賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第九話 孤独

 追われる者の事情など、追う者は知らないものだ。


 あのあとの龍哉の足取りは掴めていない。
 しかし、逃げる方向は二つしかない。ワッティとターキア。どちらに逃げたのかまでは分からないが、この二つのどちらかに向かったのは間違いない。
 どちらに向かうべきか泰造たちはさんざん迷ったが、結局沙希のこの一言で決断することになる。
「ワッティには行ったことないから、行ってみたいかも」

 驢駆鳥の背に再び揺られることになった。
 ワッティ方面には農業地帯が広がっている。前線地帯を離れると途端に静かになる。戦争がすぐ近くで行われているというのがまるで嘘のようだ。人工的に作られた、規則的な模様を描く単調な緑の平原がどこまでも続いている。
「きゃあっ」
 最後尾にいた沙希が突然悲鳴を上げた。
「なんだ、どうした」
 泰造が振り替えると、沙希は驢駆鳥から落ちて倒れていた。
「居眠りしちゃった」
 起き上がりながらばつ悪げに言う沙希に泰造は呆れた。
「前の方だったら踏まれてるぞ」
「だってぇ。泰造は眠くならないの?」
「退屈だけどさ、眠くはならねーなぁ」
「あたしは眠くて眠くて……。どこかで休憩しよーよ」
 いいながらいまにも寝こけそうな沙希。
「でも、この辺はずーっと畑だし、休めるようなところなんてないよ」
 と陽一。
「しょーがねー。驢駆鳥の上で寝てろ。落ちないように縛りつけといてやるから」
「えーっ。やだぁ、荷物みたいじゃない」
 いやがる沙希。しかし、結局はその通りになってしまうのだった。
 驢駆鳥の背中は寝心地がいいのか、縛る前に寝入る沙希。
「こうなると本当にただの荷物だな」
 起きている時ならまず言えないようなことを言う泰造。まるっきり荷物を縛りつける手つきで沙希を驢駆鳥に固定する。
「なんか緊張するね、女の子を縛るなんて」
 手伝っていた陽二がぼそっと言った。
「なーに言ってんだよ」
 陽一が変な目で陽二を見た。
「うわぁ。何だよその目はっ。泰造さんだって緊張するよね」
 泰造に救いを求める陽二。
「いや、別に。俺は慣れてるし」
「ええっ!?泰造さんそんな趣味が!?」
 陽二は何か勘違いをしているようだが。
「趣味じゃねーって。賞金首捕まえたらまず逃げねーように縛り上げるだろ」
「ああ、そーいうこと……」
 などというやりとりのうちに、荷作りも無事に終わり、再び進み出す泰造たち一行。沙希には一応毛布をかけてあるが、そのおかげでますますもって荷物にしか見えない。
「なぁ、あとどのくらいでワッティにつくんだ?」
 やはり果てしなく続く農村風景にすっかり退屈になった泰造が気だるそうに陽一に聞いた。
「そうだなぁ。あと七十五サイトっていったところかな」
「それまでずーっとこんな感じなのか?」
「そうだね。この辺は大陸北部でも有数の農村地帯だから」
「眠くなる気持ちも分かるよな……。畑ばっかりってのもつまんねー景色だ」
 泰造は言葉どおりつまらなそうな顔をした。
「あっ。でも誰かいるよ」
 陽二が人を見つけたようだ。
「おっ、もしかすると野菜か何か分けてもらえたりするかも」
 せこい泰造。
 しかし近づいてみると。
「あーっ、てめぇは!人の畑で何やってやがる!」
 いたのは龍哉の子分の一人だった。
「ああっ、賞金稼ぎ!やべぇ」
 慌てて駆け出す子分。すると、周りの畑からも野菜を両腕に抱えた龍哉ほか一同が芋づる式に飛びだしてきて、同様に逃げていった。
「せけぇ……。なんかああいうの見てると追いかけてるのが馬鹿馬鹿しくなってくるよな……」
 そう言う泰造も、手では龍哉たちの落とした野菜をせっせと拾い集めている。
 それを見ていた陽一と陽二には言いたくても言えない一言があったに違いない。

 戦争中というだけあって、ワッティに入るためには厳しいチェックを受ける必要があった。
 関が設けられていて、そこで、さまざまな質問を受けた。泰造たちにはギャミの自警団の陽一と陽二がいるのでチェックが甘くなる。
 それでも、一応荷物はチェックされる。
 当然、荷物同然に縛りつけられている沙希も荷物に混じって調べられることになる。
「し、死体か!?」
「ふぇ?」
 役人の声で目が覚める沙希。
「な、なんだ。生きてるのか……」
「ついたの?」
「ワッティにはな」
「じゃ、起きる」
 そう言い沙希は身じろぎする。
「なにこれ。動けないよ」
「言っただろ、縛っとくって」
「ひどーい。じゃ、やっぱ寝てる」
 結局沙希はまた寝てしまった。
「とにかく、四人、だな」
 役人は何事もなかったように仕事を進める。
「あ、そういえばここを若い男ばっかりのむさくるしい集団通りませんでした?」
 陽一が役人に龍哉が通ったかどうか訊いた。
「ああ。あの野菜売りのか?若いのにあんな儲からない仕事で大変だねぇ」
 通ったようだ。
「なぁ、ここのチェックって割と甘いんじゃないか?」
 呆れて泰造がぼそっという。
「えっ、どうして」
「そいつら、賞金首だぜ。手配番号二十二号」
「ええっ」
 今さら慌てても遅い。
「とりあえずここは武器を持ち込んだりとかそういう連中をチェックしてるからぁ、あんまりそういうのまでは。うん」
 言い訳を始める役人たち。
 泰造たちは付き合ってもいられないのでとっとと街に入ることにした。

 街の中で手ごろな宿を見つける頃には、日もすっかり傾いていた。
「静かでいいな、寝てると」
 そう言いながら、沙希を縛っている縄をほどく泰造。
「おい、起きろ。落ちるぞ」
「うーん……徹夜明けなんだから寝かせてよぉ」
「寝ぼけて変なこと言ってやがる。おーきーろー!」
 泰造は沙希の耳元で怒鳴った。沙希はそれでようやく目を覚ました。
「さんざん寝といて徹夜明けはねーだろうが」
「ふぇ?そんなこと言った?」
「いいから。縄ほどくから落ちないようにしっかり掴まってろ」
 縄をほどかれて、沙希が驢駆鳥からおりた。
「背中、ふわふわで寝心地よかったぁ」
 沙希はそう言いながら大きく伸びをする。
「ったく、のんきな奴だな。沙希が寝てる間に二十二号に出っくわしたんだぞ」
「えっ、本当?」
「畑荒らしてたよ」
「なんか、野菜売りだっていってこの街に入ったみたい」
「じゃ、こっちの道を選んだのは正解だったじゃない。あたしの勘は当たったわけね」
「なんの勘だよ。行ったことないから行ってみたいって言っただけじゃねーか」
「全てはあたしの鋭い勘の成せる業なの」
「そーいうことにしといてやる……。ほら、起きるとうるさいよな」
 泰造がぼそっと呟いた。沙希は気付かないようだ。泰造がさらに呟く。
「鈍いよな……」

 夜も更け、明日に向けて泰造たちは深い眠りについていた。
 そして。
「うう、眠れないよぅ」
 沙希はふとんの中で眠れずにいた。
 昼間あれだけ眠ったのだから仕方ないことだ。
 いくらふとんの中で目をつぶっても、全然眠れそうにない。こうなると、隣の泰造の高いびきが耳障りで仕方ない。
 仕方なく、沙希は起き上がった。窓を明け、外を眺めた。空には満月が光っている。静かな夜だった。
 冷たい夜風が入ってきた。泰造たちを起こしてはいけないと、はっとなった沙希は窓を閉めた。
 そして、物音を立てないようにそっと部屋を出た。
 夜の街は、月のほのかな明かりに照らしあげられ、どこか幻想的な姿だった。
 人々は深い眠りの中にいる。街は静けさに包まれていた。まるで、廃墟を一人彷徨っているような感じだった。
 あてもなく歩きだすと、いつの間にか海に出ていた。波の音が誘ったのか。月明かりに煌めく海。輝く波頭が水平線を境に満点の星空に移ろっていく。
 その輝きの中に細いシルエットが見えた。
 その人影は、何もいわず、身動きするでもなく、ただじっと水平線を見つめていた。まるでそこに置かれた彫像のようであった。
 沙希も何もいわず、その人影をただじっと見つめた。
 不意に、その人影がふり返るでもなく声を発した。
「誰だ」
 若い男の声だった。
「え、えっと」
 沙希は言葉に詰まった。
 人影が近寄ってきた。朧げな月明かりでもその顔がはっきりとわかるくらいになった。整った顔をしていた。月の青白い光のためにか人ではないような……精霊かとも思える。思わず沙希は息を呑んだ。
「俺に何か用か」
「えっ、いや……。あの、ね、眠れなくて、それでふらふらと出てきたら、その」
 しどろもどろになる沙希。
「……そうか」
 興味を失ったように海のほうに向き直る人影。ふり返る瞬間、その瞳の中に淋しげな光を見たような気がした。
「……あなたは何をしているの?」
 沙希は思わず声をかけた。
「海を見ている」
 それだけ言うと、また黙り込んでしまった。
 波の音が幾度か繰り返された。
「ねぇ。こんなところにいて、寂しくないの?」
 少なくとも沙希にはとても寂しそうに見えた。その瞳も、その後ろ姿も。
「俺は……人が怖いのかもしれない」
 波の音が幾度か繰り返された。
「あたしのこともそう思う?」
 そう問いかけてみた。人影がふり返った。視線が交差する。
 あの、淋しそうな瞳。冷たい、感情を抑えた視線だった。
 一瞬だけ、その瞳の奥に優しい光が見えたような気がした。
「今はそう思わない」
「隣、いいかな」
 答えを待たずに沙希はその人影の隣に腰をおろした。近づいてみると彼はまだ少年といえる年頃だった。背が沙希より少し高いくらい。年下なのかもしれない。
 少年も、腰をおろした。
「俺は……君の目にはどう映っている?」
 波の音が幾度か繰り返された。
「淋しそう」
 波の音が幾度か繰り返された。
「そうか……」
 再び、沈黙が訪れた。
「独りなの?」
「そうだ。ずっと独りだった」
「故郷は?」
「知らない。過去は……捨てたつもりだ。捨て切れてないけどな」
「そう……」
 少年が心を閉ざしているのが感じられた。別にそれでもよかった。
「名前、訊いていい?」
 波の音が幾度か繰り返された。少年が沙希の目を見つめてきた。
「俺は……隆臣。隆臣だ」
 聞き覚えのある名前だった。確か、手配番号四十七号。
「あたしは沙希」
「俺には賞金がかかっている。……知っているだろう」
 波の音が幾度か繰り返された。沙希は何も言わなかった。
「俺の名前を聞いたとき、そんな顔をした」
「うん。知ってる」
「逃げないのか?捕まえようとは思わないのか」
「今は。逃げる必要なんてないし、捕まえる必要もない。そう思う」
 また目が合った。淋しげな光がやわらいでいて、さっき少しだけ見えた優しい光がまた見えたような気がした。
「怖いのか」
「怖くないよ」
 沙希はその瞳を見つめた。怖くない。
「変なこと、訊いていい?あなたのこと、手配書には捕まえようとすると狂暴化するって書いてあった。それ、本当のあなたなの?」
 一瞬、質問の意味が分からない、と言うような顔をした。すぐに元に戻った。
「そう。あれは俺だ」
「今のあなたを見ているとそういうことする人には思えないな」
「今は……な。俺は、自分が生きるためなら何でもする。俺に刃向かう奴は八つ裂きにしてやる。必要ならば、人のものでも奪い取ってやる」
「……どうして?」
「生きたい。理由はそれだけだ」
 波の音が幾度か繰り返された。
「たとえ、世界に俺一人になっても生き延びてみせる」
「本当に、そう思うの?それって、とても淋しいと思う。あたしも一人だった頃があるから一人っきりの時の淋しさ、知ってるよ。あんな思いはしたくない。誰でもいいから近くにいてほしい……」
 そうか、だから狩人じゃなくて賞金稼ぎを選んだんだ。獣じゃなくて、人を追いかける仕事。人を探し求める仕事。沙希は初めて、自分の心を知った。
 淋しいのが、いやだったんだ。
「俺は……」
 隆臣が何か言いかけてやめた。
「なに?」
「俺もそう思ってた頃があった。すがれる奴にはすがって生きてきた。でも、どいつも、みんな死んだ。俺のせいだ。だから……俺は人に関るのをやめた。人に頼らずに生きられるように、俺は強くなった」
「弱いよ」
 隆臣が黙り込んだ。
「心はまだ弱いまんまだよ、きっと。だって……逃げてるだけだもの」
「分かってる。……そうだ、俺はそれに気づいてる」
 隆臣は近くに落ちていた石を拾い、海に投げた。石によって起こされた小さな波は海の波に紛れてすぐに分からなくなった。
「俺にはもう、逃げる場所もないみたいだ。もう逃げることもない」
「捨てばちになってる?そんなの、強さなんかじゃないよ」
 溜め息をついて、隆臣がぼそぼそと言う。
「どうすれば強くなれるんだ?」
「あたしのお父さん、狩人なんだけどさ、……強かったよ。大けがしてもさ、『俺が今までに死んだことがあるか』とか言ってさ。結局また元気になって。そのお父さんが言ってたんだ、『俺はお前たちがいるから強くなれたんだ』って。守るべき家族ができたから、強くなれたんだって」
「俺には父親も母親もいない。顔も名前も知らないんだ。生きているかどうかもな。……俺を守ってくれたのは誰もいない。だから、知らないんだ。そういうの」
 沙希は何も言い返さない。言葉が見つからない。
「俺に守れるものなんてあるのか?」
「あるよ、きっと」
「……伽耶……」
「え?」
「いや、何でもない。君は……自分で強いと思えるのか?」
「ううん。でも、あたしはいいの。守ってもらえば。それで生きていけるならさ、楽だし」
「迷惑じゃないのなら、俺に守らせてくれないか。本当に人を守れるのか、確かめてみたい」
 いきなりとんでもないことを言いだす隆臣。平たく言えば、口説かれてるのだ。
「えっとね」
 雰囲気的に断りにくい状況である。
 そのとき、遠くから人の声が聞こえてきた。一人ではない。何人もいる。
「……誰だ?」
 隆臣が立ち上がり、声のほうに歩きだした。とりあえずほっとする沙希。声はだんだん近づいてきた。
「釣れるんすかー、こんな真夜中にぃ」
「朝釣れなくて昼間釣れなくて夕方も釣れないんだ。夜しかないだろ」
「でも、いつか釣り堀に行ったときもボウズだったじゃないっすか」
 聞きなれた声だった。
「バカヤロ、ああいう釣り堀の魚はな、釣れねーように訓練されてんだよ」
「ほんとうっすか?」
 龍哉とその子分たちが夜釣りに来たようだ。話を聞いていると、まるで釣れていないのがありありと分かる。下手の横好きという奴だ。
「またお前らか」
 隆臣が龍哉の前に立ちはだかった。
「あ、こ、これはどうも」
「お前らは俺の邪魔しかしねーな」
「えっ」
 龍哉が沙希のほうに目を向けた。沙希は髪をほどいているので沙希だとは気付かないようだ。
「あっ、こりゃ、お楽しみでしたか」
 龍哉が変なことを言い出したので沙希の顔が熱くなった。
「何がお楽しみよ。なんか勘違いしてるんじゃないの?」
 声を聞いてようやく誰なのかが分かったようだ。
「ああっ。賞金稼ぎっ。知り合いだったのか?」
「知り合いってわけじゃないけどぉ。ちょっとお話してただけだよぉ」
「あのごついにーちゃんには愛想つかしたのか?」
「そういうわけじゃないってば」
「こいつらと知り合いなのか?」
 隆臣が龍哉と沙希のやりとりに割り込んできた。
「こいつら、あたしたちが追いかけてる賞金首なの」
「……そうは見えねーなぁ……」
「あっ、ひどいっすよ、それ」
 その時だった。
「うるさいっ!こんな真夜中になに騒いでんだあっ!」
 近所のカミナリオヤジの怒声に、騒がしい集団は四散した。

「ったく、今日もかよ……」
 出発の身仕度をびしっと整えた泰造がぼそっと呟く。
 そんな泰造の足元では、沙希がふとんを頭までかぶって寝こけていた。
「おい、起きろ。起きねーと置いてくぞ」
 いいながら、沙希のわき腹を足先で押す。
「やーんエッチ……」
「なに言ってやがる」
 泰造は沙希の腕を掴み、むりやり立たせた。
「眠いよぅ」
 沙希はまだ寝ぼけ眼だ。
「いつまで起きてたんだよ」
「ついさっき」
「もっと早く寝ろよ」
「眠れないんだもん」
「昼間寝てるからだろ。今日は昼間起きてろよ。そうすりゃ夜はすぐ眠れるだろ……とっとと着替えて出てこいよ。遅れると飯食いはぐるぞ」
 泰造はそう言い残して部屋を出た。
 沙希は慌てて着替えだした。食事抜きがよほど嫌らしい。
「あーん、待ってよー」
 返事はない。
「あーっ、行っちゃったぁ。信じらんない!」
 ようやく着替えおわった沙希が部屋から飛びだした。

 後ろから息を切らせながら沙希が走ってきた。
「おせーよ」
「だってぇ。何も出かける直前に起こさなくてもいいじゃないの」
「三回くらい声はかけたけどさ、何の反応もなかったぞ。寝息は聞こえたから死んだとは思わなかったけどよ」
「うそぉ。全然気付かなかったぁ」
「おめーが鈍いんだよ」
 そんな泰造と沙希のやりとりを陽二がにやにやしながら眺めている。
「あっ、そうだ。夜、手配犯の隆臣って人に会ったよ」
「何っ。あの宿に来たのか!?」
 泰造の表情が険しくなる。
「ううん。あたし眠れなくてさ、ちょっと散歩してきたんだけど、その時」
「何もされなかったか?」
「口説かれそうにはなったけど」
「何だそりゃ」
 拍子抜けする泰造。
 沙希は泰造に夕べ隆臣とあって話をしたことを言った。
「隆臣って、そんなに悪い人じゃないよ。だって……」
「あんまし変なこと言うなよ。そういうこと言われるといざ出っくわしたときに変な感情で本気が出せなくなったりするんだぞ。相手は悪党だ、それでいいんだよ」
 苛立たしげに泰造が愚痴る。
「……あっ、そうそう。その時龍哉にも会った」
「捕まえりゃいいのに」
「丸腰だったんだもん」
 と、龍哉のことが話題に出たその時だった。
 道行く人々の中に不審な動きをする一団があった。突然、方向を変えて逃げ出したのだ。
「……あれってもしかして」
 逃げる姿でなんとなく龍哉だと分かる。突然逃げ出さなければ気付かなかっただろう。間が悪いことこの上ない。
「噂をすれば影って奴か。くっそー、今からじゃまず間にあわねーな……」
 龍哉たちとおぼしき一団はすでに見えなくなっている。
「あのまま行くとギャミだよ」
 陽一が龍哉たちの消えた方向を指差しながら言った。
「あいつらもわかりやすい奴らだからなぁ。多分ギャミに行きゃ出っくわすぞ」
 泰造たちは、龍哉の一味を放っておくことにした。

 食事も食料の準備も整え、出発することになった。
 入るときのチェックも厳しかったが、出るときも同様の厳しいチェックがある。
 泰造は役人に龍哉が通ったかどうか尋ねてみることにした。
「ここを若い軽薄そうな男ばかりのむさくるしい集団が通らなかったか?」
「あー、さっき通ったよ。こんな時勢だからね。街から出入りする人もあんまりいないからよく憶えてるよ」
 龍哉たちはここを通ったようだ。またしても泰造たちに向かう先に先回りしてしまう。
「あの人たちも大変だねぇ。一流の漁師になるために平和な国に行って腕を磨くんだとか。確かに戦争真っ只中だからね、のんびり船も出していられないから」
「のんきなこと言ってんなぁ。そいつら、賞金首だぜ。手配番号二十二号」
「ええっ」
 入ってきたときと同じようなやりとりがある。
「ヤバいなぁ。入り口で止められるはずだから出るほうはたいしたことないと高をくくってたんだけど」
 悔しがる役人。ここの出入りのチェックはかなりいいかげんのようだ。
「それにしても、なんで漁師なんだろう」
「夜釣りで釣れなかったから根に持ってんじゃないの?」
 不思議そうな顔をする陽一に夕べのことに思い当たる沙希が答えた。
「ふーん。なるほどね」
「どーだっていいから、早く行こうぜ。今日は歩いてギャミまで行くからな」
 泰造が割り込む。
「えーっ!?なんでぇ?驢駆鳥のってこーよ、驢駆鳥ー!」
 間髪を入れずだだをこねる沙希。
「驢駆鳥乗ると寝るだろ」
「寝ないもん」
「とにかく、路銀もそろそろなくなってきたし、賞金首捕まえるまでは節約モードだ」
「ううっ……」
 節約と言われて固まる沙希。
「これって、とばっちり?」
「だよね……」
 そのやりとりを傍で見ながら陽一と陽二が人知れずぼやくのであった。

 広大な平原の果てに、深い森があった。
 見晴らしのよい平原から一転し、日の光もさしこまない鬱蒼とした薄暗い道。森の中は四方から鳥や獣、虫の声が聞こえてくる。
 ターキアの不気味な静寂に包まれた森とは違い、生命の息吹に満ちあふれている。
「なぁ、この森は軍隊が潜んでて襲ってくるってことはないのか?」
 いくら前線から離れているといっても不安な泰造。
「こっちまで来ると兵隊はいないよ。もともとワッティは兵力があまりないからね」
「月読様のサポートがなければここまで戦えないよ」
 確かにターキアの森のあった緊張感がここにはない。
「しかし、同じ戦争中の土地なのに、全然雰囲気が違うんだな」
「ターキアのときは戦地に突っ込んだけど、こっちじゃ戦地をさけて歩いてるからね」
「ただ、戦争中には変わりないから何があるかは分からないよ」
 陽二が不安をあおるようなことを言いだす。
「ねー、泰造。あたし眠い〜」
 さっきから言葉少なだった沙希が口を開いた。眠かったから静かだったようだ。
「緊張感のない奴だな」
「この森を抜けるとギャミはもうすぐだよ」
 あいかわらずデータを素早く出してくる陽一。
「もうすぐらしいから、ギャミまで寝るな。ギャミについたら寝ていいから」
「うん。わかった」
 どうにか歩いてついてくる沙希。しかし、いつ倒れて眠り込むか分からない状態だ。
「だめだこりゃ」
 ぼそっと呟く泰造。
「いくら前線から離れてるったって気が抜けすぎだよな」
「だってー」
「ギャミまでどのくらいあるんだ?」
「十サイト位かな」
 もう目と鼻の先くらいにまできているようだ。しかし、視界が遮られた森の中からはそれがまるで感じられない。
 ぶちぶちと文句をいいながら歩く沙希をなだめながら少し歩くと、だんだんあたりが明るくなってきた。森がまばらになったのだ。森ももうじき終わる。
「ギャミが見えてきたよ」
 陽一は木々のすき間を指差した。そこからは、家の屋根のようなものが見えていた。本当にギャミはすぐそこにあったのだ。

 当然だが、ギャミの街は前に訪れたときと何ら変わった様子はなかった。
 にぎやかで、活気に満ちあふれた街。
 真っ先に宿に行って寝ると言う沙希と別れ、泰造と陽一陽二は自警団のオフィスに向かった。
 自警団のオフィスでは事務職の人々が、慌ただしく走り回っていた。
「おー、走り回ってんなー。そんなに忙しいのかよ」
 その忙しさとは全く無縁ののんきな顔で泰造が言う。
「それにしても、これは何かあったみたいだね」
 陽一の言葉に陽二も頷いた。
「俺、何があったかちょっと訊いてみるよ」
 陽二が慌ただしく走り回っている事務員の一人を捕まえて話を聞こうとした。
「すまん。俺は手が離せないんだ。誰か別の奴に」
 逃げられてしまう陽二。
「おや、戻ってきてたのか」
 いきなり後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ。光介さん」
 陽一がふり返りながら言った。そこにいたのは自警団長の光介だった。
「何があったんです、これは」
 陽二の言葉に光介が口を開いた。
「とにかくいいところに帰ってきたな。実はな、そこのナリットの村が正体不明の怪物に襲われているらしい」
「えっ」
「正体不明の怪物って!?」
 驚く陽一と陽二。
「よくは分からないんだが、人間に取りついてその人間を操っちまう怪物らしいんだな。それに操られている人間は信じられないほどに能力が上昇するらしい」
「それって……」
「ああ。あいつだな」
 モーリアで現れた黄泉の魑魅魍魎。
 奴が今、ナリットにいる。

Prev Page top Next
Title KIEF top