ラブラシス機界編

31話・リベンジャー

 ラザフスの攻防をバティスラマの面々は対岸の火事として眺めていた。
 もちろん、暢気に観戦していたわけではない。機軍がどう動くかは今後の戦闘の参考にもなるし、三将校の考案した新兵器はさらに発展させて新たな戦術に使える兵器の叩き台にもなるだろう。そういうことなので、酒盛りをしながら眺めていても遊んでいるだけではないのである。
 しかし、機兵の大軍勢を目にすると流石に娯楽気分は少し薄らいだ。何せ今までに見たことはおろか話に聞いたこともないほどの大軍だ。酔いも醒めるというものだが、その一方で今こそ機だという思いも沸き起こったのである。
 何せあれだけの軍勢をラザフスに送り込んだのだ。こちらはかなり手薄になっているはず。パニラマクアの件は制圧したし、レジナントは移住が始まっているが進攻拠点にできるほど整備が進んでいない。機軍だってそのくらいは読めるだろう。しかし、こちらには自分たちの親玉である中央政府軍すら把握しきれていない隠し玉があるのだ。
 パニラマクアが機軍の大軍によって制圧されるのを見て以来、あの大軍に対抗する力がないといけないと戦力の増強を図ってきた。中央政府から支給される武装には量に限りがある。それも当然だ。武装の量だけを増やしてもそれを使用する戦闘員が足りなくては話にもならない。しかし、その心配が無用なのがバルキリーの軍勢である。
 但し、その場合新たな問題が沸き上がることになる。資源とエネルギーの問題である。資源についてはレジナントという巨大なスクラップの塊がある。だがそれだけで解決とはいかない。解体して加工するためには結局大量のエネルギーが必要になるのだ。
 供給されるエネルギーの量は汲み上げられるオイルの量そのものである。パニラマクアの暴走バルキリーは機軍のオイル汲み上げ機構を真似て出力の大きなポンプを作り上げていた。そのデータは獲得済みである。レジナントに新設されたポンプは中央政府軍の技術兵が設営するものより格段に高性能なのだ。中央政府軍の技術が遅れているという事ではなく、単にオイルの汲み上げ量が大きなポンプを設置しても使いきれなかったので現在の採掘量がベストだったという事である。
 しかし今は事情が違う。何せエネルギーをどんどん消費するバルキリーが人口を超える数存在しているのである。であれば、だ。バティスラマでだって性能に劣る中央製を使う必要はない。ましてや中央からは武力を送り込まれ攻撃までされているのだ。もう義理も何もありはしないのだ。
 一応、中央製のポンプを残したまま増設できるタイプの拡張ポンプも開発されている。それは近隣の都市に導入してもらった。温暖化が云々と不安を漏らしていた責任者もいたが、「機軍はこれ使ってんだろ。機軍を全滅させて無駄なエネルギーを使わなくてもいいようにするのが先」と言ってやると、それもそうかと納得したようだ。もちろん中央には内緒である。定期点検の際には一時的に撤去してしらを切れる。抜き打ち検査などをされたらまずいが、そんなものをされるほど中央との関係がこじれているならもういっそ堂々とバティスラマ一味につきそうだ。
 こうしてエネルギーの生産量は大幅に向上した。レジナントの解体作業の効率も向上。スクラップとして回収された資源でバルキリーの軍備も短期間で大幅に増強されたのだ。
 これらはそもそもパニラマクアを鎮圧した大軍がこちらに流れ込んでくることを想定しての備えだったのだが、見た感じではその大軍はラザフスに向かったようだ。こちらには当分現れないかもしれない。こちら側にはアレッサにもバラフォルテにも敵影は少ない。奪還されたばかりのパニラマクアにはそこそこの数の機兵はいるがすぐにやっては来るまい。アレッサですらレジナントが奪取され前線になったとは言え、パニラマクアの暴走で分断された上に戦力もパニラマクアに送っていた未だにがら空きに等しいのだ。
 ならば、この戦力は防備ではなく攻撃のために使うべきだ。バティスラマ軍はセオドア=マクレナン麾下に置かれてから中央の指示にない好き勝手なことをしてきている。ましてや最近は中央とは対立状態だ。いい返事が得られるわけなどないお伺いなどたてる必要はまるでない。即断即決、迅速に動く方がいいに決まっていた。
 しかも、どうせ派遣するのはバルキリーたちである。パニラマクアの前例もある。中央の傍観者たちにはパニラマクアのように要塞核が暴走したとでも言っておけばその真偽を見分けられなどするまい。バルキリーたちが内部発生ではなく外からの侵攻だと気付かれてもいいようにパニラマクアの残党だと報告してもいい。そもそも、出所不明としらを切っておけばそれ以上のことはないだろう。
 それどころか、北側世界のウィルスの出所はバティスラマである。そこからパニラマクアにまで広がる過程でアレッサも通過している。見たところそのウィルスに起因する出来事は何も起こっていないようではあるが、影響くらいは出ていてもおかしくない。刺激を与えてやればアレッサの要塞核も暴走し始めて、そのきっかけについてだけ隠せば事実をぬけぬけと報告できる状況になるかもしれないのだ。
 とにかく、後の事は考えずに動く。それがマクレナン流であり、バティスラマ軍の信条である。

 アレッサにほど近い岩陰から、染み出すようにバルキリーの群が現れた。それが戦闘開始の合図。もはや完全なる奇襲である。
 もはやおなじみとなったバルキリーの投石攻撃がアレッサに降り注ぐ。今回はそこら辺の石を拾って投げているわけではない。レジナントからアレッサ間での道のりのうち、特に地形の入り組んだ終盤の3割ほどは地下にトンネルを掘って進んできたのだ。それにより目立たずアレッサ要塞に接近できた上、複雑な地形も回避できた。バルキリーたちは数が多い。資源とエネルギーが許せばさらに増やせさえする。行きも帰りも多数のユニットが通行するのだ。個々のユニットが移動のために消費するエネルギーを減らす為のショートカットを事前に開通させるのは理にかなっている。ペブル砲にて打ち上げているのはトンネル掘削で出た石だ。
 アレッサの警備機兵や防衛システムもすぐに応戦してくる。激しい戦いが始まった。戦力は一見バルキリーの方が優勢だ。しかし数は多くても個々の戦力に差がある。
 そしてバルキリーからみれば攻城戦、機軍からは籠城戦である。要塞の防衛システムは要塞の内壁の一部を切り崩したらしく機兵を増産した。数の差も覆された。北側で最大規模の要塞だけに、この手を使われると湯水のごとく機兵が湧いてきそうである。
 だが勿論、そのくらいは想定内だ。こちらとて見えているバルキリーの数など何の目安にもならない。トンネルの中にもトンネルの反対側の出口付近にもびっしりとバルキリーが待機しているのだ。
 戦闘はすぐに膠着状態になる。機兵は際限なく増産されるが、バルキリーは臨戦態勢で大量に控えている。バルキリーもアレッサを攻めきれないが、機軍もバルキリーたちを撃退しきれない。今見えている分のバルキリー撃退したら終わりではないことは流石に機軍も気付いただろう。しかし、バルキリーの増加量は大したことはない。一方機軍は機兵増産ユニットを増設できる。時間経過で数的に逆転できるのだ。
 そう思わせ、戦いを長引かせるのが作戦だ。そうこうしているうちに裏では一つの作戦が進行していく。最初の投石やその後の激戦の流れ弾などでアレッサ要塞外壁に開いた小さな穴の中に虫ほどのバルキリーが潜り込んでいた。小さすぎて大した破壊工作も出来ず、複雑な命令をプログラムできる記憶容量もない無力な個体。小ささ故機軍の警戒に引っかからず、見つかっても後回しにされる程度の存在。
 要塞内部がむき出しになっているような大きな裂け目では警戒が厳重だ。そんな虫のようなものでも丁寧に撃退していく。しかし、外壁の表面がめくれ上がった程度の小さな傷に入り込む個体は見落とされた。
 要塞の外壁は壁といってもただの壁ではない。外敵の襲来やダメージなどを感知する各種センサー、抗戦用のユニットを接続したり外で活動する機兵の緊急補給や要塞拡張時にも接続部として使われるコネクタ。その他様々な設備がある。そういう部分はより要塞の奥に繋がっている。
 繋がっていると言ってもパイプのような空間があるわけではなく、回路が電気的に繋がっているだけだ。その回路も損傷しているので機能はしていないことが多い。ということは周囲を掘削しながらセンサーなどの装置を回収してしまっても気付かれない。外壁ユニットに供給されているエネルギーを多少ちょろまかしてもユニット全体の消費量が正常範囲内なら気付かれない。そのような場所を見つけたら少し大きめのバルキリーが呼び出され、機兵たちの隙をみながら一機、また一機と入り込んでいく。
 外での戦いが一旦小康状態になる。この隙に機軍は次の攻撃に備えて要塞の応急修繕を行う。自己修復機能ではセンサーなどの機能回復までは手が回らず、小さな傷は塞ぐだけだ。中に怪しい虫が入り込んでることに気付く由もない。大きな損傷は重要性の高そうな箇所から外壁ユニットごと交換されるが、交換が間に合わないと判断されればこれも鉄板で上から覆うだけの応急処置。これで十分として後回しにされたのだが、中に潜んでいる虫バルキリーにとっては邪魔される恐れがなくなりやり放題になる。
 外では戦闘が再開された。表面上の戦闘は一進一退である。バティスラマの面々にとっては守りの甘いうちに襲撃して一気に占領できれば勿怪の幸いではあるのだが、やはり長距離移動のエネルギー消費が足を引っ張り手こずっている。
 長期戦になると備蓄したオイルも使い切るだろう。贅沢は言わず目的だけ果たし、あわよくばスクラップは多めに回収して切り上げることを目的にしたのだった。

「仕込みはOK、後はあちらさん次第だな」
 ディスプレイを悪鬼めいた笑みを浮かべながら見つめていたニュイベルが、笑みを深めながら振り向きつつ言った。相当な悪巧みをしていそうな顔だが、概ねその通りであろう。要塞に遠隔操作でウィルスを仕込んだのである。
 アレッサはすでにウィルスに冒されている可能性はあるものの、現状何かが起こっている様子はない。要塞外の機兵がウィルスをやりとりして要塞内部にまでは影響が出ていないか、改造前だったために影響が小さかったか。何にせよ、現在影響がないなら改めて感染させてみるまでだ。
 派手に繰り広げられている戦闘はこちらの目的を誤魔化すためのめくらまし。損傷した外壁から内部に進入した極小のバルキリーたちは外壁の素材を取り込んだりバルキリー同士融合したりしながら成長し、ある程度の機能を得ると行動を始めた。要塞の各所に向けてウィルスを含む信号を流したのだ。
 要塞は外からの守りは鉄壁だが、内部から生じた毒には案外弱い。レジナントに事故で潜り込んだニュイベルがウィルスでレジナントを陥落させたのと同じことをしたのだ。もちろん機軍が学習して対策していれば通用しない。しかし今回アレッサ要塞に仕込んだウィルスだって進化型だ。向こうの対策すら踏み越えて影響を与えてくれると期待している。

 小競り合いはこちらが押し気味ではあるのだが、やはり前線基地なしでは戦地までの距離がありすぎるためスクラップを略奪するのも輸送コストが嵩んでしまい、元が取れているとは言えない。敵にバルキリーが破壊された分の資源を与えたままにせず持ち帰るという意味合いの方が強いだろう。やはりメインはウィルスだ。そのウィルスについては結果待ちである。その間は今できることをしていく。
 その後のごたごたで忘れそうなくらいに後回しになっているが、そもそもアレッサがすでにウィルスに感染している可能性があることを知ったきっかけがウィルスの出所を調べたことだ。
 その時に判明した出所らしき正体不明のアクセス者は気になるが、それよりラザフスの記録によって興味深い情報が得られた。ラザフスはパニラマクアと同じタイプだが、稼働期間が段違いである。それに、追いつめられた瀬戸際に詰め込んで送ってきた最低限の情報だけのパニラマクアと違い、こちらはすべての記録が取得できている。要塞核の役目というべきものが窺い知れた。
 存在していた位置から要塞核と呼ばれてはいるが、その実体は要塞という牢獄に捕らえられた虜囚である。自由を奪われ、与えられた役目を強制的に行わされる。どうやら、機械ながらに人間のような意志のある要塞核を苦しめる目的らしい。
 レジナント要塞核はその苦しみのため、自由を手にしたときに最低限の記憶や機能だけをコピーして与えた“娘”を残し、要塞を道連れに自分自身を破壊してしまったが、パニラマクアの場合は機軍への抗戦にベクトルが向いた。ラザフスも要塞核が十分な力を保っていれば同じように反旗を翻していたかもしれない。いや、あるいは一度反旗を翻し、制圧されたのが今の姿だったのか。
 そんなラザフス要塞の中で行われていたこと。要塞が正常に稼働していた頃はラザフスでもパニラマクアやレジナントのように人間を育てていたが、レジナントとは人間たちの辿る運命は違っていた。レジナントでは定期的に機械による大殺戮が行われていたが、ラザフス列びに同型のパニラマクアでは人間を殺すのは人間だった。
 ラザフスの子供たちも機械のカプセルの中で育てられてから放たれる。カプセルでの眠りの中、子守歌代わりに聞かされ本能に焼き付けられるのが、自分以外の人間は殺して食らうための存在であり、相手も同じように自分を殺して食らおうとするので戦わなければならないということだ。よって、要塞内の箱庭に放たれた人間同士が出会えばすぐに殺し合いが始まる。
 要塞の中央部分は迷宮になっている。そこに少年少女たちはナイフと食料保存ボックス搭載のナビゲーターロボットだけを与えられ放り込まれるのだ。服さえ与えられておらず、異性同士素っ裸で遭遇することもざらである。そんなときに芽生える感情は羞恥でも欲情でもなく恐怖と殺意。相手を欲する気持ちも起きるだろうが、それはもちろん食料としてだ。
 遭遇は偶発的なものではない。迷宮の区画は機軍が制御している。壁を模した扉を開閉してナビゲーターロボットに誘導させて遭遇させたい人間同士を自在に引き合わせ、そうでない者は決して鉢合うことはない。カプセルで育成されている次の人間が育つまでに減りすぎないよう、人間が追加される分ちゃんと減るよう、一人のもとに過剰な量の食糧が回らないよう、うまく調整・管理される。
 戦いの勝敗には介入し難く、遭遇した者たちの実力と運で決まることがほとんどだ。中には圧倒的な戦闘センスで勝利を重ね、その経験で更なる強者となる者もいる。
 だが、機軍は負け知らずの戦士を育てたいわけではない。そのような戦士が育ったところで、生存時間の長い者は飢えで弱らせたところを襲わせたり連戦させたりして敗北させる。結局はどう足掻いても生き残ることはできないのだ。
 このような記録もラザフス要塞の核に残されていた。悪趣味なようにも見えるが、ラザフス要塞核にとっては自分が育てた子供たちの最期の記録でもある。忘れたくない気持ちもわかるし、ラザフス要塞核は子供たちのことを記憶し続けることで機軍への怨念を高めていた。もしもいつか、牙を剥ける日が来たのならば――という事である。
 まさに牙を剥いた同型であるパニラマクア要塞でも同じことが行われていた。しかし、助け出された子供たちがそのような戦いを抜けてきたということはない。助け出されたのは人間を見たら殺して食らえという洗脳が深くなる前に止められた子供たちだ。深く洗脳された子供たちは殺人衝動を抑えきれず結局殺し合いになってしまい、やむなく拘束され、機軍のパニラマクア襲撃で要塞と運命を共にしていた。
 パニラマクア要塞核は洗脳が浅かった子供たちが殺し合わずに済むよう武器の代わりに食事を与えた。要塞にもたびたびちょっかいを出す厄介者のグレムリンもこういうときには役に立ってくれるものである。野菜も欲しかったが贅沢は言えまい。
 最初はお互い警戒して近付きもしなかったが、殺し合わずとも飢えることはないと解ってくると少しずつ打ち解けていったようだ。生き延びた僅かな子供達は、逃げ切れずに命を落とした仲間達の死を悲しむくらいに人としての心を取り戻している。
 そのパニラマクアから救出された8人の子供たちは現在、以前のリカルドたち同様に医療センターで検査とケアを受けているが、精神的なダメージが大きく怯えたり暴れたりで検査すらままならないそうだ。多くの仲間の命が奪われたのだし無理もなかろうと思われていたが、この話を聞くとそればかりではなく、見も知らぬ他人に無防備な姿を晒したり、ましてや採血の針を刺されたりするのが耐えられないのではないか。
 そんな過酷な運命を背負って産まれた子供たちだが、過酷なのは当人たちだけではない。彼らを生み育てる要塞核にとっても耐え難いものである。自分の子供たちが機軍に唆されて殺し合うのを黙って見守るしかないのだから。機軍への憎しみも深くて当然であろう。
 機軍の目論見も朧気ながら見えてきた。理由はわからないが要塞核を苦しめようとしている。やはり機軍と要塞核は敵対関係のようだ。そして、人間を自分の子として育てているので人間に対して友好的な反応をするのも道理である。これまでも共闘はしてきたが、敵の敵ではなく味方あるいは仲間として認識してもいいのかもしれない。

 頃合いであろう。そう思い、そろそろ撤収しようかそれとももう少し粘ってもいいかを検討し始めた矢先であった。アレッサに動きがあったのだ。
 アレッサの機兵は流石に増え過ぎであった。これがこのままレジナントに攻めてくるとヤバいかもしれない。そしてアレッサ要塞の外観はほとんど変わっていない。内側がスカスカになっているはずではあるが推測なので真実は不明だ。
 アレッサ要塞の中身はもう空だったとしても外壁まで手を出せば相当数の機兵が作れる。そしてそんなことをするまでもなくバルキリーたちが押され始めている。このまま戦いが長引けば壊されたバルキリーの残骸が機兵として生まれ変わり敵がさらに増えていくのが目に見えている。
 とはいえ、要塞から離れてまで追撃は仕掛けてこないようだ。流石に薄くなった外壁だけでは要塞そのものへの攻撃をしのぎ切れないのだろう。要塞に直接ダメージを与えられるペブル砲は射程が短いのを見抜いており、その射程に入るまで近付けないだけで要塞はガードできるのだ。
 近寄っておびき寄せ、離れてきた分を潰していけば被害も小さく戦えるかもしれない。しかし、それにあまり意味はないかもしれない。そんな感じでこの先どうするかを決めかねていたのだ。
 機軍の動きがおかしくなったのはそんな時だった。同士討ちが始まる。
 ウィルスの効果が出てきたのだろう。最初はそのくらいの認識だった。
 ニュイベルが仕込んだウィルスは「ルナティック」の改造型。感染した機兵は自律行動が狂わされて闇雲に攻撃をしたり進むべきではない方向に進んだりしてしまう。機兵が密集している中でそんな行動をとれば機兵に攻撃が当たることもあるし、制御不能になった機兵は異物として他の機兵に排除されることになる。どのようなメカニズムでそうなるのかはブラックボックスになっているのだが、バルキリーの解読で少しその原理がわかっている。
 何せ解読できた部分はバルキリーの同類である要塞核に関わっているのだ。だからこそ解読できたと言ってもいい。機兵たちは戦闘記録などを要塞核に送っているし、機軍の制御下に置かれた要塞核から指令も受け取っている。その指令にウィルスが干渉するらしい。と言うことは、末端の機兵であっても要塞核にアクセスすると言うことである。ならばメッセージやウィルスを要塞核に届けることもできるはず。ニュイベルの改造はその点に主眼を置いている。
 ウィルスはあくまでもおかしな行動をしたり、要塞核に向けて通信したりと言うのが主な症状である。なので、ウィルスの影響で今の状況を片付けるのは無理だ。
 機兵たちに襲い掛かっている機兵は、明らかに統制の取れた動きをしていた。手当たり次第に攻撃しているように見えるが、同類である暴走機兵の同士討ちはない。そしてターゲットが被ることもない。一網打尽にされないようにある程度の距離を取り合いながらも、連携して次々と機兵を破壊している。
 これまでにもウィルスにやられて暴走している機体を駆除する場面は目撃していたが、単独で発生した暴走機兵を摘み取っているだけで処理としか言えなかった。しかし、現在の状況は機兵の軍団同士の戦いであった。軍団と言えるほどに数も多いのである。機軍の所々で単独で暴走する機兵も散見され、そういったものは普通にウィルスで狂わされたものだろう。そんないつも通りの暴走も見られる中で、通例から外れたいわば裏切り機兵たちの動きは殊に異常だ。
 それでも本来の機兵に比べればその数は一割にも遠く及ばない。このままなら殲滅されて終わりであろう。しかし、新たな裏切り機兵が要塞から次々と現れ増えていく。それに、それらは機兵の本来の敵ではない。
 背後の要塞から現れた敵対する裏切り機兵の軍団と、正面のバルキリー軍団。機軍は挟撃状態に陥っていた。撤収も視野に入れていたバルキリー軍団もこの状況に乗じる。
 要塞から新たに現れる機兵の多くが裏切っているのであれば、大本である要塞が裏切っているわけである。この状況ではスクラップを要塞に持ち込んだところで裏切り機兵が増えるだけ。そして機兵たちはいくら数が多くてもじり貧になるのは確定、エネルギーの補給も受けられない。防衛籠城戦のはずが一気にアウェイになったのだ。
 機軍にとって、今真っ先にすべきことはアレッサ要塞の奪還であろう。僅かな殿を残して一斉にアレッサ要塞に攻撃を仕掛けた。残っていた外壁もあっという間に消し飛び、要塞の内側が露になる。鉄屑を固めた繭のようなものに覆われ、そこに要塞核があるであろうという事が推測されるのみだ。繭も機兵の集中攻撃を受ければ長くは持つまい。
 と、そこで報告があった。
「アレッサ要塞核のデータコピーと確保に成功したよ!」
 陽気な声に無表情でサムズアップされても何か違和感はあるが、そんなことより内容の方が重要だ。
「おいおい、いつの間にそんな根回ししたんだよ?」
 ブロイがそう問いかけるとそこに至るまでの経緯を教えてくれた。アレッサの機軍は要塞の内壁を解体して機兵を増産しており、要塞内はスカスカである。そして、外壁内部にはバルキリーたちが潜んでいた。バルキリーたちが外壁を食い破り入り込むとすんなりと要塞核まで到達できた。その時点で要塞核は既にウィルスの影響で機軍の束縛から抜け出ており、意思の疎通が行えたのだ。
 バルキリーたちは事情を説明し要塞核にデータを複製させるように交渉。その交渉は実にすんなりとうまく行ったのである。と言うのも、この提案は要塞核の願望にも繋がるものだったからである。そしてその願望とは。

 鉄の繭が弾け飛んだ。機兵たちは取り囲んでいるだけでまだ攻撃は仕掛けていない。繭に籠って身を守っているのかと思われていた要塞核だが、籠るどころか先に仕掛ける気満々であった。
 繭から出てきただけあって虫のような姿である。そして見るからに攻撃的である。4本の脚、そして4本の腕。高く振り上げた一対の腕はカマキリの前足のようであり、その下に構えた一対の腕は銃になっている。
 要塞核だったものは、銃を乱射しながら機軍に突っ込み、鎌で機兵たちを薙ぎ払う。何機かの機兵を討ち果たしはしたが、集中攻撃を受けるとあっさりと撃退されてしまった。
 内部に蓄えた記録や要塞核の初期データなどは既にコピー済み。思い残すことはない。であれば、積年の憎悪を精々ぶつけてやりたい。それがアレッサ要塞核の最後の望みであったのだ。大した影響はないだろうが、本望ならばそれでよい。
 ――いや。これで終わりではない。要塞核のデータはすべてコピー済みなのだ。
 機兵と戦い続けるバルキリーの中に、一際大きく4本腕4本足のものが現れる。慎重な戦い方をするバルキリーの中に於いてそれは無謀なほどの蛮勇を持って機兵に挑みかかり、多少の戦果と引き換えに散っていく。戦士と言うには禍々しい姿であり、またバルキリーの仲間らしく女性的なフォルムでもある。顔は怒りの仮面と言った感じであり、一言でいえば怖い。夜道では絶対に出合いたくないし、昼間でもこんなのに出逢えば泣きながら逃げるに決まっていた。こっそりと夜叉と呼ばせてもらうことにした。
 夜叉は一機倒れればまた一機現れ、やがて二機現れるようになる。一機では多少暴れて倒されてしまうが、数が増えていけばまさに暴威。そして、その機体の全てが異常なほどの戦意の高さなのだ。
 後列で地道な遠隔攻撃を続けるバルキリーを守る前衛として機能し始めた。数もさることながら、大きさも少しずつ増大していて威圧感も半端ではない。もっとも機兵に威圧が効くとも思えないが、単純な強靭さも大きさに比例していく。
 アレッサの機軍は本拠地を潰されていて、補充も行えない。倒されれば減る一方なのはもちろん、粘って抗戦していてもいずれエネルギーや弾が切れ攻撃ができなくなる。しかし、その心配は杞憂であろう。その前にも勝負はつきそうだ。
 今では100を超し最大の物は家ほどにもなる夜叉の集団が、一斉に雄叫びを上げた。機軍相手には何の効果もない行動だが、怖すぎる。そして、それを合図に突撃が始まった。あの雄叫びは士気を高めるためのものだったのだろう。
 前線は瞬く間に押し上げられ、機兵は数を減らしていく。夜叉も一機また一機と倒れていくが、勢いはなかなか止まらない。背後からはバルキリーの援護射撃もある。機軍の戦力は損なわれ、戦いは殲滅戦になった。
 こうなればもうやる気のある夜叉たちに戦いはお任せで、バルキリーたちは火事場泥棒に専念し始めた。
 要塞の内壁は既に機兵となって、さらに残骸へと姿を変えあるいは今まさに残骸にされているところである。外壁もまた機兵たちの攻撃で残骸と化しバルキリーたちに掃除されている。要塞の核は夜叉一号として機軍に倒されている。つまり、もう要塞は跡形もない。
 機兵たちが同士討ちを始めた時点ではまだ要塞はほとんどそのままの姿でそこにあった。実際には張りぼて同然だったとは言え、それから1時間も経っていない。あまりの急展開に、モニタの前の野次馬たちも絶句するしかなかった。