ラブラシス機界編

36.内装と武装

 機軍対策情報局前線調査部解析研究課防衛機兵研究係、通称1係の係長のコムードは元同僚であるヘンデンビルから委ねられた設備で小銭を荒稼ぎしていた。
 ヘンデンビルが部下を連れて中央から逃亡し、それについていけなかった部下をコムードに押しつけたその数日後。ヘンデンビルが更に押しつけてきたのがその設備だ。
 それはスクラップ処理場である。前々から問題だった前線から送られてくるサンプルそのものあるいはなれの果てたるスクラップの処理だが、前線に於ける戦況の激変でスクラップは激増、対処を求めても上は戦況とか色々なことがてんやわんやでそれどころではない。
 頭を抱えていたところにヘンデンビルから連絡が入った。逃げる時に置いて行ったスクラップの処理装置を任せるから好きに使ってね、とのことだった。いつの間にそんなものを設置したのか、何でこっちにももっと早く一声かけて使わせてくれなかったのか。色々言ってやりたいがまあこれからは使い放題になるならそれでいい。
 設置してある倉庫にスクラップを持って行けば後は自動的に処理してくれるとのことだったが、運用が始まるとそれどころかスクラップの回収まで勝手にやってくれる模様。いつもの集積所に置いておくだけでどんどんスクラップが減っていく。
 好きに使ってね、とのことだったので本当に好きに使っている。2係だってスクラップ問題は1係同様なので、ポイントの手数料をとってスクラップを引き取る。挙句取引先各所にまで声を掛けた。それはスクラップ処理のみならず、処理して生産された資材の引き取り手も仲介して紹介料や販売手数料で小銭を稼いでいた。
 そんな感じで儲けさせてもらっていたスクラップ処理場だが、その設置場所が3係に確保されていた倉庫と言うこともあり、その倉庫に関わってはいなかったものの3係が古巣と言うことで処理関係を丸投……任せることにしたポーリンにいろいろと聞かれたが何も答えられなかったので、これではさすがにいかんとヘンデンビルに少し聞いてみた。
『ああ、あれね。うん、もう言っちゃっていいかな』
 などと含みのある返事とともに恐るべき事実を告げられた。件の倉庫でスクラップを処理しているのも、各地でスクラップを回収しているのも、全てヘンデンビルたちが倉庫を研究所に改造して調べていたバルキリーであるらしい。
 3係が本来研究対象とするものであり、3係長が左遷先であると言われる最大の理由であるそれ。壊滅寸前の都市の掃討にのみ現れるという特性そして特殊性故に目撃例からして百年・数百年と言う生きている間に一度でもあるかないかのスパンがあり、サンプルの獲得に至ってはこれまで皆無だったが記録と記憶には存在しているので一応研究対象に入っていたものの研究のしようもない。
 いざと言う時のために係員は優秀な人材を揃えてあり、それ故に1係と2係双方に助っ人として頼られる存在なのだが、他の助っ人ばかりで係としての成果はないので係長の評価は全く伸びない、そんな人材の墓場ポジである。
 そんなバルキリーがいつの間にか発見されており、3係が揃って夜逃げしたのもそれに起因していたらしい。とんでもないことが起こったというのはそれを聞いただけでコムードも理解できた。しかし、どうとんでもないのかは想像もつかない。何せ、バルキリーという物に対する情報が少な過ぎるのだ。先程述べた、陥落寸前の都市に襲来するという以外情報はない。記録映像は残っているらしいが機密情報扱いで非公開、これではただの都市伝説と何ら変わらない。コムードの知識をまとめれば、めっちゃレアでめっちゃ危険と言った所。めっちゃふんわりしているのだった。機軍の研究に関わっていても、自分の研究対象でなければこの程度。と言うか、3係だって現物が手に入るまでの理解度は自分たちと大差なかったことだろう。
 ひとまずそんなレアなものが動かせる状態で入手できたなら確かにそれは凄いことだ。コムードではそんなことをする根性はないだろうが、夜逃げしてでも制限なく研究を進めたいと考える気持ちは少しなら理解できる。
 しかしだからと言ってそんな危険なものを動かしてしまうのはどうなのだろう。だからこそ中央から離れたとも考えられるが、それならなぜそのバルキリーが中央でゴミの処理などさせられているのか。そして大人しくゴミ処理をさせられている時点で本当に危険な殺戮マシンなのか疑わしい。それよりむしろそんな得体の知れない物でも利用できると踏むや利用してしまうヘンデンビルにこそ戦慄を禁じ得ない。戦慄のポイントがおかしいと思うだろうがバルキリーがどんなものだったのか知らないのだからこんなものだろう。
 そんなヘンデンビルはヤバい奴だと思いつつも、結局バルキリーのスクラップ処理場は便利だった。先に使い始めたのは自分じゃなくヘンデンビルだ。何かあっても責任の所在はあいつにある。そう自分に言い聞かせておいしいところだけ頂くことにしたのだった。
 まあ本当に最初にバルキリーを動かしたのはそれが何なのかもまるで解ってない適当な性格のおっさんだったのだがそれはともかく。コムードもまた正体もよく解っていない存在に対する不安感も欲の前に雲散霧消していた。
 なお、小遣い稼ぎには十分過ぎでコムドーもほくほくなのだが、本当に稼いでいるのは元締めのバルキリーとヘンデンビルなのは言うまでもない。バルキリーにとっては最大の収入源であり、この収入でかわいい小物を買い漁るなど専横の限りを尽くしているらしい。まあ、それはいい。他人が何を買おうが関係ないのだ。
 そして膨大な量溜まっていたスクラップはまさに溶けるように無くなっていった。とは言え本当に溶かしてはいても消えて無くなるわけではない。何かに加工されて消費されているのだ。
 何に使っているのかを一応確認してみた所、使い道はあるけどそれだけじゃ使いきれなくて余らせているので引き取ってくれる相手を探しているとの話であった。使いきれないと言うことはやはり何かには使っているということ。その使い道が気になっていたはずなのだが、とりあえず引き取り手を紹介してくれたら手数料くらいは支払うという話に目が眩み、細かいことが吹き飛んだのである。所詮その程度の気になりようでしかなかった。
 余った資材は前線に運ぶのが筋だとは思うが、前線も北方はレジナント要塞、南方ならラザフス要塞から大量の資源が得られるのでさほど困っていない。現在の中央政府軍と前線との関係を鑑みるに、ちゃんと送れるかも怪しい。この状況で無理に送ろうとするよりは売却した方が良いという判断は頷けた。
 その余り素材はネジや鋼板のようなありふれた部品に加工されている模様。実のところヘンデンビルはありふれた部品の方が需要があるだろうとそこから提示したのだが、一応組立も可能だと伝えた。その組立も一応などと言いつつ一品ものの大型機械から量産まで何でもござれ。これならいくらでも需要がある。コムードが注文を取る相手だって自分たちで欲しい物を組み上げられるくらいの技術はあったが、そんなところに手を掛けずにできあがっている物を直接入手したい。
 こうして仲介が始まってみればその加工の柔軟性はかなりのものだった。バルキリーは一つ渡したサンプルと同じ物を作るのが一番得意な作業ではあるが、そこからある程度の改良もお手の物。話を聞きつけた中央政府軍からの嫌がらせのような無理難題もいくつか丸投げしたが、それもあっさりとこなして見せた。
 そもそも中央政府軍からの仕事を依頼してきた人物も軍の下請けでしかなかった。嫌がらせのように見えても単純に上から押しつけられたこの大変な注文をどうにかこなしてくれる所を探していただけであり、愚痴を言いつつも頼みを聞いてくれたコムードはありがたい得意先になった、それだけである。
 コムードもまたただの仲介役なので、無茶そうな注文だろうがヘンデンビル――と、実際に注文をこなすバルキリー――が大丈夫だと言えばそれを信じるしかない。最初こそ安請け合いして大丈夫なのかと冷や冷やしていたが、そのような場合もヘンデンビルから注文に応じるためのお願いを聞いて製造物に関するサンプルや機材を調達してやりさえすれば問題ないのでいつしか不安も感じなくなっていた。
 そんな中でグラクーへの援軍のため自動戦闘機の大量受注もあったが、後にその目的が実は援軍ではなく巻き込んで機軍もグラクー軍も壊滅させる、或いはいっそ機軍と挟み撃ちにしてグラクーを粛正するためだったと聞いた。
 グラクーの臨時指揮官はかつてバティスラマの制圧を試んだものの返り討ちにされ捕らえられ、なんやかんやあった上で今ではバティスラマ側についていたはずだ。だからと言って飛ばされた都市ごと切り捨てるようなやり方を中央政府軍が果たしてするだろうか。……まあ、やりそうではあった。
 グラクーは長らく優勢に戦っていたが、後一歩でラザフス陥落と言うところで強烈な反転攻勢を受け半壊していた。既に被害は大きいので切り捨てても構わない、それで失われた人材は近隣の都市から徴集して連れてくればいい。人類全体の利と言う名目で自分たちの利を最優先し前線の犠牲を厭わない政府軍上層らしい考えだった。
 そんなやり口の片棒を担がされかけたわけである。一応ヘンデンビルにも連絡を入れておいたが、既に把握済みであり、むしろこの状況を最大限に利用したとほくそ笑んでいた。何をしたのか知らないが、流石は食えない男だと感心したものである。
 コムードがその発注を受けたのは『紅き鸛』第一陣の進発直前だった。そしてボンディバルはこの時点ですでに第二陣の準備を進めていた。言ってしまえば第一陣の失敗は最初から織り込み済みだったわけだ。流石にあそこまでの大失敗は想定外だろうが。
 そして第一陣の援軍は表面上では成功して機軍を撃退したところだが、迅速に更なる援軍を送り込む。コムードが発注されていたのはその第二陣の自動戦闘機『ホーネット』である。
 その発注の時点ではまだ前線での中央政府軍の援軍への認識は、胡散臭いが普通に援軍を寄越しただけかも知れないと考えることも十分できた。その後援軍として投入されるホーネットの挙動から援軍のふりをして危害を加える気満々であることを察したわけだが、それも経路上の寄港地で潜入したバルキリーが艦内に積まれていた『ホーネット』を確認し、自分たちが作った物とほぼ同じものであると気付いたことも大きい。
 ほぼと言うのは型式の新旧による細かいマイナーチェンジがあったためで、確認のため潜入したバルキリーが解析を行った結果中身も概ね一緒であった。なお、新型は微細な改良が施されていたが納期を急ぎ急造されたため品質低下が起こっており、総合的に見ると性能はやや劣化気味の大差なしと言ったところだった。ゆっくり丁寧に作っても劣化部分がなくなって同等になる程度だろう。
 そんな第二陣も結局失敗に終わり、速やかに第三陣の準備も始まった。前回の実績もありコムードは再びホーネットの大量受注を受けることになり、申し訳ない気持ちはありつつも引き受けた。
 この申し訳ない気持ちはヘンデンビルに対してではない。もうこの頃にはヘンデンビルやバルキリーの目論見もしっかり把握しており、コムードも共謀者のような立場になっていた。申し訳ないのは何も知らずに信用して発注してくる中央政府軍だ。
 コムードにそんなつもりはなくてもバルキリーが製造する以上ホーネットの設計図はバルキリーから前線に筒抜けになる。そればかりかホーネットに偽装したバルキリーを混ぜて納品するのもホーネット内部に小型のバルキリーを潜ませるのも思いのまま。この時点で中央政府軍には勝てる目などなかった。倉庫にあった資源を即戦力の自動戦闘機の形で前線に運んでくれるにほぼ等しい。製造費のポイントも貰えるのだからバルキリーにとっては二度おいしい。
 ただでさえバルキリーの事は軍部上層から離れていくほど知られなくなっていく。ボンディバルから『援軍』の戦力調達を命じられていた将校には辛うじてグラクーがバルキリーと手を組んでいる危険分子だという認識があったが、実務を任された士官になるとその辺の事情もほとんど知らない。上からの命令をこなすために引き受けてくれそうなコムードに話を持ちかけ、報告を受けた上も「裏切り者が古巣の元仲間に裏切られる形で愉快愉快」程度の認識だ。まさか自分の方が裏切られているとは思っていない。
 いや、コムードだって別に裏切ってはいない。仲介した製造者がたまたま中央政府軍の標的そのものだっただけなのだ。そもそも中央政府軍が前線の崩壊を狙っているなんてことは当然秘密でコムードが知ったのだってたまたまと言っていい。まあ、それが解ってからも何食わぬ顔で注文を受け続けているのは裏切りと言えなくもない。コムードだって遠くに行った同僚と気に入らない軍上層なら同僚の肩を持つに決まっていたし、先に裏切ったのは中央政府軍なので文句を言われる筋合いはあるまい。

 ただ、問題はこの中央のど真ん中にとんでもない勢力のバルキリー軍勢が出来上がっていることである。軍勢と言っても現状では武装していない作業ロボの集団だが、前線では武装しただけのそれが普通に戦力になっているのだから油断してはいけない。
 既にスクラップの回収運搬、処理加工から組立までバルキリーが行っており、これは無茶な注文にも対処すべく頭数も大幅に増やした結果である。
 処理された大量のスクラップはバルキリーの増産にも大分使われている。しかし、スクラップの大部分を占める金属はホーネットに使われてバルキリーの増産に回される量はそれほど多くない。
 何でも、金属を使うと体重が増えるからイヤなのだそう。若い女の声で言われると体型を気にしている話にしか聞こえないが、まあ燃費が悪くなるとか機動力が損なわれるとかそういう話だろう、多分。そんなわけで旧倉庫内で作業を行っているチビ達はコストを押さえた金属装甲だが非戦闘向けエリートバルキリーのボディは稼いだポイントで購入した樹脂で覆われている。
 そんな貴重な樹脂を身に纏う選ばれしバルキリーも決して数は少なくはない。倉庫内で蠢くバルキリーの数など想像したくもない程だった。しかも倉庫の奥にはいわゆるボスが存在していると言う。
 パニラマクアの一件は話題にもなったのでもちろん把握している。あの機軍に反逆し善戦したパニラマクアの怪物と同等のものがご近所に存在しているというわけだ。
 そしてこの日。コムードはその怪物と相対することとなった。実務上の良きパートナーとして改めて挨拶をするということで招待されたのだ。挨拶だけなら向こうから出向いてもよかったが、倉庫の中がどうなっているのかコムードが気にしていたことがヘンデンビル経由で伝わっていたので工場見学も兼ねて会談がセッティングされたのだ。
 確かに気にはなっていたが、知ってしまったら後戻りできない何かがありそうでコムードはなるべく気にしないようにしていた。しかし、コムードくらい事情を知っている人にであれば今更隠すような物はないと色々見せてくれることになった次第である。
 バルキリー側にとっては見せてもいい物だったのだろうが、コムードにとってはやはり見ない方が良かったと思えるような物もあった。旧倉庫の外で走り回っているカートタイプは極力機械っぽさを留めた物で、倉庫内で蠢いていたのは虫や獣を思わせるような動きをしていた。スクラップの山の上を歩き回るには車輪よりも脚の方が向いているので納得はできるが……やはり数がえげつない。そして、脚以外の胴体部分もどこか生物めいた印象を与える物だった。それらが一心不乱にスクラップを貪り喰っている。こちらの存在に気付かれたら自分まで喰われそうだ。
 所々床や壁面、天井に至るまで生物の巣を思わせる不定形の物体がへばりついている。それが蠢く機械たちをさらに生物かと見紛わせるのだ。
 そんな魔窟の最奥に一際異質な物があった。おそらくロケーションがここでなければそれほど違和感は感じないのだろう。殺風景な倉庫を彩る巣窟めいた不気味なオブジェクト。その中に異彩を放っていたのは何気ない扉だった。
 扉が取り付けられているのは歪な塊。その扉の向こうにどんな恐ろしい光景が広がっているのか想像もつかない。だというのに扉はやけに可愛らしいデザインだった。おっさんであるコムードにはこの扉が相応の景色の中にあっても開くのに勇気を要する、女性の私室の入り口に見えた。
 案内役のバルキリーは扉の斜め前で止まった。どう見ても入れと無言の指示を出している。ノックをすると「どうぞ」と声がした。聞き慣れたスクラップ回収マシン・バルキリーの声だ。話によるとこの声は元々バティスラマ、あるいはレジナントにいる少女の声だったらしい。だが最近はその少女との差別化をはかるためか少しずつ変化してきたとのこと。口調の違いもあり今やその少女とバルキリーの声を間違えることはまずないそうだ。
 扉を開けると、そこはバルキリーが荒稼ぎしたポイントで買い漁ったと言う可愛い小物が所狭しと置かれた空間だった。コムードの子達は三兄弟なので馴染みはないが、もし娘がいたらその部屋はこんな感じだろう。
 そして待ち受けていたのもこの部屋にふさわしい『人物』であった。
「いらっしゃい、ようこそあたしのお部屋へ!」
 その『あたしのお部屋』とやらに招かれる予定はなかったが、ここは確かにそこにいる赤髪の少女の私室以外の何にも思えなかった。とりあえず誰と言いたいところだが、見た目はともかく聞こえてくる声はスクラップ回収などについてのやりとりで馴染みのある声だ。
 この少女がこの施設の代表者であるらしいが、おおよそ労働しているような年頃には見えないし、童顔で実年齢は見た目以上だったとしても責任者になるにはさすがに若い。
 彼女は一体何者なのか。その疑問は自己紹介の前にと彼女がとった行動で早々に解消する。自分の頭を引っ張って体からはずしたのだ。コムドーだっていきなりそんなことをされればちょっとはびっくりするが、ちょっとで済んだのは切り離された首と胴体にケーブルや機械が見えたからである。
 首を戻した彼女はあっけらかんとした顔で、こうするのが自分が機械だと分かり易いのだと言う。確かに腕や足を外して見せたところで、中央ならともかく前線では義手や義足は珍しくもない。男であれば機械丸出しの義手をこっちの方がかっこいいと身につけているが女性だと見た目を気にして一見義手や義足だと分からないこともざらだ。一見普通の人でも腕や足の着脱くらいならできる人はそこそこ居るわけである。
 しかし頭部と胴が分かれて生きていられる人間はまず居ない。余程の大物なら特殊な蘇生治療や改造を受けて頭部だけで生き残るケースだってあるだろうが、そうそうあることではないだろう。最初から人型の機械だと考える方が合理的なのだ。
 というわけで、彼女こそバルキリーの親玉だった。
 それはいいが、とりあえず見た目は少女でロケーションも少女の私室というのは反応に困る。まずはお茶と茶菓子を出されてもてなされたが、落ち着かない。そんな様子を察したのか、おもてなしもそこそこに改めてスクラップ処理施設の視察に移った。
 無機物とも生物の痕跡とも思える異質な物体に囲まれた空間だが、乙女ルームよりは居心地がいいのは不思議である。
 この場所に運び込まれたスクラップはバルキリーたちによって分解される。その様子はさながら虫か何かの食事であり、ヘンデンビルがスクラップのことを時折餌と呼んでいたのも納得だった。
 そしてピーク時には頭を抱える段階を軽く越えて諦め達観するしかなかったスクラップの山が見る見る消えていったのもまた納得の食欲。実際には食べて取り込むのではなく切り分けて運んでいくのがほとんどのようだ。そのまま加工場で金属板や金属棒、ネジなどの部品に加工されて各所に納品されていくらしい。
 体が重くなるからと自分たちへの使用は極力控えている金属は最近ではこうしてほぼほぼポイントに換金してしまっておりそのポイントは樹脂や趣味に使っていたが、最近は趣味の小物も十分買い尽くし樹脂も買うまでもなく原料となるオイルが前線からいくらでも調達できるのでポイント収益は増えているのに使い道がないと言う贅沢な悩みに陥っていた。
 自分に使えないなら他人への施しに使えばいいのだが、残念ながら彼女もそんな善行で自己満足できる聖人君子ではなくもっと俗物だった。
 そのポイントの使い道として思いついたのが機材の購入だった。これまでは今必要なものだけ調達して貰っていたがいずれ役に立ちそうとか面白そうとかその程度でも仕入れていくことにした。みんなの役にも立つが、自分もその機材のシステムを取り込み進歩できる。しかし特殊な機材は簡単に通販で買ったりはできない。そこで白羽の矢がたったのがコムードである。コムードの立場ならそう言った機材の仕入れ先に明るいのだ。
 あまり妙な機材を勝手に仕入れたりすると軍に怪しまれそうだがその点も心配無用だ。欲しいのに予算が足りず経費も下りない機材を所員のカンパを合わせてコムードの私費で購入するなど珍しくもない。軍としてもその辺りに文句を言うと予算を増やせとか言い返されるのが目に見えているので今後もノータッチだろう。
 最近のコムードが副業で稼いでいるのも機材の購入資金の為だと思われている節がある。実際に機材に回すような機会があればそうしたかも知れないが、今のところはまだ予算で間に合っていた。それも軍からの依頼に必要な機材はさすがに軍が調達してくれる上、バルキリーがそれを取り込めば複製し放題になるのでコムード達も欲しい場合格安で回してもらえた。それで浮いた分を他の機材に使ったりもしたが予算にはまだゆとりがある。
 副業で稼いだ分は今までにカンパしてくれた所員への償却還元すなわちお小遣いにも回しているが、自分のポケットに納める分も多めだ。所員に返した分は機材の費用と言えなくもないが他は違うだろう。よって副業の稼ぎを機材の購入に充てていないとも言えないが充てているとも言えない、限りなく充ててはいない寄りの状況なのだ。
 しかしまあ、その辺は黙っておいてしれっと機材の仲買をしておけばよいだろう。そもそもコムードが自分の伝手で自分の――知り合いの――ために何を買おうが文句を言われる筋合いはないのだ。
 とは言えさすがに兵器はヤバいと思うのだけれど。
 前線は消耗が激しいと言うことで、量産できて壊されても大した痛手にならない量産型の兵器や武装させただけの作業機械でやりくりさせられる。それは建前で前線軍は旧式安物の兵器で戦わせておいていざと言う時に最新鋭の武装で固めた中央政府軍が恩を売り手柄を奪うのが目的なのだとはよく言われる皮肉だが、まさにそんな感じの挙動をしょっちゅうしているのだから笑えない。
 まして今や前線軍は北方南方のどちらも中央政府軍の意に添わず反乱分子と呼ばれている状態。援軍を送るとは思えないし、送ったところで援軍のふりをして後ろから撃ったと言うのだから中央政府軍など当てになどなる訳ないのだ。
 そんなわけで最新鋭の兵器は援軍に使ってもらうことすら絶望的だ。だからこそ、いっそ自前で調達すべくコムードに頼ろうというわけだが全く無茶を言うものである。いくらコムードにいろいろなコネがあるからってそんな最新鋭の兵器を仕入れるような真似が出来るかと言われると、まあできるのだろうけど。

 話を持ちかけられてすぐ、試しにやってみた。
「最新兵器のサンプル?前線にでも送るつもりか?……上にバレないように頼むぜ、バレても俺の名前は出すなよな!」
 さすがに兵器を取り扱っているような工場は軍の直轄、厳しいかもとは思ったがそんなことはなかったようである。まあ、中央政府軍だって上層部以外は前線には普通に頑張って欲しいと思っている。それこそ援軍として前線に送られる将兵にしてみればいくら自分たちが最新鋭の兵器で固めたところで負けるときは負けるのだし、前線が善戦しているうちは危地に送られる必要性もないわけでできればそうであって欲しいに決まっていた。
 将兵ですらそんな感じなのだから更に下っ端の工場長など、たとえ自分たちの作った兵器が前線ではほとんど使われないとしても前線寄りの立場なのだった。交渉のためにいざとなれば宥めすかしたりなど色々手を打つつもりではあったが、その必要もなく兵器類の代理購入はできてしまった。
 そもそも兵器を購入したところで大量購入であれば目を付けられるだろうが、一つであればさほど目立たない。しかし、前線に逃亡した反逆者と繋がっている人物の上最近では色々な物を大量生産しているコムードが購入したのはさすがに要注意だと思うのである。もう少し警戒すべきなのだが……何の動きもない。
 それをいいことに、バルキリーは隅っことは言え中央で堂々と兵器の量産を始めていた。今度はこれを前線に送る手段を確保してくれとか言い出すのではないか。さすがにそれは難易度が高い。ただでさえケチって前線では使わせない兵器の数々、それらを前線に運ぶとなるとバレないようにやらねばなるまい。
 そう考えて輸送経路の確保に動き出したものの、やはり難航した。その一方で。
「運ばないよ?設計図はあっちにも送ったし、素材もあっちで確保した方が簡単だし、運ぶの大変だし」
 確かにあっちで作れるならあっちで作った方がいいに決まっている。と言うか、あっちでも作っているようである。じゃあ、ここで作ってる分はどうするの。そんな当然の質問が怖くて切り出せないコムードであった。
 かくて、この中央に謎の武装勢力が誕生したのである。