賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨壱話 狂った塔

 理解をこえた芸術。それは奇抜でしかない。


 フュークを過ぎ、まもなくラキに到着する。
 あれから数日が経過していた。沙希は少し元気にはなったものの、まだ表情は冴えない。
 そんな沙希に気を使っている泰造も、だんだん疲れてきた。沙希の落ち込みにつられたのも手伝い、だんだん元気がなくなってきている。
 いつもならぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩く道のりも、二人とも押し黙ったまま歩いている。
 たまにすれちがう旅人が気にした様子でこちらを見たりする。海沿いの道と言う事もあって、心中する場所を探して歩いているように見えるのだろうか。
「……ごめんね」
 突然、泰造が話しかけても短い返事ぐらいしかしなかった沙希が口を開いた。自分から喋りだしたのは久々だ。
「ん?なにが?」
「あたし、いつまでも落ち込んでてさ」
「気にするな。……落ち着いてきたか?」
「も少しかかると思う。迷惑だったらさ、先行ってていいよ」
「冗談じゃねぇ。一人にしといたら海にでも飛び込みそうだ」
「しないよ、そんなこと」
 泰造の冗談ともとれぬ冗談に沙希の顔にようやく力無い笑顔が戻った。
「海か……」
 沙希は小さく呟き、海岸線をじっと見つめている。そんな沙希に対し、泰造が短く言う。
「早まるなよ」
「何よ、さっきから。大丈夫だって。ただ、海がきれいだから……」
 沙希は夢遊病者のような足取りで砂浜におり、海に向かって行く。気が気じゃない泰造。
「きれいな砂浜……。ね、ここで少し休んで行こうよ」
 ラキはもう目の前だ。休むほどの距離ではない。だが、沙希が海を見て元気になってきている。
 ここで断って本当に海に身を投げられてはたまらないという考えもあり、沙希の言うとおり、ここで少し休憩することにした。
「ラキはもうそこに見えてる。多少遅くなっても余裕でつくだろうし、ゆっくりしていいぞ」
 泰造はそう言うと、浜辺の岩によじ登り、腰かけた。
「ありがと」
 沙希はそう言うと波打ち際に走り出した。
「早まるなよ」
「しつこいなぁ」
 沙希もだんだん元気になってきたようだ。

 寄せては返す波の音。
 陽光に煌めく波打ち際。
 白い砂浜。
「夏だったら、泳げるのにね」
 波打ち際で沙希が言った。
 実際、夏は海水浴場になるらしく、浜辺には『ゴミは持ち帰りましょう』『クラゲに注意』などと書かれた立て札がぽつぽつとあり、美観を損ねている。
 今は秋。泳ぐには寒い季節だ。
 それでも、日差しの強い浜辺はやや汗ばむくらいに暖かい。波の音も手伝ってか、だんだん眠くなってくる。
「見てーっ、きれいな貝殻ぁ」
 沙希が寝かせてくれない。
「あたし、ずっと山のほうで暮らしてたから、海って憧れてたんだぁ〜」
 傍からみると、いつもの沙希に戻っているようだ。海を見て心が癒されたのだろうか。
「ねー、泰造もさー、そんな所で座ってないでおいでよー」
 よく喋る。
「恋人同士じゃあるめーし、こんな時期に水辺で戯れてどうすんだ」
「なっ、な、変なこと言わないでよっ」
 動揺したのか、沙希の動きがぎこちなくなる。そして、少し静かになった。
 おかげで泰造は少しうとうとできた。が。
「きゃああぁぁっ!」
 沙希が甲高い悲鳴を上げた。
「な、なんだ!?」
 驚いて岩から飛び降りる泰造。
「鮫でもでたか!?」
「ううん、何かふんだぁ。ぶにゅっとしたのぉ」
 脱力する泰造。
 引き上げてみるとナマコだった。
「踏まれるなんてなんてかわいそうなナマコ……」
「ひっどーい、あたしとナマコ、どっちが大事なの?」
「踏まれたほうと踏んだほう、どっちがひどい目にあってるかよく考えろ」
「……踏まれたほう」
「だろ?あーあ、中身が出ちまってる。しょうがない、酢味噌和えにして食うか」
「そ、それ食べるの……やだぁ」
「けっこううまいんだぞ」
「泰造のうまいは信用できないよ。なんでも食べるし」
「お前にはやらねーぞ」
「いらない……」
 そのあと、しばらくはしゃいでいた沙希だが、疲れたのとナマコをまた踏んだことで、海から戻ってきた。
 日も暮れかかり、だいぶ肌寒くもなってきた。夕日は地平線の上にみえるラキの街並みをかすめて沈もうとしている。
「ああ、なんてロマンチックなんだろ……隣にいるのが泰造じゃなかったらどんなに素敵だったか」
「その軽口が出るようになりゃ、もう大丈夫だな」
「うん。元気でた。ありがと」
「で、誰だったら素敵なんだ?二十二号とか?」
「バカ言わないで。それだったら泰造のほうがましよ。そうねぇ……やっぱり隆臣さんかな……」
 この一言で、沙希の中でのランクが分かる。
「隆臣っていうと、四十七号だよな。どっちにせよ手配犯か。敵に惚れるとあとあと泣くぞ」
「敵って……敵なのかなぁ」
「賞金稼ぎと賞金首の関係なんて敵以外に何があるんだよ」
 泰造はドライだ。
「だいたい、四十七号の顔見たことあるのかよ。俺はねーぞ」
「見たわよ、間近で。ハンサムだったなぁ……」
 呟き、沙希は薄暮の空を見あげた。いつの間にか星が輝きはじめている。
「そろそろ行くか」
 泰造がそう言った時。
「ひゅーひゅー!」
「お熱いねー」
「青春真っ只中ーっ!」
 下衆な野次が飛んできた。しかも、聞き覚えのあるような声だ。
 ふり返ると、案の定、龍哉たちだった。
「そんなんじゃないわよ、バカぁ!」
 沙希が怒鳴り返す。
「げ。どこかで聞いたことのある声……」
 どうやら、龍哉たちはこちらが誰だか分からずに声をかけたらしい。
「お前らとはほんっとうに縁があるなぁ。なぁ、いいかげんおとなしく捕まらねーか?」
 そう言い、岩から飛び降りる泰造。龍哉たちは既に逃げる体勢だ。
「くっそー、ここ二三日見なかったから撒いたと思ったのに!」
「兄貴、釣り歩きがまずかったんじゃないですか?」
「うるさい!少なくとも一日十匹釣るまで満足しねーぞっ」
「下手の横好きも今日で終いにしてやるっ!」
 内輪もめを始めた龍哉たちに突っ込む泰造。
「下手の横好きって言うなー!」
 そう叫びながら四散する龍哉と子分たち。
「ちょっと待ちなさいっ、あたしはまだ言いたい事なんにも言ってないっ!」
 沙希もその後を追う。
「聞いてられるかー!」
 龍哉はラキの町めがけて突っ走しり、やがて闇に紛れて見えなくなった。

 龍哉を追い、ラキの町に到着した泰造達。主立った大通りなど一通り捜し歩いたが、その姿はなかった。
「ちくしょう、あいつらは探すと見つからねーな」
 泰造が苛立たしげに呟く。
「絶対賞金安すぎると思う……」
 息を切らせながら沙希がぼやいた。
 辺りはすっかり暗くなっている。
「しょーがねー。明日探すか……」
 泰造は龍哉を探すのをやめ、今度は宿を探すことにした。

 真夜中。
 泰造は風を感じてふと目を覚ました。まだ夜半は過ぎていないようだ。
 起き上がると、視界の隅で何かが動いた。
 窓際に沙希が立っていた。
「何だ、眠れないのか」
「ごめん、起こしちゃった?」
 二人の言葉が重なった。
「うん、眠れない。やっぱりまだ元に戻ってないんだね……。夜になると、あの時のこと思い出しちゃって……」
「ま、しょうがねーか。でもよ、寝とかねーと昼がつれーぞ」
 泰造も沙希の横に並んで夜の町を眺めた。月明かりにぼんやりと街並みが浮かび上がっている。
「うん。ありがと」
「じゃ、俺は便所行って寝るわ」
「えっ……。一人にしないでよ」
 沙希が不安そうな顔をする。
「便所くらい行かせてくれよ」
「……早く出てきてね」
「分かった分かった」
 泰造はうざったそうに言いながら部屋を出て行った。
 一人残された沙希は窓を閉めてふとんに潜り込んだ。

 窓から差し込む日差しに泰造は目を覚ました。朝だ。
 横のベッドでは沙希が寝息を立てて眠っている。
 昨日は眠りについたのも遅いようだし、そのまま眠らせておくことにした。
 泰造はカーテンを開け、窓越しの朝日を浴びた。
「ん?」
 窓の外の風景に違和感を感じる。
 原因はすぐに分かる。街のど真ん中に、昨日はなかった妙な建物があるのだ。
 木を組み上げた塔だった。
「何だ、ありゃ……」
 よく見ると、そのてっぺん近くで何かが動いている。
 人のようだ。
 無性に気になった泰造は、宿を飛び出し、その塔に向かった。

 泰造が向かう間にも、その塔は天を目がけて伸び続けている。
 街の人々も、その奇妙な出来事に騒然としていた。
 塔の近くまで来ると、黒山の人だかりになっていた。
 その人ごみをかき分けながら泰造は塔に近づく。
「何すんだよ……げ」
 押しのけた人が泰造に言いがかりをつけようとした。聞きなれた声だ。
「二十二号!……今はそれどころじゃねーな。何だよ、これ」
「知るか!」
 間近で見ると、その塔はまさに異質であった。
 乱雑なようで、整合の取れた設計。
 最低限の木材で組み上げられた、これだけの大きさの建物。
 しかも、昨日……それも、夜半前くらいに窓を開けた時は、こんなものはなかった。一晩のうちに組み上げられているようだ。
 上で動いているのはたった一人の人間。あの人間が、この建物を作ったのか。たった一人で?
「あいつ、誰だ?」
「知るかよ」
 ぼそっと呟いた泰造に龍哉が答える。
「おめーに聞いてねーよ……。ここで見ててもしょーがねーな。ちょっくら、行ってみるか」
 泰造はそう言うと塔を昇りはじめた。観衆が騒ぎ出す。
 その中から聞きなれた声が聞こえた。
「泰造!?」
 沙希の声だ。振り向く泰造。
「なんでここにいるんだ?寝てたんじゃないのか」
「そんなこと大きな声で言わないでよ。泰造が騒々しく出て行ったから目が覚めたんじゃない。それに外を見たらこんなの出来てるし。来るよ、普通……で、泰造は何やってんの」
「見てのとおりだ。ちょっと上の様子を見てくる」
 よじ登る泰造。
「危ないよぉ」
 不安げに見上げる沙希。
「だいじょーぶだって」
 泰造はそう言い、塔をよじ登り始めた。

 案外登りやすく出来ている。かなり登ってきたが、さほど疲れない。
 それでも、骨組みだけのようなものだ。踏み外せば地面にまっ逆さま、命はない。
 慎重に登って行く泰造。こうしてみると、改めてその高さに驚かされる。
 やがて、上のほうから組み立てる物音が聞こえてきた。動いている人物にもどうにかその容貌が分かるくらいまでに近づいた。
 若い男。手慣れた動きで塔を組み上げている。
「何やってんだ、お前」
 泰造が大声を出した。それで、上の男はようやく泰造に気づいたようだ。
「それはこっちのセリフだ!邪魔すんな!」
 意に介さずといった感じで作業に戻る男。
「質問に答えろ!こんな変なもの作ってどうするつもりだ!?」
 男の動きが止まった。
「今なんて言った。変なものだとぉ!?俺様の芸術にケチをつける気かっ!」
「芸術ぅ?」
 泰造は呆れ返った。
「こんなへんてこな木組みが芸術かぁ?」
「……前衛芸術として素晴らしいと思わないか」
 いろいろ言われて男のほうも自信がなくなってきたらしく、トーンダウンする。
「ま、前衛なら……いいんじゃないか」
 この泰造の一言がいけなかった。
「そうだろうそうだろう。わはははははは!」
 自信が戻ってしまったようだ。
「いや、素晴らしいとは思わないけど……」
「貴様!俺様の芸術をバカにすると、痛い目にあうぞ!」
 男の顔が険しくなった。
「くらえっ、五寸釘乱舞!」
 いきなり男が攻撃をしかけてきた。釘を手裏剣のように飛ばしてくる。
「あ、危ねぇっ」
 狭い足場でどうにか躱す泰造。
 躱した釘は、自分の組み立てた塔を傷つけることなく虚空へと消えて行った。
「ふふふふ、まだまだだっ!」
 矢継ぎ早に飛んでくる釘。泰造は躱すだけで精一杯だ。
「げっ」
 さらに飛んできた釘を躱した泰造だが、足を踏みはずしバランスを崩す泰造。
「チャーンス!これでも食らえっ!一撃必殺玄能ブーメランっ」
 風切り音を立てながら金槌が飛んできた。
「食らうかっ!」
 金砕棒を振りかざす泰造。
 カキン、という乾いた音をたてて金槌が打ち返された。そして、男の隣の柱にぶち当たる。
 しかし、泰造もそれが原因で完全にバランスを崩し、頭から落下する。
 長い金砕棒が突っかかり、どうにか落下は免れたが、それでも棒にぶらさがっているだけという、危機的な状況になった。
「ああっ、貴様、俺の芸術によくも傷をっ!絶対に許さん!」
 逃げられなくなった泰造目がけ、釘を放つ男。
「いててててて!」
 一本が泰造の顔をかすめ、他に数本が泰造の服に穴を開けた。しかし、所詮は釘なのでさほど威力はない。
 さらに、怒りに我を忘れた男は自分の作った塔から狙いをはずすのを忘れ、はずれた釘が塔に突き刺さった。
「ああああああっ、自滅したあああぁぁっ!」
 泣き崩れる男。
 その隙に、どうにか体勢を立て直す泰造。
「ぬおおおおお、こうなったら手加減も何もなしだっ、貴様だけは絶対に倒すううぅ!」
 半狂乱になりながら猛攻撃を仕掛けてくる男。もはや泰造を攻撃することしか頭にない。釘が塔に刺さろうがおかまいなしだ。
 その凄まじい猛攻に逃げ惑うしかない泰造。
「ちくしょう、あの釘さえどうにかなれば……」
 ちらっと様子をうかがおうと泰造が柱の影から顔を出した。その横を釘が音をたてて通りすぎていく。
 しかし、それを最後に釘は飛んで来なくなった。
 どうしたんだ……。
 泰造が警戒しながら再び様子をうかがう。男は呆然と立ち尽くしていた。
「く、釘が……ない」
 さっきの釘が最後の釘だったようだ。
「今度はこっちのチャンスだな!」
 泰造が男目がけ、突っ込んで行く。
「寄るなっ、おが屑煙幕!」
 見上げていた泰造は上からぶち撒かれたおが屑を頭からかぶった。少し目に入り、目が開かなくなる。
「ざまぁみろ。じっくりととどめを刺してやる」
 頭の上から男が近づいてくる音がする。ここで金砕棒をやみくもに振るっても、柱にあたりそうだ。突きでは狙いが定まりにくい。
 ちくしょう、ピンチだな。
 泰造はやっとの思いで探し出した柱に手をかけた。
 ん?そうだ。
 泰造はいいことを思いついた。
 柱を渾身の力をこめて揺さぶる。
「な、何を……」
「振り落としてやるうぅ!」
 柱の動きが大きくなってきた。継ぎが緩んでいるのだ。
「よせええぇぇぇ!」
 どうにか目が開くようになった。キッと上を見上げる。
 男は揺さぶられても振り落とされまいと柱にしがみついていた。
「しつこいぞぉ!は・な・れ・ろおおおおぉぉぉぉ」
 さらに激しく揺さぶる泰造。
 がこっ。
「れ?」
 柱がはずれた。
「ああああっ」
 男が妙な声をあげた。
 塔の、泰造がいるところから上がゆっくりと傾いて行く。
「のおおおおおおっ」
 泰造の横を、男と塔のてっぺんが落下して行く。下のほうでは逃げ惑う人々が悲鳴を上げた。
 男はどうにか塔のほうに飛び移り、落ちるのは免れたようだ。
「憶えていやがれっ!」
 ついに男が捨て台詞を吐いた。
「どっこい、にがさねーぞ!」
 泰造はその後を追い、塔をおりはじめた。しかし、男のおりるスピードは異常なほどに速い。
「猿か、てめぇはっ」
「俺は猿は大嫌いだっ」
「うるせぇっ、さるさるさるさるさる!」
「だまれうるさいうきーっ!」
 怒鳴りあっている間にも距離はどんどん離れて行く。
「ちくしょう、憶えてやがれっ!」
 今度は泰造が捨て台詞を吐いた。追いつくのは無理だと悟ったのだ。

 泰造が塔からおりた時には、男の姿は既にどこにも見当たらなかった。
「泰造っ」
 物陰に隠れていた沙希が飛びだしてきた。
「何があったのよっ。上からは釘とか棒とか金槌とかいろいろ落ちてくるし、上から猿が飛び出してくるし。何だったの?」
「その猿が犯人だ。いや、猿は嫌いだって言ってたな。一応人間だぞ、あれ」
「だって、屋根の上を跳んでったよ?人間の動きじゃないよ、あれは」
 猿は嫌いだといっていたが、確かに動きはまるで猿だ。
「しかし、何者なんだ……」
 泰造は横にそびえる塔を見あげた。崩れたのはほんの一部分、相も変らず天をつく高さだ。
「あっ、そういえば二十二号がいたな。あいつはどうした」
「釘が降ってきた時に逃げたみたい」
「どっちも逃げ足の早い……」
 歯噛みする泰造。
 やがて、役人がやってきて塔を調べだした。
「いやー見事なものですなぁ」
「いやはや、参りましたなぁ」
「しかしまぁ何でしょうなぁ」
 やってることは見物人と変わりない。しばらくすると、見物人も戻ってきた。
 泰造はその中に龍哉の姿を探したが、見当たらなかった。

 直接の関係者として、泰造は役人に呼ばれて役所でいろいろと質問を受けた。
 そこで知ったのだが、どうもさっきの男には賞金がかかっていたらしい。
「も、もったいねぇ……逃がしちまった……」
 へたり込む泰造。
 手配番号十九号、源。以前泰造が捕まえた人さらいの番号に新たに収まった手配犯だ。
手配内容はわからないが、行く先々に変な建物を作ったり、空き地に勝手に家を建てたり、平屋建ての住宅に住人の外出中に二階を作ったりしているようだ。
 沙希の感想。
「変な人……」
 泰造の感想。
「面白い奴だな」
 手配犯の中でも、かなり異質である。
 いずれの件も多少騒ぎにはなったが、大した迷惑にはなっていないようだ。ただでリフォームできて喜んでいるケースさえある。
 こんな様子なので、源の賞金も実に対したことない。
「しかし、戦闘になるとかなり手ごわいぞ、あいつ。割にあわねーな……」
「で、あの塔はどうするんだ?」
 聞かれた役人は飄々とした顔で言う。
「面白いので町の名物として残すことにしました」
「おいおい……」
 源の芸術が少しは認められたのだろうか。それともただの興味本位か。
 とにかく、ラキの町に新しいオブジェが出来た。

「龍哉はな、釣りが好きみたいだな。下手なくせに」
 泰造の言葉に沙希が頷く。
「だから多分海岸沿いに移動すると思うんだが」
 沙希が再び頷く。
「よし。進路が決まったな。このまま海に沿って行こう」
「わーい、海だぁ」
 子供のようにはしゃぐ沙希。本当に海が好きなようだ。
 ラキの街を立ち、海に沿った道を歩きだす泰造たち。
 海が間近にみえる場所に来ると、沙希がますます元気になってきた。
 ここ数日押し黙っていた分を爆発させるように喋りまくる。
 相手をしている泰造もだんだん疲れてきた。
 それよりも何よりも、寝不足の状態ではしゃぎまくった沙希は燃えつきるのも早かった。日が高く昇る前に静かになる。
「ねぇ、休まない?」
 沙希がようやくといった感じで言う。
「ああ、そうだな……。でも休むような所がないな。もう少し歩くぞ」
 とぼとぼとついてくる沙希。
 少し歩くと、砂浜が終わり、岩場になってきた。
 ちらほらと釣り人の姿もある。
「この中に二十二号がいたりしてな」
 沙希は何の反応もない。
「ん?」
 泰造が何かに気づいた。
 沙希も、疲れ果てた顔を上げて泰造の視線を追う。
「いやがった……」
 紛れもなく、並んで釣り糸をたれている若者は、二十二号とその子分たちだ。
「このやろ……いや待て、こっそり近づこう。大声を出すとまた逃げられる」
 沙希もさっきまでのへばり様はどこへやら、といった感じで泰造に倣う。
 龍哉たちに気付かれないままある程度近づいたその時だった。
 龍哉の竿にかなり大きな当たりがあった。
「き、来たっ、来た来たっ」
 子分たちが自分の竿を放り投げ、龍哉の周りに群がった。
 ものすごい引きだ。龍哉の竿が折れそうなほどにしなる。
「大物だぁ」
「おめーら、見てねーで手伝えっ!」
 浮き足立つ龍哉たち。
 その隙に、来づかれないように距離を詰める泰造と沙希。
「そこの人も手伝って……ああっ、賞金稼ぎ!」
 気付かれた。
「こんないい時に悪い冗談はよせ……げ。マジかよ〜」
 泰造たちの姿を確認し、絶望的な表情になる龍哉たち。しかし、大物を前に逃げるに逃げられない。
「兄貴、大物はもう目の前ですよ」
「兄貴、賞金稼ぎも目の前ですよ」
「ぅぅぅぅぅうぅううううううあああああああああああ、ちくしょう、逃げるぞっ、さらば大物!いい夢をありがとう!」
 かなりの葛藤の末、竿を放り投げ走り出す龍哉。子分たちもそれに続く。
「うおおおおぉぉぉ、海なんて大っ嫌いだああぁぁ!」
「夕日のバカヤロー!」
 妙な捨て台詞とともに龍哉たちは地平線の向こうへと消えていった。
 泰造はというと、そんな龍哉たちを追うでもなく龍哉の投げた竿を掴んだ。魚はまだ竿に引っかかったままだ。
「おおっ、こりゃマジででけぇ。儲けた!」
 龍哉たちが苦戦していた大物を一人で楽々手繰り寄せる泰造。
 浜に青い鱗をきらめかせながら水晶鯖(クリスタ・マッカルル)が引き上げられた。
「おおっ、こりゃうまそうだ!」
 このことがあったため、泰造達はこの魚をかついで町の魚屋まで戻り、さばいてもらい一日かけて魚一匹丸々を平らげたのだった。

 予想外に一日滞在が伸びたラキの街。
 水晶鯖の串焼きを食べ歩きながら、情報を集める。
 海なんて大嫌いだと叫びながら去って行った龍哉。おそらく、しばらく海から離れた内陸で釣り紀行を楽しむつもりだろう。
 それなら、内陸の釣りポイントを探すのが一番だ。
 その答えは割とあっさりと見つかった。
 ラキの隣のギトは山間の町。近くには谷間を流れる川があり、渓流釣りにはもってこいだ。龍哉たちもそこに向かった可能性が高い。
 この町からギトまでの道のりはなだらかながら長い山道が続く。ともすれば山中でキャンプということになる。
「この重いテント背負ってくの?」
 雑貨屋で購入したテントを眺めながら沙希が呟く。
「おう」
 何でもないようにその見るからに重そうなテントを背負う泰造。
「手伝いますか……あれ?」
 雑貨屋のオヤジがでてきた。
「ああ、それは牛に担がせるんですよぅ」
 泰造は牛に担がせて運ぶテントを買ったようだ。
「いいんじゃない、泰造って牛みたいなもんだし」
 沙希がおかしそうに言う。
「何だと!?誰が牛だ!」
「きゃーっ」
「待て、このっ」
 逃げる沙希を追い、牛に担がせるテントを背負ったままダッシュする泰造。雑貨屋のオヤジはこの世ならぬものを見たような顔でそれを見送った。

 ラキの街を経ち、街道沿いに西に歩く。
 のどかな農耕地帯。はるか地平線まで田園が続いている。
 やがて、その行く手に朧げに山脈が見えてきた。ぼんやりと霞んで見えるあの山脈の麓にあるのがギトだ。
「ええっ。あの、山の……麓!?」
 そう聞いた沙希が驚いたように言う。
「あそこまで歩くのおおぉ?」
 沙希の顔がもう帰りたい、と言っている。
「だからテント買って来たんだろ」
「途中に村はないの!?」
「脇道にそれればいくつかあるけど、いちいち村によっていたら三日くらいかかるぞ」
「まっすぐ行くと?」
「一日半だな」
「倍……。うーん、うー」
 葛藤しはじめる沙希。
「いずれにせよ、ダモシャテ村への分岐点はとっくに通り過ぎた」
「がーん。つ、次の村は?」
「ヤウォマ村。今から行くと日が昇るくらいには着くんじゃないか」
「そんなぁ。じゃ、いまからダモシャテに引き返すと?」
「真夜中だな。宿屋なんか開いてねーぞ」
 八方塞がりになり打ちひしがれる沙希をよそ目に、泰造は飄々と歩きつづける。
「日が沈んだらテントを張ってキャンプだ」
 日は既に傾きかかっている。やがて遥か彼方の山脈に沈んで行くだろう。
 歩いていると時折旅人やキャラバンとすれちがうようになった。これからダモシャテに向かう人たちだろう。
 そういう人たちからは、泰造はこの時間にダモシャテを発ったように見えるらしく、妙な視線を感じる。こんな時間に村をでるのは大体は夜逃げか駆け落ちだ。無理もない。
 やがて日も落ち、すれちがう人もなくなった。
「よし、そろそろキャンプ張るか」
 と、泰造が言ったのは平野のど真ん中の何もない道の上だった。
「こ、こんなところで……」
 唖然とする沙希を無視し、手際よくテントを組み立てる泰造。
 さんざん文句を言っていた沙希も、簡単な食事を取ると機嫌がよくなった。
「さて、そろそろ寝るか」
 さっさとテントに入る泰造。そして、そこで気付く。
「あ、寝袋がない」
「えーっ。寝袋なし!?この涼しい時期に!?風邪ひいちゃう〜、美容にも悪いよー。寒くて眠れないいぃ」
 泣きそうな顔になる沙希。
 しかし、寝袋がなくてもおかまいなしに夜は更けていくのだった。

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