ラブラシス機界編

29話・ラザフス防衛戦

 戦端はコルティオス率いる義勇軍が到着する前に開かれた。
 バルキリーの大群はグラクーとラザフスの中間地点に陣取っていた。ラザフスは破壊し尽くされ、石礫とスクラップに埋もれている。占領するにもそれらを取り除かねばならない。そうして機軍がもたついているところを叩く作戦。
 だが、機軍とて目の前の餌にあっさりつられて甘んじて攻撃されるほど間抜けではない。無防備なラザフスの占領は少数の機兵に任せ、残りはグラクーに向かってきた。
 先制攻撃はバルキリーたちである。飛距離の長い射撃を打ち込む。
 義勇軍の移動の間、船内のバルキリーたちは兵力の増産に勤しんでいる。コルティオスたちもぼーっとしている場合ではない。何かできることをせねば、せっかく増えた義勇軍の前でかっこわるい、いや示しがつかないではないか。そしてそんな彼らのできることは、バルキリーへの様々な入れ知恵であり、その一つが新兵器の発案であった。
「これはバルキリーたちの、機械対機械の戦いだ。人間は手を出すべきではない。……だがしかし。手は出さない代わりにこっそり口出しても誰にもバレまい」
「ラザフス攻略の時も我々は、遠くからやいいのやいの言うだけでしたからな」
 やいのやいの言ってるだけという点では今回も何一つ変わってはいないのだが、言っている内容が感想を述べているだけから具体的な指示になっているだけでも大きな違いである。もう、外野でも野次馬でもないのだ。
 バルキリーの主力兵器であるペブル砲は、地面に石が転がっていれば弾薬を補充できる手軽さに優れた兵器だが、命中率と飛距離に乏しい。的が大きく動かないラザフス要塞攻略では絶大な効果を発揮したが、動き回り小さな機兵相手では無駄弾のほうが増えてしまう。そこで、近距離向けにより精度の高い射撃ができる兵器を考え出した。とはいえバルキリーは火器と呼べるようなものは搭載バッテリーの効率からも不得手であり、火薬などの生産も間に合わないだろう。複雑なものは短時間での量産にも向かない。よって、基本はペブル砲のように投擲武器になる。そこで編み出されたのがコルティオス考案の『ジャベリン・スロワー』である。
 名前の通り、カタパルトで槍状の武器を打ち出す射撃武器だ。撃ち出す物を細い槍にすることで近距離での命中精度が飛躍的に上昇し、飛距離も伸びた。撃ち出す槍を製造しなければならないのが難点だが、少ない射撃数で効果が上げられるならトントンであろう。なお、ジャベリンとは言うが、それほど大きなものではなく、矢か大針と言ったサイズである。そのため当初はボルトシューターと言う名前になりかけたのだが、名前が可愛くないという理由から侃々諤々の議論に縺れ込み、ジャベリンの“リン”のあたりが可愛いからとこれに落ち着いたのだった。
 そしてさらに。ジャベリン・スロワーでも改善幅が小さかった飛距離について、格段に向上させたジャベリン・スロワー向けの弾をテッシャンが提案した。飛距離並びに偶発的な命中度の向上を目指し、ジャベリンに羽をつけたその名も『スワロー』。羽による滑空で飛距離が飛躍的に伸び、幅が中指一本分から広げた掌分くらいになり、単純計算で十数倍当たりやすくなるのである。そして、スワローを射出するのがスロワーと言うちょっとしたダジャレにもなっているのであるが、それは極めてどうでもよかった。
 まあ、この羽の分の横幅は実際には焼け石に水だろう。羽が掠ったくらいでは装甲が傷つけばいいところ。そう思っていたのだが、まずはこの読みが覆された。
 スワローのターゲットになったのは機軍の先鋒隊となる飛行機兵、通称ファルコン。ジェット推進で高速飛行する正に飛行機だ。攻撃対象まで一直線に飛来し、対象付近で散開して爆撃や射撃による攻撃を行う。
 スワローは地上の輸送車群から射出されて間もない散開前の集団に襲いかかった。この時点では結構な密集度合いである。それだけでも当たりやすい。そして、はずれたスワローは飛行機兵とのすれ違いで晒される突風に弾き飛ばされて不規則に舞い飛んだ。そこに高速で飛来する後続のファルコンはそれを回避しようがない。そして軽量化されたファルコンの機体はスワローの羽の先が掠っただけでも大きな損傷を受けた。装甲板が吹っ飛び、機体は大きく軌道を変える。その装甲板の破片が、そして機体がまた後続を巻き込む。機体同士でぶつかり合えばそのダメージは大きく、大爆発を起こす。そこにまた後続が巻き込まれていく。破壊は後方に向けて連鎖的に広がった。燕が隼に大打撃を与えたのだ。
 更に。ファルコンはその速度を活かして、行軍する大軍地上部隊の後方から飛び立っていた。大規模な爆発の連鎖は地上を行く機軍の上空で起こり、破片や損傷したファルコンが降り注いだ。僅かだがそれによっても損害がでた。それにより、後続部隊の進軍にも多少だが影響も出たようだ。
 言うまでもなく効果は上々。モニタ越しにその様子を見ていた将校たちもこの成果に胸を張りつつも、予想を上回る破壊ぶりに小首を傾げたほどである。
 これまで、バルキリーはペブル砲なる投石機や低出力のビーム砲など短射程の攻撃のみを使っていた。小型バルキリーのみでこの長距離から攻撃を仕掛けてくるのは想定外だったのだ。それ故に攻撃を受けたときに損害が広がりやすい密集編隊をとっていた。そして、単純に的の数が多かったこともスワローによる攻撃が予想以上の効果を上げた理由だ。
 そう、機軍の数は膨大だ。モニタの画面いっぱいに爆発が広がるほどの損害も、機軍にとって大きなものではない。後方に向けて被害が増大したということは、先頭集団は小さな被害のみで健在ということだ。連鎖撃墜が始まってすぐに機軍も後続ファルコンの射出を停止し被害も抑えた。出鼻を挫くつもりの機軍の出鼻を逆に挫いてやったと胸を張る将校たちだが、実際にはこちらの出鼻を挫き損ねただけであちらは鼻先を掠った程度でしかない。
 すぐに機軍も体勢を立て直しファルコンの射出が再開された。今度は密集せず、スワローによる射撃の損害を回避する戦術を採った。爆発はあちこちで起こるが、先ほどのような大きな連鎖は起こらない。
 一方、ファルコン集団の先頭がペブル砲の射程圏内に入った。とは言え、それは地上での着弾範囲だ。空の上ではない。さすがに機軍も既知のペブル砲は警戒しているようで、ペブル砲の届かない高度で接近してくる。ジャベリン・スロワーなら届くかもしれないが、高速水平移動する標的への上方射撃は敵の速度と高度で命中精度が著しく落ちるだろうし、まだ手の内を見せる場面ではあるまい。
 程なくファルコンはバルキリーたちの陣直上から急降下攻撃を仕掛けてきた。散り際の一矢となるが今ならば正面からジャベリンを撃ち込める。帰還させなければ再攻撃もないし残骸をこちらの資源にできる。
 ジャベリンの狙撃にペブル砲の斉射が加わる。バルキリーも次々と撃ち壊されていくが、その上に飛行機兵の残骸も積み重なっていった。
 ラザフス=グラクー間に陣取っていたバルキリー部隊はそのバルキリーの倍ほどの飛行機兵を道連れに壊滅。大きな戦果に見えるが、それは機軍兵力の一割に満たない……。

 その頃。機軍の本隊はラザフスを通り過ぎようとしていた。まずは周辺の敵を排除しじっくりとラザフスを奪還するつもりらしい。しかし、最低限の整備だけは行い補給基地として利用できるようにするようだ。その為に派遣された占領部隊はオイルの泉を覆い尽くす瓦礫を取り除いている。
 と。その瓦礫がもぞりと動いた。あちらでも、そこでも。
 瓦礫を押しのけてバルキリーの伏兵が現れるとたちまち乱戦になった。その最中にもバルキリーは現れ、乱戦が一方的な破壊になるまでに時間は掛からない。
 ラザフスは今、瓦礫でカムフラージュされたバルキリーの前線基地となっていたのである。制圧が間に合わず放棄したように見せかけ、機軍が占領するつもりで誘い込まれれば待ち受けてそこを叩く。
 そして、今の機軍本隊のように後回しにして素通りしたならば。
 挟撃である。
 飛行機兵ファルコンによって壊滅したバルキリーの陣営のすぐそばに、どこからともなく先ほどと同程度のバルキリーの集団が現れていた。バルキリーは戦闘の準備を整えつつ、やられたバルキリーと撃墜した飛行機兵の残骸を蟻のように地面にあいた穴に引きずり込んでいく。そう、バルキリーはこの穴から現れたのだ。
 正確には地面に開いた穴ではない。これもまた、バルキリーの前線基地が砂利に埋められカムフラージュされているのだ。穴を掘るより上から土をかける方が楽なのは言うまでもない。
 この辺りにはパイプラインが網の目のように構築され、十カ所を越える拠点同士を結んでいる。その中をバルキリーは自由かつ迅速に動き回れるのである。この穴にスクラップを運び込むバルキリーはさながら蟻のようだが、それならばこの穴はまさに蟻の巣である。
 すでにラザフスも手中に収めていたバルキリーには、資源もエネルギーもそれらを元にした労働力もさえも十分に確保できる。そもそもそのラザフス攻略時の戦力を基準に考えるのが間違いなのだが、ラザフスを占領できずに破壊するに留まっていたと思わされた機軍にとっての判断基準ではラザフスの資源が度外視になるのは仕方ないのだ。
 あのラザフス攻略はコルティオス達の思いつきで始まったに過ぎず、グラクーで最優先すべきはあくまでも復興だった。そして、グラクーをそのように復興から始めねばならないところまで無力化したことでラザフスの防衛体制も最低限にまで縮小されていた。そんな油断しきったラザフスの攻略は、復興のための労働力でもあったバルキリーを大量に割くほどではなかったのである。
 つまり、あのときの戦力など氷山の一角だ。ラザフス攻略に参戦したバルキリー、そしてグラクー周辺の前線跡地でスクラップ拾いをしているバルキリー。その“見える”バルキリーの数よりも、スクラップ集積所で資源抽出や加工、建築現場で手伝いをしているバルキリーの方が遙かに多い。圧倒的な量の見えない戦力がいたのだ。
 ラザフスを攻略した戦力がそのまま攻撃してきても、それを十分に殲滅できるだけの戦力を機軍は投入していることだろう。恐らく、その倍、あるいは3倍くらいいたとしても、なお。だが、既にその想定を越えている氷山の残りが、全力で増産した戦力ならばどうだろう。さらにそれが策を弄して来たとすれば。
 奪還したラザフスは、要塞が潰れないように内側から補強しつつ、外から見れば何もされずに放置されたかのように内部から解体していった。ラザフスのカムフラージュに使われていた石はかつてバルキリー達がペブル砲でラザフスに飛ばした弾丸である。つまりそのままペブル砲で撃ち出すことができる弾薬庫のようなものと言える。そうして攻撃することにより、同時にやっぱり結局は邪魔な石を撤去することにもなるのである。
 機軍の本隊はラザフスに近いところにいる。ペブル砲射程の只中だ。豪雨の如く降り注ぐ石礫に機兵達が次々と潰されていく。地に降り積もった石礫は機軍の行く手を阻み、取り囲まれて進退窮まった機兵を更なる礫が降り叩き潰した。
 しかしそれをかいくぐった機兵は決して少なくはない。ペブル砲の攻撃は多少軌道が逸れてもどこかに当たる可能性が高まる機軍隊列のど真ん中に集中して浴びせられたので、端を進む機兵は多くが無事だ。それらが急進し前後それぞれのバルキリー集団に肉薄する。
 機軍の隊列で爆発が起きた。高エネルギー兵器を積んだ機兵を撃破すればこのような爆発が起こることもあるが、この爆発はそうではない。ペブル砲は確かに石を投げてぶつけるための兵器だ。だが、投げるものが石でなくてはならないなどということはないのだ。ジャベリンスロワーだって、羽根付きのスワローを投げたのだ。ペブル砲で榴弾を投げて何が悪いと言うのか。ピンポイントでしかダメージがない石礫の弾と違い、範囲も広いコストに見合った火力である。
 それすらもかいくぐり機兵がバルキリー達にさらに迫ればジャベリンスロワーの出番である。近距離での狙撃向けに設計された兵器だけに、迫り来る機兵を一機ずつ確実に仕留めていく。
 しかし、それでも機軍は圧倒的な数だ。数十の機兵を破壊する間に数百の機兵が迫る。荒野に忽然と出現したバルキリーの集団は呆気なく機軍に踏みつぶされた。
 と。その機軍機兵部隊の頭上から石礫が降り注いだ。その地点の左右にそれぞれ、新たなバルキリーの集団が出現していた。

 ラザフス要塞でもまた激しい攻防が繰り広げられていた。
 要塞にはオイルの泉がある。バルキリーはそれをすでに確保済みである。膨大なエネルギーを使うことができるのだ。
 エネルギーは回収されたスクラップから急ピッチでバルキリーや兵器の増産を行うためにも使われるが、その兵器そのものにも惜しみなく使われる。大量のエネルギーを使う兵器の代表とも言えるビームやプラズマによる兵器も投入されていた。
 軌道が逸れにくいレーザー砲は大出力のものを使って遠距離を狙い、拡散しやすいプラズマ兵器ではやはり大出力で広範囲を焼き払うのが一般的だが、どちらも効率があまりよくない。今回は効率最優先である。
 プラズマ弾がそこら中で着弾して弾け、小さな爆発が無数に起こった。見た目は地味だが巻き込まれたときのダメージは絶大だ。さらに地面も瞬時に熱せられ、その熱は後続の機兵を焼いていく。短距離なら無視して突っ切れる程度だが、範囲が広すぎる。乗り切れる短距離のはずが、行く手で再びプラズマが炸裂し通過せねばならない距離が伸びていく。ラザフスに迫る機兵の動きが止まった。
 先頭を進んでいた機兵はプラズマ弾をかいくぐりラザフスに到達した。だが、近距離で正確に狙いを定め浴びせられるレーザーを防ぐ術はない。プラズマで焼かれた地面で後続と分断され、集中砲火の的になっただけである。地面付近をターゲットとしたプラズマ弾の上を飛び越えてきた飛行機兵もまたレーザーの餌食となった。飛行機兵の攻撃は流石に完全には防ぎきれなかったが、それでも被害は軽微だ。
 このようなプラズマ弾の使い方は例がないが、思った以上に効果が上がった。なぜ今までにこの使い方がされていなかったかというと、単純に実現できないからだ。これは小型のプラズマ砲を大量に用意し、それらを制御しなければならない。人の手で制御するにも人材が確保できないし、かといって一つ一つに自動制御の機構を組み込むのもコストと手間がかかりすぎる。
 射程の短さから最終防衛か破壊されるのを覚悟して敵拠点に運搬して撃ち込むような使い方が多いプラズマ砲、まして小型化すればさらに射程が短くなる。前線で使うにはエネルギーと運搬の問題があり、それを無視できる拠点で決行するなら、ある程度壊されるのを覚悟した上の最後の抵抗くらいの覚悟のいる戦いでしか使えない作戦だし、そんな覚悟をする時点でそれだけのプラズマ砲を用意する余力があるわけがない。生産も制御も自己複製で量産の上行えるバルキリーならではの戦術と言えた。

 荒野での戦いも熾烈を極めていた。バルキリーは四方八方から現れる。
「ほっほほほ、気が付けば湧いていて取り囲まれている……それがバルキリーの恐ろしさの一つよ」
 この様子をモニタリングしていたコルティオスがほくそ笑み、テッシャンとバーフィードも同調した。
 確かにこの三人はかつて、いつの間にか湧いていたバルキリーに船をやられている。そのことから思いついた作戦だが、別に機軍に同じ恐怖を味わわせたいという考えではない。機軍に恐怖を味わわせる前に、自分たちに恐怖がフラッシュバックするではないか。それはいただけないのだ。フラッシュバックに見合うだけのメリットを見出したからこその決行である。
 機軍は元の数が圧倒的だ。正面からまともにやり合っても勝ち目などない。だからこそ奇襲に次ぐ奇襲というこの作戦である。それに戦力のほとんどが伏兵なので実際の数も掴みにくい。こちらの数が分からなければ、敵もこの補給場所を押さえられた消耗戦の状態で全力を出しきって良いのか、はたまた温存しておかねばならないのか判断できまい。少数相手に力を出しすぎ後々身動きが取れなくなったところで逆に少数で蹂躙されては溜まらないし、出し惜しみして余力を残しながら敗退するのも避けたいだろう。
 なお、圧倒的な数で迫る機軍が全力を出してきたとして、その勝敗がどうなるのかはコルティオス達にも分からない。ただでさえバルキリー達は入れ知恵で出ている分に関しては小勢ながらに機軍に手痛い損害を出している。そして、コルティオス達が中央に出向いて目を離している間にその総数もどうなっているか。いや、そもそもコルティオス達とて最初からバルキリーの数など把握していないのだ。ただ漠然と“凄く一杯いる”と認識しているにすぎない。実際どのくらいいるのか。そんなこと、考えたくもないのだ。怖いから。
 そして、戦力を小出しにするこの戦術は大部分のバルキリーが待機状態になる。もちろん、ただの待機などしない。暇さえあればスクラップの回収、そして自己複製による戦力の増強に勤しんでいる。今この時も着々と数が増えているのだ。機軍によって壊されるペースが上回っていれば全体として減っていることになるのだろうが、それでも減る一方でしかない機軍との数の差は着実に縮んでいく……。

 バルキリーが方々から現れるなら、方々に散って各個撃破すればよい。ラザフスの確保を放棄した機軍本隊も反転し荒野になだれ込んだ。機軍にとってラザフス奪還は重要ではない。バルキリーさえ撃退すればいつでも奪還できると踏んでいるのだ。
 バルキリーの作戦はいわばモグラ叩きだ。一塊となって動く集団を振り回し、翻弄する。ならばハンマーとその使い手を増やせばそのゲームでのパーフェクトはたやすい。機軍は散開してバルキリーの出現地点を探し出し、押さえ込む。出現地点も無限ではない。手分けすればあっと言う間だ。出口を囲んで出てくるバルキリーをすぐに潰せばほぼ無力なまま処理できる。パイプラインに侵入し制圧を試みた機兵もいたが、その試みはパイプライン内のバルキリーに逆に集中攻撃を受け失敗した。それでも出口が残骸で詰まり使用できなくなったので無駄ではなかった。
 一部の出口は詰まり、詰まっていなくてもこの状況ではバルキリーだって無駄に出てこようとはしない。機軍の目的はバルキリーの殲滅だ。封じ込めるだけではその目的を果たすことはできまい。ラザフスにも手は出せず、グラクーは遠い。状況は膠着する。補給のできない機軍は、このままでは持久戦に勝てない。その状況を打開するには、カムフラージュされたパイプを探し出して叩き壊し侵入口を増やしてバルキリーを引きずり出すか、入り口を広げて一気にパイプラインに雪崩れ込むかと言ったところであろう。
 一方のバルキリーとしては膠着状態も上等である。補給手段も万端で籠城しているのはこちらなのだ。そしてさらに。
 西の方角、グラクー方面から飛来するものがあった。プロペラ搭載の飛行型バルキリーの集団だ。それぞれ、4発ずつミサイルを搭載し、それが惜しみなく撃ち込まれる。それでこじ開けられた空間にバルキリーが次々と這いだしてきた。
 ある程度の数が揃ったバルキリーには機軍もそれなりの戦力をぶつけないとならない。周囲から機兵が集まってくる。それで手薄になったところにまたミサイルが撃ち込まれ、またバルキリーが沸いてきた。
 再びモグラ叩きのような戦いが始まったところに、ラザフスからもバルキリーの大群が押し寄せてくる。ラザフスの奪還自体は後回しでも問題ないのだろうが、包囲は緩めるべきべきではなかった。もっとも、包囲を解かねば広範囲に潜む伏兵を押さえ込むことはできなかったのだが。圧倒的な数を揃えて乗り込んできた機軍だが、これでも全然数が足りなかったのである。

「まだ湧いてくるか……!どれほどいるのだ、バルキリーめ……!」
 機軍の代弁のような発言はバーフィードである。
「我々が運ばずとも足りてそうですなぁ」
 恐怖と絶望に充ち満ちたバーフィードと打って変わって暢気な調子でテッシャンが言った。しかし実際の所、彼らによって中央から運ばれてくる分を当て込んでグラクーにいたバルキリーは粗方出払っている。今し方戦地に駆けつけてミサイルを撃ち込んだ飛行型は、いざと言う時のためにグラクーに残っていた最後の一団であった。まさに総力戦である。
 さらに。もはや提案した本人すら覚えていなかったが、当のバーフィードの何気ない一言がこの光景を生み出していた。バーフィードはこう言ったのである。
「ハリボテを並べておけば敵はそれを攻撃するんじゃないか」
「人間じゃあるまいし、ハリボテで騙されるわけがないでしょう」
 テッシャンにさくっと即断で否定されあっさりと引っ込められたアイディアだが、バルキリーはしっかりと聞き覚えていた。
 実際、機軍が見た目で騙されることはないだろう。だが、機軍を騙せるハリボテも有るのだ。同じ機械として、バルキリーは機軍の索敵メカニズムをある程度は把握している。機軍が敵を探すときによく使う情報は熱と動きである。例えば生きている人間の体温、機械類の発する駆動熱。動かず冷たいハリボテでは如何に姿を似せようとただの石とも見分けられまい。だが、温かくて動いていれば。
 構造的にはオイルランプに鉄の覆いを被せて、それを起き上がり小法師のように錘で安定させた上でワイヤーで連結し引っ張り回すだけというシンプルで原始的ともいえる代物だが、これが存外に効果的だった。狙い通り機軍はハリボテを撃って無駄に消耗し、バルキリーが撃たれる確率は下がった。人の目で見ればバルキリーとは姿がまるで別物だと分かるが、砂塵や煙に霞んだ遠景だとそれと気付かない。よく見えない状況であれば、人に対しても十分通じる張りぼてであろう。実際、バーフィード達は今見えているバルキリーらしきものの多くがハリボテだと気付いていない。
 ハリボテ作戦が有効だとみるやバルキリー軍団はハリボテの量産を開始。鉄だけで簡単に作れるので量産も簡単だ。そこに機軍による展開制圧で引きこもらざるを得なくなり、バルキリーの増産に必要な半導体などが尽きると、もうジャベリンやスワロー、ハリボテくらいしか造るものがないのだ。そして、こうして今し方作られたばかりのハリボテは、中で燃料を燃やさずともできたてほやほやのほかほかである。引きずり回される摩擦熱、活動するバルキリーや燃料入りハリボテからの熱、戦火の輻射熱。密集度が上がり戦況も激化することで外部からも熱をもらい、冷めにくくもなっている。
 数が圧倒的に増えたハリボテはさらに効果的であった。グラクーまたはラザフス制圧のために温存してきたのだろう大威力の兵器を機軍が次々と投入してきた。完全な消耗戦である。ついでにバーフィードの神経もかなり消耗してきたが、こちらは放っておいて大丈夫だ。
 機軍が一面に広がっていた荒野にシミのように広がったバルキリーたちは確実に拡大し、やがて機軍を取り囲んだ。もちろん大部分がハリボテだ。
 機軍としては戦力を集中させねば押し込まれるが、戦力を集中させればペブル砲掃射やプラズマ砲で一網打尽にされる。 押し返さずに押し潰されるわけにもいかないので機軍も本腰で迎え撃つ構えに入った。プラズマ砲はラザフス方面からしか来ないのでそちらを数段構えの波状陣形でブロックすることにしたようだが、ペブル砲は全方向から来る。威力はないがやはり手数が圧倒的だ。これを防げないのは厳しいだろう。
 ペブル砲の弱点は接近戦だ。機軍としては距離さえ詰めてしまえばよい。だが、そうするとジャベリンやスワローで狙い撃ちされる。それでも数を頼りに弾幕を押し破ればもうバルキリーたちは最後の一矢を報いられるか否かということになる。しかし、そうしてバルキリーたちを踏み潰した機兵たちの背後の空隙に、頭上を押さえられ地下で立ち往生していたバルキリーが現れるのである。
 そろそろ機軍も辺りを取り囲んでいるバルキリーの8割ともすれば9割もがハリボテであることに気付いているようだ。しかし、ハリボテと本物を見定める余裕はない。最も簡単な見分け方は攻撃してくるか否かだ。だがもちろん攻撃されてから撃破していては手遅れである。結局手当たり次第攻撃するしかない。
 機軍の動きが変わった。できるだけ多くのバルキリーを破壊しようとしてきたこれまでの動きから、特定の方角にいるバルキリーを集中的に狙い始めたグラクーやラザフスに向かうわけではなさそうだ。ややラザフス寄りの空白地帯を目指している。
「奴らめ、撤退を始める心積もりだな。ここが攻め時、一気に行けえええ!」
 自分では何もしないバーフィードが吼えた。もっとも、バルキリーたちがここまでやれたのは彼らの入れ知恵や指揮のおかげでもある。このくらいのことはする権利はある。
 バルキリーたちが機軍の背後に迫った。総攻撃である。数自体はそれほど増えたようには見えないが中身は大違いだ。今度は中身がしっかり詰まっている。
 追撃するバルキリーは遠距離からはスワローを、やや迫ればペブル砲を撃ち込み、接近すればジャベリンで狙い撃つ。進む方向が分かっているのだから前にも立ち塞がってプラズマ砲で行く手を遮る。
 機軍も炎の隙間をすり抜けどんどんと前に進んでいった。周囲を取り囲むその実ハリボテだらけのバルキリーの壁を突き破り、なおも進む。こじ開けた道に次々と機体をねじ込み、さらに押し広げて雪崩込んだ。移動式のプラズマ砲は使いきりで最初の一斉砲火の熱が収まればプラズマ砲の脅威は去る。もう大量破壊は起こらない。そして追撃はジャベリンからペブル砲になり、スワローさえも届かなくなった。
 機軍はグラクーどころかラザフスにすら手を出せないまま撤退を余儀なくされた。これは言うまでもなくバルキリー・人間連合軍の勝利である。しかし大勝利とまでは言えまい。破壊した機兵より逃げた数の方が多い。こちらは奇策を幾重にも巡らしての勝利。もう今回と同じ手が同じようには通じまい。今回逃がした敵がそのまま態勢を整えて引き返してきただけでも十分すぎる脅威となる。補給して引き返してくるだけなら大して時間もかかるまい。こちらが次を迎え撃つ準備を整える時間があるかどうか怪しいものだ。もっと多くの機兵を、できればすべての敵をここで討ち果たしておきたかった。
 こうなった以上、勝利に酔いしれている暇はない。速やかに次の攻撃に備えなければならない。

 とは言え、人間たちには大してすることはなかった。せいぜい更なる策を巡らし、あとは最後の抵抗のための防衛を強化するくらい。ことに将校たちにできることは勝利の美酒に酔いながらでも十分である。
 コルティオスら一行が連れてきたバルキリーが未だに戦地に留まりスクラップ拾いをしているバルキリーに代わりグラクーの整備をし始めたのを高みの見物しながら先程の戦いについて振り返る。
「ジャベリンは大活躍でしたな。それに比べてスワローは今一つ地味だったような」
 スワローを発案したテッシャンは渋面を作った。
「最初のジェット機兵には大活躍だったろう」
「それもすぐに対策されて損害を抑えられてしまいましたし。狙い撃ちするには遠すぎるし、さりとてコスパの問題でペブル砲ほどの乱射ができるわけでもなく。横に広がった分の命中性能向上など少将の頭に毛が生えた程度です」
「大違いではないか」
「見た目が変わるだけで本質は変わらないでしょう。幅に比例して命中率10倍とはいえ、敵が広がっていては0.000001が0.000001になるだけです」
「増えておらんぞ」
 バーフィードの細かいつっこみ。テッシャンは指折りゼロを数えながら言い直した。
「0.000001が0.00001に。……いやいっそ0.0001になったところで1どころか0.1未満のほぼゼロではないですか」
「ま、それはそうだが。しかし、やはり飛距離が最大の兵器であるということはアドバンテージであろう。使い方次第ではないのかね」
「使い方……使い方……ふむ」
 テッシャンの課題は決まったようだ。そして今回は上々の成果を出せたと満足している他の二人も悠長にふんぞり返っている場合ではない。同じ手で攻めていてもすぐに対策がされてしまう。次の戦いに向けて新兵器の構想を練ることになった。
 今回も新兵器、特に対策をされる前は強かった。ハリボテ作戦もバレてしまったし、同じ手は通用するまい。何か、新しい手を考え敵の虚をつく。それができなければ機軍の圧倒的な物量に蹂躙されてしまうだろう。