マジカル冒険譚・マジカルアイル

41.小悪魔がいっぱい

 話し合いによりいろいろとやることが増えた。
 ラルフロイの大きな目標である魔法と科学の融合については一年二年でどうにかなる目標ではないし、まだまだ準備も足りていない。そこに至るまでの小さな一歩を踏み出す準備が始まるところだ。
 セドキアの強みである先進的な科学をクレイが頑張って勉強中だ。クレイにとって未知の分野だけに難しすぎるが、それでも楽しく勉強できているのでゆくゆくは化けるかも知れない。エリアもちょっとだけなら勉強してみてもいいかなとは思うが、やはりそう言うことは男の子のクレイの方が食いつきがいい。ならば任せてしまおう、そう思えた。別に逃げた訳ではなく前向きになり切れないだけである。ナミリエは、ちょっとかじったら歯が折れた。いや、折れたのは心だ。まるでお話にならない感じである。しかし、まだ幼いナミリエだ。もっと基礎的な学習から知識を積み上げれば才能は伸びるかもしれない。何せ大好きなクレイが好きなものだ。自分も好きになろうという熱意がある。そして、クレイとラルフロイが好きなものである。そう思うとエリアはやっぱり気が乗らないのだった。エリアはやっぱり天使というか悪魔担当だ。
 カタリナの方は何と言うか、大丈夫だ。最近は何となく真面目さが薄れてちょっとつきあいやすい感じの、より人間味のある性格になってきつつあるが、それでエリアが困る点は何もない。悪魔と言う扱いになるのだから、性格もいつまでも天使のままでいるよりはらしさが出る。問題はラルフロイに押しつけられた方の天使だ。言うなれば天使の刑に処された悪徳僧侶。どう扱うべきだろうか。
『下衆な男なのでしょう?そんなのに慈悲は要りませんわ。意志を奪われた状態のまま、私の下僕にでもしておけばいいのです』
 蔑むような目でカタリナが言った。いや、表情はないのだ。まだ表情を作れるようにしていないから。無表情で、目線だけ下に向けて。……やはり蔑んでいるように見えるのは発言内容のせいだろう。発言は確かに蔑んでいるのだから。
 そんなわけで、この天使はカタリナの下僕悪魔として扱われることになった。自我のないまま機械的に命令に従うだけの存在として。
 目下、この場所では魔王城の建築が進んでいる。元高速艇部隊や近隣の町や村からの応援などで新たな労働力も加わっているが、プロジェクトが大きすぎるのでまだまだ人手不足だ。
 天使上がりの悪魔たちも労働力にしてしまってよいのだが、それよりはとエリアがちょっとどうかと思っていた役目を押しつけてしまうことを思いついてしまった。祈りで力を集めた魔法で労働者たちをサポートする、みんなの役に立って崇められる役目である。役に立つのは吝かではないが、崇められるのはむず痒くてちょっと勘弁なのだ。
 建築作業の効率を魔法で向上させる。いつもより速く力強く動けるが、魔法が切れるとどっと疲れが押し寄せてくる。その疲れを癒すのも魔法だ。動きを良くする魔法もパワーの前借りだが、疲れを癒す魔法も原理は似たようなもの、元気の前借りだ。普通なら徹夜で騒いだりするような若者ですら、日暮れと共に仕事を終えて寝床に潜り込むとそのまま泥のように眠れる。そしてかなり腹も減る。
 疲れを癒すというより疲れを感じなくさせると言った方がいいかも知れない。被術者的には最終的にプラスもマイナスもない。その代わり術者に負担が少ない魔法だ。このくらいの魔法ならカタリナどころか下僕になった悪魔でも連発できるのだ。

 しかし、数日運用してみると問題点も明らかになってくる。カタリナから要望が出たと聞いて、エリアはそれを聞きがてら様子を見に来た。
「悪魔のお姉ちゃん、とても役に立ってるよ。性格がちょっと、聞いてたのと違ってびっくりしたけど」
 現場のお兄さんのそんな話を聞きながらカタリナのもとへ出向き、早速その要望を聞いてみた。
『この下僕にも姿を与えてやってほしいのです』
 話によると、建築作業などという男だらけの現場では見た目が若い女性であるカタリナに人気が集中しすぎるらしい。まあ、気持ちは分かる。誰だって、どす黒い光から蝙蝠の羽根だけ生えた不気味なものに癒されたくはない。どうでもいい問題だが、放っておいていいこともない。
 なので、女性の姿。できれば少女と言えるくらいがいいとのこと。
『エリアさんみたいな若い子がいいとかほざくロリコンが少なからず居やがりますので。もちろんそんな異常な性癖をおおっぴらに口にする恥知らずは少ないのですが、私には心の声がダダ漏れですので』
 それを聞いてエリアはカタリナが人の心を読める状態のままになっていることを思いだした。
「ご、ごめんなさい。心が読めるの、どうにかするの忘れてましたっ」
『いいえ、本音が解るというのも結構便利だと思えるようになりました。無理をしている作業員にもう十分だから休めと言えますし、無理をしている理由が私目的で下心満載なら回復を後回しにしたり傷つかない程度に罵ったり。罵られて喜んでいる奴はお望み通り憂さ晴らしがてら心行くまで罵ってやりますし、それを見ていいなあとか思ってる奴らも後で罵ってやれますし』
 なんか働いてるのに罵られているのは不憫だ。いや、本人が喜んでいるならむしろご褒美なのだろうか。エリアは作業員たちに"悪魔といっても見た目だけのこと、中身は天使のままでまじめで優しい穏やかなお姉さん"だとカタリナを紹介していたので、喜ぶような人にだけとは言え罵りまくっているのを見れば聞いていた性格と違うと言いたくなるだろう。
 もちろん、罵られて喜ぶような変わり者以外のいい人は普通に労ってやる。性悪な奴にはチクっとやるし、相手ごとに最適な対応がとれるので今のままでいいとのこと。
 それならば、下僕悪魔の調整をするだけだ。見た目は女の子に。
『元になった司祭って、金には汚かったみたいですけど女好きな下衆ってわけじゃないんですよね』
「ええと。ラルフロイは特にスケベだったとかそう言うことは言ってませんでしたね」
 どうでもよかったから触れなかっただけというのはある。少なくとも、汚職と強欲がスケベを上回ってはいたのだろう。
『下衆極まるような奴だったら女として男に嫌らしい目を向けられる気持ちを解らせてやれたのですけど』
 何というか。心が読めるとかそんなこととは関係なしに、カタリナには結構黒いところがあるようだ。悪魔になってしまった弊害なのだろうか。

 とにかく。下僕悪魔の姿を女の子にすることは決まったが、そこから先だ。
 この悪魔には自我がない。自我を戻したら悪徳司祭だった頃の性格に戻りそうだ。しかし自我がないままでは喋ることもできない。話しかけられたときにどうするのか。これまで通りノーリアクションでも困らないが、対処も可能だ。別に喋るのが本人である必要はない。どうせそばにいるだろうカタリナが思念を飛ばして喋らせればいい。腹話術みたいなものである。
 動作についてはひとまずこれで問題はないと思うが、次は見た目である。カタリナの場合は生前の姿という揺るぎないモデルが存在していたが、こちらは一から指定しなければならない。細かく指定するのも大変だが、ざっくりと指定してしまうとそれこそエリアがイメージしやすい親しい女の子のナミリエやソノラになってしまいかねない。
 むしろその辺を逆手にとって本人の許可を取ってソーニャあたりの少女時代にしてしまうのも手ではある。だが、実在のモデルというのは問題が起こりうる。たとえば人気が出なくてモデルにされた人がへこむとか。カタリナの腹話術では口が悪くなるのでイメージダウンに繋がるとか――いや、その辺は本人も気の知れた相手ならそんな感じなので問題にはならないかもだが。
 そういう心配の要らない方法を試してみることにした。カタリナの姿を見せている魔法は幻影の魔法であり、術者などが作り上げたイメージを実体を伴わないがそこに存在する幻影で見せるものだ。見た者全員が同一のイメージを共有できるので扱いやすい。
 一方、例えばお化けを見せて怖がらせて追い払う時などに使う幻視の魔法というのがあり、これは現象を伴わず見る者の心の中だけで完結する幻で、術者ではなく幻を見るほうが具体的なイメージを頭の中で作り出すので、人によって見えるものもまちまちだ。怖いお化けと指示すると、人によって血塗れの女の人が見えたり骸骨が見えたり一つ目の巨大な黒い影が見えたりする。幻影の魔法で好きな子の姿を映し出すと術者が誰を好きなのかがみんなにバレてしまうが、幻視の魔法だとみんなそれぞれが自分の好きな子の姿を見ることになるわけだ。
 この悪魔もイメージの基本だけ与えて銘々に好きな姿を思い浮かべてもらうその形式にした。大勢が相手になる場合、一つの実像を維持すれば済む幻影の魔法より人数分の幻を用意することになる幻視の魔法は効率が悪くなるが、その分いろいろメリットだってある……はずだ。とりあえず、エリアが楽。それだけでもこの悪魔にちょっと苦労させるに足るメリットだ。
 悪魔の書に幻視の魔法を書き込む。現れる幻は小さな女の子の悪魔。
 エリアの前に現れたのはソーニャが子供に戻ったような姿だった。幻影に曖昧なイメージを与えるとこうなるというイメージそのままだ。生意気そうだが、可愛い。
 一応カタリナにも聞いてみるとちゃんと幻視の魔法が効果を及ぼしていた。そもそもカタリナの感覚そのものが幻のようなものなのだ。幻は見えるし、それが幻だということまで感じ取れている。
 カタリナには生前に関わりのあった不良少女の姿に見えていた。その少女に救いの手をさしのべきれなかったことが心残りになっていたのだ。挙げ句悪魔としてイメージしてしまっているのは申し訳ない。しかし幻相手でもその心残りをぶつけることができるのはいいことなのだろう。
 ひとまず目覚ましい変化として、これまで下僕悪魔を本当に下僕のように扱っていたカタリナが、一気に下僕悪魔にやさしくなったのだった。

 クレイとナミリエも呼んでどう見えるか確認してみた。ナミリエには自分よりちっちゃい女の子に見えていた。そして、クレイには。
「うわあ。ナミリエが二人いる……」
 実は、これはこの後頻発する現象なのだった。現状現役で悪魔ということになっている小さな女の子であるナミリエは、小さい女の子の悪魔という条件からイメージされる姿の筆頭になるのだ。次点が大人たちから見れば十分小さいエリアになるが知らぬが仏。
「ちょっと!クレイまであたしのこと悪魔だと思ってるの!?」
「だだだって。現にそういうことになってるじゃないか」
「そりゃあそうだけど……」
 そして問題はもう一つあった。悪魔というイメージに影響を与える現物として、カタリナが存在する。前例としてテンプレートになっているのだ。カタリナと同じような角が生えている。更に。
「もしかして、服装ってやっぱりこれになってる!?」
 そう言うナミリエが見ているちびっ子悪魔もまた服装はカタリナのお揃い、つまりソーニャともお揃いなのだ。そして問われたクレイは目を逸らした。頷くのと同じくらい認めているようなものだった。悪魔の服はこれだと先入観ができているのだ。
「クレイのエッチ!他の服をイメージしてよ!」
「そんなこと言ったらもっとセクシーな服を想像しちゃうかもよ」
「しないよ!」
『エリアさんがもっとセクシーなのとか言うから、想像しちゃってます』
「んぎゃー!」
 なお、人々の間で下僕天使の姿としてナミリエの次点によくイメージされることになるエリアだが、その服装ももちろん……知らぬが仏だ。少女悪魔の姿としてナミリエやエリアをイメージする人が多い中でも、子細は人によってまちまちになる。角も牛っぽくなく小さくまっすぐのものだったり、耳が尖っていたり、蝙蝠の羽や先の尖ったしっぽがあったり。それに、他の人を思い浮かべる例だって少なくない。
「今は遠いところに行ってしまった娘の若い頃に見える……」
 そう言っておじさんは涙を流した。
「今頃はもうこんな感じの孫がいるかもしれん……」
 そう言えば、バンフォの住人だった人たちにとってはバンフォの隣町でも今は遙かなる異国の地だった。元々の嫁ぎ先も遠い町なのかもしれないが、それでもどうせアテルシア国内だ。どちらにせよ遠い。
 ほかにも初恋の子に見えたり娘や妹に見えたり。そんな感じで知人に見えるケースが多いようだ。おかげでカタリナの希望通りのロリコンのみならず、ノスタルジックな方向性で結構な人気を得ることになる。むしろカタリナが嫉妬してしまいそうなほどに。
 なお、服装もまた必ずしもカタリナのような大胆な服ではなく人によってイメージはまちまちであるようだ。必ずしも女悪魔は色気で迫るというイメージでもないのだ。ちっちゃい女の子にはさすがに色気を感じないというある種まともな感覚の持ち主ならなおさらである。むしろ悪魔的に可愛らしいふりふり衣装を見るケースが多い。クレイたちがセクシーなちびっ子悪魔を見たのは悪魔のイメージがカタリナひいてはモデルのソーニャに引っ張られた結果でしかないのだ。
 カタリナは各人が抱く少女悪魔のイメージを元に腹話術の内容を考える。脳天気そうだったり、陰気そうだったり、生意気そうだったり。そして、そのイメージに対する各人の印象。そういったものを併せて演技の内容を決めていくのだ。
『疲れてるのなんて気のせいだよっ。ほら、これでまだまだ頑張れるっ』
『……わたくし風情にできることがございましたら何なりと、ご主人様』
『ご褒美が欲しいならキリキリ働きなよ。もちろん欲しいんだろ、この変態が』
 などなど。もちろん中にはそのイメージが必ずしも好みでないケースだってある。単なる少女の悪魔のイメージでありそれが理想像というわけではないのだ。しかし問題はない。そんな場合はカタリナの方に乗り換えるだけだ。しかし、カタリナの渾身の演技が刺さらなかった場合、ちょっとへこむ。なんだかんだ言ってカタリナも子供の演技は大変ではあるが結構楽しんでいた。
 こうして下僕悪魔の不人気問題も解消したのだった。

 それからさらに数日が経ち、カタリナたちの様子を見にエリアたちが顔を出した。その間、放っておいたというわけでもない。毎日クレイに頼んで様子を見てもらい、問題が起こったりしていないことを伝え聞いていたので安心していたのだ。
 顔を出すなり、ちょっとしたトラブルが発生したが。
 下僕天使の行動にナミリエが激怒した。なんかちゃっかりクレイの膝の上に座っていやがったのである。かわいい顔してなんてことをするのか。と、そこまで考えたところでナミリエは思い出す。そういえばクレイにはこの悪魔がナミリエに見えていることを。クレイにしてみれば、今膝の上にナミリエを乗せているようなものなのである。
「ちょ、ちょっと。何やってんのよクレイ!」
「え、何って……だっこ?」
「それは見ればわかるけど!」
 嫉妬しいていいものやら恥ずかしがるべきかわからず混乱するナミリエ。
 実のところ、クレイに下僕悪魔はナミリエに見えているとは言え、双子のようにそっくりな姿ではない。年下とは言え年の近いナミリエは下僕悪魔の設定である『ちっちゃい女の子』にそのまま当てはまるほどちっちゃいと認識されていなかったので、5歳くらいのちっちゃいナミリエになっていたのだ。
 そして毎日様子を見に来ていたクレイに対し、5歳相応の態度で接した。例えば、『クレイ、だっこ』と言うような感じで。ちっちゃくなっていても見た目はナミリエだし、服装はセクシー。そんなのにだっこと言われて困り果てるクレイを見て愉しむためのカタリナの仕業である。心をお読む力のおかげで下僕悪魔がどう見えているかも判るカタリナの強みである。
 しかし、これはナミリエと言ってもちっちゃい。ナミリエというよりナミリエの妹のような感じだ。そしてそもそも、幻なのだ。いろいろ割り切って言いなりになってだっこだのおんぶだのしているうちにあっという間に馴染んだ。そしてナミリエもこのくらい素直でおとなしければ可愛いのに、とか思っている。
『代わる?』
 下僕悪魔がナミリエに問いかける。羨ましく思えても代わりたいかというと極めてノーである。代われるものなら代わりたいという気持ちはあれどさすがに恥ずかしすぎて無理である。
「って言うか、今でもその子があたしに見えてるの?」
 念のために確認するナミリエ。クレイはうなずく。
「幻視の魔法は指定を変更しない限り最初に見たイメージから変わらないわよ」
 エリアも解説する。幻影の魔法なら術者の作り出したイメージから幻影を見る人などの影響を受けて少しずつ変化したりする。一方、幻視の魔法は最初から見る側のイマジネーションでその姿が成り立っている。下僕悪魔の姿が知り合いの姿になりがちだったのもいい例だ。そして、漠然としたイメージから生み出された姿でも一度見てしまえば強い印象となる。それによりイメージは強固なものになり、ずっと同じ幻を見ることになるのだ。更に強いイメージで上書きすることは可能だが……。
「今すぐイメージを変えてっ」
 叫ぶナミリエだが、横からカタリナが言う。
『やめておいた方がいいわ。今より一回り大きくてよりセクシーなナミリエちゃんになるかも』
「うえっ」
 可能性としてはなくはない。それどころか、カタリナが余計なことを言ったせいでそのイメージに引っ張られるのは確実である。カタリナも何も考えずに言っているのなら仕方ないのだが、分かってて言っているから厄介だ。そもそも、ナミリエの姿の下僕悪魔に『だっこ』とか腹話術で言わせているのもカタリナであるという事実を忘れてはならない。順調に悪魔らしくなっていた。
 下僕悪魔にも、運用しているカタリナの茶目っ気以上の問題は起こっていない。カタリナと下僕悪魔にできることも増やして大丈夫そうだ。むしろ増やして忙しくしておかないとどんどん余計なことをしそうである。カタリナの茶目っ気が一番の問題だった。

 できることが増えたことで魔王城の建築現場以外も出歩くことになった元天使の悪魔たち。人前に出す上で問題になるのは下僕天使の人によって見え方が異なるという特性だ。そういうものだと理解していれば問題ないが、それを知らぬ人同士で見え方について話して、嘘つきめと揉めるようなことになっては困る。行く先々で説明するのが面倒である。
 その反面、色んな人にどう見えるのかを聞いて歩くのはちょっと楽しい。見えている姿はエリア、ナミリエ、若いソーニャが大部分だがたまにそれ以外の人もいる。それ以外じゃなくても服装にバリエーションが多いのでそちらも楽しみだ。
 まず、前提条件として最近はカタリナのセクシーさに変化が起こっていた。その姿にカタリナの願望による変化が起こっており、服装の破廉恥さが相当押さえられてきていた。ならばセクシーさが落ちているかというとそうでもない。当初の言わば繁華街で羽目を外す田舎娘のような外見が垢抜けてきている。地味に顔立ちも美しく変化しているが、それよりもスタイルが見るからに良くなっていた。本当にカタリナだけの願望で変化しているのかはわからない。
 とにかく。今はカタリナの悪魔的な魅力は服装によるものではなく、服装はむしろ大人しくなっている。なので下僕天使にも悪い影響を及ぼさず、黒いワンピースやゴスロリなど露出の目立たない服装に見える割合が増えていた。――ただし、ベースがソーニャの時を除く。
 おかげで、教育に悪そうなので遠ざけていたダグとフェリニーにも安心してお披露目できる。いつもならクレイもエリアもカタリナの所に出向く時はザイーに預けていたダグとフェリニーをカタリナと下僕悪魔の元に連れて行った。
「それで、どんな風に見える?」
「ナミリエちゃん」
 そう答えたのはフェリニーだ。最近普通によく見かける小さい女の子としてナミリエがイメージされるよくあるケースだった。一方ダグは。
「フェリニーに見える……」
 身近に小さな女の子がいた身としてはそういう結果になるだろう。
「服は!?エッチな服じゃないよね!?」
 本人としてはとても気になるポイントであろう。フェリニーはエリアのグチで下僕の悪魔がやけに色っぽい服でまだダグたちに見せられたものではないと聞かされていたのだ。
 ダグはその問いに答え――ずに逃げ出した。言葉よりも雄弁に答えを語っていた。
 クレイはダグに下僕悪魔の姿に関する詳しい話はしていない。何せセクシーな服のナミリエが見えていたのだ。それが一番バレて欲しくない二人――ナミリエ本人とエリア――には真っ先にバレてしまったが、さらにバレる人数を増やしたくもない。ダグに話せば鳥の姿をしていても女の子であるフェリニーにも聞かれる。二人きりでこっそり話してもそんなことをした時点でフェリニー達に不審な目で見られ、タグはフェリニーに、クレイはエリアとナミリエに詰問されるに決まっているのだから。
 しかし、そんなダグも自分たちが時々預けられてクレイたちがどこかに行く理由も聞いていたし、それに関してフェリニーからソーニャの服を着たエリアやナミリエの幻を見る人が多いことをエリアがグチっていると聞いていた。女の子は小さくてもおしゃべり。まして今は小鳥になっている。よくさえずるのである。言ってしまえば、この事態はフェリニーが自分で招いたのだ。
 フェリニーはその後、カタリナの服が大人しくなり下僕悪魔もそれにつられてほっとした、後は最初にセクシーなイメージを固定させた連中の記憶を消し飛ばすことができないかというエリアたちの話も聞いており、想像上の姿も更新されていた。だが、ダグの方は幼心ながらセクシーな服のお姉ちゃんたちというものにドキドキワクワクしており、その印象が消えていなかったのである。
 フェリニーとしては一回固定された幻の姿がなかなか変わらないのも聞いていたので困ったことになったと感じている。
「うふふ、仲間が増えた」
 エリアには歓迎されたが嬉しくないフェリニーである。
「何で色っぽい服装になんて見えるようにしたの!?」
 フェリニーは口を尖らせたいところだろうが、生憎くちばしなので元々尖っているのでこれ以上は無理だ。
「違うのよ、服装の指定は別にしてないの。悪魔のイメージがそういうイメージだから勝手にそうなっちゃうの。私だって困ってるんだから」
「お色気抑えめにできないの?」
 その言葉にエリアの表情が固まった。
 ぶっちゃけ、できる。エリアの表情は、何で今までそんな簡単なことを思いつかなかったのかと驚いていたのだった。

 そんなわけで下僕悪魔については服装の露出度を押さえる変更が加えられることになったが、それもすぐではない。今はひとまずちょっとセクシーな姿のままで我慢してもらうことにする。もっともセクシーな姿が見えている方は別に我慢する必要はなく、自覚もなくセクシーな姿を見られていることに我慢してもらうややこしい状況だ。
 そんなことより本題である。小さな二人の教育に悪いものをわざわざ見せたのは、二人にとって下僕悪魔すなわち天使のシステムが新たな可能性になりうるからである。
 ダグとフェリニーは小鳥と融合した死者である。同じように獣と融合した死者にはテラーファングやスカイウォーカー、チックホーンなどがいる。後者の三人は人間に近い姿から獣の姿まである程度自由に変身することができる。スカイウォーカーだけは半人半鳥の姿だけしか見せていないがそれは個人的な好みの問題らしく、大急ぎで飛ぶときは完全に鳥になることもあるらしい。
 完全に人間の姿になることはできない。死亡時に損傷していた部分は人間としての姿を復元することができず獣のままとなる。テラーファングも顔の半分近くが潰れ歯も折れていたため、人の姿をしているときも歯は牙だし顔の半分を隠さないと化け物丸出しなのだ。チックホーンも上半身だけ見ればただの人だがズボンを脱げば……。スカイウォーカーがあまり人に近い姿にならないのもどう頑張っても人に見えない化け物止まりだからなのだ。
 そして、ダグとフェリニーだが。全身を火で炙られた二人には再現できる人間部分がまるでない。多少は残っているだろうが羽毛の一部が禿げたただの鳥にしかならないだろう。
 本来なら短い生涯の最後に鳥になって自由な空を飛ぶ体験くらいはして欲しいという思いでこうなったのだが、実際のところは大きな鳥が怖すぎて安心して飛べないのでクレイの頭に隠れっぱなしだ。自由に飛ぶより優しい人たちと一緒にいる方が楽しくもある。
 この体では大したことはできない。空は飛べてもそんなことはクレイたちにもできるし、飛んで何かを運ぶことはむしろ小鳥には限界があった。みんなの役にも立てないし、小鳥では寿命も短い。
 そこで目を付けたのが天使である。この二人も天使というか悪魔にしてしまえばのびのびできるし役にも立てるようになる。
「そんなことできるの?」
「ぼくたちじゃなくて、ラルフロイがね」
 ラルフロイは天使を生み出すことに成功したという。憑依魔法の応用だそうだが、そんなもの普通は知らないという常識には触れない方がいいのだろう。もちろん教えてもらうつもりもない。教えてもらってもどこで使うと言うのか。
 憑依魔法は普通――普通は使わないと言う前提はさておき――自分の魂を一時的に他人に憑依させて操ったり、心の中で会話をしたりと言う使い方をする。しかし他人の魂を別な他人に憑依させることも可能だ。たとえばクレイとエリアの魂を交換するなんてことも不可能ではない。
 ならば天使の雛形になる聖書に他人の魂を憑依させれば。ラルフロイはそれを試してみた訳だ。その他人をどうやって確保したのかは気にしないことにする。試された人がその後どうなったのかもだ。アウズ教会の天使も同じ方法で生み出されたのかはわからないが、少なくともこの方法で概ね天使を再現できたそうである。
 ダグとフェリニーの魂は小鳥の体に宿っている。別に小鳥の魂も追い出したりはせず残されているので虫を見かけると小鳥の意志に負けて食べに行ってしまったり、猫や大きな鳥を見ると逃げたくなったり――いやこれはダグたちでも逃げたい――と、主導権をたびたび奪われたりするのだがそれはおいておく。そしてもちろん小鳥の体からでも天使に魂を移すことができるのだ。
 それに向けて、いくつか二人に確認をしておかなければならない。まず二人が悪魔になりたいかかどうかだが、それは聞くまでもない。勝手に虫を食べに行ってしまう体から解放され、ちょっと大きいくらいの鳥に怯えずに済むようになるのだ。それに、人間の姿を取り戻すこともできるだろう。
 次はその悪魔としての姿についてだ。基本的にはカタリナのように生前の姿を再現することにする。魂をどうこうするまでもなく、このくらいは今からでも幻影の魔法でプレビューできる。
『先に服装を決めておかないと裸のままになるんじゃないかしら』
 優しい笑顔でカタリナが、主にフェリニーにとってとても恐ろしいことを言った。
「大丈夫です、私だってあれで反省したもの」
 これ以上クレイに女の子の裸を見せてなるものか。別にあの船で見られた自分の裸の価値がクレイの中で相対的に下がるのが嫌なんてことはあまり考えていないのだが。
 今回術者になるクレイとエリアもダグとフェリニーの姿を見たことがない。だが本人たちがここにいるのだから悩むまでもなくその記憶を利用すればよい。しかし問題が発生する。
「え?鏡を見たことがないの?」
 全く見たことがないというわけではないが、その回数は数えられるほどでそれもとても幼い頃、自分の顔を朧気にしか覚えていないという。
 二人がずっと過ごしてきた"孤児院"には殺風景な部屋しかなく、窓も鉄格子。お風呂もなくて雨が降ったら鎖に繋がれて外に引き出されて汚れた体を雨で洗う。食事も粥だけで鏡どころかコップの水にすら顔が映ることはない。
『それを孤児院というのはどうなのでしょう』
 カタリナも憐れみよりも怒りが先に立つようだ。確かに孤児院を名乗ってはいるがその実態は国からの補助金を経営者たちが着服し子供をほぼ放置していた。浮浪児の方がまだ幸せである。
 最初は十人ほど居た子供たちだが、与えられる少ない食事を独占しようとした子のために二人が餓死。独占した子はある朝首に絞められた跡を残して息絶えていた。その後は平穏だったが一人、また一人と病気に罹って死んでいった。
 またある日、嵌め殺しだったガラスの窓を突き破って三人が脱走。一人は連れ戻されたが二人は帰ってこなかった。その直後に窓ガラスは鉄格子になった。一緒にいた子供が問題を起こしたときは一緒に罰を与えられていたがその子たちは既に逃亡し、残った子は大人しくしていたことで穏やかに過ごせていた。
 食事代の節約のため五人分を十人で分けていた頃はとてもひもじかったが、人数と量が釣り合いひもじさは薄れた。それでも粗末な食事で栄養は十分でなく不衛生。その後も一人ずつ子供は減ってダグとフェリニーだけが残った。
 人数は減ったのに食事が減らなかったのは、子供が死んだり逃げたことを隠していたためだ。人数が減れば当然補助金も減るし、減った原因を追究されることになる。死んだ子供などどこかに捨てておけば野垂れ死んだ浮浪児にしか見えないし、たまに入る査察はそこら辺にいる浮浪児を雇うことで誤魔化していた。購入する食事の量を減らせば当然疑問に思われる。だからずっと同じ量を買い続けたのだ。
 そんないい加減でもどうにかなっていたのは国の査察も雑だったせいだ。戦時下だったアテルシアで孤児は概ね戦災孤児である。戦災孤児が浮浪児として死んだり孤児院で虐待を受けたりという現実が認識されれば厭戦ムードが出る。さらに言えばこの事例は氷山の一角、ひとたび対処を始めれば次から次へと話が出てくるだろう。慌ただしいこの戦時下には対処しきれない。この孤児院は割とうまく誤魔化している方であった。役人への賄賂も弾んでいたので見逃されていたのだ。
 子供の逃亡を許したためその実態は外に漏れることになるが、その訴えは賄賂で買収されていた役人により孤児院での豊かな暮らしを妬んだ浮浪児の虚言ということで処理された。とは言え話は大臣にも伝わり、死んだ方が幸せな子供としてダグとフェリニーが利用されることになったのだが、それはそれ。
 とにかくこんな環境なので鏡どころか窓ガラスも水面すらも見る機会などほとんどなかったのだった。自分の顔と言われても、あまりぴんとこない。むしろ、ダグとフェリニーがお互いの姿を思い浮かべる方がよい。だがこれにも一つ問題がある。
『ダグちゃんは色っぽいフェリニーちゃん悪魔の幻を見てるのよねえ。その姿が印象に残っているわね』
 まあ、大した問題ではない。気にする必要はないだろう。
「やだっ!絶対やだっ」
 フェリニーはごねた。雨の日に裸にされて二人一緒に庭に連れ出されていたので今更とはいえ、それだってフェリニーは嫌に決まっていた。それにここにはクレイだっているわけで。
 まあ、カタリナがどんな意地悪な発言をしようが、服装はエリアが調整したので何ら問題ないのは言うまでもないのだ。まだ悪魔と言うこともないので真っ白な服である。服装は小綺麗だが、孤児の時のイメージなので二人とも頭はボサボサで見窄らしい。この辺も後々調整は必要だ。
 二人とも自分の姿を久々に目にして不思議な気分になっている。とりあえずこの姿を覚えてもらってから、髪型や服装などを調整したイメージを本人にしてもらうことになる。一日二日では顔をちゃんと覚えられないかも知れないし、好みの髪型・服装を考える猶予込みで一週間ほど待つことになった。そもそも、最終的にはラルフロイを呼び寄せて魔法を使ってもらわないとならない。彼も忙しいだろうし、あまり呼びたくないし……ダグたちがよほど強く望まない限り、ゆっくりでいいと思う。
 その間、使っていないはずの部屋に佇む男の子と女の子の幽霊の噂が立ったりしたが、気にしてはいけない。