マジカル冒険譚・マジカルアイル

26.オトコにはできない話

 流民達を乗せた船はセドキアを目指し順調に航海を続けていた。陸から遠ざかると追手もいなくなり、平穏である。
 ソーニャがこんな船と言った通り、急遽用意された貨物用の輸送船は、寝床さえも満足にない有様だった。しかしそこは開拓に必要な技術と体力を持った者達のこと、あっと言う間に輸送船内に簡易なベッドや間仕切りを作り、住環境を整えていった。
 内陸の町だったバンフォの民にとって一番の敵は船酔いだったが、それにも程なく慣れた。クレイとエリアに至っては島の住人、船は慣れた物だった。
 船旅も順調に進み、流民達は退屈を持て余すこととなった。船内で工作をして開拓地で使う小物を作り始めたり、開拓の計画を話し合うなど成すべきことを見つけた者もいるが、大体は暇で遊んでいる。
 サマカルドも暇だった。しかし、体が鈍ってはいけない。トレーニングに精を出す。やはり体が鈍りそうだという者や移動をやめてのんびりし始めた途端にちょっと太ってヤバいという者が男女問わずそこに加わりだした。サマカルドがいつも通りトレーニングを指導するとどうしても軍隊式になってしまう。その状況で隊長と呼ばれると、彼らが自分の小隊の隊員のような気がしてきた。何か間違っているのではないか。そう思いながらも言い出せない日々が続いている。
 一方、テラーファングは忙しくしていた。スパトニスや高速艇から連れて来た捕虜を、恐怖で縛り付けて下働きさせている。お前等などその気になったらいつでも俺の腹の中に放り込んでやっていいんだぞ。その言葉に怯えながら、捕虜達はキリキリと働いている。そして、テラーファングは人をこき使うことの楽しさを覚え始めていた。それは、群の中でトップを争う狼の本能による感情かも知れなかった。

 ソーニャは暇だった。捕虜をいじめて憂さ晴らしをしようとするとテラーファングが怒るし、怒るついでに口説いてくるのでうんざりしてふらふらするのだ。
 そんなソーニャには一つ悩みが出来ていた。彼女が流民たちと出会ったのは夜の港町。そのせいで、いや、むしろソーニャが日頃好んで着る服のせいではあるのだが、とにかく彼女にはなぜか“夜”のイメージが付きまとうらしい。最初はそれも妖しげで悪くはないと思っていたのだが、平たく言えば夜の商売の人っぽいという事なのでさすがにこれではいけない、もう少し健全なイメージを持って欲しいと思い始めた。何せ、つい最近まで『聖女』などと呼ばれちやほやされていた身。いくらもう自分が聖女などと言う立場にふさわしくないとはわかっていても、落差の大きさに少し辟易してきたのだ。
 夜のイメージを振り払うには、昼に活動すればいい。ついでに、扇情的な服もやめて他の町娘に合わせた。……つもりなのである。これでも。
 甲板では流民達が漁をしている。ついこの間まではみんなで釣り糸を垂れていたが、最近はどこで手に入れたのか網を投げ始めた。すっかり海の男だが、セドキアに着けばまた網を投げる水辺もない陸上生活に戻る。開拓地も内陸、この漁の技術の使い所はなくなってしまいそうだ。。
「今日も頑張ってるわね」
 いつも通り、彼らに声を掛ける。こうすると彼らも少しやる気が出るようだ。聖女としての力など振るわなくとも、自分には彼らを活気付けるだけの力がある。ソーニャはそのことに気付き始めていた。これまで、聖女だからこそ存在価値があるというような扱いだっただけに、新鮮で心地いい。だが、彼女が気付いていないことがある。そんな彼女に、一部の女たちが男を誑かす魔女だとやっかみを抱いていることだ。
 甲板を少し巡ると、サマカルドたちがトレーニングをしている一画に至る。目的無くふらふらしている彼女の、隠れた目的地であった。
 と言うのも、ソーニャが自分自身に夜のイメージを持たれているという事を知ったのは、口説きに来たテラーファングから。そしてテラーファングはその時、ソーニャが夜のイメージだと言っている人物の代表としてサマカルドを上げたのだ。実際、サマカルドはソーニャに対し拭いきれぬ夜のイメージを持っていた。そんな話をテラーファングとの雑談の中で語り、それを口説くついでの雑談として話題に出してきたと言う訳である。サマカルドとてそんなことを言ったと当人に知られたいわけはないのだが、さすがにそんなことを言ったりはしないだろうとなんとなくながら思っていたので、テラーファングに口止めをしたわけでもない。
 そして、それをテラーファングからそんな話を聞いたという事をソーニャもわざわざサマカルドの前でおくびにも出したりはしない。ただただ、昼間にそこそこ健全な格好で活動する姿を見せつけにだけやってくる。
 日々、トレーニングに加わるでもないのに姿を現しこちらを眺めるソーニャに気付いていたサマカルドはなんとなく、また面倒な女に気に入られたのではないかと少し憂うのだった。

 エリアは退屈であった。甲板の上で鳥たちと戯れる。もちろん、戯れている鳥はフェリニーとダグである。男同士という事でクレイの頭に埋もれていることの多いダグも、最近は居心地が悪いせいでフェリニーと一緒にいることが増えた。
「ねえ、おねえちゃん」
 エリアにフェリニーが囁く。
「クレイ兄ちゃんを放っといていいの?あのままじゃ、取られちゃう」
 船に乗って以来、べったりとクレイに張り付いているロッフルの事を言っているのだろう。
「フェリニー。もしかして、あたしがクレイを取られて困ると思ってるの?」
「えっ。違うの?」
「違うわよ」
「そっか……。仲良く見えても、二人の関係は冷めきってるのね」
「だから。最初からそう言うんじゃないってば」
「駆け落ちまでしたのに?」
「だから。駆け落ちじゃないんだってば。あーもう、クレイなんか誘わなきゃよかった」
 エリアがそう思うのは自分の保身のためだけではない。こうして駆け落ちだと思われてしまうのもそうだが、これまでの旅でクレイにはかなりつらい思いもさせてきた。出発の決断はエリアのわがままのようなもの。そんなことに巻き込んで、こんな目に合わせてしまったことは少し申し訳ないと思っている。
 ここにきて、クレイがちょっとモテ始めているのはエリアにとっても少しだけ喜ばしいことだった。クレイに少しでもいい出来事が起こってくれれば、自分の気も晴れる。……とは言え、あのロッフルには流石にちょっと迷惑していそうだ。
 そして、その一方でエリアにも新しい悩みが生まれてきつつあった。
 同じ条件であるのに、自分がモテてないのである。クレイのような冴えない奴とは違い、自分はなかなかに可愛い方だという自負もある。だのに、モテないのである。今までに声を掛けてきたのはそこそこの女にならば誰にでも尻尾を振る狼野郎くらい。そもそも、クレイも自分のような可愛い女の子と二人きりで旅をしてきたというのに、気があるようなそぶりは見せていないのだ。あのクレイに自分の気持ちを秘めながら何も無いように振る舞うような芸当が出来るとは思えない。現に、ザイーやロッフル相手にはちょっと困りながらも明らかにでれでれしているのだ。自分相手にあんな態度を見せたことは無い。
 もしかして、自分には美貌以外で何か欠けている要素でもあるのではないか。エリアはそんな懸念を抱き始めていた。
「ねえ、お姉ちゃん。どしたの?」
 フェリニーの声でエリアは我に返る。
「あ。なんでもないの。……いやね、クレイですらモテてるのに、なんで私はモテないのかなぁって」
 思い直して素直に打ち明けるエリア。
「きっと、魅力がないのよ」
 素直に打ち明けたことを即座に後悔させられた。こんなド真っすぐな言葉を衒いもなく投げかけてくるあたりはまだまだ子供のようだ。そして、子供にもそんなことを言われたことでエリアの自尊人は一撃でズタボロになった。
「どうすればいいのかしら」
「うーん。子供だからわからない」
 具体的に、エリアのどこに魅力がないのかが分かっているわけではない。それどころか、本当に魅力がないからもてないのかもわかっていない。ただ、モテないのだから魅力がないという、極めて単純で当然の道筋を辿って導かれた一言だったようだ。
「ねえ、ダグ。男としてエリアってどうなの」
 男がどう思うかは男に聞くのが一番だ。
「えーっ。わかんないよ」
 所詮幼い子供なのだった。まして今は人ですらなく小鳥なのだ。
「ねえ、ダグちゃん。お姉さんのこと、どう思うの」
 それでも、曖昧にはぐらかそうとする態度が気に入らなかったエリアは否応無く迫る。
「こ、怖い」
「ごめん。何を言ってもそんな酷いことはしないから」
 少しくらいなら酷いことをしそうである。
「だから。お姉ちゃんってちょっと怖い感じがするんだよ。いつも」
 つまりは、さっきの一言は今のエリアが怖いという一言ではなく、常日頃から怖いと思っているという事を端的に伝えようとした言葉だったという事だ。
「あー。なんか分かるかも」
 挙句、フェリニーにまで同意されてしまった。
「私って、怖いの?」
「怒ると、ちょっとね」
「いつもちょっと怒ってるし」
 そう言いながら、庇い合うように身を寄せ合うフェリニーとダグ。つまり、いつもちょっと怖いという事だ。
「私って、みんなにも怖いと思われてるのかなぁ」
 思えば、もともと魔法使いという事で怖がられても仕方がない立場だ。そこに加えて性格もちょっと怖いと思われていたのでは、男など寄り付かないのも頷ける。いつも怒っているという指摘についてはそんなつもりはないのだが、思えばここ最近は自分を差し置いてモテモテのクレイを妬んでちょっと不機嫌な状態が続いていたかもしれない。
 今自分に必要なものは、笑顔だ。そうと決まれば、何か楽しいことを探しに行こう。

 大きくても狭い船の中だ。一回りしてもそうそう楽しいことなど落ちてはいなかった。船内には黙々と仕事をする人達か、黙々と昼寝をする人達しかいない。それ以外は皆甲板に出てめいめいに時を過ごしている。人々の活気を求めてエリアは再び甲板に出た。
 一番賑やかなのはサマカルドを中心としたトレーニングの一団だ。賑やかと言っても掛け声のためなのだが、甲板中に響き渡るような活発な声に吸い寄せられるようにエリアはそちらに向かっていく。
 最初は遠巻きに眺めていたエリアだが、混ざってみるのも悪くないと思い一緒に体を動かしだした。小鳥たちもエリアの肩を降りて少し離れたところで真似して体操を始めたが、羽での体操はやりにくそうだ。
 エリアたちがやってきたタイミングが悪いのかすぐに休憩に入ってしまったが、それでも程よく汗をかいた。そんなエリアに真っ先に声を掛けてきたのはザイーだった。冷静に考えれば、クレイがモテていると言ってものその相手はザイーとロッフルの二人くらいだ。それほど妬むこともないのかもしれない。
「エリアちゃんも鍛えたいの?……鍛えて、クレイちゃんを殴るとか?」
「なんでそうなるんですか。単なる退屈しのぎですよ」
 フェリニーとダグはエリアのことを怖いと言っていたが、こちらはこちらでエリアがクレイを殴るようなキャラだと思っているようだ。エリアだって、クレイを叩いたりなんかしない。……たまに怒った時にしか。そしてここ最近の少し苛立っている状況は、そのたまにある引っ叩きたくなるような状況だと思われているようだ。とは言え、流石に人前でクレイを叩いたことは無い。それなのになぜそういう事をしそうだと思われているのか。思えば、クレイはエリアを怒らせたと思った時は身構えるかもしれない。エリアが人前だからとグッと堪えても、クレイが身構えていては日頃どういうやりとりをされているのか想像されてしまう。つまりは叩くと思われるのはクレイのせいだ。そう思うと、クレイを叩きたい衝動に駆られた。
「退屈しのぎには、ちょっとキツいかもよ。クレイちゃんこそ男なんだからもうちょっと鍛えたほうがいいのにね。……一人で来るってことは、相変わらずクレイちゃんはロッフルに捕まってるの?」
「ええ」
 その短い答えを聞いたザイーはあきれ顔で溜息をつく。
「二人っきりで何をしてるのかしら。さすがにクレイちゃん相手に変なことはしないと思うけど……」
 自分も二人をほったらかしてトレーニングに勤しんでいることを棚に上げるザイー。その一言にエリアは不安になった。
「へ、変なことって……どんなことですか」
「……ご想像にお任せするわ。想像できるくらいには大人でしょ」
 想像したら顔が赤くなってしまうエリア。
「えっと、あの。クレイは相談に乗ったり愚痴を聞いたりしてるって言ってました」
「そんなことさせる相手じゃないでしょ……。どんな相談か聞いてる?」
「昔の恋人の話とか……」
「いよいよもってクレイちゃんにするよう話じゃないわね……。もう、あの子ったら何やってんのかしら」
「でも、そういう話をしてくるってことは別段クレイを恋人にしたいわけじゃないってことですよね」
 エリアにしては意中の相手に自分の過去の男のことなど知られたくない。
「どうかしら?自分の全てを話した上で受け入れてもらいたいって気持ちかもしれないわよ」
 だが、大人になるとそうでも無いのだ。
「そこまで行ったらかなり本気じゃないですか」
「あたしもさ。あの子とは親友だけど、あの子分かりにくい子だからね。何を考えてるのかまでは分かんないわ。まだエリアちゃんの方が分かりやすい」
「えーっ。私、分かりやすいですか」
 分かりやすいと思われているのはいいが、どう理解されているのかは気になる。フェリニーやダグみたいに、自分がクレイのことを好きだと思われていそうだが。思い切って、そのあたりどう思っているのか聞いてみることにした。その答えによってはクレイとの接し方を考え直さないとならない。
「私とクレイって、どう見えます?」
「そうねえ。いいお姉ちゃんって感じかしら。面倒見るの、好きなタイプでしょ」
 同い年だがそうは思われていないことが分かった。そして、気があるとは思われていないことにほっとした。ほっとしたついでにぶっちゃける。
「私、なんかクレイのことが好きなんじゃないかって思われてるみたいで……。ちょっと困ってたんですよ。わかってくれる人がいて嬉しいです」
「あなたくらいの歳でああいうのが好きになることはあんまりないかもね。私だってさ、頼りない男なんか嫌いだったわ。守ってほしいって思うじゃない。でも、子供を持つころになると守りたくなるような相手が愛おしくなってくるのよ。あなたもきっとそうなるわ」
 自分の過去の姿をエリアに重ねているようだ。エリアくらいの年頃だったザイーは今のエリアのような女の子だったのだろう。……と言う事は、そのうち自分もクレイの頼りないところが愛おしく思えてきたりするのだろうか。想像もつかないのだが。そして、そんなことになる自分の姿を想像して、少し怖くなってくるエリア。
 そうなる前に、いい男を見つけて素敵な恋をしたい。その思いを強くするのだった。

 休憩が終わり、トレーニングが再開された。ザイーの言葉通り、それに付き合っているうちにどんどん疲れてきた。長旅で体は随分鍛えられたような気がしていたが、トレーニングで使う筋肉はまだ違うらしい。
 エリアはそっとトレーニングの群衆から離脱した。そこにずっと遠巻きに眺めていたソーニャが寄ってくる。
「あんなことに付き合うなんて、暇そうね。あたしも暇だけどさ」
「暇なら一緒にやればいいのに」
「そこまで暇じゃないわー。それに、体鍛えて筋肉ついたらプロポーションが悪くなっちゃう」
 そういうことを気にするからショーパブの踊り子のようだと陰口を叩かれるのだ。
「ソーニャさんって、モテました?」
「何よいきなり。……あたし、バリバリの聖女だったころはありがたくも近寄りがたい存在としてちやほやされてたし、逃げ出してグレック先生の手先になってからはあんまり人に会わなくなったし、そういう感じじゃないかな」
「手先って……」
 いよいよもって悪い人みたいだ。
「ここの人たちもまだあんまり馴染んでないし、言い寄ってくるのはケダモノくらいね」
 どのケダモノかはなんとなく想像がついた。何せ、自分も言い寄られているのだ。
「モテてたらアドバイスでも受けようかと思ってたんですけど……。ロッフルさんに聞いた方がいいのかなぁ」
「あの人、モテてたの?」
「モテてたのかどうかは知りませんけど、男は取っ替え引っ替えみたいですよ。聞いた感じ、ろくでもない男ばかりだったみたいですけど」
「アドバイスを受けるには不安ねぇ……。でもまあ、あの子はいかにも悪い男に騙されそうな雰囲気よね。あたしらなら、もっと強かに振る舞えるわ」
 エリアもソーニャと同じカテゴリーに入れられてしまったようだ。確かに、魔法を使えるという点では同じカテゴリーなのは間違いないのだが……。女としてはどうなのだろう。
「ところで。聖女って魔法使いと違うんですか?」
「やってることは大差ないわよ。ただ、教会に囲われてるかどうか位の違いね」
 とりあえず、あんまりピンとこない。
「教会の事もよく知らないんですよね」
「この大陸じゃほとんど知られてないし、数少ない繋がりがあるアテルシアでもまだ庶民にまでは知られてないわね。王様や大臣たちとこっそり裏でつながってるくらいかしら。だからよく分からないのも無理ないわ。ま、表面上はいわゆる聖者と呼ばれる魔法使いを束ねて人々を救済しようっていう組織ね。実際、庶民はそう思ってるわ」
「裏では……何か違うわけですね」
 いかにも裏では悪いことをやっているかのような言い方だ。だが、ソーニャから語られたことはエリアの考えていたこととは少し方向性が違った。
「こういう力ってさ、血筋でしょ?つまり、強い力を持った者同士が結ばれて生まれた子供はやっぱり強い力を持ってるわけ。教皇様とか高僧さんは自分の子も優秀にしたいからね。いい相手がいたら囲みこむの。あたしはこう見えて結構優秀だったわけよ。そうすると、もうお偉いさんが黙ってないわけ」
「でも、血筋といっても必ず強い魔力を持った子供が産まれる訳じゃないですよね」
 島でも魔法を使えない者も珍しくはない。狭い島のこと、彼らの祖先にも大抵はほんの数代さかのぼれば優秀だった魔導師がいるものだ。それに、兄弟でも魔法が使えたり使えなかったりするのも珍しくはない。
「そ。こればっかりはまさにくじ運って感じね。努力だけでは何ともならないわ。でも、相性ってのがあるらしくてね。相手を選べば強い力を持った子供ができる確率はぐっと上がるの。逆に相手が悪いとそこそこの聖者同士の子でも魔力が消えちゃうこともあるんだってさ」
「そうなんですか」
「あら、知らない?……知らないか。あんたたちの生まれたところじゃそんなことが起こるほど魔力の弱い人なんていないものね」
 それもそうだ。島で魔法が使えないということになっている人でも、全く魔法が使えないわけではない。彼らでもこっちなら立派な聖者としてやっていけるくらいの力はあるのだ。ただ、周りにいる人に頼んでやってもらった方が早いので魔法は使わなくなってしまう。それだけだ。
「そんでさ。あたしと相性がいいってことになった男がことごとく好みじゃないのよ。中には誰からも好まれなさそうな酷いのもいたし。それに、その子作りの伝統が酷いのよ。聖職者は結婚禁止で純潔を貫き神に生涯を捧げるっていうことになってんだけどさ、実際には結婚しないことで相手を取っ替え引っ替えできるって感じなのよ」
「女の扱い酷くないですか、それ」
「そうでもないんだけどね。いい子供が産まれさえすれば地位がぐっと上がってもう生涯は安泰だし、二人三人と産めればそれだけ……ね。それに対して、そんな状況でできた子供の父親なんて誰かわからないでしょ。だから男の方は父親になる権利を争うわけ。もちろん、決めるのは母親。顔や性格の好みで選んでもいいし、金で買われるのも自由よ。そもそも、最初に相手をするかどうかも女が決められるわ。生涯にそう何回もないチャンスをそいつのために使うんだから当然ね。だからチャンスとばかりに男をカモりながら弄ぶ聖女もいるわけ」
 内部は愛憎的な面で相当にドロドロしていたという事らしい。
「でもね、あたしは嫌だったわ。聖者の資質があったあたしは小さいころに親元を離れて教会に連れて行かれてさ。そのころは何も知らずにただ世の中のために生きていこうなんて純粋に思ってたものよ。でも、大人になりかけてきたら私の子を産めとか息子の子を産めとか始まってさ。ああ、こういう世界に引きずり込まれたんだなってその時ようやく理解したわけ。あたしは売り飛ばされたんだと思ってさ、その時は親を憎んだわよ。その後、田舎者だから何も知らなかったんじゃないかとも思い直したけど……それはそれで無知ぶりが憎いわ。ともあれさ。金なんかのために好きでもない男に純潔を捧げたくなんてない。聖女には何人かの中から相手を選ぶ権利はあったけど、相手を選ばない権利は無かったの。だからあたしは逃げだしたわ」
 エリアは自分の旅立ったきっかけがラルフロイとの婚約のせいだったことを思い出す。複雑な気分だが、エリアとソーニャにまた共通点が出来てしまったようだ。
「ただの旅人として船に乗って、海を越えて。……すぐにバレて連れ戻されたけど、そこに先生が現れたのよ」
「グレックさんに助けられたんですか」
「助けられたというよりは……攫われたって感じだったわねぇ。正直、連れて行かれた時は教会の連中のほうが正義に見えるくらいだったわ。突然現れて『この娘はもらっていくぞ』で、お供のトカゲ男が僧兵相手に暴れている隙に牛男の小脇に抱えられて、これは食われると思ったもの」
 その状況は確かに怖すぎる。グレックにはまだ見ぬ手下がいたようだ。
「ま、冷静に考えればトカゲはともかく牛は草しか食べないけどね」
 そういう問題なのだろうか。
「あの。……グレックさんに普通の人間の部下っているんですか?」
 なんとなく、気になってしまった。エリアが知っている分では今の話に出てきた分を含めて獣人が4人。ダグとフェリニーも入れると6人と関係者のほとんどがただの人間ではない。そういえば、味方ではないがカラス人間にされてしまった奴もいたような。
「むしろああいうのの方が珍しいわよ。ただ、強そうだし実際強いから連れまわしてる感じかな。ボディーガードよね。トカゲも牛も、普段はいい人だったわ。詳しい話を聞いてみたら、あたしのことを教会が追い回してるみたいだからとりあえず助けてくれたってことみたいね。それがたまたま聖女だったって感じ。教会の人間が寝返るのは珍しいから協力してくれないかって言われて、それ以来手下の魔女一号ってことになったの。エリアちゃんも仲間になるなら手下の魔女二号よ」
 どうやらまだ魔女は一人きりのようだ。
「男は?」
「そっちも先生一人。寂しいでしょ?仲間になってよぉ」
「うぇっ。え、ええと、仲間って何をするんですか」
「そうねえ。先生が野暮用頼んでくるとき以外はすることもないのよね。みんながやってる魔法の研究の手伝いをしたり、後は……お勉強したり?……そうそう、あたしさ、夢があるんだぁ。あたしみたいに何にも知らないで教会に連れ込まれた女の子っているはずだからさ。そういう子をあたしみたいに攫って仲間にしちゃおうってさ」
 せめて名目だけでも助けるという言葉を使ってくれれば手伝おうという気にはなるのだが、攫うと言い切ってしまうとまるっきり悪事にしか思えないのが困りものだ。
 さらに、かなり大きな問題点もある。教会が力を広げ、ソーニャの言うようなことが起こっているのは隣の大陸なのだ。しかも、今エリアらがいる場所に近い所は大陸でも教会の影響力はまだ小さく、さらに遠くに行かなくてはならない。だからこそ、ソーニャもすることがあまりない最中においてなお、その夢を形にできずにいる。
 とりあえず、その話は前向きに考えるという玉虫色の決定で一段落した。
 そのまま、暇を持て余した魔女たちはクレイの様子を見に行こうという事になった。

「よぉーう。お嬢さん方、揃ってどこに行くの」
 二人の前にケダモノが現れた。大人のソーニャが子供のエリアを守るようにケダモノに立ち向かう。
「クレイちゃんの所よ。ロッフルさんと一緒にいるの」
「……ああそうかい。あの女はちっとばかり苦手だ」
 二人に道を譲るテラーファング。その態度と言葉に、ソーニャはにやりと笑った。これが魔女でなくて何なのかと言う顔だ。
「先生にこの子たちの面倒を見るように言いつけられてるんでしょ。飼い犬は飼い犬らしくご主人様の言いつけを守りなさいな。ちゃんとクレイちゃんの面倒を見る!」
 テラーファングの顎に手を添え、顔を近付けるソーニャ。
「俺は猫じゃねーんだ、撫でるなら頭か腹にしてくれ」
 そこを撫でると喜ぶのは狼も犬も一緒なのか。
「とにかく。そっちから声を掛けてきたんだからついてきなさい。日頃ガードの固い女二人が心を許してあげるんだから」
 エリアにそのつもりはないのだが。まあ、ソーニャも本気で言っているとは思えない。ただ、苦手だというロッフルの所にテラーファングを連れて行きたいだけだろう。
「でも、なんで苦手なんですか?」
 エリアはテラーファングに恐る恐る聞いてみた。ロッフルのことを不思議な人だとは思うが、嫌な人だとは思わない。
「なんていうかさ。普通じゃないだろ」
 それはまあ、認めるしかない。
「そんでさ。なんかあの乗っけて走り回った夜以来妙に懐かれちまってよ。もう少しまともな女なら喜んで遊び相手になってやるんだが、どうしたもんかと思ってな」
「そこはほら、大人としてクレイちゃんを普通じゃない女から守ってあげるついでに女の子とも遊べるって言う一石二鳥の選択をするのがあんたじゃないの」
「いや、お前さん、俺の何を知ってんだよ」
 ソーニャ相手に牙を剥くテラーファングだが、ソーニャには効いていない。
「そう言えば、ロッフルさんはテラーファングさんのこと、同類だって言ってましたよ」
「んあ?何でよ」
「言っちゃっていいのかな。どうせ本人に会うんですから、本人に聞いてみたらどうです」
 丁度お誂え向きに部屋の前にたどり着いた。
「気に入られてんるならさ、中に入っていいかあんたが聞きなさいな」
「しゃあねえな。……おーい。俺だ、テラーファングだ。何人か連れてきてるが、入っていいか?」
 その声にロッフルが出てきて、やってきた顔ぶれを見渡した。
「いいわよ。一緒に遊びましょ」
「……なんか入るの怖えよ」
 怖じ気づくテラーファングの珍しい姿をとくとその目に焼き付けるエリア。中ではクレイと二人でカードゲームをしている最中だったようだ。
「んだよ、昼間っから辛気くせえ遊びしてやがんな。お前さんのお友達は隊長のところで体動かしてたぞ。あんたも一緒にやればいいのに」
「やーよ。疲れるもの」
「部屋に籠もってばかりいると……太るぞ」
 その言葉にしばし動きを止めるロッフル。
「考えておく」
 ソーニャはロッフルが持っていたのだろうカードを手に取った。
「今一つ暗いけど、まあ健全な遊びで何よりだわ。それじゃ、お誘いに乗ってみんなでやりましょうか」
「くはぁ。こういうのも苦手だぜ……。駆け引きとか、面倒なんだよなぁ」
 渋い顔をするテラーファング。勢いだけでやって運だけで勝ったり負けたりするタイプのようだ。エリアも難しい顔をする。
「私、ルールわかりません」
「あらそうなの?大丈夫、ルールは教えてあげるから。慣れてる人相手じゃ最初はなかなか勝てないと思うけど……ちょっと待って。クレイちゃんはルール大丈夫なの?」
 言いかけた言葉を切り、クレイに問いかけるソーニャ。
「教えてもらったからわかるよ」
 胸を張って言うクレイだが、教えて貰ったばかりの初心者であることは確定した。
「覚えたばかりの初心者相手にさしでやってるの?それって、楽しい?」
 呆れ顔のソーニャに、何食わぬ顔でロッフルは答える。
「楽しい。それに、あたし全敗中よ」
 初心者相手にぼろぼろにされる下手くそぶりを自慢しているのかと思ったがそういうわけではなかった。このゲーム、クレイはこっそり魔法を使っていいのだ。どんな魔法を使っているのかはロッフルには分からないが、とにかく何らかの方法で完膚なくやられているということだ。
「……一方的にやられて楽しいか……?」
 今度はテラーファングが呆れた。
「楽しい。だって、よくわからないけど強い相手とやれてるんだもの」
 こう見えて勝てない強敵相手に燃えるタイプのようだ。
「ふぅん、魔法ありの勝負かぁ……。何か面白そうじゃない。あたしらもそれでやりましょうよ」
 魔法の力ではクレイたちに敵わないが、ソーニャには慣れと大人の狡猾さがある。楽しいゲームになりそうだ。
「あの。……俺は?無力なカモ2号としてそこに参加しなきゃだめか?」
 おずおずと口を挟むテラーファング。横からロッフルが声をかける。
「あたしと二人で普通にやりましょ」
 確かに、それは無難な選択である。あるのだが。テラーファングは一つだけ大きなため息をつくのだった。

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