ラブラシス魔界編

16.魔法のいろは

 夜の盗賊狩りについて、明るいうちに方針を立てることにした。
 地元の自警団にも協力を仰ぐ。それほど頼もしい顔ぶれではなかった。数もやはり少ない。この数少ない戦力がひとまとまりになって見回りをすれば、他の場所は守りががら空きになってしまう。かと言って散らばって警備すれば盗賊たちに一人ずつやられるだろう。結局のところ、どうしようもないとしか言いようがなかった。
 盗賊たちはどこかの空き家に潜んでいるらしいとの話だが、この町は空き家だらけだ。この中のどれかと言われても対象が多すぎる。一軒ずつ回るだけでも大変だが、玄関で声を掛けて出てきてくれるわけもない。この空き家の数なら盗賊一人が一軒を占拠しているような事も考えられる。そうであれば、隠れられそうな天井裏まで徹底的に家捜しして見つかるのは一人、その隙によその盗賊に逃げられる。かと言って隅々まで探さず盗賊にやり過ごされても何の意味もない。
 どこにどのように潜んでいるのか把握できていない以上、隠れ家を狙うのは難しい。やはり、動いているところをとらえた方がいいだろう。
 静かな町とはいえ、決して狭いわけではない。アルトールは渓谷の景勝地、地形も入り組み見晴らしも悪い。そんなところで夜陰に乗じてこそこそと動き回る盗賊を見つけだすのも至難の業だ。しかしそれはあくまでも肉眼での話。アミアに策ありのようだ。
 アミアの得意な魔法の一つに『天上の瞳』というものがある。この魔法は名前の通り上空から見下ろした景色が見える幻視魔法だ。得意と言ってもアミアの魔力ではぼやけた映像しか得られないのだが、魔法で得られる映像に夜の闇は関係なく、動くものには特に鋭敏なので監視や索敵にはお誂え向きでアミアは愛用している。今回もまた、その魔法が活かせる状況だ。
 今夜の作戦は決まった。まず、町の北側に松明を掲げて自警団に見せかけた老人たちを歩かせる。並んで揺れる火を見て盗賊たちは町の南側に向かうはずだ。自警団とルスランたちは町の南側に潜伏。アミアの監視で盗賊の姿を捉えたら忍び寄り急襲する。

 夜。空は雲に覆われ月明かりはない。辺りにはうっすらと霧が漂っている。
 いつもよりも深い闇と霧で視界はいつにもまして利かない。そして、これ見よがしに揺れる町の北側の松明。自分たちが町の南側に誘い込まれていることになどまるで気付かず、気が大きくなった盗賊は道のど真ん中を闊歩している。天上の瞳でその姿は丸見えだ。
 ルスランたちと自警団がその行く手に先回りする。盗賊たちの姿が見えた。思った以上の数だ。噂を聞きつけて日々新しい盗賊の一団が流れ着いているという話もある。この近隣一帯の盗賊の多くがアルトール集結していそうだ。これを一網打尽にできれば大手柄になるかもしれない。
 盗賊は幾手にも分かれて手近な民家に押し入っていく。住人が町を去る時に家財道具を全て持ち出したり既に略奪されたりして何も残っていないことも多い。そんな中、家人が消失し家財道具がすべて残った家を見つけた盗賊が大きな声で呼びかけると、盗賊たちは一斉にその家に入っていった。
 一網打尽にするには今が好機だ。自警団たちを引き連れてその家に忍び寄り、一気に突撃を掛けた。油断しきっていた盗賊たちは泡を食う。逃げ場は窓しかないが、窓を開けて抜け出そうとする暇はない。追いつめられた盗賊たちは抜刀し戦闘態勢に入った。
 群がって粋がったところで所詮はこそ泥だ。手にした武器もナイフが殆ど、中にはどこかの台所でくすねたのが明らかな料理用のものもある。他も鉈や手斧など、武器と言うよりは道具だ。へっぽこの自警団だけならこれだけでも善戦できたかも知れない。
 盗賊も戦いに来たわけではない。できるだけ戦いに参加などしたくはない。そんな盗賊たちの最初の一手は多くが手にした武器の投擲だ。戦いに慣れない自警団たちを怯ませるには十分な攻撃だった。だが、怯ませたところで何になると言うのか。次の瞬間には自分たちは丸腰になってしまう。一瞬怯んだ自警団もそのくらいで心が折れて尻尾を巻いて逃げ出すほどの意気地なしではない。まして、今日は心強い後ろ盾も控えているのだ。
 軽い料理用のナイフなど貧相な自警団の厚手の皮の服さえ貫けずはじき返されてしまう。手斧の直撃を受けて負傷する者はいたが、自警団の義憤に火をつけるばかりだった。丸腰になった盗賊たちは逃げ場のない空き家の中で逃げまどった。連中は自警団に任せておいて大丈夫だろう。
 そんな中、落ち着いてこちらの様子を窺っている一団がいた。少なからず荒事の経験がありそうな様子だ。ルスランたちが相手にすべき相手は彼らだろう。連中も厄介なのがルスランたちだと判断したようだ。互いの視線が交差する。

 アミアの囁くような声がかすかに聞こえた。呪文の詠唱だ。次の瞬間、ルスランの背後から何かが盗賊たちの方に向かっていく。
 他でもない、アミアだった。
 アミアは疾風のような凄まじい速さで敵との距離を一気に詰め、モーニングスターを振りおろす。盗賊はどうにか剣でその鉄球を受け止めた。だが、次の瞬間にはアミアのモーニングスターは横様に構え直されており、すぐさま次の一撃が繰り出された。防御する余裕などあるはずもなく、盗賊の脇腹に鉄球がめり込み、盗賊は呻き声をあげて倒れこんだ。
 人間離れしたスピード、そしてパワー。だが、やり終えて戻ってくるアミアの動きは平凡なのしのしと言った歩き方だった。魔法による力の増強。それがアミアの戦術か。
 先手必勝、まずは一人減った。この早業は盗賊の戦意も殺いだ。完全に怯んでいる。隙も大きい。ルスランとグライムスもこの機に一気に攻勢に出る。
 戦い慣れていても所詮は盗賊。一人、また一人とあっけなく倒れていく。
 一旦引いていたアミアがまた背後から疾風のごとく突進してきた。狙うは首領らしき男。
 振り降ろされたモーニングスターを紙一重のところで躱されるが、間をおかず次の一撃が繰り出される。だが盗賊も先ほど仲間がやられたときのことでそれが分かっていたらしく、先手を打って攻撃に出た。至近距離でアミアの心臓めがけて剣を突き出す。アミアはとっさに体をひねって受け流したが、躱しきれずに肩口に攻撃を受けた。気にするほどの傷ではない。
 盗賊はその勢いを活かして背中を向けたままアミアとの距離を取り、振り返った。アミアはすでに再び距離を詰め、すでに盗賊の目の前でモーニングスターを振りあげていた。先程の一撃で感じた僅かな手応えに、アミアが怯んでいるものと踏んでいた盗賊の見込み違い。
 その一撃を剣でどうにか受け止めた盗賊は次の攻撃かくる前にまた背中を向けて逃げ出した。
 その盗賊の行く手を横から突き出された槍が遮った。ルスランの槍だ。
 盗賊は足を止めた。槍への激突は避けられたが、いいことなどない。姿は見えていないが追っ手は背後に迫っていることは容易に想像ができる。そんなときに足を止めればどうなるかも、また。

 アミアの振り降ろしたモーニングスターが盗賊の肩に命中し、盗賊の首領らしき人物は倒れた。正直、本当に首領だったのかどうかははっきりしない。身につけている服が一番立派だからそう思うだけで、ただ単に一番おしゃれだっただけかもしれない。それならそれでファッションリーダーではある。そうだったとしても、本当の彼らのリーダーもここで倒れている盗賊の中にいるだろう。
 グライムスが今、最後の一人を倒した。戦斧の背で脇腹を殴られ、盗賊は壁まで吹っ飛ばされた。刃を使わないのは殺してしまわないようにだろうが、今の一撃でも十分殺せそうだ。
 逃げまどうこそ泥を含め、かなりの数の敵を倒した。この戦いを振り返ってみて思う。何とも手応えのない雑魚だったと。
「あーもー。なーんか変に手こずったなぁ。大物狙いしたせいで二人しかやっつけてないわ、あたし」
 アミアがぼやいた。そして、ルスランの方に向き直る。
「聞いてたとおり、なかなかじゃない」
「まあ、雑魚ばかり相手にしてたからな」
「雑魚ばかりとはいえ、あれだけの数を前にして迷いも躊躇いもなく踏み込めるんだから度胸もなかなかよね」
 ルスランはアミアの袖に血が滲んでいることに気がついた。
「怪我をしてるぞ」
「うん。こんな雑魚に手傷を負わされるなんて……全く情けないわ」
 倒された盗賊にも負傷で動きが封じられただけで意識がある者は少なからずいる。頭の上で小娘と若造に雑魚を連呼されるのはさぞ切ないことだろう。
「魔法で治した方がいいんじゃないのか。グライムス、あんた治療の魔法が使えたよな」
「ああ、使える。だがアミアが嫌がる」
「えっ。なんでだ」
 その理由を本人に尋ねた。
「よく使われてる治療の魔法の主体は、人体の持つ自然治癒力を利用するための時間経過の魔法なの。ちょっとした傷なんて、唾付けときゃ治るって言うでしょ。その治るまで時間を進めるのが治療の魔法」
「つまり……魔法自体は別に傷を治しちゃいないのか」
「そゆこと。それで、傷って治るまで案外時間かかるでしょ。それだけの時間が一瞬で経過する訳よ」
 魔法のメカニズムなど、考えたこともなかった。戦いに身を置く物には馴染みの深い治療魔法が、そのような仕組みになっていたとはと感心する。時間を進めるなどといわれると、かなりとんでもないことをしていると感じてしまうではないか。
「ふむ。ちょっとした魔法に見えるが結構すごいんだな」
「そ、すごいのよ。そんなのを何度も使ったら……お肌がどんどん老けるわ!」
 極めて真顔で言い放つアミア。どうやら、本当にそれが治療魔法を避ける理由のようだ。
「それで治療魔法が嫌なのか。……下らん。放っておいて傷口が腐ったり痕が残る方が問題だと思うけどな」
「大丈夫よ、いい傷薬があるから」
 アミアは荷物から薬瓶を取り出すと服を脱ぎだした。周りで盗賊を縛り上げていた自警団はぎょっとする。
「おいおい、人前で脱ぐなよ」
「大丈夫よ、シャツは着てるから」
 普通はそのシャツを見られる時点で恥ずかしがるものだが。
「男に囲まれて育ったせいで考え方が男寄りなんだ。気にしないでやってくれ」
 グライムスはそう言うが、無茶な話だ。そもそも、男寄りの考えをする人物がお肌が老けることを気にして治療魔法を避けたりするだろうか。
 何のことはない、彼女はその体を見せびらかしたいだけではないだろうか。以前酔っぱらっていた時も筋肉自慢をしていた。女性にしては、そして魔法使いにしては逞しい肉体を見せびらかしたいのだろう。それなら確かに男性的な考え方とも言えるか。
 アミアの腕の傷は深くはないが割と大きく切れていた。血を拭き取って薬を塗るが、溢れ出る血で全て流れてしまいそうだ。
「これは止血しないと駄目だな」
 幸いここは普通の民家、清潔な布もすぐに見つかった。ルスランは見つけた布をアミアの腕に固く巻き付けた。
「へえ、手慣れたものね」
「訓練の中で応急手当も練習するからな。……女相手にやるのは初めてだが」
「あら、うふふふ。女の子の体に触るのも初めてだったり?」
「……さあ、どうだろう」
 つい先日自分がルスランに触られまくったことは、酔っぱらっていたせいで記憶にないようだ。憶えていないならその方がいい。父親が目の前にいるのだからなおさらだ。
「それより、面白い戦い方をするな。あのスピード、魔法によるものだろ」
「分かる?あたしって魔法使いとしてはギリギリだからね。それでこういう使い方に落ち着いたのよ。自分にかける魔法は魔力が弱くても効果が大きくなるから」
 そう言えば朝そんな話を聞いたばかりだった。グライムスが口を挟む。
「俺がガーゴイルとの戦いで使った自爆魔法も同じ発想だ。自分自身の体力を源にし、ゼロ距離を爆心にすることで最大の効果を生みだしている」
「あたしの発案よ」
 自慢しているのだから当然だが、自慢げだ。
「俺もそう言う使い方をすればあってないに等しい魔力を多少はいかせるんだろうな」
 ルスランの呟きをアミアは聞き逃さなかった。
「あら、あんたも魔法使えるの?」
「使えると言っていいレベルかどうかわからないけどな」
「使ってないからでしょ。筋肉と同じで使っていればそれなりにはなるわよ。あたしがあんた向けの魔法、考えてあげよっか」
「いいのか?助かるよ。……でも」
 ルスランはグライムスに向き直って言う。
「こう見えて結構世話焼きなのか?」
「どう見えるってのよ」
 本人に言いにくいからと言う相手を変えたが、顔の向きを変えたくらいでは本人に丸聞こえだった。
「それもあるが、あれこれ考えて工夫するのが好きみたいだな。こう見えて」
「パパまで……。どう見えるってのよ。手当してくれてるし、そのお礼代わりよ。借りは作りたくないからね」
 そして、グライムスに向き直って言う。
「それと、あたしは魔力があんまり強くないから他の人と同じことをしてても取り残されちゃうから必然よ。なにもかも中途半端だから使えるものは使わないと」
 魔法使いとしてはギリギリの魔力と、労働が過酷なだけのジョアンヌに負ける程度の筋力。一般的にはその程度でも満足できるものではあるが、彼女にはそうではないのだろう。ともあれ、向上心があるのはいいことだ。

 傷の手当てが済み、早速ルスラン向けの魔法を考えてもらえることになった。だが、それには準備がいるという。
 ルスランは自分に魔力があることを確認した程度。自分にどんな魔法に対する適性があるのか知らない。まずはそれを調べなければならないのだそうだ。
 幸い、学校にそのための設備があるそうだ。早速学校に向かうことにした。自警団によるとすでに鍵は壊されているのですぐに入れるという。それならそれで設備が盗み出されているのではないかとも思ったが、行ってみると無事だった。壁に埋め込まれて設置されているので盗みようがなかったらしい。
「なんか、夜の学校って怖いわね……」
 自分から言い出しておいてアミアがぼやいた。
「よく分からない呪術の道具もあるしな。……ここで3人死んでるわけだし」
「え。3人って……もしかして先生が殺されたの、ここなの」
 先生とはアドウェン先生か。そう思うルスランだが、ジェシカも教鞭を執っていたし、メイソンも薬草学の講義をしていた。全員先生と呼んで差し支えないし、アミアもそのつもりで言っていた。
「校庭だ」
「パパー!言ってよー!そう言うことはちゃんと言ってよー!早く言ってよー!」
 ルスランが教えてやると、アミアは父親に向かって喚き始めた。
「誰に殺されたのかは聞かれたがどこで殺されたのかは聞かれてない」
「だっておうちの方に派手にやり合った痕跡あったし!誰だってそこだって思うじゃないのさ」
 そこでは大量のガーゴイルと戦ったが、死人は出ていない。しかし、勘違いするのも仕方がないだろう。
「んもー。来ちゃった以上、とっとと終わらせるわよ。まずはこれ!」
 不機嫌になりながらも、やる気を出すアミア。
 壁の凹みに金属の棒が上下に二本、水平に渡されている。中央には紋章の書かれた石盤が据え付けてある。その左右に水晶玉が棒一本につき一つずつ、計4つ串刺しになっている。
「属性と魔力の強さを調べるテストよ。……魔力の強さは大雑把にどのくらい?」
「辛うじてあると言っていい……その程度じゃないか」
「ほとんどないわけね。大丈夫よ、それでもちゃんと調べられるから。そこの石盤に手をおいて、下に書かれている呪文を読み上げるの。……字は読める?」
「当たり前だ」
「それなら何の問題もないわね。じゃあ、手始めにあたしが見本になるから」
 アミアが呪文を唱えると、四つの玉がそれぞれ右や左に動いた。
「この玉の動きで属性が分かるのか」
「そゆこと。強い属性を持っているほど反発して遠くに弾き飛ばされるってわけ」
「……どうみても引き寄せられてるのもあるが、これは何だ」
「逆属性よ。反属性も言うわね。4つの属性には対になってる逆属性があるの。あたしのこれは地属性の逆だから天属性。雷とかがその属性だから、あたしは雷撃魔法も得意ってわけ」
「地の逆は風じゃないのか」
「4属性だとそう言う配置になるし、確かに性質的に遠いからよく勘違いされてるけどね。ま、細かいことはいいわ。やってみて」
 そう言うとアミアは先程自分が動かした玉の位置をそろえた。アミアが試して見せた時よりもだいぶ手に近い位置で揃えられている。
「もしかして魔力の強さでこの玉の位置を調節するのか」
「よく分かったわね」
「さすがにそのくらいはな」
「本人から魔力がないに等しいってお墨付きをもらってるから、遠慮なく最低レベルにさせてもらったわ。これであんたが謙遜してたら水晶玉が勢いよくスコーンパリーンで弁償ね」
「……もう少し遠いところから始めてくれないか。謙遜などまるでしてはいないが、万が一ってのがな。弁償は嫌すぎる」
 冷静に考えれば、すでに弁償すべき相手もいないのだが……エイダにでも弁償するのだろうか。とにかく、改めて準備は整った。ルスランも見よう見まねで呪文を唱えてみる。
 うっすらと水晶玉が光った。が、ぴくりとも動かない。
「何だ、失敗か?呪文が間違っていたのか?」
「水晶玉が光ったでしょ。だから呪文は合ってるわ。……あんたがこれっぽっちも謙遜なんかしてなかったことが証明されたわね」
 最初の位置に水晶玉がセットされた。素直にここから始めておけばよかったのだ。
 再び呪文を唱える。水晶玉は先程よりも強い光を放ち、カタカタと音を立てた。光が収まると今度こそ……いややはり動いていない。
「なんでだ!そんなに弱いのか、俺の魔力は!」
「ちゃんと水晶玉が反応して光ってたし、そう言うことじゃないと思うんだけど。……そうだ、パパもやってみてよ」
 渋々グライムスもつき合わされた。ルスランが最初に試した位置に水晶をセットし、手を添えて呪文を唱えた。水晶玉が微かに光って目に見えて動いた。特に風の属性を示す水晶が大きく引き寄せられて動いた。本人たちはもう知っていたが、風の逆、静属性だ。
「今の光り方でもこのくらいは動くわよねぇ……。もしかしてあんた、属性ないんじゃないの。そうよ、きっとそうだわ」
「これだけ引っ張ってこの結果は悲しいものがあるな……」
「そんなことないわよ。無属性って結構珍しいんだから。100人に一人くらいしかいないのよ」
 それほど貴重に思えない微妙な数字なのも何ともだ。
「どの属性も逆属性も含めて使いこなせるから複雑な複合魔法を使いこなすすごい魔導師になる人も多いの。何せ苦手がないんだから」
「魔法使いになればだろ。ひとまずその気はないんだが」
「そこで次のテストね。あんたの魔力の許容量……魔導師としての才能を調べるテストよ。この結果次第じゃ魔導師に転向した方がいいかもしれない。それならいっそこれまでもあたしらと一緒に魔法を習うべきで、これまでもあんたの人生はとてももったいなかったということになるわ」
「今までの人生が無駄だったかどうかのテストかよ」
「今以上の可能性があるかどうかのテストと言った方がいいかしら。このテストはさっきより簡単よ。まずはあっちの魔法陣の中でゆっくり十数える。その後すぐにこっちの水晶玉に手を置くの。あとは結果が出るのを待つだけ。さあ、やってみて」
 それだけなら簡単だ。深く考えもせずにとりあえずやってみるルスラン。
「これは体の中にどのくらい魔力を溜められるかを調べるテストね。修行によってもある程度は伸ばせるんだけど、基本的にはどのくらいエルフの血を受け継いで生まれてきたかによって先天的に決まっちゃう要素なの。修行での伸び易さにも直結してるわ。才能さえあれば、今からでもあたしなんか簡単に追い抜いちゃう」
 話を聞いている間に十を数え終わり、ルスランは水晶玉に手を置いた。水晶玉の周りにあった水晶の針の先に一つまた一つと光が宿っていく。やがて変化が起こらなくなった。ルスランは光を数える。
「7つか。もしかして結構なものか」
「駄目ね。10本全部の先端に光が灯ったらようやく本番の百まで数えるコースに入れるんだけど……。一応、3本から使いものになるレベル、5本から辛うじて魔法使いの素質ありって感じね。あたしの倍努力すればあたしくらいにはなれるわ。そこまでしなくても朝晩のトレーニングくらいはしておくといざって時には役に立つんじゃないかしら」
「そうか。なんか中途半端な感じだなぁ。でも10本光った後はどうなるんだ?見てみたいな」
「……期待を込めた目でこっちを見ないでよ。あたしがその10本以上を自慢げに見せてくれるとか思ってるんでしょうけど、あたしも一般人レベルよ。何年もがんばってようやく9本目の先っぽがうっすら光るようになったところ」
 拗ねた顔をするアミア。思えばさっきの倍努力すればなどという話をしていたときの勝ち誇った顔は自分にも勝てる相手を見つけたためだったか。
「それじゃさ。エイダさんはどうだったんだ?」
「あの子はすごいわよ、流石って感じ。最初から百数えてて、しかも2段目まではあっと言う間に光ったわ」
 どうやら、10本まで先端が光った後は折り返して中程が光り出すようだ。よく見ると針はそれぞれ根本、中間、先端の3つの部分に分かれている。針によってそれぞれの部分の長さや太さも違う。ルスランがどうにか光らせた7本目と隣の8本目では先端の大きさがだいぶ違う。一本の差でもかなり大きな壁がありそうだ。
「3段目の真ん中くらいまで行ったわね」
 針の体積が単純にそのまま魔力に比例しているなら、それこそ根本一つだけでもルスランの百倍はありそうに見える。
「俺とは本当に同じ人間なのかと思うほどの差だな……」
「あたしとも同じことが言えるんだけどね……。ま、あの子は特別よ。血自体も優秀だけど、生まれてからもいろいろやってるからね。森のマナ水飲んで育ってるんだから」
 エルフたちを生み出し育んできた森を満たす、ヴィストから流れてくる水。魔峰ヴィストは世界の、そして魔境の中心に存在する連峰だ。魔族や魔物を生み出すほどの濃厚なマナも薄まっているとは言え、人体に変化をもたらすには十分だ。森の奥深くで汲まれた水は魔力を高めるための、そして失われた魔力を補充する為の薬として魔導師たちに珍重されている。
 森から流れ出た川の水はマナこそだいぶ薄まっているが、その分安く手に入る。砂漠で清水を買う程度の値段だ。飲み水に困るわけでもない場所で水にそれだけ金をかけられるゆとりある暮らしが見て取れる。
 その水は少し飲んだくらいでは何ら影響はないが、常飲すれば体質にそれなりに影響が出る。はっきり言って出費に見合うほどの影響ではないはずだ。しかし幼子の頃からならその影響もいくらかは大きくはなる。
 優秀な血を受け継いだ上にできることはやってきたエイダと、自分に魔力があることを最近知ったばかりのルスランでは比べようなどあろうものか。
「それでさ、俺なんだけど。……一般人レベルで無属性ってどうなんだ」
 アミアは少し考えた。
「ただでさえ強いわけでもないのにその中で秀でたものさえない……。どうしようもないわよね」
「それじゃ、俺向けの魔法を考えてくれるって言う話はどうなる」
「それは別に、どうにもならないわよ」
「やっぱりどうにもならないか……」
 ガッカリするルスランだが。
「そういう意味じゃないわよ。得意がないのならそれなりの方法もあるから問題ないってこと。そうねえ、得意がないからこそあらゆる属性の強化魔法を覚えて状況に応じて使い分けられれば最高なんだけど」
「……努力するか」
「努力して頂戴。それで、強化の魔法なんだけど……主要なものだけでも結構あるのよね。全部説明するの、面倒だわ」
「そこはぜひ努力してくれ」
「えー、やだぁ……」
「おい」
 人に努力してなどと言っておいてこの言いぐさは何事か。

 ひとまず、方針が決まったところでこの暗く静かでいかにも何か出そうな学校から引き上げることにした。
 盗賊は壊滅した。これで宿代はタダだ。
 どうせ空いている宿。一人一部屋使っても誰も文句は言わない。
「なのに、何で全員一部屋に泊まることになってるんだ」
 宿の交渉を言い出しっぺのグライムスに任せ、案内された部屋が四人部屋だったことにルスランは驚いた。
「だってあんた、今夜はこれからみっちり魔法のお勉強するんでしょ」
「まあ、そうしてくれると助かる」
「だったらさ。あんたがあたしの部屋に教わりにくるか、あたしがあんたの部屋に教えに行くかしなきゃならないでしょ。どっちにしても乙女としては操の心配しちゃうわけ」
「あ、一応まだ乙女だったんだ……」
 以外と身持ちは堅かったらしい。それならそれでルスランだけ別部屋にして招く手もあるが。
「めんどくさいわ。それに、堅苦しい魔法の話が済んだらごろ寝しながらおしゃべりできるでしょ」
 貞操は守りたいが男とおしゃべりするのは吝かではないらしい。
 ルスランとしても、どうせグライムスも一緒だしアミアの様子なら迫られることもないだろうと安心し、相部屋を了承した。
 宿について夕食を済ませるやいなや、グライムスはさっさとシャワーを浴び寝間着に着替えてベッドに潜り込み、アミアがシャワーを浴び始める頃には高鼾で眠りだした。娘の貞操に興味がないのか、はたまた大丈夫だと高をくくったか。
 ルスランもシャワーを浴び部屋に戻ると、早速アミアによるレッスンが始まる。アミアが頬をほのかに赤く染めながらそばに寄ってくる。
「じゃあ、始めよっか」
「……これから始めるってのに酒を飲んでるのかよ」
「素面でやるようなことじゃないでしょ」
「むしろ酒盛りしながらする事じゃないと思うんだが」
 ルスランの不安は募るが、ちゃんとレッスンは始まった。酒盛りも始まる。
 無属性で取り立てて秀でたもののないルスランに何を教えるのか。アミアの決断はこうだった。
「ええとね、ひとまずあたしの得意な奴だけ教えてあげるわ」
 何でもいいのだから、自分が使い慣れたものを教えておけばいいやという考えだ。
 アミアの属性は火、そして天。熱につながる火属性の強化魔法は筋肉に熱を与えて活動力を向上させる『活力の火』、先ほどの戦いでも見せた天属性の『迅雷』もまた筋肉に働きかける魔法だが、こちらはより瞬発力に強く影響し素早さを高める。たまたまとは言え何とも攻撃的な、そして武器を振り回す戦い方に合った強化魔法だ。
「サービスでもう一つ、一番あんた向けかもしれない魔法も教えてあげるわ」
 『血の欲望』、あらゆる能力を高める究極ともいえる強化魔法だ。すべての属性を含むため、無属性の術者が使えばその特性を最大限にいかせる。多くの場合は個々の属性を打ち消し合い無属性化できる魔導師団が施術し、全軍に向けて広範囲に展開することで手っとり早く軍隊全体を満遍なく強化できる。個人に向かって使えば驚異的な超人にすることができるだろう。
「それを俺が使うとどうなる」
「……全体的に、変化が分からない程度に強化されるんじゃないかしら」
「何の意味があるんだ、それ」
「戦いにおいて僅かな差が勝敗を決めることは珍しくないわ」
「まあ、それはその通りなんだが」
 とりあえず何も考えずに使うには向いてるのか。
 ほかの属性だとどんな強化魔法があるのかざっと説明し、興味があったら自分で調べなさいと放り投げた後、アミアにとっては本題なのだろう雑談が始まった。
 結局のところ、アミアは自分語りがしたいだけのようだ。適当に相槌を打てばいいので楽だ。
 アミアは幼い頃に母親を失い、それ以来父親のグライムスが一人で育ててきた。傭兵稼業だったグライムスはアミアを知り合いや教会に預けて仕事に行くことも多かった。そんな寂しさや不安に耐えかね、せめてグライムスのそばで見守れるよう、自分の身は自分で守れるように鍛え始めたのが最初だったという。
 グライムスの仕事場に連れていってもらえるようになったのは一人の夜の寂しさを何とも思わないくらい大きくなってからだったが、その頃には目標は傭兵稼業を継ぐことに変わっていた。自分に魔法の力があることを知っていたアミアはそれを活かすため、魔法学校への通学を決意。学費を稼いでは学校に通っていたそうだ。苦学生だが、移動やひたすら敵を待っている間など、予習復習に当てられる時間も多かったし、覚えたことをすぐに実践できる機会も多かったので学習が遅れることはなかったという。
 そしてこれまでの話でアミアが伝えたかったことは、あたしこう見えて努力家で優秀なのよ、ということだった。
 ここからは武勇伝だった。ルスランもそういう話は嫌いではない。聞いていると、主にグライムスの凄さがよく分かる。さすがはかつての英雄だ。そして、猛者がいると周りが輝けない。
 学校は学校で、努力したところで決して越えられない天才と言っていいだろうエイダがいる。日陰から出られない定めだというのか。
 酒を飲みながらそんな自分のことを語ってもグチっぽくなることもないアミア。本人がこれで満足しているのならこれで良しとしておこう。
 酒が入りより絶好調になっていくアミアの自分語りだが、ルスランの眠気も絶好調になってきた。思えば、大きくなってからは初めての女の子と同じ部屋で眠る夜、そして眠りにつく間際まで語らう貴重な夜は、色気も何事もなく静かに終わったのである。