賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨伍話 結託

 類は友を呼ぶ。
 似た者同志は自ずと集まるものである。


 何事もなく朝が訪れた。
 真っ先に目を覚ました泰造が日課の体操を始めた。チェックアウトするまではジョギングもできない。このホテルの塀の中でできることと言えば体操くらいのものだ。
 やがて、蜂が巣からとびだし、四方へと散って行った。蜂も出勤時間だ。
 リズミカルにかけ声をかけながら体を動かす泰造。朝っぱらから他の客に迷惑であるが、泰造はそんなことは気にしない。
 朝の体操が終わった所で、沙希をたたき起こすことにした。
「おーい、沙希。朝だぞ。お〜き〜ろ〜」
 今日は個室なので、沙希も油断している恐れがある。どんな格好で寝ているか分かったものではないのでドア越しに声をかける泰造。そのおかげで近くの部屋にまで聞こえそうである。
「もうちょっと寝かせてよぉ〜」
 沙希は起きる気はなさそうだ。
「起きろっ!」
 泰造は沙希の部屋のドアを開けた。とりあえず、あまりひどい寝姿ではない。
「うーん、寒いよぅ」
 朝の冷えた風が入り込み、沙希は身を震わせた。手荒いが、これで目は覚めるだろう。泰造はそのまま自分の部屋に戻ることにした。
 荷作りを始める泰造。とはいえ、何もすることがないので部屋の奥に荷物を押し込んだだけなので、荷作りと言ってもまとめて担ぎなおすだけだ。
 隣の沙希の部屋からもがさごそと物音がした。起き出して荷作りを始めたようだ。
「えっ。やああああぁぁぁ、な、な、何よおおぉ」
 いきなりとなりの沙希が素っ頓狂な声を上げた。
 驚いて、部屋から駆けだそうとする泰造。が、勢い余って低い天井に思い切り頭をぶつけ、しばらく身動きがとれなくなった。
 それでも、どうにか部屋から這い出すと、すぐとなりの沙希の部屋に、巨大な監獄蜂が首を突っ込んでいた。
「な、何だよ、こいつ!」
 戸惑う泰造の目の前から、監獄蜂は何もなかったように飛び去って行った。
「無事か、沙希!」
 沙希の部屋をのぞき込む泰造。何やら甘ったるい匂いがする。沙希は呆然とはなっているが、無事ではある。沙希も泰造の顔を見て我に返った。
「うえええぇぇぇ、食べられるかと思ったあぁぁぁ」
 緊張の糸が切れ、泣き出す沙希。
「何だこれ……」
 床には黄色がかった液体のようなものがたまっている。
「ビビってちびったのか?」
 真顔で言う泰造。沙希の投げつけてきた塩の小瓶が頭を直撃した。
「違うわよっ!さっきの蜂が口から吐いたのおおぉ!ど、毒液!?」
「どうしました?」
 騒ぎを聞きつけてか、ホテルの従業員が様子を見にきた。
「いや、いきなり蜂が部屋に頭突っ込んできてよ、これ吐いて逃げたんだと。なぁ、こいつの顔って、蜂でも吐きたくなるような顔か?」
 従業員に真顔で尋ねる泰造。今度沙希が投げつけたのは香辛料の小瓶だった。やはりナイスヒットする。
「もしかして、部屋の入口開けっぱなしにしてありませんでした?」
 苦笑いを浮かべながら従業員が訊いてきた。
「ああ、開けといたんだよな」
「うん」
 泰造の言葉に沙希が頷くと従業員は再び苦笑いを浮かべた。
「部屋をあけっぱなしにしていると幼虫と間違えて蜜を与えに来るんです。説明してませんでしたっけ」
「聞いてねーぞ」
「あたしって蜂の幼虫と間違われたわけ!?やだぁ、スタイル見て違いに気付かないのかしら!」
 それ以前の問題ではなかろうか。
「ああ、その蜜ですけど、市販されているはちみつと大差ありませんから、おみやげ代わりに持ってちゃっていいですよ」
「何だと!?」
 従業員に詰め寄る泰造。
「ああっ、ちくしょう!そうと知ってりゃ俺も入口あけといたのに!」
 悔しがる泰造の奥では、早速沙希が床のはちみつをスプーンで掬って瓶に詰めている。二人のけち臭さに従業員はまたしても苦笑するしかなかったという。

 その騒動のおかげで、泰造たちの出発は思っていたより大幅に遅れた。
 チェックアウトしようとした時には、もうすでに街は騒がしくなっていた。
 泰造たちがチェックアウトの手続きをしていると、従業員が客室方面からフロントに戻ってきた。
「店長。団体さんですけど、お部屋にいらっしゃいますね。ただ、やはり出てこようとしません」
「おかしいなぁ。あの団体さん、チェックアウトは早めにするからって言うんでモーニングコールまで頼んできたんだよ。一晩で事情が変わるとも思えないし……。何かあったのかなぁ」
「何だよ、そんな奴ら、引きずり出しちまえばいーじゃん」
 泰造が口をはさむ。
「いやいや、さすがにお客様にそんなことはできません」
 かぶりをふる経営者。一応はホテルとしてお客に対して失礼な真似はできないのだ。
「そんじゃ、俺が引きずり出してやる。俺はホテルと関係ねーからあんたらに文句言わせたりはしねーぞ」
 泰造が腕まくりをしながら歩き出した。もうこうなると組み伏せない限り止まらない。
「あーあ、行っちゃった……。泰造って結構おせっかいなのかなぁ。こういうのってすぐ首突っ込むのよね……」
 呆れる沙希だが、止めようとはしない。
 泰造は団体客の部屋の前まで来た。閉まっている部屋なのですぐに分かる。
 まずは軽くノックして声をかけてみることにした。
「おい、いつまで寝てんだ。もう朝は来てるんだぞ」
「分かってるよ、ほっといてくれ」
 確かに中には人がいる。若い男の声だ。とりあえず、男の反応が気に食わない泰造は、多少強い態度に出た。
「んだとぉ!?てめーら、手間かけさせといてその態度はなんだ!表に出ろ、勝負だ!」
 というか、けんかを売る泰造。ドアを開けようとするが、閂がはまっているらしく開けることができない。
「……?なんか怪しいぞ……。開けやがれ!」
 泰造は力任せにドアを開けようとする。
「ちょ、ちょっと、壊れちゃうよ……」
 さすがに沙希が見かねて止めに来た。
「なんか胡散臭いんだよなぁ、こいつら」
「何も聞こえるようにいわなくてもいいでしょ」
「はっ、自業自得だ。それよりここをどうにかして開けて、意地でも引きずり出してやらねーと気がおさまらねーぞ。どうにかしろよ」
 沙希はドアをちょっと調べて言った。
「確かここって閂だけでしょ?それだったらドアの間に薄い板とか刃物とかを差し込めば開けられるよ」
 沙希はポケットからナイフを取り出すと、刃をドアと壁の間に滑り込ませた。そして、ぐっと押し上げるが、閂とおぼしき場所で止まってしまう。沙希の表情からしてかなり力を入れているようだが、びくともしない。
「中で押さえてるみたい……っ。だめ、あたしの力じゃどうにもなんないよぉ」
「よし、代われ。三人で押さえててもこじ開けてやるぜ」
 泰造が腕まくりをしながら沙希と交代した。
「おりゃっ」
 泰造がやると、あっさりと閂が上がった。
「いまだ、ドアを開けろっ!」
「うんっっ」
 沙希が素早い動作でドアを開けた。
「ひいいっ」
 中にいたのは若い男だった。
「お前ら、ちょっと怪しすぎるぞ。何者だ!?」
 問い詰める泰造。
「し、知らないならほっといてくれ、あばよっ」
 男は慌てて泰造と沙希の間を抜けて逃げようとする。
「ちょっと待ちな」
 泰造と沙希の二人がかりで取り押さえられてしまう男。
「ねぇ。気になるんだけどさ、どっかで見た顔じゃない?」
 押さえつけながら沙希が男の顔をのぞき込んだ。
「そうだっけ?うーん、言われてみれば……」
 泰造も男の顔をのぞき込む、男は必死に顔の向きを変えて見えないように努力するが、無駄である。
「???なんかこんな事、前にもしたような記憶があるぞ。うーん……、あっ」
 泰造に思い当たることがあった。
「確かてめーは……!!……まて、もうちょっとで思い出す」
 何に思い当たったのか分かっていなかったようだ。
「ちくしょー、毎度毎度忘れやがって!もしかして、俺だけ特別に影薄いってのか!?」
 喚く男。その言葉に泰造は考え込む。
「毎度毎度?……!!思い出したぞっ、てめーは二十二号の子分じゃねーかっ!」
 泰造が叫んだ。そうだ、いつだったかもこの男を町中で取り押さえたことがある。あの時は確か、龍哉が戦場に突っ込んだから助けを求めに行こうとしていたところだった。
 泰造の声が合図だったかのように、閉め切られていた他の部屋から龍哉を始めとする牙龍団一味が一斉に飛び出してきた。
「てめぇら、朝っぱらからうろつき回りやがって……!なかなか帰らねぇし、おかげで俺たちゃ部屋の中に閉じこもって怯えてたんだっ」
 思えば、泰造は朝一番に起きだし元気よく体操を始めている。龍哉達はその時に泰造の存在を知ったのだろう。帰るのを待っていたが、はちみつの一件でもたついたために今までかかっている。その間身じろぎもせず待っていたことになる。
「だいたいよぉ、しつこいにも程があるぞ!てめぇらが行く先々で現われやがるから、俺たちゃ安心して寝られねーんだよ!見ろ、この端正な甘いマスクをぶち壊すクマを!」
「別におめーらなんか追っかけてきてねーよ……。この町にゃ別な用事で来てたんだよ。お前らこそ、よくもまぁ俺達の行く所行く所に先回りしていやがるよなぁ……」
 すでにうんざりしている泰造。
「はぁ、デハタのおっちゃんもいいって言ってるし、こいつら追い回すのよそうかな……どうせ大した金になんねーし……」
「そうだそうだ!その方が俺たちゃ助かる」
 そんな泰造と龍哉の会話に沙希が割って入ってきた。
「えーっ、ちょっと、あたしとの賭けはどうすんの!?放棄するんだったら千ルクだよ!?」
「こいつらと縁が切れるなら千ルクくらい……って、金がねーんだっけ」
 千ルクくらいなら払えるのだが、払ってしまうと後がない。
「しょーがねーなぁ、、ここは一つお前らと決着をつけてすっきりするしか……待て、逃げようとするんじゃねーよ!」
 龍哉たちは背中を向けて逃げ出そうとしている。
「冗談じゃない、お前らの都合で勝手に決着つけることにすんな!俺達はまだ前途ある若者なんだっ」
「子分見捨てて逃げる気かよ!?」
「あ、兄貴、俺のことは構わずに、逃げてくださいっ!」
 泰造に取り押さえられている子分が叫んだ。
「そうか、お前のことは決してわすれないぞ!生きていたらまた会おう、さらばだっ」
 龍哉たちは、目にも留まらぬ速さで逃げ去って行った。
「ええっ、そ、そんな!助けてええぇぇぇっ」
 子分が叫ぶが、もう龍哉たちの姿はない。
「ううう、兄貴ぃ……。いいさ、俺の犠牲で兄貴たちが助かるなら、潔く散ってやるさ……男として!」
 腹を決める子分だが。
「てめーにゃ賞金かかってねーんだよな……。役所突き出すこともできねーし、逃がすのはもったいねーし」
 処分を決めかねている泰造だった。

 勢いよくホテルを飛び出した龍哉たちの一団だが、ちょっとした騒ぎになっていた。
「あ、兄貴!たいへんだっ!財布を、財布を部屋に置いてきちまった」
 と、子分の一人が言ったのだ。
「何ぃ!?いくら入ってたんだよ」
「八千二百ルクほどっす」
 金額を聞いて、龍哉たちの顔が引きつった。しばらく食うに困らない額だ。
「げ、大金じゃねーか。と、取り戻してこいっ」
 狼狽する龍哉。
「む、無茶だあぁ。そんなに言うなら誰かついてきてくれよぉ」
 財布を失くした子分は半泣きだ。そして、ついてこようというものは誰もいない。
「しょうがねぇ、サイマに着いたらまずは適当なオヤジ見つけてカツアゲねーと……」
 金を作るのが簡単なのが、悪党をやってていい所である。

 そして、その財布はまだホテルの一室にあった。
「あっれー?忘れ物だ」
 様子を見にきた従業員が、部屋の中をのぞき込んでその忘れ物に気付いたのだ。
「ああっ、それはトシキの財布じゃないか!」
 泰造に龍哉たちの行き先を尋問されていた子分がその財布を見て言った。
「……いくら入ってるんだ……?」
 泰造が従業員に訊く。従業員は財布に手を突っ込み、札の束を取り出した。それを見ていた泰造と沙希の表情が瞬時に輝く。
「よし、それは俺が預かるぞ」
 泰造は笑みを浮かべながら言った。
「おいおいおい、それは俺達の金だぞ、横取りすんな〜っ!」
 喚く子分。泰造は真顔になった。
「俺は悪党じゃねーんだ。どうせあいつらを追わなきゃならない。もし出会うことがあったら、財布を届けてやろうと思っている」
「嘘くせぇ……」
 泰造は不気味な笑みを浮かべつつ身動きの取れない子分の指を思いっきり反らせた。子分は痛みのあまり悲鳴も出ない。
「で、だ。届けてやるには所在を知らないとなぁ。だ〜か〜ら〜、どこだ、奴らの目的地は」
「教えねぇって言ってるだろっ」
 泰造は子分を固め技にかけた。やはり子分は痛みで声も出ない。
「だめだよ、泰造。暴力じゃ何の解決にもならないよ。ここはやっぱり、平和的にいかないと」
 沙希が泰造を止めた。ほっとする子分。
「何だ、色仕掛けで俺に吐かせようってのか?」
 沙希は子分を固め技にかけた。悶絶する子分。
「同じじゃねーか……」
 呆れる泰造。
「今のはお仕置きよ。本番はこ・れ・か・ら」
「本番!?やっぱり色仕掛け……」
 懲りてない子分の鼻っ面にケリをたたき込んでから沙希は子分の後ろに回り込んだ。
「うりうりうりうりうりうり」
 子分をくすぐりだす沙希。
「ひっ、ひいいぃっ。なななななんのこれしきぃっ」
 悶絶しながらも強がりを吐く子分。如何にせん、がっちりとロープで縛られているので抵抗はできない。まるで芋虫のような動きをする。
 沙希は手を休めない。子分はだんだん息苦しそうになってきた。
「よし、俺も手伝うぞ」
 泰造は子分の足の裏をくすぐることにした。
「おひょひょひょひょ」
 妙な声をあげる子分。
「くああああっ、サイマだ、サイマに行ったんだっ」
 結局、子分はこんな事であっさりと吐いてしまう。
「よし、ごほうびにもうひとくすぐり」
「やめてくれええぇぇぇ」
 子分が痙攣し始めたので沙希と泰造は子分をくすぐるのをやめた。ぐったりとする子分。
「うううっ、足が攣った……」
「よーし、サイマに行くぞ。これで嘘だったらこのままの状態で捨てるからな。間違いなくサイマだな?」
 念を押す泰造。子分は頷いた。
「兄貴、すまねぇ……。でも、俺を捨てて逃げたんだからあいこだよな……」

 サイマにたどり着いた龍哉たちは、早速たまたま歩いていた恰幅の良いおじさんから小遣いをせびっていた。
「俺達さー、財布落としちゃってさー。悪いけど、金くんない?」
 おじさんを取り囲んで強請る龍哉たち。
「ひいいぃぃっ」
 子分の一人が、財布をポケットから奪い取り、中身を抜いて財布を投げ返した。
「あっりがとね〜っ」
 金を手にすると、龍哉たちはあっという間に散って行った。

 だが、その一件が元でこの町にあっという間に手配書が回ることになってしまった。
 宿という宿に人相書きが出まわり、龍哉たちは泊まる所がなくなった。
「まいったなぁ、こんなに早く手配書が回るなんてよぉ」
「他の町じゃ、せいぜい最初は役所前に張り出されるくらいだからなぁ。こんなに機敏に動く役所、初めて見たぞ」
「兄貴、どこに泊まりますかね?」
 龍哉は少し考える。
「……しょうがない、手ごろな空き家探そうぜ」
 龍哉は立ち上がった。
 薄暗い街を歩き回る龍哉たち。どの家もこの夕闇の中、明かりをともしている。人がいる証しだ。
 そんな中、真っ暗な小屋を一つ見つけることができた。真新しい建物だが、まるで捨てられているかのような佇まいだ。
「こりゃ、建築中の家だな?こりゃいいぞ」
 真新しい小屋に寝袋を広げる龍哉たち。
「誰の家かしらねーけど、先に一泊させてもらうぜ」
 と、この場にいない持ち主に言った。
「ああ、好きにしな」
 突然闇の中から声がした。いないと思っていたが、誰かいたようだ。もう寝袋に収まっていた龍哉たちは喚いてもがくことしかできない。パニックになった。
「ひいいいぃぃ、殺さないでえぇぇっ」
 身動きができない状況なので、考えが悪い方に向かう。とにかく、寝袋から這い出していつでも逃走できる体勢にならなければならない。
「だ、誰だっ!」
 どうにか寝袋から這い出した龍哉は闇に向かって叫んだ。考えてみれば、それは龍哉が言われるべきセリフであり、龍哉が言うべきセリフでは決してない。黙って入ってきたのは龍哉のほうなのだから。
「手配番号、二十二号。龍哉とその一味だな」
 闇の中に光が浮かび上がった。火が灯されたのだ。
「賞金稼ぎかっ!?」
 龍哉たちはもう逃げられる体勢だ。
「安心してくれ。俺は君たちと同じ立場、奴らに追われる身だ」
 少し安心する龍哉たちだが、考えてみれば、賞金のかかっている人間にろくな奴はいない。下手すればあの人を殺すのが趣味の豪磨かもしれず、そんな奴の寝床にとび込んだとなれば飛んで火に入る何とやらである。
「ふふふふふ、君たちのことは見ていたぞ。あの泰造という狂暴な賞金稼ぎに追われているんだろう?」
 目の前の男の口にした泰造の名に龍哉が反応した。
「なにっ、あの賞金稼ぎを知っているのか!?」
「いや、俺も奴にはちょっとした恨みがあってね。どうだい、ここは一つ、手をくんで奴をやっつけてしまおうじゃないか」
「その前に、誰だお前は」
 相手が分からない以上、手を組むといわれても信用できない。
「俺は源だ。なぁに、君たちと同じ程度のケチな賞金首だ」
 その名は耳にしたことがある。賞金首の中でも、かなり異質な男なので噂で聞き及んではいる。
「その賞金首が、なんで俺達と組もうなんて考えたんだ?」
「あいつがいなけりゃ悠々とやっていける……同志ってわけよ。悪い話じゃないだろ?」
「いまいち信用できねぇんだけどなぁ」
「そういうなよ。この小屋はお近づきのしるしってやつだ。好きに使っていいぜ。他に行く所もないんだろう?宿屋に人相書きが貼ってあったからな」
 源の心づかいに本気で泣けてくる龍哉。さっきまでの警戒心はどこへやらだ。
「お前、いい奴だなぁ」
「だろ?それなのに賞金を懸けて追い回すなんて、世の中間違ってやがる」
 その後、彼らは意気投合し、寝るのも惜しんで熱く語り合うのであった。

 泰造達がサイマに着いたのは、日もすっかり沈んでからだった。
「おい、もう町に着いたぞ。頼むから降ろしてくれ。ただ縄で縛られてるだけで十分恥ずかしいんだ」
 龍哉の子分は、縄でがんじがらめにされたまま、荷物として驢駆鳥につまれて運ばれていた。
「まいったなぁ。よく考えたらこいつの分も宿代出さなきゃならねーのか?やっぱり途中で捨ててきたほうがよかったかなぁ」
 高々数十ルクの宿代を本気で惜しむ泰造。
「冗談じゃない。誰のおかげでここまで来れたと思ってるんだ」
 実は、この驢駆鳥のチャーターはこの子分におごらせたのだ。それだけではない。レンタルのテントも借りている。
「まさか宿代までたかろうってんじゃないだろ?」
 子分は不機嫌そうに言う。
「まぁ、自分の分くらいはお前の懐から出してもらうことにはなると思うけどな」
「そうだ、自分の宿代くらい自分で払え。もう俺からたかるな」
 とりあえず、泰造が目をつけた宿は、見るからに高級そうな宿だった。
「一晩二百ルクかぁ。それじゃ、一人二百ルクずつ出さないとなぁ」
 子分の財布から二百ルクを抜く泰造。自分の財布からも二百ルクだし、沙希からも二百ルクを受け取った。
「ちょ、ちょっと待てよ。何もこんな高い宿泊まることないだろ!?」
 見かねて子分が喚く。
「そうか?それじゃもう少し安い宿にしような」
 高級旅館を通り過ぎ、見つけた宿はさっきとは天と地というほどのひなびた場末の安宿だった。実は、泰造はこういう安宿を長年の勘をたよりに探し出すのが得意だったりするのだ。
「一晩二十ルク。毎日空室あります。お気軽にお立ち寄りください。素泊まり可」
 看板の下の説明書きを読み上げる沙希。さっきの宿の一割の値段だ。恐ろしいことに、市場で売っている一部の野菜よりも安い。
「……また、すごいとこ見つけてくれるな、お前。何もここまでグレード下げなくても……」
「ここでいいよな」
「うん」
 子分の愚痴を遮り泰造が言う。沙希が頷く。
「多数決でここに決まり。じゃぁ、浮いた分の宿代は俺と沙希で山分けな」
 沙希に二百七十ルク渡し、自分は残った二百七十ルクを財布に入れる泰造。
「俺は!?俺の財布からも出したんだぞ!?」
 当然のごとく、子分が騒ぎ出す。
「さあ?」
 泰造はそしらぬ顔をする。
「くそっ、世間は間違ってるぞ。本当ならこういう奴らに賞金をかけるべきなんだ」
 結局、子分は宿代を素直に出すより遥かに多くの金を泰造にふんだくられた。

 翌朝。
 泰造は日課のジョギングに出かけることにした。街外れをぐるっと一周する。
 ちょうど町の裏手に回った頃、泰造は妙な小屋を見つけた。不自然な場所に建てられた真新しい小屋。いかにも、源が建てました、と言うような小屋だった。
 警戒しながら、泰造は足を踏み入れた。誰の気配もない。
 よく調べてみると、置き手紙が残っているを見つけた。しかも、宛て名が泰造になっている。なんとなく嫌な予感が泰造を襲う。
 しかし、名指しされているのだから読まないわけにもいかない。難しい字が読めない泰造だが、差出人も難しい字は書けないらしく、字が汚いことを除けば読める手紙だった。
『南へ二百五十サイト、オトイコットはハーミル港にて待つ』
「……何でそんなとこ行かなきゃなんねーんだよ……」
 泰造は手紙を丸めて捨てた。
 そして、何事もなかったようにジョギングを再開した。
 街外れをぐるっと一周し、宿に戻る。そろそろ日も差してきている。沙希も目覚めている頃だろうか。
「おーい、起きたかー?」
 でかい声をあげながら部屋に戻った泰造。
 部屋はもぬけの殻になっていた。

 リズミカルな振動に沙希が目を覚ました。
「??泰造〜、何これ?」
 起き上がろうとするが、体が動かない。あたりは真っ暗だ。首だけ動かすと、荷物と思しき袋がいくつも積んであるのが見えた。
 この感覚は初めてではない。いつか、荷車に潜り込んで村と村の間を移動した時の振動がこんなだった。
 作りの荒い荷車の床が肩に当たり、悪い路面の小石を踏んで揺れるたびに痛みが走る。
 体を動かそうとすると、手首に縄が食い込む感覚があった。足も縛られている。
 沙希は、自分の置かれている状況を理解した。何者かに縄で縛られ、荷車でどこかに運ばれようとしている。
 沙希の心をを恐怖が満たしていく。自由を奪われた恐怖。行く先の知れぬ恐怖。そして、孤独の恐怖。
 沙希は自由も利かぬ薄闇の中で何度も何度も泰造を呼び続けた。

「オトイコットのハーミルの港ってのはどう行きゃいいんだ?」
 泰造は宿の番頭に訊いた。
「ハーミル?それなら船で行くといいよ。ここから東に向かった所にシューミッダー運河がある。その運河を下る船が出ているからそれに乗って行けばすぐに近くまでつくね。あとはほんのちょっと歩けばいい」
 泰造は番頭に礼を言い、宿を出た。空はすっかり青い。それでもまだ目線をあげなくても太陽が視界に入る程度の時間だ。
 運河を目指し、朝日にむかって足を進める泰造。
 文字は読めないので、別れ道でもあればもう分からなくなってしまうところだが、たまたま街外れで船便で海まで荷物を運ぶという隊商に出会い、その隊商にくっついていくことでどうにか運河の船着き場につくことができた。
 しばらく待っていると、上流から小舟が流れてきた。さほど高くない代金を払って船に乗り込む。しばらくは退屈な時間を過ごすことになった。

 どれほどの時をこうして身動きもできないまま過ごしてきただろう。
 いつのまにかあたりが賑わってきている。街に入ったようだ。
 しかし、今までに立ち寄ったどの街とも雰囲気が違う。人の声、足音、空遊機らしい騒音。何もかもが騒がしいのだ。賑やかを通り越している。
 名前くらいは聞いたことがある、大陸北部最大の都、オトイコット。
 街はこれだけ騒がしく、人々が行き交っている。それなのに、沙希は薄暗い幌をかぶった荷車の中で身動きもとれず、一人寂しく横たわっているしかできない。
 底知れぬ寂しさが沙希を襲った。
 不意に荷車の動きが止まった。
「よし、ここにしよう。急げ」
 若い男の声がした。聞き覚えがあるような、ないようなそんな声だ。
「まかせとけ。材料の確保はまかせたぞ」
 この声は源の声だ。また源にさらわれたようだ。
 何人かの男の声がした。一人や二人ではない。かなりの人数だ。その足音が遠ざかっていく。任された『材料の確保』に向かうのだろう。
 源が何かを作り出した。鋸や金槌、カンナなど様々な道具を使っているのが音で分かる。
 あらためて考えると、源ごときのためにあんな怖い思いをし、恐怖に打ち震えたかと思うと腹が立ってくる。
 あとで思いっきりケリでも入れてやろう、と沙希は心に誓うのであった。

 やがて、運河の両岸に家が見えはじめ、やがて都会の風景になる。
 大陸北東部に位置するカームトホーク州の首都、オトイコットについたのだ。
 オトイコットは二度目だった。大陸の南西方面からカームトホークを訪れたものは、ほぼ間違いなくオトイコットを通る。陸路、水路共に重要な拠点になっているのだ。
 この都市は多くの人にあふれている。かつて立ち寄ったリューシャーに勝ると劣らぬ規模だ。しかし、ここは自然に囲まれた大地。都市といえど、のどかな空気に包まれている。
 泰造の乗った船はやがて海にたどり着いた。
 下船場で空遊機のタクシーを拾い、ハーミル港を目指す。
 ハーミルにはあっという間に着いた。さすがは空遊機と言いたい所だ。だが、予想以上に高い金をふんだくられた。それもさすがは空遊機、と言うべきなのだろうか。
 冷たい秋の海風が泰造の短い髪をなびかせる。
 見渡すと、いくつかの埠頭と貨物倉庫が並んでいるのが見てとれた。沙希はこの港のどこかにいるのだろうか。
 やはり気になるのは倉庫である。泰造は倉庫をのぞき込んだ。
「沙希ーっ、いるか!?」
 そのまま怒鳴り込む泰造。しかし、泰造の声は虚しく倉庫の中に響くだけだ。
 まだ、倉庫は三十近くある。探すだけでもしばらくかかるだろう。

 オトイコット。これだけ大きな街になると、となりにいる人間が誰か、などという野暮なことは誰も気にしないようだ。隆臣が街中を堂々と歩いていても、誰一人として気にかけようとしない。
 だが、いつ自分の顔を知っているものが現われるか分かったものではない。足早に人ごみを通り抜けていく。この街を歩くものは皆忙しない。早足で歩く隆臣を訝るものは誰一人としていなかった。
 市街を抜けると、急に人気がなくなってきた。行き交う人もまばらになる。
 そろそろ、見慣れない旅人を疑わしげな目で見るものが現われはじめた。
 隆臣は足を止めるでもなく、道をまっすぐに歩いていく。
 やがて、目の前に青く輝く海が見えた。ワッティに立ち寄って以来、ひさびさに見る海だった。
 幼少期を過ごした神王宮の窓からは大きな海が見えた。そのせいだろうか、時折海が恋しくなる。
 隆臣は海風を浴びながら、彼方の水平線を見つめていた。
 波の音、風の音に紛れてどこからともなく、耳障りな音が響いてくる。
「……うっせーな……」
 気になった隆臣は音のほうに向かって行った。
 近づくにつれ、音がはっきりと聞こえるようになる。建物を建てている工事の音だ。
 やがて、建物自体が視界に入ってくる。港に不似合いな木造の無骨な建物だった。建物の周りでは男たちが蟻のように忙しなく歩き回っている。龍哉たちだ。
「……何だ、あれは」
 隆臣はさらに近づく。
「来たぞ!!」
 突然、龍哉たちが作業を中断し、建物の中に逃げ込んだ。まるで、巣に逃げ込む蟻のごとく。そして、工事をしていた源が建物の一番上に立ち、声高々と言う。
「待っていたぞ!人質の女はここにいる!俺達から奪い返すがいい。できればの話だがな!」
「ちょっと待て。なんか違う……」
 それを、龍哉が止めた。
「違う?……言われてみれば違うような」
「バカ、相手よく見て言えよ」
「すいませーん、人違いでしたぁ。気にしないで行っちゃってくださーい」
 さらに別な男が隆臣に向かって言った。だが。
「俺に戦いを挑むとは命知らずな奴らだ。いいだろう、一人残らずこの剣の露と消えろ!」
 隆臣は挑発されたことで激昂し、殺戮者モードに入っていた。
 腰に帯びた剣を鞘から抜き払う。構えると、一気にその建物目がけて突進した。ヤバさを強烈に感じ取った龍哉たちは、脱兎のごとく四散する。
「待てっ、逃げるんじゃねぇっ!」
 隆臣の怒鳴り声を背に、龍哉たちは風のように駆け抜けて行く。
「だああぁぁ、薄情ものおおおぉ!」
 一人残された源は、龍哉たちの消えた方角に向かい、虚しく叫ぶのであった。

 不意に、騒がしい声が聞こえてきた。
 不審に思った泰造は、倉庫の捜索を中断して声の方に向かう。
 埠頭のある広い場所で何人もの男たちが駆け回っていた。龍哉たちだ、と言うのは顔ぶれで分かった。そして、その後を追いかけている剣を持った男。
 どこかで見たような顔だ、と泰造は思う。そして、しばらく考えてそれが隆臣だということに気づいた。
 あいつが四十七号、隆臣か!
 と、考えた時には龍哉たちを追ってすでにどこかに消えていた。
 彼らがいなくなってそれでも目を引くものと言えば、不自然に新しく違和感がただよう、いかにも源の建てた物だとすぐに分かる奇妙な小屋である。
「だああぁぁ、薄情ものおおおぉ!」
 その建物の屋上で大きな声で叫ぶ者がいる。声、髪型、そして特徴的なねじりはちまきから、一目で源だと分かる。
「おい、またてめーか!?沙希をかっさらったのは!」
 泰造の怒鳴り声に源が驚いて振り向いた。
「げえぇぇっ、いいタイミングできやがる!ちくしょう、もう少し余裕があれば俺もこのままトンズラできたのにいっ!」
 すでに泣き崩れている源。
「質問に答えろ!」
 泰造はもうしびれを切らした。
「ああ、そうだとも、女は預かってるぞ。返してほしけりゃここまで来い!ふふ、この仕掛けだらけの要塞を果たして突破できるか!?」
 自信があるのか、破れかぶれの開き直りなのかは分からないが、堂々とした態度で源が言い放った。
「……よーっし、俺に挑戦しようとはいい度胸だ!吠面かかせてやる!」
 泰造は身構えると、『要塞』の入口に向かって突進しはじめた。

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