相対しているのはとんでもない美女であった。それもそのはず、彼女にはエルフの特徴があった。レミによる情報を反復する。
「レライエ=ファルク=メイプルヒル、二つ名は虹姫。ゴールド級冒険者で、様々な属性エンチャントの七色の矢を放つ射手よ。あらゆる効果を矢に乗せてくるから要注意ね」
実際、先ほどの試合でも天空より雷霆となって降り注ぐ矢、地中を進む矢など様々な攻撃を繰り出して度肝を抜かれたものである。冒険者のランクもプロケールより上だけのことはある。些か手の内を晒しすぎではないかとも思ったが、先程の対戦相手がそれだけ手強かったということだろう。
試合が始まる。プロケールは兜で詠唱の口元を隠していたが、この麗しき射手はその美貌を惜しげもなく晒している。そもそも口元を隠す必要がないのだ。念魔法を究めており、口を動かすことなく魔法を発動できる。さらにプリセット発動という技術も習熟している。事前にいくつか魔法を準備しておいて然るべきタイミングで即時発動させたり、使う魔法を精霊に覚えさせて合図一つで発動させる方法だ。前者はコロシアムのルールで禁止されているので後者の方法である。
開始の合図と同時に三本の矢を番えたレライエは一瞬にしてそれぞれに魔法を宿らせていく。ルスランは逡巡なく距離を詰めるべく疾駆した。速攻は、射手である上に毎回矢に魔法を込めるプロセスも経るレライエに対抗する正攻法としては正解だ。だが、そんなのは誰でも思いつく故にレライエとて対策ができているという点で誤りである。速攻に対処するためのプリセット念魔法による速攻なのだ。レライエを知る者ならば、初撃に対処するためまずは距離をとる。
レライエの矢が放たれた。閃光の矢、爆炎の矢、影縫いの矢。距離を取られた時は閃光の矢で目眩ましをし動きを止める。迫ってくるなら影縫いだ。そして爆炎の矢による一撃。
閃光の矢はルスランの横を通り抜けながら輝きを強めていく。ルスランの視界に入っていた時点ではちょっと眩しい程度だ。ちょっと動きは鈍ったがそれだけであり、それが致命的な隙になる状況ではない。それどころかその一瞬の停止がルスランを救う。
落ち着いて炎の矢に対処した。そしてさらに進んだところで異変が起こる。足が地面から離れないのだ。ただの外れた矢だと思っていた地面に刺さる矢が露骨に怪しい。叩き斬ってみると自由が戻った。見た目が地味であるが故にヤバい魔法である。
そしてヤバいと思ったのはレライエもである。ルスランがさくっと叩き落とした火の矢はただの火などではなく爆炎の魔法なのだ。今日くらいの出場者だと、魔法によるガードではなく武器で矢を叩き落とす手合いもいるだろうという読みで選んだ魔法だ。そして読みは当たった。
叩き落とそうとした矢は、しかし爆炎魔法なので爆発を起こしてダメージを与える――はずだった。だが何も起こらない。
もしかして。このような事態が起こりえないわけではない。その一瞬の閃きはルスランの次の行動で正しかったことが証明された。ルスランが自身の影に刺さった矢を叩き斬ったことで影縫いの魔法が解除された。矢に込められた魔法はすでに発動している。ただ矢を斬ってももう魔法は解除できないはず。魔法ごと矢が斬られたのだ。
ディスペル。魔法を解除する極めてシンプルな手段である魔法だ。どんな魔法も解除できるが、うまく使わないと有利な補助魔法も消してしまう上、魔力によっては消せない魔法があったり複数の魔法がかかっていれば一番消したい魔法が残ってしまったりと思い通りになりにくい。それにこの魔法に手間を割いて無防備になっている隙に攻撃されては元も子もない。乱戦では重要になる場面も多いが一対一の対決では使いにくい魔法でもある。
だが、ルスランは詠唱によってディスペルを発動させていない。種がディスペルであると気付いた時点で、剣にディスペルがエンチャントされているのは明らかだ。エンチャントした矢で戦うレライエへのエンチャント返しといえる作戦だった。
武器にエンチャントする使い方には利点もある。一般的なディスペルは指定範囲にある魔法を探し出して除去する範囲魔法である。その探索にも探索条件の設定などまで込みで魔力のコストがかかっているのだが、武器という小さな範囲に限定することで余計な所に掛かるコストが押さえられて効率が良くなる。矢へのエンチャントも鏃のみという極狭い範囲なので、迎え撃つにはぴったりの方法と言えた。
種は解っても喜べたものではない。レライエの得意戦術が破られたのだ。このやり方が知られれば今後厳しくなる。まあ、飛んでくる矢を叩き落とせる腕とこんな器用なことを思いつく魔法技術を併せ持つ相手など格上ばかりだろうし、格下がこんな小細工をしてきても技でねじ伏せられる。問題は同格程度が相手の時なのだ。
プロケールとの一戦を見た感じ、ルスランは自分と同格だと思えた。そんな相手に、初手で打った全ての攻撃が無効化されたのだ。しかも距離は詰められている。明らかにまずい状況であった。
もちろんこういう状況に打つ手も用意はしている。賭にはなるが今打てる手はこれだけだ。迷わずその唯一の手である突風魔法を解き放つ。
ルスランはディスペルをエンチャントした剣で風を切り裂いた。しかし、いくら効率がよいエンチャント魔法でもルスランの魔力では限界である。わずかに威力を弱めたかといったところでエンチャントは消滅した。突風に吹き飛ばされるルスラン。カンナのように身軽に着地できればいいのだがそれはさすがに高望みである。受け身をとって素早く立ち上がれただけでも十分だ。それに、ここに至るまで続けてきたブラッドラストの詠唱も途切れてない。
次の手を考える前にこの詠唱を終わらせることに集中する。弓使い相手に言うことではないが距離が離れたのは幸いだ。攻撃が来ても落ち着いて対処できるはず。
そこまで考えて、あ、と思う。先ほどのやりとりではやり過ごしたので後方で発動したが、閃光を放つ矢があった。またあの矢を射られたらこのままだと直視してしまう。
レライエは弓を引き絞り矢を放つ所だ。ちょうどルスランのブラッドラスト詠唱も終わった。全ての能力が向上する。……気がする。番えられた矢は三本。
矢が放たれると同時に、ルスランはその軌跡を目に焼き付けつつ側方に駆けだし、目を閉じた。閃光が瞼を貫き視界が紅に染まる。危ない危ない、とほっとしたところに耳をつんざく爆音が轟いた。閃光の矢、そして爆炎の矢。ここまでは先程と同じだった。違うのは爆炎の矢が無効化されずに発動したことだ。そして、ブラッドラストは各種感覚も強化する。研ぎ澄まされた聴覚にいきなり飛び込んできた爆音にルスランはちょっとびっくりして目を開いた。ちょっとびっくりで済んだのは胆力までブラッドラストで強化されていたからだ。
そして。開いた目に三本目の矢が見えた。この矢だけは先程と違う。地面に落ちようとしていた鏃が重力に逆らってふわっと上を向く。さらに、ルスランの方に向けてくるりと回り……。
ホーミング効果の魔法である。無理矢理方向を変えたので勢いが落ちていたのと、ブラッドラストで反応速度も向上していたおかげでどうにか対処できた。ブラッドラストは身体能力も向上するが、物理法則に縛られない感覚や思考速度の方こそ本領なのだ。地味すぎて、あまり気付かれないが。もちろん、ルスランだって気付いていない。
ヒヤッとしたルスランだったが、レライエの方はそんなものではない。第二射まですべて回避されてしまったのだ。それを感じ取り、閃光を直視せぬように伏せていた顔を上げると、ルスランがレライエに鋭い視線を向けて今にも飛びかかろうとしていた。ヒヤリどころではない。ゾクリとした。
レライエは昨日、依頼を片付けて夕方には町に帰還した。コロシアムへの出場には間に合わなかったが試合は途中から観戦していた。一般部門はグライムスに賭け続けた。もちろん全勝だがこちらの賞金はオッズが低すぎて夕食の材料も買えない。他の試合でも合計すればわずかに勝っていた。しかし複合部門では悲劇が起きていたのである。
見始めた2回戦では可愛いから応援しているリトルウィッチーズが憎むべきリア充エレーニャ&ドブロネツ相手に玉砕。ケーニヒ・オリヴァ組も聞いたことのない新人にいいように蹴散らされた。他の試合はどうにか勝者を当てたが当然半分勝ってもイーブンになどならないのがギャンブルである。
忌むべきリア充も実力は確かなのだ。3回戦はそう思って苦渋の決断でリア充に賭けたのに、これも新人相手に散った。賭には負けたがちょっとすっとしたのは秘密だ。そして、そのときにようやく気付いたのだ。その新人がレライエの見られなかった1回戦でイサークを破っていたことに。
レライエだってあんな見せ物じみた戦いをする男には負けないと思っている。しかし、油断はできない相手だ。美声とともにダンディなスマイルを向けられて軽くクラっときたところを突かれたりすると特に危険だ。レライエもエルフらしく見た目の若々しさはずっと変わっていないが精神面はゆっくりと変化している。最近では結構おじさまもいいなと思うのである。そんな素敵なおじさまとペアを組んでた人物――名前からして忌まわしいことに女のようだ――の実力は不明だが、そっちが足を引っ張ったとしても優勝候補の一角なのは間違いない。それを降したとなれば、その新人すなわちルスランとアミアは強いのだろう。
決勝はそっちに張ったら勝ちはしたものの、もちろんそれまでの栄えある戦績によりオッズは駄々下がり、そうでなくてもトータルでぼろ負けだった。頑張ってこなした依頼の報酬が二割しか残っていない。ルスランはそんな憎き相手だったのだ。
昨日の試合を見た感じでは、ルスランの突撃も危険だがそれよりアミアの変幻自在な魔法が厄介という印象であった。しかしルスラン一人でも魔法が厄介である。ここまで魔法が達者だとは思っていなかった。
そんなわけがないのである。ルスランは魔法初心者だ。覚えている呪文もマイデルから貰った入門書に記載されていた基本魔法のいくつかとアミアから教えられたブラッドラストくらいのもの。ディスペルの帯魔法とかいうややこしい魔法を知っている訳ないのだ。
こんな魔法を知っているのは言うまでもなくアミアである。レミからのレライエの情報、ならびにレライエについては一回戦での行動まで加味されて有効な魔法を一つ試合直前に伝授されている。そんな強力なサポートの為せる業である。孤高の戦いにチームプレイで挑むのは卑怯のように思うかも知れないが、戦術指導程度の口添えはルール上何の問題もないのだ。セコンド付きの出場者がいない理由は単にプライドの問題である。
ブラッドラストで強化されたルスランがレライエの眼前に迫る。レライエも射手である以上接近戦は不利だ。距離をとるべく飛び退きながら矢を放つ。さすがに複数の矢に魔法を込める余裕はないので一本ずつだ。その矢も全て叩き落とされる。
この至近距離で矢を切り落とされるのは驚きでしかないが、種はある。元々矢を叩き落とす技量はあり、それに加えて放たれる間際の矢の向きでどこを斬れば矢に当たるかは予想可能だ。あとは矢が放たれるタイミングだが、これもとても分かりやすい。レライエに余裕はなく矢に魔法が込められた瞬間である。矢が光ったら放たれる。
レライエにもう少し余裕があればタイミングをずらして射ることを思いつけたかも知れないが、眼前で矢を切り捨てられる度に焦りが増していく状況でそれは無理な注文だ。そして焦りは更なるミスを誘発させる。
レライエは足を滑らせ仰向けに倒れ込んだ。もはやここから立て直す手段などない。傍らに立ち見下ろすルスランの姿を確認し、観念して大人しくとどめを待つ。その首を木剣が撫でていく。実剣なら首を刎ねられているところだ。容赦ない。もっとも、木剣だからこその容赦のなさなのだが。
足を滑らせて倒れ込み、ちらりとこちらを見上げると覚悟を決めて目を瞑ったレライエを見て、ルスランだって困った。王国兵同士の訓練ならこんな素直に負けを認めるものはいない。さっきのラウラのように嬉々とし目をぎらつかせながらやられるまで足掻き倒す。正直、抵抗をやめた相手への対処は未体験であった。ましてその相手は美女なのである。
負けを認めるなら降参して欲しいところだ。しかし命の奪い合いでないこの戦いはここまでくれば、やられる方にしてみれば降参するのも一発コツンとやられるのを待つのも大差ないのである。だからこそ、この状況でどうコツンとするかでルスランが頭を抱えているのだ。
トドメと言えば急所を刺すか斬るかというところだ。今の立ち位置だと上半身だろう。心臓を一突きというのが分かりやすいのだが、紳士として大衆の前で心臓の位置とは言え女性の胸をどうこうするのはあまりにも気が引けた。いくら安全に関する各種魔法があるとは言え頭をコツンはちょっと痛そうである。顔面は論外。残った首を、突くか斬るかの二択であった。喉をぐさりと刺すと咳き込みそうなので斬る動作で落ち着いた。しかしそれは果たして正解だったのであろうか。
「迷いなく首を切り落とすとか鬼畜ね。なんかあんたって、女の子に対して容赦なくない?女の子嫌いなの?男色?」
アミアに謂われもないことを言われてしまった。痛みや苦しみの少ないチョイスのはずだったが見た目の残酷さは相当だった。
次の試合は激しい戦いだった。豪輝VS見るからに大したこと無さそうな男。見るまでもなく戦いを制したのは豪輝である。一見一進一退の激闘だったのだが、相手は最初から全力で行かないと瞬殺されると警戒していたと思うのは穿ち過ぎなのだろうか。
とにかく、ルスランの準決勝の相手は豪輝に決定した。決勝は当然グライムスである。グライムスの準決勝が済んでいないがこちらも見るまでもないだろう。奇跡の大番狂わせが起こればルスランにも優勝の可能性が出てくるがその望みはシャボンの膜より薄い。
そんなことよりも豪輝だ。対戦相手をグライムスと交換してほしい。世の中は不公平である。まあ、豪輝も同じことを考えていそうだが。
こうして改めて対峙してみると、とてつもなく不気味な相手である。威圧的な巨体に対して気配は希薄、さながら石像と向き合っているかのようだ。
戦闘開始の合図とともに豪輝の姿がかき消えた。そして、ルスランの方もただ戦闘開始を待っていたわけではない。念魔法によって準備していたブラッドラストを発動させた。それにより全ての能力がちょっとだけ向上する。特に各種感覚と思考速度が。
目に見えない効果こそブラッドラストの本領。知るものの少ない事実だが、アミアはちゃんと知っていた。ルスランも当然のようにその知識を伝授されている。豪輝の尋常ならざる速度に反応するにはブラッドラストの感覚向上が必須である。しかも詠唱する時間すら惜しい。開幕と同時に発動させる必要があり、それには念魔法が必須である。
魔法初心者のルスランにそれを要求するのは酷だが、やってやれないことはないと判断した。これまでにも何度か使い、今日は連発している魔法だ。ルスランに集まっている精霊もそろそろブラッドラストに慣れている頃だ。後は心の声まで聞ける精霊までいるかどうかだが……発動したので問題なかったようである。よく訓練されている上にやけに気が利くアミアの精霊が気を回して手伝いに来てくれていたのかも知れない。
発動に失敗しても今度は詠唱で確実に発動させるだけだった。それでもその手間を省けたのは大きいし、最初から研ぎ澄まされた感覚が使えるのもまた大きい。
消え失せていた豪輝の気配を再び感じた。左後方。地を蹴る微かな足音がする。大きく向きを変える強い捻りを加えた踏み込み。ルスランは前に出ながら身を翻し剣を凪ぐ。
豪輝の剣を受けた強い手応えと乾いた音。動きの止まった視界に豪輝の姿も捉えた。しかし、その姿に僅かな違和感を抱く。油断なく気配を探ると……。
上!反射的にルスランは剣を振るう。再びの手応えと音。眼前の豪輝はまだ存在しているが少しずつその姿が霞み霧散していく。今回は複合部門、故にルスランも魔法を駆使した戦術を組み上げているがそれは相手も同じだ。豪輝もまた魔法ではないものの一般部門では封印している術を使ってくる。
そんな術のいくつかをレミが知っていた。これはそのうちの空蝉という術であろう。自分の姿の幻影を残すという技である。そこにまだいると思わせてもう既にそこにはいない。視覚だけに頼ると狙い通り裏をかかれる厄介な技だ。早速ブラッドラストの感覚強化が大活躍してくれた。
風を切る音が遠のいていく。最初の攻防は終わったようである。少し距離を置いた場所に豪輝の実体が降り立つ。
一呼吸ほどおいて再び豪輝が動き出した。ルスランの側方もしくは背後を狙うように横に動く豪輝だが、その姿が朧に霞む。そして豪輝が増えた。空蝉の応用、分身の術。
空蝉は動かぬ幻影を残すだけの術ではない。動かぬ幻影の『不動』と自身の動きを写す『鏡』の二つがある。不動でも発動前に覚えさせたポーズや設置する位置や向きを指定することができ、横方向に移動しながら敵に正面を向けて睨みを利かす影を残すこともできる。鏡だともっと応用が利き、設置する向きをずらせば右と左に散開するような動きもできる。攪乱するには手軽で効果も絶大な術だ。
二体の分身がルスランの左右に散開する。そう、分身だ。見えているのは、両方とも。姿はよく見えないが本体が正面から迫っている。本物は右か左かと迷わせてどちらも正解ではないという意地悪極まりない戦術だ。ブラッドラストで感覚が研ぎすまれてなければ罠に引っかかっていただろう。術などなくても嫌な敵だったが、いよいよもって冗談ではない。
更に嫌な点としては、この罠に引っかからずに真ん中をしっかり回避したことで、ルスランが空蝉も隠身も見破れることを察知したことである。
しかし相手の居場所が把握できて動きも見えているのは大きい。ぎりぎりでも攻撃を凌ぎながら次の手を仕込むことができる。豪輝は空蝉を牽制などでしか使わなくなったがそれでも十分厄介だ。実体のない幻影でも突進してくれば十分怖いし何より邪魔である。
数合の攻防を乗り越えルスランの詠唱が終了。新たな魔法が発動する。これまではあまり大きく動けなかったが、この魔法で若干は動きやすくなる。これまで防戦一方だったが反撃のチャンスは作れるかもしれない。
豪輝が新たな技を使ってきた。地面を蛇のように爆炎が走ってくる。不規則に左右にうねりながら迫る爆炎は軌道が読みにくい。ついでに、ちょっと爆音もうるさくて不意に食らったらびっくりするだろう。幸い、いかにも何か来る雰囲気だったので心の準備はできていた。
問題は右に避けても左に避けても巻き込まれそうだし、後ろに逃げるのは論外だということ。見た感じ、爆炎の高さは大したことがないので跳躍でやり過ごせそうなのだが……。
逃げ場は上しかなさそうなので、素直に空中に避ける。絶対にそこを狙ってくるだろうと思っていたが、案の上である。砲弾のように豪輝が迫ってきた。距離があるので反応はできるが、空中なので対処のしようがない。詰みだ。
本来ならば。
もっと早くこれをやられていたらヤバかった。だが今はこの状況にぴったりの魔法が掛かっている。まあ、対処できるだけで成功するかは結果を見るしかない。
直線的に迫る豪輝。その攻撃にガードで対処する構えを見せつつ、今し方掛けた魔法の効果を引き出す。空中を蹴るルスラン。その足先は虚空をしっかりと蹴り、側方に飛び退いた。豪輝の突進はルスランを掠めるが、直撃は避けた。その目はルスランの動きをしっかりと捉えている。一応攻撃は繰り出してみるがしっかり防がれ、不意打ちまでは叶わなかった。
この戦いのためにアミアから新たに仕込まれた魔法は、グライムス相手にラウラが駆使していた魔法、エアステップである。空中を蹴るとそこに足場があるように動くことができる。魔力や練度が高くないのでラウラほど縦横無尽に宙を駆けたりはできない。熟練すれば見えない階段があるように空中をゆっくり歩いたりもできるが、ルスランの場合は一度地面を蹴った後のクールタイムが長めなので連続で空中を蹴れないし、発生した不可視の足場もすぐに消えてしまう。魔法自体の継続時間を重視し他を最低限に調整してあるのだ。一度だけ空中を一瞬だけ蹴ることができ、7秒ほどのクールタイムが経過すればまた蹴ることができる。それが推定で2分弱もしくは5〜7回発動するまで継続する感じではあるが実際どのくらい持つかは不明だ。
使われてみて分かったが、豪輝の爆炎の術は遠距離向けの技である。恐らく発動させるまでに長いタメと地面を触るモーションが必要になり、接近戦で放つと隙が大きすぎる。それに範囲が放射状なので遠いほど逃げ場がなくなる。遠いほどメリットが大きいのだ。ならば接近戦なら使われることもない。
問題は豪輝相手に接近戦というのが普通に修羅の道なことくらいだろう。いずれにせよルスランだって接近戦が得意なのだから、他の選択肢はないのだ。
豪輝が増えた。空蝉である。厄介なのはなぜか本体の気配まで増えていることである。わかりやすい空蝉は無視。問題の気配だが……ルスランはより強く気配を放つ虚空を狙った。一歩踏みだし……エアステップで方向を急転換しもう一方の朧な像を伴った淡い方の気配に切りかかった。
目をみはりつつも豪輝は的確に防御した。鋭敏化された感覚で察知したとおり、姿どころか気配迄ダミーを用意できたようだが、ルスランの感覚の方が勝った。それにしても全くもって一筋縄ではいかない。しかし、その驚きの表情。僅かにでも怯んだ今こそ好機である。
ルスランは攻勢に出た。反撃に注意しつつラッシュを叩き込む。豪輝の攻撃を受け流し切りかかるも飛び退いて避けられた。ルスランの更なる攻撃、それを受け流そうとする豪輝だが、その瞬間視界が白く染まった。
ルスランの魔法だが、詠唱はしていない。使い慣れた魔法でなければ成功率は絶望的なはずの念魔法である。アミアだってルスランがこんな魔法を使うのは初めて見た。だが、確かにこれはルスランにとって使い慣れた魔法なのだ。
マイデル老師に初めてのお使いを命じられた時に思いつきのように渡された魔法入門書。血筋的に魔術の素質があると判断してのことだったようだが、そのおかげで補助的な用途なら十分使い物になるくらいの腕になった。
最初の頃は使い物になるとは言い難い感じだったものだ。暗い部屋の中でなら辛うじて見えるくらいのか細い光が起こせたくらい。そう、今使ったのは夜の宿の暗い部屋でわかりやすく、室内で使っても迷惑もかけないので暇つぶしがてらの練習で大活躍した基本的な光魔法、フラッシュ。
至近距離で発動する分ライトに比べて強力だが有効範囲も狭い。アンデッドや悪魔に接近して発動させるのは危険だし、仲間と共闘することが多い魔術師が乱戦中に使う場合に致命的なのは威力相応のその眩しさだ。聖騎士や僧兵のような武闘系神聖術師が単独行動していれば出番がある、そんな魔法だ。聖なる光に弱い邪悪な魔物でなくとも、その仲間に迷惑がかかる眩しさは敵への目くらましにも使える。むしろその目的で使われることの方が多そうだ。
練習で嫌と言うほど唱えた呪文とはいえ最近はご無沙汰だし不安はあったが、念魔法で使うにも問題はなかったようである。ブラッドラストの補助もあってだろうがしばらく見ないうちに光量が上がっててルスランも自分で使って驚いた。もちろん、光を直視するような愚は犯していない。
更に言えば豪輝はたゆまぬ修行の結果属性が闇に傾いていた。光属性は効果的だったのだ。策を見破られ少し驚いた瞬間に眼前で炸裂した閃光。さしもの豪輝も一瞬怯んだ。それでも次のルスランからの攻撃は音だけで予測し防いだ。
防御というより迎撃と言うべき一振り。ルスランに当たればこれ幸いだったが剣同士が打ち合った。ルスランに受け流す動きはなかったので豪輝はそのまま押し返し、少し距離をとろうとする。徐々に光に眩んだ視界が戻ってくるがまだ見えると言い切れるほどではないのでルスランの気配を探る。着地の音がする。……後方!
豪輝に押し返されたルスランはその勢いを利用した。押し返される剣を支点にしてエアステップで空を蹴る。そうして宙返りのように豪輝の頭上を飛び越えたのだ。エアステップで蹴る空気はふわふわと軟質で足音などしないので着地のその時まで豪輝にその動きを悟らせなかった。
着地と同時に一撃を繰り出す。豪輝も背後のルスランに気付いて動き出すが既に遅い。
コロシアムに歓声が轟く。大番狂わせが起こったのだから当然だろう。もっともこれまでの試合を見ていればそれほどまでの大番狂わせには思えないのだが。
出場者席で観戦していたプロケールやレライエも驚きつつも少しほっとした表情なのは、自分を打ち破った相手が存外の猛者だったためだ。豪輝にならルスランが負けても別に恥じることもないのだが、豪輝を打ち破るほどだったなら自分たち負けるのも当然と言えた。むしろそんな相手に当たってしまう運の無さを恨みたいくらいである。何せ。
「うえー……?プラチナに勝つとかあり得ない……」
ドン引きしているレミの言葉通り、豪輝はプラチナ級なのだ。ここに至れば一流と言われるウルフラム級の上、いわば超一流。
「あたしらのサポートも良かったってことよ。チームワークの勝利ね!」
「同じチーム扱いされるの怖くなってきたんだけど……。私、何もしてないです……」
場外の方が動揺している有様であり、負けた豪輝も案外飄々としていた。
「やれやれ、一昨日のリベンジをしに来たんだが、グライムス殿と剣を合わせることすら出来ないか」
「一昨日のリベンジなら俺もだ」
「そういえばそうだったな」
「ありがたく果たさせていただいたよ。ところで、カンナも豪輝みたいな術を使えるのか?」
「もちろんだ。まだまだだがな」
まだまだでも使えるのは確からしい。術を使われると数段手強くなりそうだ。伸びしろを考えれば豪輝より強くなる可能性がある。そう思うとちょっと楽しみに思える。
今回の豪輝相手だって手の内を知り魔法も授けてもらっての勝利だ。次はこんな奇手は通用しないだろうし一般部門で戦えばまだまだ勝てる気などしない。いつか実力だけで挑んでみたいところだ。