ラブラシス機界編

34話・諸悪の根元

 プルゴヴァに与えられたのは『黒龍6號』。以前テッシャンの蒼き鸛に続いて返り討ちにされたバーフィードの黒龍3號の後継機である。様々なマイナーチェンジによって燃費などが若干向上していた。
 しかし、性能が若干向上したくらいでどうにかなるものでもない。まして、今回敵対している相手には黒龍3號に搭乗しけちょんけちょんにされた当人もいるし、けちょんけちょんにしたバルキリーもついている。その時を再現されるだけでもう勝ち目があるとは思えない。現に、『蒼き鸛』をマイナーチェンジして性能を向上させた『紅き鸛』があっさり返り討ちにあってきたのだ。以前負けたのと同じ戦術で勝てるわけがないのは既に実証されている。
 もっとも、今回は勝つことに主眼が置かれてはいない。単なる厄介払いだ。勝ち目がないなら、潔く散る。だが、ただで散ってやる義理などないのだ。人々はまだ中央政府軍の一団をちゃんとした援軍だと思っている。ならば、彼らにグラクーが援軍を攻撃する悪党だと知らしめてやるのだ。もちろん自分たちがグラクーを機軍と挟み撃ちにして制圧しようとしていることは隠したままで。散々やってくれたグラクーの連中を、ただで済ませるものか。
 プルゴヴァが悪意を滾らせる中、負けず劣らずの悪意を滾らせる者がいた。グラクーから送られてきた映像を碌に中身も確認せずに公開した通信技師である。
 中身の確認が適当だったのはプルゴヴァも同じだし、そのプルゴヴァが公開しておけと回してきた映像をその指示通りに公開しただけではあるのだが、多忙なプルゴヴァの代わりに映像のチェックくらいはできただろうから同罪と言われても仕方ない。
 経緯や事情など関係なく、問われるのは結果ともたらした影響だ。それまで中央政府軍が誇っていた戦果が、映像の公開をきっかけに味方の被害を顧みない攻撃によるものだということになってしまった。実際には機軍と挟み撃ちにして友軍を殲滅するという、よりあくどいことを考えていたのでそれが露見するよりはましなのだが、印象が悪化したのは間違いない。
 正直、技師には中央政府軍が送り出した援軍と言う名目の殲滅部隊の真の目的など伝わっていなかった。上官が友軍殲滅などと言う汚れ役を買って出た――本当は押しつけられたのだが――ことで自分までいつの間にか悪事の片棒を担がされ、その結果実質口封じと責任押しつけで死地に送られる上官と一緒に使い捨てられる羽目になったのである。
 おとなしく指示に従っていただけでこの体たらく。映像さえチェックしていればと言ったところだが、何事もなかったこれまでとほぼ同じ感じで事が進んでいた状況で送られてきた映像にだけおかしな点があるなどと考えろなどと言うのが無理だ。指示に従うしかない下っ端には避けられない運命だったのだろう。ちなみに、搭乗した『黒龍6號』にてプルゴヴァの愚痴を聞いて初めて一連の援軍の真の目的を知った。
 非がないわけではないとは言え、些細な失敗には過ぎた代償だった。しかし運命を呪うしかないわけでもない。呪えるものは色々ある。まずは末端とは言え直属の部下にも真実を告げぬまま非情な作戦に手を染めたプルゴヴァ。そのプルゴヴァに役目を押しつけた中央政府軍上層部。どのような狙いがあるのか、被害など無いという素振りをしつつ被害の出た映像を送ったグラクー。何も知らせないままこんな騙し合いに巻き込んでくれた全てが呪わしい。
 彼もまた、ただでは死なぬと決意した。その憎しみの対象にはプルゴヴァも含まれる。中央を出発し中央政府軍には今更何もできない。グラクーに一矢報いることができれば勿怪の幸いだがその見込みが薄ければ――手近なプルゴヴァにその恨みをぶつけることになるだろう。
 燻るそれぞれの冥い思惑が開戦とともに燃え上がる――。
『はーい、この戦艦は我々バルキリー軍団によって制圧されてまぁーす。抵抗はするだけ無駄ですよー。それではお二人様グラクーへごあんなーい』
 ――ことはなかった。プルゴヴァは自分の送り込んだ殲滅隊がなぜ失敗したのか正確に把握できていない。バルキリーが潜入して制圧したということは理解したが、いつどこでどうやって潜入したのかは不明なままだ。まして今回は鸛シリーズの輸送艦ではなく、艦内を見張っていた改良ホーネットもいない。ひねりもなく今まで通りに潜り込まれてこのザマであった。

 プルゴヴァの目論見通り、敵であるグラクー軍に先制攻撃させることはできたが、『黒龍6號』側の準備が何一つ整っていなかった。それこそ、録画準備すら。しかも録画していたところでいつの間にか艦内を制圧されていたのは無様すぎてとても映像を公開できそうにない。まあ、もうそんなことはできない立場になるだろうから要らぬ心配なのがせめてもの救いか。
『私がやられたときから何の進歩もしてないねえ。まあ、私もやられたときの状況を中央政府軍に伝えた訳じゃないからしょうがないけど』
 バルキリーからバーフィードの声がした。続いてコルティオスが語りかける。
『よく考えてみることだ、真に叩くべき敵が誰なのかを。お前達はグラクーを攻撃する事が本当に正義だったと思うのか?これほどの任務、中尉如きに任されるものか?目論見通りグラクーが陥落したとして、それが手柄になったと思うか?対外的には救援の失敗ということになって処分と言う形で使い捨てられると思わなかったかね?』
 この辺の推理にはバーフィード達のボンディバルに対する敵意による補正も大分入っている。それでもほぼ違ってはいないだろう。表向きの名目である前線への救援にせよ実際の任務である反乱分子の掃討にせよ、中尉程度に任せるには少し重い任務だ。特に、町を滅ぼすという目的は。
 中尉程度ならボンディバルに命じられれば逆らえない。そして、中尉程度ということでこれまであまりボンディバルから直接命令を受けてこなかった、そのおかげでコルティオスたちが持っている嫌な上官という認識もあまりなかったこともあり、幸いと言うべきかプルゴヴァはその命令に対した疑問も抱かず、そして葛藤も小さいまま任務に臨んだ。だが、もし不服に思っていたとしても反論すらできなかっただろう。そして、中尉程度ならば目的を果たした後に責任を押しつけつつ口封じも兼ねて始末しても惜しくはないのだ。
 いろいろとやってくれたプルゴヴァ。今回非常なる処断を下すことになった中央政府軍にとってもだが、それはグラクーにとっても同じ。ただしそのやってくれたの意味合いはがらっと変わる。
 中央政府軍の思惑通りグラクーを攻撃した件についてはグラクーにとって遺憾の意を表するに値する案件だが、舐め腐った中央政府軍の布陣はむしろ資源を運んでくれるカモでしかなかった。
 それでも頻度としつこさはウザかったので一旦やられたふりでもして一休みしようと思って手を打ったが、それが思わぬ方に転ぶことになった。中央政府軍の目をごまかすために送りつけたグラクーがやられるフェイク映像をなぜか中央政府軍が公開してしまった。今回送り込まれてきた二人の手違いが積み重なった結果である。
 実際にプルゴヴァに命じられていたのは実質機軍との挟み撃ちだったが、映像ではまだ機軍の攻撃に耐えているところに援軍の攻撃にも巻き込まれた程度に見える。それが救いとは言え中央政府軍にしてみれば「よくもやってくれたな」と言うところだろう。それで中央政府軍が混乱したのはグラクーにとっては「よくぞやってくれた」と讃えたいところだった。
 この一件で中央政府軍に切り捨てられたプルゴヴァ達だが、グラクー側としてはこれまでのことは水に流して受け入れてやるのは吝かでない。と言うか、カモでしかなかったプルゴヴァに別段恨みがあるわけでもない。あとはプルゴヴァ達次第なのだった。
 プルゴヴァだって正義のために素直に従ってきたら手違いもあったとは言えこんなことになったボンディバルのために殉じたいとは思わない。今話している相手がかつて『蒼き鸛』『黒龍3號』にて似たような任務を遂行した先達の一派であり、一足先に今のプルゴヴァと同じ立場になった者たちでもあることを知っている。彼らがプルゴヴァより上の階級で自分より中央政府軍の裏を知っていると思えることもまた。
 そしてここ最近のやりとりでボンディバルのことは間違いなく嫌いになっていた。今や同類である彼らの洗脳じみた説得に陥落するのも時間の問題なのだった。

「そんなわけで、資源の横流しをしてくれていたヨセフ・プルゴヴァ中尉とこちらに都合のいい情報を流してくれた情報技師のサムヒルゼン・ウールスブルグ君だ。今日から本格的に我々の仲間になる」
 もはや攻撃していた敵対者としては見ていないあんまりな紹介だった。確かに再三に渡る侵攻も攻撃前に無力化されていて敵対者としての役目は何一つ果たせていないとは言え、さすがにこれはちょっとした嫌味だった。しかし寝返った敵として紹介されるよりは馴染みやすそうなのでこの紹介に甘んじておく。
 実際、バルキリーによる無力化によりグラクー侵攻の兵器は表面的な名目通りの援軍らしくグラクー軍の自由になる戦力として転用されたりしている。結果からすれば援軍そのものであった。
 そしてそんな二人を交えての緊急会議が始まったのだが――内容はほぼほぼボンディバル少将への愚痴であった。
「まったくしつこい!そんなに私の躍進が怖いか狒々爺め!」
 開幕でコルティオスが吼え、それにテッシャンが応じた。
「大佐閣下が怖いと言うよりバルキリーが怖いんでしょうな」
「怖いよねー。我々が返り討ちに遭った時の再現だったもの。客観的に見ててもあの時のトラウマが蘇りそうだったよ。って言うか蘇って魘されたし」
 バルキリーが怖いという言葉に真っ先に反応するのはもちろん人一倍バルキリーにビビっているバーフィードである。
「以前失敗したやり口をそのまま使うとか、勝つ気があったのかすら怪しいですがね」
「全く。あのつるつる頭には中身が詰まってないんじゃないかと。ああやって優秀な部下を使い捨ててきたからのし上がれたんじゃないかね」
「自分を追い抜いていきそうな優秀な部下を犠牲にして脱落させ、その手柄は上官である自分に、か。あの狒々爺の考えそうなことであるぞ」
「しかし、上層部はなぜこうもバルキリーを毛嫌いするのでしょうな。その割にはあっさりと返り討ちに遭う詰めの甘い作戦しか打ってきませんし」
 さっきからボンディバルの愚痴しか言っていない上官よりもテッシャンの合いの手の方が建設的な意見を述べていた。
「そうよなあ。そもそもバルキリーを駆逐したいならこそこそやるなと。中央政府軍はこちらに関してどころかレジナントやパニラマクアでのバルキリーの関与、どころか存在すら口にしておらぬのだろう?こちらとしてもアレがバレたら怒られる感じの代物だと思ってるからおおっぴらにはしておらぬが」
「そうでしたか。てっきり怖いから見て見ぬ振りしているのかと」
「私は君ほどビビり倒してはおらぬぞ……。まあ怖いのは怖いけど」
 一連のプルゴヴァのやられぶりを客観的に見たことでコルティオスとバーフィードが抱いていたバルキリーへの恐怖心が増大した模様。
「後々敵に回るとでも思ってるのでしょうかねえ」
「まあ、どう考えても敵に回すような愚かな行為をしているのは上層部の方だとは思わぬかね」
「大人しく軍門に下っておけばいらぬ恐怖を味わうこともありませんな」
 まあバーフィードだって機軍が相手なら同じことは言わないのだが。怖くとも話が通じるから大人しく屈しているのだ。
「それより今の、長年の敵を何とかすべきだな。それをあろう事か共闘相手にしようとか本末転倒にも程があるだろうに。時に、プルゴヴァ君」
「はっ」
 コルティオスたちが勝手に喋っていたのですっかり油断していたプルゴヴァである。
「侵攻の際、やけに機軍と息が合っていたようだが機軍が攻めてくるタイミングとどうやって合わせていたのかね」
「どうと言われましても。私は上が行けと言われたタイミングで行っただけで機軍侵攻のタイミングなど気にしておりません。そもそも道中に何が起こるかも分からないので到着もその日時を狙い澄ましたわけでもありません」
 機軍との争いの舞台である内陸の荒廃した一帯は、気候だけは安定している。そのせいで雨も降らず開発された都市部以外人が住むには過酷過ぎる環境で荒れ果てているのだが、荒天で軍艦が動けなくなることはない。その点では順調に進むことはできるだろう。進軍を遅らせる要因は他にある。
 中央政府軍の戦艦など、前線近くでは嫌われ者だ。コルティオス達だってバティスラマに乗り込む際にはもたもたと補給をされたりと言う地味な嫌がらせで侵攻が遅れた。バティスラマの反乱鎮圧が目的だったその時とは違い、今回は名目上は援軍と言うことなのでそこまでの嫌がらせは受けないはずだが、機軍と挟み撃ちまでは行かずとも手柄を横取りとか現場のことも分からないのに上から目線で指図し邪魔になるなどと邪推すれば進路を妨害したくなる。
 そうでなくても今更中央の手など借りずとも勝てると思える実績が今のグラクーにはあるのだ。であれば、放っておいても勝てる戦場に援軍を出して自分たちの援軍のおかげで勝てたと主張するのが目当てだと思われても仕方がない。そんな援軍なら邪魔して問題ないとか思われるのも無理からぬ話。そんな中ではなかなかスケジュール通りに進めない、進ませてもらえない。因って、いつ到着するかは読みにくいのだ。
 そんな中、一回二回ならともかく毎回――まあ三回なのだが――絶妙なタイミングで挟み撃ちを仕掛けてくれたのはさすがに偶然とは思いにくかった。
「機軍到着のタイミングを把握している程度ではこうもタイミングを合わせられまいよ。ボンディバルは機軍と通じているのではあるまいか」
「そんなまさか……だがしかし……いややっぱないわー」
 いくらボンディバルが嫌いでも、言わば人類の敵とまでは考えにくかったようである。まあ、そうであった場合自分たちもその指図に従っていた以上加担したに等しい微妙な立場に立たされることになるし、そんなことはない方がいいだろう。
「うーん、やっぱないか。しかし、他にどう考えられる?」
「あるとすれば機軍のスパイがどこかに紛れ込んでいるとか……?」
 巨大な戦艦の動き自体はどこの町にいようが把握できる。問題は名目上援軍であるその戦艦がグラクーを援護するのではなく攻撃しようとしていることを把握できるのは、最初から疑って警戒しているグラクーか指示を出したボンディバルと指示を受けたプルゴヴァのみということ。近隣の都市だって中央政府軍を信用してはいないがそれはせいぜい役に立たないとかむしろ邪魔程度の認識、まさかグラクーを攻撃するとまでは思っていないだろう。
 そして援軍名目の制圧部隊だって、たとえグラクーが完全に油断して無防備で受け入れたところで不意打ちで多少打撃を受けるくらいでとてもそのまま制圧できるような戦力ではなかった。
 機軍のスパイがいたとして、どこかの街に潜んで見張っているくらいではプルゴヴァの送り出した戦艦と呼応まではできない。そもそも呼応できるとも思わないだろう。あるとすれば援軍の動きを見て援軍到達前に攻撃しようと進軍を開始したという可能性。援軍とほぼ同時になったが援軍の準備が整っていない可能性に賭けて攻撃を開始した、そんなところか。
 グラクー側は援軍の動きや目的を疑ってはいたものの、援軍の本当の意図を確信したのはその到着間際。その時にはすでに反対側に機軍が迫っていた。その時タイミングが合ったのはあくまでも偶然であり意図的に合わせるようになったのはその後だろうと考えられるが、それにしてもグラクー側に読まれてあっさり対処された作戦に毎回呼応する意味はない。二回目についてはまだ中央政府軍が出方を見直してグラクーを追い込む可能性を信じたと考えることもできるが、その二回目に大きな進歩がなく簡単に奪取された時点で三回目については援軍から潰して資源だけ利用させてもらう方が機軍としても安心できたのではないだろうか。現に、中央政府軍の対応は前には進んでいても牛の歩みで進歩は微々たるものだったのだから。
 スパイがグラクーにいた場合、そんな感じでグラクー側が中央政府軍の目論見を察した時点で中央政府軍に呼応する価値は無しと見なすだろう。スパイが潜り込んでいるのがバティスラマ側だったとしても似たようなものだ。殲滅作戦がうまくいくと思っている中央政府軍くらいにしかスパイがいた可能性は残らない。
 どちらにせよ中央政府軍がろくでもない、そう考えておけばここにいるみんなが幸せになるのだった。
「レジナントにいた時もこっちに来てからも、あの狒々爺には迷惑しかかけられていない。敵対する前から鬱陶しかったが今や前線の部隊にとって機軍と並ぶ敵になっていると言っても過言ではないな。しかし、バルキリーの何がそこまで憎いのやら。もしや昔酷い目にでも遭わされたか……」
 コルティオスもテッシャンの発言をちゃんと聞いていたようである。
「何がなんだか解らないから排除しておきたいだけかも知れませんがね。我々だって、未だに何が目的なのかバルキリー自身理解していないのに自由にさせてるのはどうもむずむずしますからな」
 当然、プルゴヴァたちにとってそんな話は初耳なので驚くというか呆れた。だが、そんな得体の知れない物にでも頼って生き延びねばならないのが現実。安全な中央から役に立つかも定かでない援軍と余計な口を出すだけの中央政府軍が信用されないのも納得であった。そして逆に言えばである。日頃からそのくらい当てにならない中央政府軍の援軍が、うっかり前線を壊滅させてもいつも通りだとしか思われないのだろう。
 コルティオス達だって中央政府軍にいた頃は戦況がいつまでも芳しくないのは最前線にいるのが使い捨ての雑兵で無能だからではないかと思っていたものだ。だが、その雑兵ごときが反乱を起こしたと聞き制圧に乗り込み、あっさり返り討ちに遭いさらに想像以上の苦境を撥ね付ける強さを見せつけられた。そして前線にて彼らとともに戦ううちに中央政府軍のウザさをも思い知ったものである。それはバルキリーがらみで反目していたというのもあるのだが、ここでも中央政府軍の評判は元々悪かった。グラクーにバルキリーが持ち込まれたのは最近だし、明らかにバルキリーの方が役に立つのだ。
 確かにここまで強力な味方が突然裏切ったら機軍など問題にならないほどの敵になる。バルキリー自体が自分の正体を掴み切れていない以上、最後まで今のような良好な関係を継続できるかはその正体次第で未知数だ。どうなるかわからないなら力を付ける前に排除した方がよい。その考えも一理はある。
 しかし、それを排除するためとは言え長年の敵をも利用し、あまつさえ共闘するかのように本来の仲間までも潰すやり方はどうなのか。挙げ句作戦がうまく行きグラクーが壊滅した際にはプルゴヴァに手柄どころか全責任が押しつけられていそうだ。ただ単に、敵も味方もまとめて攻撃した戦犯として。
 プルゴヴァとしてもそこまでして排除したかったというバルキリーを見てそれが本当に排除すべきものであるかを見極めようと思ったが、無理であった。それはそうだろう、もっと間近で長いこと見ているコルティオスたち、どころかニュイベルやヘンデンビルさえその答えを見いだせておらずひとまず保留にしてきているのだから。
 今後敵になる危険性は秘めていながらも今のところは頼もしい味方であるバルキリーと、味方のはずだが邪魔ばかりする上明確な敵を嗾けてくる中央政府軍のどちらに付きたいか。
 バルキリーを中央政府軍に突き出すのは簡単だろう。しかし、完全にバルキリーを駆逐してしまうとせっかく大いに優勢に出られた機軍との戦いがまた振り出しに戻ってしまう。それどころかこれまでの反逆を理由に中央政府軍が乗り込んできたときの対抗手段すら失う。今となっては中央政府軍だって全く信用できない。ならば、中央政府軍より今のうちは友好的なバルキリーと手を組む方が――
「禿爺より、怖くて機械でもギャルの方がいいに決まっている」
 手を組む判断材料が酷すぎたが結論は出た。
「ですな!しかし、そうなると下克上ですか……、軍の頭をすげ替えようと?」
「ふふん、しれっと私がボンディバルの座に入れ替わっても誰も気付くまい……ってだれが禿だ!」
「誰も毛量の話はしておりませんな」
 言い方はアホ丸出しだが、闘志は漲っているのだろう、たぶん。何せ中央政府軍は再三にわたってちょっかいを出しているが、悉く返り討ちに遭っている。ここにいるのは返り討ちにされた当人たちなので気が大きくなっているのは滑稽なのだが、強力な後ろ盾がいるのだ。

 問題は、その話にその後ろ盾が乗り気になってくれるかどうかだ。
『そもそもだけど。軍の上層部ってどういう面々なの?』
 当の強力な後ろ盾たるバルキリーが決断を下すには情報が足りていなかった模様。機軍は元より、散々ちょっかいを出してきた上にこっちから喧嘩まで売った中央政府軍が疑わしい動きをしてくれば払いのけるのはまあ当然だ。しかし、やり返すようなものとは言えこちらから手を出せばややこしいことになる。判断は慎重にすべきだ。特に、言い出しっぺのおっさん衆が激情に駆られて下した決断であるならば。手始めに、対峙することになる敵についての情報が必要だ。
「実のところ、私ですら上位陣は名前を知っているくらいで直接命令を受けたこともないのだがね」
 まず、ボンディバル少将だ。コルティオスにとっては直属の上司である。少将に昇進したのはテッシャンがバティスラマに派兵される直前であり、それまでは北方戦線支援軍所属の大尉だったがバルキリー対策部隊編成のために抜擢された。その後釜にところてん式に収まったのがコルティオスであった。
 コルティオスはバルキリーと手を組んで反乱を企てるバティスラマ軍が制圧されたら速やかに隣の都市ベギヌスプリナを中心に防衛軍を編成する手はずだったが、その手続きに手間取っているうちにテッシャンもバーフィードも敗北しコルティオスが呼び戻されたということだ。この辺ではいろいろ言いたいこともあるが、今は誰もそんな話を望んではいない。
 中央政府軍は北方連携軍、南方連携軍に分かれている。それぞれを中将が統括し、それぞれの下に少将が配属され防衛と進攻についての作戦を受け持つ。コルティオス達は元々北方連携軍である。直接会ったことはないが、北方連携軍統括がアムンゼン中将、防衛指揮がニヴルハイト少将で進攻指揮がラダイトン少将だ。
 ボンディバルが新たに少将に抜擢されたが、これは非常に稀な事象である。と言うのも、少将以上の人事は固定であり数百年にわたり変化していなかった。当然そんな者が生身の人間である訳がない。そんなことを実現するに足る技術はこの世界なら存在する。人間の記憶の全てをデジタル化して保存することで永遠の存在となるのだ。
 それはあくまでも複製だ。たとえば今ここでコルティオスの記憶・人格を複製したところでコルティオス自身が不死身になったりはしない。コルティオスが死んだ後もコルティオスと同じ精神を持つAIが残るだけである。ある意味自分ではない自分が残り続けるようなもので、そいつが何かやらかさないか不安になりそうだ。よって、自分も斯くありたいとは全く思わない。
 コルティオスの感想はともかく、つまりは軍の上層部は古代の優秀な指揮官のコピーなのである。もっともこれは公表されている事実というわけではない。中央政府軍でもこのクラスの上官は発表内容に添えられる署名くらいでしか存在を認識していない。怖いので会う機会さえ欲しいとも思っていない兵が大半だ。現実問題として、関わることになる時というのがほぼ前線に飛ばされる時になるだろうから死の宣告のようなものである。ボンディバルに呼び出された後のコルティオスたちがいい例だろう。各将が実質正体不明だから出てきた都市伝説のようなものであり、実際には世襲してたりするのかも知れない。
『人間の記憶をコピーして機械に移植してるっていうこと?』
「私だって現物を見たわけでもない。そもそもボンディバルは普通に生身の人間だからな」
「しかし、ボンディバルが少将になったということはボンディバルの腐った性根がコピーされて未来永劫我々を苦しめるということになるのですかね」
「……やばいな。断固阻止せねばなるまいよ」
「まあ我々はどうせそろそろ引退だしいいけど」
 それに頷くのはバーフィードくらい、テッシャンは反駁する。
「我々は人類の未来のために戦っているのですぞ。あんな男を不滅のAIになどしたら人類の損失です。っていうか私はまだこれからの人生結構長いので勘弁なんですが」
「まあそうだな。未来のために、そして自分たちの私怨のために。ボンディバルをぶちのめすのは正義だと言えような」
 話は逸れたが、コルティオスたちがグラクーに飛ばされるに当たり所属が南方戦線支援軍になり、防衛担当のパムタビエ少将の下に配された。こちらにもラザフス進攻担当のガントラ少将がいる。そして上には南方戦線支援軍統括のブラウレス中将。さらに上にはラプリフェ大将そしてフィデス総帥がいる。一応名前だけは知っているが良くは知らないお歴々であった。
 ボンディバルだけをぶちのめせば良いのであればともかく、ひとたびこちらから手を出せば中央政府軍全体を敵に回すことになるだろう。軍だけ攻撃するのも難しく、中央に住む民間人をも巻き込むことになりかねない。
 民間人といっても中央は軍事都市、そこに住んでいるだけで軍に何らかの形で関与しており軍と無関係ではないのだが、非戦闘員ではある。研究員だったヘンデンビルらがいい例だ。
 なるべくなら彼らを巻き込みたくはない。慈悲というのもあるが、彼らにとって中央政府軍は紛れもない正義だ。その腐敗を糺す為とは言えその中核を破壊するとなれば受け入れがたく思われるのも無理からぬ。その腐敗も客観的にみればこそわかるもの、それこそ中央の住民にしてみれば敵を前にまともに戦えぬ無能の当て馬が悪口を言っているだけだと一笑に付される。腐敗していないと思っているものを切り捨て、あまつさえ無関係の犠牲者を量産したら――英雄どころかただのテロリストだ。
 なるべく民間人の犠牲を出さない作戦を準備し、できれば中央でも政府軍の腐敗を認識させて自分たちの行為に賛同してもらう素地も作り出したい。長い準備が必要になるだろう。決して、ビビって最初の一歩を踏み出せないわけではないのだ。