできた。源も、これでもかというほど分厚い壁を作ってくれたようだ。
 一休みしていた泰造はだんだん息苦しくなってきたことに気づいた。
「……やべーな、こりゃ。休んでる暇ねーぞ。急がねーと」
 泰造は立ち上がり作業に戻った。だが、空気が薄くなってきたことと、精神的疲労をともなう『泰陽打』の連発は泰造の肉体をも激しく疲弊させていた。
「こりゃ、これで決めねーと……」
 泰造はそう呟き、金砕棒を振りかぶった。が、掘った穴の低い天井に金砕棒が当たり、思うように構えることができない。
 やむを得ず、『泰陽打』を突きに応用することにした。
 まるで豆腐に箸を突き刺すような手応えのなさで金砕棒が壁に吸い込まれていく。金砕棒が壁に深々と突き刺さり、抜けなくなった。
 渾身の力で金砕棒を引き抜く。金砕棒が抜けると、勢いで思いっきり後ろによろめき、後頭部を壁にぶつけた。
「くおおぉぉぉっ、おおぅ、おおあっ」
 言葉にならない叫びをあげながら悶える泰造。
 潤む目を開けると、微かな光が目に飛び込んできた。
 慌てて泰造はその光のほうに駆け寄った。今し方金砕棒を突き刺した穴だ。小さな穴だが、そこから外の光と新鮮な空気が入り込んできた。
「やったー!よーっし、希望が見えてきやがった!」
 とりあえず、思いっきり外の空気を吸い込む泰造。とにかく、これで窒息死は免れた。思う存分休憩をとることができる。
 一息ついた泰造は、緊張が解けたのか、強烈な空腹感に襲われた。
 泰造は一休みのあとさらに掘り進み、壁に頭が入る程度の穴があいた所で、強引に体を通らせることにした。細かい木屑を全身につけながら、泰造は穴から這い出してきた。
「くああぁ、とんでもねー目にあった……。あの野郎、ただじゃおかねーぞ!」
 青筋を立てながら低く呟く泰造。
 先程まで泰造が閉じ込められていた空間の周りを一周する。裏側にハシゴがあるのを見つけた。どうやらこれが本物だったようだ。
 この上に、奴がいるのか。

 その頃、奴は確かにそこにいた。
 隆臣に追い散らされて逃げて行った龍哉たちも戻ってきた。
 龍哉たちが逃げたおわび代わりに手土産として持ってきた魚の干物を齧りながら茶をすする源。いつしか、龍哉たちも茶と干物に手を伸ばし、すっかり茶飲み話が始まっていた。
「てめーら、せっかくの要塞なんだからさぁ、逃げるなよ。逃げずに立てこもってほしかったよ、俺としては」
 恨みたっぷりに源が言う。
「そういうなよ。あのままほっといたらあのこわいにーちゃんもここに突っ込んできてたぞ。ありゃぁな、俺達が遠くに連れて行ってやったからここを襲われずにすんだんだぞ。あの賞金稼ぎなら頭足りねぇから小細工にはまってくれるけどさ、普通の人間だったらそうはいかねーし」
 龍哉は自分の行動を正当化しようとする。
「しかし、あんたのおかげで俺達はあの執念深い賞金稼ぎから開放されたんだ。足向けて寝られないな」
 と、足を向けて寝そべり、干物をくちゃくちゃと噛みながら言う龍哉。
「おう。でもよぉ、それもお前らの協力があったからだぞ。こっちも感謝してるよ、いや、マジで」
 どちらも言葉に心はこもっていない。
「せっかくのめでたい日だし、茶じゃなくて酒がありゃ良かったなぁ」
 龍哉の子分が言うと、一同朗らかに笑い声をあげた。
「何がめでたいって?」
 一同、笑顔が凍りつく。非常に聞き覚えのある、それでいて仲間のものではない声である。
 龍哉の後ろから手が伸びてきた。魚の干物をつかみあげ、また龍哉の後ろに消えていく。
「うぎゃああぁぁぁぁ!」
 龍哉と子分一同、そして源は泰造から逃げるように飛び上がった。
「な、な、なんでここにいるんだ!?貴様はさっきあの分厚い壁の奥底に封印したはずなのに!」
 源が泰造を指差しながら青ざめた顔で叫ぶ。
「封印ってのは何だよ。昔話の怪物じゃあるまいし。あの壁、ぶち抜くのにどんだけ苦労したと思ってんだ!」
 泰造はかっぱらった干物を齧りながら源を睨みつける。
「あ、あのそこら辺の城壁より厚い壁をぶち破っただと!?ば、ば、バケモンだ……」
「大体、なんでお前がここにいるんだよ……」
 今度は龍哉たちを見渡しながら言う。
「ば、場違いですね。そうですね。それでは我々はこれにて。はは、あははは」
 こそこそと逃げようとする龍哉たち。
「逃げんじゃねー!てめーらまとめてふん縛ってやる!」
 泰造が金砕棒を振り上げ、龍哉たちに突っ込んだ。クモの子を散らしたように逃げ出す龍哉たち。
「少なくともてめぇだけはぶちのめすっ!」
 泰造は源に狙いをつけた。思いっきり振り回した金砕棒が源を凪ぎ飛ばした。源は二階建の要塞の屋上から投げ出され、地面に叩きつけられて伸びた。
「ひいいぃぃっ」
 その様子を見た龍哉たちはあれが次は我が身となるなら飛び降りたほうがマシと判断したらしく、二階の屋上から一目散に飛び降りて行った。
 追いかけたい気持ちはあるのだが、ああなるとどうせもう間に合わない。それに、沙希も探さねばならない。
 屋上を歩き回ると、沙希はすぐに見つかった。屋上の隅に縄で縛られたまま放置されていた。
 まず、さるぐつわを解いてやる。
「泰造うううぅぅ、遅いよう、恐かったよう、今度こそ見捨てられたと思ったよおおぅ」
 やつれて疲労の色も見えるのに賑やかな沙希。泰造は最初にさるぐつわを外したことを少し後悔した。
「あいつらに何もされなかったか?」
 泰造は沙希の縄を解きながら訊いた。
「あいつら、あたしにとても言えないような恥ずかしいことを」
「されたのか!?」
 泰造の目が険しくなる。
「してやるって言ってた」
「されてなきゃいい」
 泰造の目が元に戻る。
「よくないよぅ、あいつら、珍しく目がマジだったもん。恐かったよぅ。もうだめかと思ったよぅ」
「よし、縄は解いたぞ。とにかくこんな所、とっととでようぜ。下で伸びてる源が目を覚ます前にふん縛っちまわねーとな」
 泰造はそう言いながら、下で伸びているはずの源を確認しようと見下ろした。
 身を乗り出すと、急に熱風が吹き上がってきた。そして、目にしみる煙の臭い。
 要塞は燃えていた。

 木造の要塞は、一度火がついてしまうと、あっという間に炎に包まれる。
 龍哉たちの手によって一階部分の複数箇所に火がつけられたらしく、下からまんべんなく火が迫ってくる。材料が生木だったのが幸いして、急激に燃え広がると言うことはないのだが、それでも確実に火の手は泰造たちに迫ってきていた。
「泰造っ……、あたしたち、どうなっちゃうの……!?」
 泣きそうな顔で沙希が半ば叫ぶように言った。
 泰造と沙希は、炎の壁に包まれた。もはや、泰造たちのいる二階部分が蓋になるようにして足元からの炎を防いでくれてはいるが、この二階部分に燃え移るのも時間の問題だった。
「泰造……あたし……あたしねっ……」
 沙希が何か言おうとしているが、言葉がまとまらないようだ。
「いいから黙ってろ!煙を吸うな!」
 泰造は、必死に脱出方法を模索していた。
 どう考えても、絶望的な状況である。無駄かもしれない。そんな考えも頭を過らずにはいられない。
「泰造、ごめん、ごめんね……。でも、最後に一緒にいられてよかった。……ありがとう」
 沙希が静かに言う。
「縁起でもねー事言うんじゃねーよ!ちくしょう、絶対に生きて帰ってやる。沙希も死なせやしねーからな!」
 沙希の目をまっすぐに見ながら、泰造が怒鳴るように言った。
 突然、足元が揺らいだ。焼けた建物の土台部分が崩れ落ちはじめているのだ。凄まじい熱風が泰造たちを襲う。その熱風の来た方向に顔を向けた泰造の目に、紅蓮の炎の彼方に青々と冷たく煌めく海が映った。海風が熱気を泰造たちに吹き掛けたのだ。
 そうか、ここは海のすぐ近くだ。ならば。
 泰造は沙希をおもむろに抱き上げた。驚いた沙希だが、しがみ付き返してくる。
「バカ、勘違いしてんじゃねーよ!離せ!」
 沙希を振り払う泰造。そしてきょとんとしている沙希に囁くようにいう。
「届かなかったらごめんな」
「えっ?」
 訳が分からずに戸惑う沙希。
「うおぉりゃあああああぁぁぁぁっ!」
 泰造は振りかぶり、沙希をぶん投げた。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 沙希は放り投げられた人形のようにきれいな弧を描いて海に落ち、派手な水しぶきをあげた。
 よし。
 それを見て、泰造はほっとした。
 その瞬間、泰造が沙希を放り投げた衝撃で、脆くなっていた要塞の土台が一気に崩れた。

 海面から顔を出した沙希は、慌てて泰造の姿を探した。
 目の前に、巨大な炎の塊が見えた。燃える要塞だ。その屋上に泰造はいるはずだった。だが、ここからでは角度的に見ることができない。
「泰……」
 泰造の名前を呼ぼうとした、その刹那。目の前の巨大な炎の塊が突然音をたてて崩れた。激しく火の粉を巻き上げながら要塞の高さがみるみる落ちていく。
「泰造!?泰造っ!!」
 叫ぶ沙希。応答はない。
 黙って炎を見つめる沙希。不意に、波と風と炎の音に混じり、野獣の咆哮のような声が聞こえてきた。よく見ると、炎の中に人影が揺らめいている。
「泰造っ、泰造っ……死んじゃいやあああぁぁぁぁぁ!」
 沙希は半狂乱になって叫んだ。
「いやああぁっ、泰造っ、死んじゃだめええぇぇぇぇっ!」
 人影は、もがくように蠢いている。
 そして。
 炎の燃え移った服を脱ぎ捨てながら泰造が炎から飛び出してきた。炎の中から、そのまま炎の塊が抜け出してきたかのようだ。
 泰造は海目がけてダイブする。派手な水しぶきが上がった。
「泰造っ」
 沙希は大急ぎで泰造のほうに泳いで行く。
「ぷはっ」
 泰造が海面に顔を出した。
「くあああぁぁ、熱かったーっ!」
 叫ぶ泰造に、沙希がしがみ付いた。
「あいたたたた、さわんじゃねー、ヤケドがいてえっ」
「無事でよかったあぁぁ、死んだかと思ったよぉ」
「バカヤロウ、俺を殺すんじゃねー!」
 涙目で言う沙希に、泰造は会心の笑みを返した。

「う……あいててててて」
 源が目を覚ますと、全身に鈍い痛みが駆け抜けた。
 一瞬、自分がなぜこんな痛みに耐えながら空の見える場所で横になっているのか思い出せなくなる源。落下のショックで記憶がとんでいるのだ。
 飛んでいた記憶も、だんだんと思い出してきた。要塞を築き、篭城したこと。閉じ込めたと思った泰造がいきなり現われたこと。そして、泰造に要塞の屋上からつき落とされたことも思い出す。
 ふと、目を横に向ける。何か巨大なものが炎に包まれている。
 この位置。このシルエット。
「あああああっ!?お、俺の要塞がっ……火を、火を消してくれええぇっ」
 源は頭を抱え泣き喚くが、あたりに人の気配はない。これだけ巨大な炎の塊が相手では、源もただ呆然と見守るしかできない。
 そして。
 源の目の前で、源の英知と技術力の結晶は崩壊した。
「お、俺の……はうぁ」
 源は突然激しい目眩いに襲われ、そのまま卒倒した。

 冷たい海から這い上がった泰造と沙希。
 要塞はまだ燃え盛っていた。大きなたき火で冷え切った体を温める沙希。
「沙希、悪ぃけどここでちょっと待っててくれ。まだ源が逃げてなかったらふん縛ってくる」
 泰造はそう言い残し、さっき源を放り投げたあたりを探しに行く。
「ちょ、ちょっと待ってよぅ。あんなことがあったのにまた一人にする気?」
 沙希はあわてて泰造について行く。
「でも、泰造が無事でよかったぁ。あたし、もう泰造は死んだと思ったもん」
「だから勝手に殺すなよ。だいたい、死ぬなって叫んでたのお前だろうが。まぁ、その声のおかげで海の方向が分かって飛び込めたんだけどよ」
「えっ、それじゃ、泰造が助かったのってあたしのおかげ?」
「それをネタにおごってってのは使えねーぞ。お前を助けに来たからこんな目に合ったんだからな」
「ひどい、そんないい方っ」
「まぁ、これでちゃらにしといてやる。感謝の気持ちがあるんなら飯くらいおごれよ」
「あーっ、もしかしてあたしを助けたのってご飯をおごらせるため!?」
「おいおい、そりゃ考え過ぎだぞ。俺だってそこまで人間腐ってねー」
 騒ぎながら巨大な炎の周りをぐるっと回ると、源が倒れているのが見えた。
「よし、やったぞ!」
 泰造は早速倒れている源にかけより、縄を取り出し縛り上げようとする。
「待って。あたしにやらせてよ。こいつにはさんざんな目に合わされたんだから!」
 泰造を突き飛ばし、縄を手にとる沙希。
「女の子を縛るなんて最低だわ。たっぷりお返ししてやんなきゃ。まだ縄のあとが消えないじゃない。あたしは縛られる趣味はないんだからね!」
 今までの恨みもあるのか、食い込むほどにきつく縛り上げる。
「縛る趣味はあるのか?」
 突き飛ばされた勢いでひっくり返った泰造が起きあがりながら言う。
「あるわけないでしょっ!」
 源を縛っている縄で泰造の首を絞めあげる沙希。
「ぐええええぇぇぇ、死ぬ、死ぬ……ったく、殺す気かよ……」
 開放されて咳き込む泰造をよそに、沙希は源を縛る作業に戻った。
 源を縛り終わり、沙希は満足そうに立ち上がる。
「ちょっと待て。こんな縛り方じゃ逃げられるぞ」
 泰造が沙希の縛り方をチェックした。
「こんな結び目じゃ荷物だって解けちまう。だいたいゆる過ぎるぞ。力ねーなぁ、お前」
 縛り直しながら泰造が言う。
「しょ、しょうがないでしょ、女の子なんだから」
 口をとがらせる沙希。
「あのなぁ、そんなんじゃ賞金稼ぎなんてやってらんねーぞ。捕まえた奴縛らなきゃ逃げられるんだろーが。まぁ、息の根を止めて首もいで持ってくってんならそれで構わねーけど」
「そ、そんな野蛮なことできないよぅ」
「それなら縛り方くらい憶えろよ。だいたい、今までに自力で賞金首捕まえたことねーって言ってたよな」
 ぎくっとする沙希。
「わ、悪い!?」
「悪い悪くない以前に、それって賞金稼ぎじゃないと思うぞ」
「えっ」
「行く先々でアルバイトして路銀稼いで、新しい町についたらバイトの口を探す……。それって、フリーターって言わないか?」
 考えてみればその通りである。
「それじゃ、あたしってフリーター!?」
「ああ。流しのフリーターだよな」
「でもっでもっ。今はちゃんと泰造と組んで賞金稼いでるよね!?」
 引きつった顔で泰造に詰め寄る沙希。
「うーん、賞金稼ぎ手伝いのバイトじゃないかと思う。お前捕まえてねーし」
 言い返すこともできず、へたり込む沙希。
「うわあああぁぁぁ、何だ、何だこれはあぁぁぁっ」
 その後ろで突然源が目を覚ました。縄でがっちり縛り上げられていることに気づき喚きだす。
 泰造は喚きだした源に一発食らわせ静かにしてから、役所に担ぎ込むことにした。

 役所に縛られたままの源を運び込むと、泰造たちにその場で賞金が支払われた。三万ルク、龍哉たちにかけられている額よりは高いとはいえ、賞金首にしてみれば相当安いほうである。
「なぁ、こいつ何やらかしたんだ。家の建増ししたり変なもの作ったりってのは聞いたし、この目でも見てきたけどよ、そんなんじゃ賞金まではかかんねーだろ?」
 泰造は役人に訊いてみた。
「手配内容は条例違反、ってことだったと思うけど」
 沙希が手配書を確認する。役人も資料を取り出した。
「えーっとぉ、これはティバの役所が取り扱った件だな。何でもティバの行政が管理している土地に無断で建物を建ててな、その違反金五万ルク、建造物の撤去費用八十万ルク、そこに建つはずだった行政施設の着工が遅延していることに対する賠償百万ルク……これは今は増えてるだろう。とにかくその一八五万ルクプラスアルファが未払いということだ。払うか、さもなくばそれ相当の強制労働を受けることになる」
 泰造達にとってその金額は未知の領域といってもよい。軽い目眩さえ憶える。
「そんな大金あったら家だって建つんじゃないか!?」
「一生遊んでくらせるよね……?」
 それほどの額ではない。もっとも生きるために最低限の金しか持ったことがない泰造たちにとってはどちらにせよ莫大な金額ではある。
 そして選りにもよって、その莫大な額を源は泰造たちの目の前でキャッシュで支払おうとしたのである。
 源は舌打ちとともに、工具のつまった袋から包みを取り出して開いた。その中はなんと札束である。度肝を抜かれる泰造。せいぜい数枚しか手にしたことのない高額な紙幣を、まさか源が束でいくつも持ち歩いているというのは想像もしないことだ。あまりの光景に目眩くさえも感じる沙希。
「いくら払えばいいんだよ。持ち合わせは七百万ルクちょいだぞ」
 しれっと言ってのける源。
「今問い合わせる。答えが出るまで数日待ってくれ。まぁ、その間牢屋送りってことになる」
「えーっ、マジかよ……」
「これに懲りたら、今度からちゃんと手続きしてから建てるようにするんだぞ」
 そんな源と役人のやりとりに泰造が割って入った。
「おいおいおいおい、何でてめーがそんな大金もってんだよ!本当はとんでもないこと裏でやってんじゃねーのか!?」
「馬鹿野郎、家一軒建てたらいくら入ってくると思ってるんだ。俺様は十人がかりで建てる家でも一人で建てられるからな。建てた家の代金は独り占めだ。その気になれば俺は大富豪になれるんだぞ」
 源に後光が差しているような錯覚を覚える泰造と沙希。
「そんじゃ、なんで金にならねーへんてこなもんばかり作ってんだ?ちゃんと家建ててりゃいいのによ」
 泰造には稼げる金を稼がずにいる源が信じられない。
「へんてこなものとはなんだ。お前ら、俺様の芸術が理解できてねーな!?」
「芸術……あれがか?」
 首をひねる泰造。
「まぁ、お前らみたいなセンスのない野蛮人に俺の芸術を理解しろってほうが無理だろうけどな」
「ちょっと、野蛮人とはなによ。あたしは違うわよ、あたしは!それでもあんたの芸術は理解できないけどぉ」
 いきり立つ沙希。
「あのさ。その『あたしは』ってのはなんなんだ?俺だって違う……」
「まぁ、芸術を理解しろとは言わないさ。でもよぉ、これは夢ってヤツだ」
 泰造の言葉を遮るように源が言った。
「てめーらは今は泥棒の上前はねなきゃならないくらい切りつめた生活してて、夢なんか追いかける余裕ねーだろうけどよ、そのうち余裕が出てくりゃ夢の一つも追いかけてみようって気になるだろう」
「ちょっと待て。誰が泥棒の上前はねてるって!?」
 源の熱い弁論に泰造が水を差す。
「お前、龍哉たちから財布とったって聞いたぞ」
「何ぃ!?俺がそんなこすい真似すると思ってんのか!?こうしてちゃんと返してやるために肌身離さず持ち歩いてるのに!」
 泰造は財布を見せた。
「まぁ、そんな事はどうでもいい」
「よくねぇっ」
「俺の本当に作りたいもんってのは、他人には理解できないみたいでな。それでも俺は作りたいものは作りたい。金じゃねーよ。これは男のロマンってヤツだ」
 話を戻す源。
「けっ、何がロマンだ」
 財布のことで言ってやりたいことを言えなかった泰造が憎まれ口を叩いた。
「お前だってさ、こんなぎりぎりの生活してまで賞金稼ぎなんてやってるんだ。何か理想をもってやってるんだろ?」
「いや、俺はガキのころ小遣い稼ぎでやってたのがそのままずるずると本業になったんだが」
「……理想は?」
「うーん、金が欲しい」
 それは理想と言うよりただの欲だ。
「ロマンのかけらもねーケダモノみたいな男だなぁ……。お前も男だったら夢を見ろ。ロマンを追いかけるんだ」
「何でお前にそんなこと言われなきゃならねーんだ」
「お前も、どうせなら俺みたいな夢のある男と付き合え。なっ」
 どさくさに紛れて沙希に言い寄る源。
「いやよ、あんたみたいなエロガッパ」
「俺はカッパは嫌いだって言ってんだろうがっ」
 睨み合いになる源と沙希。
「……お前らなんなんだ?」
 三人のやりとりを見守っていた役人は、すっかり呆れ返っていた。

 賞金をもらった泰造達は、その日はオトイコットに留まり、翌日出発することにした。
 オトイコットを発つ前にもう一度源の様子を見に行くことにした。
 源は役人の言った通り牢に入れられていた。
「檻の中のサルだな……」
 源を見ながら泰造がぼそっと言う。
「ううう、俺が手も足も出ないことをいいことに……」
「もっと言っちゃえ言っちゃえっ」
 悔しそうな顔をする源と煽る沙希。
「で、お前ら何しに来たんだよ。俺に何か用か」
 不機嫌そうに源が言う。
「そういえば何しに来たの、泰造」
 沙希は不思議そうな顔をした。
「あたし、こいつに縛られたり監禁されたりろくなことなかったからあまり顔見たくないんだけどぉ」
「だからこいつにその罪滅ぼししてもらおうと思ってな」
「あたし、別に縛る趣味はないんだけど」
「縛るのは昨日やったから十分だろ」
 勘違いしている沙希をあまり気にせず泰造は源に向き直る。
「実はさ、こいつ、故郷の村が手配番号三十九号の豪磨ってヤツに焼かれちまって少し落ち込んでんだよ」
 思い出したのか、沙希の顔が曇る。
「物資もない田舎だし、かなりひどい状態だからまだ復興なんかできねー状態だと思うんだ。そこでさ、お前のその腕前で沙希の村を復興させてやってほしいんだよ。お前だって建てるのは好きなんだろ」
「泰造……」
 泰造の言葉に沙希が目を潤ませた。が、源はあまり乗り気でない。
「金にもならないただの家なんて建てたくねーよ」
「建てたいよな」
 鬼のような顔を源に近づける泰造。
「……はい……」
 気迫に負けた源。
「よし、逃げらんねーように役人立ち会わせて書状にサインとるからな。逃げたら生死問わずで賞金懸けてやるから」
 泰造は満足げに言うのだった。

 沙希を拉致監禁した事実を告げたうえで、その処分という形で本当に役人を立ち会わせ書状にサインをとったので、約束を破れば軽犯罪になる。これで源は本当にナリットの復興に協力せざるを得なくなった。
 拗ねた顔をする源を背に、泰造たちはオトイコットを発つことにした。あてはない。
「あんなヤツにでもナリットの復興をしてもらえるならそれだけで嬉しいよ。あたし、今までその事実から逃げてて……考えないようにしてた。だから泰造がナリットのこと考えててくれたの、とても嬉しい」
 微笑みを浮かべながら沙希が呟くように言った。
「俺だって目の前で村が焼かれたってのにほったらかしってのはちょっと気になってたからな」
 照れ臭そうに言う泰造。
「泰造、ありがと」
 沙希が小さな声で言った。その時。
「よーよー、そこのカップルうぅ!」
「肩並べて歩いてんじゃねーぞーっ」
 聞き覚えのある声の野次が聞こえてきた。
 ふり返ると思いっきり見覚えのある顔が。
「二十二号!てめぇらが火をつけたってのは分かってんだ。わざわざ俺達の前に姿を現わすってのはいい度胸だな!」
 泰造が身構えた。
「いい度胸もくそもねぇや!てめーにはまだ財布をとられたままだぞ!」
「そうだそうだ!俺達よりもやることは悪どいじゃないかっ!この置き引き野郎!」
「聞いたぞ、賞金入ったんだってな。俺達の財布はもういらねーだろ?返せ返せ!」
 龍哉たちは口々に言う。
「うっせーな、財布は返してやるからこっちに来い」
 泰造は手招きするが、龍哉たちは応じない。
「その手にゃのらねーぞ、捕まってたまるか。財布だけよこせ!」
 騒ぐ龍哉たち。
「あーあー、わーったよ。どうせ返すつもりでもち歩いてたんだからな。ほれ」
 泰造は財布を投げつけた。
「おうおう、話が分かるじゃねーか……軽くねぇ?あーっ、中身がねー!」
「財布だけよこせって言ったろ、今。中身についてはなんにも言ってねーよなぁ」
 騒ぐ龍哉たちに向かってしれっと言ってのける泰造。
「中身欲しけりゃこっちに来いよ。直接手渡しだぞ」
 現金をひらひらさせて誘う泰造。
「ううううう、卑怯者!てめーらのことは行く先々で泥棒以下の見下げ果てた奴らだと言いふらしてやる!覚悟しとけ!」
 捨て台詞を残して去って行く龍哉たち。
「なーんか、めんどくせーと思ったけど、やっぱ捕まえたほうがいいんかなぁ……」
 泰造は溜め息をついた。
「あたしとの賭けも忘れないでよ」
「あー、分かった分かった」
 二人は龍哉たちの駆けて行った方向、カナーガ方面への道を歩き出した。
 今回の事件を通し、二人の新しい関係が始まろうとしていた。

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