ラブラシス魔界編

17.勇者の闘技場

 アルトールの住人たちにとっても盗賊に怯えることなく過ごせる、久々の静かな夜が明けた。
 昨晩の討伐でこの町の盗賊はかなりの数が捕らえられた。一応役職持ちの軍人であるルスランの署名があれば自警団の手により盗賊の拘留ができる。夜のうちに盗賊たちは縛り上げられ、かつて自分たちが荒らした空き家に転がされ閉じ込められている。
 さらに、盗賊団下っ端の一人を軍の権限で処刑し町の入り口に吊しておくことにした。盗賊たちに苦しめられた街の人々の怒りは大きく、グライムスの戦斧を借りての執行にも微塵の躊躇いもなかった。こそ泥程度の連中はこれで当分近付いてこないだろう。その隙に自警団がアルトールに陳情に行けば王国も対策をしてくれるはずだ。これで心おきなくこの、町を後にできる。

 以前ルスランが同じルートを辿ってラブラシスに向かった時、アルトールまでは何事もなく進めた。面倒ごとが起こったのはその先だ。
 奇しくもその時と同じ魔法使いの女の子を乗せた馬車での三人旅だ。その時との大きな違いはもう一人の同乗者が髭面の厳ついおっさんであること、そして魔法使いの女の子もどうみても女戦士と言った風情であること。そして、馬車も質素でどこか厳つい作りか。
 そんなことを考えながら馬車を走らせていると、遠くから数人の武装したセントールがゆっくりと駆け寄ってきた。どうしてもあの時のことが頭をよぎる。
 先日と同じくセントールたちに敵意はなく、馬車を呼び止めるとこう言った。
「近頃人間と組んだセントールの盗賊が出没している。道中護衛しよう」
「その盗賊なら捕まったんじゃないのか」
 頑張って捕まえた身として、まだ盗賊がのさばっているというのは悲しい。
「人間の一味は捕まったが、セントールの一味の残党が新しい人間の仲間を見つけてな……」
 アルトールを狙った盗賊が周囲から集まってきていた。セントールの賊はそんな連中のうちの一団に目を付けたのだろう。盗賊たちは相変わらず森に潜み、近くを通りかかる旅人を襲っているそうだ。
 せっかく捕まえたのに何をしているんだとうんざりするルスラン。一方、アミアは闘志を燃やしている。
「いい度胸だわ。返り討ちにしてやる!」
 ルスランとしては関わりたくはないが、関わることになるんだろうなぁと覚悟した。
 だが、道中何事もなく盗賊の出没地帯を抜けた。思えば、見るからに厳つい面々が乗った小汚い馬車だ。襲っても手こずりそうだし、その危険に見合う儲けはありそうに見えない。こんなのに襲いかかるほど盗賊たちも切羽詰まってはいないようだ。アミアは不満そうだが、足止めを食らわなかったのは何よりだ。
 護衛のセントールたちと別れ、馬車は国境に差し掛かっていく。

 ルスランたちの馬車はその後も何事もなくラブラシスに到着した。
 早速港で魔竜船について問い合わせる。港と言ってもラブラシスは内陸の地で海はない。案の定、町を流れる大きな運河に港があった。ここから川を下って海に出ていくのだろう。
 魔竜船は五日おきに出航しており、次の便は三日後の夜。出航後、四日でマズルキに到着するそうだ。リム・ファルデからの距離は近いアロフェトへの馬による長旅が実に馬鹿馬鹿しく思える。これが文明の進歩という物なのだろう。早くその波が、フォーデラストにも来て欲しい。
 船が出るまでの三日間、何をして待つのか。アミアには行きたいところがあるようだ。
「コロシアムに行きたいなぁ」
「……コロシアム?」
 魔法使いが魔法都市に来たのだからもっと魔法に関する場所かと思ったが、全然方向性が違う。
 ラブラシスは魔法都市であるとともに、伝説の勇者エイモスの居所だ。そんな彼を慕い憧れる猛者たちもまた、この町に集う。そんな猛者たちが腕を競い合うために建てられたのがエイモス記念コロシアムだ。猛者たちに集まられたところで闘神剣のないエイモスは運動不足のただの人。処置に困ったエイモスが、後は彼らに勝手にやってもらうべく建造したのがそのコロシアムだ。そのエイモスの思惑通り、猛者たちはエイモスへの尊敬と憧憬を胸に、勝手にやってくれている。
 アミアもそんな勇者エイモスに憧れる一人かと思いきやそう言うわけではないようだ。コロシアムでは日々闘士たちが戦いを繰り広げているが、そんな戦いを見に来る観衆もいる。そして彼らもまた、賭博という熱い戦いを繰り広げている。戦いは慈善事業でもストイックな研鑽の場でもない。金が動くのだ。
 もちろんアミアはギャンブルで稼ごうなどというリスキーな考えではない。観客の間でそれだけ派手に金が動くのに主催者側が黙っているわけはない。賭博の胴元はコロシアムの運営だった。運営側としても儲けさせてもらっている闘士たちにある程度は還元するのが礼儀。勝てばなかなかのファイトマネーが出るのだ。
 アミアには出発の時から抱いていた一つの思いがあった。メラドカインは、魔法と親和性が強く魔法武器の素材として珍重されるミスリル銀の一大産出地域となっている。それでありながらエルフたちの故郷と遠く、その混血である魔法使いも少ないメラドカインではその利点を生かし切れていなかったが、20年前の戦争では手を組んだ魔族の入れ知恵もあってそのミスリル武器は大きな脅威にもなったのだ。
 魔法で強化しながら武器でぶん殴るアミアの戦い方に、ミスリル銀の武器はまさにぴったりである。せっかくそのミスリル銀の本場に行くのだから、先進的でそれでいて割安なミスリル銀武器を手にぜひとも入れたい。もちろんそれには先立つものが必要。それをここで稼ごうという魂胆だ。
 ルスランとしても腕試しくらいにはなる。つきあうのは吝かではない。そもそも、戦闘好きなフォーデラストの血が目の前で繰り広げられる戦いの前でおとなしくしている訳がない。それで小遣いまで稼げるなら実にすばらしいではないか。

 コロシアムは勇者の街・エイモス邸にほど近い場所にある。以前来たこともある場所だ。エイモス邸を訪ねた時大きな建物を見たが、あれがまさにそのコロシアムだった。
 コロシアムに近い宿に部屋を確保し、早速コロシアムに行ってみることにした。その宿の宿泊客はどこかの部隊の宿舎かと思うような屈強な男女ぞろい。それもそのはず、観客として訪れるような人たちは心にも財産にも余裕があることが多く、都心の高級ホテルに泊まって馬車でコロシアムに来る。そうでなくても、もう少しグレードの高いいホテルを選ぶだろう。この町のグレードの低い宿はコロシアムの出場者御用達なのだ。
 設備も出場者たちの好みに合わせてあり、ワンフロアが丸ごとジムになっていたりする。部屋に飾られているインテリアも戦士の絵や甲冑の置物など、ほかのホテルではまずない物ばかりだ。間違って泊まってしまった一般人の顔はひきつりそうだ。一般人の客が『戦宿』という名前のホテルをうっかり選ぶかどうかはわからない。
 そこから歩いてすぐのコロシアムでは昼の部の試合と共に夜の部の出場者エントリーが進んでいるところだった。
 コロシアムでの試合は木製の武器を使い打ち合いを行い、致命傷になりそうな一撃を叩き込んだ方が勝ちになる。武具は貸与で種類も豊富だ。部門も三つに分かれており、武器のみで戦う一般部門、魔法で戦う魔法部門、そして魔法と武器を両方使ってよい複合部門というアミア向けのものもあった。
 エントリーに際して驚いたのは、それが有料だと言うことだ。エントリー費用は結構な額である。決して安くはない初戦のファイトマネーでも赤字になるくらいだ。冷やかしでのエントリーを防ぐ目的で、出場資格を満たせなかったり出場できても初戦で敗退すると損をする。
 アミアはグライムスにおごってもらえるが、ルスランはそうもいかないだろう。だが、ポケットマネーはそんなに多くはないし、マイデルから預かった金に手を付けるわけにもいかない。
 結局、グライムスが貸してくれることになった。父子家庭の風来坊で生活は苦しいのかと思ったが、このくらいの金をぽんと貸せる程度には豊かなようだ。ルスランは戦う前から借金という枷で背水の陣に立たされることになった。
 コロシアム競技の参加者は常連が大部分だ。常連ならば運営側も実力がよく分かっているので、エントリーも顔パスになる。一方、初参加の流れ者はその実力を見極めるためのテストが行われる。
 もちろんルスランたちはテストを受けることになった。テストはコロシアムの裏手にある小屋で行われる。
 小屋の中はコロシアムや宿とはがらっと雰囲気が変わり、魔法の館と言った雰囲気だ。がらんとした小屋の中央にはぼろぼろの人形が置かれている。
「ふひひひひひひ。また命知らずがやってきたようじゃのう」
 いかにも呪術師と言った風情の不気味な雰囲気の老人が現れた。
「さあ、誰が儂のゴーレムの餌食になりたいのかな?」
 テストはゴーレムとの試合なのだ。アミアは一つ気になったことを係員に尋ねる。
「あのさ。この試合って殺し合いだったっけ」
「あのじいさん、変わり者なんだ。雰囲気作りだと思って発言は聞き流してくれないかな。絶対に名乗らないから一応紹介しておくと、ゴーレムマスターのガルシャウスさんだ」
 ガルシャウスはもうこちらに興味を失ったように水晶玉に話しかけている。
「さあて、誰に相手をさせようか……む?そうかそうか、お主がいくか」
「確かに変わってるわね」
「一応説明すると、ゴーレムって言うのは人形に魂を吹き込んで生命を与える魔法でね。いわば人形に霊がとりついて操っているわけだ。ここでは何人かの戦士の霊と生前に専属契約を結んでいる。今はその魂を選んでいるところだ」
 この説明も、多分テストを受ける人全員にしているのだろう。係員も手慣れたものだ。
「幽霊が相手かよ……。何でそんな回りくどいことを?生身の戦士を雇えばいいのに」
 ルスランも別段お化けが嫌いなどということはないが、霊を相手に戦うとなると妙な気分だ。
「そうすると怪我が多くてな……。その補償を含めて人件費もかかるし。今はいいぞ、あの爺さんも趣味みたいなものだから安い給料でやってくれてる」
 とことん変わり者のようだ。
 そうこうしているうちにゴーレムに魂が宿ったらしい。おもむろに立ち上がり、準備運動を始めた。人の魂が籠ったとはいえ、やけに人間くさい。
「人形に準備運動が必要なのか?」
 思ったことを尋ねるルスラン。係員は流石になんでも知っている。
「人形だからこそ、調整が難しいそうだ。あの人形を何人もの英霊が交代で使うし、壊されればスペアを出したり修理をしたり、新調もする。その度、前に使った英霊の癖がついていたりで動きにくくなる。だから最初はああして調整するんだ」
「いろいろ大変なんだな……」
「よし、準備はよいぞ。最初に血の雨を降らせるのはどいつか」
 ガルシャウスの言葉に合わせるようにゴーレムが木剣を振るった。この武器では雨となって降り注ぐほどの出血はしないだろう。やはり、雰囲気作りのようだ。それにしても、人形だとは思えない軽やかで鋭い動きをする。これは油断できない。
「よぉーし、あたし行くわよ」
 アミアはさすがにやる気だ。
『若い娘と言えど容赦はせんぞ』
 今の発言はゴーレムだ。さすがに人間離れした声だが、しゃべることもできるようだ。
「アミア殿……か。複合部門でエントリー、と。ゴーレムは剣による攻撃しかしないが、そちらは全力でやってくれ」
「分かったわ」
 アミアが選んだのはヌンチャクと言うフットマンズフレイルのような武器だ。東国の格闘家が用いる武器らしい。日ごろ使っているモーニングスターに近い使い方ができるのでその武器を選んだのだろう。
「準備は……できてそうだね。では、はじめ!」
 わりといい加減な始まり方だ。ただのテストならこんなものなのか。アミアは猛然と攻めかかる。ゴーレムは守りに入っている。アミアの魔法で高められたパワーそして速度の猛攻にも守りは完璧だ。押されていると言うよりは出方を見ているような感じがする。
 そんなアミアのテストもこれからと言うところで、小屋に新たな来訪者があった。大きな影。その影は小屋の中に踏み込み光を背に受けなくなってもなお黒いままだった。黒い肌、そして二束の三つ編み。ルスランはその姿に見覚えがあった。そこの道場で話をした豪輝師範代だ。そして、その陰に隠れるように、それでいて毅然と立つ少女。
 豪輝がルスランに気付いた。
「貴殿は確か……すまん、ここまで出かかっているんだが名前が出てこない」
 一度話したくらいではこんなものだろう。
「ルスランだ」
「……そうだった」
「知り合い?」
 後ろの少女が豪輝に問いかける。
「ああ、ちょっとな。……紹介しよう。師範の娘のカンナだ」
「神無月弥生と申します。よしなに」
 紹介され、一礼する少女。
「お、こりゃご丁寧にどうも。……フォーデラスト王国首都警備隊第28兵団長・ルスラン・マイナソアだ。お見知り置きを」
 向こうが丁寧に名乗りを上げたので自分も気取って名乗ってみるルスラン。
「団長だったのか」
 グライムスが食いついた。
「ご褒美で昇進させてもらって兵団をもらったけど、自分一人だけしかいないんだ。しかも兵団の別名が特殊雑用班。今もまさに特殊な雑用の真っ最中だし」
「過酷な雑用だ」
「ええもうまったく」
「ルスラン殿も参戦されるのか?」
 豪輝が話しかけてきた。
「ああ。船を待つ間の時間潰しと小遣い稼ぎで」
「ここで稼ぐのは楽じゃあないぞ」
 そう言い、歯をむき出して笑う豪輝。
「そうなんすか。アミアの口振りだと楽に稼げそうな雰囲気だったけど」
 アミアはグライムスの稼ぎをあてにしているのかもしれない。そういう意味ではアミアは気楽だろう。金まで借りたルスランはますますピンチだ。
「ねえねえどうだった、あたしの戦いは……って、見てなーい!見なさいよ!」
 アミアが戻ってきた。
「いやいや、見てはいたぞ」
 少なくとも、途中までは。
「あのゴーレム、結構すごいな。アミアの魔法で強化された攻撃を確実に受け止めてた。しかもそれで折れないって言うのも、あの木の剣はただの木の剣じゃないな。やっぱり魔法でもかかってそうだ」
「あたしを見てないじゃない。こないだは乱戦だったしあたしの戦いぶりなんて見てないでしょ。貴重な機会なんだからあたしの華麗な戦いぶりをしっかり見ておいてほしいわね」
「出場権はもらえたんだろ。それなら本戦でとっくりと見させてもらうよ」
「まあ、そうなんだけどさ。強いのと当たっちゃって一回戦負けなんてことだって有りうるじゃない」
「それはそうだ。でも、相手がそれなりに強くても善戦できればたいしたものだと思えるさ」
「うう。でもあまりカッコよくない……。まあ、勝てばいいのよね、勝てば」
「で、勝てそうですかね。彼女」
 ルスランは話を豪輝に振った。アミアは誰この人と言いたげだ。
「相手次第としか言えないが……。戦い方から察するに複合部門だろう?複合はレベルが高いからな」
「ええっ。レベル高いの?あたしみたいにどっちも中途半端でもどうにかなると思ったのに」
 不安そうな顔になるアミア。
「基本は武器での戦いだが魔法の派手さが加わるから人気があってな。出たがる選手も多く自ずとレベルが高くなる。まあ、十分通用するとは思うし強気でいくことだ」
「ふえぇ。ま、どうせパパが稼いでくれるし気楽にいくわ」
 まあそうだよな、とルスランは思う。ルスランのように追い込まれた状況ではないのだ。

 その稼いでくれるパパがテストを受ける。どうせ余裕綽々で通過するだろう。
「グライムス殿……。あの、やはりあのグライムス殿であられますか」
 おずおずと尋ねる係員。
「あの、というのがどれを指しているのか分からんが……。たぶん、そのグライムスは私のことだろうな」
 ここは勇者エイモスに憧れた者が集う町。その勇者とともに戦った英雄が現れたのだ。係員も目を輝かせる。
「あの生ける伝説グライムス殿か!今夜の試合に出場するのか?」
 豪輝も驚いたようだ。
 グライムスはテストとは言え全く容赦のない動きで人形を攻めたてる。それもそのはず、人形も全く引けを取らない立ち回りを見せていた。アミアの時の様子見とは違い、こちらも初っ端から全力で応戦しているようだ。アルトールでもこれほど激しい戦いはなかった。もちろん雑魚ばかりの盗賊退治の話ではなく、その前のガーゴイルたちの時の話だ。その時、グライムスは空を飛ぶガーゴイルに実力を発揮しきれていなかった。射手のメイソン、魔術師のジェシカの撃ち落としたガーゴイルにとどめを差すくらいしかできることはない。
 対等の相手で見せるグライムスの全力。それを目の当たりにしてルスランは思う。当たったらおしまいだと。
 その戦いぶりを見ていた豪輝は係官に声をかける。
「今夜の試合は私も出場するぞ」
 嬉しそうにおおと声を上げる係官。一方カンナは泣きそうな顔になった。
「師範代が出ちゃったら私が勝てないじゃないか」
「そう言うな、カンナはいつでも出られるがグライムス殿と手合わせできるなどもうないかも知れないんだ。……どちらにせよ、グライムス殿が出るならカンナの優勝は絶対にないだろう」
「うう。それは……それは認めるが!絶対勝てない出場者が増えたら早々と負ける確率も高くなるぅ……」
 頭を抱えるカンナ。
「まあ、そこはあれだ。いいのと当たるように祈っておくことだ」
「あうぅ」
 そんなやりとりを対岸の火事のような気分で聞いていたルスランだが、よく考えてみれば自分だってカンナと同じ状況なのだ。豪輝の実力がどれほどかは分からないが、グライムスの実力を目の当たりにしながらも挑んでみようと思うくらいには実力があるに決まっている。少なくとも、十分出場できる実力があるからこうしてエントリーしようとしているのだろうカンナが絶対に勝てないと言っている以上、弱い訳はないのだ。自分も一回戦でグライムスや豪輝と当たらないように祈っておいた方がよいのだろう。
 そして。せっかくなのでカンナに聞いてみることにする。
「カンナちゃん。君にはどのくらいの戦歴が?」
 少なくとも、地元でこのコロシアムでの戦いを知っているエントリー希望者だ。自分の力がそれに見合うものになったと判断してのエントリーだろう。彼女の実力がここでの戦いのレベルを知る指標となるだろう。
「せ。戦歴。それは、その」
 言い淀むカンナ。
「対外試合はこれが初めてなのだ」
 何か虚勢を張ろうと考え倦ねているうちにあっけなくバラされてしょげるカンナ。ルスランとしても何の参考にもならずにがっかりだ。
「それまで!」
 気合いの入った係員の号令でグライムスのテストは終わった。
「さすがですな、グライムス様。シード出場の条件も簡単にクリアですよ」
 シード。それは一回戦をすっ飛ばしてトーナメントに参加できるシステム。そして、勝利時の賞金も増える、強者の特権である。敬称が殿から様にグレードアップするほどの強さを見せつけたグライムスなら当然だろう。
『衰えてないな、グライムス。私を覚えているか』
 ゴーレムがグライムスに語りかけた。
「覚えているかと言われても。そのなりと声じゃ誰なのか分からんぞ」
『はっはっは、分かってて言ってるのさ。私はロエル・オズワルドだよ』
「なんと。将軍閣下でしたか」
 敬礼するグライムス。
 ロエル・オズワルド。20年前の戦争でラブラシス公国軍の総大将だった人物だ。勇猛で知られていたが戦争の終結直後に一線を退き、数年前に脳溢血で急死した。そして、生前の契約によりその魂がこうしてゴーレムの中身となっている。
『後で久々にゆっくり話そうか。彼らは君の子供たちか?』
「あいつは娘だ。こっちのはただの連れだが、マイナソアの息子」
『ほう』
「あ、ども」
 ゆっくり話している時間はない。そのルスランを含めてまだテスト待ちが二人いる。
「先に行っていいぞ。俺は終わった後も長話に付き合わされそうだし。レディファーストだ」
 ルスランはテストをカンナに譲った。
「かたじけない」
 カンナのテストが始まった。小柄な体ゆえの身軽さを生かした軽快な動きだ。繰り出される攻撃もなかなかに鋭い。
「なんか変わった子よね。あの子も知り合い?」
 アミアがルスランに問いかける。
「いや、初めて見る顔だ」
「カンナは今は亡き我らが無月流の師範の忘れ形見、異国の民族だ」
 あんたが異国の民族とか言うなよ、と思いながら豪輝の言葉を聞くルスラン。
「異国って、どのあたり?」
 アミアも興味はあるらしい。
「沙海の遙か彼方……東方の国・アズマだ」
「なんだ、ここの隣じゃないの」
 ラブラシス公国の東に広がる砂の海。その中央にある大きなオアシスに存在する小さな国家、それがアズマだ。古よりその存在は囁かれてきたが、海よりも過酷な砂漠を越えることは難しく、長らく幻の国と言われてきた。しかし、今はアミアの言う通り単なるラブラシスの隣国だ。
「無月流もアズマ発祥の武術だ。カンナというのは名字の一部でヤヨイというのが名前なのだが、呼びにくいものでみんなカンナと呼んでいるんだ」
「確かに剣術は独特だな。……名前も」
 そして、同じ流派の師範代である豪輝も同じ剣術を使ってくると言うことだ。
 カンナもテストを無事に通過したようだ。それでは試合会場で会おうと言い残し豪輝とカンナは試験会場を去った。

 残すはルスランのテスト。これまでの流れを見た感じ、ルスランがこのテストで落ちることはなさそうだ。それならば、ゴーレムの中にいるオズワルド将軍のお手並み拝見と洒落込もう。
 ルスランは槍を模した長い棒を構えた。しばらく睨み合いが続く。これはまずは一撃出して見せてみろと言うことだろう。
 一歩踏みだし、低く棒を突き出す。ゴーレムは横に跳びのいた。距離の広がらない横への跳躍。即座に反撃に転じると察したルスランは防御態勢をとった。
 反撃はなかった。ルスランの防御態勢を見たゴーレムは反撃をやめたようだ。ルスランはこのやりとりだけで相手の強さを思い知った。実戦でこんな相手に相対したらすぐさま逃げ出すところだ。
 しかし、これは命の奪い合いでもなければ真剣勝負でもない。向こうも手加減してくれているだろうし、頑張って一撃くらい叩き込んでやることに集中しよう。
 お誂え向きにゴーレムの構えに隙が生じた。誘ってるんだろうなぁと思いながらも打ち込んでみる。案の定、攻撃は寸前で躱された。反撃に備えるが、反撃の構えではない。大丈夫そうなので、隙はないが一撃繰り出してみる。案の定あっさり防がれた。だが、適当に繰り出した一撃だったこともあって予測はできなかったようだ。それを防いだことで隙が生じた。
 何となく、チャンスのような気がする。そう認識した時には既に体が更なる一撃を繰り出していた。紙一重でそれを躱すゴーレム。なんと手強く、小憎らしいことか。
 ゴーレムは大きく後退し、体勢を整えると突進してきた。途中軽く体勢が右に偏る。フェイントだ。それに惑わされることなくどうにか繰り出された一撃を防御するルスラン。やはりかなり怖い相手だと思う。実戦だったら命乞いを始めているところだ。
 そもそも、相手は表情も何もない人形。目線で動きを読むことも出来やしない。冷静なのか怒っているのかもわからないし、何ともやりにくい。
 ゴーレムの構えに隙が生じた。わざとらしくて何か怖いが、一応誘いには乗っておくことにした。ルスランのその攻撃をやはり躱し、今度は反撃に出るゴーレム。凄まじい連撃。怒らせたか。実戦なら死を覚悟するところだ。
 とにかく、距離を詰められると長柄武器のこちらには不利だ。攻撃をやり過ごしながら棒の先を振りかざし牽制する。本物の槍ならともかく、ただの棒では大したハッタリにならない。ゴーレムの猛攻は止まりそうにない。
 ならばと相手の突進する勢いを利用することにした。一旦大きく引き、ゴーレムが突っ込んできたところで大きく前に出ることで、動きが交差し背後に回る。
 ゴーレムも流石に反応が早い。虚を突いたつもりだったが、ルスランと交差する間際には既に態勢を変え始めていたのを視界の端で捉えた。即座の攻撃を諦め、間合いをとりつつ背後からの急襲に備えられるように防御を固めながら振り向いた。
 ゴーレムも即座に攻撃に転じず、落ち着いて体勢を立て直したところだった。なかなか思うように攻撃をさせてもらえない。泣きたい気分になった。
「それまで!」