賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第拾参話 再出発

 時は流れていく。
 それとともに、記憶は薄れていく。楽しい過去も、辛い過去も。


 ずっと続いていた舗道が、田舎道に合流した。
「どっちに行く?」
 沙希の問いかけに、しばし考え込む泰造。
 右を見ても左を見ても田舎の風景だ。しかし、どっちに行ってもどこかには通じているだろう。
 決心したように顔を上げ、泰造が言い放つ。
「ひだ……いや、右っ」
 一度思い直してはいるが実は適当に考えたのである。しばらく歩いても一向に周りの様子が変わらないために不安になったのがいい証拠だ。
「間違えたかな……」
「え……」
 泰造の呟きに、沙希の足取りも急に重くなる。
「あっ、見て見て、道標だっ!」
 沙希が道の端に立てられた看板に向かって駆け出した。
「……がーん、間違ってるぅ〜」
 看板を間近で見るなり沙希が肩を落とした。
「グーマ、あっちって書いてある……」
 いいながら沙希が指差したのは進行方向とは逆だ。
「じゃ、こっちに行くとどこにでるんだ?」
「デハタだって」
「……デハタ?あっ、俺がいつだか間違って着いた村だ。へー、こんな所から行けたのか。なぁ、ちょっと寄ってっていいか?」
 あの出来事も懐かしむほど古いことではないが、最近と言うには遠過ぎる過去だ。
「って言うかさ、グーマまで行くのはちょっと遠過ぎるみたい。デハタなら日が沈むくらいには着けるよ」
 沙希の言葉で進路が決まった。デハタの村に立ち寄り、翌朝グーマに向けて出発する。
 居場所と進むべき道が分かり堂々と歩きだす泰造達の遥か後方を、一つの人影がこっそりと追っていた。

 行く手に辻が見えた。
 まだよく覚えている。この辻に霧繭虫が縄張りを張って居座っていたのだ。おかげで村を出られずに四苦八苦した記憶がある。
 あのとき、後方に見た山がコニ村のあった山だったのだ。ということは、さっきの道を辿ってグーマに行こうとすると遠まわりになるのだろうか。
 とにかく、ここからの道は霧繭虫のおかげで何度も通った道なので、まだ見忘れてはいなかった。
 だが、村の風景はまるで変わっていた。
 一度焼き討ちにあい、村の建物の多くが焼けたのだから当然だ。
 どうにか焼け残った建物もいくつかあるようだが、他はそっくり建て替えられていた。
 村おさの家のあったところには、掘立小屋としか言えないみじめな建物があるだけだった。自分達の家は後回しにして他の村人達の家を先に建てさせているのだろう。
 その掘立小屋を覗くと、村おさ夫婦がお茶をすすっていた。
「こんちわー」
 泰造の声に、村おさ夫婦は茶をすするのをやめた。
「おお、君は覚えているぞ。どうしたんだね、また道を間違えたのかね?」
「いや、近くを通りかかったんで寄ってみたんですよ」
 半分は泰造の言う通りだが、村おさのいったことも半分当たっている、
「ままま、茶でも飲みなさい」
 村おさが言うやいなや、村おさの妻がさっと茶を用意した。
「悪いですねー」
 と、口先ではいいながら、堂々と自分の家のように上がり込む泰造。その後ろから沙希も申し訳なさそうに入ってくる。
「こ、こんにちわ……」
「おうおう。あんたもいっしょだったか。……えーっと……いかん、忘れてしまったようだ……」
「いや、あの、初めまして」
「おお、初めまして。ああ、ボケが始まったかと気が気じゃなかったが、知らない人だったのか。ああ驚いた。まま、茶でも」
 もう既に沙希の分のお茶も用意されていた。村おさの妻の早業である。
「じゃ、いただきます」
 完全にリラックスしている泰造と対照的に沙希はやや緊張気味だ。相手が誰なのか知らないのだから無理もない。
「泰造、上がり込んじゃってるけど、この人たちって誰?」
 小声で沙希が聞いた。
「あー、この村の長だ」
「な、なんでそんな人の家に堂々と上がり込んじゃってるわけ!?」
 ますます事情が分からなくなる沙希に、村おさが茶飲み話としてここでの泰造の『活躍』を熱く語ったのであった。
 語られた活躍は、村が焼き討ちにあった前後の話で、その前の龍哉のことは一言も出なかった。

「まだ二十二号のこと、捕まえらんないんですよ。もうちょっと待ってくださいね」
 茶を飲み終わった泰造がようやく思い出したのか、村おさにすまなそうに言う。
「あー、べつにかまわんよ」
「かまわんって……。あいつらの所為で村が焼き討ちになったんじゃないですか」
「もうこの村は焼けたことになっておるからな。月読様の使いも来ないし、楽になった。まぁ、昔のことはどうでもいい」
 村おさは割り切った考え方をしている。
「我々みたいにその日暮らしの生き方をしていると、昔のことより何より明日のことだ。昔を思い返すのは年老いて死ぬのを待つばかりになってからで十分だ」
 おおらかな持論である。
「で、明日もいいがこれからどうするのかね。宿なんかない村だ、寝る所も探さないとならないだろう」
 言われてみれば、泊まる所もまだ決まっていない。
「まだ村がこんな状態だ、あまりいい場所はないが雨風くらいは凌げる小屋がある。綾女、案内してやりなさい」
 呼ばれて、庭と言うには広過ぎる庭を掃いていた少女が入ってきた。
「そんな、悪いですよ。寝られればどこだってかまいませんから」
 泰造はかぶりを振ったが。
「いずれにせよ、ここでは眠れんだろう。どう見ても四人は寝れん」
 もっともな話だった。

 綾女に案内されたのは、物置小屋だった。ただ、移し終わっていないためかそれとももともと置くものなどないのか、乱雑に立てかけられていた農具をどけるとかなり広い空間になった。
「今、お食事をお持ちしますね」
 綾女はそう言うといそいそと小屋を出て行った。
「なんだ、こんな広い小屋があるなら村おさもこっちに住めばいいのに」
 泰造は大いにくつろぐ。先程も十分くつろいではいたが今度は足を延ばしても大丈夫だ。
「なんかさ、思い出しちゃうのよね……ナリットのこと」
 焼けた村。この風景を見ればナリットを思い出すのも仕方がないかもしれない。
「そういや、そうだったな……。わりぃ、せっかく持ち直したのにな」
「ううん、大丈夫。もう過ぎたことだから。あたしも、あそこまで割り切れないけど……昔のことは気にしないように頑張る」
 さっきの村おさの言葉が沙希には身に沁みたようだ。
 忘れられない過去。しかし、過去に縛られてどうなるものでもない。
「……ま、俺もその方が気を使わなくてすむから楽だけどな」
 まだ少し思い出させた負い目があるのか、わざとぶっきらぼうに泰造が言った。
 少し気まずくなる二人。
「あの、よろしいですか?」
 いいタイミングで外から綾女の声がした。
「おっ、飯だ、飯が来た」
 品のない泰造に呆れたように苦笑する沙希。
 運び込まれてきた食事は、材料こそ粗末なものだったが、かなり手の込んだ料理だった。
 量も多くないのは村おさ達の分から泰造達の分を出したことが窺える。手間をかけずに急遽作られたらしい野菜炒めだけは大きな皿に山盛りになっていた。泰造の食欲を考慮してだろう。
「よーし、食おうぜ」
 がっつく泰造と、それに負けじと箸を進める沙希を尻目に、綾女はそそくさと小屋を出て行った。

 食事が終わると、綾女が寝床の準備に来た。
「悪いな、何から何までやってもらってさ」
 言葉ではそういうが泰造は単純に喜んでいる。
「なんか、ちょっといい宿に泊まったような気分」
 申し訳なさそうな顔で沙希が呟く。
「お風呂は村外れのほうに共同風呂があります」
「ああ、前来た時にも入ったから知ってる」
「では、あとは水入らずでどうぞ」
 布団を敷き終わるとそそくさと出て行く綾女。
「なんだ、水入らずって」
「さあ」
 二人は勘違いされていることに気づかない。
「なーんか、タダで泊まれて儲けたな」
「そだね」
 ふとんの敷き方が妙に近いことも気にはしていないようだ。
「さて、もうすることもないし、ひとっ風呂浴びてとっとと寝るか」
 泰造がそう言うと、不意に沙希が不安そうになる。
「混浴じゃないよね……」
「ちゃんとわかれてるよ。その代わり村人がみんな入りに来るぞ。そこしかないんだから」
「混浴じゃなければいい。あたしも行く〜」
 沙希も立ち上がった。

 男湯は芋の子を洗うような賑わいだった。村の復旧作業をしていた男たちが一斉に入ってくる時間だったようだ。
 男たちは見慣れない来客に一瞬戸惑ったが、顔まで覚えていた人も何人かおり、泰造はほどなく素っ裸の、筋骨隆々とした男たちにもみくちゃにされることになった。
 湯船の中では何人かが酒を楽しんでいた。薦められ、未成年だが遠慮なくいただく泰造。
 もう出来上がっている男衆と、旅の話で盛り上がる。
 いつもならさっさとあがる人たちも泰造の話に耳を傾けているためにいつまでも居座っている。
 後から入ってくる人たちで、ほどなく男湯はすし詰めになった。

 一方、沙希の入った女湯はがらんとしていた。
 先客はただ一人。沙希より年下の少女が広い大衆浴場の湯船のはしにちょこんと小さくなって浸かっている。入ってきた沙希に気づいて、体の向きをかえてしまった。
 なんとなく気になった沙希は浴槽に浸かるやいなや、その少女の顔をのぞき込もうとする。見覚えのある顔だった。
「あれ、綾女ちゃん?」
「え……、あっ、沙希さん?」
 髪をほどいているので誰だか分からなかったのだろう。綾女は相手が沙希だと知って少し驚いたようだ。
「隣、賑やかねー」
 沙希はそう言いながら綾女の隣にさり気なく移動する。綾女はちょっと逃げたいような素振りを見せたが、逃げなかった。
「この時間は隣がこんなですから、こっちは空くんですよ」
 綾女の声は男湯の喧騒にかき消されそうだ。隣に声が聞こえるのを気にしているのだろうか。
「じゃ、こっちも混む時間ってあるんだ」
「はい。もう少し早い時間だとお年寄りの皆さんが。もう少し遅い時間になると若い人達が入ってきますね。今がちょうど谷なんです」
 年寄りは夜が早い。だから風呂に入りに来るのも早いと言うのは道理である。
「あ、私、そろそろ出ます」
 綾女が立ち上がりそうな素振りを見せた。が、立ち上がらない。沙希は不思議そうにそんな綾女の様子を見ていたのだが。
「あの……あんまりじろじろ見ないでくださいよぉ。恥ずかしいじゃないですかぁ」
 綾女も年頃の女の子だ。同性とはいえ裸を見られるのはあまりいい気分ではないのだろう。
 それを考えれば沙希は頓着なさ過ぎではある。泰造に女だと思われないのも分からないでもない。
「ご、ごめんね」
 沙希が目をそらすと、綾女はその隙にと言わんがばかりにそそくさと浴場をでていった。

 泰造が小屋に戻った時、まだ沙希は戻っていなかった。
 一足先にふとんに潜り込む。うとうとしかかった頃に沙希が帰ってきた。
「泰造。隣すっごく賑やかだったけど、何の話してたの?」
「んー?いや、旅の話をな。田舎だからやっぱり珍しいみたいだぞ」
 泰造は半身を起こしながら言った。
「こっちは綾女ちゃんがいたよ。他は誰もいなかった」
 本人が恥ずかしがっていたのに思いっきりばらす沙希。
「そっちはすいてたのか。こっちはすごかったけどな。すし詰めでさ。おかげでかえって疲れたよ。ふぁ〜あ、眠い」
 大あくびをすると、ふとんに倒れ込む泰造。飲みなれない酒も手伝ってかほどなく寝息が聞こえはじめる。
 沙希もふとんに潜り込んだ。が、なぜかすぐに寝つけない。なぜか泰造のいびき混じりの寝息がいつもより気になる。
 泰造の方を見ると、妙に距離が近いことにようやく気がついた。少しふとんを離して潜り込む。ほどなく沙希も眠りに落ちた。

 泰造の朝は早い。
 まだ日も登り切っていない頃に起き出し、体をほぐす。
 この村は田舎だからか、村人達も早くから動き出している。もう辺りからはおいしそうな朝餉の匂いが漂ってくる。
 腹が減った泰造はその匂いにつられてふらふらと歩きだす。そして、そのままジョギングへ。
 各家庭のいいにおいを堪能しながら村中をめぐる泰造。改めて一軒ずつ見ていると、新しい家ばかり建っているのが妙に気になる。今は穏やかな風景だが、少し前は焼け野だったのだろう。
 村の中心に来た。
 ここに、村おさの掘立小屋があったはずだ。いや、ある。ありはするのだが。
 掘立小屋は目立たなくなっていた。掘立小屋のすぐ隣には、昨日はなかった立派な屋敷が建っていたのだ。

 泰造が寝ぼけた沙希を引っ張り出してくる頃には村おさの小屋と謎の屋敷の周りには人だかりができていた。
 というのも、その屋敷を見た泰造が派手に大騒ぎしたため、近所の人たちが出てきてしまったのだ。
「ちょっと、なにこれ。まじ?」
 沙希の目も覚めたようである。
「なんだね、朝から騒々しい」
 横の掘立小屋から村おさが顔をのぞかせた。そしてすぐに横に立っている屋敷に気付く。
「どわああああぁぁぁ」
 派手な奇声を発し、腰を抜かす村おさ。
「な、な、なんだこれは。どこだここは」
 その剣幕に村おさの妻も顔を出した。
「あらー、何かしらねー」
 こちらはのんびりと落ちついている村おさの妻。
「昨日はこんなのなかったよね……」
「当然!」
 沙希の言葉に力強く頷く泰造。
「でさ。こんなこと、しそうなやつ、いたよね」
「ああ、いたよな」
 辺りを見渡す泰造。それらしい人影はない。
「おいっ、十九号!てめーだろ!?姿を現しやがれ!」
 泰造がでかい声を張り上げた。しばらくの沈黙。
「うるせー!まだ内装が仕上がってねーんだ!ちょっと待て!」
 源が屋敷の窓から顔をのぞかせた。
「やっぱりぃ!」
 指を差しながら沙希が大声を出した。
「よぉし、内装工事しているうちにふん捕まえてやる!沙希、入り口を見張れ!窓から逃げてきたらとっ捕まえてくれよ!」
「わかった!」
 泰造は屋敷の中に踏み込んだ。

「あいつに似合わずまともなセンスだな……」
 屋敷の中を見渡して泰造がぼそっと呟いた。
 源が顔を覗かせたのは二階の窓からだ。ひとまず二階に上がらなければならない。
 階段は探すとすぐに見つかった。
 源も泰造が踏み込んでくるということは予想しているはずだ。それでも念のため、物音を立てないように慎重に足を進める。相手も内装工事中だと言うわりには物音が静かだ。
 さっき源が顔を出したのはどの窓だ。
 とりあえず近くの窓から顔を出し、外の様子を見てみる。
 ひゅるるるるる。
 泰造の顔のすぐ横を何かが派手な音を立てながら飛んでいった。下から上へだ。
「あっ、ごめーん、泰造だったのかぁ」
 どうも沙希の鏑矢だったようだ。顔を出したのが泰造ではなく源だと思ったのだろう。
 今さらながら慌てて顔を引っ込めようとする泰造。後頭部を窓枠にぶつけた。
「てっ……てめー!矢は顔見てから放て!」
 涙目になりながら怒鳴り散らす泰造。
 いずれにせよ、今のどたばたで自分の居場所は確実にバレたはずだ。こうなったら手加減も何もない。
 泰造は部屋を片っ端から調べることにした。しかし、見える所に源の姿はない。うまいことやり過ごされたのか、それともどこか見えないところに隠れているのか。
 じっくりと探すにしても、他の場所にいるのならばその隙に逃げられてしまう。一人では逃げ場は塞げないし、沙希と二人でも不安だ。
「きゃああっ!」
 考えあぐねていると、突然下から悲鳴があがった。

 泰造が窓から身を乗り出し見下ろすと、入り口を見張っていた沙希が源に羽交い締めにされていた。
「いやああっ、やめてよ、このエロガッパ!」
「だぁれがエロガッパだ!俺はカッパも大嫌いなんだ!」
「いつの間に外に出やがった!?そこを動くんじゃねーぞ!」
 泰造は叫び、屋敷の入り口に急いだ。
 入り口にたどり着いた時、沙希は源の足元に倒れていた。気絶させられたようだ。
「てめぇ、沙希に何する気だ!?このエロガッパ!」
「カッパは嫌いだっていってんだろーがっ!……お前には塔と橋を壊されてるからなぁ!お前がその気ならこっちだって黙っちゃいねー。いいか!これからはてめーにがんがん嫌がらせしてやるからな!」
「……嫌がらせ?」
 なんとなく、低次元な子供の喧嘩に巻きこまれたような気分になる泰造。
「この小娘は俺があずかる。返してほしければグーマの町外れに来い」
「めんどくせー、そう易々と預かられてたまるか!この場でぶちのめしてやる!」
 泰造は身構えた。
「そうはいくか。食らえ、曲尺ブーメラン!」
 源の投げたL字型の曲尺2本が弧を描いて泰造に襲いかかって来る。泰造は屈んでそれを避けた。
「甘ぇんだよ、字は読めなくてもてめーの攻撃は読めてん……」
 セリフをいい終わる前に泰造の後頭部に衝撃が走った。さらに泰造の頬を背後から飛んできた曲尺がかすめていく。
 そう。この技は曲尺ブーメラン。Uの字を描いて源の手元に戻ってくるのだ。
「んー?俺の攻撃がなんだってえぇ?」
 源が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「くあああああ、いってえええぇ!」
 悶える泰造をよそ目に、源は沙希を担ぎ上げ逃げ出した。
 が、不意に足を止める。
「いかん。曲尺が一本落ちたままだ!返せ、俺の大事な道具だ……てめー踏んでんじゃねーか!足どけろっ!」
 ふり返った源は曲尺が泰造に思い切り踏んづけられているのを目の当たりにし、目眩いさえも覚えた。
「前から思ってたんだけどよ、大事な道具なら投げるなよ……。よーし、そんなに大事ならこの曲尺と沙希は交換だ」
「くっ……許せ、曲尺……。お前を見捨てるのは本意じゃないんだっ……!さらば!」
 源も曲尺一本で人質を解放するほど愚かではなかった。
「ああっ、待てっ!」
 源が曲尺を見捨てて逃げるのは予想外だった。泰造は出遅れ、源を取り逃がした。
「くっそー、グーマだとぉ!?……俺一人で迷わずに着くのか!?」
 何よりも心配なのはそれであった。

「グーマなら買い物に行く人がいるからね。それについていくといいよ」
「ちょっと前までは空遊機の行商が来ていたんだが、焼き討ちにあってから来なくなってね。交代で町に買い出しに行ってるんだ。なーに、牛車の荷台に乗っていけば歩かなくてもすむ」
 旅立とうとする泰造に村おさ夫妻がが言った。
 牛車が戻ってくるまでの間に荷物をまとめた。沙希の荷物の中身は分からないので、本当に全部持ったのか自信はない。とりあえず、目につくところに出ていたもので自分に覚えのない物は沙希のものだと決めつけた。変なものも混ぜたかもしれない。
 ほどなく、牛車が町から戻ってきた。積み荷をおろし、牛を換え、あとは旅立つだけになった。
「で、結局あの屋敷、どうするんだ?住むの?」
 村おさに訊いてみた。
「おお。せっかくだからな。しっかり使わせてもらうつもりだ。あとであの大工兄ちゃんに礼でも言っておいてくれ」
「礼って……」
 賞金稼ぎに対して賞金首に礼を言って欲しいと言うのはどうかと思うが。
「この調子で村を丸々建て替えてもらえれば楽でよかったが。まぁ人の手にばかり頼ってもいられないからな。じゃ、そっちも気をつけてな」
 気楽な村長に見送られながら泰造は牛車とともに村を出た。

 時同じくしてグーマ。
 多くの人が行き交う大きな道だった。見知らぬ人同士、近くを通る者の顔など見もしない。そんな中、一人の男がそれに気付いた。
「ん?今の男、どこかで見たことないか?」
 一緒に歩いていた男になにげなく言う。
「なんだ、知り合いか?」
「いや……気になるな」
 男のあとをつけ出す二人。男がそれに気がつき、ふり返った。
 感情のない、凍りつくような目だった。目があっただけで恐怖が込み上げてくる。
「ああっ、思い出したっ!こいつ、賞金首だ!」
「そう、そうだよ!」
 周りの人たちの目も男に集まった。人ごみの中から、豪磨だ、という声が聞こえてくる。
「……だったらどうする?俺を捕らえて役人につきだすか?」
 相手は遠く離れた町の人でさえその名と顔を知っているほどの凄惨な事件を起こした凶悪犯だ。立ち向かおうとするものなどおらず、豪磨の目線が向けられたところから人ごみが散れていく。
「……つまらんな。やはり血を見ねば収まらない」
 不気味な笑みとともに豪磨が刀を抜き払った。残っていた人も一斉に逃げだした。豪磨はその内の一人を追いかける。そして、その背中に容赦なく刀を振り下ろした。その近くにいて血を浴びた者、吹き上がる血を見た者。そして断末魔の悲鳴を耳にした者はパニックに陥った。
 先程まで人でごった返していた道が、見る間に閑散とした。
「……俺は騒がしいところは好かん」
 豪磨は満足げに刀を鞘に収め、悠然と歩き出した。

 凶悪犯、豪磨がこの町にいる。このニュースはあっという間に広がり、活気に満ちたグーマの街は恐怖に静まり返った。
 何せ、相手は村を一つ壊滅させている。その上、砦を守っていた兵隊を苦もなく皆殺しにしたという話も届いている。
 懸けられた賞金でさえ、豪磨に立ち向かう勇気を奮いたたせるには至らない。町の人も、自警団でさえも閉じこもり、一刻も早く豪磨がこの町に飽きて出て行くことをただひたすた待ちつづけることしかできない。
 そんなグーマに、一人の旅人が迷いこんできた。旅人は静まり返った町の様子を訝る。
 日も暮れていないというのに、通りに人気はない。店もほとんどが店をしめている。宿もいくつか回り、ようやく開いてるところを見つけられたほどだ。
「いやに静かだが、何かあったのか」
 開いている宿を見つけて、真っ先に訊きたいのはそれである。
「この町に賞金首が潜んでるんですよ」
 主人の言葉に旅人の表情が険しくなる。
「聞いたことありませんかね、豪磨とか言う凶悪犯。そいつがこの町にやってきて、昼間に一人殺されてるんです。うちも日が沈む頃には閉めちまおうと思ってるんですよ」
 旅人を部屋に案内しながら主人が漏らした。
 案内された部屋の窓を開け、旅人は静まったままの街並みを見下ろした。
 確かに、いやな気配を感じる。血に飢えた殺戮者の不吉な気配。だが、その奥に何か、さらに悍ましいものを感じた。
 いやな夜になりそうだ、と旅人は予感していた。

 やがて、日は暮れ、静かな夜が訪れた。静寂に包まれていながら不気味な緊張感を孕んだ不穏な空気。
 豪磨は気まぐれに選んだ民家で夕飯にありついていた。
 作りたての料理を皿に盛りつける豪磨。その横ではその料理を作った女性が胸を切り裂かれて息絶えている。
 しばし、温かな料理に舌鼓を打つ。血腥い臭いがするのがいただけないが、さほど気にはしない。
 腹もふくれたところで夜の町にでた。
 人っ子一人歩いていない。まだ宵だというのに繁華街も全ての店が戸を閉めている。
 夕刻くらいから、豪磨には気になることがあった。
 自分と同じくらいに殺気を放つものがこの町のどこかにいるのだ。しかし、誰も殺された様子はない。
 これほどの殺気を放ちながら、何もなかったように人ごみの中に紛れこんでいる。いったい何者なのか興味があった。
 殺気を感じる方向に誘われるように歩いていく豪磨。まるで、自分を呼び寄せているようにさえ感じる。
 居所はすぐに見つかった。何の変哲もない宿だ。鍵の掛かった戸を叩き壊し宿に入り込んだ。部屋を順に覗きこむ。客のいる部屋は一つだけだった。
 冷たい視線を感じた。感じていた殺気がより一段と凄まじいものになる。
「やはり来たか」
 灯篭のぼんやりとした明かりの中に細身の影が見えた。背もさほど高くない。声の感じからするとまだ十代前半の少年のようだ。
「てめぇからはとんでもねぇ殺気を感じるぜ。しかも、なぜか俺に向けてだ。どういうことだ?俺に恨みでもあるのか?まぁ、俺を恨んでいるやつなんか星の数ほどいるけどよ」
 豪磨は明かりに揺らめく影に語りかけた。
「お前なんか知らない。それにとんでもない殺気だっていうのはお互い様だ。すれちがっただけでも殺されかねないほどの殺気だ。追い詰められた凶悪犯と同じだな」
「俺は別に追い詰められちゃいねーぜ?」
「だからたちが悪いんだ。……お前、俺を殺すつもりか?」
「当然だ」
 平然と言い放つ豪磨。
「ならば、殺す」
 凄まじい早業で少年の剣が豪磨に襲いかかった。豪磨はそれを余裕で躱す。
 確かに豪磨の体には当たらなかったが、服が裂けた。
 殺気の強さが示す通り、殺すことなどなんとも思っていないような一撃だ。なまじの相手ならば殺すことにためらいがあるものだが、それがまるでない。
「俺は殺せんぞ」
 豪磨は自信に満ちた表情で少年を見た。そして刀を抜きはなつ。
「最後に名前くらいは聞いておいてやろう。もう二度と名前を口にすることもないだろうからな」
「俺は隆臣だ。それと、俺はお前の名前になんか興味はない」
 隆臣。聞いたことはある。確か今までにも数人の命を奪い、高くはない賞金がかかっていたはずだ。
「何者かと思えばてめぇも凶悪犯か。賞金稼ぎどもが金づるが減って悔しがるだけだな。他の連中は喜ぶかも知れねぇが」
 豪磨は嗤いながら斬り付けた。隆臣はひらりと躱す。
「やるじゃねぇか。だが俺には勝てねぇぜ」
 豪磨がにやけた口元をさらに吊り上げた時だった。
“それ以上深追いするな。貴様の腕は奴に勝てん”
 突如、豪磨の頭の中に声が響いた。
「なんだとっ……っ!!」
 気がそれた瞬間。隆臣の剣が豪磨をかすめた。豪磨の腕に鋭い痛みが走った。
「なにっ……!?なぜ……くっ!」
 豪磨は刀を収めると、踵を返し、部屋を飛び出していった。
「ふん、でかいことを言っていたわりにはあっさりと退いたな。まぁ、これで俺の前に現われることもないだろう……」
 隆臣も剣を収めた。
 殺気に満ちあふれた豪磨の気配が遠のいていくのを感じ、隆臣は明かりを消した。そして、何もなかったかの様に眠りに落ちていった。

 やがて夜は更け、そして明けていく。
 恐怖に怯えながら眠りについた人々も、無事に目が覚めてみると、全てはただの悪い夢に思えたのだろう。
 グーマの街にいつもと変わりない朝が訪れた。

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