賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨四話 篭城

 後悔するくらいなら初めからやらないほうがよかった、などということがある。
 しかしそれは、到底無理な話である。
 結果など、初めから見えるわけないのだから。


 牛車がようやくグーマにたどり着いた。日はすでに暮れかかっている。
「あれー?今日はずいぶんと静かだなぁ。何かあったのかなぁ」
 牛車の御者がのんびりと言う。
「時間が時間だからじゃねーのか?」
「いんや。この時間ならもう少し賑やかなはずだけどねぇ。まぁ、いいか」
「じゃ、俺はここらで降りるよ。あいつは街外れにいるって言ってたし、街の周りぐるっと回ってみる。世話になったな。あんがと」
 泰造が手を振ると御者も手を振り、牛車は相変わらずののんびりした動きで走り出した。
「さて、と。ここから見た感じ、それらしいものはない……か。やっぱり一周回らないとだめか」
 泰造は街外れを右回りに歩き出した。
 街の一番外側をぐるっと回ると、街の大きさが実感できる。この調子だと、街の周りを回るのに小一時間はかかる。
 時間と共にあたりは薄暗くなり、視界も利かなくなってくる。このままでは夜になりかねない。
 今、自分がどのあたりを歩いているのかわからない。辺りはますます暗くなってきた。あまり暗くなると、何かあっても見落としかねない。
 沙希には悪いがここは一晩我慢してもらって、明日の朝にするか、と思う泰造。
 しかし、それは思うに止めておき、不屈の根性で街の周りを歩きつづける。月も出てきた。月明かりで辺りが見えるようになる。これなら月が隠れるか沈むかするまでは探しつづけることができるだろう。
 が。泰造は空腹感を覚え、沙希の捜索を取りやめて飯の詮索をすることにした。

「泰造……どうして来てくれないのよ……」
 月明かりの差し込む部屋で小さくなりながら、沙希は溜め息をついた。
「もしかして……あたし、泰造に見捨てられたのかなぁ……」
 部屋の窓からは月しか見ることができない。月を見あげ、また溜め息をつく。
「このまま助けに来てくれなかったらどうしよ……」
 沙希の心の傷はまだ癒えたというにはほど遠い。こうしてひとりでうずくまっていると寂しさと恐怖心がじわじわと沙希の心を押しつぶそうとする。
 沙希はごろんと横になった。部屋に差し込んでくる月明かりの照り返しでぼんやりと天井が見えた。
 このまま眠ってしまおうか。
「……ちょっとー!」
 沙希はいきなり怒鳴った。
 ばたばたと足音がした後、部屋の外から閂の外される音がする。そして、扉が開いた。
「今度は何だよ!」
 苛立った顔で源が怒鳴る。
「ここ、寝心地悪いわよ!?せめて蒲団かマットレスちょうだいよ!だいたい毛布一枚なんてお肌にも悪いし風邪ひいちゃうっ」
「そんなこと言われてもよぉ、こんな時間に店開いてる訳ねーだろーがっ。我慢しろい!」
 両者ともかなりエキサイトしている。
 実は、今までに沙希のほうから源に何度もわがままな要求があったのだ。
「俺だってお前と同じ状況なんだぞ!?あの野郎、今日中に来ると思ったから寝床の準備なんかしてねーんだ。チッ、あの野郎は今ごろうまい飯食ってあったけー寝床に太平楽に寝てやがるに決まってらぁ」
 源はだんだん愚痴っぽくなる。
「泰造……一人でずるい……ああ、食事代も宿代も一人分で済むからって、ぜいたくしてるに決まってるわ……」
 沙希は自分の状況がますますうらめしくなる。
「大体、あんたがこんな分かりにくい所に目立たない掘立小屋作って立てこもってるのが悪いのよ。ちゃんと泰造に場所の説明したの!?」
「い、いや、街外れとだけ……」
「そんな大雑把な言葉で分かるわけないじゃないの!もっと、目立つように工夫しなさいよ!」
「ど、努力します……」
 源はおずおずと引っ込もうとする。
「ちょっとーっ!何逃げようとしてんの!?あたしの寝床はどうなるのよ!ベッド、ベッド作って!ふかふかのあったかいやつ!」
 さっきよりも要求が厳しくなっている。
「無理言うな……ここには材木しかねーんだ!それでどうやってふかふかのベッドなんか作るんだよ!」
 泣きそうになる源。さっき泣きそうになっていた沙希よりも泣きそうだ。
「はぁ、あの野郎、なんで来てくれねーんだ……。このままじゃ俺、身がもたねーぞ……」
 その時、源の脳裏に悪い考えがよぎる。
 まさか、あいつこのまま厄介払いする気じゃ無かろうか。
 とんでもないお荷物を背負い込んでしまったものだ。頼むから引き取りに来てくれ。源は初めて、藁にもすがる思いという物を感じていた。

 その頃、泰造は大衆食堂で安い飯をたらふく食っていた。
「さてと、もいっちょ探してみっか……」
 泰造は茶を飲み干しながら立ち上がり、勘定を済ませた。
 薄暗い街外れを、やはり月明かりだけで探す。しかし、それらしい姿はどこにも見当たらなかった。
「しょーがねー、今日のところは諦めっか」
 泰造は踵を返して宿探しを始めた。

 結局、源はありあわせの縄を使い、ハンモックを作って妥協してもらった。
 ようやく静かに眠れる、と思った矢先である。
「ちょっとー!」
「またかよおおおぉぉ!」
 泣きそうになる、というか泣く源。
「今度は何だ!」
「夜風が寒いから窓閉めて」
「……その窓、ただの穴だから閉まんないんだけど」
「板で塞げばいいでしょ。朝になったらちゃんと開けてね。光当たんないと目が覚めないから」
「……本当に?……板で塞ぎっぱなしにしておけば朝はゆっくりできるかも……」
 源はちょっと考える。その呟きは沙希の耳にバッチリ届いた。
「あたしとしては真っ暗な部屋で朝を迎えるなんて絶っっ対に嫌だからね」
「はい、考えさせていただき……」
「不言実行!」
「はっ、はいぃっ」
 かしこまる源。
「くそぅ、なんだか俺が奴隷みたいじゃないか……。こんな奴さらってこなけりゃよかった……」
 後悔先に立たずである。

「ちょっとー!」
 もう真夜中である。ようやく寝ついたと思ったらまた沙希に呼び出された。
「なんでございましょう」
 だんだん卑屈になってくる源。
「トイレ」
 ドアを開けると、沙希はトイレに入っていった。
「くーっ、トイレに行くためだけに俺を起こしやがったな……。そんなことなら部屋にもトイレ作っておきゃよかった……」
「ついでにお風呂も作ってほしかったなぁ」
 トイレのドア越しに沙希がまたしても無茶を言う。
「トイレに風呂までついてるなんてアパートだったらかなりランク上じゃないかっ!」
「あんた、女の子の入ってるトイレのドアの前にいつまでいる気よっ」
 言われて三歩ほどドアから離れる源。
 しばらくすると、沙希がトイレから出てきた。
「またよろしくね」
 いいながら沙希は部屋に戻って行く。
「あのさ。このまま脱走してもいいんだよ……」
 源がぼそっと言う。
「……脱走しても泰造がどこにいるかわかんないんだもん、寝る所がないじゃない。せっかくタダで泊まれる所があるんだから利用するわよ。もう寝るだけなんだから」
 沙希は部屋のドアを閉めた。
 源はせめてもの望みを託し、ドアに閂をかけることをしなかった。

 清々しい朝が来た。
「んーっ、いい天気だ!」
 朝の日差しを浴びながら、泰造は大きく伸びをした。
 早朝のジョギングをかねて、もう一度街外れを探してみることにした泰造。
 街外れにまで出てきた泰造は、真新しい掘立小屋が建っていることに気付いた。
 気付いたが、気にしなかった。

「ちょっとー!」
 沙希の怒鳴り声で源は目を覚ました。
「……はっ、朝だっ。寝過ごしたっ」
 飛び起きる源。
「あのさー、もしかして朝じゃない?部屋が真っ暗で時間分かんないけど」
 時間が分からないのになんで朝だって分かるんだよ。
 心の中で愚痴りながら、源は閂のかかってないドアを開けた。
 その横を、沙希がすり抜けていった。
「くそっ……俺はドアマンかよ……」
「トイレっ」
 トイレに駆け込む沙希。それを見ていた源は、無性に小便がしたくなった。考えてみれば自分も起きぬけである。
「まったくー、言ったでしょ、朝が来たら窓開けてって」
「あのなぁ、てめーに何度も起こされてるから寝たりねーんだよぉ!」
 尿意をこらえながら源が叫ぶ。
「あ、今のうちに窓の板、はずしといてね」
 仕方なく言われた通りにする源。
「来るよな、今日こそは……」
 愚痴りながら窓にはめ込んだ板を外し終わった所で、沙希がトイレから出てきた。
 源が入れ代わりに駆け込もうとする。
「やだぁ、レディが入ってすぐのトイレ入ろうなんてなんて神経してんのよ、このエロガッパ!」
 源のシャツの襟を掴んで阻止する沙希。
「カッパは嫌いだっ……た、頼むっ、行かせてくれ……」
「もうしばらくダーメっ」
「だあああっ、もうだめだぁっ」
 源は沙希の手を振り払い、立ちションしに外に飛び出した。

 泰造は、街の周りを一周した。しかし、それでも源と沙希の姿はなかった。
「まさか、あの二人駆け落ちしたんじゃねーだろーな、あのまま……」
 とんでもないことを言いだす泰造。
 ふと、さっきあまり気にせず通り過ぎたあの真新しい小屋が目についた。
 気になった、どころの話ではない。『泰造様歓迎』と、汚い字で書かれた旗が立てられている。沙希の入れ知恵なのか泰造が字を読めないのを考慮してフリガナまで振ってある。呼び寄せられているようなものだ。
「ここか……!?にしては、分かりやす過ぎる……罠かも知れねーな……」
 泰造は警戒しながら周りを一周する。
「ねー、ご飯まだなのぉ!?」
「はっ、もう少々お待ちをっ……くそぉ」
 沙希と源の声が聞こえてきた。
「ここだ……間違いねー。……しかし……これは邪魔していい状況なのか……!?」
 一刻も早く来てほしいと願う中の二人の意に反して、泰造は外で見当違いのことで延々と悩みつづけるのであった。

「あっ、ようやくお越し頂けましたか、この野郎!」
 いきなり上から丁寧なんだか乱暴なんだか分からない言葉づかいで怒鳴られた。
 見上げてみると、『泰造様歓迎』の旗の下に源が立っていた。見張り台になっているようだ。
「ちくしょー、てめぇが昨日のうちにこないから俺はなぁ、俺はなああぁ!」
 泣き出す源。
「泰造〜っ、何やってたのよ、遅いよおおぉ!」
 窓から顔を出した沙希も泣いている。
「わりぃ、どこにいるのかわかんなくってさ」
「ひどいのよ、こいつったらあたしのことこんななんにもない部屋に閉じこめてさ、食事も言わなきゃ持ってこないし、寝床だって毛布しかないなんて言いだすし、おトイレ行こうと思っても鍵かかってるし、揚げ句真夜中に追い出そうとするのぉ!」
「何抜かすーっ!散々わがまま放題いいやがって!お前のために俺がどんだけ金使ったか分かってるのか!?俺なんか心休まる時がなかったぞっ!」
 上と下で喧嘩を始める沙希と源。
「なんなんだ、お前ら……」
 面白いのでしばらく見ていることにした。
「お前のせいで夜眠れなかったんだぞ!?飯だって人質だってのに人一倍食いやがって!」
「あたしは朝起きられなかったもん!ご飯だってなかなか出してくれないからおなかすいたの!大体あんた、あたしが入った後のトイレ入ろうとしたじゃない、いやらしいったらありゃしない!」
「俺だって便所ぐらい行きてーんだよ!てめーのせいで外で立ちションする羽目になったじゃねーか!けっ、てめーの部屋の前でやってやったぜ!」
「何ですってー!あんた、神聖なるあたしの部屋の前で穢らわしいモノを曝け出していたわけ!?最低っ、エロガッパ!」
「なにをーっ、俺はサルとカッパは大嫌いだって言ってんだろーがっ」
 苦笑いしながらその様子を眺めていた泰造だが、そういえば、日ごろの泰造も沙希と同じようなやり取りをしているような。
「俺、こいつと同レベルか……?」
 そう考えると、泰造は少し怖くなった。

 とりあえず、黙って見ているといつまでもやってそうなので、腹も減った所で沙希を連れて帰ることにした。
「おい、漫才はそのくらいにして沙希を返してくれよ」
 泰造は声をかけた。
「漫才とはなんだっ」
「漫才とはなによっ」
 声をそろえて叫ぶ源と沙希。
「お前ら、本当にいいコンビじゃないか……?」
 呆れて泰造がぼやく。
「こんなのと一緒にしないでっ」
「こんなのとは何だっ」
「こんなのじゃない、こんなのこんなのこんなのこんなの!」
「ううううう……うるさい黙れ、ウキーッ!」
「いいから早く沙希を解放しろ、サルっ!」
 泰造が水を差す。
「誰がサルだっ、キーっ」
「キーキー言ってるあたり、サルだと思うけどなぁ」
「な、な、なにをおおおおおっ」
「勝手に連れてくぞ……」
 だんだん呆れてきた泰造は源を無視することにした。
 かかかっ。
 そんな泰造の足元に、釘が突き刺さった。源の五寸釘手裏剣だ。
「危ねーじゃねーか、なにしやがるっ」
「人質は曲尺と交換だっ!曲尺返せっ!」
 曲尺と言われてもいまいちピンとこない泰造。ただ、返さなければならないものには心あたりが無いでもない。
「もしかして、この間てめーが放り投げて俺の後頭部に当たったアレか?」
「そうだ」
 源は沙希を解放する条件として曲尺を提示したのだ。
「ちょ、ちょっと!泰造がそんなもの持ってきてるわけないじゃない!百歩譲ってケチ根性で拾ったとしてもよ、質屋に売っちゃってるわよっ」
「バカヤロ、ちゃんと持ってるよ!質屋でも買い取ってくんねーんだよ、こんなもの!」
 沙希の言葉にむっとしながらも、泰造は荷物から曲尺を取り出した。
「売ろうとはしたみたいだな……全くとんでもない奴だ!」
 怒りに打ち震える源。
「売れねーから捨てようとしたけどよ、市場で魚とか野菜の大きさ測るのに使えそうだから取っておいたんだよ」
「けちくさー。とっととこの変態にそれ渡してあたしを自由にしてよ」
「そうだぞ!とっとと俺にその曲尺と自由をくれ!」
 源は身を乗り出してきた。
「ほれ、返すよ」
 泰造は源に向かって曲尺を投げ返した。
 曲尺は激しく回転しながら、すごい勢いで源目がけて飛んで行く。源はよける間もなく曲尺の直撃を顎に受けのけぞった。そしてそのまま後ろにひっくり返る。
 泰造はそんな源に気付かず、掘立小屋に入っていった。
 ドアに閂がついているが、かかっていないことに気づく泰造。ドアを開けると、すぐそばに沙希が待っていた。
「泰造〜、恐かったよおぉ〜っ」
 沙希が本当かと聞き返したくなるようなことを言った。
「ドア、閂かかってなかったぞ……」
「えっ、そう?」
「まあいいか。腹減った、とにかく飯にするぞ」
「うんっ、あたしもおなかすいたぁ」
 沙希を無事救出し、小屋を出ようとした時だった。
「てめえぇっ、よくもやってくれたなぁっ!?」
「泰造、何かやったの?」
「さぁ」
「さぁ、じゃねーだろうがっ!……ぐふふふふ、俺を本気で怒らせたようだな……!食らえっ、俺様の究極奥義をっ!」
 屋上で源が喚いている。
「究極奥義だとぉ……!?鋸でも投げる気じゃねーだろーな!」
 いきなり頭の上から鋸がとんでくるのも嫌なので、泰造は迂闊に小屋から出られない。
「ふふふ、この小屋にはちょっとした仕掛けがしてあってな……。この下準備の成せる奥義なのだ!一瞬にして地獄に送ってやろう!『奥義・倒潰クラッシャー』!!」
 屋根の上の源は、小屋の中央の柱の支えをはずした。
 ものの一瞬だった。
 四方の壁が外側にばたんと倒れ、屋根がそっくり落ちてきた。
「うおおっ!?」
「いやあああっ……」
 二つの悲鳴が屋根の落ちる音にかき消される。
 源はそこから少し離れた場所に着地した。
「ふ……。あっけなかったぜ……。今ごろあいつらはこの下でミンチになっているはずだ」
 屋根に近づき、祈りを捧げる源。
「成仏しろよ……」
 その祈りに応えるように、屋根を突き破って手が出た。思いっきり引く源。
「じょ、成仏しろって言ったのに!」
 屋根をぶち破り、怒りに満ちた顔で泰造が立ち上がった。源を睨みつける。
「いてーじゃねーかっ!!」
「うぎぇええええぇぇぇぇ!怨霊退散、怨霊退散っっ!!」
「誰が怨霊だ!待ちやがれ!ふん捕まえてやるっ!」
 追いかけようとする泰造だが、一度は屋根の下敷きになった身だ。体中が痛み思うように体が動かない。
「ちくしょー、逃げ足の速さは二十二号といい勝負じゃねーか……?」
 へたり込みながらぼやく泰造。
 一息つこうと思ったが、沙希を忘れていることに気づく。
「おい、沙希。大丈夫か……」
 声をかけるが、沙希は反応しない。とりあえず、息があることだけは確認する。
「……のびてやがる。しょーがねーな」
 泰造は沙希の足を掴んで引きずり出した。少し揺さぶってみたが、それでもまだ気がつく様子はない。仕方が無いので担いで運ぶことにした。

「おい、沙希。そろそろ目ぇ覚ませ」
 泰造は沙希を揺さぶった。沙希はうっすらと目を開けた。
「……泰造……?あたし……」
 沙希はあたりを見渡した。
「なんでこんな原っぱに寝てるの?」
 やはり、体が痛むので泰造は担いで持っていくのを断念したのだ。倒潰した小屋から少し離れた原っぱに沙希の体を横たえ、自分も少し休んでいた。
「おめーが目ぇ覚まさねーから転がしといたんだよ」
「ちょ、ちょっと……女の子をこんな所に放置しないでよっ。信じらんないっ」
 慌てて起きあがる沙希。
「いやああぁぁっ、虫がっ、変な虫があたしの体を這い回ってるっ!」
 地べたに寝かされていたので虫にたかられていたようだ。
「ったく、とんでもねー目に遭ったなぁ。まさか屋根を落としてくるとは……」
「あたし、良く無事だったなぁ……。死んだと思った」
「これくれーじゃおめーは殺せねーと思うぜ」
「どういう意味よ……」
 沙希は泰造に掴み掛かった。その手の力を抜き、それでも手を離さずに沙希が呟く。
「……ねぇ、泰造……」
「ん?」
「おなかすいた……」
 そのままへたり込む沙希。
「俺も腹減ったぞ。飯にしようぜ」
 今は何よりそれだった。

「金が無い……」
 朝食の支払いを終えた泰造は財布を見つめながら深々と溜め息をついた。
「この町で一人くらい捕まえておかないと次の町までもたねーぞ」
 思えば、このところ賞金首を捕まえていない。泰造一人ならもう少し金の減りも遅いのだが、沙希もいるので予想以上に早く金が出て行く。
 とにかく、役所に行って賞金首のリストを見せてもらった。
 しばらく見ないうちに顔ぶれがだいぶ変わっていた。それでも変わらない常連のような連中もいる。龍哉や豪磨、隆臣などは、なかなか入れ代わらない。
 龍哉は泰造のように追い回していても捕まらないのだから、はたと出会っても捕まえようというのは難しいようだ。隆臣は賞金の額の割に腕が立ち、割りが合わない。豪磨に至ってはまともにやり合おうなどと言う命知らずはいないか、いても返り討ちにあっているのだ。
 常連といえるのが他にも何人かいるが、今のところ泰造は出っくわしたことがないので、なぜ捕まらずにいるのかは分からない。
 その他の顔ぶれは頻繁に入れ代わっている。世界的な手配犯も、地域的な手配犯も大概は泡のように出ては消え出ては消えを繰り返しているのだ。
「しばらく見ないうちに誰が誰だか分かんなくなってんなー」
 泰造は貼り出されている手配書を眺めながらぼそっと呟く。
「うわー、憶えるの大変……」
 沙希は見ただけで音を上げた。とりあえず、窓口で手配書の束をもらう。
「とりあえず、グーマに潜伏してそうなのはこれだけか……!?おい、見ろこれ」
 泰造に言われて沙希が手配書をのぞき込んだ。そこには見覚えのある顔、聞き覚えのある名前があった。
 三十九号、豪磨。
 奴がこの町に来ていたのだ。沙希の顔が途端に険しくなった。
 手配書によると、この町でも一人殺害したようだ。しかも、白昼堂々、道のど真ん中で手当たり次第に斬りかかった、とのこと。この一件で、被害者の家族、恋人、そしてグーマの役所から賞金が上乗せされたらしい。
「まだいるんなら何もやらかさないはずないし、もうどっか行っちまったみたいだな」
「……そだね」
 沙希は去来した様々な思いを振り払うように手配書をめくった。
「あっ、隆臣さんだぁっ。この街に来てたのかぁ……、泰造がもう少し早く助けてくれれば会えたかもしれないのにぃ」
 先程までとは打って変わって表情を輝かせる沙希。
 隆臣はこの町を立ち去る時に呼び止めた衛兵二人に斬りかかり、重傷を負わせたとのことで、やはりやはり賞金が少し上がっている。
「なんか、そんなことするような人には思えなかったんだけどなぁ……」
 沙希は少し悲しそうな顔をした。
「だからよぉ、最初っから凶悪犯だって手配されてたんじゃねーか。そんなことをするような人だったんだっての」
 さらに手配書をめくる。
「源の手配書、無いね」
 ぱらぱらとめくりながら沙希が呟いた。
「昨日の今日だからな。それに自前で小屋作って立てこもって、そのままドロンしたから誰もこの街に来たことなんて誰も知らねーさ」
「あっ、龍哉。なぁんだ、あたしたちの知ってる賞金首、みんなこの街に集まってたみたいだよ」
「そうだな。……沙希後回しにしてこいつら探しゃよかった……」
「何か言った?」
「いや、別に」
「……あたしの名前は言ったよね。なぁに?」
「たいしたことじゃない」
「気になる……」
「さーてと、賞金首探すぞぉ。他にこの辺をうろついてるのは三号、八号、十一号、二十五号、三十六号。三号はいいな。賞金がでかいぞ」
 執拗に追求する沙希をごまかす泰造。沙希は軽く溜め息をつき、手配書をもう一度確認する。
「でも、追いはぎって書いてあるよ。結構手強そうじゃない?」
 三号の手配書を見た沙希は、少し尻込みした。人相書きも、これ見よがしに迫力がある。
「知ったこっちゃない」
「ちょっとぉ。無謀過ぎるような気がするんだけどぉ」
 不安な顔をする沙希。
「俺は追いはぎくらいのじゃないと張り合いでねーぞ」
「あたし、三十六号がいいなぁ……」
 三十六号は莫大な借金を踏み倒して逃走中の商店主、ということだった。
「……よくこんなの見つけたなぁ。こういうのってさぁ、賞金かかってる奴より賞金かけた奴のほうが悪党だったりするんだぞ」
 賞金首の中には、個人的な恨みなどで訴えられ、逃走したために個人から賞金がかけられるケースもあるのだ。一応司法の方で賞金をかけるかどうかの判断をするので不当な理由で賞金が懸けられることはないのだが、つまらないことでも賞金が懸かったりする。だから、まれに別な女と駆け落ちした亭主、というケースもあり、泰造にはたまたまそういうのを捕まえて士気が下がった覚えがある。
「とにかく、隣の街まで行けるだけの準備をする金はない。この街で賞金首が捕まらなかったらバイトだな」
 いつになく憂鬱な顔をする泰造。
 沙希は賞金稼ぎとは名ばかりで、実際には流れのフリーターといってもいいような身の上だったのでバイトには慣れっこだ。だが、泰造は生粋の喧嘩バカなので、殴りたいほど頭にくる相手でも雇い主や客であればぐっとこらえねばならない雇われ仕事はものすごく肌に合わない。
 ポケットマネーを漁ると、この街で数日どうにか慎ましくやれるくらいの金は出てきた。
 その数日の間に、賞金首を探し出し、捕らえねばならない。

 もう日はとっぷりと暮れかかっている。
「……いねーなぁ、賞金首……」
 げんなりとした顔で泰造がぼやく。沙希はもはやそれに応える気力すらない。
 あのあと、ひたすら街中を歩き回り、探しまくった。だが、賞金首の姿は見当たらず、ただのごろつきにさえ出会わなかった。
 役所の前にたどり着いた。手配の掲示板には朝と変化がない。掲示板の前には同業者らしい男がやはりしけた顔をして突っ立っていた。
「治安良くなったんかなぁ、この街は」
 泰造がその男に話しかけた。
「おととい豪磨が出たからな。根なし草の賞金首共はほとんど別の街に逃げてったんだろうよ。俺も明日は次の街にでも行くことにするよ。豪磨の行かないような街にな」
「俺たちはその隣町への旅費が出ねーんだよなぁ」
「はっはっはっ。なーに、二、三日もすりゃこそ泥の一人や二人は湧いてくるさ。今日はまだ豪磨の影を引きずっている感があるが、そろそろ街の人の気も緩むし」
「当分、地道に稼ぐしかなさそうだな……しばらく動けねーぞ、こりゃ」
「ま、がんばれや、若いの」
 同業者はのんびりとした歩き方で薄暮の街角に消えて行った。
「しばらく動けない、か……。豪磨も、隆臣さんも、源も龍哉もどっか行っちゃったのに、あたしたちだけ取り残されたって感じ……」
 沙希が溜め息をついた。そして少し考えて、口を開く。
「ねぇ、あたし……明日からどこかでアルバイトするよ。実際、あたしじゃ賞金首相手にどれくらい役に立てるか分からないし」
「……だな。こそ泥なんか捕まえてたって日銭にしかならねーし……。じゃ、今日はどこかに泊まるか」
 泰造は小さく伸びをした。
「おっ、そういえばこの辺に蜂の巣のホテルがあったよなぁ。憶えてるか?」
「憶えてるよ。あたしと泰造が始めての夜を過ごした宿だし」
「その言い方はよせ……。なんか誤解されそうだ」
「なっ……何言いだすのよ!」
 顔を真っ赤にして怒る沙希。だが自分のまいた種だ。
「とにかくよ、今夜はそこに泊まろーぜ。確か安くしてくれるって言ってたし。あれからそんなに発ってねーから潰れちゃいねーだろ」
 思い出した泰造は、さっそくは蜂の巣ホテルを探すことにした。

 蜂の巣ホテルは元の場所にあった。それどころか、あの時と全く同じ蜂の巣のままだ。違いと言えば、多少蜂の巣が大きくなっている。拡張でもしたのだろうか。はやっているのかもしれない。
 空室ありの看板が出ている。早速泰造は入ることにする。
「いらっしゃいませ」
 くつろいでいた経営者と従業員二人が、あわてて姿勢を正す。顔ぶれが前回と変わっていない。
「おや、あなたがたは……」
「あっ、憶えてた?」
「ええもう、確か少し安くするって言いましたよね」
「それも憶えてた?そりゃ話が早いや」
 満面の笑みを浮かべる泰造。
「お部屋二つでよろしいですね」
「ああ」
 泰造達は部屋代を前金で払い、チェックインを済ませた。
 部屋割りを決めるために、今日の使用状況の紙を見せられ、開いている部屋から好きな場所を選ぶようにいわれた。八割くらいの部屋が埋まっている。
「おっ、結構埋まってるな。儲かってそうだ」
 泰造は少しうらやましそうに言った。
「いや、ほとんど蜂が使ってるんですよ。人が入っているのはここだけで」
 経営者が示したのは上のほうの数部屋だった。
「えっ、そんじゃ蜂と一緒に寝るの!?」
「個室だから一緒ってことはねーだろ」
「そりゃわかってるけど……泰造、蜂のとなりはやめてね……怖いから」
 蜂の隣を避けて、高い所の二部屋を確保した。
「それではごゆっくり」
 経営者に見送られながら泰造たちは従業員の案内で自分たちの選んだ部屋へと向かう。
「いつも今日くらいの客入りなのか?」
 泰造は従業員に訊いてみた。どうしてもここの儲けが気になるようだ。
「まぁ、ばらつきが大きいですよね。個人客が多い日とか、今日みたいに団体さんが入る日とかありますし。全然入らない日もありますしね」
 団体が入っているそうだ。
「そういえば、前に来た時より少し大きくなったよな、このホテル」
「ええ。蜂が卵を生んだので勝手に建増ししてくれたんですよ。これからここはどんどん大きくなります」
 とはいえほとんど蜂のスペースだろう。まぁ、蜂の巣を人間が使わせてもらっているのだから贅沢はいえない。
 案内された部屋は相変わらず質素と言うか、なにもない部屋だった。毛布が置いてあるだけの、睡眠をとるためだけの最低限の設備。だからこそ信じられないような低価格で宿泊できるのだ。そもそも、建築費用がただである。本当に元手のかかっていない商売だ。
 泰造と沙希はそれぞれの部屋に分かれ、寝ることにした。
 二人は知らない。このホテルの先客が、誰であるのかを。

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