ラブラシス魔界編

31.冒険者入門



 女の子大好きというイメージのゴードンではあったが、同じく女の子大好きなネルサイアほどがっついてはいないようで、記事になりそうな質問をいくつかしたら女子グループから離れてグライムスと雑談を始めた。
「今日、また旦那とムハイミン・アルマリカの戦いに新たなる一ページが書き加えられたねぇ。コロシアムの場外……いや、場内か。『コロシアムの場内乱闘』ってね」
「うむぅ。また増えたか」
「ムハイミン・アルマリカとの戦いっぽくない名前ねぇ。ただの喧嘩にしか聞こえないわ」
 アミアが口を挟む。
「にしても、故郷に寄り道したら別動隊らしき集団に遭遇して一戦とか、本当に因縁と言うか、呪われてるんじゃないかって感じっすわ」
「呪われてるのはどっちだ?」
「あはははは。どっちも?まあ、悲惨さで言ったらムハイミン・アルマリカの連中の方かなぁ〜?」
「俺にとっては金づるみたいなものになってきてるしな……。そろそろ絞りつくして新しい金づるが欲しくなってきたところだ」
「じゃあ、旦那もこれを機にこっちで冒険者にでもなったらどうっすかね。森のダークエルフでも退治したら新しい伝説になっちゃうね」
「無茶言うな」
 などと言う話をしている間、女子グループの相手をさせられたのはルスランだった。もちろん、女子が男と話さないといけないルールなどないので女同士で喋ってもいるのだが、一人静かに歩く権利は与えてもらえなかった。
 とりあえず、今のルスランが気にしなければならないのは連れていかれる場所についてである。奢ることになるなんとやらについて、事前に情報を仕入れておかねばならない。特に重要なのは何と言っても値段だ。そして、それほど高くないという事を知って一安心である。そりゃあ、自分へのご褒美だったり奢ってもらって嬉しかったりなのでそれなりではあるのだが、無茶な値段ではない。それだけ分かれば十分だ。
 なお、主賓ともいうべきリューディアはここに来るまでに一悶着あった。一旦パパと一緒に帰るフリをして、途中で逃げだして合流してきたのだ。全体で見れば女子多めとは言え、若い男もいるグループと一緒にこんな時間に遊びに行くことを許してくれる父親ではないのだ。帰ってからお仕置き確定案件ではあるのだが、そのくらいしても元は取れるとの算段である。
 そして、噂のお店に到着した。店の場所を知っている子について行くだけなので店の名前すらうろ覚えだったが、名前から連想されたビジュアルだけは記憶に残っている。店の看板を見てようやく店の名前が『赤い馬車』だと思い出したわけだが、女子が大好きな店と聞かされても返り血に染まる戦馬車のイメージが消せなかったルスランもここに来て現実を知らされる。看板に掲げられた絵は白馬に引かれる真っ赤に塗られた豪奢な馬車だった。これは赤い馬車の何物でもない。ルスランは自分のイメージの貧困さを思い知った。

 モルビダンゼロプピッレルとは古メリカリア語で『柔らかな天使の瞳』と言う意味を持つ名のこの店の新作スイーツだ。純白の半球の天辺がカラメルで黒く着色されており、確かに目玉のようである。添えられたベリーソースを上からぶっかけると、もう血走った目玉そのものだ。不気味である。
 もともとは『悪魔の目玉』としてジョークのようなノリで出されたのだが、おいしいけど不気味という事で評判は微妙だった。まあ、狙い通りではある。しかし、やっぱりおいしいのでもったいない。そこで、アレンジしてイメージを一新。今の形に落ち着いた。
 ベリーソースも、ルスランのように上からぶっかけてはいけないのだ。周りに垂らして崩しながら食べるべきだ。このお菓子の前身である『悪魔の目玉』だったころのようにそのままかぶりつくグライムスの食べ方もよろしくない。絵面が恐ろしすぎる。何のために、崩れやすく柔らかくしたと思っているのか。確かにカラメルの部分は周りに比べて固めになっているがそこを突きさして持ち上げるためにそうなっているのではない。卓越した集中力で崩さず持ち上げ口に運ぶ絶技をこんなところで披露するべきではないのだ。
 女子とついでに新しいものの情報には聡いゴードンは流石である。崩した身と混ぜ合わせたベリーソースでピンクのまつげを描き上げ、かわいらしい感じに仕上げてから食べていく。これが正解だ。しかし、食べ方はどうあれ味が素晴らしいのは確かである。あの姦しい女子たちが、味の感想以外口に出さずひたすら味わう静かなひと時が訪れた。
 ゴードンがふと思い出したようにカンナに声をかける。
「昨日の宴会のトーク、座談会形式で記事にしたいんだけど、いいかい?」
「む?それは別に構わぬが」
「いいの?昨日何言ったかちゃんと覚えてる?」
 安請け合いするカンナにアミアが忠告した。
「まあ、記事になってから悶えてもらうとしよう」
「ぬお。ぅぐわー、私は何を言ったのだー!」
 既に悶え始めるカンナ。ルスランの記憶では酔っぱらっていろいろ醜態を晒してはいたが、話の内容としてはそこまで酷い内容を口走ったりはしていなかったはずである。この辺はゴードンとアミアの茶目っ気であろう。酔っぱらったまんまを文字に起こされると悶絶必至だが……そこまで鬼畜ではないと思いたい。それにそれだとルスランも大概なことを言っていた記憶がある。
「酔っぱらっていろいろ喚いていたがそんなのは割愛するから安心してくれ。まあ、割愛しなくてもいいってんならそのまま載せるがね」
「バッサリ割愛していただこう」
「割愛してくれなきゃあたしがこっそりお酒飲んでたのもバレるしね」
 このアミアの自白で少なくともここにいる面々にはバレたが。
「飲ませたのは俺だしな。ま、王国から来てるし王国兵も仲間にいるし、王国が絡んでるからその辺は大分甘くなるがな」
 ラブラシス公国も一時期は王国の領土だったのだ。最近はまた王国からの移住者も増えているし、迎合せざるを得ないのである。
 こうしてゴードンを皮切りに会話が再開されたのを見計らい、ルスランは今一番問い質したいことを切り出した。
「ところで、冒険者になればさっきの騒動の報酬が出るって言う話だが、どうすれば冒険者になれる?」
「お、早速金の話をしてるな。ぶれないねぇ」
 ゴードンが茶々を入れるが無視だ。訊かれたレミが答える。
「冒険者ギルドに行って手続きをするだけだよ。今回はコロシアムでの実績がある上に報酬発生済みだからね、手続きは簡単だと思う。マイナソア君は王国兵だし、アミアちゃんはグライムス様の娘さんだから身元も確かだからね」
「私は!身元的に大丈夫なのだろうか」
 シパッと挙手しながら問いかけるカンナ。
「お父さんがコロシアムにいるし、師匠があのブリリアント・サベージだし。実力まで示して見せたんだから何の問題もないでしょ」
「それじゃ私たちは―?」
 リトルウィッチーズも便乗して質問した。
「コロシアム常連だし、問題ないと思うよ」
 返答のニュアンス的にカンナに比べて確度は下がるようだが、まあ大丈夫そうだ。
 そして、そのままレミが自分も報酬を受け取るついでにギルドへの案内役も買って出てくれた。日頃から地味なレミにとっても貴重な輝けるひと時が約束されたというわけである。
 とにかく。ゴードンは緩いコラムのネタを、リューディアはパパのお説教と引き換えにおごりのおいしいスイーツを、他の女子も自腹でもなかなか来られない店でのひと時と明日の臨時収入を土産に、飯より先にデザートを喰った夕べは解散となったのである。

 マズルキの周辺で炎の精霊たちが逃亡を企てるムハイミン・アルマリカの残党を追い立てているその頃。アズマ付近の沙海の上を魔竜船が砂塵の波に揉まれながら飛行していた。
 一般の乗船客に混じってムハイミン・アルマリカの幹部が硬い面持ちで窓の外を流れる単調な風景を見ている。これでもいくらか緑が混ざってきており、短くも長い旅路が終わりに向かっていること教えてくれる。
 終わるのは旅路だけだろうか。この到着した先では入れ違いでムハイミン・アルマリカの天敵たる英雄グライムスが乗り込むのだ。鉢合わせて自分たちの正体までバレようものなら船旅のみならず人生という旅路も終着点を迎えることとなろう。
 一睡もできぬまま見届けた朝日は今や真上に差し掛かろうとしていた……。

 快眠である。程良い運動の後適度な酒と共に浮かれ騒ぎ、そろそろ馴染んできたベッドに横たわれば目覚めはすっきりだ。
 それに、今日は喜ばしいことがある。昨夜のコロシアムで降って湧いた騒動を鎮めたことで報酬が出るのだ。受け取ることができるのは冒険者だけでが、今から冒険者として登録するだけでよい。手続きが要るし若干の手数料も取られるようだが、得られる報酬に比べれば屁のようなものだ。とっとと手続きなど済ませて報酬を受け取ろうではないか。
 問題なのは手続きと報酬の受け取りが行える冒険者ギルドの場所を知らないことだが、その点だって抜かりはない。頼もしい先輩冒険者に案内を予約済みだ。
 朝食を済ませ、ルスランはアミアを誘って待ち合わせ場所であるコロシアムに出向いた。
「マイナソアくーん。アミアちゃーん」
 呼び声に目を向けると、果たしてその人はそこに居た。まあまあ若き女冒険者、レミ。そう、彼女にとって冒険者こそ本業なのだ。運が良ければ初戦を突破できるかも知れない、そんなギャンブルめいたコロシアムバトルでは安定した収入は得られない。
 実際、コロシアムに出場している闘士の大部分は冒険者であった。安全の担保された戦いで稼げるのだから実力さえあればよい副業になる。とは言え、ある程度の実力があれば本業の冒険者の方が稼げる。当然だ、命がけの仕事の方が稼げないはずがない。見せて魅せる戦いをモットーに掲げるイサークなどのような者以外はハイリスクでもハイリターンな仕事に流れる。一方冒険者でも下っ端ならコロシアムでも勝つのは困難。よって、コロシアム闘士より圧倒的に広い層を抱えるのが冒険者なのだ。
 つまり、レミはコロシアムにギリギリ出られる程度だが冒険者としては実力者に入れても許されるくらいではあるのである。そして、実力に関係なくキャリアは十分なので、冒険者ギルドへの道案内などお手の物なのだ。
 レミの側には今回同行する面々が揃っていた。カンナとリトルウィッチーズ二人組である。この顔触れを見て、ルスランは危機感を覚えざるを得ない。
「ちょっと、無理矢理でもグライムス呼んでくるわ」
「どうしたの、今更」
 グライムスはコロシアムの賞金だけでも十分すぎるくらいの収入を得た。今更大勢で山分けの臨時報酬など欲しがることはない。よって子供のお守りになりそうなこの一件には不参加を表明していたのだ。
 だが、さすがに女がこの人数で男一人はルスランとしても居辛かったのである。そして、ルスランはグライムスを引っ張り出すことに成功した。それもひとえにグライムスと一緒にいたゴードンのおかげだった。まずは女好きそうなゴードンに現況を伝え、説得を手伝わせたのである。もっともルスランの目的である男の割合を上げるだけならゴードン一人でも事足りる。しかし巻き添えもとい道連れは多い方がいいのだ。ゴードンなら一人でも取材と言い切って平気でついてくるだろうが、女子への取材ではなくグライムスの同行取材と言った方が警戒もされず世間体の点でも良い。
 グライムス本人も面倒とかその程度の理由だったので、説得されればかたくなではなかった。かくてグライムスは引きずり出されたのである。

 冒険者ギルドに到着した。勇者の街の一角に存在し、待ち合わせ場所であるコロシアムからも近い。そもそも勇者の街の訪れる人間の三割がコロシアム、四割が冒険者ギルドを訪ね、残りは両方に通っている、そんな中心的な施設なので建物への道案内が必要なのはルスランとアミアくらいのものである。
 しかしそこからの案内は必要であろう。レミの出番だ。これから必要になるのは冒険者登録と依頼終了の手続きだ。もちろんまずは登録からだ。各種申請手続きの窓口。ここでは冒険者登録、クラスアップ申請など冒険者自身の手続きだけではなく、依頼申請なども受け付けているので冒険者より一般の客の方が多いのが普通である。
 だが今日は普通ではなかった。冒険者だらけである。それ以前にとんでもない人だかりであった。窓口がどこにあるかもわからないほどだ。あれだけ観客が押し寄せたコロシアムで騒動が起こったのだ。その解決に協力した冒険者に臨時報酬が払われる可能性に思い当たる者も無数にいた。ギルドで待っていればグライムスたちに一目お目にかかれるかもしれない、そう考えて実行に移す者も少なくはなかった。全員の目当てがグライムスと言うわけでもなくこの人だかりの原因の半分はルスランたちにもあった。
 しかし、今の時点でルスランたちに目を向けている者は少ない。人混みをかき分けながら窓口に向かうと、人集りの原因は明らかだった。目の覚めるような美少女が書類に向かっている。見覚えはもちろんある。何ならルスランが負かして泣かせた相手だ。イサークの娘リューディアである。リューディアもこちらに気付いた。
「ふふん、やっぱり来たわね。ようこそ金の亡者さん!」
「……お前もな。っていうか、昨日は賞金は受け取らないって言ってなかったか」
「あたしは一言も言ってないわよ?」
 そうだったろうか。あまりにもどうでもいいことなのでルスランはすぐに考えるのをやめたが、実はその通りなのだ。ルスランが勘違いして覚えていた本当のやりとりでは、イサークがリューディアに「お小遣いをあげるから報酬は貰いに行かなくていいぞ」と言っただけであり、リューディアは別段それに応諾まではしていないのだ。お小遣いは貰うが報酬もちゃんと貰う気満々だったのである。
 イサークとしてはかわいい娘をたかが報酬のために冒険者にしてしまうのは避けたかった。イサークくらいになれば大人数で山分けのはした金報酬など無理して受け取るまでもないのだろう。しかしリューディアには魅力的な金額なのである。あくまで今回の報酬が欲しいだけで、別段冒険者として活動していきたいと言うつもりはない。
 なお、イサークもあまり活動はしていないものの一応冒険者ではあった。リューディアもイサークについて歩いてギルドに来たことはある。なので案内は不要だった。自力でここまで来て手続きを開始していたのだ。ちなみにイサークがリューディアをここに連れてきていた理由はゆくゆくリューディアを冒険者にするためではなく、自慢の娘を冒険者どもに自慢するためであった。
 とにかく。今リューディアが記入しているのが登録書類となる。ルスランたちも同じ書類を用意することになる。
 それはそうと、ルスランとしては気になることがあった。
「俺って、冒険者登録とかしちゃっていいのかな。一応王国の兵士だし」
 一応どころか隊長でもあった。しかし、その心配は無用なのだった。
「その点は大丈夫だ。王国との協定で兵士が要請外で公国内の事件解決に協力した場合、冒険者として扱って報酬を払うように協定が結ばれている」
 受付カウンターの中からおっさんがそう言った。職員であろう。おそらくは責任者クラス。
「何であんたが知らないの。自分のことじゃない」
 アミアは冷ややかな目でルスランを見た。
「知らないと思うよ。たまにはあるけどたまにしかないから王国軍の方でいちいち説明しないみたいだしね」
 王国軍は戦い以外については雑なのである。いや、戦いが雑ではないと言い難いのはご愛敬だが。ルスランとしてもこれで納得した。近隣への伝令程度の雑用ならともかく国外に派遣されるのはそれなりの隊長が率いる部隊だ。そのクラスの隊長ならこのことも知っている。ルスランは隊長でもそのクラスではないだけのこと、国外への使い走りも気軽に押し付けられるように用意された特殊雑用部隊なのだ。
 問題なく手続きに移る。
「いやー助かるよ、レミちゃん。この人数にいちいち説明するのは手間だからね。まとめて手続きしてくれるのは本当に助かる」
 書類を書いている間、レミに職員のおっさんが話しかけた。他にも冒険者が「あんたこの面々とどうやって懇意になったの」とか話しかけたり、ちょっとした人気者の様相である。レミとしては成り行きの結果なので説明に困るところだったようだが。
 登録手続きは終了、冒険者の証であるメダルが配布された。これよりルスランたちも冒険者である。
 ずいぶんあっさりだが、今回は特別だ。本来なら冒険者認定資格の有無を確認するために身元確認や試験を受けたりするのだが、実力のほどはコロシアムではっきりしているし、身元も疑わしくない。コロシアムである程度の成績を残すには冒険者としてもそこそこの実力である必要がある。コロシアム出場者であればそれだけで実力面では資格ありと認定されるのだ。
 ルスランは自分のメダルを眺めた。黒光りする銀色のメダルである。しかし隣のアミアは緑色、見るからにブロンズだ。カンナは赤銅。
「うおー!リードだよー!」
「メタルだよー!」
 興奮気味のリトルウィッチーズも黒光りする銀色のメダルだが、ルスランのものとは意匠が違う。どうやら横並びに同格のメダルからスタートするわけではないようだ。
「結構いいところから始まったのか?」
「リードランクは最低だよ。メタルでは」
「最低だけど、メタルだよ」
 この二人は冒険者のシステムについてある程度理解しているようだ。全く何も知らない身としてはもうちょっと基礎の部分から説明してもらわないことには理解できない。そんなときのためのレミ先生である。
「冒険者の区分でメタルとノンメタルっていうのがあってね。普通の冒険者はメタルランクなんだけど、子供向けのノンメタルランクってのもあるわけ」
 冒険者というと危険と隣り合わせの仕事という印象だが、実のところ仕事の幅は広く町中での雑用など危険度の低い仕事も請け負っている。ノンメタルランクはいわば学生アルバイトのようなもので、一般冒険者にガードされながらの採取作業、ベースキャンプまでの荷物運びなどのサポートを任されるのだ。
 この二人は年齢的にノンメタルランクスタートとなるべきなのだが、年齢による区分は絶対ではなく、実力さえ認められればメタルランクに認められるのである。だから最低ランクスタートでも喜んでいるのだ。
「今回の騒動はノンメタルランクが首突っ込んでいいレベルじゃねえさ。メタルで当然だよ」
 そしてやはりメダルの色はランクを示していた。ノンメタルランクは下からペーパー、クロス、ウッド、ストーンの4段階。そしてメタルランクはかなり幅広い。同ランクでもジャンルなどで分かれている。
 最低ランクが今話にでたリード級。次いでリューディアが認定されたティン級と、同格にサポート特化のブラス級がある。その上がカンナが獲得したコッパー級とこれにもサポート特化のパイライト級。そしてその上がルスランのアイアン級とアミアのサポート特化のブロンズ級。サポート特化というのは同格以上の冒険者と組んだときのみそのランク扱いになり、そうでなければ一つ下の扱いになる。アミアならルスランと組めばブロンズ級としてアイアンと同格扱いになるが、組む相手がカンナだったり単独の場合は一つ下のコッパー級扱いになる。このランクが一番人数が多いそうである。
 グライムスはシルバー級。ギルドの職員からは判断材料が足りずこの程度しか出せずに申し訳ないと言われていた。実力的には悠々ともっと上で然るべきと言うことだ。これにもサポート特化のマラカイト級がある。その上がゴールド級でサポート特化がミスリル級。
 ここまでは比較的人数が多いが、この先は数がどんどん少なくなりサポート特化の階級もなくなる。ウルフラム、プラチナ、オリハルコン、タイタニウム、アダマンタイト。
 なお、アダマンタイト級は今のところ不在である。オリハルコン級のなかでも際だった実力を持つ者がタイタニウム級と呼ばれているが、これも特別な扱いだ。何せ、実際にタイタニウム級の冒険者の力が必要な事態など国家存続の危機なのだ。オリハルコン級が動かなければならないだけでも滅多に起こらない大事件。この辺は冒険者協会の設定ミスだと言われているが、万が一ということもあるので余裕は持たせておいた方がいいのである。何よりも、認定メダルが安くて済む。そういう意味ではちょうどいいのだろう。
 今回このようにランクがバラバラに認定されたのは、ひとえにコロシアムでの戦績のおかげである。さらには件の騒動での活躍ぶりも加味されている。
「そう言えば、レミってクラスは何だ?」
「それを聞いちゃう?女の子を苛めて楽しい?」
 あまり高くなさそうである。そこに職員のおっさんが口を挟む。
「それだがな、レミちゃん。今回の活躍を讃えてブロンズ級に格上げしてやってもいいぜ」
「うぇ!?ちょ、ちょっとやめてくれる!?」
「ははは、ランクばらしちまったか、すまんすまん」
 絶対わざとだ。とは言え、今現在ブロンズ級に至ってないのがわかるだけで正確にはどのランクかは定かでない。
「ランクはバレてもいいんだけど、ブロンズとか無理無理!」
 そして問題はそっちだったようだ。
 今回の騒動はゴールド級相当と判断された。しかし参戦人数が多かったのでグライムスもコロシアムの戦績に傭兵時代の功績まで加味した上でシルバー級止まりになったのだ。その一方で新人たちも平均的に高いランクから始まっている。規定年齢に達していないリトルウィッチーズの二人は最低ランクだがメタルランクに取り立てられただけで十分特別。他もその働きに応じて割り振られた。
 レミだって成り行きで首を突っ込んでしまい、自分が激闘に巻き込まれないように精々必死の自己防衛をしていただけだったとは言え、結構役には立っていたのだ。死に物狂いすぎて無様でも実績は認められたのだ。格上げしてやってもいいぜとの物言いだったが、格上げを辞退するという選択肢はない決定事項のようで、ブロンズのメダルが押しつけられた。
「あたしだってブロンズなんだから何とかなるでしょ」
 気楽にいうアミアだが論外である。
「アミアちゃんと同格っていうのがそもそも間違ってるって!カンナちゃんとやり合っても絶対勝てそうにないし!」
 瞬殺されるだろう。と言うか、アミアはルスランと組んで連勝したことで実力が高く見られ、逆にいきなりルスランに瞬殺されたカンナの評価が下がっている感じで、一対一で戦えばカンナが先制攻撃からそのままアミアを下すだろう。確かにアミアはサポート向けなのだ。
「まあな。こっちの新人たちは実力からしてあっという間にもっと上に行くだろうぜ。だがあんたは努力でゆっくりそこまで上り詰めたんだ。ブロンズの重さが違ぇよ」
「その通りよ、重すぎる……」
 重荷になること間違いなしである。
「レミちゃんは慎重過ぎんのさ。手伝いに呼びつける連中だって実力を信用してるから声を掛けるんだ。ブロンズはともかく、コッパーかパイライトくらいには上がっててもおかしくなかったんだぜ」
 この一言で、以前のレミがパイライト級にも至ってなかったことがはっきりした。実際のところはティン級だったのだ。ティン級からは普通ならコッパーかパイライトに昇格できる。昇格には十分な実績があれば申請のみ、そうでなければ認定試験を受けることになる。なお、認定試験が行われることはあまりない。試験を受けなければ認めてもらえないようなぎりぎりの実力で昇格しても危険が増えるだけだ。今回のグライムスたちのように実力より低いランクスタートになった者が駆け上るために試験を受けるケースがほとんどだ。
 もちろん、ランクが上がれば難度の高い依頼も受けられるが簡単な依頼を受けられないわけではない。依頼者との柵で受ける依頼などは特にそうで、レミの仕事の多くもそんな感じだ。しかし、誘われて出向く仕事はそうではない。気が弱く頼まれごとは断りにくい性格のレミにとってはランクの低さはある意味自己防衛でもあったのである。これからは、いろいろヤバい仕事にも巻き込まれそうだった。たとえば。
「同じランクならあたしらが依頼を受けることになったら手伝ってもらえるかもね」
「それってランクアップを狙って受ける依頼でしょ……?アイアンでも上位の仕事になるじゃない。キツいに決まってるって」
 そう、ブロンズになればこう言うのに巻き込まれることになりかねないのである。

 冒険者としての登録が済んだらお待ちかねの報酬の受け取りである。報酬も山分けではなくランクに応じてだ。さすがにアイアン認定のルスランはなかなかの報酬でありほくほくである。ほかの者もそこそこであり、臨時収入としてはなかなかにおいしい。グライムスにしてみればコロシアムの優勝賞金に比べればそれほどでもないがもらって困るということもない。
 しかし中にはトラブルに見舞われる者もいたのである。報酬の受け取りは場所を変えて冒険者の窓口が集中する棟で行われる。ここでは依頼を確認したり受けたり、結果報告をする窓口が並ぶ。昨日の騒動に関わった冒険者のほとんどは直接こちらに来る。彼らは好き勝手なタイミングで自分の都合に合わせてやってくるのだが、それでもやはりもらえるのが確定している報酬はとっとともらって次の行動に移ろうと考える者は多い。そうでなくても朝にギルドを訪れてその日の仕事を探そうとする者は多いのだ。人が多い時間帯である。会いたくない人間と会ってしまうことは珍しくない。そしてここでも。
「リューディア!?何でここに!?」
「げっ、パパ?何でいるの!?」
 実はイサークに内緒で報酬を受け取りに来ていたリューディアだが、こうして鉢合わせしてしまったのである。イサークが自分の報酬を受け取るためにギルドに出かけたのはリューディアだってもちろん知っている。しかしそれはリューディアが出かける少し前のことだ。リューディアは登録手続きもする必要がある。出発の時間差と手続きの時間。その間にイサークは報酬を受け取って帰っているはずだったのだ。それが、なぜかここにいる。
 この事態の原因を作ったのはリューディア自身でもあった。昨日まさにコロシアムでデビュー戦を行い、その後の騒動でも活躍して見せた。ギルドの利用者ならその多くがそれを目撃しているのだ。そんな中で父親が姿を見せれば話題に上らないわけがない。子煩悩パパだけに娘が誉められれば気分は良くなり長話にもなる。幸い今日の午前は仕事もない。思う存分自慢話をしているところにリューディアがやってきたのである。
「お小遣いあげるっていったよね!?」
「それはそれ、これはこれよ。大丈夫だって、ここから冒険者デビューとかしないから」
 リューディアは開き直ったようである。
「でも登録はしたんだよね?」
「うん、それはまあ」
 メダルを見せるリューディア。
「はっ?メタル!?なんで!?」
「あたしたちもメタルだよー」
「特例だってー。やったぁー」
 泡を食うイサークにリトルウィッチーズの二人が暢気に声をかけた。とりあえず、面倒事はこういう首を突っ込みたい奴だけ関わっていればいいのだ。ルスランたちはさっさと手続きを済ませて報酬を受け取ってしまうことにした。