ここは中央。
機軍対策情報局前線調査部解析研究課の朝は慌ただしい。各地から届いた機兵サンプルが夜のうちあるいは朝一番に届く。そうして溜まったサンプルの山を一気に処理していくのがポーリンの朝の仕事だ。
ポーリンはかつて1係ではなく3係にいたのだが、3係はある日突然ド派手に要塞がらみの暴露話をぶちかましてそのまま夜逃げした。ポーリンはそれに家族を置いてはついて行けず同僚のディラックとともに1係の預かりになっている。彼らは元々1係の仕事の応援に駆り出されることが多かったので自然にメンバーに組み込まれ、これまでと同じように仕事をしている。
逃亡した同僚について中央政府軍に問いつめられるかと思ったが、特にそのようなこともなかった。中央政府軍もそれどころではないのか、二人ほどこちらに残ったことに気付いていないのか。
そもそも、情報局は中央政府軍の外部機関ということになっているが、前線部隊との接点が多く立場も考え方も前線寄りでそれこそヘンデンビルほどの反逆者を生み出すほどに中央政府軍に対し反抗的だった。なので中央政府軍もまともな答えが返ってくるとははなから思わないのかも知れない。何にせよ、最近周囲がどたばたしているくらいで平穏である。――とはちょっと言い難いくらいには忙しいのだが。
普段であれば解析研究課の仕事はさほど忙しい仕事ではない。ここの仕事は基本的に名前通りに機兵の鑑定と解析、研究になる。特に前線から送られてくる新型機兵の解析が重要な業務になっている。
そうそう新型の機兵は現れるものではないが、いつも見かける機兵と違うものが混ざっていると、それが新型なのかどこからか引っ張り出された旧型なのかは分からない。そして、慌ただしい前線で丹念に過去の機兵のデータベースと照合している余裕はないし、見た目だけで判断して見た目が似ているだけの別物だと厄介だ。なのでよく知らない機兵を見かけたらとりあえずサンプルとして送ってくるのだ。
機兵は飛行機兵、多足機兵などなど大雑把な分類の下に駆動機関の型式でさらに分かれている。その型式によって性能がたとえばスピード重視型やパワー重視型と言ったように少し変わってくる。型式そのものは稀にマイナーチェンジ程度の新型が登場しその一方で旧式が廃れるということが起こりはするものの、基本的に大きな変化は起こらない。
厄介なのは、この型式ならこの外見というのが決まっていないことだ。機兵は要塞で製造されていることが大半なのだが、要塞ごとにデザインが独自に変化する。要塞ごとにデザインの傾向なようなものがあって、機兵を見ればどこの要塞で作られたか大体予想ができる。とは言えどこで作られたかはさほど重要ではない。普段ならほぼ戦闘中の要塞のものかその隣からの応援部隊しかいないし、どこから来たか分かったところで性能がわからないと話にもならない。
同じ要塞が製造した同じ型式の機兵のデザインは統一されているのだが、その一方過去に他の要塞で製造されたもので似たようなデザインがあってもほぼ中身は別物なので参考にはできない。そのため過去と似たようなデザインの機兵が出てきても、結局は搭載されている駆動ユニットの型式を判別する必要がある。逆に、今までとまるっきり見た目の違う機兵が出てきても調べてみたら今までいた機兵と性能は大差なしという事も多々ある。
このデザインにより同じ型式でも例えばごてごてしたデザインの分鈍重だが頑丈になったりとか、脚部のデザインにより機動力や安定性が変化したりと誤差程度の性能変化が起こるし、更には装着された兵器との相性もある。大した差に思えないだろうが、その誤差を侮ると戦局だって左右されかねない。敵の射程外から攻撃しているつもりが射程に入っていてやられたり、逆に射程が想定より短く実はもっと近くから攻撃すれば無駄玉が減ったはず、なんていう事態になるわけだ。
機兵を見た目で判断できないのは先述の通りだが、駆動機関の型式だけ判明してもこう言った要因で正確かつ詳細なスペックまでは割り出せない。動いている機兵を見ていれば性能など段々判ってくるものとは言え、それでは相手の特性を把握するまでに何人の犠牲が出るか分かったものではない。見慣れない機兵を見かけたら迅速に対処法を割り出すために速やかにサンプルを中央の研究所に送るのが慣例なのだ。
他にも、ごく稀に外見はほとんど変わらないが中身が別物という新型が発生するようなイレギュラーな事態も起こりうるのでランダムにサンプルを送ってもらったりしている。デザインの方向性は要塞ごとに違うが、要塞によって似ることもあり、例えばラザフスとかつて前線だった頃のパニラマクアで見られた機兵のデザインには類似性が見られていた。まあ、現在の北方の状況ではパニラマクア製の機兵が出てくるとは思いにくいので今のところは関係ない話ではある。
それよりぶっちゃけて言うと、普段はほぼ無駄でもそういうものを調べていないとすることがない。何せ本当の新型は月に一つ出ればいい方、見慣れないあるいは久々すぎて忘れていた近隣要塞からの応援機体だって十日に一度あるかないかだった。ただこれは割と独自研究による経験則的な一面もあって、研究所内では知られていても公式に認められた常識ではない。だからそれを元に余計なサンプルを送る必要なしとも言えない、と言う建前で暇潰し用に送ってもらっていた。
そういったサンプルをひたすら調べるわけだが、調べ終わったサンプルはたまにある新型以外はすべてゴミである。新型もデータ採取と研究が終わりかつ出現頻度が増えてありふれたものになってくればやはり用済みのゴミである。ゴミは処理場に運ぶわけだが、機兵はリサイクルなど考慮しない雑然とした構造なので中央の処理場は処理できない。結局専用の処理施設を持ち機兵スクラップを資源にできる前線に送り返すことになる。
しかし処理場サイドでもその優先度は相当低く、処理場の倉庫がいっぱいになるまで溜めてからまとめて送り返すような運用をしていた。しかし最近は戦況の混乱ぶりもあって送り返すための輸送機がなかなか確保できず、処理場の倉庫もいっぱいで引き取ってもらえないのでサンプルのスクラップは溜まる一方だ。
非常に悪いのはその状況の混乱ぶりのせいで送られてくるサンプルまで激増したことであろう。普段の機軍の動きは隣かせいぜいその隣の要塞から増援をかき集める程度なのだが、パニラマクアの混乱以降は南方戦線から長い距離を移動して北方へ、あるいはその逆と言ったことがちょくちょく起こっており、そうなると南北の機兵が入り混じり、大部分が初見の機兵になるのだ。
無用の混乱を防ぐため普段は遭遇することのない遠方の機兵のデータは所有していなかった前線に、ひとまず南方には北方の、北方に南方の機兵情報を提示しておけば一件落着。そう思ったのも束の間、次は機軍本拠地・ラブラシスシティから徴発されたらしき完全に初見の古びた機体まで現れた。そんなのまで引っ張り出して機軍側もてんやわんやになっているのが感じられるが、こっちも巻き添えでてんてこ舞いである。
こんな事態なので暇潰しに解析するための代わり映え無い機兵サンプルは早々に止めてもらっているが、その倍くらいは要解析のサンプルが届いている。この調子ならいずれにせよ暇潰しのサンプルなど積み込む輸送船のスペースはなかったので、黙っていても自ずと要解析サンプルと置き換わっていただろう。
やらなくていい暇潰しと違ってこれはやらねばならぬこと。これまでは解析も優雅な朝のミッションという感じだったらしいが、ポーリンが合流した時点ですでに午前中は必死にこれを片付けるような有様だった。つい先日までは午後にまでもつれ込んでいたが、最近はまた落ち着いて午前中には片付くようになっていた。落ち着いてようやくこれである。
その忙しさのせいでスクラップの処理は後回しになっており、巨大倉庫がいくつもスクラップで埋まっている。倉庫は郊外の余っている土地に簡単に建てられるので申請を出せば簡単に了承される。というかこれすら了承しないと行き場の無いスクラップを中央政府軍の基地に周囲に積み上げられても文句しか言えないだろう。
置き場の心配はなくとも、ただ溜めて置くわけにもいかない。いつか処理せねばならない。しかしそんなことを考えている余裕はこちらにはなかった。
軍の上層にもどうにかしろと訴えてはいたが、これまた優先度が低くて後回しにされたままである。まあ昨今の情勢を鑑みれば無理からぬ。と言うかその原因の一端がポーリンにとっての古巣であるここの3係なので文句も言えなかった。そのせいもあってスクラップのための輸送機の確保を中央政府軍が妨害しているのではないかと思えるほどだ。
そればかりか中央政府軍からはどうせ中央政府軍に逆らっている連中なのだからサンプルの受付をやめてしまえとも言われているが、さすがにそいうわけにはいかない。お偉いさんからは気に入らなくても奮戦している最前線、気軽に見放して敗戦に追い込むことになったらどうするのか。
と言うか軍のお偉方は思い通りに動かない前線の粛正に機軍を使おうとしている節がある。そんなのに荷担したくなどない。それで前線が壊滅しいなくなった戦力の補充として自分たちが徴兵される恐れすらある。そしてそんなのに荷担したとなれば最近では前線地帯のみならず中央でも評判が悪くなっている中央政府軍諸共悪者扱いは免れない。
そんな事よりも、だ。この業務は主たる業務である。これをやらずして何をしろと言うのか。実質空き時間の利用であるところの、それこそ3係の調べていたバルキリーと違って一般的な機兵はもう既に調べ尽くされているのにだらだらと続けていた自主研究とは違うのである。
そもそも研究対象になるべき新型はサンプルの解析でこそ見つかるのだ。それさえやめてする事の無くなった暇人の集団などそれこそ厄介払いに前線送りもあり得る。上のお達しに逆らって鑑定分析を継続するのも不興を買う恐れがあるが、そのお達しは飽くまでも提案であって命令ではない。ならばと仕事してますよ感のアピールもできる鑑定作業の継続を選んでいる次第である。
結果として元サンプルのスクラップが溜まり続けていたのだが、最近ではその状況も改善されてきている。と言うか慢性的に溜まり続けていたスクラップも大分片付いているのだ。
『おはようございまーす、廃棄物の回収でーす』
それもちょっと前から時々現れるようになっていたこの回収班のおかげだ。自動か遠隔操作だろうカートとして現れては積めるだけスクラップを積んで行ってくれていたのだが、もっと沢山持って行ってもいいんだよ、むしろ持って行ってくださいお願いします。そんなことを言ったら本当に毎日来てはその日の分を全部持って行ってくれるようになった。
そればかりか方々に確保してあった倉庫に積まれていたスクラップさえも回収されている。これはもちろん研究所の上の人が許可を、あるいは回収の要請を出した結果だろう。まあ勝手に持って行っているのだとしても文句はない。
この回収班は従来の処理場とは関係ないらしく、回収されたスクラップの移送先も別である。大型倉庫だった場所に運び込まれていくのだが、倉庫内でスクラップの処理まで行われているようで大量に運び込まれているはずのスクラップが溢れ出てくるような様子もない。
少し驚いたのは、一体どこの所属の回収班なのか気になって倉庫の所有者を調べたら研究所になっていたことだ。確認はしていないが多分スクラップ収容のため確保した倉庫の一つだろう。
研究所が自分たちでスクラップの処理ができるように設備を導入したのかと思ったが、それならさすがに自分の所にも話がくるはず。さらに上司も詳しい話は知らない模様。
何でも最後にその倉庫を使っていたのは3係で、問題となった殺戮機兵の研究を行っていた場所でもあるようだ。その倉庫がスクラップの処理場になっているというのは、3係の帰る場所を徹底的になくしてやろうという上層部の強い意志を感じずにはいられない。
それにしても、研究所が所有している倉庫がこんな事になっている点について課長は忸怩たる思いを抱えているのではないか。
「いんや、別に。スクラップ処理してくれるならなんだっていいよ」
プライドはないのか。しかしプライドを捨てて実利を考えれば全くその通りなのだった。ゴミ置き場の一つがどうなっても別に困らないし、そこでゴミが処理されて減っているのならありがたい。プライドといっても大したプライドもないし、問題ないとしか言えなかった。
おまけにオペレーターのおねーちゃんと世間話も楽しんでいる身で、今更プライドのために文句など言えたものではないのだった。
願わくば、オペレーターのおねーちゃんが軍上層に繋がっていてこれまでに垂れ流した愚痴をチクったりなんて事が無きよう――。
オペレーターのおねーちゃん。
そんなものは幻想でしかない。何せポーリンが話していた相手はバルキリーなのだから。
3係が反逆しバティスラマに逃亡した時点でその倉庫もスクラップ中心のがらくただけが残され、その後片付けもされず放置されていた。そのがらくたの中にバルキリーが混じっていたことなど誰も気付かず、そのバルキリーはがらくたを餌に成長し、増殖し――。
ヘンデンビルらが逃亡する際に、バルキリーはここに残った。本体は別にあるし残ったバルキリーが見つかって始末されても大した痛手ではない。中央での情報収集や協力者の捜索や支援などができればいいな。そのくらいの気持ちで残して行ったのだ。
ヘンデンビルたちの造反で倉庫にも手入れがあったものの、潜んでいたバルキリーは見つからなかった。まあ、当然だろう。見るからにそして事実ただのゴミであるスクラップの山を一つずつ調べるほど暇ではない。このスクラップは研究所の別な倉庫から持ってきたことはデータも残されていて明らかだし、調べる必要性を感じないのだ。人間がこんなものの奥に隠れているとも思えないし、こんなところに何かを隠すにしても取り出す手間を考えると現実的ではない。
こうして最初の捜索をやり過ごしたバルキリーは、とりあえずスクラップを使って力を蓄えた。スクラップを食いつぶすと回収ロボットのふりをしてさらにスクラップを集め、それを餌にさらに成長した。かつては倉庫であり、一時的に要塞核分析のために使われたこの施設はスクラップ処理施設の皮こそ被ってはいるが今やレジナント要塞核を軽く越えるサイズとスペックの巨大バルキリーになっているのだった。
さすがに、上層部もこの動きに気がついた。しかし、動きに気付いたからといってバルキリーの存在にまで気付いたわけではない。気付いたのは研究所がスクラップ処理を行っていることまでだ。
そもそもは劣勢だったはずのレジナントの逆転陥落から始まった異常事態の波により戦況が全く読めなくなり、機軍側も従来ならありえないような手を打ってくるため対応にてんやわんやだった。そんな中、前線から送られてくるサンプルが多すぎて調査済みサンプルの片付けが追いつかない程度の要請に応える余裕はない。
ここで一応サンプル送付の慣例を軽く説明しておくと、前線で発見されたデータのない機兵はひとまず送るということになっていた。
データといってもここ数年の交戦データだ。通常なら機兵は要塞で造られてその要塞周辺だけを行動範囲とする。年に数回微妙なマイナーチェンジがあったり新型が現れたりするほか、近隣の要塞から増援が来ることもありそれも見慣れない機兵ということになる。これも頻度は少ない。
最前線の都市は防衛ラインに外郭基地を数ヶ所設置している。スピード性重視でサンプルの送付はその外郭基地がめいめいに行うのでそれぞれから同じものが届くことも多いが、せいぜい月に一回あるかないかだった。その位なら余裕である。
しかし、最近は言ってしまえばしっちゃかめっちゃか。パニラマクア暴走の時の機軍の動きを考えればそれも納得だ。
突然どこからともなく現れた大量の機兵がラザフスの機兵と共にグラクーを強襲し、その後一斉にいなくなった。その直後にパニラマクアに大量の機兵が現れている。グラクーを襲った機兵も出所は不明で機軍本拠地に近い所から招集されたと推測されるし、その後ラザフス要塞から消えた機兵もパニラマクア援軍として駆り出されたことが考えられる。各地の機兵がここで一旦まぜこぜになっているはずだ。
おまけに機軍のその時の敵は暴走した要塞核・バルキリーだ。人類相手に使う機兵だけではなく新たな機体も多種投入され、それらがそのまま各地に散ってグラクーやレジナントに現れたのだろう。出現した機兵は半数以上が初見の機体、多くは反対側の戦場で一般的な機兵だったが研究所にとってさえ完全に初見の機体も散見された。
そんな状況、しかも激戦のさなかでサンプルの選別などと悠長なこともやってられない有様でここ数ヶ月で数年分のサンプルが送りつけられ、至急の鑑定すら悠長にやっていられない有様。物凄い勢いで増えていくスクラップの片付けまで手が回らないのも無理はない。しかし、中央全体で見てもスクラップ処理班の増員やら処理施設の増設などに労力やリソースを割ける状況でもないのだ。後回しにせざるを得ず、上層部も再三に渡る要望をスルーし続けてきた。
さすがに完全に無視もできないため、研究所には前線に対してサンプルを送るのを止めるように通達を出す許可を出しておいたが、無駄もいいところだ。上層部からの命令ではないのがポイントであり、あくまで研究所が前線を見捨てたような構図になる。もちろん許可が出たからと言ってそんな通達を出せるわけがない。
そもそもこの許可について知らせにきた司令官も、これは上が言っていたことだと強調し、自分はただの伝令で決定には関係していないとあくまでも高圧的ながらどこかちょっと媚び遜るような、プライドと好感度の狭間で揺れ動く態度を見せていたものである。
上の決定に逆らえるわけもなく、さりとてこの決定は前線に危機をもたらす未知の機兵を放置せよと言っているようなもの。確かに以前より中央政府軍には、カントナックやマクレナンなど優秀だが従順ではない厄介な人材を前線に送り込んで使い潰そうという意図が見えていたし、ヘンデンビルなど逃亡者も逃げ込んでいる。これでその厄介者を潰せれば政府軍としては清々するのだろうが、その結果人類が危機に陥ったらどうするのか。最悪その責任まで伝令役に被せられやしないか。そう考えれば件の司令官の迷いに溢れた態度も解らなくもないのだった。
そんなこんなでスクラップの処理はひとまず諦めていたが、事態は思いもよらず好転することになる。偶にやってきては手元にあるスクラップを回収していたカート――に扮したバルキリーである――にグチってみたところ、スクラップを引き取ってくれることになったのだ。
バルキリーは当初、情報収集のためにゴミ回収を装って通っていた。スクラップは倉庫一杯に詰まっていたので回収はあくまでも口実でしかなかった。
しかし溢れかえるスクラップの愚痴が出る頃になるとこちらのスクラップは順調に使い潰し、倉庫は結構すっきりした感じになっていたのである。何に使ったのかはひとまず気にしない方向で話を進める。
倉庫一杯のスクラップを空にする勢いで消費していたバルキリーは更にスクラップを必要としていた。行き場の無いスクラップが貰えるなら重畳である。利害が一致したことで研究所が持て余していたスクラップも消費され始まったのだった。
上層部がその動きに気付いたきっかけは再三に渡っていたスクラップ処理に関する要請がいつしかぱったりと止まっていたことである。
要請を突っぱね続けた理由はシンプルに上層部がきりきり舞いでそれどころじゃなかったからである。現場もてんてこ舞いだろうが、どうにもしてやれなかったのである。それでもさすがに直接要請を受け続けていた担当者は状況の変化に気付く。放っておいて状況が改善するとも思えないが、さりとて諦めるとも思えない。
なのでちょっと状況を見てみた。研究所の人間に確認の連絡など入れて、向こうがじっと我慢しているだけだった場合藪蛇となってまた騒ぎ出すので、まずは面倒でも直接倉庫に足を運ぶことにした。騒がれる方が余程面倒である。
結果、数ヶ所見て回った倉庫は見たことのないような自動機械がスクラップを運び出しており、大分余裕のある状態になっていた。これなら安心して話もできるだろう。
そんな感じで話し合う機会も作られた。スクラップ処理の目処が立ったんだな、と言うところから始まって詳しい経緯を話すことになったが、問われた研究所の所員も詳しいことなど解ってなかった。
バルキリーも交えて、主にバルキリーが適当な話をでっち上げてごまかした。それにより上の認識は研究所が前線から取り寄せた機材でスクラップを処理していることになっている。バルキリーは前線のレジナントから来ているので強ち嘘でもない。担当者としても勝手なことをするなと言いたいところだが、勝手に予算や人材を確保したというようなこともなく研究所が自力でスクラップの件を何とかしてくれたようなのでに文句はない。動き回っている変な機械は気になるが、そんなものを気にしている場合ではないのだ。
言うまでもないことだが、そこは気にすべきであった。いかにも無害そうな風情で方々を動き回っているその機械こそが、中央政府軍を混乱に突き落としている諸悪の根元であるのだから。
たとえば最近ならプルゴヴァが立て続けに作戦に失敗していたのもバルキリーのせいだが、そもそもそのバルキリーはどこで輸送艦や戦艦に潜り込んだのか。『紅き鸛』や『黒龍6號』が意気揚々と――『黒龍6號』の時は意気揚々というよりやけくそではあったが――中央を飛び立ったその時。バルキリーはすでに艦内に潜り込んでいたのだ。
回収したスクラップを運ぶカートは最近日常的にそこいらで散見され、すっかり日常の一部になっていた。輸送機への自動戦闘機の積み込みにバルキリーカートが混じっていても『ああ、あれうちでも導入したのか』位にしか思わない。違和感を感じるような責任者は多忙で現場など見ていないのだ。そして、荷物を積み込んだバルキリーが数十機のうち十数機くらいそのまま出てこなくても気付く者などいない。
プルゴヴァの船だけでなく、各地への輸送船にも紛れ込み結構な数のバルキリーが各地スクラップ処理能力は前線や中央以外でも需要がある。
更には効率の高い機軍式のオイルポンプも口コミで広まっていた。その設置というのも頼まれたりする。勝手に付け替えたことがバレれば問題になるだろうが、数年の一回の点検さえ乗り切れれば問題ない。従来のオイルポンプはそのままに目の届かないところに機軍式を増設しておけば大丈夫だろう。
そう言った設備にもスクラップから抽出された資源が使われるので、いくらでもスクラップが必要になるのだった。
オイルポンプの存在がバレていなくても、前線付近の各都市で不自然に生産性が高まればおかしいと思われそうなものだが、その辺も別段問題ない。高まった生産性でサポートするのは前線であり、前線はどちらの戦線も中央政府軍に敵対関係と言ってもいいほどに反発的で中央への報告だって全力で改竄し誤魔化している。中央が現実を把握するのは困難であろう。
しかし、さすがに目に見える結果が出ればその過程に疑問が出るのは致し方ない。まだレジナントの解体さえ終わっていない北方戦線がアレッサを短期で陥落させたり、南方戦線が援軍と言うことになってたとは言えど実質中央政府の反乱鎮圧部隊と機軍の挟み撃ちに遭いつつそれをはねのけたり。
確かにバルキリーの事は中央政府軍には黙っているとは言え、さすにその存在にさえ気付かないほど愚昧ではない。しかしその上でも確保できているリソースが想定を越えていなければ物量に潰されるはずなのだ。
アレッサに関しては要塞核の反乱による自壊なのでこちらの戦力は関係ない。北方戦線に大要塞アレッサをあっという間に打ち破るだけの戦力があると勘違いしてくれれば中央政府軍も警戒してちょっかいを出してこなくなるかもという期待もある。なのでもちろんそんな情報を出してやる必要性は感じない。見てわかる結果だけが伝えられ、その過程に関するデータは出まかせなのが容易に見破れる代物だった。
そしてグラクー・ラザフスも北方での戦況急変によりにより機軍が切り上げただけだが、それまで持ちこたえられたのは確かだし、もちろん細かく正確な情報は出してやらない。と言うか、報告すべき当人達がなにが起こっていたのか一番理解していないのだ。報告書を読んでも、これまた要領を得ない。「なんかわからないけど勝てました!」と言われてしまえば、なんで勝ったのかを問い詰めるのは虚しいことなのだ。
こんな有様なので、前線からの報告は全く信用できない。そして不可能を可能にして見せた事に当然のように中央も疑問を持った。特にエネルギーが足りるわけがない。スクラップは北方ならレジナント要塞から、南方なら機兵の残骸でいくらでも確保できるだろうが、処理と加工が間に合わないはずだ。
加工能力だけであれば近隣都市もフル稼働させればどうにかなるが、そのためには輸送しなければならず、より大きなエネルギーを消費することになる。中央政府軍が設置するポンプで間に合うわけがない。
もっといいポンプを用意しないのかと意見についてだが、普通であればここまで激しい消耗戦は発生しないのでこれで十分足りていた。むしろ過剰にエネルギーを供給されても持て余すだろう。
まあ、いざと言う時に微妙に足りず、特に中央政府軍に分けてやる燃料を渋る口実になりがちだが。だいたいそう言ういざと言う時はこちらが優勢で機材も資源も余裕がある事がほとんどであり、押されているときはエネルギーがあっても仕方がない状態になっているものである。そんな勝ち確定の状況で一気に行けないだけなので、オイルポンプの性能が致命的な危機を招いたことはなく問題になったこともないのだ。
それこそ、今回こそ前線が崩壊して問題になっていてもおかしくなかったが、そうなっていないから不思議なのだ。
結論から言えば、スクラップはレジナントもグラクーも前線であるそこだけで処理し、加工し、製造した兵器への補給まで済ませていた。それこそ機軍式のポンプを使おうがエネルギーが足りないが、何のことはない他の都市から余剰の燃料を運べば簡単だ。そのためのポンプ増設である。
燃料の輸送など普通はあまり採られる手段ではない。余程のことがない限りエネルギーは不足しないし供給されるエネルギーを大きく越えるほどの機材を配することもない。それこそ制圧した要塞を占領するため瓦礫の山になった要塞に作業・防衛用の燃料を運ぶ込むくらいだ。
そのための輸送機は中央政府軍にしかない。いや、現状中央政府軍にすらない。通常の輸送機を改造して燃料用にする。レジナントの陥落と同時にその作業が始まっていたのだが、現在は作業が停止させられている状況だ。
まあ、燃料のタンクくらいは前線でも作れるので燃料輸送のハードルは別段高いわけでもない。普段は必要ないというだけだ。なので中央政府軍にとっても盲点だった。
結局の所、前線の異常な増強ぶりに近隣の都市が関わっているという事実にも、そこへのバルキリーの関与や存在にも気付かず。やっぱり前線の連中は変なことをやっているというそれだけの認識で落ち着いてしまうのであった。
挙げ句、自分たちのお膝元でバルキリーが動き回っていることにすら気付けていない。前線よりの都市で起こっていることなど気づいてないのも無理からぬ話だった。
前線付近の都市へのオイルポンプ設置も終わり、現在は中央政府軍から前線へのちょっかいも収まっている。中央でスクラップを加工したところでただの資材では前線に運ぶのは輸送コストに見合わず、作業機械も飽和気味で特にエネルギー的に動かせるはずがなく、ここで機材を増やすのも不自然でエネルギー周りの絡繰りに感づかれる恐れがある。今の険悪な状況で中央から武装を運ぶなど以ての外。
となれば、作るべきものなどないはずなのにスクラップを精力的にかき集めてバルキリーは何をしているのか。とりあえず、資材をため込みつつ作業を行うバルキリーを増産していた。
当初はそれに特に目的などなかった。倉庫いっぱいのスクラップを片付けるには労働力が要る。片付けてどうするのかさえも分からないがさっさとすっきりとさせてしまおう、その位の感じだった。やがてポンプ設置や中央政府軍対策で資源が必要になりスクラップの処理能力も高めた。
そしてそれも終わった今、次なる目的のため動き出している。