マジカル冒険譚・マジカルアイル

34.作戦会議

 ナミリエの見た天使の話は早速、ソーニャやサマカルド、テラーファングらにも掻い摘んで伝えられた。どうやらソーニャにとっては初耳ではなかったようである。
「天使ってのを教会が造っているらしいっていう話はちょっと前から出てたのよ。ただ、どんな物かは一切不明でさ。飛んでるらしい、光るらしい。あたしが知ってた情報はこんだけ」
 ソーニャの言葉にテラーファングは苦笑する。
「情報ってほどのもんでもねえだろ」
「存在を掴んでただけでも褒めて欲しいところよ、教会でもごく一部の高僧以外にはその存在すら極秘だったんだから。早くも存在どころか正体までバレたのは連中にとっても大誤算でしょうね」
 いい気味と言いたげにソーニャはクククと忍び嗤う。いやな聖女である。むしろやはりどう見ても魔女であるがそれは置いといて。
 天使は人知を超えた得体の知れない存在だからこそ異教徒たちにも畏敬の気持ちが起こる。空は飛んでいてもその正体がただの本だと知られれば、おとぎ話に登場するお化け屋敷で噛みついてくる本のお化け程度のただの化け物として、弓矢や鉄砲で狙われ逃げまどうことになり形無しだ。とは言え、空から攻撃してくることを考えれば十分恐ろしい存在である。
「で、そいつらは俺たちに関係あるのか?こっちにも来るって?」
 テラーファングにとって、余所で起こってることは他所で起こってることに過ぎず、自分に関係ないなら興味はない。とは言えそんなことはナミリエも知らないし、ナミリエからの伝聞しか知らないクレイとエリアにはもっとわからない。代わりに教会のことを少しは理解しているソーニャが意見を述べた。
「天使が量産可能で教会に得があれば来るんじゃないかしら」
「得などあるか?」
 サマカルドの問いかけにソーニャは少し考える。
「あたしらの邪魔をすることでアテルシアに恩は売れるでしょ。それに教会にとっては魔法使いは何としても生け捕りにしたい訳よ。それに、ナミリエちゃんは天使をやっつけてるし正体まで暴いてるわけだから、生け捕りどころかいっそ……」
 小さなナミリエの前だ。柔らかい表現を探してソーニャが口籠った。それでもナミリエの表情が曇る。
「あっちがその気なら返り討ちにするまでよ。そんでもって親玉は本物の天使のいるところに送ってあげるわ。地獄に堕ちるかも、だけど」
 柔らかい表現ならナミリエの方が思いつくのが早かった。いや、あまり柔らかくはないような。いっそ直接的でより過激なような。しかも最後ににやりと笑って見せるあたり、ソーニャに負けず劣らず過激だった。
「ナミリエ。ラルフロイの影響受けてない?発言がちょっと危ないわよ」
「うえっ。うっそぉ」
 エリアに指摘されるまで自覚はなかったようである。
「とにかく、教会にとって得だらけか」
「損もあるわよ。一応教会はアテルシアの後ろ盾にはなってるけど、これまで戦争行為には荷担してきてないの。亡命を受け入れた時点であたし等はセドキアの人間だし、ここは言うまでもなくセドキアだからね。攻撃を仕掛けたりしたら宣戦布告するようなものよ」
「じゃあ、大丈夫か」
 楽観的なテラーファング。
「セドキアが我々を売らなければな」
 対してサマカルドは悲観的であった。サマカルドとしてはつい先日まで敵国だった国を完全には信用できないだけだったが。
「さすがにそりゃあねえだろ。この、えーとなんだ、開拓団はおやっさんの差し金だしよ」
「いや……。それがあり得るのよね」
 ソーニャは申し訳なさそうに言った。
「なんでだよ」
「あたし等を囮にして教会の連中を誘い込んで潰すとか。……いっそあたしらがそいつらをそれこそ返り討ちにするのを狙ってるとか。ナミリエちゃんがわざわざここに合流してきたってのが気になるのよ」
「え、あたし?なんで?」
 件の人物はきょとんとしている。
「だって天使なんて危ないモノが出現してるのに、もしかしたら狙われてさえいるかもしれないナミリエちゃんを一人でこんなところまで来させるなんてさ。何か考えがないとねぇ」
「ロゼフがいたわよ」
 些細な差異だがナミリエは訂正した。
「いないに等しいでしょ」
 酷い言われようである。なお。
「それはひどいっす」
 彼はここにもちゃんといたのである。これまで発言もないし、ソーニャの発言と同じくいないに等しかったが。一応ソーニャも今の発言はちょっとひどかったかなと反省したようで。
「天使が現れた場合の話よ。弓くらいじゃ届かないし、アテルシアに銃士隊がいるなんて聞かないし。あなた、何かできて?」
 あまりフォローになってない気はする。
「すんませんっした」
 そしてロゼフも否定はできないようである。流石に可哀想に思えたのか、ナミリエがフォローする。
「いざとなったら空にすっ飛ばして槍で突き刺してもらうくらいのことはできると思うけど」
「飛ばすのは槍だけにならないかな」
「あー、それで十分か。でも、それなら投げるのはあたしでもいいからあんたはいらないことになっちゃうわよ」
 大したフォローにならなそうである。
「必要なのは槍だけだとして、槍を持ち歩く男手も必要じゃないかい」
 足掻くロゼフ。ソーニャが結論を出す。
「……そうよ。あんたも必要な人だわ」
 ロゼフの存在理由が見つかったところで話を戻す。クレイたちは開拓地まで同行したらそこからグレックの拠点となっている魔法研究所を目指すことになるだろう。一方ナミリエもクレイ達との合流を急がないのであれば、研究所で待たせれば安全に合流できた。今はもうアテルシアにも魔法使いとみるや追い回そうとする兵士もそう多くはあるまい。アテルシア首都近郊にあるグレックの拠点に辿り着けさえすれば、そこから研究所まではグレックが使っている転送ゲートがあるし、ナミリエほどの力があれば十分それを起動でき研究所まですぐに行けたはずだ。開拓地の方で待たせることもできたかもしれない。それなのにただでさえ混乱のさなか、そこに天使まで現れているのにわざわざ高速艇まで奪わせてクレイたちとの合流を急がせたのは理由があったはずだ。
「念のために聞いておくけど。一刻も早くクレイちゃん……とエリアちゃんに合流したいとか、そういうことを言って合流を早めてもらったってわけじゃないのよね?」
「い、言ってないわよ!あたしはあの鳥の人に言われるままに動いただけ。そりゃあ早めに会える方がいいとは言ったけど、無理強いまではしてないもん」
 それは本当のことだ。内心では早く会わせて欲しいとは思いつつ、素直になれない複雑なお年頃であるがゆえに。
「それならば、敢えて大変な思いをさせて追いかけさせたと考えるべきよ。こっちの援軍にするためにね」
「援軍……ねえ」
 テラーファングはナミリエに目を向けた。見た目としてはこの言葉がこれほどに合わない人物はそうはいないだろう。しかし、実戦経験列びに実績はあるわけだし、現役軍人とは言え荷物持ち程度にしか期待されていないロゼフの方がよほどおまけだ。
 何はともあれ、である。
「実際のところはどうであれ、備えておいて損はあるまい」
 サマカルド隊長の決断で、対・天使の作戦が動き出したのである。

 汽車の旅も三日目が終わろうとしていた。天使襲来の予感は取り越し苦労でこのまま開拓地に何事もなく到着するのかと思い始めたその夜、事態は動き出すことになる。
 開拓民たちが宿を借りる公会堂に待つものがあった。入り口の前に立ち塞がる、屈強な男。巨人かと思うほどの巨躯に皆威圧され足を止めた。
「あーら、ホーンちゃんじゃなーい。なーに、お出迎え?」
 ソーニャの知り合いだったようである。
「うす。ども」
 としか言わないその男に代わり、ソーニャが紹介する。
「この人はチックホーンちゃんよ」
「その名前……俺の同類か」
 テラーファングが牙を剥き出して笑うとチックホーンは肩を竦めてそわそわしだした。
「いじめちゃだめよ。ホーンちゃんは気が優しくて力持ちってタイプなんだからね。肉体のベースは牛さんよ。変身すると名前の通りぶっとくて立派な角があるわ。……で、こんなところまでわざわざ出向いてくるからには何か用があるんでしょ」
「伝言。……旦那から」
 そう言うとチックホーンはその図体相応の大荷物から封書を取り出した。ソーニャは封書を受け取り、封を切る。中の書状を開き……地面に投げ出した。書状には大きく魔法陣が描かれている。読む書状ではなかったようである。広げておけば魔法陣が効果を発揮し、何かが起こるはず。
「で、何が起こるの?ホーンちゃん」
「……さあ?」
 頼りない二人は放っておいて魔法陣を調べようと魔法使いの子供たちが群がったそのとき。魔法陣が光を放ち煙を吹き出し、子供達は散れた。煙はゆるゆると人型をとりグレックの姿になった。
「あら。お久しぶり……って、こっちの声は聞こえないのかしらね、これ」
「……さあ?」
「手紙の中身くらい把握しておきなさいよ。でもこれ、よくある伝言を伝えるための幻影でしょ」
 多くの人には分からないが、よくあるようである。
「俺、魔法のことはよくわかんない……」
 封書を運んできたチックホーンもそんな多くの人の一人である。と。
『おい、ソーニャ』
 その声に多少の怒気を感じる。しかも、険しい顔つきは明らかにソーニャの方に向いている。
「ひゃっ。なななんでしょう」
『手紙はもっと丁寧に扱わんか。放り投げよってからに。それとチックホーン。期待はしていなかったが、やはり私の言ったことを忘れたな』
「すんません」
 ぺこりと頭を下げるチックホーン。ソーニャほどビビっていないのは、どやされ慣れているせいであった。
「ちょっと。会話できるの、これ。って言うか手紙を開く前のことまでバレてるじゃない」
 小声でチックホーンに言ったソーニャの言葉は、しっかりグレックにも届いていたようで。
『そりゃあ、“会議”を開こうと思っていたんだからな。お互いの声が聞こえないとまずかろう』
 さすがに、一言ガツンと言ったことで怒りは収まったのだろう。グレックはいつもの飄々とした雰囲気に戻っている。
「それはごもっともだわね。……もう、言ってよホーンちゃんてば!」
「すんません」
 憶えていれば言うのだ。憶えてないのだから仕方ない。
「そんでおやっさん。会議って、聞かれても大丈夫なんですかね」
 テラーファングはこちらを遠巻きに見守る開拓民を示して問う。
「問題ない。彼らのこれからにも関わることだ、会議には代表者を数名参加させてほしい。立ち話もなんだからここの会議室を使おう。外では最悪私が風で飛ばされるしな」
 今、グレックは一枚の紙切れである。しかも、まだ地面に放りっぱなしの。
「丁重に扱わせてもらいますわよ」
 ソーニャはグレックの足下に広がる紙をグレックの幻影ごと両手で捧げ持った。なんとなく、シュールな光景である。

 開拓民の代表者として市長、生産者組合長、個人商店会会長などに加えサマカルド、ザイーなどが加わった。ザイーは結構な規模になっている一大組織であるエリアちゃんファンクラブ会長として参加させられているのだが、さすがにこのメンツでその肩書きはまずい気がするので婦人会代表と言うことにしてある。
 そういったメンバーが集まるまでの間、少し時間ができた。
『君がナミリエか』
 ただでさえ子供の少ないこの場に於いて、際だってちびっ子のナミリエはすぐにわかる。
「初めましてグレックさん」
 多少緊張気味に挨拶をするナミリエ。グレックは多少強面なので無理もない。
『アテルシアがごたごたしているから安全なところに送っておこうとこちらに同行させることにしたのだが、結局は巻き込んでしまうことになりそうだ。すまん』
「それって、天使がこっちにも来るってことかしら」
 ソーニャの問いかけにグレックが頷く。
『そういうことになる』
「それは予想済みで準備を進めているところよ。あたし、てっきりこっちにも天使が来るから天使との戦い方を知ってるナミリエちゃんを援軍によこしたのかと思ってたけど、そういう訳じゃないのね」
『私がいくら戦う力があるからといってこんな小さい子供を戦いに巻き込ませようとするような非情な人間だと思っていたのかね』
 ギロリと睨め付けられ。
「いや、その。……ちょっとだけ?」
 はにかみがちに言うソーニャに呆れてフンと鼻を鳴らすグレック。そこにテラーファングがにやけながら。
「これは嬢ちゃんを囮にして教会の連中をセドキアに誘い込んで叩く作戦だろうとか言ってましたぜ」
「やだちょっと、言わないでよ」
 調子に乗って推理を発表したら派手に間違ってた恥ずかしさ半分。とんでもないことを企んでたことにした本人の前である気まずさがもう半分の慌てぶりである。
『ひどい作戦を思いつくものだ。ソーニャよ。私ならこうするだろうなどと前置きをしてみたところで、思いついたのはお前だぞ。これはあくまでお前の思いついた作戦だぞ』
「う。それはその」
「魔女なら妥当な線だな」
 至って真顔でサマカルドが言った。
「やだ、だからあたしは聖女だってば」
「まだ言ってんの?そろそろ諦めなさいよ」
 こちらはにやにやしながらザイー。
「……揃ったようだな。では、始めるとしよう」
 その言葉に振り返ってみればまだ来ていなかった代表者たちもいつの間にか集まったようである。……今のやりとりも彼らに聞かれたことになるが……ソーニャは気にしないことにした。

『さて。天使の襲来に備えて準備をしているとのことだが』
 その問いかけに、ロゼフがいかにも上官への報告のように答える。実質、現状の彼の上官という認識なのだろう。
「天使は滞空するとのことなので、弓矢を用意しています」
 とは言え飛道具による直接攻撃を嫌い高空に陣取る天使に矢は届かない。だが、秘策があるようである。その前に、一行が持っている情報についての確認。
『ソーニャは私やセドキア王が教会の連中に諸君の追跡を許可し、国内に誘い込んで孤立したところを叩く作戦だと説明したらしいな』
 そしてその非道い作戦がほぼほぼソーニャの想像すなわちソーニャの立てた作戦である事が指摘されているのである。
「そこまでは言ってませんわよ。ねえ?」
「そういう可能性もある、と」
「だな。教会側にそういう動きがあれば利用するのがおやっさんだと」
 サマカルドとテラーファングもフォローしてくれた。フォローになっているのか、そもそもフォローするつもりがあったのかなどは置いておく。
『その点は後でじっくり話すことにして、だ。今こちらに向かっている教会の手の者たちはそのような者ではない。亡命を受け入れられた諸君は今、正式なセドキア国民だ。王が国民を売り飛ばすような真似はしない。ここはアテルシアとは違うのだ』
「すみませんでしたぁ」
 平謝りのソーニャを余所に話が続く。
『よって、天使のような目立つ上に教会の手の者だと分かりやすいものがセドキアの民を害すれば敵対行為と見なされる。教会もセドキアを敵に回したくはないだろう。……ただし』
「お。出たわね、ただしが」
 嬉しそうに身を乗り出すナミリエ。やる気満々である。
『アテルシアの高速艇部隊と仲間を倒された天使が、報復のために結託したという情報がある。名目上でも教会の指示による行動でなければ、謝罪程度でセドキアと教会の対立を回避しつつ諸君を攻撃できる』
「高速艇部隊って、まだ全滅してなかったのね……」
 戦艦スパトニスに応援を求めに行った高速艇は残っていたし、各地の港にも何艘か派遣されていたのだ。ベテランの船員達は多くが脱落してしまっているが、未熟者でも数さえ揃っていれば十分である。
「高速艇なら、もうこの近くまで追いついていても、あるいは先回りしていてもおかしくないですな」
 サマカルドはいつも通りの仏頂面で言う。元アテルシア軍人として、アテルシアが誇る高速艇の速さをちゃんと分かっている。
『実際遭遇したとして、弓矢で対抗するのは難しいかも知れぬ。天使の奴めは矢の届かぬ高空に逃れることもできるからな』
「ぬふっふふー。もちろん対策済みですわよ」
 グレックの意見にソーニャは不敵な笑みを……。
『気持ち悪い笑い方をするな』
 気持ち悪い笑みを浮かべ答えた。やっぱりいかにも魔女である。
「こちらには石を投げて空の天使を落とした人の子分がいるのよ」
「子分じゃないから!」
 ソーニャの言い草に怒り心頭に発するナミリエ。
「あ、ごめん。お友達?」
「お友達でもないから」
「えーと。まあ、そんな感じでお知り合いのナミリエちゃんから話を聞いてまして。同じ作戦が通じるはずです。矢を魔法で届かせてやりますわ。……もちろん、私じゃなくてこの子達が」
 矢を直接魔法で飛ばしたりすれば多くの魔力が必要になるが、弓の補助程度であれば手数を増やしても行けるはずだ。
『ふむ。まあ、良い考えだと思う』
「それで、連中は実際今どの辺にいるか分かってるんですかい」
 めんどくさそうに問うテラーファング。
『いいや。こちらでは、どうやら諸君を追って海に出たらしいと言う話しか伝わっていない。その後のことはセドキアの魔法研究所に追跡させているが、まだその行方は掴めておらんようだ』
「さすが私の仲間達ね。ここ一番で役に立たないわ」
 ソーニャは自分もそうであることをこの旅で重々身をもって思い知っている。
『今後どうなるのかは分からないが、とりあえず警戒はしておいて欲しい。今回はそんなところだ』

「それで、そのナミリエちゃんのお知り合いの彼って、今どうなってますの?」
 今回はそんなところになったので、雑談に入ったようである。
『民衆のデモ隊を率いて国や教会とやり合っている最中だ。多少無茶はするが、そちらはあやつに任せておいていいと思っている』
「え……。任せちゃうの?大丈夫かな……」
 ナミリエは不安そうである。
『彼ほどの力があれば問題は無かろう』
「ううー、力って言うか……。あたしだって、そっちの方は心配してないわ。あいつならやれそうな気はするし、やれなくってやられちゃってもまあ別に、どうでもいいし?」
 さらっと非道いことを言いつつ。
「そうじゃなくて、あいつの自由にさせといて大丈夫なのかなぁって。絶対碌な事しないと思うんだけど」
 さらっと酷いことも言いつつ。
「ラルフロイだって、そんな悪い奴じゃないよ」
 クレイはそう諫めるが。
「クレイがラルフロイの何を知ってるのよ」
 そう言うエリアもそれほど知っているわけでもないのだが。
「う。ううーん、よくは知らないけど」
「あたしとラルフロイの大冒険の話、こってり聞かせてあげたいわ」
 そうは言うものの、こってり聞かせると自分のことも嫌いになってしまうのではないか心配で、先程話した以上のことは絶対に話す気は無いナミリエである。
「うん。聞きたいなぁ」
 絶対話す気は無かったナミリエだが、こうも期待に満ちた顔で、しかもお話しできる機会を作ってくれそうとなると心が動きそうである。
『何か、まずそうか?』
 そして大丈夫だろうと太鼓判を押したグレックもちょっと心が動じているようである。
「今、アテルシアの状況はどうなっておるのですか」
 市長がグレックに問いかける。
『教会が暴動の鎮圧に動き出しましたが、失敗に終わってましてな。まだ国内は混乱気味ですな。とは言え、王は城に籠もってだんまり、軍は散り散りで暴動も捌け口がなく、市民が騒いでるだけになっているのが実情で、どうにもならなそうです』
 見知らぬおじさんにはそれなりの礼儀で接するグレック。とにかく、そんな国内の状況を一言で言い表すと。
「ぐだぐだみたいだな」
「そのようだ。こんな状況が続くと国がどうなってしまうやらだ」
 嘆息するサマカルド。
「元々国内の悪いことを全て魔法使いのせいにして揉み消してきた国と、うっすらそれを解っていながらそれに乗じてた国民の自業自得だわ」
 冷徹にソーニャは言うが。
「いやぁ……国民、解ってたかなぁ……」
「どうだろうなぁ……」
 正直なところ自分たちも解っていなかったサマカルドとかつてラフェオックと言う兵士だった人狼は顔を見合わせた。
「それなら現実を知りもせずに国の言い分を鵜呑みにしてきた国民にしておくわ」
 そして、この場にはそんな国民だった人が結構居合わせていることに思い当たり、ソーニャはやおらとぼけた。
「ま、国民は立ち上がったんだし、自分たちで何とかするでしょ」
 誰もがそんなにうまくいかないだろうなと思うような結論に至ったところで。
「我々は国を追われた身。そんな我々が案じたところでどうなるわけでもありますまい。我らの案ずべきは我が身のことです」
 市長も現況を知りたかっただけだった。なんとなくいい感じで話を纏めてお終いにする。
「私たちが島から出てきたせいでこんな事になっちゃったのかしら……」
 巻き込んで酷い目に遭わせたクレイのことと言い、エリアは気に病まざるを得ない。
「元々国が腐ってたんだ、そこにお前さん達が出てきて膨れたもんに穴を開け膿を一気に出したようなもんだぜ。むしろ感謝すべき出来事だよなぁ?そもそもこれまでだって魔法使いのせいにして腐ったままずっと生き延びてきたんだしよ」
 エリアを慰めるテラーファング。
「そもそもなんだけど、あの国っていつからああなの?」
 異国人であるソーニャはアテルシアの事情について詳しくはない。そして元アテルシア国民達も顔を見合わせる。
「俺たちがガキの頃からずっとああだったよなあ」
「セドキアの戦争が始まってからはより一層魔法使いだ何だと騒がしくなったが……じいさんばあさんの時代から魔法使いは怖いもんだって言われてたしな」
 もし居もしない魔法使いに罪を着せていれば限度はあっただろうが、魔法使いは実際に現れていたのだ。そのおかげ、あるいはそのせいでうまく回ってしまっていた。
 そして、怖いと思われていた魔法使いの立場から見ればこうである。
『私も何も知らずに外の世界に出てくるなり、恐ろしい魔法使いだと言われて追い回されたものだ。生き延びるには追っ手をどうにかし、必要なものも手に入れなければならない。最初のうちは逃げ回り自然のものを手に入れていたが、限界は来た』
 限界が来たらどうなったかはお察しと言うことだ。そして、人々は魔法使いへの恐怖と憎悪を新たにしていく。
 アテルシア人はかつて魔法使いに酷い目に遭わされたという記憶があるのでそのようになるのだろうが、魔法使いから見れば先に仕掛けてきたのはアテルシア人の方である。敵意は輪廻として繰り返されていたのだ。
 それをグレックやクレイ達が掻き回し、国民の怒りは国に向いた。国民にしてみればこれまで手出しができそうにもない魔法使いにしか向けられなかった怒りが、多少なりとも手の届く国に向けられるようになり、捌け口として一気に騒ぎが広まったという一面もある。
「それは解ったけど、それじゃああの天使って奴の親玉って何なの?」
 ナミリエとしては自分を襲った、あるいは自分が襲った存在について知りたいところである。
『教会とアテルシアの繋がりはそう長いものではない。高々100年ほどだ』
「長え!」
 テラーファングは素直な感想を述べたが。
『魔法使いとの因縁に比べれば全然だぞ。何せ教会の総本山とアテルシアはあまりにも離れすぎているからな。船舶の技術が発達した最近になってようやく交流が持てるようになったに過ぎない。今なお民はほとんどその存在すら知らず、王家など一部の者達と交流があるに過ぎん』
 確かに、ここに居る者は未だに教会という存在について今ひとつピンと来ていないのである。元々教会の一員だったソーニャが掻い摘まんで話してくれたからどのようなものかくらいは分かっているが、そのくらいである。
「人々に教えを広めていくのが教会の目的だと言っていたが、それならばなぜ国民にその存在さえ知られないまま100年近くも経ったんだ?」
「教会が人々に教えを広めていくために活動してるのが聖人聖女達なんだけど、あたしら聖人聖女は人前で奇跡の力を見せて人の心を掴んでいくの。大体同じような存在である魔法使いを目の敵にしている国じゃ、さすがに怖くてそれはやれないわ」
 もちろんその時聖人聖女達は今のソーニャのような魔女然とした姿ではなく聖職者らしい姿をしているのだろう。それでも、行動が魔法使いに見えてしまえば民衆からの排除の対象となりかねない。
『それに、アテルシアに接触した目的は布教ではない。最優先すべき目的が他にある。教会の狙いはこの子達のようなのような魔法使いを手中に収めることだ』
「それって、まさか」
 ソーニャは気付く。何せ自分もそのためにずいぶんと言い寄られたものだ。とは言えさすがにこんな子供の前で言うべきではない。そう思い口籠もっていると。
「優秀な子供を産んでくれる嫁になるから?」
 一番ちっこいナミリエがそのまんまをさらっと言ってのけた。
「そういや、ずっと気になってたんだけどさ。子供ってどうすると出来あいたっ」
 クレイはエリアにひっぱたかれた。エリアの方はもう知っているようだ。
「それはあとでファングに教えてもらうといいわ」
 ソーニャが諫めた。
「何で俺が。ロッフルの姉ちゃんに頼め、な?」
「それは洒落にならないからダメ。それより、そういう理由ならこの子たちに危険が及ぶことはないと考えていいのかしら」
 と、ナミリエが横から口を挟む。
「あたしはどうかしらね。敵から見れば仲間をやっつけた敵ってことになってるんだしさ。それに、結婚なんて結構無理矢理させられるものじゃない、ねえ」
「うう、その話はしないで」
 エリアの件はともかく、結婚もともかく。子供さえできればいいなら無理矢理というのもない話ではない。それはまさに危害だ。危害を与えないなんてことはないのだ。とは言え。
『勝手に話を進めるな。まあ、確かに優秀な血を持った後継者というのも目的の一つではあるだろうが、最終的な目的はそんな小さなものではない』
 グレックが割って入ってきた。
「世界征服ですね!」
「違うだろ」
 元気よく言うソーニャに冷静というかいっそ冷ややかにいうテラーファングだったが。
『それは……その先だな。その下準備がその子らを狙う理由だ』
「世界征服はするんですかい」
『その言い方はどうかと思うが、影響力を拡大させれば行き着く先は実質的にはそれだからな……。連中が優秀な血を求めるのも強大な聖者すなわち魔法使いを増やし、多くの奇跡を起こして人心を掴むためだ。そのためには、十数年に一度程度島から出てくる程度の魔法使いを散々な苦労をしてまで捕まえていては埒が明かん』
 現状、その十数年に一度の魔法使いがここだけで4人、さらにアテルシアにも一人残っている希有すぎる状況ができあがっているがそれは置いておいて。
『ならば、最初から魔法使いがたくさんいる場所に行けばよい』
 言うまでもなく、グレックのいうその場所とはクレイ達の故郷の島である。
「島に攻め込んで陵辱の限りを尽くそうってわけね。でも、バカねえ。それだけ力に差があるなら攻め込んでいってもあっという間に返り討ちじゃない」
 もうソーニャも子供達の前だからと言葉を選ぶ気は失せたようである。
『さすがにいきなりそんな暴挙には出るまいが、最終的にそこまで縺れ込むのはあり得ない話ではなかろう。そうなった時、千年に渡って大きな争いなど知らぬ島の連中に返り討ちなどできるか怪しいものだがな』
 だが、一番大人しそうなエリアが言う。
「そうでしょうか……?私たち、島から出ようとしたら長老に殺されかけましたよ。ねえ」
「うん。ぼくらを閉じこめるのに使った岩をそいつらの上から落とすくらいは平気でやりそうだよね」
 クレイが賛同したところに更にナミリエが。
「それに天然物でもラルフロイみたいのもいるでしょ。あそこまでぶっ飛んでんのはあいつくらいだとしても、あたしみたいにあいつの影響を受けてワルくなったヤツはいると思うのよね。つるんでた連中とかさ」
「おやっさんだって飛び出したような島じゃあねえですか。大人しく籠もってる連中だって何かしらため込んでるでしょうや。そんなら、捌け口ができたら今のアテルシアの連中みたいに大暴れするんじゃあねえですかい」
 テラーファングにそう言われたグレックとて、こちらでは色々やってきたのは確かだ。
「無力ならいざ知らず、力があるのに降りかかろうとしている危険を甘んじて受けようとはしないのでは。できるだけ抗うでしょう」
 そして、ここで今まで図体の割に存在感のなかったチックホーンが珍しく発言する。
「相手の力が強いなら、俺ならひたすら下手に出るなあ……」
 図体の割に情けなかった。
『ふう。私の若い頃は知人に恵まれていたのかな。まあ、どのような手段にせよ教会は島の人間と接触を持とうと狙っている。クレイ、エリア、そしてナミリエ。君たちに連中が近付くのは時間の問題だ。用心することだ』
 そしてその時、まさに教会の連中というのは彼らの近くにまで迫っていたのである。