マジカル冒険譚・マジカルアイル

27.オトナしかできない話

 テラーファングはまた一つ溜息をついた。
 苦手な相手と、苦手なカードゲームを黙々とやらされている状況。今一つ居心地がよくない。しかも、ただでさえ少し苦手なロッフルは、先程ちらりと見せた勝負師の顔の通りなかなかの強さだった。頭を使うのが好きではなく運と勢いだけで勝負しようとしがちなテラーファングでは勝率は芳しくなかった。
 ルールのおかげで勝てない強敵クレイ相手に闘志を燃やし楽しんでいたロッフルだったが、相手が手応えの無いテラーファングになってワンサイドゲームでもそれはそれで楽しそうだ。
 一方、魔法を駆使して勝負している3人の勝負はなかなかに白熱している。
 このカードゲームは手札を4つある山のどれかに捨て、他の山から同じ枚数を引いていい手が出来たら勝負するというルールだ。透視の魔法を使えばどの山からカードを引けばいい手ができるのかは分かるし、相手の手札も覗き見ることが出来る。
 もちろん堂々と呪文を唱えてしまえば相手にその手をさらすことになるので、それより若干効果の劣る念による暗唱が中心になる。だが、無言で勝負をしているわけではない。特にテラーファングやロッフルはゲーム中でもよくお互い話したり、誰かに声を掛けたりする。その会話に紛れてこっそりと呪文を唱えられる。唇の動きで詠唱に気付かれるが、何をしているかまでは悟られない。
 ソーニャは初手から山のカードを透視して容赦ない勝負を仕掛けた。だが、カードを引いたソーニャは面食らう事になる。引いたカードが透視で見えたカードとまるで違うのだ。クレイとエリアのどちらかは分からないが、幻視を妨害し偽りのビジョンを見せてきたようだ。魔法で透視をすることは読めるだろうから、それに手を打ってきたという事だ。大人顔負けの狡猾さと言うべきか、子供ならではの悪戯っ子ぶりと言うべきか。ソーニャは気を引き締めざるを得ない。
 エリアはまだまだ余裕はあった。だが、雑談に巻き込まれてしまう。
「そう言えば。お前さん、嬢ちゃんに俺とあんたが同類だって言ってたらしいけどよ。どういうこっちゃ」
 テラーファングが目の前の相手に問いかける。部屋に入る前にもそんな話をした。それを思い出したようだ。
「俺とあんたに共通点があるような気はしねぇがなぁ。……どっちも変態とか?」
「失礼ね」
「否定しなかったらこっちこそ言ってやりたかったところだぜ。俺はただの女好きよ」
「あたしは別段男好きでもないわ。……いや、やっぱ好きか」
 この辺は共通点と言えなくもないが、冷静に考えるまでは自分が男好きだと気付いてなかった点を踏まえれば、このことを言っているわけではないのは明確である。
「ほら、あんた。あたしに自分の体がケダモノだって話してくれたでしょ」
「そんな話したっけ。体がケダモノなのは見りゃあ分かると思うがな」
「あっちの方がよ」
「あっちって。……ああ、そういやそんな話もしたっけ」
 ソーニャはすぐに、シモの話だと感付く。エリアもまた、なんとなくそんな感じを受けた。
「あっちって何?」
 クレイは察しが悪かった。ズバリ聞いてしまう。
「平たく言っちまえば、女をみても興奮しねえってことだ。いくら雌でも犬猫相手に恋はできねえだろ?逆も同じさ」
 エリアやソーニャの想像とは逆の意味だったのでそれだけは驚いた。
「それなのに女好きなの?」
 クレイとは思えない切れ味のツッコミが入った。
「人としての頭の方、いわゆる理性の方が女を求めんのさ」
「カッコつけてるけど、たちが悪いわー」
 口を挟むソーニャ。
「ほんとにね」
「口先だけで女を弄ぶタイプね」
 ソーニャに便乗して好きなことをいうエリアとロッフル。
「おいおい。本能のままに女を食い散らかすよりよっぽどお上品だろ?」
 ごもっともな反論に何も言えなくなる女三人。
「で。それがあんたとどう共通してるんだ?」
 エリアは何となくだが、何の話なのか察しがついてきた。
「あんたさ。女好きなのに子供作れないんでしょ。あたしも男好きなのに子供、もう産めないの」
 さらっというロッフルだが、一同、特に大人二人がばつの悪げな顔になった。
「よくある、子供を堕したらもうできなくなっちゃったってやつ。結婚するまで子供は困るって言われて、連れて行かれた医者が藪医者でさ。痛みが引かないから他の医者に掛かったら、もう子供は産めないって。こうなったらこうなったで結婚はできないってさ。男って身勝手よねー」
「ひどい話ね。女の敵だわ」
「そこまで身勝手なのはそうそう居ないと信じたいがねぇ」
 憤慨するソーニャ、男が全部そうじゃないんだと言いたげなテラーファング。
「その頃はショックだったけどさ、できないんだから諦めて男と遊びまくろうと思ってさ。でも体目当ての男って、やっぱり碌なのいないわ。本命の彼女には絶対できないようなことしようとしたりさ。例えば、お尻に……」
「具体的な話はやめとけ。どうしても話したいなら大人だけの時に聞いてやるから」
 テラーファングに怒られるロッフル。ソーニャも子供の前でそういう話をしないの、と言いたいところだが、この破廉恥な会話で対戦中の二人の集中が乱されるのはソーニャにとってありがたい。クレイはいつも通りとぼけた顔をしているので集中が乱れたかどうかはわからない。そもそも最初から集中しているかどうか怪しい。とりあえずエリアはずっと真っ赤だ。まさにソーニャにとってチャンスである。
 だが、それよりも。
「ねえ。子供を堕ろしたせいで産めなくなったんでしょ。それなら、何とかできるかも知れないわ」
「そうなの?」
「ねえ、エリアちゃん、クレイちゃん。あなたたち、先生から傷か何か治す魔法、教えてもらってない?」
 いきなり話しかけられて慌てるエリア。
「体中傷だらけになったとき、きれいに治る魔法を教えてもらったよ」
 クレイの言葉でエリアも思い出す。
「あ。そういえばそうね。ちょっとしか治らないけど、きれいに治ったのよね」
 エリアは今はすっかりきれいになった、あの頃は傷だらけでボロボロだった腕を撫でた。
「うんうん、やっぱり。その魔法、すっごい魔法なのよ。体を本来の姿に戻すっていう魔法で、その気になれば腕とか足とか無くなっちゃったのだって元に戻るんだから」
「ええっ。本当ですか」
「その代わり、そこまでやるには相当な魔力が必要だけどね。傷を治した時って、一回でどのくらいの傷が治った?」
「このくらいですね」
 腕の上に指で小さな輪っかを作ってみせるエリア。
「うーん。さすがのあんたたちでもそのくらいかぁ。でも、何とかなるかしら」
 この感じ。間違いなく手伝わされる。だが、エリアもロッフルのためなら吝かではない。
「どうするんです?」
 エリアも乗り気になり、ゲームが完全に中断した。クレイも話に付き合うしかない。
「傷を治すのと同じよ。子供を堕ろしたときにできた傷を元に戻してあげるの。そうすればきっとまた子供が産めるようになるわ」
「そうなっても坊主の子供を産むとか言い出すなよな」
 そういいながらテラーファングはカードを引いた。こちらのゲームは中断していない。駄弁りながらも粛々と続行されている。
「大丈夫、その時はちゃんとした男を探すわ。……治るまでに何年も掛かってクレイちゃんがいい男になったら話は別だけど」
 エリアは思う。治るまでに時間がかかったとして、クレイがいい男に成長するのは考えられないと。
「そうとなったら早速やるわよ。あんた、名前なんだっけ」
「ロッフル」
 立ち上がるソーニャ、呼びかけに答えながら立ち上がろうとするロッフル。
「じゃあ、ロッフル。横になって」
 ロッフルは横になるためまた腰を下ろした。
 おっ。これはこの状況から抜け出すことができるか。ほっとするテラーファングだったが。
「でも。ゲームが終わってないし」
「そう?ま、こっちも終わってないし。そうね、じゃあ終わったらね」
 座るソーニャ。テラーファングはぬか喜びであった。ロッフルは座ったままずるずるとテラーファングの前に戻ってくる。ゲームは再開され、終わるまで続いた。クレイらの方は波乱含みの展開だったが、テラーファングらのゲームは奇跡の大逆転など起こらず一貫してワンサイドゲームで終わった。
 そして。ゲームも終わったことだし、邪魔者は退散した方がいいよなと言い出したテラーファングへのソーニャの返事は「え?なんでよ」であり、そのたった一言で退散し損ねるのであった。

 ベッドに横たわるロッフルの腹にエリアが手を乗せている。そして、そのエリアの頭にソーニャが手を乗せていた。いつかと同じようにエリアを増幅器として使っているのだ。今日は女性の体を覗くということもあってクレイはまだ早いとはずされた。
 ソーニャは医者ではないが、聖女として人々に癒しを与えてきた。やっていることは医者とほとんど変わりない。使うものがメスと薬か、奇跡という名の魔法かだけだ。そのため、体の造りなどにも詳しい。まずはロッフルの体がどうなっているのかを確認しようというわけだ。
 女性の体を見るとはいえ、見るのは内側。色気や艶めかしさとはほど遠いものが見える。ソーニャは見慣れているので全く平気だが、エリアは真っ青で今にも卒倒しそうだ。むしろ、透視の邪魔にならないようにギリギリまで着衣を下ろした下腹部を撫で回されている姿をはたで見ている方がよっぽど際どく、傍観しているクレイは真っ赤だ。そして、男手も必要になるかも知れないからというもっともらしい理由も付けられますます帰れなくなったテラーファングもまた、本人の了解もあってその姿を遠慮なく眺めさせてもらっているが、やはり興奮するでもなくすぐに飽きて、俺はなぜここにいるんだろうというような答えのない思索に心を投じている。
「ああ、エリアちゃん。場所は大体そこで、もう少し奥の方が見たいわ。それと、近くで見たいから顔もお腹に近付けて頂戴」
 顔を近づけるのがただのロッフルのお腹ならこんなに抵抗はない。エリアの目に見えているものは蠢く肉と臓物だ。魔法で一部だけ透視しているのでまるで生きた人間の腹に開けられた穴を覗き込んでいるかのようである。幸い中の色までははっきりと見えない上にそこにさらに半透明に透けている皮膚の色が重なり、生々しい色で見ずに済んでいる。それでもなかなかにグロテスクな映像だ。こんなことならクレイにやらせればいいのにと切に思うエリア。確かにクレイなら多少は耐えられるだろう。だがクレイはクレイでとんでもないところを撫で回し顔を近付けさせられるエリアを見て、自分がやらされなくてよかったと切に思っているのである。別の意味で、耐えられそうにない。
「本当は下の方から辿っていった方が早いし分かりやすいんだけどね。ロッフルだっていくら女同士でもそんなところ見られたくないでしょう」
「あたしは平気よ。男にも散々見せてきてるんだから」
「あらそう?でもま、エリアちゃんだって自分のが同じようになってると思うとショック受けちゃうし」
 そんなソーニャの懸念はある意味杞憂であった。何せ、こうして上から臓物を辿っている時点で映像のショッキングさに大した差などないのだ。そんなことより。
「あら。映像途切れちゃった。やっぱり一人じゃ大変?クレイ君にも手伝ってもらった方がいいかしら」
「いえ、そういうんじゃないんですけど」
 集中が必要なこの状況でされるとエリアとしてはちょっと困るような話だった。さらに。
「なあ、あんたら。俺たちがいること忘れてねぇか」
 テラーファングが口を挟んだ。男が二人も聞いているところでする話でもない。とぼけたクレイでさえ、先ほどから固まったままだ。
「忘れてないわよ。これから手伝ってもらうんだし、このくらいは聞く権利が……いや、義務があるわ」
「義務かよ。手伝うって……もしかして俺もか。坊主だけだよな」
「決まってるでしょ、あんたもよ。男手が必要になるかもしれないもの」
 魔法要員であり、男手としてみると頼りないクレイがそちらのカウントに入らないのは致し方ないか。
「軽い気持ちで声をかけたらえらいことになっちまった……。くぅー」
 テラーファングに今できることは、頭を抱えることくらいであった。
「ほらほら、見捨てられた犬みたいな声出さないの。あ、エリアちゃん。今の所よく見せて」
 テラーファングがある意味ソーニャの気を引いているうちに体勢を立て直したエリアにより、魔法のビジョンが復帰した。
「んー。あらー。これは酷いわね……。何をされればこんなことになるの」
 見慣れていないエリアには何が酷いのかはよくわからない。こういう物だと言われれば、そうなのかと思えてしまう。ただ、本来はもっときれいなのだろう。
「お医者さんにもらった薬を入れたの」
 ロッフルは入れるポーズをし、クレイをどぎまぎさせる。
「薬ね……。毒薬も薬よね。こういう事する奴が医者を名乗るのって腹立つわ。骨の折れた腕を切り落として治したって言ってるようなものじゃない。……ああ、エリアちゃん。この辺、いろんな角度から見てみて」
 エリアは心に誓う。二人の会話には耳を傾けず、自分への指示と透視に集中しようと。そんな決意を余所にロッフルは話を続ける。
「一週間分の薬を出されてさ。最初は何ともなかったんだけど、だんだん薬が切れると痛くなるようになって。新しい薬をもらった方がいいのか悩んでたけど、そのお医者さんのところにいったらもう居なくなってて。他のお医者さんのところにいったらもうどうしようもないって。聞いた話だと、あたしみたいな目にあった女の人、何人か居たみたい」
「ロッフル、背中側も見たいからうつ伏せになってみて。……毒と麻酔を一緒に出して、麻酔が効いてるうちに雲隠れって感じね。逃げるってことは悪いことをやっているって言う自覚だけはあるのかしら」
「悪いと思いもせずそんなことやってりゃ、一ヶ月も保たねえで袋叩きさ。あの国ならそのまま魔法使いの手先に仕立て上げられて火炙りかもな。悪いと分っててこそこそとやってる奴しか生き残れねえよ」
 口を挟むテラーファング。悪いと分かってこそこそやってきた一派の一員だけに、その辺はよくわかっていた。
「それで……治せるのかな」
 期待と不安を込めたロッフルの言葉に、力強く頷くソーニャ。
「言ったでしょ、切り落とされた腕だって元に戻るって。……体の中だから簡単じゃないとは思うけど」
 実際のところ、ソーニャにも体の中を治したという話を聞いたことはなかった。
「じゃあ……腹を切り開いて治療するとか?」
 テラーファングが恐ろしいことを言い出したおかげでエリアの集中がまた途絶えてしまった。
「ああ、エリアちゃん。十分見たからもういいわよ。……悪くない考えだけど、三人掛かりでやっても切り開いた傷から血が抜けてこの子が死ぬまでには治せそうにないわね」
「そりゃあよかった。そんなの手伝わされたらたまらん」
「意外ね。はらわたなんて見慣れてると思ったけど」
「死んだ獣のはらわたなら見慣れちゃいるがな。はらわたむき出しで生きてるってのがどうも受け入れられねえ」
「あー……。狼だって止め刺してからお腹食い破るもんねぇ……。あら。これは弱点知っちゃったかしら」
 ソーニャは微笑む。時折見せる、まさに魔女という言葉がふさわしく聖女という言葉が似つかわしくない微笑み。ほくそ笑む、と言った方がいいのかも知れない。
「……この弱点を知って、どうするね」
「……」
 ソーニャも無言のまま考え込む時間が長い。どうにもならなそうである。
 会話の内容に気遣いのない大人たちのせいもあってエリアの精神的疲労が大きい。状態が分かったところで今日はお開きになった。

 こんな大人たちでも最低限の気遣いはあった。クレイの頭とエリアの服それぞれに隠れていたダグとフェリニーはザイーの所に追い払われていたのだ。この辺りはカモメも居ないような外洋故に怖い思いもせずにザイーのもとにたどり着けた。
 程なくザイーたちのトレーニングも終わり部屋に戻ることになったのだが、部屋の中ではまだ“オトナの話”とやらが続いている模様。小鳥2羽が追い払われたという事は、オトナに入れていいのかわからないクレイとエリアもその場に残されているという事だ。ザイーにしてみれば一体どんな話をしているのか不安である。ロッフル一人を残してきた部屋、そしてそこに現れたのがあの扇情的なソーニャだという。この面子を聞くと不安が煽られるばかりだ。
 話がまだ終わっていないのはこれ幸い。どんな話をしているのか確かめるために、小鳥たちを一緒にトレーニングしていたルームメイトに預けてザイーも乗り込むことにした。
 一人だが入っていいかと尋ねるとすんなりと許可が出た。中では魔法使い3人が今後どうするかを話し合っているところ。話を聞いてもよくわからないロッフルとできるだけ蚊帳の外に居たいテラーファングは少し離れて暇を持て余し、またカードゲームでもやろうかという話になりかけていたところだった。テラーファングにしてみれば良い助け舟である。
「なんかこう……子供の教育に悪そうな大人が揃ってるわねぇ」
 テラーファングくらいには聞こえてもいいと小声で言うザイー。
「失礼ね!」
 熱心に話しているので聞いていないかと思っていたソーニャの耳にも届いていた。何事も無かったかのようにソーニャが話に戻っていったのを見届けてロッフルに話しかける。
「何の話をしてたの」
 ロッフルは事情を説明した。
「……その話で、なんであんたがここにいるのよ」
 ザイーはテラーファングを見た。
「そりゃ俺が聞きてえ。……まあ、男手が要るかも知れねえって話なんだがよ、男手ならあんたでいいんじゃないのか」
「あたしが男に見えるっていうの。失礼ね」
 先ほど自分が言われた言葉をテラーファングにぶつけるザイー。
「見た目は明らかに女だが、男勝りだろ。性格的にも、体力的にもよ。十分だと思うがねぇ」
「私はもちろん女友達として協力するわ。あんたは男にしかできないことを頑張りなさいな」
 一連の発言がザイーの心の何らかに火を着けた。意地でもこの件に最後まで関わらせようと密かに誓う。
「この件に関してそんなこと、あるのかねえ。女にしかできねえことなら山ほどあるだろうがよ」
 そんなテラーファングの懸念を象徴するかのように、ごにょごにょと続いていた魔法使いたちの打ち合わせはそれ以外の者に声を掛けることもなく終わったようだ。
「それじゃ、明日からね!」
 ソーニャはそう言って一足先に部屋を出たクレイとエリアに続いた。
 テラーファングも腰を上げた。ザイーはその肩を押し戻して座らせた。
「折角だからさ。今度はこっちの話につきあってくれない?」
 そういってウィンクするザイー。
「……今度は何に巻き込まれるんだ、俺」
 ぼやくテラーファングを気にせず、ザイーは外で待たせているルームメイトたちを呼び込んだ。女の部屋だから当然全員女である。テラーファングとしては非常に居辛い。ルームメイトたちも男、しかも狼男が一人いることで居辛そうである。
「今日さ。エリアちゃんにちょっと相談されちゃったのよ」
 ザイーは話を切り出す。
「えー。なになに?」
「エリアちゃん、モテなくて困ってるんだって」
「ちょっと待て。その話、俺が聞いていい話なのか」
 早速口を挟むテラーファング。
「あんたの存在は重要よ。物の数には入ってないけど、エリアちゃんに言い寄った貴重な殿方なんだから」
「俺が誰にでも声を掛けるのは知ってんだろ。挨拶みたいなもんだぜ」
「そうよ。だから物の数に入ってないんじゃないの。まあ、何でもいいのよ。男の意見が聞けるならね」
 確かに、この面子だとその通りであった。
「男の目から見て、エリアちゃんってどうなの」
「そうだなぁ。まず顔は可愛い顔してるよな。大人になったら美人になるぜ」
「それで今のうちから粉をかけておこうって魂胆ね」
「粉も何も。いい女に育つ前に俺が死んじまうよ。俺の寿命は宿主になってる狼の寿命だからな」
「あら、そうなの。寂しくなるわね」
「それはそれで気が早えよ……」
「まずは、って事は次はカラダね」
 ロッフルが口を挟んだ。
「そっちかよ。お前さんじゃねえんだ、すぐにカラダを狙ったりしねえよ」
「人間に反応しないんだもんね」
「黙ってろ。……ったく、冬になって盛りが付いてきたら襲ってやろうか……」
「ああ、狼って繁殖期は冬なのね……。じゃあさ、冬場の性欲ってどうなるの」
「おいおい。嬢ちゃんのことで相談するんじゃないのかい。頼むぜ、この状況でそんな話したかねえよ」
 だが、このくだらない与太話も案外無駄には終わらなかった。ザイーとロッフルがいいように弄ったせいで、相席していたルームメイトたちも緊張がほぐれ、恐ろしげにしか見えないテラーファングに気安く声を掛けられるようになったのだ。
 話し合いにより、エリアについてのいくつかの問題点が指摘された。まずは、本来テラーファングが顔の次に触れる予定だった性格についてだ。エリアのクレイに対しての態度を見れば、しっかり者で勝気に見える。言ってしまえば可愛げがない。
「クレイちゃんが相手になれば誰でもそうなっちゃうわよ」
 あんまりなことを言うザイー。
「いや待て、こいつは違うぜ」
 ロッフルの頭に手を置くテラーファング。
「まあ、この子の場合弱り目だし」
「もっと弱そうなところにすり寄ってるってか」
 どちらにせよあんまりであった。
 そして、次はそのクレイの存在である。一部の者は二人が恋仲だとか、駆け落ちしてきたと思いこんでいる。
「違うんだぁ……」
 ザイーらからよく二人の話を聞かされていたルームメイトにもこんなのがいるくらいだ。
「あとさ。さすがに手を出すには若すぎるよね」
 この船に乗り合わせているのは働き盛りの青年たちだ。若者も混じっているとはいえ、二人のように子供と言える年頃の者はいない。
「こいつらの前でそれ言っちゃう?」
 テラーファングはそんな子供にべったりのザイーとロッフルを交互に目で見ながら言った。ザイーには反論がある。
「あたしはこんな子供がいたらなぁーって感じよ」
 反論する資格のないロッフルはそっぽを向いた。
 ルームメイト達が二人をどんなふうに見ているのかを口にする。
「そもそも、魔法使いだし。……もうみんな、だから怖いなんてことはないとは思うけど、むしろなんか尊敬しちゃう、みたいな?」
「近付きがたい雰囲気はあるよね」
「そうそう!それよそれ!クレイ君は違うけど!」
「なんかよ。さっきから関係ないはずの坊主の言われようが散々で不憫なんだけど」
 テラーファングとしては同じ男としてフォローしたくなったようだ。ここまでの話をザイーがまとめる。
「ま、とにかくさ。話してみると普通よ。あの二人も、この人も」
「俺もかよ」
 巻き込まれたのはフォローしたせいか。
「結局、足りないものってきっかけなんじゃないかな。近付きがたいんだから、エリアちゃんの方から声をかけたりしないと。待っていても声掛けてくる男なんてこんなのくらいよ」
 とうとう初対面のルームメイトからもこんなの扱いされ始めた。
「俺がどんなのなんだよ。……でも、嬢ちゃんから声を掛けるって言っても大丈夫かねえ。純情な田舎娘だろ、男を見る目なんてねえし、これまた見た目と上辺の優しさに騙されて悪い男に引っかかりそうだが」
「あんたが言うと説得力あるわねー」
「だから何でだよ。お前らは悪い男に意見を求めてるんかい」
「お友達から始めるにしても、まずお友達にならないとね」
「俺を無視すんな」
 牙を剥きだして凄んでみた所で、既におもちゃであった。
「女友達に男友達を紹介してもらうのが手っ取り早いと思うのよ」
 話し合いもだんだん煮詰まってきた感じである。ここで、話し合いの輪の中心に新しいアイテムが登場した。酒である。真面目に話し合ってるんじゃないかと言ってやりたいテラーファングだが、自分としても呑まないとやってられないという気持ちも強い。女たちがグラスに手を出し始めたのに乗じて自分も遠慮なくグラスを手にした。
 女たちはめいめいに手酌するが、一応お客様とも言えるテラーファングには隣のザイーが酌をした。そのお返しにテラーファングもザイーに酌をし、ついでに反対側のロッフルのグラスにも酒を注ぐ。こちらはとっとと酔い潰してやりたいという気持ちが入り、少し量が多めになった。酒が注がれる間、ロッフルはエリアの女友達として先程の提案について意見する。
「あたしの知ってる男、ろくなのいない……ザイーは?」
「トレーニング仲間に男はいるけど……まだ紹介できるほどに深くは知らないかな」
「嬢ちゃんがそういう汗臭い肉体派が好みかどうかってのも問題だな。……ところでさ。あの一団は何だって言って集まって、何を目指して鍛えてんだ?」
「今は色んな人がいるけど……。釣りができるわけでもない、何かを作るような技術もない、だから船を下りた後の力仕事くらいはできるように今は体を鍛えておこうっていう人多いかな。私もそんな感じだし」
「男の考え方だな……。女としてやれること、やるべきことだってこの船の上ではいろいろあるだろ」
「そっちの人手は足りてるのよね。そういう仕事は若い子に譲って、いつかここで覚えたことを役立てて欲しいなってのもあるし。私はもう、その辺はバッチリだからさ」
「世話好きのあんたがああいうの手伝わないのにはそういう理由があったのか。やっぱ世話好きだな、あんた。もうちっと性格が丸けりゃいい嫁になるぜ」
「なにさ。私が尖ってるっての?」
 その一言に室内の一同が無言で深く頷いたのでザイーは話を戻すことにしたようだ。
「それで最初に集められたのは、することのない一部の男が女の子に絡んだりしてろくでもないからどうにかして欲しいって話が出てたから、隊長さんにそれとなく話してみたら根性ごと鍛えなおしてやるーってことになったのが始まりね。そこに体を動かしたい暇人が集まってきた感じ」
「隊長……よっぽど暇だったんだな」
 サマカルドもやるべき事を見つけられて何よりである。
「あんただって暇そうじゃない。一緒に鍛えたら?」
 ロッフルが口を挿んできた。ザイーも同意する。
「そうよ。ろくな事してないのはあんたもでしょ」
「俺はちゃんと坊主らのお守りって言う任務があんだよ」
「何にもしてないじゃない」
「むしろあたしらの方が……ねえ」
 多めに注いだ酒のせいか、だんだん絡みモードに入ってくるロッフル。
「あんたらが張り付いてる間は安心だろ。……ある意味は」
「何よある意味って」
「むしろロッフルから守んなきゃダメでしょ」
「えー。何でよぉー」
「そんな気はするが、それは勘弁してくれ……。守れる気がしねえ。そもそも俺は坊主より嬢ちゃんの方を守ってやりたいわけでな、男としてよ」
「むしろあんたから守らないとねー」
「ぐはー。俺、こいつと同じ扱いかよ」
 ロッフルを指さしながら喚くテラーファング。
「いいじゃないの。同類でしょ、あたしら」
「ここでその話を持ち出すなよ。それにあんたはじきにそうじゃなくなるだろ」
「えー何々、なんの話」
「気にすんな」
 もう何の話をしていたのかさえ忘れたのかと思いきや、唐突に話は元に戻る。
「エリアちゃんにもケダモノから守ってくれる人が必要よね」
「親衛隊みたいな?」
「あ、それそれ!親衛隊!」
「つまり、俺は嬢ちゃんを襲う悪い狼をやれってか」
「うー。敵が恐ろしすぎて誰も来なくなっちゃうよ」
「だからこそメンバーがたくさん必要よ!……最初の何人かが集まるまではこの人のことは内緒にしときましょうか。……そう言えば、名前なんていうの」
 ザイーの質問に反応したのはロッフルだった。
「ラフェオックだっけ」
「それ、人間やめる前の名前だから。っていうかあんた、俺が嫌がるのわかっててその名前で呼んでるだろ」
「違うわよ、単純にこの名前しか知らないの。今の名前も聞いた記憶があるんだけど……忘れちゃった」
 確かに、嫌がらせでこの名前を呼んでやろうかと考えたこともあった。だが、今は言葉の通りだ。
「なんで忘れてほしい方だけ覚えてんだ、まったく」
「なんで忘れてほしいの?昔はこの名前だったんでしょ」
「嫌ぇなんだよ、あんなろくでもない軍隊で、夢と使命感抱いてた青臭いあの頃の俺がよ」
 眉に皺を寄せながら酒をあおるテラーファング。ロッフルは口元に皴が出来た。
「うわあ、今のあんた見てると全然想像できない。ああでも、夢を持ってたのに砕かれてぐれるとこうなるわよね」
「そう考えるとさ、今でも十分青臭いよね」
 初対面の女までこの話題に入ってきた。
「うるせえや。とにかく、今はテラーファングだ。そう呼んでくれよ」
「きゃー。名前おっかなーい!まんまー」
「実際おっかないの牙だけよね」
「なんだと。ならば本当の恐怖を味わわせてやろうか」
 調子づいた女どももこの姿を見れば黙るだろう。テラーファングは狼に変身した。
「いやあああ、こわーい!あ、でももふもふー」
 これまでの会話ですっかり警戒心も解け、さらに酒も入って気が大きくなった彼女たちにもはや恐怖心は生まれなかった。もふもふと聞きつけ群がる。
「ほんとだー、お腹の毛ほわほわだぁー。あっ、でもちょっと獣くさい……」
「ちゃんとお風呂入ってないんじゃないの」
「失礼な。特に最近は身近に女もいるし身嗜みに気ィ遣ってんだぞ。……でも、狼の時に毛皮を洗ったりはしてないな」
「洗っちゃおうか」
「うんうん。洗っちゃおう」
「おいやめろ」
 人の姿に戻るテラーファング。
「あーん。私まだもふもふしてなーい」
「洗ってからいくらでももふもふすればいいじゃない」
「洗う前提で話を進めるな。俺のことはいいから、親衛隊の話を進めろよ」
 テラーファングの言うこともごもっともなので、話は戻る。
「うーん。もう話すこともないかしら。とりあえず創ってみてさ、どうなるか見てからその後のことは決めればいいし。まあ、そうねぇ。誘えそうな男の人、いる?」
「親衛隊は男限定なの?女も入れた方がエリアちゃんとの橋渡しになりそう」
「んー、そうかも。それに最初は女で水増しした方がその後集まりやすそう」
「実際言うと、男の知り合いあんまりいないってのもあるんだけどね」
「あたしもー。男いっぱいいるのに話す機会ないよねー」
 この調子だと、女しか集まらないのではないか。まあ、知り合いの知り合いという手はある。頑張ればどうにかなるか。
「まあ、こんなことになっちゃったんだもん。女の子口説いてる場合じゃないよ。そういうことしそうな奴は隊長さんのところに連行されたんでしょ」
「一匹野放しのがいるよー」
 人間の姿なのに一匹扱いである。
「ほっとけよ」
「ま、明日からこの人もここに閉じこめられるんだけど」
「えー、なに?みんなで飼うの?」
「飼われてたまるか」
 飼われたらただの犬である。
「とにかく、みんな忙しそうよねぇ」
「私らも暇じゃないけどぉ」
 何人かは頷き、何人かは聞こえていないような素振りをした。みんながみんな忙しいわけではないのだ。
「でも、こんな時だからこそ癒しが必要なのよ」
「俺を飼って癒されようってのかい」
 まだ先程の話か続いているのかと思っていたテラーファングだが、違うようだ。
「そうじゃなくて。エリアちゃんみたいな美少女にお近付きになることで心が癒されればと思う訳よ」
 それを無言で聞きつつ、口を利いたら癒しと逆に行きそうだなぁなどと思うテラーファング。いや、エリアだって親しいクレイや警戒しているテラーファング相手にはキツいが、そうでなければ愛想くらいは振りまくのかもしれない。
「じゃあさ。最初に興味を持ってくれた何人かから始めてそこから増やしていく感じで」
「そうだね。エリアちゃんとお友達になりたいっていう人を集めればいいんでしょ」
 ほろ酔い程度の段階で結論が出てくれて何よりである。これ以上酒が入るとろくでもない方に話がいってしまうこともあるだろう。どうせそういう時は朝になればそんな酷い結論もきれいさっぱり忘れてしまうのだろうが。
「よし、決まりだな。なんかあんまり役に立てた気ィしないけど。酒だけもらいに来たみたいになっちまってよ」
 まとめに入るテラーファングだが。
「いいわよ、呼び止めたのはこっちなんだし。それよりなんか帰ろうとしてない?」
 ザイーは押さえるようにテラーファングの肩を掴む。
「えっなに。まだ帰っちゃだめなの」
「だめよ、何言ってんの。まだ宵の口だしボトルだって二本目よ?水くさいこと言うんじゃないの」
 酒臭い息を吐きながら首に腕を絡めてくるザイー。こちらもだんだん絡み酒になってきているようだが、ロッフルと違い物理的に絡んでくるらしい。
「つまり、ここからは一緒に飲もうってことだな」
「そ。楽しく飲みましょ」
 また妙なことに巻き込まれるわけではなく酒に付き合うだけならいくらかは気楽だ。しかし、すでにこのテンションである。ここにさらに酒が入るとどうなることやら。
「お前ら、いつもこんなノリなのか」
「今夜は特別。ロッフルにはいいことありそうだし、お客さんもいるし」
「なに?何かあったの?」
「まだ内緒」
 その内緒の事があるので明日が面倒だと思っていたテラーファングだったが、斯くして早く明けることをかつてなく望む夜と相成ったのだった。

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