ラブラシス機界編

33話・壊滅の知らせ

 バルキリーのやりたい放題を見落とした『紅き鸛』の船内にさえカメラはついていた。当然、船外の敵襲や戦闘を環視するカメラは中央政府軍によってちゃんとチェックされていた。戦いの結末も、そこに至るまでも。そしてこれも当然なのだが、この結末は彼らの想像とはかけ離れたものだった。
「なぜ"ホーネット"は機軍ばかりを攻撃する?」
「解りません……。モードは掃除(スウィープのはずですが」
 ボンディバル少将の問いに答えたのは今回の掃討を任されたプルゴヴァ中尉である。
 プルゴヴァは困っていた。言うまでもなく作戦が失敗したためだ。それどころか成果はほぼゼロと言っていい。本来なら敵である機軍だが、こんなものはいくら倒しても手柄にならない。今回の掃討対象は反逆者なのだから。
 パニラマクアを皮切りに機械同士で争う事象が起きていることは知られている。そんな機軍に発生した異分子と通じて覇権を狙う一派がいる。機軍との戦いで目覚ましい戦果を挙げているため大衆からの受けは良い。特に、苦戦していても中央政府軍が思うように支援ができていないせいで中央政府軍の人気が無い前線付近では。
 確かに、今の所は連中の理想は人類にとって悪くないように見える。しかし、その機軍の異分子とやらは果たして信用できるのか。機軍と敵対していて力を合わせて機軍と戦っている――しかし機軍を打ち破った後その関係がどうなるのか。新たな機軍として人類の前に立ち塞がったりはしないのか。
 やはり勝利は人類の手で勝ち取らねばならない。このまま彼らの台頭を許していては前線地帯での中央政府軍の求心力が壊滅する――いやそんな理由ではなく、人類の未来の為なのだ。
 そんな誉れ高き今回の作戦だが、無惨な結果である。それどころか自分まで裏切り者にされかねない、そんな悲惨な結果である。なぜ動く物を手当たり次第に攻撃する"掃除"モードの自動戦闘機"ホーネット"が人を避けて攻撃するのか。そもそも、ホーネットにそんな高度な動きをさせられるプログラムなどないはずだ。
 実際にはまず指定するポイントに移動するという"ホーネット"の弱いオツムでも問題ない命令を挟んだだけで、その指定するポイントの決定をバルキリーが担当しているのだが、そんな改造をされているなど思いも寄るまい。
 今回は反逆者の掃討作戦としては明らかに失敗だ。しかし表面上は援軍であり、援軍としては成功と言える。涼しい顔でまた援軍として送りこむことに全く問題はないだろう。

 中央政府軍はそう判断してしまったが、実のところ大きな問題がある。援軍を装って機軍掃討に巻き込んで壊滅させようとしたことをグラクーに気付かれ、対策までされた結果がこれなのだ。そこに気付かずに同じことを繰り返しても同じ結果が待っているだけなのだ。
 そしてその判断はグラクーサイドにも意外なものであった。
 まず意外だったのは中央政府軍の次の行動の早さだ。中央政府軍は『紅き鸛』に何が起こったのかを調べて対策を講じるのに時間が掛かると踏んでいた。なのでまさかこんなに早く次の動きがあるとは思っていなかった。
 次に意外だったのは、中央政府軍が第二陣となる次の『紅き鸛』を無策にもほぼそのまま送り込んできたことだった。それが判った時点で最初の疑問についての答えも出る。なぜこんなに早く動けたのか。それは大した対策をしていないからに他ならなかった。
 まあ、無理もない。なぜこんなことになったのかと考えて行き着く結論は普通にプログラムの不具合であり、そのプログラムが知らないうちに書き換えられていたなどとは考えるまい。だからこそ、対策として違うプログラムを"ホーネット"に搭載してきたのである。今回搭載されたプログラムについて説明するのはやめておこう。どうせ日の目を見ることなく書き換えられてしまうのだから。
 結局書き換えられるプログラムを変更したところで変化も進展もありはしない。迅速に行われた二度目の掃討作戦も初回と何ら変わらぬ道筋をたどるだけであった。

 流石に二回連続同じ失敗をしたことでプルゴヴァ中尉の立場も悪くなった。しかし表面上の援軍としては大成功なのだから処分もできない。プルゴヴァとしてはお役御免にでもしてもらった方が気が楽なのだが、絶大なプレッシャーの中で三度目に挑むこととなったのである。
 これで打つ手なしならばいよいよもって無能ということになるが、ここまで出世できるだけあってそんなに甘くはない。今回は船内カメラの映像もしっかりチェックし、船内で蠢く怪しい影に気付いていた。
 そこで今回は船内に遠隔操作も可能な巡回ロボットを配置し、侵入してきたバルキリーを撃退する作戦に出た。狙い通り船内を徘徊するバルキリーを発見、速やかに排除できた時には勝利を確信した。
 数分後、部屋という部屋から這いだしてきた大量のバルキリーに取り囲まれるまでは。前回のカメラに映っていたバルキリーなど氷山の一角。しかもこいつらは船内の"ホーネット"を食って増えるのだ。ホーネット一機一機に細工をしていくのに最初に潜入した数だけで足りるわけもなく、自己複製能力を持つバルキリーが増えないわけがない。
 バルキリーの潜入に気付けたことは大きな前進であり、大したものだと誉めてやってもいいだろう。だが見張りロボをたった一機配備しただけで対策した気になったのは相手を舐めすぎである。結果としては今回も失敗だ。諦め悪く作戦を強行させてバルキリーの餌を増やすことをせず、バルキリーごと自爆したのだけは正解だろう。
 もちろん、それで誉められることはない。失敗は失敗だし、表向きの援軍としても今回は失敗だ。それも戦地への途上で謎の爆発、戦ってすらいない。それでグラクーが大打撃を受けたのならボンディバルの溜飲も下がるし対外的にも援軍は必要だったという証明になったと言えるのだが、グラクーが援軍なしで機軍の襲撃を退けてしまったので援軍不要説まで出る始末だった。
「援軍不要などとんでもない。これまでの援軍で増強された戦力のおかげで敵を撃退できたようなものだからな。これからも是非、お願いしたいものである」
 などとコルティオスに白々しいことを言われてしまう有様。結果的には言葉通りであり、嘘は言っていない。援軍という言葉も、体面としても結果としてもその通りなのだ。自爆した今回の『紅き鸛』も散らばったスクラップはしっかりとバルキリーに確保されていた。グラクーから遠すぎてグラクーに直接資材を運べないが、いずれ有効利用できよう。

 プルゴヴァにしてみれば言いたいことがある。連続で失敗した戦術をほとんど見直しもせずに決行させられている。『紅き鸛』で駄目だったのに与えられたのはまた『紅き鸛』である。
 自動機械を乗せた自動航行艦を送り込むだけの気楽な任務だと思っていたらえらいことである。自動機械を乗せた自動航行艦ゆえに手を加える余地も多くない。同じことを繰り返すだけに等しく、三度目などは失敗するんだろうなあと思いながらの決行だった。遠隔操縦機で監視し侵入していたバルキリーに気付いたときなど喝采ものである。まああっさり反撃されて胃と頭が痛くなったのだが。
 同じことしかできないのも仕方ない一面はあった。目的が目的だ。対人攻撃、しかも一般には反逆者という認識ではない相手の掃討。
 自由意志を持つバルキリーの存在は秘匿情報なのでそれを囲っているという反逆者指定の理由もおおっぴらにできない。バティスラマ・レジナントの連中は他にも結構なやりたい放題をしているので制裁を受けても仕方ないとも思われているものの、グラクーの方はそうではない。優勢に戦っていたのが大規模な反撃を受けて多くの犠牲を出し建て直しに追われている状況だ。そんな状況だからこその援軍に見せかけた掃討部隊である。
 そしてただでさえ日頃安穏として機軍が相手でも戦意が決して高くはない中央政府軍、そんな汚れ役をやりたがる者は多くはないし、送り込むのが人間であればたとえ現地の人間を殲滅して口封じをしても送り込まれた兵が良心の呵責の末に真実を明かしてしまうかも知れない。送り込んだ兵も口封じしてしまえばいいとは言え、自分の部下をそんな風に使い捨てられない。更にこちらに残された彼らの家族や友人知人がどう思うか。現地に着くまで兵士には真の目的を伏せておけば家族や友人に真実が伝わる危険は減るが、事実を知った当人が現地で裏切る危険だってある。リスク回避のためにもこんな任務に関わる人間は少ない方がいい。だからこその自動化機械による遂行なのだ。
 対人目的ならず機軍を相手にするにしても、それほど性能が良いわけでもない自動機械にそれほど多くの出番がある訳ではない。機軍相手の自動戦闘なら固定砲台の方が運用も楽。そちらは性能が向上していてそれで戦力としては足りる。
 そんな出番の少ない戦闘機械がそうそうバラエティ豊かに存在する訳もなく、プログラムだけ変えて送り込むのがせいぜいだった。変えると言っても複雑なものを入れる容量もないのだからそちらの選択肢も当たり障りのないものばかり。初回の失敗はプログラムに不具合が出たとしか思えない状況だったが、本来それすら信じられないことだ。何せ、不具合が出るほど複雑なプログラムではないのだから。細工をされていた事に気付いた時にはなるほどと思ったほどだ。
 本来この自動戦闘は要塞の攻略など人を巻き込む危険がない時に使われるものだった。今回は巻き込んでもいい、むしろ巻き込むのが目的として『紅き鸛』が選ばれたわけだ。
 要塞の攻略はそれこそそれまでに現地の戦士たちが奮闘に奮闘を重ね、もう要塞を落とすのみと言うところまで持って行った不安要素のない状況で、中央政府軍の人気取りになるだけの悠々とした戦いだった。近頃は助けにも来ずにおいしい所だけ持って行くと言われて却って人気が下がるので自重している。
 とにかく、そんな状況でしか使ってきていないので、現地に向かうまでの味方の陣地で潜入攻撃を受けることなど想定もされていない。それこそ艦内の監視カメラすら最低限だし、況やそれ以上の設備に於いてをや。対策をしろと言われても、プルゴヴァに出来たことなど何もないのだ。
 これで責任を問われても困るしかない。とんだ貧乏くじを引いたと溜息をつくのが関の山だ。

 さて、次はどんな手でいくか。どうせ『紅き鸛』なのにどんな手も何もあるものか、そう思うかも知れない。だがしかし違うのである。なにせ『紅き鸛』は前回で使い切り打ち止めなのだ。
 ちょうど良く『紅き鸛』を新造する時間がある。その間にホーネットに代わる新兵器を開発する。開発自体は技術者に任せるとしてプルゴヴァはそのコンセプトを考えるのだ。
 これまでの失敗の陰にバルキリーの侵入がある。そして、大量に潜んでいたバルキリーから物量作戦でプログラムを書き換えたところまでプルゴヴァは見抜いていた――まあそのくらい見抜けないようでは無能だが――。
 ならば執る手段はシンプルだ。利便性を重視し書き換え可能になっているプログラム領域を書き換え不可にしてしまえばいい。何も今後もこの機体を使い続けることはない。従来型の弱点を突いてきた敵に対処した特別型、汎用性など不要である。
 それは侵入された後の対処でしかない。それに、書き換えは出来なくてもそれならば向こうとしてももっとシンプルな対処として壊してしまえばいい。侵入そのものへの対処が必要だ。いつどこでどこから入り込まれたのかは不明なのでそちらの対策は難しい。もちろん開口部など出入りできる場所の監視を厳しくするくらいの対策はするが、それで効果があるかは分からない。例えば船体を食い破って入り込んでいたなら無駄だろう。
 機内に敵が侵入して細工をするなどということはそもそも想定されていない。機内の警戒をする必要があるが、それも新機体に盛り込んでしまえばいいのだ。従来型ではこんな複雑なプログラムは書き込めないが、今回は特別型なのでコストや手間の心配は不要だ。
 移動による待機中であっても警戒・監視のために起動しておく。そして周囲で動くものがあったら撃退を行う。もちろんこれだけでは侵入に反応した新型ホーネットとその動きに反応した新型ホーネットが同士討ちを始めてしまうので、従来通りお互いの識別も行わせる。異物だけ排除するのだ。
 これだけやっても不安が拭えないが、時間内でやれることはやった。後は結果を待つばかり――。

 どうやら今回の作戦はうまくいったようである。しかしそれをプルゴヴァが知ったのは作戦開始からやや経ってからであった。
 念には念をということで、『紅き鸛』の派遣は事前告知せずグラクー付近に先行待機させた。これで侵入者を待ち伏せさせて潜り込ませることもできまい。それがうまくいったらしく、こちらに送られていた艦内の監視映像は全く動きのない静止画であった。
 しかし何があったのか艦外のカメラが機能せず、グラクー上空で新型ホーネットを放出した後に何が起こっていたのかが全く把握できなかった。それに嫌な予感がしたが、グラクーに大量の死傷者が出た模様という報告があり胸をなで下ろすことになる。
 だが、その報告の根拠が大問題である。プルゴヴァすら把握できなかったグラクーの戦闘の様子をその報告者がどうやって知ったのか。それはグラクー側が撮影していた記録映像であった。
 グラクーに浮遊機兵の銃弾の雨が降る。その上空では飛行機兵が飛び交う。グラクーはバルキリーまで動員して迎撃に当たる。むしろそのバルキリーが主戦力だ。とは言えバルキリーは対空戦・空中戦がさほど強くない。それがこれからの課題と言えよう。これからがあるのであればだが。浮遊機兵なら動きが遅いので攻撃が当たりやすいが数が多く大量に破壊してもまだ大量に浮かんでいる。
 また一人倒れた。このままでは果たして機軍地上部隊の到達まで持ち堪えることができるか。もちろんそこまで持ち堪えたところで、地上部隊に到達されれば一巻の終わりだろう。
 その時、西の空に巨大な機影が現れた。航空母艦『紅き鸛』である。これまでグラクーの危機を救ってきた援軍だ。今回もやってくれるだろう。
 『紅き鸛』から出撃した自動戦闘機は飛行機兵や浮遊機兵を次々と撃ち落としていく。しかし、機兵とバルキリーの見分けなどついていないようでバルキリーや有人の戦闘機械もまた狙い撃ちされていた。グラクーにとっては主戦力と言って差し支えないバルキリーがやられるのは致命的である。
 しかも位置どりも悪い。"紅き鸛"は高空に居座り自動戦闘機も機兵を上から撃っている。下にグラクーがあるにも関わらずだ。その結果がどんな結果を招くか言うまでもない。グラクーの戦力はどんどん減っていく。機軍にやられたのか自動戦闘機の流れ弾に倒れたのかは判断の難しいところだ。
 機軍は絶え間なく押し寄せ、地上部隊がついに目視できるほどになった。もう勝ち筋は見えない。『紅き鸛』は撤退を決断したようである。守る者がいなくなったグラクーを機軍は心行くまで蹂躙していく……。

「そういえばありましたな、こんな映像」
 公開されている映像を見ながらバーフィードが言う。
「あ、今俺死んだ」
 と言うのは映像の中で撃たれていた男。この映像はいつぞの撮影を兼ねたシミュレーションと言う奴のものである。本来であれば最初の"援軍"で被害が出たら腹いせにばらまいてやろうかと作っておいたというのが真相だったのだが、その"援軍"が存外にちょろく支配下に置けたのでお蔵入りになっていた。
 少しは手を変えては来るが相も変わらずちょろく文字通り援軍になってくれた第二陣以降。しかし、そろそろ向こうも新しい手を打ってくると思っていた。何せ、『紅き鸛』がもう全滅しているからだ。
 そして、案の定。だが少し思ったよりは今まで通りの手を打ってくるようであった。プルゴヴァは従来通りの輸送艦『紅き鸛』と新型ホーネットの製造を命じた。まあ、運搬手段でしかない『紅き鸛』に手を加えるよりはその中身を見直す方が建設的なのでそこはいい。
 兵器の製造は前線付近の都市で行うのが最も効率的である。それに、そこから直接グラクーに向かえば移動距離も削減できる。よって、今回もミフェンロやナギナスプリナに建造命令が発せられた。
 中央政府軍は自分たちへの信頼度を過信し過ぎている。特に中途半端な階級の例えばプルゴヴァのような将校ほど。安泰都市をいくつも挟んだ最奥の安全圏にて偉そうに踏ん反り返って命令だけ出してくるお偉方には本人たちが思うほど信用などないのだ。安泰都市から遠い前線ほどそれは顕著である。遠くで踏ん反り返っているお偉方より目の前で敵の盾になってくれている前線部隊に立場が近い。しかしそんな現実は上層部だけにとどめておき、下の者は何も知らず気持ちよく仕事をした方が精神衛生上も良いというものであった。
 そんな地方都市が中央政府軍による建造命令を受けると、その命令に従うより先にグラクーに連絡を入れたのは当然である。彼らはこの援軍の目的もちゃんとグラクー側から聞いていた。それに、設計図などを見ても明らかにその真の目的のために使われるものであり、これまでの結果が実際にその通りになっていなくてもグラクー側の説明が正しいことが証明された、と言うかこれは最早中央政府軍が自白したに等しい。
 そして。巨大輸送艦にせよ大量の自動戦闘機械にせよ、短期間で完成させるには相当効率のいい方法が求められる。その最適解はグラクーが抱えていた。必要なだけ増えることができてどんな作業もこなす万能のお手伝いロボ・バルキリーである。こんな便利なものを近くの街で使っていて、ミフェンロやナギナスプリナが黙っているわけがない。もうこっそりと導入済みであった。
 つまり、設計は中央政府軍だが製造はバルキリーが担当したのである。そもそもが全部が筒抜けであり、そして設計通りに作るわけなどあるまい。
 プルゴヴァが見た船内の映像に変化がなかったのも当然だった。バルキリーが船内で暗躍するまでもなく、完成した時点で既に手中に収められていたのだから。出撃後の艦外の様子が映らないのももちろんそのように細工されていたからだ。送り出された新型ホーネットがそのままグラクーに歓迎のまま受け入れられ、手を取り合って機軍と戦う姿など、中央軍だって見たくはあるまい。
 今回、撮影してあったシミュレーション映像を流したのは折角撮ったのにお蔵入りではもったいないと言うだけではもちろんない。これで向こうの作戦がうまく行ったと思わせて時間稼ぎをするためだ。確かに実際に援軍として役立ってくれているとは言え、毎回手間をかけて寝返らせないといけない援軍など面倒だ。しばらく休んでいて欲しい、そんな願いが籠っている。まあ、どうせすぐにバレるだろうが。
「それじゃあ近隣都市にはしばらく、ここが陥落したというテイでヨロシクと言い含めておきますかね」
「そうだねえ。真に受けて止まってくれることを祈ろうか」
 そんな風にどうせダメ元という感じで暢気に構えていたのだった。

 手違いというものは起こるものである。特に、今回は事情が複雑なのだ。一般兵のような事情を知らぬものが介入すれば妙な事態にもなろうというもの。
 反逆者の駆逐という目的は成し遂げられていないが援軍としては成功というこれまでの結果もしっかり利用すべく、記録映像は公開して中央政府軍の人気取りに使っていた。だが今回はいつもの艦外カメラが機能していなかったので中央政府軍からは出すべき映像がない。そのはずなのだが、『紅き鸛』からいつの間にやら記録映像が送られてきていた。
 その頃、プルゴヴァは艦外カメラ不具合のせいで掴めないグラクーの状況確認に追われていた。グラクー関係者曰く。
「いつも援軍ありがとうございます!お世話になっております!」
 完全に余裕の態度。素直に感謝の弁の訳がない。煽ってきていた。なお、この時点ではまだ援軍が到達したばかりというタイミングである。フェイク映像で負けた振りをするというアイディアはまだ出ていなかった。なおグラクー上層部もこの受け答えのことは把握はしていたが、この後やられたということにすればいいじゃんというごもっともな結論に達し気にしていない。
 プルゴヴァは一応ミフェンロやナギナスプリナにもグラクーの状況について聞いているか確認してみたものの、グラクーそのものより新しい情報などあるわけもなく、「今回も大丈夫そうですよ」という当たり障りのない答えしか返ってこない。
 グラクー側としては負けたフリ作戦もふと思いついた感じだし、どうせ状況を詳しく調べれば嘘はバレる。故にちょっとした時間稼ぎくらいにしか思っていないので準備は適当である。思いついたところでいい当たりばったり出始めたというのが正しい。そしてプルゴヴァも多角的に集めたデータなどから、グラクーの生存状況に大きな変化がないのを確認し今回もいつも通りの結果であることを正しく把握していたのである。
 そんな中、『紅き鸛』から映像が送られてきた。フェイク映像が『紅き鸛』経由で送られてきたのだ。詳しい事情を伝えられておらず"援軍"をちゃんとした援軍だと思っているプルゴヴァの部下が映像の存在に気付き、映像冒頭のグラクーがまだ善戦している部分だけを見ていつも通りだと確信、報告を受けたプルゴヴァもその映像をライブでの受信はできなかったが記録はできていたのだと認識し、全体を確認もせず映像の公開を指示してしまったのだった。
 その結果、グラクー側としても受け取ったボンディバルが見てほくそ笑みそのままこっそり握り潰すだろうと思っていた映像が堂々と公開され、騒ぎになるという想定外の事態が起こり泡を食うのだった。

 プルゴヴァの食った泡はグラクー以上の大盛りである。
 この映像を見る限り、援軍が機軍と一緒になってグラクーを滅ぼしたように見える。確かに援軍は機兵も大量に破壊していたし、その数はグラクーに与えた損害よりはるかに多い。だが、いくら破壊してもどこからともなくやってくる機軍に与えた影響はほぼないくらいに小さく、人的被害が出れば簡単に補充などできないグラクーに与えたダメージは絶大だ。機軍とグラクー、どちらにとって有利に働いたかは論じるまでもない。
 本来であればグラクー壊滅後に中央軍が『援軍を送ったが力及ばず壊滅してしまった』とでも発表し、現地で起こったことの詳細など揉み消す手筈である。しかしそれに先んじてこの映像が出回った。任務的には成功だが、世間的なプルゴヴァの立場は一気に悪くなることとなったのだ。
 慌ててグラクーに確認を入れるが、負けたフリを遂行中であり応答はない。と言うか、グラクー側だって突然こんなことになってどうしたらいいのかわからず混乱していたのだ。
 どうしようもないまま、騒ぎだけは大きくなる。今までの成功した援軍とやらもこんな風に巻き添えの犠牲を出しながらも機軍は追い払ったので成功ということになっているのではないか。その犠牲が積み重なって今回の壊滅に繋がったのではないか。そんな感じで過去の成功した援軍まで疑われる始末。そんな風に援軍による犠牲が出ていたのなら、プルゴヴァに対するボンディバルの態度は大違いだったろう。
 シミュレーションの様子を記録したフェイク映像は、あくまでもホーネットによる機軍撃退に巻き込んでくるという想定の元作成されている。実際のホーネットのように機軍も人も無差別に攻撃しているような映像でなかっただけましだった。とはいえましなだけである。蹴散らしても何度でも襲来する機軍と違い人間は死んだら終わり。このペースで使い捨てていいものではない。中央政府軍への批判が当然のように巻き起こっている。
 そして、ボンディバルの対応は早かった。作戦の子細については遂行したプルゴヴァが決めているので上層部は関与していないと言うようなことを、一応プルゴヴァへのフォローである状況的に仕方なかったとかこれでも犠牲は最低限に留められているなどという言い逃れとともに垂れ流してくれたのである。見え見えの言い逃れで批判が押さえられるはずもなく。責任だけはしっかりとプルゴヴァに押しつけてくれたのだった。

 グラクー側としてはやられたふりでもして暫くおとなしくしようとは思っていた。近隣の都市にも口裏を合わせるべく話はしておいた。
 だからと言って、援軍が後ろから友軍を撃つような映像を中央政府軍が堂々と公開するなど想定外だ。何が目的なのか解らずコルティオス達も頭を抱えることになる。言うまでもなく手違いなので目的などなく、向こうは向こうで後に頭を抱えることになるのだが、この時点ではそもそもまだこの事態に気付いてさえいない。
 近隣都市はグラクーの現況についても連絡を取り合っているので映像の出自についても把握はしている。もっともその情報は末端まで行き渡っているわけではない。何も知らない末端は一般人として中央政府軍批判にも加わってくる。
 いや、何も知らないわけではない。中央政府軍が送り込んだ『紅き鸛』そして新型ホーネットの製造に携わっている者もいて、それらの情報は持っていた。ホーネットの"近くで動くホーネット以外を無差別攻撃"という仕様もすぐに解明された。もちろん情報を流した末端はこの設計図通りの物が作られていない事実も知らないが、中央から送られてきた設計図はプルゴヴァの署名までついている本物だ。
 斯くてプルゴヴァは助けるべき友軍を巻き込むのが見え見えの攻撃を実行する無能として知れ渡った。まあまだ友軍であるグラクーを機軍と挟み撃ちにしようとしていたことがバレていないだけマシだろう。
 想定外の事態ではあったが、グラクー側には大した影響はない。中央政府軍が自爆しただけだ。こういう事態になったのなら利用して中央政府軍に嫌がらせをするだけである。
「あの映像は今のやり方を続けていくといずれこうなるというシミュレーションでした。そう言うシーンはもみ消しているから表に出てませんからなあ。いやー今のところ人的被害は出ていないんですけどねー。このままじゃいずれはねー」
 実際には援軍を完全支配して被害など出るはずもないのだが、まるで物的被害は出ていてそれを中央政府軍がもみ消しているかのような口振りである。
 中央政府軍ももちろんそんな事実はないと言い張るがその根拠は弱い。都合の悪いところは映ってないということになった映像くらいは出せるが、それ以上の根拠を出そうとするとグラクー側との攻防まで明らかになりかねない。
 さらに酷いのは、このコメントを出したのは今でこそ中央政府軍を裏切ってグラクー側についているが、立場としては中央政府軍大佐のコルティオスだった。中央政府軍の人間が中央政府軍の出した不都合な映像はシミュレーションでしたと言っても胡散臭い。それでいて、これまでの映像も都合の悪い部分は消していたと自白したに等しいコメントである。批判が起こって当然だ。
 批判している中には以前コルティオスたちがボンディバルに啖呵を切った隠し撮り映像を見て盛りあがった者もいれば、グラクー近隣でコルティオスたちの事情を把握している者もいるのだが、悪ノリして何も知らない者の勘違いに便乗したり、都合のいい情報だけで意図的に誤解を招く発言をしたりして中央政府軍の悪評を広めていた。いつもの光景ではあった。

 作戦は成功したはずなのに、本来ならば為されるはずの『援軍は善戦したが力及ばず』と言うような全てを機軍に擦り付ける揉み消しも行われずプルゴヴァの立場は一気に悪くなった。
 もっともその揉み消しはグラクーが全滅し証言者が残らないことが条件であり、元々ハードルは高かった。それでもただでさえ壊滅しかけていた前線基地を機軍と挟み撃ちにするのだ。簡単に全滅させられると高を括り甘く見ていた所もある。
 それに敵であるバルキリーの性質を見誤ったのも敗因と言えた。作戦成功とは言えずとも多少は敵の戦力を削れるのであれば同じ攻撃を繰り返しているうちにごり押しで押し切れるだろうが、バルキリーたちはスクラップがあれば機軍以上のペースで数を増やせる。攻め込んで多少のダメージを与える代わりに撃墜されていては増えるための餌を与えるだけ。まして今回はほぼノーダメージで戦力だけ奪われたようなものだ。焦って手も変えず第二陣第三陣と送り込んだことでカモにされたのも非常に痛かった。
 基本的には軍上層部の立てた自動機械による掃討という他に選択肢もない作戦と、それを思いの外見事に無効化する相手の悪さが失敗の理由なのだが、失敗の理由をプログラムのせいだと決めつけたり敗因を探るためにとさほど手も変えず何度も送り込んだりと言ったその後の対処の悪さについてはプルゴヴァにも非がある。これらは確かに正攻法ではあるが、それの通じない敵だと気付くのが遅すぎた。
 フェイク映像をそれと知らず公開してしまったのも大失態である。映像がフェイクでグラクーが無事だと明らかになってもプルゴヴァにとって良いことはない。何せそれは単純に今回も作戦が失敗したことに他ならないからだ。
 それに映像はフェイクだが設計図は本物だ。プルゴヴァの作戦通り設計図通りのものを援軍として送り込めばフェイク映像通りのことが起こっても何ら不思議はない、その事実に変わりはない。
 反逆者の掃討は失敗、機軍と挟み撃ちにするやり口も白日の下に晒された。軍上層部からの評価はまた下がり、表面上の援軍成功という評価も揺らいだ。作戦内容に関する責任について軍は既にプルゴヴァに全て押しつけている。その方針を貫くだけだ。
「"援軍"の度重なる失敗については二階級降格とする。次の援軍には直接君が出向きたまえ。それですぐに元の階級に戻れるだろう」
 作戦の成功を確信していて帰って来た時には階級も元通り――そんな意味でないことはプルゴヴァにだって解る。責任をとって死んでこい、そう言っているのだ。
 機軍に潰されかかっている反逆都市を一度壊滅させて人員を入れ替える――聞いた話ではさほど難しそうな任務ではなかった。しかし蓋を開けてみれば機軍と中央政府軍の挟み撃ちにも屈しない狡猾で精強な敵である。だがそれ以上にこちらの戦略のお粗末さが目に付く。
 確かに、プルゴヴァのやり口もまずかった。だがそもそも『紅き鸛』では勝ち筋が見えず、さりとてこちらにはそれ以外の手もない。まさかここまでの外れ籤を引かされるとは。プルゴヴァの不満もかなり高まっている。
 目にもの見せてやる。
 それはもう闘志ではなく憎悪でしかない。しかし原動力としては十分だ。プルゴヴァがついに本気を出す――。