賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第捨話 死神

 救えたはずだった。奴さえ、来なければ。


「おい、寝てる場合じゃないぞ!」
 太平楽に寝こけている沙希を泰造が怒鳴りつけた。
「ふぇ?」
「ふぇ?じゃないぞ。ナリットがな、化け物におそわれているんだ」
「ふぇ」
 沙希はまだ寝ぼけている。
「あー、もー、しょーがねーなぁ」
 引っ張っていくのも無理だと感じた泰造は、寝ぼけている沙希を強引に担ぎ上げた。
「泰造さん、驢駆鳥の用意はできてるよ、急いで!」
 宿の入り口で陽二が叫んだ。
 陽一と光介は既に驢駆鳥にまたがり、出発できる体勢だ。
 泰造も荷物と沙希を驢駆鳥にくくりつけ、陽二の乗った驢駆鳥にまたがった。
「よし、いくぞ!」
 光介の号令でのんびりと歩きだす驢駆鳥。
「……歩いたほうが早くないか?」
「同じ……だと思う。多分」
 気の長い行軍が始まった。

「あれっ。ねー泰造。なんであたしこんなところに縛られてるの?」
 突然、後ろの驢駆鳥の背中の上で沙希が目を覚ました。
「あっ、この道。ナリットに行く道でしょ。なんで?……あっ、もしかして、あたしのこと邪魔だからナリットに置いていくつもりなんだぁ。ひどいよぅ」
「いや、そうじゃないんだよ」
 光介が事情を説明しようと口をはさんだ。
「あっ、光介さん。……て、光介さんにこんなとこ見られちゃったわけ?がーん……。泰造、何があったのよぅ、説明してよぅ」
 起き抜けとは思えないくらいに矢継ぎ早にまくしたてる沙希。
「起きるとうるせーな。あのな、よく聞けよ。お前の故郷が、モーリアで出っくわした、あの人に取り憑く変な化け物に襲われてんだよ」
「ええっ」
「ナリットはギャミ自警団の管轄だからな。我々が出動することになったのだ。その化け物を直に見たと言う君たちにも同行してもらうことになった。君の了承は得てないが泰造君が許可したのでついてきてもらうことにしたんだ。異存はないね?」
「そんな異存なんて」
 驢駆鳥に縛りつけられた間抜けな姿のまま頬を染める沙希。
「もうすぐナリットにつくよ!」
「よし、まずは早いとこ沙希をほどいておこう。縛りつけたままナリットについて真っ先にやられたりしたら夢見が悪い」
 ナリットも目前だ。沙希も自由になり、いつでもあの魑魅魍魎に遭遇しても大丈夫である。

 ナリットの村は至って静かだった。
 昼間は男たちは狩りに出かける、女たちは家の中で内職。静かなのはいつものことだ。
 しかし、そんな平和な静かさとは明らかに違う。
 どこか張り詰めた空気が感じられた。
「大暴れしてるかと思ったけど……そうでもないな」
 光介が意外そうに呟いた。
「とにかく、村の人を探してどういう状況になっているのか聞かないと」
 そう言いながら陽二が辺りを見渡した。
「なぁ、沙希。お前の知り合いの家にでも案内しろよ」
「うん」
 そういって連れていかれたのは、以前泊めてもらったみっちゃんの家だった。
「こんちわーっ」
 と、玄関前で沙希が大声を出すが、応答がない。
「すいません、ギャミの自警団ですが」
 光介がそう言うと、中から鍵が開けられた音がした。
「みっちゃん!大丈夫だった!?」
「あっ、沙希ちゃん」
 真っ先に飛び込んで行ったのは沙希だった。みっちゃんの無事を確認しほっとする。
「どうも、ギャミ自警団長の光介です。この村に化け物が出たらしいので派遣されて来ました。詳しい状況を教えてください。詳しくないのなら詳しい人を紹介してもらいたいのです」
 家主に丁重に挨拶する光介。家主は高齢で、喋るのもままならないようだった。ゆっくりと首だけを動かす。
「よかった。早いとこ化け物を退治してください」
 みっちゃんの母親が不安げに言った。男たちが狩りに出かけてからこういう事態になったらしい。少なくともこの家には男はあのよぼよぼの老人ただ一人だ。
「で、その化け物というのはどこにいるんですか?」
「えっと……。ね、沙希ちゃん、ユカリちゃんと仲良しだったよね」
 頷く沙希。
「それがね……。取り憑かれたのがユカリちゃんなの」

 そのユカリちゃんの家に向かう泰造一行。
「そうか、さっき出て来なかったのは、取り憑かれたのが女の子だから沙希ちゃんの声聞いてビビったわけか」
 光介がぼそっと呟く。
「ユカリちゃん、大丈夫かなぁ……」
 友達の身が心配な沙希。当然と言えば当然だろう。
「しかし、あの化け物……。どうやって退治すりゃいいんだ?前に出っくわしたときも何したってびくともしなかった。あいつが追っ払われたのは結界が戻ったからだ。ここには結界もありゃしねぇ」
 難しい顔をする泰造。
「この村には神官みたいな人はいるの?」
 陽一が沙希に尋ねた。
「うん。泰造も狩りの後の儀式のときに祈りをささげていた女の人、見たでしょ?」
「うーん、どうだったかなぁ。俺はあの時、目の前の肉ばかり見てたから……」
「もう……」
 役に立たない泰造。
「じゃ、その人連れてくる。もしかしたら祈祷で追い払えるかもしれない」
 陽一がその人の居場所を訊いて、その場所へと走り出した。
「とにかく、まずはその取り憑かれた女の子の身柄を確保しないと」
「陽二。犯人じゃないんだから……」
 そうこうしているうちにユカリちゃんのうちの前についた。
「緊張するな……」
 表情がかたくなっている陽二。
「どーも」
 自分の家のように堂々と入り込む、緊張感などこれっぽっちもない泰造。
「あのー、ユカリちゃんいます?」
 その泰造がユカリちゃんの両親とおぼしき人に無神経に尋ねる。
「それが……どこかに行ったっきり戻って来ないんです」
 空振りだった。
「参ったな……」
 手がかりは何もなくなった。この後、どうやって探すべきか。
 その時、陽一が神官を連れてやってきたので、困ったように陽二が言った。
「せっかくだけど、そのユカリちゃんがどこに行ったか分かんなくなっちゃったんだよ」
「じゃ、どうやって探すの?」
 沙希の問いにお手上げのポーズをする泰造。
「しょうがない。いそうなところを片っ端から探すしかないだろうな」
 光介が呟く。
「じゃ、そんなわけなので、しばらく待機してもらえますか」
 神官は陽一の言葉に頷いた。
「やだなぁ……」
 沙希が唐突に呟いた。
「なにがだよ」
「だってぇ。みてよ、あれ」
 沙希が指差した方向にみんなが一斉に目を向けた。
 木々の生い茂る山。しかし、そのその山の一部が黒く霞んでいた。
「何だ、あれ……」
「黒い禽……。犲烏だ」
 光介の呟きにいやな予感が走る。
「犲烏……!」
 あの死体に群がる習性のある禍々しい鳥が、森に集まっている。
 急ぎ、森に向かう泰造たち。そして、彼らはそこで恐ろしい光景を目撃することとなる。

 犲烏の鳴き声が四方から聞こえてくる。
 不吉な予感が一行を包む。
 何が起こっているのか。
「……見つからないね」
 陽二がぼそっと呟いた。
 辺りに集まった犲烏の気配がが森の中の気配を覆い隠してしまっている。気配で探すことは到底できそうにない。
「本当にここにいるのかな」
「分からん。ただ、何もないということはないだろう」
 陽二の呟きに光介が答えた。
 ごおおおぉぉ、という低い音を伴いながら森の湿った風が吹きぬけた。
「血の臭いがする……」
 吹き抜けた風の異変に泰造が険しい表情になった。
「そうか?」
「風上に行ってみよう」
 駆けだす泰造。他の四人もその後を追う。
 確かに、血の匂いがする。だんだん強くなっている。近づいてきている。
「見ろ。犲烏が集まってやがる」
 木の根本に犲烏が集まり、黒い塊となっている。
 あの中にあるのは……分かり切ったことだ。
「沙希、見るな」
 そう言い残し、泰造は犲烏のかたまりに近づいていく。そして、金砕棒を振り上げた。一斉に犲烏が飛びあがった。
「……」
 見るにたえない有り様だった。
 犲烏は堅い肉よりも柔らかい臓物を好む。腹が食い破られて臓物が引きずり出されていた。
 それでも、顔はまだあまり傷つけられていなかった。その顔は知らない顔ではなかった。以前この村を訪れたときに共に狩りに出た男の一人。
「なんてこった……」
 吐き捨てるように呟く泰造。
「この森に入った狩人が襲われているみたいだ。悪いことにめいめいに獲物を捜し歩いている。つまり、ばらばらに行動してるんだ」
 まとまっていれば少しは抵抗できる。だが、一人では……。この目の前で犲烏に喰われている亡骸のようになるのがオチだ。
「森に散らばった狩人たちと、取り憑かれたユカリちゃんとかいう子の両方を探さなくちゃならないだろうな」
 光介が難しい顔をした。
「取り憑かれた女の子が見つかれば話は早いんだ。そいつを捕まえるなり誘い出すなりして村で待っている神官のところにつれていけばいい。その女の子が見つからないうちは、狩人が見つかったら……同行させたほうがいいだろうな」
 だいたいの作戦が決まってきた。
「ねぇ……ユカリちゃん、大丈夫だよね?ユカリちゃん、助かるよね?」
 友達の身を案じる沙希。
「多分……な。それに、取り憑かれているうちは殺そうったって死にゃしねぇ」
 泰造は突き放すように言った。
「とにかく、これ以上被害者が出ないように、早いとこ手を打たないといけない。急ごう」
 光介の号令の下、危険な捜索が始まった。

 山林は静かで、それでいて騒がしい。あくまでいつものように。
 狂暴な魑魅魍魎が迷いこんだとは到底思えない。
 思えば、この森の中に生きるすべてのものはお互い、食うか喰われるかの営みを毎日のように送っている。そこに獰猛な魑魅魍魎が迷いこんだところで、生き延びるものは生き延び、死ぬものは死ぬという自然の摂理には変わりはない。
 森の中の獣たちは人の姿を見れば逃げる。その人間が魑魅魍魎に取り憑かれていてもいなくても、危険なものに変わりはない。
 むしろ、人の姿をしているからこそ、人が出会ったときには隙が生じる。
「獣ばかり見つかるな。狩りに来たのならありがたい話なんだが……」
 光介が疲れたように呟く。いつどこから凶悪な魑魅魍魎が襲ってくるか分からないのだ。気疲れするのも当然だ。
「こんなに獣がいると、気配で人を探すこともできないしな」
「まったくだ」
 光介が泰造の言葉に頷く。
 ナリットの村の食生活を支えているだけあって、この山林は命に満ちあふれていた。歩けば小動物が逃げる物音が方々から聞こえ、大きな獣も警戒するように、あるいは興味でもあるかのように、じっとこちらを注視していたりする。
「待て……気配が動いている」
 光介が何かに気がついたようだ。
「行ってみよう!」
 走り出す泰造。
 確かに気配が動いている。割と近いところだ。
 どこか気になる気配。これだけの獣が蠢いているこの森の中でも、浮いているような感じの気配。
 その気配の持ち主は、やはり人のものだった。ナリットの狩人。
「おーい!」
 光介が狩人に声をかけた。驚いて振り向く狩人。
「お、おい。何だあんたら。でかい声を出すなよ。獲物が逃げちまう」
「すまん。だが今はそれどころじゃないんだ。ナリットの村に黄泉の魑魅魍魎が迷いこんだ。既に狩人の一人が犠牲になった」
「なんだって?よく分からんが……なんかえらい事だってのは分かるな」
「今日森に入ったのは何人だ?」
「十六人だ。四人ずつ、四つのグループに分かれてる」
「それじゃ、あんたのグループのほかのメンバーはどこにいる?」
「そんなに遠くには行ってない。呼べば来るだろう」
 狩人は笛を懐から取り出し、吹いた。森の中に鳥の声のような甲高い音が響く。
 しばらくすると、がさがさと茂みをかき分ける音とともに狩人たちが集まりだした。
「何だ、この人たちは」
 集まってきた狩人の一人が見覚えのない連中を訝しんだ。
「あとで話す。……トシが来ないな」
「合図を聞き逃したんじゃないのか」
 再び笛を吹く狩人。数回、繰り返す。
「応答がないな……」
「探したほうがよさそうだ。死にたくなければはぐれるな」
 光介の指揮のもと、付近の捜索が始まった。
「沙希、一人になるな。多分、そのトシって奴はもう死んでる」
 泰造の言葉に青ざめた顔で沙希が頷いた。
 死体にはすぐに犲烏が群がってくる。犲烏のいやな鳴き声が聞こえて来ればその近くに死体がある可能性が高い。しかし、この周辺にはそんな様子はない。この近くにないのか、まだ死んで間もないか、あるいは、既に喰い尽くされているのか。
「お前は上のほうに犲烏がいるかどうか見ててくれ。俺は下を探す」
「うん」
「見つけたぞ!」
 思ったよりも早く見つかった。見つけたのは狩人の一人だ。
「げぇっ、ひでぇ……」
 集まって来た連中はその姿を見て、一様に顔をしかめる。
 まるで獣にでも襲われたかのように、喉笛を噛み切られていた。傷口からはまだ血が吹き出している。生きてはいる。が、もはや助けようがない。虚ろな目で、声を出すこともできはしない。
「まだ襲われて間もない……。もしかしたら、魑魅魍魎はこの近くに潜んでいるかもしれないぞ」
 捜索の合間に事情を聞いた狩人たちは半信半疑といった感じだったが、目の前で仲間に死なれて事の重大さを理解したらしく、引きつった顔をしている。
「どうする?探すか?」
 泰造の問いに光介が少し考え込む。
 光介が顔を上げた。
「どうやら、探すまでもないみたいだぞ」
 泰造もその気配に気づいた。
「来やがる……いい度胸だ」
 木の間から小さな姿が現れた。
 沙希と同年代の少女。ユカリちゃんに間違いないようだ。
 その目は異様な光を宿し、清楚なデザインの服は鮮血で紅に染められていた。手と顔も血で染まっている。
 沙希は見ていられないらしく、目を背けた。
「どうする?このまま村におびき寄せるか?」
「それしかないが……。果たしておとなしくついてきてくれるかどうか心配だな」
 狩人たちが真っ先に逃げだした。
「逃げるぞ!撒くなよ、村まで誘うんだ!」
 一斉に走り出す泰造達。
 その後を追い、取り憑かれたユカリちゃんも走り出した。狼のように手足を使い、信じられないようなスピードで追ってくる。
「に、逃げられないっ!」
 光介にとってはこれほどまでの速さで来るとは予想外だっただろう。
 だが、泰造と沙希、陽一陽二兄弟は以前この魑魅魍魎と戦ったことがある。このくらいは予測していた。
「寄るんじゃねぇっ!」
 金砕棒を思いっきりぶん回す泰造。ユカリちゃんの脇腹にクリーンヒットし、ふっ飛んだユカリちゃんは近くの木にぶつかった。
「お、おい!殺す気かよ!」
 慌てる光介。
「このくれーじゃ死にゃしねーぞ!すぐに立ち上がるから今のうちに距離を広げるんだ!」
 言ってるそばからユカリちゃんは何もなかったように立ち上がろうとしている。
「マジかよ……。こりゃ、洒落にならねぇ!」
 光介もこの化け物の生命力に愕然としたようだ。
「も一発!」
 泰造がさっきと同じように金砕棒を振り回した。今度は木には当たらず、遠くの茂みに落ちた。
「泰造、ひどいよっ」
 沙希が喚くが、かまっている暇はない。
「気持ちは分かるけどよ、こうしないと追いつかれるだろうが!」
「もうすぐ森から抜けるよ!」
 陽一の言うとおり、辺りが少しずつ明るくなってきている。
 すると、ユカリちゃんの動きが急に鈍ってきた。ためらうかのように、足の進みが遅くなってくる。
「何だ!?村までついてきてくれねーと困るぞ」
 泰造が立ち止まって挑発するが、あまり乗り気ではない。陽二が急に大声を出した。
「そうか。日の光が当たるところが苦手なのかもしれないよ」
 確かに、かつてウォジョレーの山麓で出っくわしたときも、こんな深い森の中だった。
「めんどくせー、引きずり出してやる!」
 泰造がユカリちゃんの腕を掴みもうとした。
「お、おい!あぶねぇ!」
 光介が止めるが、既に泰造はユカリちゃんを引っ張りはじめている。ユカリちゃんは、逃げようと必死で反撃することもなにもできない。
「くそっ、とんでもねー馬鹿力だ……!」
 泰造とユカリちゃんはいい勝負だ。いや、ユカリちゃんは暴れもがきながら引っ張ってこの状態だ。集中すれば泰造よりも力がありそうだ。
「手伝ってくれ!」
 泰造に言われて、他の四人も加わり引っ張り出した。
 少しずつ、森の外に向けて引っ張られるユカリちゃん。
 日の当たるところまで出ると、絶叫し、しばらく苦しそうに悶えた後、倒れ込んだ。
「ふー、これでおとなしくなったな……」
 楽々と無抵抗のユカリちゃんを担ぎ上げる泰造。あとは、神官のところまで連れていくだけだ。

 神官の手により、魑魅魍魎はユカリちゃん諸共即席の結界の中に幽閉された。
 日の光に当たりおとなしくはなっていたが、夜が来ればまた狂暴になる恐れもある。厳重に結界が張られたが、それでも間に合わせでしかない。
 到着して待っていた後発のギャミ自警団から、モーリアの神官を呼んだことを聞いた。モーリアの神官なら、この魑魅魍魎を黄泉に帰す術を知っているというのだ。
 とりあえず、夜の訪れを待ち、予想通り狂暴化したユカリちゃんが結界から出られないことを確認したところで、光介たちはこの情況を報告するために、ギャミへと発った。

「全くとんでもないことになったもんだよ。この平和な村であんなことが起こるなんてねぇ……」
 泰造たちはまたみっちゃんのうちでお世話になることになった。
 そのみっちゃんの母親が、ため息混じりに言った。
「あの……。ユカリちゃんは悪くないんです。取り憑かれてるからあんなことを……」
 沙希がユカリちゃんをかばおうと沈痛な面持ちでみっちゃんの母親に訴えた。
「わかってるよ。でも……他の人がどう思うかまでは分からないけどね……」
「そんな……」
「それってひでーんじゃねーか?あれは取り憑かれてたんだって、分かってるんだろ!?本人のせいじゃねーぞ!?」
 沙希の代わりに泰造が言う。
「あたしに言われても困るよ。あたしは少なくとも許してやるつもりだからね。許さないのは、殺された人の家族の人だね。怒りのぶつけ場所なんて、あの子以外にありゃしないし……。ね、しばらくこの村にいてくれないかい?それでもしあの子がひどいことを言われたりするようなら、どこかの町まで連れていってやってほしいんだ。そんな状態でこの村に残るくらいなら、どこかで村と関らずに生きたほうが幸せに決まってるしね」
 返す言葉もない泰造。
「分かった。……結局、村から追い出されちまうのか……。本人は何もしてないのにな……」
「そうならなければいいんだけどねぇ」
 重苦しい空気のまま、食事になった。
 その晩も沙希の周りには幼なじみが遊びに来て夜通し喋りまくったが、話題はあの魑魅魍魎とユカリちゃんの話題ばかりで、だんだん重苦しい感じになってきた。

 夜半は過ぎたのだろうか。いつの間にか眠っていた泰造は、外の騒がしさに目を覚ました。
「なに?」
 沙希も目を覚ましたようだ。
 何やら、尋常ではない。
 悲鳴が聞こえてきた。人が逃げ惑っている、そんな騒がしさだ。
「まさか……結界が破られたのか!?」
 慌てて身仕度を整え、外に飛び出す泰造。結界のほうへと走り出す。
 しかし、結界は破られていなかった。夜になり、狂暴になったユカリちゃんが中で出られずにもがいている。
「違う……!?それじゃ一体何が!?」
 その時、後ろから近づく気配に気付き、身構える泰造。
「やっ、あ、あたしよ、あたし」
 沙希の声だった。
「着替えねーし、来ねーのかと思ってたんだけどな」
「だってぇ。泰造の目の前で着替えられるわけないじゃない」
「何でだよ」
「あたしは女の子よっ」
「ああ、そうだっけ」
「忘れてたみたいな言い方しないでよ……」
 その時、また悲鳴が上がった。
「あっちか!」
「何があったの!?」
「わからねーよ!」
 泰造と沙希は走り出した。
 悲鳴のほうに向かう途中、倒れている人を見つけた。屈強そうな狩人らしい男だった。
「おい、大丈夫か!?」
 男は何か言いたげに泰造に視線を向けたが、言葉を発することもできずに息絶えた。
 その背中には、明らかに刃物で斬られた傷があった。
「くそっ、どうなってやがる!?」
 近くの小屋から火が上がった。
 急いで泰造たちもその方に向かう。駆けつけると、火は既に手のつけられないほどになっていた。そして、他の小屋からも次々と炎が上がる。
「一体……何がどうなってるんだよ!」
「おい、あっちに怪しい人物がいたらしいぞ!」
 男たちがそれを聞いて、一斉ににその方向に走り出した。もちろん泰造もだ。
「こっちには……あの結界が……?」
「いたぞっ!」
 見ると、結界の前に立つ人物がいた。
「何だ、お前はっ!」
「これはお前のしわざか!?」
 口々に言う村人たち。
「うるさい」
 感情のない男の声。泰造はその声に聞き覚えがあった。
 不意に血しぶきが上がる。
 そして、泰造とその男の間に立っていた村の男たちが、次々と逃げるまもなく倒れていく。
「沙希、逃げろ……!」
 沙希は逃げない。足がすくんでしまったようだ。
「また会ったな……」
 男がやはり感情のない声で言った。
「何しに来た、三十九号・豪磨!」
 泰造の言葉に豪磨はわずかに笑みを浮かべた。
「見て分からないのか?この村を滅ぼしにきた」
「んだとぉ……」
「この村はこいつに滅ぼされるはずだった。滅ぼされた村でも見物するかと思ってきてみたが……こいつがこの有り様だしな」
 結界の中で暴れている魑魅魍魎に取り憑かれたユカリちゃんを顎で指しながら豪磨が言う。
「お前が余計なことをしてくれたみたいだな。おかげで俺の楽しみは増えたがね」
「何のために村を滅ぼすってんだよ!てめーになんの得がある!?」
「楽しいからさ」
「てめぇ……」
「こいつもかわいそうだな。こんなところに閉じ込められて……。楽にしてやるか……」
 豪磨が、結界の中のユカリちゃんに向き直った。そして、刀を向ける。月明かりに青く光る。天青鋼らしい。新たに調達したのか。
「やめてええっ!」
 沙希の叫び声が、豪磨の刀が振られる音も、何もかもをかき消した。
 豪磨に斬られたユカリちゃんは息絶えていた。取り憑いていた魑魅魍魎はその傷口からあふれるように霧散した。
「な……あの化け物を一撃で……!?」
「そんな……そんな……」
 驚きを隠せない泰造、目の前で起こったことを信じたくない沙希。
「今度はお前たちの番だ。この前のように行くかな?」
 豪磨が泰造たちのほうに向き直った。
「ええい、ままよ!」
 泰造は豪磨に襲いかかった。
 泰造の攻撃はことごとく豪磨に躱されてしまう。
 泰造の一瞬の隙をつき、豪磨が刀を振り上げた。振り下ろされた刀をすんでのところで受け止める泰造。
 妙だな。あの化け物を一撃でたたっ斬っちまったのに、今の一撃はたいしたことない。
 疑問に思いながらも、泰造は金砕棒を振りかぶった。今度は豪磨がそれを受け止めた。天青鋼の刀は、やはりびくともしない。
 突然、矢が泰造の横をかすめて行った。
 一瞬、それに気を取られる泰造。気がつくと、豪磨の一撃が泰造を捕らえようとしていた。
 すんでのところでかわす泰造。肩に鋭い痛みが走った。肩を斬られたようだ。だが、致命傷ではない。
 再び矢が泰造の横をすり抜けていった。そして、豪磨の服を貫いて闇に消えていく。
 振り向くと、沙希が新しい矢を弓に番えるところだった。
「許さない!あんただけは許さないんだからぁっ!」
 泰造は慌てて飛び退いた。沙希の矢が放たれる。豪磨はそれを素手で掴んだ。
「そんなもので俺を殺せると思うのか」
 不敵な笑みを浮かべる豪磨。
 豪磨の冷めきった視線を向けられ、恐怖に駆られ後じさりする沙希。
 その一瞬の隙をついて、泰造が豪磨の横をとった。
「この野郎!」
 手加減無しの一撃が豪磨の腹部を捕らえる。豪磨はふっ飛んだ。
「やりやがったな……」
「一撃でしとめるつもりだったんだけどな」
「甘いな……」
 そう言い立ち上がる豪磨。だが、表情は苦しそうだ。
「くそっ……。またしてもてめぇに邪魔されたか……」
 そう言い残し、逃げ出す豪磨。
「待ちやがれ!」
 泰造もその後を追う。が、豪磨の姿はすぐに闇に紛れて消えた。
「ちくしょう、あんだけやったのにまだぴんぴんしてやがる……。あの野郎も何かに取り憑かれてんじゃねーのか?」
 闇に向かって馬声を浴びせる泰造。その後ろで沙希が不意に声を上げて泣きだした。目の前で親友が殺されたのだ。無理もない。
「すまない。なにもできなかった」
 沙希を気づかい、泰造が声をかけた。沙希は首を横に振った。
「何もできなかったのはあたし……。あんな奴でも……殺せなかった」
「いいんじゃねーのか?俺だって殺そうなんて思ってなかったぜ。捕まえりゃいいんだからな」
「でも……」
 沙希の気持ちは分からないでもない。
「忘れちまえ、とは言えねーな。とにかく元気だせよ」
「……うん、ありがと」
 沙希はそう言うと気丈に立ち上がった。まだ俯いたままだ。
 上がった火の手は消し止められていた。しかし、白みかかった空に浮かびあがったナリットの村は廃墟同然だった。

「なんだなんだ、何があったんだよ、これは!?」
 村に到着した光介が開口一番に言ったのはこれだった。予想もしていないことだ。無理もないだろう。
「結界が破られたのか!?」
「いや。これは別の奴の仕業だ。手配番号三十九号がこの村にやってきた」
「三十九号っていうと……」
 泰造の言葉に考え込む光介。
「豪磨って奴だ!」
「うん、そうだそうだ」
 陽一と陽二が割って入ってくる。この二人は一度豪磨に会っている。記憶に残っていて当然だ。
「ああ、あのこそ泥上がりの殺人鬼か。しかし……こりゃ賞金が跳ね上がるぞ」
 光介が焼け落ちた村を見渡しながら呟く。
「それどころじゃないのは分かってるけどな……」
「とにかく、この村のことは任せた。他に聞きてー事はあるか?今のうちだぞ」
「えっ、それじゃ、もう行っちまうのか」
 光介が驚いたような顔で泰造を見た。
「こんな状態じゃ、この村にいたって沙希が落ち込むだけだからな。俺はこのまま沙希を連れて村を発つ」
「そうか……そうだな。どこに行くつもりだ?」
「決めてねーよ。そうだ。二十二号っていうけちくせーこそ泥がどこに行ったかしらねーか?」
「知ってるよ。フュークの近くで漁船にいたずらして漁師に追いかけられたみたい」
 陽二が言うと、陽一が口をはさんできた。
「海沿いに歩いていくと、多分ラキ方面に抜けるんじゃないかな」
「そうか。じゃ、俺は行くぞ。じゃあな」
「またこの辺通ったら、顔出してね」
 陽一と陽二が声を揃えて言った。
「うーん、自警団に誘おうと思ったんだが、やっぱり無理だよな」
「賞金稼ぎでやっていけなくなったら考えとくよ」
「それには俺達も相当気合い入れて取り締まらないといけないな」
 苦笑する光介。
 そして、泰造はこの村を去って行った。相変わらず落ち込んだままの沙希を連れて。

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