マジカル冒険譚・マジカルアイル

13.小さな命の終わり

 怪鳥を追跡していた兵たちと合流したサマカルドだったが、彼らに何をどう伝えるべきか、言葉が見つからなかった。言い出すこともできぬまま夜を過ごした。
 翌朝、自分は怪鳥の捜索を継続しつつ情報を集めるのでお前達は一足先にルホの西を探れと部下たちに命令し、僅かな手勢を残して兵たちを追い払い、サマカルドは一人思案に暮れた。
 やがて、ロズ・フォートに予定通り魔法使いが連れられてやってきた。魔法使いを乗せた馬車は、国家と軍の功績を見せつけるように、人の集まるアルバサズの町の目抜き通りをわざとらしく通り過ぎて行く。
 厳重な警備の中、運び込まれる二つの鉄の箱。サマカルドは町の高台の軍施設の窓からその様子を遠巻きに窺った。
 その時、野次馬で沿道を埋め尽くされた道を練り歩く、箱を積んだ馬車で注意をそらすようにし、町にもう一台の馬車が到着した。
 その馬車はサマカルドたちが立ち寄っている軍施設を目指して来る。到着した馬車から降りた大臣の姿を確認し、サマカルドは窓の奥に身を隠した。
 馬車の中から子供の声が聞こえた。幼い男の子と女の子の無邪気な話し声だ。時折笑い声も漏れて来る。
 大臣にこのような小さな子供や孫がいるという話は聞かない。この時期に大臣が連れて来る子供と言えば、考えられるのは魔法使い。ラフェオックの話を信じるのであれば、そういうことにされて処刑される孤児ということになる。
 サマカルドは外の様子を窺う。
大臣は施設の中に入ったらしく姿は見えない。馬車からは二人の子供が身を乗り出して外を窺っていた。二人はサマカルドに気付き、笑顔で手を振った。サマカルドはしばし戸惑い、引きつった笑顔で手を振り返す。そのまま、顔を引っ込めた。
 明日処刑されるという子供があんなに元気なはずはない。思い違いだ、サマカルドはそう思い込むことにした。
 やがて、大臣はこの施設での用を終えて馬車に戻り、馬車は走り去っていった。サマカルドは高台の軍施設から、馬車の行方を目で追う。高級そうな宿の前に馬車は停まった。ここからでは降りる大知人達の様子は窺い知ることは出来ないが、恐らくあの子達とともに宿に泊まるのだろう。
 サマカルドの脳裏から、あの子供達の屈託のない笑顔は離れなかった。そして、よもやそんなはずはないと思い込もうとする気持ちに抗うように、あの子供達が明日処刑されようとしているのだ、という考えが強まってきた。

 その頃、遠い場所で何が起こっているのかも知らないまま、クレイとエリアは山麓の木陰で一眠りしているところだった。
 こうして人気のない山地を悠々と横断できるのも、今日のうちだけだろう。二人は今夜中にも山脈の端に到達する。
 そこからは、平野のそこかしこにある町を避け、更にその町のないところにも満遍なく点在する農村をも避けることは到底出来ない。夜に空を見上げる物好きがいないとも限らない以上、空を飛ぶような目立つ真似は出来そうにない。
 やがて日は傾き、西日は木を回り込んで二人を横から照らし上げる。その眩しさと暑さに二人が目を覚ました。
 朝食とも夕食とも言える食事をとり、日が暮れるのを待つ。
 辺りを闇が包み始めたとき、二人は低く飛び立った。
 月が空に輝いた。月は日に日に丸くなっていく。この明るい月明かりの中では、空を飛べば更に目立つ。これからどうすべきか、迷うところだ。
 ここ数日、追っ手もいない。もうそろそろ、馬車に乗っても大丈夫だろうか。
 とにかく、山脈の端に辿り着いたら、近くの町に行き、二人のことが誰にも知られていないか、探し回っている物がいないかを探ろう。
 山脈の終わりに到達した。山脈の名残のようになだらかな丘陵がいくつか連なっている。
 まだ夜明けは遠いが、地面に降り、二人は歩き始めた。丘陵の広大な土地には柵が巡らされている。二人はそんなもの知らないのだが、この辺りは牧場が犇めいていた。
 日が昇り始めると、町よりも早く辺りで人が動き始めた。早めに地面に降りて正解だ。
 丘の上に辺りを見渡す。果てしなく農地が広がっている。あちこちにまばらに農家が点在している。首都近郊の町々の暮らしをを支える農村地帯だ。
 地図で確認しても、この辺りにはあまり大きな町はない。半島の南岸と北岸にそれぞれ大きな町があり、他は国境付近にひとつ大きな町があるだけだ。それなら国境付近の町を目指すのが一番いい。ただ、歩いて行くのはかなり大変そうだ。南岸か北岸の町まで行って、そこから馬車に乗るべきか。
 考えた結果、二人は急ぐことよりも安心できる道を選び、真っすぐ国境を目指して西に歩き始めた。

 処刑の日だ。
 サマカルドはロズ・フォートに向かった。正体を隠すために兵士の装備を脱ぎ、一人の市民として。
 公開処刑の席はそれほど埋まってはいなかった。今回処刑されるのが、魔法使いながら小さな子供だというのは当然皆知っている。それに、いつもなら処刑されるのは何人も人を殺していたりするような凶悪な魔法使いが多いが、この二人は各地で目撃され、人々の前で魔法を使ったということで大騒ぎになっただけで、大きな被害が出たわけでもない。国や新聞が騒ぎ立てているほど市民は関心を持っていなかったようだ。
 サマカルドは安い券で遠い席に座った。
 程なく、高台に大臣が現れた。
「これより魔法使いクレイ、並びにエリアの処刑を執り行う!」
 大臣の威厳ある声が会場に響いた。
 大臣はさらに、二人の罪状を読み上げた。
「巨悪なる大魔道師グレックの手先としていくつもの町々に現れ、静かな町を混乱に陥れた!ベルネサでは豪族の館と命を炎で包み込んだ。シャルパーノやガスプールを始め、他多数の町でも混乱と騒動を巻き起こした!」
 辺りがざわつき出した。思っていたよりも凶悪ではなかったからだ。それもそのはず、ベルネサやシャルパーノの辺りはいたって平和な片田舎。あの辺りでは魔法使いに罪を着せるような大事件は多くはない。それに、そのような大きな事件は、既に先だって捕らえられていた、人相の悪いタバロックと言う魔法使いに粗方被せた後だった。
 そこで、大臣はこの二人がグレックの腹心であるということを特に強調した。国を混乱に陥れているグレックの手先の中でも、もっともグレックに近い地位にいる魔法使いで、直接手を下すことはほとんどなく、手先を使い悪事を果たすのだと。先日処刑されたタバロックも彼らの手先に過ぎず、各地で騒ぎを起こしている怪鳥も彼らのペットでしかないと。
 そして、そんな力の強い魔法使いを追い詰め捕らえることができたのは、タバロックを捕らえたことで慢心せず、弛まず歩み続けた軍の努力の賜物だ、コベルダック平野での包囲作戦によりこの魔法使いを捕らえるに至り、我々はついにグレック討伐のための糸口を掴んだのだ、と大臣は力説した。
 そして、ついに魔法使いの二人が現れるときが来た。その前に大臣は言う。
「彼奴等卑劣なる魔法使いは、最後の力で己に呪いをかけた。些か、歳幼くなる呪いを。そのため、いたいけな子供に見えよう。だが騙されてはならぬ!言い換えれば、齢(よわい)をも操る強大な魔法使いだと言う証明なのだ!」
 そして、処刑場の鉄の扉が開き、魔法使いたちが引き出されて来た。
 歳は10くらいだろうか。男の子と女の子が引き出される。猿轡を噛まされ、目隠しをされており、顔ははっきり見えないが、髪型や服装などは間違いなく昨日馬車から身を乗り出した子供たちだった。
 サマカルドは、昨日この子らが無邪気に笑顔で手を振って来たことを思い出す。自分たちがこんな目に遭わされると言うことをいつ知ったのだろう。ともすれば、今の大臣の演説で初めて理解したのかも知れない。いや、まだはっきりと理解してさえいないのでは。
 嫌がる子供たちを木の柱に縛り付け、その柱が立てられた。子供達は処刑場に掲げられた。
 魔法使いの処刑は鞭打ちのうえ火あぶりだ。しかし、魔法使いが子供ということもあり鞭打ちはなく、すぐさま火あぶりにかけられるという。
 魔法使いに情けをかけていると言うよりは、観衆の心情に配慮してのことだった。魔法使いと言っても小さな子供。いたぶられる様を延々と見せられては、不快になってくる者もいるだろう。たとえ、ここに集まっているのが人が死ぬ様を金を払ってまで見に来るような悪趣味な物好きだとしてもだ。
 そもそもサマカルドはそんな物好きですらない。処刑場に連れ込まれたのが昨日無邪気に笑い合っていた子供たちだと分かった時点で、既に見てなどいられなかった。

 そのころ、執行人は控室で呼ばれる時を待っていた。
 覆面を被り顔を隠している。その覆面の下で、執行人は薄ら笑いを浮かべていた。
 執行のときが待ち遠しくて仕方ないのだ。相手が子供だろうが知ったことはなかった。その手で魔法使いに死を与えられることが嬉しくて仕方がなかった。
 この男は今日処刑されるという魔法使いの事を知っていた。軍艦の中で無茶な拷問をした男だった。
 その憎しみに任せた無茶な拷問を咎められ、罰として処刑執行人という汚れ役を押し付けられた形になる。
 だが、見ての通りこの男にはこの汚れ役も罰になってなどいない。喜びに打ち震えてさえいる。
 王国もそれは承知の上だった。拷問の様子で、処刑人等という嫌な役でも魔法使いが絡んでいれば喜んで引き受けるだろうその性質を確認し、罰を口実に処刑人を押し付けたのだ。
 処刑の準備は整い、執行人が呼ばれた。松明と槍を手に処刑場に出る。
 執行人は歓声で迎えられた。上機嫌で松明に火を灯し、高く掲げる。この炎を魔法使いの縛り付けられた柱の下に積まれた、油を吸った干し草に移すのだ。
 執行人は魔法使いが縛り付けられている柱に歩み寄った。縛り付けられた魔法使いが言葉にならない叫び声を上げ続けている。その顔を見上げ、執行人はふと思う。
 こいつら、こんな顔だったか?
 だが、先刻大臣は言っていた。魔法使いたちは自分たちに幼くなる呪いをかけて人々を惑わそうとしていると。それなら、顔もどう変わるか。
 同情を買おうだって?残念だが、相手が悪かったなぁ。
 執行人は、何の躊躇もなく炎をつけた。魔法使いたちの叫び声がよりいっそう悲痛なものになった。執行人はその様子を見て心の中で笑った。
 執行人は松明を他の兵士に渡し、預けてあった槍を受け取る。この槍で止めを刺すのだ。これからますます燃え上がる紅蓮の炎は、骸となった二人を炙り続けるだろう。
 だが、槍を受け取った執行人はなかなかその槍を使おうとはしなかった。
「どうした、早くやれ」
 付き添いの兵にそう言われ、ようやく槍を構える。そのまま、また少し時が流れた。その間も魔法使いの悲痛な絶叫は辺りに響き続けた。
 観衆の席では殺せ、早く殺せの怒号が飛び交っていた。だが、その言葉の持つ意味合いは少しずつ変化していた。早く忌まわしい魔法使いの無様な死を見せろと言う叫びから、子供たちへの見るに堪えない酷い仕打ちを一刻も早く終えて楽にしてやれという懇願へと。
 その席にいるサマカルドとて同じ気持ちだった。まして彼は今火で炙られているのが魔法使いなどではない、何の罪もない子供だと知っているのだ。
 処刑ショーの最大の見せ場を前にして、人々が次々と帰り始めた。
 この事態に、高台で眺めていた大臣さえも、穢れた処刑場に踏み込まなければならなかった。
「何をしている!、早くやらぬか!」
 大臣に言われては執行人とてふざけてもいられない。執行人は槍で魔法使いを突いた。だが、胸を突き、額を突いて速やかに死を与えるはずの槍は、即座に致命傷とはなり得ぬ肩や腹に突き刺さる。
「何をしている!」
 大臣の言葉に執行人は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!緊張のために手元が定まりませんゆえ!」
「言い訳はいい!早くするのだ!」
 炎は魔法使いたちの服にまで燃え移り、炎の中から断末魔の叫びが聞こえる有り様となっていた。観衆から投げかけられる声は怒りの声となっていた。
 執行人は炎の中に槍を突き入れた。だが、炎でどこが胸か、どこが頭なのかなど分からない有り様だった。
 炎の中からの悲痛な声は止んだが、炎の中で槍が急所を突いたのか、子供たちが焼け死んだだのかは誰も分からなかった。

 大臣は苛立たしげに机を叩いた。
「あの愚か者はまだか!」
「はっ、ただ今亡きがらの運び出しを行っているところあります」
 処刑ショーはあの執行人のために台無しになってしまった。処刑されるのが子供であるため、観衆の心情を考慮し鞭打ちなど苦痛を与えることを徹底的に避け、執行も火が燃え始めたらすぐに槍で突き止めを刺す手筈だった。
 まして、あの子供たちは魔法使いなどではない。戦災で両親を失い、劣悪な環境の孤児院で生かされていた哀れな子供だ。大臣は、このまま生き続けるのが酷だと言うほどの悲惨な状況の子供を見繕って来たのだ。己の罪悪感を少しでも和らげるために。
 あの魔法使いへの憎しみに燃える男ならば喜んで何の躊躇いもなく止めを刺してくれると思っていた。だが、あの男は魔法使いの一刻も早い死よりも、魔法使いたちに長く苦しみを与えることを選んだのだ。
 群衆の態度は魔法使いへ意の畏怖や憎悪から、泣き叫ぶ子供たちへの憐憫に変わるまでに長い時間はかからなかった。人々は目を背けて帰りだし、残った者は王国への怒りを抱き始める。だが、それでもあの男は自分の快楽のためだけに子供たちの苦しみを引き伸ばした。
 あの男は緊張で手が震えたなどと言い訳していたが、隠しようもないほどに嬉々とした声でそんなことを良くもぬけぬけと言えたものだ。あの声を聞いたとき、大臣は人選を致命的に誤ったことを悟った。
 国民の国への信頼を高めるための公開処刑で、悪印象を植え付けて評価を下げては元も子もない。処刑で盛り上がったところでさらに国民を発揚するための演説を用意していたが、あの状態でそんな演説などできない。演説は中止だ。
 もともと人気のない処刑だったのがせめてもの救いだ。それでも、この処刑のことが人々の口から広がって行けばさらに国家の威信への影響は避けられまい。
 自分の快楽のために国家の威信を傷つけたあの男を許す訳には行かなかった。
 遺体の運び出しがやっと終わり、執行人が連れてこられた。
「貴様は私の期待を裏切った。あの有り様は何だ!」
 大臣は処刑人が入って来るなり睨みつけ、怒鳴り散らす。
「申し訳ありません!相手が恐ろしい魔法使いだと思うと恐怖で体が思うように動かなくなったのです」
 まだいけしゃあしゃあとこんなことを言うのか。大臣はさらに怒りを新たにした。
「拷問の有り様を知らぬとでも思っておるのか。恐れた様子もなく鞭を振るっていたという話は伝わっているのだぞ」
「ですが、殺すとなると呪いが恐ろしくて……」
「呪い?確かに国民向けの煽り文句にはそんな言葉も織り交ぜている。だが、今までに魔法使いの呪いなどあった試しがあるか?」
「恐れながら、わたくしめもつい先日まではしがない一国民でありました。そのころの魔法使いへの恐れがいまだ抜け切らないのです」
 口だけはうまい男だ。だが、恐怖心などなかったと見抜かれていることに気付いていないのか。言い訳を重ねるほどに大臣の怒りは収まるどころか募るばかりだ。
「何が恐れか!処刑場で話しかけたときのにやけきった目、嬉しそうな顔!気付いていなかったと思ったら大間違いだ!この処刑が魔法使いの死を見て楽しむただの娯楽だと思っているのか!?国の名を掲げて行う大切な行事なのだぞ!それを貴様の個人的な愉悦のために台無しにしたのだ!」
 執行人は、ようやく全て見抜かれていたと悟り、沈黙した。だが、黙ったのもほんの僅かな間だけ。
「あれは私なりに観衆を喜ばせようとした気配りでした。それが観衆に逆に不快感を与えようとは思いもよりませんでした」
 まだ言い訳を続けるつもりか。貴様はおとなしく命令に従わねばならぬ立場だとか、それなら観衆が罵声を浴びせ始めた時点でやめなかった理由を言って見ろとか、言いたいことはある。だが、心にもない出任せ相手に押し問答を続けるのは無益だ。
「どうやら貴様はまだ罰を受けたりないらしい。もう一度魔法使いの処刑をしてもらうことになりそうだな」
 処刑人は覆面の下で眼を輝かせた。まさかこんなにうまく行くとは。
 魔法使いの処刑は月に一度は間違いなくある。毎度、その処刑人のなり手には国も苦慮していると聞いていた。問題を起こせば更なる罰を口実に再び処刑を命じられるのではないか。処刑人の悪ふざけにはそんな目論見もあった。
 だが、この男に魔法使いへの処刑は罰どころか甘露のようなもの。大臣もその性質を見抜いている。この男を喜ばすようなことはするはずもないのだ。
「貴様を魔法使いとして指名手配にしてやろう。追い立てられて逃げ惑い、捕らえられた時には貴様に最後の役目を与えてやる。自ら油を被り、己の体に火をつけるのだ。誰もいない場所で、観衆もなく孤独に焼け死ぬがいい。槍で突いて楽にしてくれるものなどいない。魔法使いが最後の最後まで苦しみ抜くのが好みなのだろう?お前の望みどおりだ」
 執行人は顔を引きつらせた。この程度の失態には破格の処罰と言えた。
 執行人にとって、事実上の死刑宣告よりも、魔法使いとしての手配の方が屈辱的で恐ろしかった。それ程までに魔法使いを忌み嫌い、蔑み、憎悪していたのだ。
 だが、この処刑人もこの程度の食わせ者では済まなかった。
「大臣さんよぉ。いいのかい?次の処刑人のなり手なんているのか?俺のせいでケチがついちまったんだろ?」
 処刑人は態度を一変させた。魔法使い憎しの思いだけで兵に志願した、元はならず者。しおらしい態度よりも恫喝の方が板についている。
「囚人にでもやらせれば良い。執行を行えば死刑は免れると唆してな」
 豹変した処刑人を相手に、大臣もまったく怯む様子がない。周りで見ている他の兵の方がいきり立っている。
「へぇ。で、やったところで死刑の免除なんて無しってか。こりゃ傑作だ、あんた俺なんかよりもよっぽどタチが悪いぜ!……一つ気になってたんだが、さっき処刑したガキ、俺が拷問したガキ共と全然顔が違ってたな。ありゃあ、どういうことだ?」
「魔法でより幼い顔になっていたのだ」
 大臣は平然と言ってのけた。
「建前を聞いてるんじゃねぇぜ?若くなったくらいであんなに顔は変わらねぇ」
 確証がある訳ではない。はったりだ。だが、大臣も平静を装ってはいるがかなり慎重な言葉の選び方をしている。賢い人間が嘘を吐くときによく見せる態度だった。かなり痛い所を突いた手応えを感じていた。
「ふん。好きなように考えればいい」
「ほう?好き勝手に解釈して触れまわっちまってもいいんだな?」
「魔法使いとして手配されたごろつきの言うことなど、誰も信じるまい」
 処刑人は声を立てて笑った。
「俺のお陰で王国の信頼が揺らいでるって?俺の言うことを誰も信じなくなるのと、あんたらの言うことを誰も信じなくなるの、どっちが先だろうな?魔法使いとして手配するなら、魔法使いらしく生きてやるよ。この国を混乱に陥れてやるぜ!」
 高笑いとともに執行人は部屋を去って行った。
「……聞いたとおりだ。あの男を魔法使いとして指名手配せよ。必ず生け捕りのこととしてな。命があれば手足くらいは無くても構わぬ」
 そのとき、慌てた様子で兵士が入ってきた。
「大臣!グレックです!グレックめが現れました!今は魔法使いたちの骸とともに消え去っています!」
 なぜ、この期に及んで殺された子供達の骸を奪いに来たのか。確かに、処刑場は迂闊に近づけぬ罠だらけだ。運び出された骸にしか手出しが出来なかったのだろう。だが、骸になんの用があるのだろう。グレックが何を企んでいるのかは分からないが、いずれにせよ片付ける手間は省けた。
「……手配書の良い文言ができたぞ。死刑執行人として平然と残虐な処刑を行い、人々に王国への反感と魔法使いへの同情を買おうと企てたものなり。処刑の終わりも間もなく、魔法使いの骸とともに露と消えたり。処刑場に死刑囚の痕跡一切無く、全て幻なり。幼き魔法使いの騒動、これ全てこのものの見せたる幻にて、王国の心証を貶めんとする策なり」
 果たして、これで国民が騙されてくれるのかどうか。
 とかく、あの男だけは許し難い。あのかわいそうな孤児たちよりも苦しめ、無様な死を与えねば気が済まない。
 そして国民から向けられるだろう国への反発を、あの男個人に対する怒りにすり替えることができれば。大臣の頭は目まぐるしく姑息な策を巡らせ始めていた。

 ロズ・フォートを出た処刑人は、グレック出現で浮足立った兵士たちを横目に広場に出た。
 広場では公開処刑を見た帰りの人達が列をなして馬車を待っていた。
 人々は皆処刑人の悪口を言っていた。だが、処刑人はそれを耳にしても別に何とも思わない。悪評が立つのは端から承知でやったのだし、今となってはこれで国の心証が悪くなることは大歓迎だ。
 それに、処刑は覆面を被って行なった。執行人の覆面と衣装を脱げば、こうして間近で聞き耳を立てていても、誰もそこにいるのが自分たちが眉を顰めながら文句を並べ立てている相手だとは気付きもしない。
 執行人はそんな中でも特に口うるさそうな中年の集団に近寄った。
 その話に聞き耳を立てていると向こうから話しかけてきた。
「あんたも処刑を見に来たんだろう?私もここに何度か公開処刑を見に来たが、こんなに気分の悪い処刑は初めてだ」
 何度も金を払って人が焼き殺されるのを見に来ているようなおっさんが偉そうに人の文句を言うのかねぇ、などと心の中で呟きつつ、顔と言葉ではその意見に同調する。
「まったく。最近の王国は何を考えているのか分かりませんな。……ところで、さっきちょっともっととんでもないことをきいちまったんですがね」
「ほう、なんだね」
 食いついてきた。にやけたいのを堪え、渋い顔を保ったまま話を続ける。
「兵隊に文句の一つも言ってやろうと砦の裏に回ったら、あの処刑人が何かもめてましてね。聞き耳を立てたら、なんでも大臣が処刑はじっくりと引き伸ばして苦しめろと言ったのに、まるで執行人が勝手に民衆の前で子供が苦しむ様を晒し続けたと言うような芝居を打ってたみたいでして。それで執行人が喚いていたら、大臣が執行人にお前は魔法使いとして処刑すると……。兵隊がこっちに気付いて走ってきたんで慌てて逃げましたがね」
 半分は嘘っぱちだが、半分は事実だ。
「そういえば、さっき兵士がやけに慌ててたな」
「俺のせいでしょう。見つかったら俺まで火あぶりにされちまいそうだ」
 実際にはグレックが現れたからなのだが、執行人はそれは知らない。とにかく、何でもいいから利用する。
「それと、執行人はこんなことも言ってましたよ。以前見た魔法使いと全然顔が違うがどういう訳だってねぇ。今日処刑されたのは魔法使いとは何の関係も無い子供なんじゃないですかね。魔法使いなんて、実際には捕まえて無いんだ」
 執行人はかつて捕らえられた二人の魔法使いを拷問にかけたことがある。その魔法使いが偽者だとはさすがに思っていない。だが、執行人はそこから否定した。
「全くもって酷い話だな」
 中年の集団は、半信半疑ながらこの衝撃的な話に食いついた。さらに、周りで聞き耳を立てていた人々が、今の話についてひそひそと話し出した。
 いい感じだ。執行人はほくそ笑み、こっそりとその場を離れた。
 この調子でもっとこの話を広めてやれ。そう思い、次の標的を探していると、おもしろいものを見つけた。
 馬車待ちの人から離れて人一倍深刻そうな顔立ちで佇む人物に見覚えがあったのだ。
 誰だったかを必死に考え、やっと思い出した。サマカルド少将だ。直属の上官ではないが、あの糞生真面目そうな面構えは間違いない。
 なぜ軍のお偉方が一般市民のような格好でこんなところにいるのかは分からないが、これは何かのチャンスではないか。
 どうしてやろうか考えたが、いい考えは浮かばない。自分で詰め寄って罵ってやろうかとも思ったが、怒らせて斬り捨てられでもしてはたまらない。それはそれで騒ぎが起こるが、自分が斬られるのは願い下げだ。
 それならば。
 執行人はあそこにいるのは軍のサマカルド少将じゃないか、と指を差しながら言った。
 早速数人の市民がサマカルド少将に歩み寄り詰め寄り始めた。執行人は少し離れたところで高見の見物を決め込むことにした。

 サマカルドは悩んでいた。
 なぜ、あの無邪気な子供たちはあんな惨い殺され方で死ななければならなかったのか。
 サマカルドがもっと早く逃げた魔法使いを捕らえていればこんなことにならなかったのだろうか。
 いや、それは違う。魔法使いが逃げてから替え玉を用意するまでの手際が良すぎる。それに、サマカルド自身も一度結論に達していたはずだ。せっかく捕らえた魔法使いを、こうもあっさり見世物にして処刑するはずが無いと。
 あの魔法使いたちが逃げなくとも、処刑は行なわれた。最初からそのつもりで替え玉も探していた。だからこそ、平然と予定通り処刑を行なえたのだ。
 だが、不思議なことがあった。
 魔法使いとは言え小さな子供に対する処刑だ。あんな惨い殺し方をすれば観衆は不快感を抱く。それは王国も分かっているはずだ。
 では、なぜあのような惨い処刑をわざわざ行なったのか。
 処刑の最中、大臣は慌てたように処刑場に駆け込んできた。そのときどのような会話がなされたのかは観衆の野次にかき消されて聞き取ることはできなかったが、恐らくはなかなか止めを刺さない執行人に文句の一つも言いに行ったのだろう。
 そんなことを考えていると、突然馬車待ちの民衆から数人が歩み寄り声をかけてきた。
「あんた、サマカルド少将か?」
 民間人に紛れたつもりだったが、顔を知る者がいたようだ。相手は名前まで知っている。隠し立てしても仕方ないだろう。
「いかにも。何かな」
「今日の処刑について説明してもらいたいのだが」
 やはりその話か。面倒なことになりそうだ。
「あいにく、私はこの処刑に直接関わってはいない」
「ならばなぜこんなところにいるんだ」
「別の用件で西へ向かう途中に立ち寄ったのだ」
「処刑を手伝うために立ち寄ったのだろう」
 この男は既に話を決めつけてかかっている。何を言っても無駄だろう。言いたいことを言わせておくに限るが、ありもしない思い込みを押し通しサマカルドの証言ということにしかねない。厄介な相手に絡まれたものだ。
「あの酷い処刑は何だ?魔法使いであれば何をしても国民が喜ぶと思っているのか」
「私は処刑には直接関わっていない。どういうことなのかは関係者に聞いてみなければ分からない」
 露骨に納得できないという顔をする民衆。
「処刑で何が起こったかは分かっているんだろ。話を聞いていないのか」
「あいにく、私の立場は諸君同様。処刑は個人的に観覧席から見ただけだ。大臣や他の軍人も私がここに来たことは知らないだろう」
「軍人さんは子供が殺されるのを個人的に見に来る趣味がおありか」
 誰かが言った。何人かはそれに同調し、何人かは複雑な顔をした。金を払ってまで子供の処刑を楽しみに来たという自分の立場をわきまえている人と弁えていない人がいるようだ。だが、ここで自分が処刑を楽しみに来た訳ではないと主張し、優位に立とうとするのは無益だ。
 サマカルドの後ろで聞いていたロゼフがいきり立ち、剣を抜きそうになるが、サマカルドはそれを諫める。
「わざわざ処刑を見に来た理由は言えぬ事情がある。好きに考えるがいい。ただ、今回の処刑で観衆に不快感を与えたのは大臣とて分かっているだろう。追って事情の説明があるはずだ。それまで、詳しい事情を知らぬものとして軽率な発言はできない」
「詳しい事情って、全て処刑人が悪いってか?全て処刑人の責任にして、処刑人を魔法使いとして指名手配するって言う話が出てるぞ」
 先程の処刑人の話を聞いていた人物もいた。
「全部大臣が仕組んだ話なんだってな。何も知らないまま引き受けた処刑人が、言われた通りに時間をかけて嬲り殺しにしていたら、大臣がこんな命令は出していないと芝居を打ったって処刑人が喚いていたらしい」
 初耳だった人達がざわめき出す。
「確認も取れないような話を軽々しく吹聴するな!」
 怒鳴りつけるサマカルド。
「でも、喚いていた処刑人を見たって言う奴がいるんだぞ」
「それを見たという人物が、本当にその現場を見たと証明できるのか?」
「いや、でも、兵隊がばたばたしてたし……」
「あのようなことになれば、慌ただしくなるのは当然だろう」
 男は言い返せなくなった。確かに、あの男が本当にそんな現場を見たのかを証明することは誰にもできない。だが、だからといってこの話が全否定されるわけでもない。聞いてしまった人々の心の中にはこの話は残り続けるだろう。
 更に、この話を切り出した男は諦めきれないように言い添えてきた。
「そいつはこんなことも言ってたぞ。今回処刑された子供は魔法使いじゃない、別人だったって」
「何だと?そんな馬鹿な」
 なぜその話が漏れているのか。そんな思いから思わずそう漏らすサマカルド。慌てて言い直す。
「出所がはっきりしない好き勝手言っているだけの話を信用するな。もしその男がセドキアの間者だったなら思う壷ではないか」
 敢えて、魔法使いという言葉は避けた。この状態で魔法使いの仕業などと言えば火に油だ。それに、全てを魔法使いの仕業として片付けるのは今のサマカルドには抵抗があった。
 サマカルドは民衆を、王国の発表を全て鵜呑みにしろとまでは言わないが、だからといってそんな出所の分からない話を間におけるは止せと釘を刺し、その場を収めた。
 しかし、その話をデマだと切り捨てたサマカルドが、一番その話をデマだと割り切れ切れずにいた。
 魔法使いは逃走し、処刑されたのは恐らく何も知らない罪のない子供たちだ。そして、話の中にまさにその通りの話もあった。
 この話はまさに事実だ。ならば、あの酷い処刑が全て大臣の仕組んだ芝居という話も、もしかしたら。
 だが、そんな話を大臣に問いただしたところで納得の行く答えなど返ってこないのは分かりきっていた。この処刑が行なわれることさえサマカルドには伝わって無かった。サマカルドがたまたま新聞売りの声を耳にしなければ、彼の知らぬ所でこの処刑が行なわれていたのだ。
 魔法使いが逃げたことを知る者は少ない。処刑が行なわれれば魔法使いが無事処刑されたとしか思わない。そして、サマカルドたちにその処刑のことが伝わらなければ、魔法使いの代わりに無関係の子供が処刑されたことなど、誰も知らないまま終わっていたのだ。
 そのようなことをする王国を誰よりも信じられなくなっているのは他でも無い、サマカルド自身だった。

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