マジカル冒険譚・マジカルアイル

38.魔王の事情

 多くの開拓民が首を長くして待ち、エリアだけは来て欲しくないと思い続けていたこの日がついにやってきた。ラッカ・ラ・バノンセドキアに魔王一行が訪れたのである。
 開拓民たちの要望が通り、ソノラ姫も随伴である。姫にしてみれば今回はただのバカンスのようなものだった。出迎える開拓民も故郷を追われたことに対して王族に多少の蟠りこそあれ、ほぼ興味本位である。
 そもそもこの国の王族はもはや国政について決定権はないに等しい。ほとんど大臣たちが執り行い、王は意見を求められたり許可を出す程度。長きに渡り蓄積してきた諸問題、特にグレックが跋扈してからはその手の着けられない問題を大臣たちに丸投げしていた。その代償に王はほぼ権力などない置物に成り果てていた。まして、その状態で父王から王位を受け継いだ先王など、大臣を止められようものか。
 いくら無知蒙昧な民とてそのような事情も薄々ながら知っていた。決定を唯々諾々と承認してきた王に思うところくらいはあれど、今更怒りをぶつけようというつもりはない。況やまだ子供の姫になど。
 そして、魔王である。大げさに魔王などと呼ばれているが祭り上げられただけのクレイたちの友達――かどうかは微妙らしいが――でしかない。性格はヤバいらしいが眺めるだけなら問題はないと思われた。
 ただし、エリアにしてみれば頭の痛い相手である。勝手に婚約させられたことに腹を立てて禁忌を犯した上、よりにもよってクレイとの駆け落ちだと勘違いまでされながら故郷を飛び出してきたのに、同じく禁忌を犯して追いかけてきた相手だ。
 あまりのしつこさに辟易する一方で、自分のためにそこまでできるというのはちょっと心揺れるポイントである。正直、ちょっと見直した。だからこそ、余計会いたくないのだった。

 しかし、魔法でやってくるというのは魔力さえあれば実にあっさりとやってこられるのだ。
 会場となるのは悪魔教団の教会である。仮設なので立派とは言い難い建物だし、そもそもその組織を含めて存在自体がいろいろどうかと思う施設ではあるが、魔王を呼び寄せるにはお誂え向けである。
 準備を整え到着を待っていたカーパイノスらが前触れもなく慌ただしくなり、ラルフロイ達が姿を現した。
 現れたラルフロイの姿を見て、エリアは一瞬別人かと思った。しかし顔だけを見れば前と何ら変わっていない。間違いなくラルフロイである。何のことはない衣装が豪華で立ち振る舞いが以前にも増して傲岸になっていたせいだ。いや、それだけではない。朧気にではあるが威圧の魔法を感じる。迫力を増す演出だ。魔王っぽい感じを出そうと努力しているのが窺えた。
 そして、そんな努力を嘲笑うかのような存在。
「ダメ、もっと偉そうにしなさいよ」
「うるさいな。旧い知り合いがいてやりづらいんだよ」
 ラルフロイにごにょごにょと言い寄る目を見張るような美少女。幸いそれはエリアたちのように舞台上にいる者にのみ辛うじて聞こえるようなものなので観衆には気付かれないが、偉そうにしたところでこのやりとりが聞こえてしまえばぶち壊しであった。常に偉そうだったラルフロイが年下に見える少女に少しながら上から目線で指示をされている姿はエリアにとって驚きである。と言うか、誰。
 ラルフロイの随行者はその他に、見覚えのある鳥の魔人スカイウォーカーと見たことのないおじさんであった。一目でわかる異形のスカイウォーカーのインパクトは大きいが、いかにも従者然としており脇役感も大きい。
「よう、よう」
 テラーファングに牙の見える口の端を吊り上げながら声を掛けられるとスカイウォーカーはとても嫌そうな顔をした。
「何やってんだよ、お前ら」
「俺に聞くんじゃねえ。俺だって何でこんなことやってんのか解んねえんだ。まあ、それはあいつだって同じだろうけどさ」
 顎というか嘴でラルフロイをしゃくるスカイウォーカー。従者然としているスカイウォーカーも別段ラルフロイに服従していたり敬っていたりという素振りではない。
「つーかさ、そこの二人って陛下と姫殿下じゃねえの?」
「その通りだ。まあもう陛下じゃないけどな。今の陛下はあっちだし。その辺の経緯も今日の話に出るだろ」
「面白えことになってんのな」
「外野は面白がってりゃいいんだから気楽だよな、ったくよぉ。……っていうかよ、あの悪魔教団とか言う連中は何なんだ?」
「気にすんな、ただの勘違い集団だ。宗教なんてのは妄想と勘違いの集大成だろ」
「そっちはそっちで面白そうなことになってんじゃないか」
「まあな」
 そんな二人のやりとりからいろいろと事情が判明した。あの美少女は噂のお姫様だそうである。それは納得できたが、執事か何かだと思っていたおじさんが王様というのはちょっと意外だ。効果時間内に転移ゲートに相乗りするだけとはいえ同行者は増やしすぎないように重要な人物だけ連れてきたのだろう。
 そうこうしているとカーパイノスが取り仕切って式典が始まった。式典は魔王ラルフロイの挨拶と先王による謝罪がメインだった。ラルフロイの魔王就任の経緯の説明はソノラ姫が行った。
「何で姫がこんな役目を?」
「いろいろあるのさ。魔王が面倒くさがったとか、姫が人気者だから出番作っておきたいとか」
 テラーファングとスカイウォーカーがごにょごにょと立ち話するのを立ち聞きするエリア。確かにここに集まっている観衆の目当ての半分は魔王だがもう半分はソノラ姫だ。エリアのラルフロイへの牽制としてソノラ姫を呼びたいと言う提案への食いつき具合を見てソノラ姫を参加させる方向に動きだしたが、それは単純にソノラ姫も来たがっていたからである。
 とは言え、ここにいる者の多くは国家の思惑で国を去らざるを得なかった者たち。王族への憎悪から危険な目に遭うこともあり得た。しかし、中心的な人物は姫に対する憎悪はなかった。その反応を見てほかの民衆にも調査を行い、呼び寄せても大丈夫との結論に至ったのだった。
 そもそも、王がほぼお飾りで政治的決定権は大臣衆が握っていたことは多くの者が知っていた。ましてまだ子供の姫など何の力も持っていない。野次馬根性、ミーハー精神。姫をここに呼び寄せたい理由はほぼそれであった。これであれば危機感に欠ける姫を連れてきても問題はない。不安はあったが何かあっても対処可能として同行が実現したのだ。それを告知したときの民衆の喜び方からも、大丈夫そうだった。
 問題はその身を案じた先王まで同行すると言い出したことだ。こちらは大臣の専横を止めずにいた本人なのだから割と危険である。まあ、何かあっても対処はできるし万が一のことがあっても覚悟はできているとのことなのでこの場にいる。謝罪の際には罵声もあがったが、こういう手合いは文句が言えれば溜飲が下がる手合いが大部分だ。故郷を追われたことには文句はあるが、セドキアの方が先進的であり何ならこの新天地の方が暮らしもよくなっていて将来に希望が見えるほど。現状に不満はない。心も広く持てるというものだ。

 民衆向けのセレモニーは終わった。エリアたちにとってはここからが本番である。主要な人物のみが集まり会議が行われる。主要な人物にクレイやエリア、ナミリエまで含まれているのだ。人選はまあまあ緩いらしい。
 しかも、島出身者の席は一カ所にまとめられてしまった。せめてもの抵抗としてエリアはラルフロイから一番遠い席に陣取る。隣にナミリエ、クレイを挟んでラルフロイ。その向こうにグレックがいる。
 ナミリエの反対側の隣はソーニャ、そこからラッカ・ラ・バノンセドキアの主要人物が続く。グレックの向こう側は先王親子とスカイウォーカー、その隣に座ろうとしたテラーファングとの間にチックホーンがスカイウォーカーによって座らされた。ちゃっかりそこに続くようにカーパイノスたちが座っている。
 まずは改めて先王による謝罪があった。それで一旦堅苦しくなった空気を解すべくグレックから質問が飛んだ。
「なにか私が魔神とか呼ばれているのだが、どういうことなのか説明してくれないかね」
「御意にございまする」
 恭しくカーパイノスが立ち上がり、魔神グレックを最上位とする悪魔たちのヒエラルキーに関して述べた。
「ふむ、よく解った」
 グレックはそういうとソーニャに向き直り問う。
「どうしてこんなことになっているのか説明するように」
「私がですか!?」
 結局、この人の話を聞いていてもグレックの知りたいことは聞けないことが解った次第である。
「えーと、その人たちは元はアウズの宣教師で……」
 先走って襲撃してしまい、護衛につけられた聖騎士も壊してしまったのでお詫びと保護も兼ねて同行させた旨を伝える。なお、悪魔教団についてはソーニャも気付いたらいつの間にかこうなってたという感じなので経緯は説明できないのだった。カーパイノスたちの思いこみでこうなったというのは明らかなので深く考えない方がいいのだろう。
「見た目から恐れられるのは慣れてるが、崇められることになるとはな」
 呆れ笑いのスカイウォーカー。一方テラーファングは。
「俺は崇められてる気が全くしねぇぞ?最近じゃペット扱いなんだけど」
 カーパイノスたちは熱心に崇めているが、テラーファングがこんなオッサンたちに興味がない。馴染みの女性たちと一緒にいることが多いが、名前では怖いということになっているのに彼女らからは完全にナメられていた。見た目は恐ろしげなので名前は正しいが、中身は普通にいい人なのも今やバレているのだ。まして変身しなければおとなしいチックホーンなど。
「その辺の事情はまあ解った」
 頷くグレック。先ほどと同じようなもので、深く考えても無駄なことが解っただけである。
「では、そこのラルフロイが魔王と言うことになった経緯についても説明しておこう。ラルフロイ」
「俺ですかい。俺も流されて祭り上げられただけで未だに経緯とか把握し切れてないんだけど?」
 不満そうにごねるラルフロイの代わりにソノラ姫が立ち上がった。
「それではワタクシから説明を……」
「ややこしくなるからやめろ」
「ええー」
 ラルフロイに頭を押さえられて座らされるソノラ姫。これは結果としてごねていたラルフロイを立たせることに成功したと言えるのだろうか。
「あー。俺は天使とか言う魂を吹き込まれた本を集めてたんだが、その時にあのジーポックって奴と連むことになったんだわ」
 呼ばれて立ち上がり敬礼したのは革命家にして魔王親衛隊副長のスティーブン=ジーポックである。力を持つラルフロイとマンパワーを抱えるジーポックがお互いの力を利用しようと手を組んだのだ。
 そこまではよかった。ジーポックの情報網で天使の出現をすぐに聞きつけ、ラルフロイの魔法で駆けつけ始末する。あっという間に彼らは救国の英雄として持て囃されることになった。その勢いで革命まで成し遂げたのだ。
 だがしかし。情熱と理想あるジーポックだったが、情熱と理想以外は特に何もなかった。特に、革命を成し遂げた後のことは何も考えていなかった。とりあえず王を倒せば何とかなる。そう思っていたのである。
 事後の始末はラルフロイを含む他の人に丸投げされた。ジーポックがヘタレで一応国のトップだった王を勢いのままに弑さずに済んだので協力を得られたのも大きい。新たな指導者を擁立しつつ自分も裏で影響を及ぼそうと目論んだ王の提案で王座が委譲されることになったのだが、ジーポックはこの革命家の集団の旗印になるのが限度の人間である。
 どうするか侃々諤々の議論が、進んでいるようで一進一退する中、ジーポックの目に留まったのがお姫様と談笑するラルフロイの姿。実際楽しそうに笑っていたのは主にソノラ姫の方だったが楽しそうに見えたという事実が全てである。
 その僻みがきっかけでラルフロイに丸投げする方向に舵が取られたのだが、ラルフロイには後ろ盾にグレックもいる。結果的には本人以外納得の人選ということに落ち着いたのだった。もっとも、ラルフロイも結構好き勝手できる今の立場に不満はない。
 ただ、面倒事を勝手に押しつけてくれたジーポックを放置するつもりはない。隊長にするにはあまりにも頼りなかったので親衛隊副長として身近に配置して顎で使い、いざとなったら使い捨ててやるつもりである。まあ、市民の人気はあるので使いやすい人材であった。
 そんなわけで、ラルフロイが指導者として選ばれた経緯を知っていたのはそのジーポックと先王だ。もちろん、姫と楽しそうに談笑するラルフロイにイラついて押しつけたなどと言う本音はおくびにも出さない。
 新たな指導者をたてるにあたり、ジーポックはそんな大役が務まる人間ではないのは自他ともに認めるところであった。そこで目を付けられたのはラルフロイである。
 王もラルフロイが教会から悪魔と恐れられるほど暴れていた人物なのは把握していた。あれは何者なのかと教会からも問われたが、以前捕獲を試みた二人組ではなさそうだ、あとは知らないとしか言いようがない。
 一方一応仲間だったジーポックはもちろんラルフロイの身の上話くらい聞いていた。王の知りたかったことも把握していたのだ。それはアテルシアをかき回していた魔法使い・グレックとの関係だ。同じ島の出身だと言うことやグレックからの保護を受けている――ちゃんと保護されているナミリエと違いラルフロイは割とほったらかされていたとは言え――ことも聞いていた。それが判れば十分だ。
 グレックは散々国をかき回してくれただけあって国の内情を熟知していた。隠していた国家の悪事を白日に晒したのがグレックである。その結果このような結末を迎えたのは自業自得であったが、きっかけを作ったのはグレックだった。この責任は取らせなければ腹の虫が治まらないし、国を任せてみるには悪くない人物だと思えたのである。
 王の思惑通り、ラルフロイが魔王に擁立されたことでグレックが出てきた。しかも王が動くまでもなくラルフロイとスカイウォーカーがグレックを引きずり込もうとしていた。最後の一押しをするだけでグレックも引き入れられたのだった。

 そのような事情を先王は隠すことなくぶちまけた。グレックもその辺は解っていたようで、仏頂面にはなっても口は挟まず聞いていた。
「じゃあ、今は旦那が国を裏で操ってるわけですかい」
「まあ、そうなるな」
「ぶははは!どう転べばそんなことに。誰の得になるんですか」
 吹き出すテラーファング。
「まあ、無用の混乱を招かずに済んだことだし国民にはよかったのだろうよ」
 大臣に全てを任せきりのイメージがあった先王だが、なかなか抜け目ないようである。抜け目ないからこそ国がどれだけ乱れても無能より酷い評価は受けずに全て大臣に着せてきたとも言える。今回も魔王という御輿の陰で目立たず国に影響を与えられる立場にいるのだから。

 アテルシアの情勢についてはこんなところである。国内で起こっていた混乱はひとまず落ち着き、市民生活は平穏を取り戻している。結構な割合で恐怖で押さえつけているだけではあるのだが、おとなしく暮らしている大部分の者にはその恐怖が直接及ぶことがない。
「恐怖って……何をしでかしたのよ」
 ラルフロイには関わりたくないエリアも思わずそう呟く。
「それが今から報告する聖書とやらに書かれていたありがたい神の奇跡の話に繋がるのさ。役に立つ話だから聞いておけ」
 魔王に相応しい邪悪な笑みを浮かべてラルフロイは言う。そして荷物から一冊の本と数本の小瓶を取り出して並べた。小瓶には淡い燐光を放つ液体が満たされている。
「何これ、キレイ!」
「これは特濃の聖水ね」
 ナミリエとソーニャが小瓶を引ったくってこねくり回し始めたがラルフロイは気にも留めず話を始めた。
「この聖書を核にしていた天使とやらの作り方は今のところ判らない。話を聞いた限りだと神のために殉じた者の魂が天使となるとか言う名目らしいが、要するにそいつを殺して魂を聖書に移して作り出すわけだ。面白い魔法ではあるが人一人殺してまで作る割には脆いし長持ちもしない。実用性はあまり高くないな」
 その方法に興味が無くはないが、積極的に探求するほどの価値はないと考えているようである。手に入れたら興味本位で数人は実験台にしそうなので手に入れずに終わってほしいところだ。
「天使は聖書に書かれた魔法を発動させることができる。長持ちしない理由だが、魔法を使う度に封じ込められた魂が力を消耗するからだ。俺たちや教会の聖人とやらが魔法を使うときも魂は削られるが、飯食って寝れば回復していくし、使いすぎても命が脅かされるところまで行く前にへばって動けなくなる」
 しかし、肉体を捨てた天使は食事も睡眠もできないので回復はしないし、感覚も失っているので力の使い過ぎも感じられず使い切るまで動けてしまう。それどころか聖書に魂を固定する術式で常時力を消耗している。そのままでは魂は削れる一方だ。その問題を解決する方法ももちろんある。
 一つがカーパイノス達が中身が天使の聖騎士に行っていた方法、祈りだ。心を捧げるという意志を伴う祈りによって魂の力を祈りの対象に向かって解き放つのだ。最近では悪魔教団でクレイ達も祈られる立場になっていたが、実はこれだけでは祈られた対象に直接力を送り込むことはできない。受け取る側も準備が必要なのだ。
 しかし、魔法の効果が目に見えて増大していたのをみれば判る通りそれも無意味ではない。祈りで解き放たれた力は対象の空間に留まる。クレイたちが行ってきた周囲に漂う魔力をかき集めた状態と同じようになるわけだ。
 もう一つの方法が、アテルシアに現れた天使がやっていたこと。人の魂を食らうのだ。これには段階があり、平たくいえば死なない程度に吸い取る、あるいは殺して吸い尽くす。
 死なない程度と言えど、僅かにでも無理矢理魂を削り取ればそれはダメージになる。祈りや魔法の使用による消耗と違い簡単には回復しない。繰り返せばだんだん精神が損耗し、廃人になるだろう。そうなると効率も著しく悪くなる。何度も吸い取ってから絞り尽くせば搾り取れるエネルギーの総量はいくらか増えるが、手間やその非人道ぶりに見合うほどではない。
「その効率がどうとかいう情報はどこから得たの……?」
 得意満面で語るラルフロイに、ソーニャが恐る恐る問う。
「実証実験の結果だ。幸いなことに殺さなきゃならない死刑囚とか言うのが大量にいたのでありがたくその命を使わせてもらった」
「大臣が暗殺されて以来死刑の執行が止まっていてね。治安が乱れている間に凶悪事件も多数起きていた。ラルフロイ君が自ら犯人を捕まえてきて、取り調べまでこなしてくれてね」
「精神を操る魔法を得意としてるだけに、取り調べは完璧だぜ。やってりゃ嘘はつけねえし、冤罪も一発でわかる。隠れてる犯人も魔法であっという間に見つけるし、事件が起こってるところに駆けつけてその場で捕まえるし。実質生け贄集めなのにあっという間に正義の味方扱いだ。まあ、本人の意思を無視して真実を吐かせて、その場で魂を抜いて殺す様は魔王の所行でしかなかったがな」
 ラルフロイの端的な返答に先王が補足し、スカイウォーカーが詳細を付け加えた。スカイウォーカーは散々付き合わされたのが見て取れる。そしてそんなことを市民の前ですれば大変な犯罪抑止力になる。平和にもなるわけである。
「そうやって吸い取った魂をぎっちり詰め込んだのがその瓶だ。人間数人分の絞り汁さ」
 話の流れからその結論を予測していたナミリエとソーニャは既に瓶から手を放していた。巡り巡って瓶を手にしていたザイーは何とも言えない表情で瓶をテーブルにそっと置いた。
「調子に乗って派手にやりすぎたせいで、凶悪犯もめっきり減って今後材料になってくれそうな輩の確保に困りそうだがね」
 スカイウォーカーの言い方はどうかと思うが、治安が良くなったのは素直に喜ぶべきだろう。それに、こそ泥や変質者くらいは湧いている。そういう手合いからちょっとだけ魂を分けてもらうというのは悪くないのでその方向で話が進んでいるのだった。そんな細かい話はわざわざこの場で言ったりしないのだが。
 ラルフロイは最初にこれは役立つ話だと言っていたが、さすがに人間を殺して魂を奪う方法を役立てる機会などなさそうだしあって欲しくはない。祈りのメカニズムが判明して利用しやすくはなりそうなのでそのくらいは役立てることができそうだが、それはそれで悪魔教団が調子に乗りそうなのが癪だ。しかしそのくらいは我慢することにしよう。

 ラルフロイが嬉々として己の悪行をひけらかしていたその時。エリアはその話を聞いていなかった。それどころでない事態に陥っていたのである。
 きっかけは大きなテーブルの斜向かいの席に座っていたソノラと目が合ったことだった。ニッと笑みを浮かべるとソノラの姿が消えた。案の定、テーブルの下に潜ってこちらに這い寄ってきたのだった。エリアの足下にヌッと現れるソノラ。
「ごめんあそばせ」
 お転婆なのかお上品なのか。そしてそんなソノラはとんでもないことを言い出す。
「あなたがラルフロイの思い人ね!?」
「へ?ちょ、いきなり何ですか!?」
 慌てて自分もテーブルの下に入り込むエリアだが、これだけでは特にこの話をあまり聞かれたくない面々と近すぎる。部屋の隅っこまで連れて行った。最初の一言を聞きつけたナミリエがくっついてきたことに気付かないほど動揺してはいないが、このくらいは許容する。下手に追い返す方がややこしいことになりそうだった。
「ラルフロイから何を聞いたの?」
 まずはそこをはっきりさせておかないと自ら余計なことを言ってしまいかねない。
「婚約したらあっという間に逃げられたって。あなたのことでしょう?そちらの子じゃないわよね」
 そちらの子ナミリエは大きく頷いた。どうやらラルフロイは自分が島を出てきた事情だけ話していたようだ。その相手であるエリアについては特に話していなかったようだが、あとは島出身者でラルフロイが婚約者に選びそうな、そしてそれを蹴って逃げそうな方を選ぶだけ。まあ、それがナミリエだった可能性も捨てきれなかったようだが。
 エリアとしてもそのくらいは認めざるを得ないだろう。相手がかっこいい男の人だったら、自分では認めてなくても婚約者がいることなど知られたくないが、女の子同士だ。
「確かにそれは私のことね。……で、ラルフロイってどうなの、まだ私のこと諦めてない感じ?」
 今のラルフロイについては、今一緒にいる時間が長いソノラの方がよく知っているはずだ。
「うーん、どうなのかしら。逃げられただけにあんまりその話をしたがらないし」
 まあ、それもそうか。そもそもこの子には関係のない話だ。未練たらたらでも話す相手はほかに選ぶのだろう。
「ねえ、あなた。何で逃げたの?」
「え。そりゃあ、私あいつ嫌いだし。嫌いは言い過ぎでも苦手よね」
「性格悪いのよね、あいつ。子分相手には兄貴肌って感じだけど、外面が悪すぎだわ」
 ナミリエまで同意してきた。
「そうは言っても男の子だし、女の子相手ならいくらかマシにはなるんだけど……。威張り散らしてる姿はイヤってほど見せられてるもの」
「なるほどねぇ……。それなら私があの人を狙っても文句言わないでしょ?」
 ソノラはそう言ってにやっと笑った。
「言わないけど……いいの?性格悪いんだよ?」
「今のところ気になるほどじゃないわね。魔王だと思えばむしろイメージ通りって感じ?性格悪いって言っても貴族の一部に比べればまだまだいい方ね。手法は魔王そのものだけど、善良な市民に理不尽なことを強いる訳じゃないし」
 ソノラは言うなれば不良に惚れるタイプだった。そしてラルフロイの魔王そのものの手法については本人が得意満面で語っている最中。結構どん引きなことをやらかしているのだがそれでも許容範囲内らしい。敵には容赦ないが子分の面倒はよく見るくらいだ。敵対さえしなければちょっと鬱陶しいとかちょっと腹が立つくらいのものだった。むしろあれよりひどい一部の貴族とやらがどれほどなのか気になるところだ。
「あなたがそれでいいって言うなら邪魔立ても止めもしないけど……あいつのどこが気に入ったの?」
「だって、魔王よ?そんなのが身近にいるなんて滅多にないじゃないの。顔も悪くないし」
 そもそもエリアは魔王というものがいまいちぴんと来ていないのでそのあたりについては理解のしようがないのだが、それを除外すると至って普通の理由になった。確かにラルフロイは顔つきにまで性格の悪さが滲みにじみ出てはいるが全体的に見た目はよいのだ。
「ねえ、あなたたちの知ってるラルフロイってどんな人だったのか、教えてくれない?」
 その話は後でゆっくりすることになった。ついでにエリアたちもさっき気になったラルフロイよりひどいという貴族の話やそもそも魔王って何というような話も聞かせてもらうことを約束したのだった。

 少女たちの密談が終わる頃、会合の話題はこの町の今後に関する話題になった。重要そうな議題に聞こえるが何のことはない、こんな建物を造ってほしいという要望である。
 まずはラルフロイから、暇なときに一人で寛げる場所を作って欲しいという要望が出た。城はあまり落ち着けないので、時には一人で静かに過ごしたいそうである。
「えーっ、私を置いていく気?寂しいこと言わないでよ」
「うるせえ、主に誰のせいで落ち着けないと思ってやがる」
 どうやらソノラのいない落ち着ける空間をご所望のようである。
「いいんじゃないの?今は一人で過ごす場所だけどそのうち二人で過ごす場所になるかもしれないし?」
「それはあるかも」
 口を挟んだエリアにソノラはちょっと納得したが、ラルフロイとついでに先王がすごい形相で睨みつけてきた。
「それと私からも建築依頼を出したい。予てより、手狭になっていた魔法研究所の本部をここに移転させようと調整してきた。その辺りの目処も立ってきたので建物をお願いしたい」
 グレックからも要望が出た。そこにカーパイノスも便乗する。
「悪魔教会も是非そこにご一緒させていただきたく!何なら今使っている建物と土地を提供いたします」
 一瞬嫌そうな顔をしたグレックだったが、考えればメリットはあった。祈りにより魔力が生み出されるのが分かっているのだから、魔法研究所でその魔力がいろいろ利用利用できそうである。それに、目の届くところに置いておかないとこいつらは何をしでかすか分からない。気がついたらセドキアの国教が悪魔教になってたりしたらたまらない。
 こうして、魔法研究所本部と悪魔教団総本山を組み込んだ魔王城が建築される運びとなったのである。
「は?ちょっと待て、俺の別荘もそこに入ってるのか!?しかも魔王城って……」
 魔法研究所と悪魔教会の話は自分と無関係だと油断していたラルフロイは現実を思い知らされることになる。
「いいじゃない、面白そうだし!」
 ラルフロイに決定権などなかった。ソノラの鶴の一声でこの一件は決定された。

 会合もお開きになり、何事もなくラルフロイをやり過ごした……つもりだったのに、まさかこんなところで鉢合わせするなんて。エリアは溜息をつく。
「人の顔を見て溜息とはご挨拶じゃねーか」
 そのせいでラルフロイに絡まれたのは自業自得でしかなかった。幸い、周りには誰もいない。だから少し怖くもあるが、逆にこの状況だからこそ言いたいことも言ってやれそうだ。
「こんなところまで逃げたのに追いかけてこられたら溜息もつきたくなるわよ。トイレから出たところで話しかけられるのも不愉快だわ」
「トイレから出たところは見てねえよ」
 それはそうだろう。エリアだって、トイレから出て歩いていたらラルフロイが廊下の角から出てきたのを見ただけだ。恐らくそんなラルフロイもトイレに行こうとしていただけだろう。
「そんなことより、さっきはソノラと何をこそこそ話してたんだ?変なことを吹き込んでないだろうな」
「吹き込んでないわよ」
 今はまだ。この後ゆっくりと吹き込む約束をしていることはもちろん内緒である。
「お姫様とずいぶん仲がよろしいようですけど。私のことは諦めて乗り換えたとか?」
「そんなんじゃねーよ、纏わりつかれているだけだ」
 確かに端から見ていてもそんな感じだった。それに、ここでラルフロイに乗り換えたと明言されたら腹が立つに決まっていた。そんな感じじゃないと感じられたからこそ、こんな風に切り出せたようなものだ。
 ラルフロイがソノラに乗り換えてくれるのはエリアとしても大歓迎ではあるのだ。これからそんなラルフロイのイヤなところをたっぷりと吹き込もうとしているわけだが、もちろん二人を引き裂こうという意図は全然ない。ソノラにしてみてもおつきあいが始まってから後悔しないための情報収集なのである。エリアだってそれを応援したいという気持ちだ。
 しかし、いくら何でも自分を追いかけてきたはずの男の子が自分と再会する前に他の子に乗り換えてたとなるとプライドがずたずたになる。これからビシッとフッてやるのでそれからならば好きなだけ乗り換えてくれて結構。
「まだ、私のこと諦めてないのね」
「いや、そうでもないんだけどな」
 は?エリアは心の中で聞き返す。
「勢い込んで島を出てきたところまではよかったが、そこからいろいろあっただろ。おかげで今じゃ魔王なんてことになってるしよ。やることも多くて女のケツを追い回してる場合じゃなくなっちまったぜ。島を出たときは心を操ってでも俺のものにしてやろうと思っちゃいたんだけどな」
 ラルフロイは恐ろしいことを言う。確かに、女の子ならみんな知っている恋のおまじないと言うことになっている魅了の魔法がある。そういう魔法を使えばそんなこともできるのだろう。
 そのおまじないは相手の目を見ながらでないと効果がない。そして、女の子がみんな知っているなら男の子だっておまじないのことを知っている。そんなおまじないをすることは、見つめ合いながら「私を好きになーれ♪」なんて言うのと同じようなものである。おまじないが嘘っぱちでも効果があって不思議ではないレベルだ。
 そして自分の思いを告白もできない片思いの状態で、見つめ合いながらばればれのおまじないなどできない。ナミリエだってまだクレイにおまじないをしてないほどだ。密かに思いを寄せる相手を振り向かせる為のおまじないではなく、恋人同士でいちゃつきながら絆を深めるためのおまじないだろう。
 ラルフロイくらいの力と容赦の無さなら、背後からでも眠ってる間にでも掛けられる強力な魅了の魔法があっても不思議ではない。朝起きたらラルフロイの虜とか寒気しかしない。もちろん、そんなことをする気があるならわざわざ言わずにこっそりやるだろう。恐怖や嫌悪感があると魅了の効果が落ちる。
 ラルフロイならわざわざそういった感情を抱かせた上でそれをねじ伏せてものにするようなこともやりかねないイメージがある。しかしラルフロイの言い方からはもうそんなことをする気がないのは明らかだった。
 訳も分からないまま魔王などと言うものに祭り上げられたラルフロイだが、忙しい日々は充実していた。世界の広さも知り、日々進歩する科学や文化も興味深い。色恋に現を抜かしている場合ではない。まして逃げて行く女をわざわざ追いかけるほど暇ではないのだ。
「そんなわけだから、俺のことはもう気にしなくていい。いろいろ悪かったな」
 手を振ってラルフロイは立ち去っていく。あっけない終わり方にエリアは一瞬呆然となった。ラルフロイと出会った場所、そして今歩き去った方向。その辺りからただ早くトイレに行きたかっただけだろうとも思うのだが、それにしてもである。
 フってやるつもりで話しかけたら、自分がフられたみたいになってしまった。ものすごく、納得がいかなかった。