ラブラシス魔界編

19.無月の一門

「ちょっとー。パパの一回戦、もう終わっちゃってるの?何よー、見たかったなぁ」
 そう言いながらアミアがやってきた。複合部門の一回戦は一般部門の一回戦が終わってから片方の舞台を使って順次行われる。アミアの出番はまだ先だ。
「見るほどのもんじゃ無かったけどな……。あっけなさすぎて」
 素直な感想を述べるルスラン。
「そうなの?それはそれで見たかったけど。で、ルスランは?」
「今行くところだ」
「そ。いってらっしゃーい」
 気楽に送り出された。そんな気楽ではない。よほどの相手が出ない限り楽勝のグライムスと一緒にしないで欲しいと切に思う。
 隣の舞台では次の試合がすでに始まっている。この戦いの勝者は二回戦でグライムスに蹴散らされるであろう。二人の戦いを見ていれば、誰もが胸を張って断言できる。そんな二人だ。ここで勝って僅かばかりのファイトマネーを手にグライムスの前に散るか、ここで負けて怖い思いをせずに帰るか、この後のことを決めかね未来に目を背けながらただ眼前の敵と遮二無二戦っているのを感じる。
 見ているだけでやる気が削がれる二人のことは気にせず、ルスランもまた眼前の対戦相手を見据えた。こちらは気持ちいいほどにやる気に満ち溢れている。
「手加減無用です!」
 それはさっきも聞いたと思いながら頷いてみせるルスラン。
「北サイド、王国よりの刺客・ルスラン・マイナソア。南サイド、暗夜の戦乙女・神無月弥生ぃ」
 別段誰かを仕留めにこの国に来たわけではないが、勝手に刺客にされた。二つ名を考えるにも未知の人物すぎてネタがなかったのだろう。ルスランは英雄ルーク・マイナソアの息子ではあるが、この国ではやはり知名度は低いのか。母親のフェリシアなら郷土の英雄なのでそこそこだが、イメージが違い過ぎる。よって、親の七光りは使いにくかったのだろう。
 適当な二つ名はさておき、二人とも身構えたところで開始の合図が掛かった。それと同時にカンナが猛然と突き進んできた。鋭い動きで繰り出される連撃を寸前で躱し、受け止め、受け流す。勢いのままにカンナはルスランの横を通り過ぎ、二人は一旦そのまま距離を取った。
 これは……思ったより。
 振り返りながらのルスランの声無き呟きは中断させられる。カンナは反撃の隙を与えまいと既に次の攻撃の動作に入っていた。再度突進してきたカンナは剣を上段に構えて踏み込む。次の瞬間、カンナの体は大きく宙に躍る。くるりと回転して着地する。背中から。
「勝負あり!そこまで!」
 ルスランは構えを解き、先程の言葉を心の中で終わらせた。
 やっぱり、思ったより楽勝だった。
 カンナの動きは確かに鋭く、生半可な相手では防御すら間に合わないだろう。しかし、動きが素直すぎた。構えで次の動きが予想でき、その予想通りの動きをする。最初の連撃はその素直な動きを印象づけて次に読みにくい動きをするためのフリかとも警戒したが、上段に構えた時点でそれはなくなった。こうなると、剣を振り下ろす動きしかできない。ルスランは振り下ろされる剣を受け止めるかのような仕草で攻撃を誘い、振り下ろされた剣を受けずに横に動いて躱し、カンナの懐に剣を滑り込ませたのだ。その体勢からの自然な流れではあったがグライムス張りに剣で相手を掬い投げる形となった。掬い投げたので派手に吹っ飛んではいるが、それほどダメージはないはずだ。無いはずだがカンナはそのままピクリとも動かない。
「ちょ、ちょっと。やりすぎでしょ、あんな女の子に!手加減してあげなさいよ!」
 舞台の下からアミアが言う。
「いやでも手加減無用って!それに、あれでも最後の一撃は手加減してるし!」
 カンナが動けないのはこの大切な局面で余りにあっけなく負けた精神的なダメージのせいだった。そこに来て、手加減したという言葉はさらにカンナに突き刺さる。
 ルスランとて、おいそれと手加減などできる状況ではない。ここで負ければエントリー料は全額借金となる。それだけはなんとしても避けたい。だが、勝利が確定した瞬間にひとまずその心配はなくなった。カンナの懐に剣を滑り込ませた次の瞬間、鋭く重い一撃を放ちこの少女を床に沈ませることもできた。だが、そこまでする必要はないと肉体へのダメージが吹き飛ばす力に分散される掬い投げの一撃を選んだのだ。これは十分に手加減だ。そして、そこに至るまでには手加減はない。それも事実だ。
 しかし、カンナには勝ちを確信するまでの容赦の無さは伝わることなく、手加減したという一言のみが届いた。かばってやるつもりのアミアの言葉から、さらに追いつめる一言が引き出されたのだ。
 カンナは最後の気力を振り絞り立ち上がると、一礼して舞台を降り、力ない足取りで出場者席の隅まで歩き、壁の方を向いたまま膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。泣き顔は見せていないが、露骨にその背中が泣いている。
「あんた、女の子を泣かせて何ぼんやりしてんの。慰めなさい」
「ええっ。俺がかよ!」
 問答無用で隅に引きずり込まれカンナの方に突き飛ばされるるルスラン。
「ええと。……なんかすまん」
 ようやく一言出たところだが、アミアに引きずり戻された。
「何の慰めにも励ましにもなってないじゃないの。もっと何か言うことあるでしょ」
「何かって……例えば何だ」
 訊かれると、アミアもすぐには思いつかない。
「えーと、ほら。勝ちはしたがなかなか手強かったとか」
「一撃で倒しておいてそんなこと言っても嫌味にしか聞こえないだろ」
「う。そうかも。じゃあ、磨けば光る将来が楽しみな逸材だとか」
「俺みたいな若造にそんなこと言われて誰が喜ぶんだ。アミアは俺にそう言われて嬉しいか?」
「……。で、でも。じゃあ。かわいいねとか、そのくらいは!」
「何の慰めにも励ましにもなってないじゃないか」
 そんなやりとりが行われているのは多少引き離されているとはいえカンナのそばだ。辺りは歓声に包まれてはいるがその歓声でも聞こえる程度のトーンで言い合っている。カンナにも届いてしまうのだ。アミアの気配りはとことん逆効果に作用するのだった。

 結局、カンナはこの仇は柳雲にとってもらえという豪輝の励ましでちょっとだけ立ち直った。
 気まずいままのルスランを残し、カンナ傷心の自覚無き元凶・アミアは出番のため舞台に向かった。グライムスは端からから若者同士のいざこざになど関わる気はない。何事もなかったようにアミアの試合に目を向けている。
 アミアの対戦相手はイサークという男。魔法と武術を合わせた戦い方をするものたちが集まる複合部門、相手がどのような戦い方をするのかを見極めるのはより困難だ。ヒントがあるとすれば、その出で立ちだろう。いい歳だというのにおおよそ戦いに来たとは思えない華美で気障ったらしい衣装。……どんな戦い方をしようとすればあんな出で立ちになるのか。難解である。
 イサークが立ち上がり舞台に上がると歓声が上がる。アミアとてグライムスの娘として注目されている選手だ。この歓声は自分に向けられたものだと思いたいところだが、イサークの名を呼ぶ黄色い歓声が多い。どうやら、婦女子に人気があるらしい。確かに、こうして対面してみるとこの派手な服でも似合ってしまうくらいにはに素敵なおじさまである。
「北サイド、華麗なるソリスト・イサーク・サラザール。南サイド、伝説の後継者・アミア・ホームドぉ」
 おおよそ戦う人とは思えない肩書きで呼ばれる対戦相手。アミアはますます訳が分からなくなった。しかし、歌い手だとすると一つ思い当たる節はあった。
 試合の始まり、それはすなわちイサークのリサイタルの始まりであった。タクトを振りかざしながらよく通る声で歌い上げられるのは魔法の呪文。
 やっぱり、呪歌か。
 呪歌とは、ざっくりと言ってしまえば呪文にメロディをつけて歌ったものだ。メロディには呪文の効果を強化したり新たな効果を付加する力もある。また、歌にすることで複数名での詠唱でも息が合わせやすいという一面もある。大掛かりな魔法の儀式などではよく使われるが、歌い上げる分詠唱に時間が掛かるのがネックとなる。スピードを求められる戦いには向かない。
 だが、それを敢えて戦いに用いたのがイサークだ。コロシアムの戦いはショーでもある。パフォーマンスも実力のうち。端麗な容姿と派手なパフォーマンスで長らく人気屈指のデュエリストとして君臨しているのだ。
 詠唱の長さを突いて妨害するのが得策だと攻撃を仕掛けるアミアだが、イサークは華麗なステップでそれを躱す。そのくらいのことは誰でも考えるのだ。易々と攻撃を受けてくれるほど生易しくはない。
 ならばこちらも魔法による強化をするまで。アミアの加速の魔法が発動した。悉く避けられていたアミアの攻撃が、防御しなければならない程度にはなった。
 だがそれもほんの僅かな間。イサークの呪歌も加速の魔法、その発動により再び攻撃を躱され始める。魔法で加速し相手を翻弄するのがアミアのスタイルだ。スピードで対抗されると少し苦しい。
 アミアの次の手は帯魔法だ。武器に魔法を帯びさせることで様々な効果を与えるタイプの魔法。アミアの得意属性は火と雷、そのうち選んだのは雷だった。ヌンチャクが雷光を纏い始める。そして、ぎりぎりでヌンチャクをタクトで受け止めたイサークに電撃が襲い掛かった。
 この戦いのルールでは、勝敗は武器による一撃を叩きこむか、攻撃魔法で相手を弾き飛ばして場外に出すことで着く。武器は闘技場貸し出しの模造品なので致命傷を与えられないが、魔法による攻撃はタイプも様々。模造等のような物を用意することは出来ないし、かと言ってそのままや軽減した程度では簡単に致命傷を与えられてしまうが、無効化してしまっては攻撃魔法を使う意味がない。そのため、特殊な護符により魔法攻撃は打撃相応の衝撃に変換されるのだ。
 その衝撃にイサークは怯む。だが、大した威力ではない。アミアとて、帯魔法の武器が掠った程度の威力でどうにかできるとは端から考えていなかった。だからこそ、雷属性を選んだのだ。衝撃以上に、その激しい閃光と音がイサークを怯ませた。詠唱が止まる。
 だが、それも一瞬だった。すぐに気を取り直し、何事も無かったかのように歌を続けるイサーク。雷を帯びたアミアの攻撃を、躱し、受け止め、受け流す。そのたびに電光がイサークを襲うが、何もなかったかのように歌い続ける。さすがステージに立って長いだけのことはあり、肝は座っているようだ。こうなると最初から虚仮威し目当てだった帯魔法は大した意味を持たなくなってしまう。
 そして、イサークからの反撃が始まった。強化の呪歌でスピードが跳ね上がったイサークは攻勢に転じるとその恐ろしさを遺憾なく発揮した。投げナイフのような速度での突進。アミアも速度は強化しているのでどうにか寸前で躱すが、それだけでは終わっていない。アミアはイサークのタクトの軌跡に怪しい光鱗が舞っていることに気付く。どういったものかは解らないが、これも帯魔法の類らしい。攻撃を仕掛けながら、罠まで仕掛けているのだ。
 アミアは罠に囲まれる前に一度距離を取り、解呪の魔法を光鱗の舞う空間に掛けた。その罠に気付いたことに感心したのか、イサークはほうと短く声を漏らした。
 だが、攻撃を避けるだけでも精いっぱいなところに罠まで解き続けなければならないとあっては、アミアに反撃の余地はない。もはや、捨て身の攻撃しかなかった。
 再び罠だらけの場所を潜り抜けてイサークとの距離を取ると、解呪の呪文に混ぜとある魔法を手持ちのヌンチャクに帯びさせた。
 嬲るのを楽しむように再度突進してくるイサーク。その後頭部目掛け、アミアはヌンチャクを投げつけた。次の突進に入ろうとしていたイサークだったが、どうにかそれを寸前でタクトで受け流した。
 再度突進の体制に入ろうとしたイサークだが、何かに気付いて振り返る。その眼には、受け流したはずのヌンチャクが自分に向かって飛んでくるのが見えた。アミアの掛けた魔法は躱されてももう一度、相手に向かって飛んでいく魔法だった。しかし、持ち前の鋭敏な耳で風切り音をとらえたイサークはその奇襲に気付き、タクトで叩き落とした。
 武器を失ったアミアにはもはや魔法による攻撃しかない。鋭い攻撃を回避しながらの詠唱は容易ではなく、もたついているうちに光鱗の罠に囲まれた。そして、身動きができなくなったところにイサークが飛び込んできた。もはや、為す術はなかった。
「勝負あり!そこまで!」
 悔し紛れに、アミアはまだ周りに取り残されている光鱗に拳を叩きこんだ。光鱗は手に纏わりついてくる。こうして動きを鈍くさせる魔法だったようだ。
「あんた、蝶々みたいなフリしておいて、なかなかの毒蜘蛛ね」
「よく言われます」
 イサークは解呪を行い、漂っていた光鱗も、アミアの手に纏わりついていた光鱗もふっと消え去った。
「なかなか楽しめましたよ。もし、よろしければ明日もお会いしたいのですが……明日はタッグマッチの方に出場する予定なのです。あなたにタッグを組むお相手が居られるようなら、ぜひともそちらに」
「なあに、口説いてんの?まあいいわ、考えておいてあげる」
「光栄です」
 イサークは去り、アミアもステージを後にした。

「あーもう!こんなにあっさり負けるなんてさ。あんたですら勝ったのに」
「なんだよ、俺ですらって……」
 膨れっ面で戻ってきたアミアは、機嫌の悪さのせいかいつにも増して口が悪かった。
「しかもあんなふざけたような戦い方する奴によ。腹立つわー。……ねえあんた」
「何だよ」
「明日、タッグマッチであたしと組まない?あんたも魔法使えるんだしさ」
「そりゃ別に構わないけど……」
 ちょっと考えさせてほしいと言いたげなルスランにアミアは囁く。
「出場費は当然全額おごるわ。そして賞金は半々。……どう?」
「明日はよろしく頼むぜ、相棒!」
 あっさり金に釣られるルスラン。これなら負けたにせよ懐は痛まない。そして勝ちさえすれば丸儲けだ。ましてやそちらにはグライムスは出場しないだろう。それだけでも勝てる確率は上がる。
「でも、グライムスと組んだ方がよくないか?」
「それだとどうしてもパパの力で勝った感じになっちゃうじゃないの。あんたくらいでちょうどいいのよ」
「はあ。そうですか」
 まあ、おごってくれるのだ。そう思い、ぐっと堪えることにした。

 グライムスの2回戦が始まり、終わった。相手の無様なやられぶり以外には何とも見どころのない勝負であった。アミアも今度はしっかりと父親の活躍ぶりを見ることが出来てご満悦である。
 そして、ルスランの2回戦だ。相手はゴーレム・無月柳雲。
『娘の仇……取らせてもらうぞ』
 先程のことに加えてこの科白。なんだかだんだん悪者のような気分になってきたルスランは、悪者らしく返すことにした。
「やれるものならやってみるがいい、返り討ちにしてくれるわ」
『良かろう。いざ尋常に、勝負!』
 構えは娘にそっくりだ。同じ流派であるなら娘と同じ戦い方をしてくるはず。
 まずは一撃を繰り出して攻撃を誘ってみる。誘われて素直に反撃してくる柳雲だが、さすがに娘ほど素直ではない。見るからに誘い返す反撃だ。手の内の分からない相手の誘いに乗ってやるほど無鉄砲ではない。
 しばらくは小技の応酬が続いた。すると、不意に柳雲の動きが変わる。これまで小刻みに動いていたのが、ダイナミックな動きに転じた。小手調べは終わりのようだ。
 なかなかのスピード。そして、読みにくい不規則な動き。カンナと同じように鋭い動きだが、分かりやすい動きで突っ込みあっさりとやられたカンナとは違う。左右に動いて攻撃のタイミングを計っては、寄せては返す波のように突っ込んでは距離を取る。生身の人間であればすぐに疲れてしまうような、一見無駄の多い動きだ。だが、それだけに振り回されてしまう。そして、ゴーレムは疲れ知らずだ。
 これに付き合っていてはこちらが疲れてしまう。更なる厄介な手が出てくる前に決着をつけてしまおう。柳雲の5回目の突進。今までは余裕のある右に躱してきたが、今度は突き出された剣を峰から払いつつ左に躱した。大きく右腕を突き出した柳雲の背中側に回る形だ。柳雲は首と体を捻りその動きに対処しようとするが、その腰にルスランの膝蹴りが入る。態勢が崩れたところにルスランは一撃を叩きこんだ。
「勝負あり!そこまで!」
 早々に勝負はついたが、決して楽な戦いではなかった。もう少し長引いていたら危なかった。
『初見であの動きについてくるとは、なかなか見所があるな。……だが、次の豪輝は私の生前にもかなりの使い手だった男、普通ならこんなところに出ることは無い。一人勝ちするのが目に見えているからな。我が流派の真髄、とくと味わうがいいぞ』
「ええと。……楽しみにしてます」
『それにしても、三連続で我が一門に当たるとは……。これも何かの御縁か』
 御縁と言うよりは……何の因縁だろうか。

 グライムスの出番だ。そして、その出番はやはりすぐに終わる。それでもこれまでの完全に腰の引けた相手とは違い、積極的に仕掛けてくるやる気のある相手だった。それだけでも多少は強そうに見える。多分だが、実際に戦ってみれば結構強いのだろう。さすがは準決勝だ。そして、準決勝まで来ておきながらまるで危なげないグライムスも流石只者ではない。いよいよもって、当たりたくはない相手だ。
 だが、ルスランとて次の試合に勝てば決勝だ。嫌でも当たってしまう。
 その次の相手は豪輝。これまでの戦いを見てきた感じでは、グライムス同様当たりたくない相手であった。
 グライムスは控えの席に戻り、アミアに話しかける。
「さぁて。準備体操も終わりだな。決勝で当たるあの男は別格だ」
「ルスランの事じゃないわよね。やっぱ勝ち目ないかな」
「運次第と言った所だろうが……」
「運に頼らなきゃ勝てないってことね」
「ルスランの運だけじゃないな。この場合、俺の運も絡んでくるだろう。決勝で当たるのがルスランで済めば大分楽だ」
 聞こえないところでそんなことを言われているルスランだが、その勝ち目の無さは自分でも感じていた。これまでの戦いを見ただけでも相当な使い手であることが見て取れる。そして、これまでの相手で実力の全てを見せているとは全然思えない。どう来るのかはさっぱりだ。
 幸いなのはこれまでに二連続でこの流派の使い手と当たっていること。ある程度はどのような出方をするのかは分かってきている。厄介なのは俊敏でダイナミックな動きだ。動きを見てから対処していては確実に間に合わない。動きそうなら動きを予測して先に動き出すくらいのつもりでないといけない。
 豪輝の武器はこれまでの二人と違い、双剣。短いのでより接近しないと攻撃できないが、軽さゆえにより素早く動け、左右で矢継ぎ早に攻撃できる。素早さを最大限に生かせる武器、そしてこれまでと違う武器なので出方も多少は変わるかもしれない。もっとも、武器の違いで出方が変わるのは間近で打ち合うその時になってからだ。まずは、そこまで持ち込めるか。
 そんなことを考えているうちに試合が始まった。互いに一礼する。実は別に一礼はしなくていいのだが、流派の決まりらしくカンナ、柳雲と試合前後の一礼をしてきたので、ルスランも何となくしなきゃいけないような気になってしまったのだ。
 顔を上げ、構える。早速豪輝が動いた。いや……消えた。
 何が起こったのかは判らないが、早速ヤバいことだけはとてもよく解る。とりあえず、こうして姿が見えないということは前には居ないのだろう。前に逃げておけば安全だ。
 足を踏み出すと、今の今までルスランが居た場所で風切り音がした。言うまでもなく豪輝の攻撃だ。やはりヤバかったのである。前に居ないからと狼狽えたり後ろを振り向いていてはその隙にやられていた。
 とにかく、今ので後ろに居ることは判ったのだ。また目にも留まらぬ速さで消え失せてしまわぬうちにと盲滅法で背後に木剣を繰り出した。受け止められた手応え。
 豪輝も防御したことで攻撃の手は止まったはず。ルスランはその隙に振り向いた。しかしやはり豪輝の姿はない。いや、振り向いた時に一瞬だけ視界の端に黒い影を捉えた。とことん背後を狙うつもりか。
 ならばとルスランは思い切り木剣を上段に振り上げた。木剣は頭上から背後に伸びる。手応えはない。背後の、少し離れたところですとっという着地音がした。振り返るルスラン。ようやくその目で豪輝の姿を捉えた。構え直す豪輝。
「一撃で決めるつもりだったが、小細工は通用しないか。……面白い、ならば全力で行かせてもらおう」
 不意打ちをまぐれで避けられ、破れかぶれの悪足掻きでヒヤリとさせられたことでハートに火がついたようだ。この不気味ささえ禁じ得ない小細工とやらに出られるよりは正面から当たってくれる方がやりやすい。とは言え、勝てる気は全然しないのだが。
 豪輝が腰を落とし、そのまま一気に距離を詰めてきた。こうして目の当たりにしてみるとやはりものすごいスピードである。その巨体と黒の重量感に反した動きの軽さ。さながら黒豹である。そして“輝ける凶暴”という二つ名の割にテクニカルな戦い方。この二つ名に騙されて正面から向かって行き、背後を突かれた闘士がどれほどいるやらだ。そういう悲劇が起こらないように、二つ名はちゃんとつけて欲しいものである。
 眼前に迫るや否や始まる猛攻。受け止めるのが精一杯だ。攻撃が止んだ僅かな間にこちらからも仕掛けてみるも、食らうどころか防御による隙さえ生まれない。遮二無二戦ってはみたがいつの間にか勝負はついていた。もちろんルスランの負けである。
 しかし、不思議と悔しさはなかった。何せこれでグライムスとやり合わずに済むのである。それにここまでに2回勝っている。特に2回戦は1回戦よりファイトマネーが段違いだ。出場のためにグライムスから借りた金もすっかり完済、儲けも結構な額になり気分は晴れやかだ。豪輝との戦いも充実したものだった。負けて一片の悔いなしである。

 舞台では複合部門の準決勝二戦が行われている。今回は一般部門にグライムスや豪輝が出場したせいで影が薄くなってしまったが、いつもであれば複合部門がこのコロシアムの花形。見せ場であるべきその決勝を最後にとっておき、準決勝を終えた二人が休憩している間に一般部門の決勝戦が行われるのだ。
 影が薄いといってもやはり花形。特に最初からイサーク目当てのマダムからのどす黄色い声援が絶えない。そしてイサークに熱い視線を送る女性がここにも一人。しかしマダムたちのように輝かせた目ではなく、血走りそうなほどギラつかせた目を向けている。明日のタッグマッチでのリベンジに燃えるアミアである。イサークの戦い方を熱心に研究しているのだ。そして、イサークもじっくり研究させてもらえるくらい勝ち残っている。
 辺りを包む歓声が悲鳴のような声に変わったが、イサークが負けたわけではなくこれでも勝利を決めたところである。気取ったポーズを取るイサークに阿鼻叫喚といった風情になるが、マダムたちは大喜びしているのだ。
 試合がそれぞれ決勝を残すのみとなったところで、二つあった舞台が魔法か機械か何らかの仕掛けで動き出し、会場の中央で重なり合って一つの少し高い舞台になった。決勝の舞台に相応しい高さ。場外に落とされたら痛そうである。
「さて。気を引き締めて掛からんといかんな」
 決勝に向かうグライムスが立ち上がった。アミアが話しかける。
「強そうよね、あの豪輝って人」
「ああ。準決勝で見せたのが果たして実力のうちのどれほどかだな。あちらは若いし、長引くとスタミナの分こちらが不利になる」
「ほんと、まぐれであんたが勝てばよかったのに」
「ルスランが勝ったとして、あれだけ渡り合ってるとなれば、まぐれかどうか怪しいものだ。それはそれで安心はできんな」
「買いかぶりすぎだ。戦ってて勝てる気なんてしなかったし」
 しかし、この調子ではそうは思ってくれないのであろう。やはり負けて正解だった。
「実力は戦ってみるまで判らんさ。お前さんも、奴もな。とにかく、準決勝の戦いを見ただけでも一筋縄で行かないのは確かだ。さすが、面白くなってきたぞ」
 そう言いグライムスは舞台に上がっていった。

 コロシアムはイサークの時にも劣らぬ歓声に包まれた。先ほどとの違いはその歓声のトーンだ。場内は野郎たちの野太い歓声に満たされている。
 グライムスは高く、豪輝は低く構えた。開始の合図と同時に豪輝が動く。目にも留まらぬ速さでグライムスの側方を横っ飛びですり抜けていった。ルスランとの試合で目の前からふっと消え失せて見せた時と同じ動きだ。左に飛ぶ前に少し右に動いてみせることでその動きを追った目には唐突に消え失せたように見えてしまうのだ。平たく言えばフェイントである。
 だが、それでもグライムスの背後をとることはできない。豪輝がその動きを終えた時、グライムスは豪輝に向き直り木剣を振り上げていた。振り下ろされたその木剣も豪輝を捉えることはできなかった。豪輝は背後に跳び、その剣を躱していたのだ。
 すぐさま豪輝は前方に大きく跳躍した。剣を振り下ろしたことで体勢と視線が低くなったグライムスを飛び越えようとしている。体勢は低くともグライムスは巨漢、豪輝もまた巨漢である。及びもつかない動きだ。跳躍のさなかグライムスと豪輝の視線が交差した。グライムスは豪輝めがけて木剣を突き上げる。豪輝は両手に持った双剣でそれを受け止め、その勢いを活かして高く遠くまで跳躍した。
 二人の距離が開き、一旦体勢を立て直すとすぐさま次の応酬が始まった。めまぐるしい動きでグライムスに攻めかかる豪輝。一見グライムスが押されているようにも見えるが、グライムスも無駄のない最小限の動きでそれを凌ぎ、僅かな隙に容赦なく攻撃を繰り出している。
 勝負は思いの外早く決した。グライムスが僅かな隙をついて繰り返した攻撃が効いていた。躱しきれず受け止めるしかないその攻撃の度に巨体を大きく弾き飛ばされてきた豪輝は、その度重なる衝撃で動きが鈍り決定的な隙を生んだ。それをグライムスは見逃さない。
「勝負あり!それまで!」
 他の試合の半分ほどの短い戦いだったが、他の試合の倍ほどが凝縮された内容であった。遠巻きに見ていたただの観衆では、何が起こっていたのかさえも解っていないだろう。間近で見ていたルスランとしては笑うしかない。自分はあんなのと当たっていたのか、そしてまかり間違ってそれに勝とうものならあんなのと当たることになっていたのかと。
 静まり返っていた会場は再び歓声に包まれた。
「さすが、お強いですな」
「あんたもなかなかだ。命がけじゃあやりたくない」
 先ほどまでの死闘がなかったように談笑し始める二人。
「それはこちらも同じですよ。では、エキシビション頑張ってください」
「確か、お宅の師匠でしたな」
「ええ。私もあのころの師匠にだいぶ近付いているとは思うのですが……。どうもゴーレムとして活躍していくと生前よりも力が増していくとか。生身の人間で勝てると思わないことです」
「ほう、それは初耳だ。……将軍め、自分がそうして強くなったから誘いをかけてきたか。こりゃあ明後日はなんとしてでも勝ってやらんと」
 そんな話をしながら二人が降りた舞台に入れ違いでイサークが上がって行った。再びの黄色い歓声。グライムス目当てで押し掛けていた野郎たちは我が身の安全のためにもマダム達に席を譲るのであった。