マジカル冒険譚・マジカルアイル

43.女子会のぞき見

 クレイとラルフロイがちょっとヤバげな話をしていた頃、女子会の方では元の体に戻れる可能性が出てきたカタリナの身の上話から始まり、そこから今や小さな女の子悪魔になり果てた元天使の生前であるおっさん時代に関する情報、エリアたちの島の話などを経ていつの間にか女子会に混ざっていたソーニャの身の上話が聞き出される流れになっていた。ソーニャはあまり自分のことを話してこなかったが、別段話したくないと言うほどの過去は持っていない。単に過去より今の方が楽しくて好きなので今の話ばかりしているだけだ。
 ソーニャがもともと聖女だったことは既によく知られている。カタリナは田舎娘だったがソーニャは町娘だった。不良とまではいかずとも、町に多々ある享楽的な誘惑には負けてしまいがちな少女だった。そのまま大人になり普通の人生を歩むかと思われたが、学校にやってきた教会の司祭たちにより聖女としての才能を見出されたことで人生は大きく変わる。とは言え当時のソーニャは探さなくても働き口の方がやってきた程度にしか思っていなかった。世話好きなところもあるので人々を救済して回る役目だと言われて興味も湧いたのだ。
 そして聖女としての日々が始まった。規律を重んじ節制を求められる生活。敢えて一言で片付けてしまうなら「だるっ」ってなもんである。しかしまあ、教会なのだから想定の範囲内ではあった。今までが遊び過ぎだったのでちょうどいいと思って我慢した。
 ちょっと意外だったのはここにいる間は清らかな乙女であることを求められるかと思ってたがその予想に反して次々と「俺の女になれ」的なことを神父や司祭たちに言われたことである。
 僧侶はもっと高潔だと思っていたソーニャは面食らったが、やがてその理由が見えてきた。アウズは聖者の発掘やその保護・継承に力を入れているが、その継承というのが平たくいえば子孫を残すこと。聖者の資質は遺伝する。子を成せばその子も聖者になるのだ。聖職者は姦淫を禁止されてはいるが、聖女に子を授ける行為はむしろ推奨される。堂々と手出しできるばかりかそれでできた子供が聖者になれば聖職者として箔までつくのである。
 ソーニャを口説くにも「君の地位も上がる」だのとメリットをちらつかせる者、「君を愛している」だのと表面的には真摯な態度を取り繕う者が大半だったが、愛情よりも出世欲、あるいはシンプルな性欲。そんな理由で近寄ってくる男に心が動くことなどない。女の力で地位の向上を目指さねばならない時点でそんな男に地位があるわけでもなく、抱かれてやるメリットは薄い。
 そうしてのらりくらりと言い寄る男をかわしているうちに、更に嫌な現実を知ることになった。実際には地位を手にするのも愛されるのも聖者として産まれた子供だけ。血脈に歴史がある聖者から見れば野に潜み見いだされた聖者など死ぬまで下っ端なのだ。
 そもそも、優秀な聖者を生み出したいなら聖者同士を掛け合わせるのが最適解のはずだ。しかしそんなことをされたら聖者でない聖職者たちにとっての成り上がりの道具がなくなってしまう。男のいわゆる野良聖者は誰かの娘聖者と縁組みされない限り生涯独身。それも、地位ある聖職者を親に持つ男児が先に縁組みされ、娶れる相手はよほどの事情を抱える残り物だろうがそれでも幸運な方である。その程度の幸運からあぶれても、聖者としての役目に忙殺されて何の疑問も抱かずに死んでいくのが救いだろう。教会の本来の目的である聖者の継承さえも聖職者たちの欲望のために最適な形で果たされない状況が生まれているのだった。
 そして野良聖女はもっと酷い。権力のための子を産ませるために囲われることになる。聖職者は婚姻できないので夫婦にはならない。十分な人数の子を産んだら順番待ちしている他の男の元に行くことになる。保護と継承を掲げているのがたちの悪い冗談にしか思えない有様だった。
 聖者の血を遺すための行為は認められるというのは教会内だけの秘密であり、ソーニャもずっとそうだと思っていたように対外的には聖職者は純潔であるということになっている。よってひとたび囲われた聖女は市井の人々の前に出て聖女としての活動をすることもできなくなる。人前に出れば余計なことを言うこともあるからだ。身ごもった姿を見られるなどもってのほか。人前に出ることの無くなった女などどう扱っても誰にも分からない。悲惨な未来が待っていることも少なくない。そして聖者として見出された者の末路がそんなものであると知られれば、誰が聖者になどなるものか。
 もちろん聖職者たちもそのような下衆ばかりでもなく、聖女たちにも人並みの幸せが待っている可能性はある。だが、ソーニャに声をかけていたのは嫌らしい表情から察せられるように、これまで他の人のお下がりばかり抱いてきたのでそろそろ乙女を孕ませたいとぎらついてる生殖者共であった。ソーニャの遊んでそうな見た目と欲深さで簡単に引っかかると思ったのだろうが、むしろ遊んでいたからこそ男を見る目も養われていて簡単には騙されないし、金や地位より顔や性格で男も選びたかったのである。
 しかし、そんな自由は発掘された平民上がりの聖女にあるはずがなかったのだ。ひとたび口説かれた時点で、対外的には無いことになっているこうした行為の存在を口外するリスクを排除すべく、外での救済活動は禁止させられる。その次からは少し脅しも混ぜて関係を迫られ、それも蹴れば後は無理矢理犯されることになり、そんな気は毛頭なく口先だけで幸せにすると嘯く下衆に騙された方が本当に幸せだったと後悔することになる。
 ソーニャへの説得もそんな脅しの段階に入ることになり、アテルシアの修道院に閉じこめられることになった。合わなかったらやめればいいなどというそんな自由は聖女にはない。
 今までにソーニャが関わったこともないアテルシアに連れて来られたのには理由があった。本来アウズ聖教は聖者達の奇跡の力を見せて信者を獲得する。だがこの大陸ではすでに聖者によく似た魔法使いというものが時折出現していた。特にアテルシアでは魔法使いが恐れられ、忌み嫌われていた。聖者も魔法使いも呼び方が違うだけでほぼ同じだ。聖者の力を見せてもむしろ警戒されそうだった。おのずとアウズ教会のこの大陸での狙いは信者獲得よりも聖者の発掘になる。
 アテルシアで見つかった聖者は特に扱いが悪かった。この国で忌み嫌われる魔法使いとほぼ同じ存在なのだから、その時点で嫌われ者だ。他の大陸に連れて行かれて聖者として働かされる男はまだよい。女は浄化と称して犯されることも珍しくない。
 ソーニャは押し込まれたアテルシアの修道院ですでに悲惨な末路を辿った聖女からそんな話を聞き、脱走せねばと決意したのだった。しかし、その決意は無意味なものとなる。
 その頃、アテルシア国内では聖者発掘の為に政府とアウズ教会が提携しようとしており、アテルシアで暴れていたグレックはその動きを察した。それまでグレックはアウズ聖教については存在を知っている程度でしかなくよく分からない相手ではあったが、アウズ教会にもとりあえず嫌がらせをしておくことにしたのだ。
 修道院を襲撃したグレックに大部分の者が恐れ逃げ惑う中、ソーニャは助けを求めた。妙な化け物をけしかけ混乱を振りまいてはいるが、怖がらせるだけで怪我人すら出ていない状況に、欲ボケ僧侶よりまともな連中だと踏んだのだ。さらにその時声をかけたのは見てくれは邪悪だが中身はお人好しのチックホーン。親切にグレックに取り次いでくれ、グレックとしてもよく分からないアウズの情報源くらいにはなるかとよく分からないままにソーニャを攫っていった。結果から言えばソーニャも情報源としては自分の身の回りまでしか知らなかったが、グレックがアウズ教会に興味を持つには十分だった。何せ、明らかに聖者とは名前を変えただけの魔法使い。グレックにだって無関係ではない。
 グレックはアウズ聖教を探り始め、ソーニャは魔法研究所――という名目のグレック一派のダベり場に入った。その後は穏やかに時は流れ、今に至る。
「チックホーンなんかはその頃からいた、私から見れば先輩に当たる人よね」
 態度的には逆の立場に見えるが、そこに触れるのは野暮だろう。
「あと、スケさんとかもそうよね。見るからに化け物ばかりで最初は怖かったけど、教会ほどクソ野郎はいなかったわ」
 スケさんという人についてエリアは知らないが、とにかく善人面した屑よりは気のいい怪物の方が一緒にいて楽しかったと言う話だ。
 もちろんアウズ教会にだっていい人はいる。ソーニャもそんな一人だったように下っ端は敬虔な宗教家が多く、人の幸福を願い活動していた。ソーニャとしてはそんな真面目な人たちや彼らに救われる民を害することは望んでいない。できればアウズの腐敗を正したい。しかしそんな大それたことが成し遂げられるとは思えないので、手っ取り早くちょうどよく祭り上げられた教団に罪なき教会の下っ端を改宗させて引き込んでいこうと思っている。名目が悪魔教団というのがいろいろどうかと思うが。
「ラルフロイもそんなこと言ってたなあ……。当面の目標がそれになっちゃいそう」
 溜め息をつくエリアだが、エリアだって下衆野郎の魔の手から女の子たちを守るのは吝かではないのだ。

 しかし、何をするにしても教会上層部のことはよく分かっていない。元聖女のソーニャやカタリナだって下っ端でしかなかったので他の大陸にある大教会の仲間では把握できていない。聖地にある大教会に教皇がいるとか、そんな基本的なことくらいだ。多分、グレックの方がそれなりに調べたりしていて詳しいのではないだろうか。
「この大陸での活動は国ごとに置かれた中央教会が統括してるわ。でも教会の組織そのものから見れば中央教会なんて末端に近いのよね」
 この大陸ではアウズの布教はあまり進んでいない。そのため教会内での扱いとしてはこの大陸全体で大国一つ分に近く、アテルシアやセドキアのような一国で大国の州程度の扱いになっている。なのでエウロポリアなどでは国を分割した範囲の教区を統括する中央教会が国ごとに設置されている。一方でこの大陸全体をまとめるような大きな教会はなく、あくまで国単位が最大のまとまりになっている。そのためエウロポリア大陸の各教区にある中央教会よりは扱いは上位に当たるという。
「セドキアのアウズ教会は結構まともよ。まあおやっさんのお膝元で目立つことはできないしねえ。もともと活動規模もおとなしかったし、地道に布教してた感じ」
 島からアテルシアに流れ着いた歴代の魔法使いたちは弾圧を逃れ国外に出て近隣諸国に定着している。その子孫を聖者として発掘するのが教会の大きな目的の一つだが、セドキアはアテルシアから遠いのでそのような特殊な聖者はあまりいないのだ。よって大規模に活動するメリットは薄い。そして、魔法使いが悪さをすることもあまりないので聖者も警戒されたりせず、エウロポリアと大差なく布教活動が行えた。
 立地的にエウロポリアからの距離が近いので足がかりとして教会が造られたが、アテルシア方面への通り道のようなもので力もそんなに入っていない。任される司教としてもうま味はないので無欲で真面目な司教が粛々と纏め上げていた。例えばカーパイノスなども信仰心は高くて真っ直ぐだ。信仰の進行方向をあらぬ方に捻じ曲げられてからもそこからド真っ直ぐに凄い勢いで突き進んでいる。まあ、あれはあれで変な例だから気にしてはいけない。
 そういうことならばまともなこの辺りの教会は放っておいていい。アテルシア近隣にある教会の方が狙い目なのだが……そちらは当然、すでにラルフロイが狙いを付けている。ラルフロイと協力することになるか、あるいは奪い合うか……そもそもラルフロイとは絡みたくないのだからどっちもイヤだ。
「じゃあさ。エウロポリアに行ってみたら?高速船を使えばプルタリアにはのんびりでも多分半月ほどで着くわよ。まあ、港までの陸路が決して近くはないけど」
「ええっ。こんなに遠いのに?途中も大陸があって遠回りもしなきゃなのに?」
 エリアは世界地図を見ながら言う。
「……ああー。そっか、知らないのかぁ……。あのね」
 ソーニャは地図の右と左を指さす。
「地図のね、こっちとこっちは繋がってんのよ。だからこう行けるワケ」
 北方のペレストロ帝国の南岸をたどった後、ループしてプルタリアの近くに出た。
「ええー……」
 それなら確かに近かった。エウロポリアも地図ではやたら遠く見える割にやたらと名前が出るわけである。
「もっと言っておくと、世界は筒型じゃなくて球なの。地図の上と下はつながってなくて、地図のこの辺をずっと歩くとこういう感じ」
 ソーニャは地図の下の端を横一直線に指でなぞった後、拳にその指を当てて小さくのの字を書き始めた。
「そのままだと四角い地図にできないからびにょーんって伸びてんの。ま、こんな世界の端っこに行くこともないから気にしなくていいでしょ」
 いわゆるメルカトル図法だ。この辺も色々気になる話ではあったが、確かに今はあまり関係ない。
「このペレストロ帝国っていうのは?」
 北方のスラヴィア大陸を制覇した大国、ペレストロ帝国。かつては絶大な勢力と繁栄をほしいままにしていたが近年は国力が落ちている。領土の拡大中と数百年にわたる戦乱が終わったときは急成長したが、踏み荒らして占領し奪い取るだけ奪い取られたかつて他国だった土地は荒廃したまま。世が乱れないわけがない。そうなってから慌てて対策を行ったもののもう手遅れといってもいい有様であり、対策に金をかけるほど国力が落ちるだけ。これなら領土の拡大など行わずに敵国の民を皆殺しにした方がましだった。
 そんなペレストロ帝国だが、エウロポリアへの航路で寄港することになるだろう東部地域は古くからの領土であり、豊かではないが穏やかであった。住みたいと思える場所でもないが、近付きたくないほどではない。
「そういえば、今まで世界地図ってゆっくり見てないかも。私たちの目指している世界の裏側ってどの辺りになるのかな」
 何も知らないままに世界に飛び出し、その後はゆっくりと周りを見ることも許されないような日々が続き、気がつけばずいぶん遠くまで来た。が、目的地からすれば全然遠いうちに入らないのかも知れない。そんなことを調べる余裕すらなかった。
「島がアテルシア沖よね。この辺だとして、その裏側は……まあネグレシア大陸の砂漠地帯かしら……」
 エリアの問いかけにソーニャはエウロポリアの南にある大陸を指さす。
「結構遠そうですね……」
「結構なんてもんじゃないけどね。何せ世界の裏側よ?」
 エリアだってこの世界が実はとんでもなく広いことは薄々分かってきている。散々歩き回り飛び回り、それでもアテルシアと言う小さな国を出ることが出来なかった。ようやくアテルシアを抜け出し、とても長い旅の末に大陸の反対側に当たるセドキアにやってきたが、この大陸は周りを取り囲む他の大陸と比べれば大陸と呼ぶのも烏滸がましいくらいに小さい。しかもその移動のほとんどを船や汽車など乗り物で行っているので移動距離の実感が湧いていない。なのであくまでも薄々なのだ。
「ここを目指すならクレイちゃんたちが進めてる魔法の船を待った方がいいわね。でも、エウロポリアくらいなら行ってみてもいいかも」
 アテルシア海軍の高速船は確かに技術は高かったがそれでも目新しい所はなく、その気になればセドキアでも似たような船は造れるので研究対象としては無用だったが、性能は申し分なかったので実用に回されていた。現状ではグレックが所有しセドキア国に貸し出している形になっており、グレックが申し出れば優先的に使わせてもらえるだろう。それを使えばそうそう日数をかけずにエウロポリアの西の端、プルタリアに到着する。
 プルタリアは百年ほど前までは近隣の国と覇を競っていたが今はもうそれも落ち着き平穏だ。旅先として悪くはない。
「まあ、行くならまず言葉を覚えなきゃね」
「えっ。言葉が違うんですか、プルタリアって」
「ええ。世界には西方言語と東方言語があって、この辺は東方言語でエウロポリア大陸は西方言語が主に使われているわ」
 他にもスラヴィア大陸の言語を北方言語と呼んだりネグレシア大陸の言語を南方言語と括ることもあるようだが、南方言語は雑多な言語の集まりでそれぞれが全く別な言語になっている。北方言語は原スラヴィア語をベースに大陸東方と西方でそれぞれ東方言語と西方言語に寄っているので、それぞれを分割して東方言語と西方言語に組み込まれることも多い。
 東方言語と西方言語は全く違う言語である。どちらもその中にはいくつもの言語を内包しているが、同じグループに入れられた言語同士は単語が微妙に違うくらいで類似しており、結構お互いに通じたりもする。さすがに大陸の端と反対側くらいなるとほとんど通じなくなるがそれでも雰囲気くらいは伝わったりする。だが東方言語と西方言語は使われている文字すら違うし、文法も違うし単語も近年の交流で伝わった品物がそのまま呼ばれているようなケースでなければそもそもが似ても似つかない。
 故に東西間は交流も難しく、面倒だから武力で制圧してしまえと強攻策から関係が始まったせいで西方と東方は数百年に渡り反目したことも加わって相互理解が全く進んでこなかった。しかし近代以降は主に教会が態度を和らげたことでその点は状況も改善してきている。それで交流する機会が増え、言葉の違いに悩まされる人も増えたのはご愛敬であろう。
「西方言語は特に教会が国際公用語指定しているアルサラーム語を覚えておけば通じるところが多いわ。それにエリアちゃんたちなら特に覚えやすいはずよ。あたしだって聞けば何を言ってるか何となくわかるかもってくらいではあるけど、意志の疎通ができるレベルまでは行ってないわね」
 当面の方針としてはソーニャの提案に従っておくのがいいだろう。あとはどうやって覚えるのかが問題だ。一応カタリナも出身は西方言語圏だしアルサラーム語もある程度は理解できたそうだが、自分で話せると言うことはなかった。さらに天使・悪魔としての会話というのは自分の思考を直接相手に送って、送られた相手が脳内で言語・音声に変換することで構築される幻聴のようなもの。言語の壁などと言うものは端から存在していないし、聞き手の知らない言語を発するのも難しい。一応意味ではなく音として念じれば可能だが、コツが要る。悪魔として会話できるようになってさほど経っていなカタリナではだいぶ特訓が必要になるだろう。

「じゃあまずは教えてくれる人を探さないとですね」
「それは大丈夫だと思うわよ。この間天使と一緒に捕まえた聖職者にそっちの方から来た人が混じってたからその人に教えてもらえると思うし」
 そう言えば、カタリナを連れていた一団には聖職者のグループも含まれていたがその中に片言で喋る人がいたような気がする。高速艇部隊からして騙し討ちからの不意打ちで滅多打ちにしてしまいちょっと気まずいのであまり顔を合わせていない。それにくっついて逃げてきただけで巻き込まれた聖職者たち相手では更に気まずい。なので話しかけにくいがカーパイノス達に順調に洗脳されているのでいずれにせよそのうち向こうからすり寄ってきそうだった。
『聖騎士だった私のメンテナンスのために派遣されてきた祈祷師ですね。ずっとメンテナンスしてきた聖騎士が私のような美女だと知って色々妄想していたみたいですが筒抜けでした』
 カタリナの美しさは多少努力で盛っているので、その上で自分を美女と言っちゃうのはどうなのかと思うが、言わずにおくのが優しさだろう。まあ少しでも思った時点でこれも本人には筒抜けだが。
 聖職者らしくない妄想を看破され軽く罵られた彼だが、それで喜ぶ変態ではなく少しへこんで反省もしたようなのでこれ以上は不問に付しておいたらしい。その辺りのやりとりで、彼は精々普通の男らしく女が好きなだけであり別段下衆なところもなく悪い人ではないと感じたと言う。喜ぶ変態でもない良い人を罵って傷つけるのは普通に躊躇われたので罵るのもやめたわけだ。
 ちなみにカタリナは彼と話し言葉の壁で苦労していると言われたことで、自分自身の言葉に頼らない意志の疎通の絡繰りに気付くことになったそうだ。ぶっちゃけその相談を受けるまで自分が本来言葉の通じないはずの人たちとお喋りしていることにも気付いていなかった。アテルシアだのセドキアだの、あまり聞いたことのないような国名が出てきた時点で気付いてもよかっただろうが、気がついたら天使になっててそのまま悪魔にされて悪魔教団のマスコットになり、その状況で細かいことに気が回らなかったことを責めるのはさすがに酷だ。
 彼は新たに生み出された神聖技術である天使や聖騎士の扱いを習得した上でそれらと共に東方諸国に派遣されてきた祈祷師だった。扱いと言っても聖騎士に祈りを捧げて魔力を回復させる方法と、万が一動かなくなった時には中央協会に連絡をして派遣されてくる祈祷師に任せるようにという事くらいで、後は聖騎士がどんなことができるのかを教えられた程度だ。鎧の中身はなんとなく人間じゃないことに薄々感付いてはいたが、見るなと言われている以上見たらヤバいのは理解しなるべく気にしないように努力していたようだ。
『努力の甲斐なくいつも鎧の中を気にしてましたけどね。所詮は男です、もうエッチって言う感じですか』
「まあ、中身が女だって思ってなんていないでしょ」
『それはそうですね。鎧の中には死人が収まってるんじゃないかと想像してたりしました。失礼しちゃいます、まったく』
 今のカタリナの肉体の状態が不明であり最悪死人であってもおかしくないことを考えると、ジョークのつもりで言っているのなら笑えないジョークであった。
 そんな彼が合流した、ナミリエやちょっとだけエリアもボコボコにした聖職者の一団は、元々東方の教会が正しく教義を伝えているかを監査するために西方から派遣されてきた集団だった。大昔であればアウズの教えを定着させるために土着信仰を邪教として排斥し、それでも改宗しないなら邪教徒として駆逐してきたが今はもうそんな時代ではない。土着の神も神の使いだったとしてアウズの教えに取り込み習合させるようになった。主にその作業は改宗させた地元民に行わせているが、それによりアウズの教えが過度にねじ曲げられたりしていないかを調べるのだ。
 アテルシアは特に、聖者と本質的に同質の魔法使いが嫌われていた土地なのでその辺のすりあわせには苦労していた。協力関係にあった政府とも緊密に話し合っていたという。その一方で布教活動にも励んでいた。
 そんな中、本部からやってきた聖者の集団に聖騎士を与えられた。情勢が不安定になってきた頃だったので頼もしかったが、聖者の集団はそのまま王に近付き、力を貸すといって天使を暴れさせた。
 協力者である王に力を貸して暴徒を鎮圧する。そんな当たり前のことをしただけであったのだが、状況は悪かった。ただたちの悪い暴徒が暴れていたのならともかく、その時は悪政で積もり積もった鬱憤が切っ掛けを得て一気に爆発していた。
 加えて天使の挙動も悪手だった。不満を抱えていただけの一般人を容赦なく攻撃したのも問題だが、特にエネルギー補充のために子供をさらって食らったというのがまずすぎる。そんなのは身内の自分たちが見ても悪魔の所行であった。
 聖騎士も鎧を着せただけで実質天使だったわけだが、王都で暴徒鎮圧のために暴れた天使は中でも『死の天使』と呼ばれる攻撃性の高い設定を施された天使たちだった。それこそ悪人の魂を有効利用した汚れ役である。挙動に元の人間の性格も反映されていたのかも知れない。人を人と思わず自分のためなら他人を食い物にし、弱者を平然と虐げる。腐敗し欲と保身にまみれた上流階級にありがちなそんな性格が。
 聖騎士が祈りの力でエネルギーを補充できるように天使も同じようにエネルギーが補充できるが、死の天使は特にもっと手っ取り早く手近な人間の魂のエネルギーを奪うこともできる。別に奪う相手は誰でも良いのだが、あの時は投石などによる反撃を恐れて上空で戦っており、その上空に引き寄せやすい小柄な子供を狙った。魂も根こそぎ奪うわけではないが、用済みになった肉体を上空から投げ捨てれば生還はできまい。効率と自分のことだけを考えた判断である。
 この場合、全体的な情勢も見ずに目先の利益だけで政府側についた上に挙動を禄に把握してもいない天使の行動を管理も制御もせず天使に丸投げしていた無責任な責任者が悪いのだろうが、まあ暴動が起こっている場所で天使に指示など出してもいられないので仕方はなかった。
 結局早々にラルフロイ達が現れ天使を始末したことでさほど騒ぎが大きくならなかったし、自分は既に他の集団に加わっていたので暢気に構えていたが、それで無関係だとはならずアウズ教自体が悪者扱いされるに至った。まあこれは無関係を気取れると思っていたその認識が甘すぎただけであろう。
『私が聞いた身の上話はこんなところですね』
 色々なことの巻き添えで見知らぬ土地で悪魔の手先をやる羽目になってはいるが基本的にはいい人ということなので、安心して話ができそうだ。むしろ初対面でボコボコにしてきた悪魔である自分たちが安心して話せる相手だと思ってもらうのに苦労するかも知れないが……。

 ソーニャの身の上話の辺りでは、ちょっと子供に聞かせるにはどうかと思うような話が続いていた。エリアやソノラでもちょっと早いと思えるのだから見るからにちびっ子のナミリエに聞かせるにはちょっとはばかられるのだ。クレイがラルフロイとあまり子供が聞くにはふさわしくなさそうな話をするからとこっちに来たのはいいが、こちらも大差はなかった模様。
 だと言うのに、ナミリエも「そんな奴ら切り落としちゃえばいいのよ」とか積極的に話に入ろうとするからソノラとしては見ていられないのだった。ソノラもよくは知らない、その切り落としちゃえばいい代物についてどのくらい知っているのかつっこみたい所である。もちろん、いくら殿方が居ないとは言え気が置けないところまで親しくもなっていない人も多くいる前でそのような発言をするのは気恥ずかしいので聞かなかったことにして流すことしかできないのだが。
 しかしそんなナミリエに何もできないほどソノラだって無力と言うこともない。自分もあまり聞かない方が良さそうな話から意識を遠ざけるべくナミリエに話しかけることくらいはできるのだ。幸いラルフロイという共通の話題だってある。
 ナミリエは明らかにクレイに気がありそうで安心できるので一度ゆっくり話してみたかったのだった。ちなみに一応エリアにだってラルフロイに興味はないと言われているし、ラルフロイはラルフロイで婚約者だったエリアを追っかけてきているはずなのにもう興味がないみたいで馬鹿にしているとグチってたりもしてはいるが、だからといってエリアに他に好きな人が居そうな気配はないし、ラルフロイの気が離れたことに苛立ってるのはまんざらでもなかったのではないかと思うとまだいろいろと油断できないし、本音を話し合うのもちょっと怖い。こちらは当分保留だろう。
 と言うことでナミリエにラルフロイについて聞いてみたのだが、その第一声は「よく知らないわ」だった。
「でも、同じ学校に通っていたんでしょ?」
 学校についてはラルフロイからも話を聞いていたのでソノラも多少は雰囲気を掴んでいる。ソノラも学校には通っていたが首都にある上流階級向けの学校であるので雰囲気はだいぶ違う。特に違うのはそこで教えているのが魔法という点だが、その点を除けば話くらいは聞いたことがある田舎の学校に近いと思われた。
 クラスは魔法が使えるか使えないか――なお誰でもアウズの一般的な聖者程度には使えるがその程度では使えない部類に入れられるらしい――で分かれている。生徒の年齢はごちゃ混ぜで、大きな学校のように学年で分かれていない。なのでラルフロイもナミリエも一緒に授業を受けていた。
「学校は同じでも、あんまり話したりしなかったもん」
 まず、ラルフロイとナミリエは性別が違い歳も少し離れている。それだけでもきっかけでもないと話しかけにくいが、ラルフロイは特にきっかけがあっても話しかけたくないような、鼻持ちならないイヤな奴だった。
 ラルフロイはナミリエのことをよく知っていると言っていたのでその差に戸惑うソノラだが、実際の所二人の親密度の認識は同程度だった。ただ、ラルフロイは顔と名前を覚えていて性格の上辺くらい何となく把握していればそれはよく知っていると言っていいだろうと思っているのに対し、ナミリエはもっと親密になれたらよく知ってるってことにしといたげると言う感じであった。一見ナミリエの方が冷ややかに見えるが実際は逆でナミリエの方はこの程度の親密さでは満足していないのだ。まあ別に親密になりたいとも思っていないが。
 そんな感じでちょっと嫌いバイアスが掛かっていたナミリエにラルフロイについて聞いてみれば出てくるのは悪口ばかりだった。ナミリエはあまりラルフロイと接点がなかったが、よく絡まれて愚痴を聞かされていたエリアの影響もあり印象は悪かった。
 その一方で、結構面倒見はいいのでナミリエの同世代の男の子からは頼れる兄貴として扱われてもいた。ナミリエもどちらかというと面倒を見られる方なのでエリアから聞かされる悪口ほどの悪印象は持っていなかったりする。
 更に言うと、ナミリエが勢いで島を飛びだしてきた時に少し冷静になって考えると逃げ場のない小舟の上でこんな男と二人きりという状況に乙女の危機を感じざるを得なかったのだが、喚き立てるナミリエにラルフロイは冷ややかにガキに興味はねえと言い放った。
 それでもまだ安心はできないと死ぬほど恥ずかしいのを我慢して自分が好きなのはクレイであんたなんか眼中にもないんだからとビシッと言ってやったところ、「あいつとお前ならお似合いなんじゃないか」と返された。若干二人まとめて低めに見る小馬鹿にしたニュアンスも感じ取ったが、言葉だけを額面通りに受け取れば嬉しいことを言ってくれているので素直に受け取っておくことにした。この一幕でちょっとだけ好感度が上がったのだった。もちろんそこから恋に繋がる可能性はなく、いけ好かないけどお友達くらいにならなってあげてもいいかなと言う程度でしかない。
 その後はちょっと安心しつつラルフロイとの船旅を続けたのだが、その間は主に火の魔法を教えてもらい、それを練習することに時間を費やしていたのでお互いについてはあまり話していない。ラルフロイにエリアのことをいろいろと聞こうとするナミリエに辟易して話題を逸らしたのがうまくいった形であった。話を逸らす手段として魔法のレッスンを選ぶあたりにラルフロイの面倒見の良さが現れている。
 ラルフロイの気を引きたいソノラとしてはラルフロイがどんな子を好みなのか聞いておきたい。元々はエリアと婚約していたが逃げられたので追いかけてきたという話は当人からではなくナミリエや追いかけられたエリアからバラされて知っているのだが、エリアのどこが好みだったのか。見た目で選んだと言うのであればソノラとエリアはずいぶんかけ離れた感じなので厳しいかも知れないがそれでも見た目以外でアピールする余地はあるし、他の部分に惹かれたのならそれが何なのかは知っておきたいのだ。
 ラルフロイに興味の無さそうなナミリエに聞いても無駄かと思われたが、そんなことはなかった。
「優秀な男には優秀な女がふさわしいとか言ってたみたいね。エリア姉ちゃんも成績はトップだったし」
 エリアからの愚痴という形でしっかり情報を得ていたのだった。頭の良さならソノラだって自信はある。もちろん自信だけということはなく、王族らしく英才教育を受けている。アホっぽいのは世間知らずであるせいで日頃の発言などは少し抜けた感じがあってもちゃんと賢い。であればその賢さをアピールしていれば興味を引けるかも。
 それに賢さ以外だってなかなかのものである。まず没落したとは言え王族なのだから身分は高貴だ。身分などない島からきたラルフロイが身分でどうこう言うかどうかはわからないが、そうでなくても正当な王家の血を入れれば箔がつくとか言いくるめる材料になる。その点はむしろ国民が自分たちを許すかの方が心配ではあるが。
 それに美貌にだって自信がある。魔法や聖者と言った血脈と縁がないのだけが不安だが、そんなのでうだうだ言うのは親の方であるのが定番だろう。当人が気にしなければ問題にもなるまい。それにその点は最悪側室を認めるか、側室にしてもらうか。まあこの辺はまずラルフロイに選ばれてから考えることだろう。
 とりあえず、ナミリエ目線ではラルフロイはそんなに悪い奴ではなさそうだし、ソノラ自身もこれまでにこれと言って悪い印象を受けたことは……それほど多くない。少しはあったからこそ他の人の意見を聞いてはいるが今のところ大丈夫そうではある。
 後はナミリエに聞いた感じでもやはり本気でラルフロイを嫌ってそうなエリアともじっくりと話をしておきたいところだ。今は何か真面目そうな話をしているので、機会を見つけて話しかけてみることにしよう。