マジカル冒険譚・マジカルアイル

12.牙を持つ男

 クレイとエリアは、人気のない寂しい道を横切る小川にかけられた小さな石橋の下で昼寝をしていた。
 ひとまず山まで行くにしても、決して近くはないのでのんびりと歩いていては埒が明かない。以前のようにまた夜の闇に紛れて飛んで行こう考えたのだ。そのためには昼間眠っておいた方がいい。
 真っ昼間であることと不安とで、そうおいそれと眠れはしないが、川のせせらぎを聞いているうちに眠くなった。寂れきった道だ。通る者もいない。
 日が落ち、夜の訪れた。冷たい風に頬をなでられ、二人は目を覚ます。空は雲に覆われ、星一つ見えない。霧までかかってきた。だが、好都合だ。
 闇は深く、二人を見つけられる人などいそうにない。だが、飛ぶ側にとっても危険だった。低く飛べば、いつの間にか目の前に迫っていた薮に突っ込む。少しでも高く飛ぼうとすれば、霧と闇で周りに何があるのかどころか地面からどれほど離れているのかさえ分からなくなり、言い知れぬ不安が押し寄せた。
 闇の中に、一際黒い山の影が浮かんでいる。光に包まれた町を避けながらそこを目指して飛び続けた。
 空が白み出す頃には、山脈のそばまで来た。二人は地面に降りた。近くに小さな町がある。その町で数日分の食料を買うことにした。魔法使いの二人組と憶えられているとまずいので、二人で手分けして買い物をする。どうせ、山で人目を避けて移動できるのは数日だろう。そんなに買い込まなくてもいい。
 それでも、重い荷物を担いでの移動は大変だ。荷物が軽くなるように、干物のような軽いものを中心に買い揃えることにした。
 買い物が終わったら、あとは町を離れて山を目指すだけ。二人は山に向けて歩き始めた。

 あらゆる手を使い、情報をかき集めようとするサマカルドたちだったが、二人の痕跡を完全に見失っていた。
 露骨に兵士として二人の後を追っていたため、兵隊が追っていると二人に知られ、二人が警戒してしまったのは拙かった。過ぎたことだが、兵隊という正体を隠して探した方がよかったか。
 しかし、兵隊だからこそできることも多い。多くの人々の協力を得られ、すんなりと情報が集まったのは自分たちが兵隊だからということが大きい。連日次から次へと魔法使いやその手下が現れる世の中だ。人々の警戒心も強い。ましてサマカルドたちが追い回しているのは子供たち。子攫いだと思われては面倒だ。
 普段は兵隊であることを隠し、疑われたときだけ正体を明らかにすれば、と考えるだろうが、兵隊だと分からないような身なりで兵隊だと名乗っても、誰も信じないだろう。兵隊である事を示す証も市民に見せても通じない。こんな状態に追い込むほど、兵士の身分を騙って悪事を繰り返した悪党共を恨むしかない。王国支給の装備品一式が、一番の身分証明なのだ。
 悪党と言えば胡散臭い男が魔法使いを探しているようだ。例の顔を半分隠している男だ。一体何者なのか。
 王国が密かに魔法使いたちに賞金を懸けたことも考えられる。賞金稼ぎと名乗るごろつきが捜し回っていると考えることもできる。王国も魔法使いを捕らえる手段を選んでいる場合ではない。
 そこまで考え、一つの可能性が思い浮かぶ。サマカルドたち以外の何者かが魔法使いたちを捕らえたという可能性。
 サマカルドは念のため、兵を一人王城に使いに出した。現況を知り、こちらの状況を伝えるためだ。
 だが、使いに出した兵士はすぐに引き返し、サマカルドの前に再び現れた。
「どうした、なぜ戻ってきた?」
 兵士は狼狽した様子で問いに答える。
「それが……例の、魔法使いを探していたという眼帯男が現れまして」
「なんだと!その男は今どこにいる?」
「それは……その男の言葉を伝えるべくすぐに引き返してきたので……」
 兵士は恐縮する。
「馬鹿者!なぜその男を連れてこなかった!」
「申し訳ありません。気が動転しまして。とにかく、あの男の言ったことをそのまま復唱します。『魔法使いなら明後日には処刑場に連れ込まれるだろう。あんたらの探している魔法使いはこんなところを探していても見つからない』」
「何だと。その言葉、確かにその男はそう言ったのか」
 その得体の知れない男は、魔法使いについて知っている。さらにサマカルドたちが追っているのも魔法使いだということまで知っている。
 こんなことを言われては、動転するなと言う方が無茶だ。この兵士を責められない。
 一体何者なのか。サマカルドたちは、兵士が男を見たという町外れの一本道を中心に、手分けしてその男の行方を追ったが、結局何も見つけることは出来なかった。
 そんな詳しいことまで知っているのは、王国の関係者なのか。一体何者なのかが気になる。
 とにかく、その男が言ったことが事実なのかを確認する必要がある。改めて使いを城に送ることにした。

 クレイとエリアは山裾の森の中を歩いていた。
 森には嫌な思い出がある。近道のつもりで広い森を歩いて突っ切ろうとして、時間をたっぷりと消費し、近道にならなかったこと。
 この、外の世界に出るきっかけを作ったのも、こんな森の中にあったグレックの小屋だ。この外の世界に、今はまだ大変な思い出しかない。まだ、世界の裏側への旅はいくらも進んでいない。他の国や他の大陸では楽しい事が待っているのだろうか。それとももっと大変なのだろうか。
 いずれにせよ、前方に連なっているアテルシア国土を南北に二分する“背骨”の名を冠したバグポナルコ山脈、その端にたどり着くのが当面の目標だ。その先の平野を抜けることが最大の関門だろう。そこにたどり着く前でもたついてはいられない。
 もたついてはいられないが、やはり森は厳しかった。コンパスを頼りに南下しているので方向に間違いはないだろうが、自分たちが今どこにいるのかがさっぱり分からない。
 そろそろ昼になるだろうか。疲れてきたので、木陰で昼寝することにした。もっとも、この辺りには木陰しかないのだが。

 その頃。
 王城への伝令の帰りを待ちながら魔法使いたちの行方を探るサマカルドだが、相変わらず魔法使いの足取りを示す物は何一つ見つからなかった。やはり、一足先に眼帯の男に捕らえられたのだろうか。
 そんな中、ニュースが飛び込んでくる。王城に程近いアルバサズに魔法使いの手下、怪鳥が現れたようだ。
 魔法使いが向かっていると考えられる西とは逆方向になるが、このまま手掛かりも何もない状態でここに留まっていても仕方ない。アルバサズに向かってみることにした。
 出発するサマカルドたち。その背後を灰色の影が追っていた。

 この辺りは夜に雨が降りやすい。クレイたちは夜風が運んできた雲から落ちてきた滴で目を覚ました。
 雨の中歩くのは億劫だが、雨の中眠るよりはましだ。荷物から傘を出して森の中を歩き始めた。
 雨は時間とともに激しさを増した。
 雨の中歩き続けるうち、地面が傾き始める。山の斜面に差しかかったのだ。
 柔らかな腐葉土の上を歩くのは疲れる。まして雨の水を吸い、さらに斜面となればひとしおだ。二人はすぐに疲れ果て、どこかで休もうということになった。
 だが、どこで休もうというのか。濡れた地面には腰を下ろせる切り株さえない。
 休む場所を捜し歩いているうちに、森を抜けていた。足元には岩の大地が広がり、それは闇空に続いている。
 森を抜ければもう歩く必要はない。飛ぶことができるからだ。雨も小降りになっている。どうせ足元はびっしょりだし、上半身も汗まみれだ。いまさらこのくらいの雨に濡れるくらいどうって事はない。右手に見える森に沿い、石の大地の上を低く飛ぶ。
 空が明るくなるにつれ、左手に聳える山の姿が浮かび上がってきた。山頂は霧か雲で見えないが、圧倒的な迫力でそれはそこにあった。
 二人は岩の裂け目を流れる谷川を見つけた。流れをたどり、手頃な川原を探る。雨の後だが、水は濁っていない。二人はこの川原で一休みすることにした。
 やがて、雲は晴れ上がり空はすっかり明るくなった。暖かな日の光が差してくるとクレイはうつらうつらし始めた。
 エリアはクレイに、着替えて寝袋で寝るように促す。素直にクレイがそうすると、エリアは服を脱ぎ、クレイの脱いだ服や荷物の中の洗濯物をかき集めて洗濯を始める。
 やがて、クレイが本格的にいびきをかいて寝始めたところで水浴びを始めた。さっぱりしたところで自分も一眠りしようとしたが、朝の冷たい水で体は冷えきり、すっかり目が覚めてしまった。

 サマカルドは最寄りの港から軍の高速船に乗り合わせ、夜明けごろにアルバサズの近くの港に降りた。
 アルバサズは山麓の町。山の上には処刑場である要塞、ロズ・フォートが見える。
 町に着いたサマカルドたちは早速怪鳥についての情報を集め始めた。このような話は町を警備する兵士に話を聞くのが一番早い。
 話によると、町の上空で飛び回る怪鳥が目撃されたのは昨日の早朝だ。複数の目撃があったが、飛び回っていた時間は長くない。
 ただその時、町には大臣が訪れていたと言う。そのため特に騒ぎになったようだ。
「なぜ大臣が?」
 サマカルドは首を傾げた。このような田舎町に何の用だろうか。
「それは分かりかねます。用件は重要機密のため口外できないとのことでした。ただ、時期が時期ですのでやはり魔法使いの処刑に関するものではないでしょうか」
 そして、魔法使いを奪還するために魔法使いの手下である怪鳥が現れた。何の疑問もない。一点を除いては。
 そもそも、その魔法使いはどうなったのか。それが最大の疑問だ。
 救出する為にここに現れたというのなら、魔法使いは捕らえられたと考えるのが自然だ。そして、そうでないのなら怪鳥が現れた理由が分からない。魔法使いに逃げられたままの軍の姿を見物でもしに来たとでも言うのか。
 魔法使いが逃げたことを知っているのは、国政の上層と、軍の一部の者だけだ。サマカルドの任務のことを知っているのもしかり。この兵士も、魔法使いが無事にここに連れてこられていると思っている様が見て取れる。余計なことは言えない。
 この町にまだ大臣がいれば話も聞けるのだが、既に帰ってしまっているとのことだった。
 城に出した使者がそろそろ戻ってくるはずだ。使者も、高速連絡船を使って首都に行き、帰りも同じようにサマカルドたちの元へ戻ろうとするだろう。南岸の港町で待てば必ず通る。そこで仲間を一人待たせた。
 港で待たせた仲間に連絡を受け、サマカルドたちがアルバサズで待っていると知った使者は、ほどなくアルバサズに現れた。
「して、状況はどうだった?」
「はっ。魔法使いは捕らえられてはいないとのことです。例の眼帯の男に関しては全く覚えがないとのことでした。魔法使いを追跡しているのは、我々だけであり、そのような素性の知れぬ人物に情報を漏らすことはあり得ないとのことです」
 使者の言葉に、サマカルドは首を捻った。
「そんな馬鹿な。ではあの男は何者なのだ?」
「その男についてですが、上層部は我々の調査の不始末で情報が漏れたのではないかと嫌疑をかけております」
「なんだと!?我々も魔法使いの件については市井に知れぬよう配慮をしている。我々から情報が漏れるなどあり得ない」
「お言葉ですが、上層部はそうお考えにはなっておりません。魔法使いとともに、その男を捕らえて来いとのお達しです。万一市井に情報が漏れていた場合にはそれなりの処分も覚悟するようにと」
 何ということだ。魔法使いを捕らえるというだけでも無理難題のような命令だというのに、得体の知れない男まで探す羽目になるとは。
「市井に情報が漏れなければ、魔法使いの確保に時間がかかってもかまわないとのことでした」
「だが、魔法使いの処刑が控えているのではないのか?」
「当初からその処刑は市民を満足させるためのもの、実際に魔法使いをそこで処刑する予定はなかったとのことです」
「……なるほどな」
 確かに、せっかく捕らえた魔法使いをこんなにすぐに処刑してしまう事はない。尋問で情報を引き出したり、グレックや、彼に協力を得ている敵国セドキア相手の取引材料や囮にもできる。納得はしたが、それならばなぜ最初からそう言ってくれなかったのか疑問が残る。
 とにかく、自分たちは魔法使いと眼帯の男について追跡をする。それだけだ。
 魔法使いたちが向かっていると思われる西の国境付近に戻るべく、高速船の港を目指して出発しようとしたとき、町がにわかに騒がしくなった。
 町外れの空を舞う、怪鳥の姿があったのだ。

 彼が見上げると、正面から大きな影が飛んでくるのが見えた。
 見慣れた姿だ。やがて間近にまできたその影が、目前に降り立つ。
 スカイウォーカー。仲間内ではそう呼ばれている男だ。
「よう。ガキのお守りは飽きたのか?」
 スカイウォーカーはそう話しかけてきた。しかし、今の姿では人の言葉を話せない。彼は人の姿に戻ることにした。
 狼の顔が歪み、人の顔になる。体を覆っていた灰色の毛が人の肌と着衣になる。
 そこには、眼帯で顔を隠した男が立っていた。
「あいつらは軽く脅かしてやったから、しばらくは人前に出ようとしねぇだろうさ。それより、あいつらを探しに連中が差し向けた追っ手をどうにかしようと思ったのさ」
 人の姿になった彼は、目の前の怪鳥と何食わぬ顔で話し始めた。
「で、何でこんな所にまで来たんだ?」
「奴らは最初からお前とチビたちを組で考えてる。ちょうど奴らがチビらを見失ったところに、お前がここに現れたと聞き付けて、奴らはあの町を目指した。俺はそれを追いかけて来たのさ」
「ふうん?だが、何でわざわざそいつらを追って来た?面倒な追跡者が引き離せたんだ。それだけでいいだろう」
「まあな。ここから先は俺の個人的な用件だ。……見ろ、お前の姿を目敏く見つけた連中が向かって来るぜ」
 確かに、数騎の騎馬がまっしぐらにこちらに向かって来る。
「城の連中か。となると、あいつらはもしかしてお前の……」
「ああ、そう言うこった」
「そういうことなら俺には関係ないな。面倒にゃ巻き込まれたくないから、とっとと行くぜ」
「ああ。こっちも面倒はごめんだ。兵隊嫌いのお前がいちゃあ、話がこじれちまう」
 狼男は牙を剥きだしてにやりと笑った。このにやけ面がこいつの癖だ。スカイウォーカーはふんと短く唸ると大空に舞い上がって行った。

 怪鳥が、前方の道から飛び立つのが見えた。サマカルドの頭上を飛び越し、町やロズ・フォートのある方へと飛んで行く。
 だが、怪鳥の飛び去った道の上にも何者かの影がある。
「どういたしますか?」
「お前達は怪鳥を追え。ロゼフとスカダは私とともに来い」
 サマカルドは二人を連れて前方に見える人影に向かった。
 魔法使いだろうか。だが、二人組ではない。それに背が子供の背丈ではない。
「隊長、眼帯の男です!」
 男の姿がはっきり見える距離に来た。眼帯で顔の半分は覆われ、顔がよく見えない。
「俺はこんな所を探せなんて言ってねぇぜ」
 男はそう言うと歯を剥き出してニッと笑った。鋭く尖った牙が見える。歯並びが悪いなんて言う甘っちょろいものではない。それは確かに牙だった。
 だが、サマカルドが驚いたのはそんなものではなかった。その声。そして、眼帯で覆われていない、顔のほかの部分。
「お前は何者だ?」
 サマカルドは問う。
「俺を忘れたのか?サマカルド。そんなに薄情な奴だとは思わなかったぜ」
「……やはりお前か、ラフェオック。生きていたのか」
 牙を持つ眼帯の男、ラフェオックは何も答えずただ愉快そうににやにやと笑っている。
「そのふざけた態度も相変わらずだ」
「隊長、この男は何者ですか?」
 スカサハがサマカルドに問う。
「兵士だ。士官候補制だったが、3年前に死んだ」
 そのラフェオックは、相変わらずにやにやと笑みを浮かべていた。

 3年前。サマカルドはこの男の教育係として指導に当たっていた。士官候補制として名乗りを挙げて来たラフェオックは、確かに優秀な男だった。だが、決して真面目な男ではなかった。命令には忠実だが、言動がどこか反抗的で引っ掛かる。
 気さくで人気はあったが、生真面目を絵に描いたようなサマカルドには胃が痛くなるような相手だった。
 その頃、ラフェオックはバヌザ村から始まった連続大量虐殺略奪事件を追っていた。魔法使いの関与が疑われ、その線が濃厚となり、ラフェオックのような若造が率いる小隊には荷が重いと判断された後も、納得が行かないとして密かに探りを入れていた。その最中、魔法使いに襲撃を受け命を落としたと聞いていた。
 山上で奇襲を受け、突風の魔法で崖下に転落して死亡したと。崖の下にそれを裏付けるような血の跡は見つかったが、死体はどこにもなかった。必死の捜索がなされたが見つからなかった。転落した崖の下には血溜まりがあり、それに一緒にいた兵士たちが崖の下に転落して地面に叩きつけられるラフェオックを目にしている。死体が消えたのは解せないが、死んだことを疑う余地はないはずだった。
「生きていたなら、なぜ軍に戻らない?」
「俺が生きていると軍のお偉方が聞いたら血相を変えるだろうな。何せ、魔法使いに殺されたことにして俺を葬ったのは軍の連中だ。それに、今のおれは生きているのかどうかも怪しい状態だ。このツラじゃ、軍はおろか店番の仕事ももらえねぇ」
 ラフェオックは牙を見せつけるようにニヤリと笑った。
「まずは、一体お前に何が起こったのかを聞いた方が良さそうだな」
 サマカルドの言葉に頷き、ラフェオックの長話が始まった。

 士官候補として入隊したラフェオックだが、うんざりしていた。
 真相の分からない事件や捕らえられない悪人を、全て魔法使いの仕業だということにして早々に投げ出し、たまに手柄を挙げれば自慢げに騒ぎ立てる軍隊にも、それにつられて一緒に馬鹿騒ぎする国民にも、そんな国民をせせら笑いながら見下し、何の見返りも与えずに信頼を手にし、ほくそ笑む国家も。そして、そんな国家や軍に犬のように従順で生真面目な教育係のサマカルドも、なにもかもが気に入らなかった。
 そんな中、あの大量虐殺略奪事件が起こる。人口百人ほどの小さな村バヌザには、その人口分の無残な骸が転がることになった。
 切り裂かれた死体。全ての家屋を荒らして金目の物を根こそぎ奪いさる手口。かなりの大人数の強盗団だ。素人目にも、そのくらいのことは一目で分かるような事件だった。
 だが、ラフェオックたちの作った報告書から国が導き出した結論は、恐るべき力を持った新手の魔法使いが現れ、鎌鼬の魔法で村を瞬時に滅ぼしたというものだった。
 まぁた始まったか。ラフェオックはその発表を耳にしたとき、心の中でそう呟いた。
 凶悪で陰惨な事件は人々に大きな不安と恐怖を与える。それが魔法使いの仕業だったとなればなおさらだ。その犯人である魔法使いを捕らえれば軍の、そして国家の功績に国民は狂喜する。
 ほどなく、村の生き残りという子供が、村に魔法使いが現れ、恐ろしい魔法で村を滅ぼす様を話したと新聞が伝え始めた。
 あり得ない話だ。何より、村にあった死体の数はぴったり村人の数と一致していた。生き残りなどいるはずがない。
 それに、話も魔法使いが目の前で呪文を唱え、村の人が次々と切り刻まれていくのを見たなどというあからさまな作り話だった。目の前で見たというその子供は、なぜのうのうと生き延びているのか。
 国は、その子供の嘘をさも事実であるかのように公表した。その子は魔法使いから我々へのメッセージを伝えるために殺されずに済んだのだ、などともっともらしい理由をつけ、人類を皆殺しにするまでやめないなどと言う恐ろしげなでっち上げられたメッセージを添えて。恐らく、国もこの子供の言うことは目立ちたいだけの真っ赤な嘘だと言うことは見抜いていただろう。だが、それを利用することにしたようだ。
 事件は、完全に魔法使いの仕業と言うことになった。
 その後、各地の村々で同じような虐殺事件が起こり始める。同じ犯人によるものか、模倣犯がいるのか。とにかく、その全ての事件は魔法使いの仕業にされた。
 その裏で、この事態に軍の上層部が動くことになったが、ラフェオックも個人的に調査を続けていた。
 それは、その最中のことだった。

「襲撃された村の一つに調査に行こうとしていた時だ。あの山道で俺は同行していた軍の連中に崖から突き落とされたのさ。山道で突然停止命令が出た。そして崖の下を指さしてあれは何だ、なんて言いやがる。崖下に何か見つけたと疑わなかった。後ろから押されるまではな。高い崖だったが、転げながら落ちたお陰か、俺はそれだじゃ死ななかった。体は動かなかったが、霞む目で崖の上を見上げたよ。……奴ら、俺目がけて石を投げ付けて来たんだ。とどめを刺すためにな」
 同行してきた兵士達が投げ落とし、降り注ぐ大きな石。それは足の骨を砕き、内臓を潰した。そして、頭に当たった一つがとどめとなった。
 ラフェオックの意識は途絶え、死んだ。
 死んだはずのラフェオックの、その次の記憶。それは、自分の骸の隣に佇む光景だった。足元には魔法陣があった。そして、左目から上が潰れた無残な骸。
 そして、目の前には一人の男。男はラフェオックにその死を伝え、問いかけた。この死を素直に受け入れるか、それとも死に抗い、仮初めの命を手に入れるか。
「俺は自分の身に何が起きたのか知りたかった。だから、仮初めの命を望んだよ。完全な人の姿は失われるとも言われたが、構わなかった。俺はこの姿で生き返った。俺の骸を喰らいに来た、はぐれ狼の命を借りてな」
 ラフェオックの口から覗いている牙は狼の牙という訳か。
「その男は、お前達が血眼になって追いかけてる魔法使いのグレックだった。だが、復活させたのが誰だろうと知ったこっちゃない。真実を知ることができるならな」
「馬鹿らしい。グレックに記憶を弄られているのだ」
「俺だって馬鹿じゃない。その可能性は考えたさ。だが、その後俺が目にした事実は嘘じゃねぇ」
 ラフェオックを死に追いやったクルゲル中将の周囲を嗅ぎ回ると、すぐにその裏の顔を知ることになった。
 ラフェオックが最後に調査しようとしていた、滅ぼされ略奪にあった村は、クルゲル中将の率いる部隊の仕業だった。最初の事件はやはりどこぞの強盗団なのだろうが、その手口を真似て略奪を行ったのだ。村人を皆殺しにすれば、兵隊の仕業だということを隠し通せる。そして、その罪を全て強盗団に着せることができるのだ。
「しかも、その稼ぎの一部は軍事費に回されてたんだ。恐ろしいことに、国ぐるみさ。……あんたの恩賞や活動費も、そうやって稼いだ金が使われてたはずだ」
「馬鹿な!証拠はあるのか!」
 サマカルドはいきり立つ。
「知っての通り、証拠は全て揉み消された。事実を知る人物の多くは命を落としたからな。……そのうち何人かを殺したのは俺だ。クルゲル中将もそうだ。それに便乗して、軍の方も口封じを始めたようだが」
 確かにクルゲル中将を含む何人かの将校は不可解な死を遂げている。
「真相を聞きたきゃ、大臣にでも聞くこった。まあ、聞いた後の命の保証はしねえぜ。軍は魔法使いの仕業に仕立て上げて、やりたい放題だ。……明日、ここに魔法使いが連れ込まれ、明後日には処刑が行われる。その処刑で何が起こるのか見てみるといい。きっと、呆れるのを通り越して腹が立って来るぜ」
 ラフェオックに嘘をついているような様子はない。もっとも、もともと人を食ったような男だった。油断はできないが。
「お前は今、グレックの手下なのか?」
 サマカルドはラフェオックに問いかけた。
「特にそういう訳でもねぇ。グレック爺さんが俺を復活させたのは俺を利用するためでもあり、魔法使いに関わったために無駄に命を落とさせたことへの罪滅ぼしでもある。俺は爺さんの思惑どおり、魔法使いの仕業に仕立てて好き勝手やっているクルゲルを葬ってやった。それで俺の役目は終わったし、生きる目的も果たした。今は悠々自適の余生さ。もっとも、爺さんには恩がある。野暮用を頼まれりゃ、聞いてやるがな」
「で、俺を誑かしに来たということか」
 ラフェオックは肩をそびやかす。
「こうしてあんたの前に現れたのはその用をサボってのことだ。あんたは気に入らなかったが、悪い奴じゃねぇのはよく分かってる。軍はあんたを使い捨てにかかってんだ。このまま魔法使いを追いかけてりゃ、嫌でも国や軍の実態が目に入って来るだろう。直情なあんたのことだ、そのことを将軍や大臣に問い詰めでもして、その後に待ってるのは口封じさ。そうなったら爺さんが俺みたいにしてくれるかもしれねぇが……、人間のままがいいだろ?」
 魔法使いの手で生き返るのも、人外の怪物になるのもごめんだ。だが、そうなるとむざむざ殺されてそのままということになる。実際そうなったとき、サマカルドもどのような選択をするかは分からない。
「我々が追っている魔法使いは何者だ?グレックの手下か?奴らはまだ逃げ回っているのか?処刑は一体どうなる」
「あんたが追い回しているチビたちは、間違いなく魔法使いだ。ただ、爺さんの手下って訳でもねぇ。爺さんもあいつらが現れたことにはびっくりしてたみたいだしな。爺さんの方が忙しいせいで、詳しいことは調べられてねぇ。処刑ショーが終わればそれも一段落だがな。爺さんは処刑を邪魔しようと頑張ってるところさ。ただ、迂闊に手は出せねぇ。……明後日の処刑、だれが死ぬか知ってるかい?」
「魔法使いではないのか?」
「魔法使いがそうほいほいといる訳がないだろ?噂の魔法使いは今頃山奥を逃亡中だ。それに、捕まえていたところで、貴重な魔法使いを見世物にして殺す気なんか端っからねぇ。大臣が遠くの孤児院から何も知らねぇガキどもを見繕って連れて来るところさ。明後日、そいつらには短かった人生最大で最後の大舞台が待ってるって寸法だ」
「そんな卑劣なことを……このアテルシア王国がしているというのか!」
 にわかに信じられない話だ。だが、これだけ自信満々に語っているラフェオックに、嘘をついている様子はない。それに、処刑を見れば嘘かどうかははっきりする。
「その通りさ。あの処刑はいろいろな意味がある。魔法使いに逃げられた軍の無様な失態も隠せるし、国民は魔法使いを捕らえて始末した国や軍をますます讃えるだろう。それに、処刑場には山ほど罠が張ってある。処刑を妨害しに来たグレック爺さんを生け捕りにするための罠がな。そのガキ共はネズミ捕りのチーズなのさ。そんな罠の中に飛び込んで助けに行くことはできねぇ。邪魔はしていたが、準備は整っちまった。処刑は予定通り、滞りなく行われるだろう。この状況で何とかしてその孤児を助けたところで、やっぱりあいつらが魔法使いだったんだってことになるだけさ。もうこの国じゃ生きちゃいけねぇだろう。チーズは使われずに腐っちまうが、いい見世物にはなるだろうな。こんな素敵なお国のために死ねて、ちびっ子共も満足だろうぜ?」
 かなり嫌味を孕んだ言い方だ。
「おまえの話を全て信用することはできん。だが、処刑で何が起きるのかは見届けた方が良さそうだな」
「全てを知った上で、あんたが目を背けずに見ていられるか見ものだぜ。それを見てどうするかはあんたが決めることだ。俺はチビの魔法使いのお守に戻る。あんたがどうするにせよ、また会うことになるかもしれないな。あんたがどんな答えを出すのか、楽しみにさせてもらうぜ」
 そう言うと、ラフェオックは狼の姿になり走り去って行った。見覚えのある狼だった。数日前にクレイとエリアの追跡を妨害した狼はラフェオックだったと気付いた。
 ラフェオックもその遭遇時、二人の追跡を任された兵士がサマカルドだと知ったのだ。ラフェオックはそこから一つの可能性に気付く。
 サマカルドに二人の追跡を命じた軍や大臣はラフェオックがまだ死んでいないと考えている。実際、サマカルドは知らなかったが、クルゲル中将やその仲間を暗殺したときに恐怖を与えるために血文字を残すなどしてラフェオックの存在を匂わせたりした。そのことは上にも伝わっていた。ラフェオックが生きているか、その遺志を継ぐ者がいる。王国は確かにそう考えていた。正確には死んで甦っているのだが、そこは当たらずとも遠からずと言う奴だ。
 死んだはずの士官候補など顔を覚えているものは少ない。手に掛けた本人達なら覚えていたかもしれないが、多くがもうこの世にいない。となると、教育係のサマカルドなら覚えているだろうということになる。
 王国にとって、これは危険な賭けであるはずだ。闇に葬ったはずの真相をほじくり出させるようなことなのだから。だが、余計なことを知ってしまった人物など、口を封じてしまえばいい。実直で従順な飼い犬のサマカルドなど、捨て駒にしてもたいした痛手にもならない。それに、その性格からして知った事実を他言するような軽率な行為もないだろう。愚直なサマカルドなら、最後の瞬間まで王国を盲信し、良い捨て駒になる。まさに適任だ。
 ラフェオックにしてみても、サマカルドはそのことを知ったからと言って助けてやりたいような相手ではない。だが、サマカルドが真相を知りそのまま行方を暗ませたとなれば、王国はまたひとつ不安材料を抱え込む。ラフェオックの目的は王国の混乱。自分を捨て駒として使い捨てた王国へのささやかな復讐だったのだ。

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