ラブラシス機界編

30話・ぬか喜び、からの

 来るべくしてその時はやってきた。機軍のラザフスへの再侵攻である。
 もちろん機軍の侵攻が一度きりだけで終わるわけがなく、一度追い返したくらいでは奪い返すまで何度でも来るだろうというのは予測はしていた。だが、その侵攻は想定を大きく越えるものであった。
 まず、その時期である。まさについ一昨日、遠巻きに陣を張っていた機軍を撃退したばかり。それから新たに部隊を編成して進発させるにはある程度時間が必要になるだろう。そう思っていたのだが、実際にはたったの二日で新手が現れたのである。
 ラザフスでは前回の戦いで発生した大量のスクラップの回収がようやく軌道に乗り始めたばかりだった。回収班は突然現れた飛行機兵に襲撃された。飛行機兵は高速飛行が持ち味の機兵。ラザフスの隣のバッコスどころか更にその隣のアバットロフからでも二日もあれば到達できよう。ゆえにこのこと自体にさほど不思議はなかった。
 バルキリーにとって飛行機兵は難敵である。主力兵器が石のペブル砲と矢のジャベリンスロワーでは攻撃が当たり辛い。距離が遠ければ的も小さく軌道もぶれるし、かと言って近付ければ視界内での移動幅が大きくなり狙い撃つのは困難になる。しかも真上への攻撃は当たろうが外そうが自分の上から降り注いでくることになる。それが自分に当たる確率は、敵に命中する確率よりは高いとは言え決して高くはない。だが、周囲には同様に抗戦するバルキリーが多数いる。そのどれかに当たる確率となれば数段上昇する。同じことをそれぞれがすれば自滅しようとしているのに等しい。
 対処法がないわけではない。バルキリーがいない方向の斜め上に撃つだけでよい。後方から最前線の頭上を越し飛行機兵の滑空高度付近で水平になる軌道で射出すれば流れ弾が当たる確率も高まるし外れた弾で同士討ちすることもない。撃退した敵に巻き込まれるのは諦めるしかない。頭上にまで迫られてる時点で既に万事が窮しているのだから。
 何にせよ、先日の機軍を撃退できたのは万端の準備で迎え撃ったからだ。大半が非武装の作業機である回収班にはそこまでの戦力はない。僅かな護衛機が反撃したところでできるのはせいぜい時間稼ぎ。機軍にはそんな回収班をご丁寧に後方から潰していく義理などない。頭上を一気に飛び越えてラザフスに迫りつつ、ごく一部が回収班をお遊びのように射撃し、それだけで壊滅してしまった。回収された資源は少なくないが、破壊されたバルキリーの分で帳消しくらいであった。
 戦闘準備のできてない回収班ではこの程度だ。しかしラザフスの本隊は迎撃のために備えていた。回収班への襲撃と同時に迎撃の準備を始め、機軍が探知範囲内に入るや否や猛攻を仕掛けた。
 いわゆる投石であるペブル砲を中心とした些か原始的な攻撃も、空を覆い尽くすほどの規模なら十分すぎる脅威である。そしてここで使われる兵器は原始的なものばかりではない。
 乱れ飛ぶ石やジャベリンをかいくぐり迫った飛行機兵をレーザーが串刺しにする。先行してきた飛行機兵に遅れて地上部隊も押し寄せてくるが、プラズマ兵器によって一網打尽にされる。
 そして、空を覆う石とジャベリンに炎が混ざった。スワローを改良し生み出された新兵器、フェニックスである。
 テッシャン考案のスワローが今一つ地味な成果だったことを悔やみ、さらなる発展を目指して上官二人に意見を求めた。その結果、発展型スワローのコンペティションのような感じになったのである。その中でテッシャンが考案したのがこれだ。
 羽がついただけで中身の詰まった鉄の棒だったスワローと違い、フェニックスは空洞になっていてそこに燃料が注入されている。その燃料に発射の衝撃だったり敵への着弾だったり様々な要因で着火する。急拵えのシステムであるが故に、発射で確実に着火することも確実に着火させずに発射することもできないだけではあるのだが。
 とにかく、まき散らされた炎は機軍にダメージを与え煙は視界を塞ぐ。何にも当たらないまま地面に落ちてもそこに火柱を残し敵の進行を妨害できる。命中したときの破壊力はスワローに比べて落ちたが有用性は向上したのだ。気分的に尻に火がついていたテッシャンの執念の炎と言えよう。本当はジェット推進でより飛距離を延ばそうと考えていたようだが、コスパなど技術面の問題に加えてそこまで飛距離を延ばしたところで使い道が思いつかず、この形に落ち着いたのだった。
 迎撃の成果は上々であった。機軍はラザフスに大した攻撃を加えられないままラザフスの前に無為にスクラップの山を積み上げていった。このままではバルキリーたちに資源を提供するようなものである。しかし、それは回収する余裕があればの話だ。
 押し寄せてくる機兵の数もまた、予想を大きく超えていた。先だってあれだけの戦力を送り込んできたところであり、それを撃退してからさほど経過していない。それなのにこの数を揃えられたのは、機軍が先日の迎撃を受けてこの戦力を差し向けてきたということではないと物語っていた。あの時にはすでにこの機軍は準備を整えていたとしか思えない。こちらがエナジーセルを発見できなかった場合に待っていたシナリオは、大火力のビーム砲もしくはプラズマ兵器の強烈な一斉攻撃の後に押し寄せる機兵による一挙制圧だったろう。
 しかし、それを回避していたとは言えさほど状況が好転したようには思えない。押し寄せてきている機兵は決して甘んじて砲撃されて弱体化したラザフスでなければ落とせないような生ぬるい数ではないのだ。あの砲撃基地の存在が看破されることも計算ずくであると言わんばかりの戦力。こうなると本当にあれが砲撃基地だったのか怪しくなる。機兵だけで十分攻め落とせるのだから砲撃の必要性はないのだ。砲撃設備も備えた補給基地だったのかも知れない。
 とにかく、この苛烈な攻撃を何とか凌ぎ切らなければならないのだ。

 この局面でバルキリーは更なる新兵器を投入する。
 テッシャン考案のスワローは飛距離こそ飛躍的に伸びたが命中率の面で難があった。長く飛んでいればまぐれ当たりの可能性が増えはするのだが、羽の分増える材料と手間のコストに見合っているとは言えない。そこで命中させることより補助的な効果を狙うべくスワロー自体に改良を加えたのがフェニックスであった。一方、スワローの原理を他に応用した兵器も考案された。それがバーフィードの考案のホークである。
 ペブル砲のカタパルトから空高く打ち上げられたのはバルキリーたちだ。空中でバルキリーは次々と折り畳まれた飛膜を開く。ホークとはグライダー装着のバルキリーなのだ。ホークには数発の小型スワロー──言ってみればただの矢だ──が搭載されている。グライダーなので継続飛行や機動性に難はあるが、飛行機兵に対して近距離から水平に攻撃できるのはなかなかのメリットだった。ただの矢である小型スワローも高所から射出すれば狙いはともかく遠くまで飛ばせる。そして案外コストも安い。飛行機兵にとっても格好の的になってしまうが攪乱には十分だ。
 さらに、飛行機兵の特性を逆手に取った新兵器も開発されている。一見ただのペブル砲が打ち上げた石礫だが、ただの石ではない。固められた多数の小石である。高空でそれはポンと弾け、小石がまき散らされる。これこそ新兵器・ポッパーである。
 バルキリーたちの頭上で弾け飛んだポッパーの小石がバルキリーたちに降り注ぐ。乾いた音が無数に鳴るが、大したダメージはない。だが、その頭上で高速飛行する飛行機兵にはこんな物でも十分脅威となるのだ。小石が当たる速度は自身の飛行速度に等しい。さながらショットガンで撃たれたようなものである。それでも一つ一つのダメージなら大したことはない。だが、数の暴力がある。ましてや弾ける前のポッパーにぶち当たってしまえば当たり所によっては大破だ。バルキリーの頭上を押さえた飛行機兵も安心できない。
 ペブル砲と違い真上に撃ち上げてもはずれ弾がバルキリーに大きな損害を与える確率は低い。同じく空を飛んでいても滑空しているだけのホークにも同様だ。ポッパーそのものが飛膜に当たればダメージにはなるだろうが、仲間に当たるように撃つほどバルキリーだってドジではない。……たぶん。
 ペブル砲と言いこれと言い、石だからとバカにできたものではない。飛行機兵によって一気に喉元に刃を突きつけられたラザフスだが、緩やかに前線を押し上げていった。

 そんな中、飛行機兵に遅れて地上部隊も前線に到達し始めた。地上部隊が加勢してくればどうにか押し上げている前線が瞬く間に押し戻されてしまうだろう。
 バルキリーたちが大急ぎで進めるのは敵味方の壊れた残骸、スクラップの回収だ。これができないことにはじり貧になるだけである。それに今のうちに回収しておかねば機軍の地上部隊に持ち去られてしまうだろう。スクラップの回収作業など、これまでは大体が安全が確認されてから行う作業だったのでスクラップを直接バルキリーが担いで運んだりベルトコンベアーを設置して運んだりしていたが、今回はそんな余裕はない。それでいて、回収すべきスクラップは比較的近くにある。その状況下ならではの効果的に回収する方法があった。
 雑な方法である。何せ、放り投げるのだから。大型のペブル砲のような装置でスクラップをラザフスの近くまで投げ飛ばすのだ。スクラップの在処が投げて届く距離だからこそ使える方法だった。あとは落ちたところで歩き回り回収すればいい。もちろん落下地点を少しずつずらしていき、回収する機体に投げつけたスクラップが直撃する事態を回避するくらいの知恵も回るのである。
 バルキリー達にとって機兵の残骸を放り投げるのは問題ないし、むしろスカッとするくらいだそうだが、やはり仲間の残骸を放り投げるのは少し心苦しいそうである。コルティオス達にしてみればそんなに違わないように思えるが、その辺はデリケートではあるようだ。もちろん、そんな感傷に浸っている場合ではないので手当たり次第放り投げている。そんな一瞬でその残骸の元が敵だったか味方だったか、判断できてしまうだけの高い処理能力を持っているのが裏目に出ていた。
 なお、その問題についてはバーフィードからの「敵味方を判断せず、目を瞑って投げれば良いのではないか」と言うアドバイスで解消したようである。
 そうこうしているうちに機軍の地上部隊がラザフスに迫った。バルキリーたちとてむざむざ攻め込まれたというわけでもない。バルキリーたちの兵器は中近距離が主力だし、エネルギーを運搬する手段に乏しいので近場で決戦をかけるのが最善なのだ。
 機軍地上部隊に苛烈な猛攻が加えられる。プラズマやビームなど高火力の兵器はもとより。ここでもやはり主力は石である。実のところ、ラザフスにはバルキリーたちが攻略した際に撃ち込まれたペブル砲の弾丸だった石が堆く積みあがっている。邪魔ではあったが撤去をしなければ何も出来ないほどでもなかったので後回しになりがちだった、この石の撤去作業も兼ねているようなものだった。
 通常のペブル砲は一度空に打ち上げてから落下させることにより威力を出している。威力を狙っているというより何の準備もされていない戦場で地面の石を拾って投げている以上、障害物などを飛び越えさせる必要もあってこの使い方にならざるを得ないところもあった。確かに高く投げ上げることで威力は増すが、命中精度は大きく下がる。これまで主な攻撃対象が巨大な要塞や大群の敵であったので何ら問題なかった。しかし今回はこちらの本陣での戦い。より有効な利用法の準備も行える。
 ペブル砲は櫓を組んで高所に設置された。それにより直接狙撃ができるようになり、弓なりに石を飛ばすより命中精度が飛躍的に向上した。もはや小さな標的に対してもまぐれあたりを手数で狙う必要はなくなったのだ。今回も大軍が相手なのは変わらないが、討ち洩らせばより深刻な事態にもなり得る。手数頼みの攻撃をすり抜けてきた敵を、最後に確実に討ち取らなければならない。その為の狙撃部隊である。
 そんなペブル砲の射程ギリギリのあたりにどんどん石とスクラップが積み重なっていく。それはさながら塹壕であった。しかしそれを塹壕として利用できるのは機軍の方である。石と残骸が詰み上がっただけの小山は乗り越えるのに大した苦労を伴うわけでもない。一方ペブル砲の櫓からは広範囲が死角になる。機軍は変わらず突撃を続ける振りをしつつ塹壕の陰に戦力を蓄え、それを一気に送り込んだ。数を頼りにラザフスに迫る機軍。しかし、こちらだって機軍がそのような出方をするのは想定済み。いっそ狙い通りと言っていい。
 ラザフス要塞から巨大な筒状の物体が次々と放出される。それは勢いよく転がり機兵達を踏み潰していく。兵器・ローラーである。何のひねりのないネーミング通り、真っ直ぐ一直線に転がっていくしかない兵器だが、ただ行ったきりにはならない。積み上がった石とスクラップの小山を半ばまで上ると重力に従い反転する。往復で踏み潰していくのだ。
 これは固めた石を詰めた鉄製の筒状で、これもコストパフォーマンスの高い兵器だ。しかも、要塞の近くまで戻ってきたローラーは中の空洞にバルキリーが入ってハムスターが回す車輪のようにして運ぶことができるのだ。それにより要塞まで持ち帰り再利用が可能である。そのついでに敵を踏み潰してもよい。

 こんな風に、バルキリーたちの使う兵器はコストを重視したものが多い。それは致し方ないところがある。何せ、バルキリーそのものがハイコストなのだから。兵器に回す余力はそれほどないのだ。
 資源ならまだ何とかなる。特にスクラップの大部分を占めている鉄はむしろ余っているくらいだ。しかし、それを加工するためのエネルギーの工面に苦労する。
 機軍の使っていたオイル採掘装置は制御も機軍のプロトコルに拠り、バルキリーたちではそのまま制御することができない。一部を再利用しつつ真似たものを設置してはいるが即席のものなので採掘量は多くない。現在採掘量増加のためアップグレードを施してはいるが、そのために回せすエネルギーすらもこの状況では確保が難しい。
 もちろん最優先である防衛に回せるエネルギーも限りがある。効果は高くとも大量のエネルギーを消費し効率はよくないレーザーやプラズマは多用できない。まして押し寄せる機軍の数は想定以上で未だに終わりが見えてこないのだ。防衛の手を緩めてでもオイル採掘を強化すべきか悩ましいところであった。
 よって、低コストで有用な兵器が増えたのは僥倖である。投入された新兵器の有用性を確認するやいなや、それらを大量投入しつつ浮いたエネルギーを回してオイル採掘装置のアップグレードに取りかかった。
 それが完了したところで、これまでじり貧だったのがどうにか持ち直したにすぎない。しかし、持ち直せば後はこの猛攻を耐えきるだけである。
 しかし、それはこの猛攻に終わりがあればの話である。機軍の猛攻は途絶えることもなく、終わりも見える様子がない。それに、機軍もただ単調な突撃を続けるのみではなかった。突撃はあくまでラザフスを封殺するためのものであったのだ。
 気が付けば遠くの方にいくつかの光が現れていた。プラズマセルだ。ラザフスのバルキリーが迫り来る機軍の軍勢に掛かりきりになっている間に準備を進めていたのだ。
 バルキリーたちももちろんそれに気付いている。何せ遠いとは言えど十分目視可能な距離だ。隠すつもりもなさそうである。それもそのはず、バルキリーたちがその存在に気付いていようが、易々と手が出せないのだ。攻撃を仕掛けようにも地上部隊では激戦地を迂回しようとしてもすぐに攻撃を受けるし、滑空しかできないホークではスピードも出なければ動きも単調で予測しやすい。予測困難な複雑な飛び方をしていては飛距離が足りない。ジェット推進装置でも取り付ければたどり着けるだろうが、エネルギー的にとてもその余裕はないし、辿り着いても壊せるほどの攻撃を加えられるだけの余力を残せるかという問題もあるのだ。もちろんレーザーで狙い撃ちもエネルギー供給量の問題があり難しい。手出しをしようとすれば無駄な被害が出るだけだった。
 しかし、放置しておいていいわけがない。このままでは高威力のエネルギー兵器の使用を許すことになる。それにプラズマエネルギーの使い道はそれだけでない。このエネルギーを利用すればこの場所に簡易的な基地を構築できる。つまり、周囲に山ほど散乱しているスクラップを使って機兵の生産もこの場でできるのだ。
 もちろん攻撃用のエネルギープールへの供給や戦闘に回る機兵は生産に回した分だけ減ることになるのだが、それでもエネルギーは順調に溜まっているようだし、生産拠点が破壊できない限り最初に生産に回った機兵以降は普通に攻撃に回ってくるので減少するのは僅かな時間でしかない。
 これはこれまで防衛に回ることが多かったバルキリーが得意としてきた戦法だ。そして機軍がこのような出方をするのは異例である。
 とは言えバルキリーたちにやり方を学んだという訳でもないだろう。このやり方は総合的にみれば効率が悪いのだ。エネルギーの運搬や溜めたエネルギーの維持のために使うエネルギーを機兵の生産や運搬に回した方が攻撃力向上に繋がるし、スクラップの奪い合いに戦力を割かねばならない。そもそもプラズマセル自体が弱点になりうる。だからこそ戦闘中に基地を構築するような真似はしてこなかった。今回、この方法を採ってきたということはデメリットがクリアできたかデメリットにメリットが勝ったということだ。
 ようやく遠方からの機軍の進軍が緩んだ。しかし状況が改善したわけではない。戦力となる機兵はすぐそこにある製造拠点で生み出され投入される。エネルギーだけは外部から運び込まれて供給されているが、元となる素材は潤沢なのだ。それに、バッコスからやってくるのがエネルギーの輸送機のみになったことで、その運搬量も増えた。機兵の動力として消費されながら運ばれるより、オイルのみを運んだ方が効率がいいのは当然だ。バッコスからやってきてはタンクを空にして帰って行くだけの輸送機の方が、これまでの敵大軍より脅威度が高いのだ。
 ローラーの折り返し点となっていた山は機軍の鉱山となっていた。ラザフスからの攻撃もぎりぎり届きはするが、積み上がった石とスクラップがバリケードになるし、ラザフス目前まで押し寄せた機兵を横目に山の向こうのスカベンジャーを闇雲に撃つ余裕はない。
 バルキリーたちだって無策で機軍を自陣深くまで侵入させたわけではない。引きつけたところで一気に叩き戦線を押し戻す。こうしてこちらの懐でスクラップを落とさせるのだ。しかし、いくら資材を手に入れたところで加工に回せるエネルギーには限界がある。機軍の資源を奪うだけでもメリットはあるが、機軍が保持しているあるいは押さえている資源の総量から見れば微々たるものだ。自分たちが奪われた分の一部を取り返したに過ぎない。
 さらに悪い状況は重なる。バルキリーの主力兵器の弾薬が尽きかけていた。言うまでもなく石である。バルキリーたちはラザフス攻略のためにしこたま投げつけ要塞に積み上がっていた石を今度は撤去がてら投げつけていたのだが、その石が今や尽きかけていたのだ。機軍にとって石はただのゴミでしかないが、だからといってバルキリーたちに渡すほど愚かではない。そうでなくても、石拾いに外に出てきたバルキリーなど機軍にとってカモでしかない。石を拾うために、大量の石を使って抗戦する必要があるのだ。
 こうなるともはやバルキリーたちに打つ手などない。温存してきたエネルギー兵器を惜しげもなくぶっ放し最後の抵抗を試みる。機軍のプラズマセルもいくつか破壊できたが、誘爆が起こるほどのエネルギーは溜まっていなかったようである。生産ユニットも破壊したがそれでも半分以上残っている。機軍にとってもそこそこの痛手とはなったようだが、その代償としてラザフスは防衛能力をほぼ失うことになった。

 後はただ蹂躙されるのを待つばかりだった。
 その様子を固唾を飲むことさえ忘れて見守るのはコルティオスたち。つい先ほどまでは激戦ながらも拮抗していた戦況に、任せておいて大丈夫だろうと暢気に夕食を味わっていたのである。
 そして帰ってきてみれば戦闘は見るからに激しさを増していた。大丈夫なのかとバルキリーに問いかけてみれば実にあっさりと「もうダメ」などと宣うのだからたまらない。飯なんか食ってる場合じゃなかったと頭を抱えたのである。
 実のところ、彼らが飯を我慢してここに残ったところで、混乱して喚くことしかできなかっただろう。飯が喉を通るうちに食べておいて正解だ。できれば彼らが寝静まってから趨勢が決した方がよかった。確実にこれから眠れぬ夜となるだろう。
 傍目には拮抗しているように見えた戦いだが、バルキリーにしてみれば早々に負けが見えていたのだった。プラズマセルや機兵の生産設備を設置されたことすら敗因ではない。その時点には既にほぼ詰んでいる状態だった。そもそもプラズマセルを設置する時点で機軍にはもうこちらが手出しができないと見抜かれていたということ。いくつか破壊はしたが、それは追いつめられての一撃でだった。下手に手出しすることでエネルギーを無為に失い追いつめられるだけだったのだ。
 勝負を分けたのは単純に物量だった。これまで圧倒的物量差で機軍を踏み潰して勝利を重ねてきたバルキリーは、敵の数が増えるだけで容易く不利になる。石だって低コストでも無限ではないのだ。さらには防衛の準備を整えるだけの時間が与えられなかったことも大きい。オイル採掘装置の拡張だけでも完了できていれば結果は変わっていただろう。
 そもそも、機軍によるこれだけの大部隊はかつてないものであった。それだけにこの事態は予測できなかったし、機軍の本気度が伺える。さらに何よりも、このタイミングで大部隊を送り込んできたことが問題である。飛行機兵が現れた時点ではプラズマセル撃破の報復だろうとしか思っていなかった。しかし、即座にやり返すだけの為にしてはこの数は異常だ。とても咄嗟に用意できるものではない。まして短時間で移動できるだろう近隣の要塞、バッコスやアバットロフだけでなど。
 そうなると機兵の移動や輸送にかかる時間も長くなる。であれば最初に機軍がラザフスから見えぬ遠方にプラズマセルを設営していた時には、この進撃も準備が進んでいたと考えるしかない。プラズマセルを発見して爆破し勝ち誇っていたが、何の意味もなかったのだ。いや、あれを押さえておかなければ飛行機兵の到達と同時にビーム砲の砲撃に晒され、もっと無惨な負け方をしていたはず。コルティオス達はディナーどころかランチすら喉を通らない事態になっていただろう。いずれにせよ、大した差ではない。
 とにかく、終わったことをいろいろ考えても仕方ないのだ。考えるべきはこれからのこと。いや、考えない方がいいのかも知れない。考えたところで結論としてはもう終わるというだけのことなのだから。
 ラザフスは最後の最後にオイルの泉にスクラップや石を詰めて時間稼ぎはしてあるが、大した時間稼ぎにはなるまい。機軍の拠点として稼働し始めるのも時間の問題だ。それ以前に、今ラザフスにいる機兵たちにプラズマセルのエネルギーを充填させればこのままグラクーに進攻できる。万全を期すならラザフスを確保しスクラップから機兵を増産してから攻めた方が確実だが、そこまでする必要はないと判断したようである。夜を待たずして機軍は動き始めた。
 ラザフスを進発した地上部隊が路程の半ばまで到達したあたりで飛行機兵も飛び立った。地上部隊をあっさりと追い越し飛行機兵がグラクーに迫る。そしてグラクーでの戦端が開かれた。戦いはラザフスでのものをなぞるように展開していく。このままでは結果までラザフスをなぞるのは目に見えている。しかし、こればかりはもうどうしようもない。
 要塞まるまる一つ分の資源をバルキリーたちの好き勝手にできたラザフスと違い、ここの資源の大半は人間たちのものだ。もちろん人間たちも防衛に当たるが、ただでさえグラクーは再建中。これだけの敵を相手にするだけの力などないのだ。このままでは夜明けはおろか夜半すら迎えられるか怪しい。今夜は眠れそうだ。永眠になるが。
 そんな覚悟をして戦いに望んだグラクーの面々。機軍地上部隊の到達からまもなく、戦いは唐突に終わった。誰もが予想できた通りの結果──ではなかった。
 戦闘終了時点でのグラクーでの死者はゼロ。怪我人は数人出たが命に関わるほどではない。全面勝利のような結果だが、そんな気は全くしない。なぜこうなったのかがさっぱりわからないのだ。
 異変の端緒は飛行機兵がぱったりと止まったことだ。ラザフスで待機していた分が全て出尽くしたわけでもない。それなのに、である。それに続いての変化はより顕著である。グラクーに向けて大行列を作っていた地上部隊が一斉に反転し、退却を始めたのだ。
 誘い出そうとしているのか、時間稼ぎをして戦力増強しようとしているのか。罠を覚悟でバルキリーたちが追撃してみるも、殿軍が抗戦してくるくらいで退却の勢いは止まらない。バルキリーたちも深追いはやめてスクラップと石の回収に専念し始めた。
 一方人間たちは状況の確認を急ぐ。なぜ機軍は撤退したのか。状況を見ればそれもわかるだろうとラザフスの偵察を行う。撤退した機軍の地上部隊はラザフスの防御を固め、スクラップの回収に奔走しているようだ。もしかしたらバルキリーたちの最後の抵抗であるオイルの泉の栓が思った以上に効いたのだろうか。外から眺めるだけでは要塞最奥にあるオイルの泉の様子は見えないので推測でしかないのだが。
 偵察機で見ることができる情報は少ない。真実に辿り着くためにはまるで足りない。少なくとも視野を広げなければ答えは見えないのだ。彼らがそれに気付くにはもうしばらく時間がかかるのだった。

 最大の変化が起きていたのはラザフスでもグラクーでも、バッコスですらなかった。
 自分たちに迫った危機の対処に全てを傾けていたグラクーの人間にそれに気付けというのは些か酷である。何せ普段からさほど興味など持ってなどいない。世界の反対側での出来事には。
 グラクーへの攻撃が始まったまさにその時、世界の反対側でも戦闘が始まっていたのだ。しかも、とんでもなく大きな戦闘である。
 その舞台は機軍が暴走したバルキリーから奪還して間もないパニラマクア。そこに攻撃が加えられたのである。暴走バルキリーに占拠され機軍によって破壊し尽くされ、その上で再建中だったパニラマクアは作業機械が中心で戦力は少ない。前線からはアレッサとバラフォルテを挟み、背後には永久要塞バルナンドスが聳えるパニラマクアは、そうそう攻撃など受けるはずがないので防衛に力が入っていないのも当然だ。
 この奇襲に応戦すべく即座に両隣の要塞から援軍が向かった。だがそれは陽動であった。防衛部隊を援軍に回し手薄になった小要塞・バラフォルテも襲撃される。それだけに留まらない。当然のようにアレッサがパニラマクア・バラフォルテに援軍を送り出せばそれを狙っていたと言わんばかりに大要塞アレッサにまで攻撃を加えたのである。これまでのセオリーを完全に無視した三点同時攻撃である。
 セオリー通りの戦いしかできないのはもちろん理由がある。要塞攻略は前線基地の最寄りの要塞から攻める。背後にある要塞を攻めるには前の要塞の防御を突破するか多くのエネルギーを消費し迂回して行くことになる。ましてや最前線にある要塞はかなりの大戦力が防衛し、待機もしている。かつて人間達が偵察機を飛ばした時も要塞から遠く離れた場所を大回りして飛ばしたのだ。小さな偵察機くらいならどうにか飛ばすことが出来るが、要塞を攻撃できるほどの戦力を運ぶとなるとコストが掛かりすぎる。しかも、そこまでして攻撃を仕掛けたところで、両側にある要塞からの援軍に取り囲まれて殲滅されるだけ。そうなるとスクラップの回収にも行けるわけがなく、機軍に資源を受け渡しているだけでしかないのだ。
 しかし、今回は複数の秘策によってパニラマクアにも戦力を送り込み、攻撃を実現させた。それが実現できた理由の一つにラザフス・グラクーへの攻撃もあったのだ。と言うか、あの猛烈な攻撃に機軍が集中している間にと、バティスラマの軍勢が隙を突いて行動を開始していたのである。
 パニラマクアの暴走が起こった時、優位に戦っていたグラクー軍を機軍が一気に叩き一時的に動きを止め、その隙にパニラマクアに大戦力を送り込んで完封していた。つまり、言うなればこれが機軍の全力なのだ。その全力を今度はラザフスそしてグラクーに向けている。攻めるならこの期だと判断したのである。
 奇しくも、囮に使われたに等しいグラクー軍はバティスラマ軍の動きによって危機を脱することになったのだ。