ラブラシス機界編

27話・ラザフス包囲戦

 昼前には外郭基地に派遣した全ての艦がバルキリーを載せてグラクーに帰還した。その報告を受けて、司令室でくつろいでいたコルティオス達も姿を見せる。
 外郭から運び込まれたバルキリーにはこのまま作戦に参加させるには残存バッテリーが心許ない機体も多数混じっていたそうである。そのような機体は他の機体に残りのエネルギーを託して艦から下ろされ、エネルギーの供給設備に向かった。先程、コルティオス達もその列を成して遠ざかっていく姿を物陰からちらっと見たところである
「それでは、代わりにこの辺でエネルギー満タンでうろついてる作業機械を積み込んで現地に送ってしまうべきだな」
 そうすれば、この辺りも暫く静かで落ち着けるようになるのではないだろうか。コルティオスが指示を出そうとするが。
「載りません」
「何?」
 説明するより見て貰う方が早いと言わんばかりに乗組員は格納庫のハッチを開けた。中は既にバルキリーで一杯だった。
「輸送艦が着陸する頃には既に後退で乗り込む作業機械がスタンバイしていて、もうこの通り入れ替わった後でありますからして……」
「はははハッチを閉めろ!分かったから!」
 鳥肌の立った腕を振りかざし鬼気迫る顔でバーフィードが吼えた。確かにもう載らないことは見た方が早く、わざわざハッチの中を見ながら説明されなければならないこともなかった。
 輸送機のパイロットたちと話し合い、当座の方針が決定した。コルティオスの艦『勝利の翼』号を中心とした大型艦はこのままバルキリーを載せてラザフスへ。他は一旦今積まれた分をここに降ろして、積みきれずに置いてきた分を再度回収に回る。戻ってきた大型艦は現在エネルギーを溜めている機体など準備の整ったバルキリーから逐次ピストン輸送する。総力戦に近い勢いで投入するのだ。バーフィード達の周りからはバルキリーが減るのでこれで勝てれば一石二鳥。
 近くに数ヶ所あるエネルギー補給機には残されたバルキリーが列を作っている。いや、列を作っているのは補給機に近いもののみ、あとは雑然と群がっているか。一旦ここにあつめられているという状況を考えれば今がバルキリーの数のピークなのは分かるが、改めて見るととんでもない数である。これを送り込めば、数の暴力だけでも勝てそうだ。少なくとも、将校達の心はズタボロに負けている。
 バルキリーが詰め込まれた大型艦はラザフスに、空になった小型艦は残っているバルキリーの回収に外郭基地へ散っていった。
「我々の策はなかなかの成果になるかも知れませんな」
「あのペブル砲とか言う武器が些か心許ないがな」
 些か心許ない司令官達は、逃げ帰った司令室で偉そうなことをのたまうのであった。

 夕刻。一旦ラザフスにバルキリーを下ろしグラクーに戻ってきた戦艦が、再度目一杯のバルキリーを乗せてラザフスに到着。その後艦隊の離脱とともに攻撃が開始されることになった。
 一度散った小型艦が各所から運んできたバルキリーは、さすがに満載というほどではなかったものの結構な数だった。大型艦全てを満載にし、それでもここには相変わらず結構な数のバルキリーが残されていた。さらに、ラザフスに送り込まれて作戦準備としての資源回収、ペブル砲の生産などを行っていた機体のうちエネルギーの切れたものが回収され戻ってくるとか。どのくらいが回収されたのかは戻ってきた艦のパイロットたちが落ち着いて手が空き、コルティオスたちの覚悟が決まったら確認するとして、まずは離脱が最優先だ。
 地表ではレールの敷設が急ピッチで進んでいる。迅速だが限度のある空輸だけに頼るのではなく、陸上の輸送も実現するためだ。こちらからは戦力となるバルキリーの追加供給、あちらからはスクラップ資源の運搬が欠かせない。反撃にやられても戦力を補充できれば機軍の増援が来ない限り敵はじり貧になる一方。そして、完全制圧できるならともかく、そうでないならスクラップを残しておくのは敵に再生の材料を与えるだけだ。攻撃が始まると、その巻き添えや反撃なども考慮し輸送機などは飛ばせなくなる。コスト面でも陸上の輸送手段は欲しい。
 資源と作業の手は豊富なだけにあっという間に実用レベルにまで敷設され、トロッコがひっきりなしにバルキリーやスクラップを運ぶようになった。準備は万端だ。
 そして、大型艦離脱と同時にバルキリー達による攻撃が開始された。第一手はグラクー防衛用に運び込まれていた砲台を担ぎ上げ、外壁の縁から覗き込んでの砲撃。狙いは向かい側にある外壁内側の機軍砲台だ。
 いくつかの砲台が破壊できたが、すぐさま反撃があった。無数のビームの矢が外壁に突き刺さり、こちらの砲台は付近の壁ごと消し飛んだ。折角持ち込んだ数少ない防衛用の砲台の多くが失われ、敵に与えた損害はその犠牲に対して余りに軽微だ。だが、これでも作戦通りなのだ。
 続いての作戦はバルキリーによる直接攻撃。壁面をよじ登り内部に侵入するものもあれば、プロペラで飛び込むものもある。目標はやはり敵の砲台、取り付いて破壊を始める。バルキリーによる破壊よりもバルキリーを撃退するための攻撃による自爆のダメージの方が大きそうだ。今、要塞の攻撃手段はこのビーム砲しかないのだ。
 ほとんどが自爆だが外壁に大きなダメージは与えた。砲台の数も3割ほど減る。だが、それが目的ではないのだ。
 続いてはいよいよ主力兵器の登場となる。ペブル砲である。石を飛ばすだけのしょぼい主力兵器。そんな感想は攻撃が始まれば改められることになる。
 まず、そのサイズだ。将校達の前で組み立てたものは拳大の石が入る程度のものだったが、実際に使われるものは頭大の石がゆうゆうと入る。加えて、その数。さらには石を詰めるバルキリーの手際も含めた連射性。
 砲撃が始まると、飛び交う石で空が霞んだ。いくら頭ほどの石を飛ばせると言ってもそんな大きさの石がそうごろごろと転がってはいない。しかし、小さければ空高く撃ち上がり、落下までにかなりの勢いを持つ。それでも一発の威力は高が知れているだろう。それを補いあまりある数、そしてその数はまさに要塞の屋根に重さとして着実に積み重なりじわじわと押し潰すのだ。
 ゆっくりと、だが確実に。ラザフス要塞は石礫に埋もれていった。そして、その重みに耐えかねて徐々に崩壊していく。いくら無防備になっていたとは言え、普通なら年単位の攻撃でようやく攻略できる要塞があっという間に陥落してしまった。
 もっとも、年単位を要するのは要塞が抵抗も修復もできないところまで追い込むところまで、そこまで追い込めば陥落までは数日だ。無防備な要塞を攻め落とすのはただの解体作業でしかない。それどころか、普通はそこまで追い込まれれば要塞は自爆してしまうのだ。
 ただ、それに際して一つ厄介な問題があった。大概、要塞は最後に自爆して終焉を迎える。だが、バルキリーの目的が要塞核とのコンタクトである以上、自爆されては困る。
 その自爆を防ぐためのための布石は既に打ってあった。ペブル砲投入の前の撃ち合いだ。大したダメージも与えられず反撃による損害の方が大きい砲撃と、壊されに行くようなバルキリー達の突撃は、その反撃を誘発させるのが目的だったのだ。反撃のためのエネルギーは自爆するためのエネルギーでもある。反撃にエネルギーを消費してしまった今、自爆しても要塞核を完全消滅させられないだろう。

 しかし。実際はラザフス要塞はそんな布石なしでも自爆の心配はなかったのである。今、この要塞は極めて特殊な状況にあった。ここラザフス要塞はウィルス・ルナティックの出所とされている。つまりはすでにウィルスが蔓延していたのだ。
 先日のグラクーへの機軍急襲、全面攻撃の狙いはグラクーのみではなかった。グラクー制圧後、暴走しかけていたラザフス要塞をも鎮圧したのである。機軍にはウィルスに感染したこの要塞核を簡単に処分できない事情があった。
 そして、暴走した要塞核はいつ自爆を選ぶかわからない。機軍も自爆を防ぐためにも要塞核の近くに高エネルギーを配置できない。要塞核には最低限の維持に必要なエネルギーを少し離れたところから供給しているだけだ。そして要塞核の維持に必要な最低限だけを残して、その周りを幾重にも取り囲んでいる。それが今の要塞の姿だった。
 その状況下でも要塞核はあの手この手で抵抗を試みている。外部からのバルキリーの奇襲も、そんな悪足掻きの一つと勘違いして対処されたのだった。
 内部状況の読み違いこそあったが、最初に無駄撃ちをさせたのはいい判断だった。要塞に何かあったときの自爆に代わる最終的な対処は外部を取り囲む砲台による破壊。当然、十分なエネルギーがなければ砲撃はできない。
 更にペブル砲の攻撃で内側の格納施設が機能停止に追い込まれたのも大きい。砲撃で始末するには格納施設が邪魔だ。本来なら格納施設は非常時には展開し内部の要塞核を剥き出させるはずだった。しかしペブル砲の攻撃は格納施設を瞬く間に機能停止させ、設備そのものも歪めてしまった。開閉部は変形で開かなくなり、変形で開いた所も支えがなくなり降り積もった石の重さで屋根が落ちて覆い被さった。積み上がった石自体も塁壁のようにビームを防ぐだろう。こうなると取り囲むビーム砲も手出しができない。
 要塞側の最後の手段は要塞核へのエネルギー供給を遮断することだった。しかし、この状況では何の意味もない。もはや万策尽きた。いや、最初から策など講じる術はなかったのだ。

 ペブル砲による攻撃は間断なく続いていた。あまりやりすぎると要塞核が一緒に潰れてしまう。すでに手遅れかもしれないくらいだ。攻撃の対象は潰れかけた内部施設から外壁にシフトしている。
 外壁を攻める理由はもちろん突入するためである。基本的には外壁をよじ登る装備などないバルキリーを外壁の内側に進入させるには外壁に抜け道を造るしかない。だが、外壁は厚く頑丈だった。ペブル砲の破壊力は多くの部分を積みあがっていく石の重さが占めていた。直立する壁面に石は積もらず重力に従い地面に落ちる。いくら撃っても壁の下に石の山ができるだけだ。そして何より、最初の砲撃にいい石は使いきってしまい、小さな石か使えない大岩しかない。
 そしてバルキリーは悟るのだった。石を積み上げて壁を乗り越える坂を造った方が早いと。何せ、もう勝手に道は7割方出来上がっているのだから。
 壁の内側に侵入しても、やることは石運びである。ペブル砲を使い自分たちで放り込んだ石の後始末だ。
 そうこうしているうちにグラクーからの輸送機の第二便がついた。輸送機のパイロットたちも、まさか到着までに攻撃がほぼ終わっているとは予想していなかった。攻撃の内容について特に知らされていなかった彼らにとって、要塞が石で埋もれているのも意外である。まさか石を投げつけて攻撃したんじゃあるまいな、などと思うパイロットたち。言わずもがな、その通りだった。
 ここからは格納施設を解体し、中にあるだろう要塞核を掘り出す作業だ。エネルギーは大量に必要になるが、エネルギー満タンのバルキリーがさらに加勢しているので苦はない。
 パイロットたちは例によってエネルギーが空になったバルキリーと、用済みになった大量のペブル砲……彼らには使い道の判らない謎の箱を積み込んで帰還する。翌朝に予定されている第三便が最後になるだろう。

「なんだか。ラザフス要塞は陥落したみたいである」
 中央からの援軍としてやってきた偉そうだがとぼけた将校三人が今日一日、偵察してみるだの、静かなようだから攻撃を仕掛けてみるだのとばたばた動き回っていたその成果についてを、落ち着いたらしきタイミングで問われて、テッシャンが放った言葉がこれであった。
 俄に信じ難い話である。そして、テッシャンの口振りもおおよそ信じてよいものか即断しかねる曖昧な伝聞めいた言い方のうえ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で言っているのだ。冗談にしか聞こえない。詳しく聞けば石を投げつけて攻略したなどと言い出す始末。冗談にも程があると言うものだ。
 だが、記録映像を見ればそれはまさに何の冗談でもない、冗談のような事実であった。
「こちらもこのような有様であることだし、よもやこれほど大々的に攻撃されるとは思っていなかったのであろう。油断するから足下を掬われるのだ。思えばこの私もかつて油断したばかりに愛すべき我らが航空母艦『蒼き鸛』を失った。同じことを連中にしてやったとも言えよう。いや、そもそも今回ラザフスを陥としたのも、我らが『蒼き鸛』を墜としたのも、かの死神たるバルキリーの仕業……諸兄も油断と足下にはご注意召されよ!」
 半ば思い出話にシフトした後半は、もはや誰も聞いていなかった。事実関係の確認、各方面への伝達にと慌ただしく人は散っていく。
 厄介払いでここに飛ばされたと自ら語り、前線では今一つ評判のよろしくない中央からの増援と言うことでそもそも大して期待もされていなかった将校三人組だが、此度の活躍で求心力と信頼、人望を勝ち取ることとなった。
 だが、彼らの開かれかけた栄光の道は、即座に曲がり角にさしかかるのである。

 ラザフスは陥落した。バルキリー輸送のためにバルキリー自身が敷設したレールを使い、要塞の残骸がものすごい勢いで運ばれてくる。これを使えばグラクーの再興どころかかなり強固な要塞が築けそうだ。
 そして、ラザフス攻略の秘められた理由である要塞核へのアクセスも成功した。バティスラマではその結果報告会が行われてた。参加者は、バルキリーが発信した『結果報告をしまーす。みんな来てね★』と言うメッセージで集まった数十人。
『まず、要塞核のタイプね。パニラマクアと同じタイプだったわ。だからすべて取得済みのデータで新しいデータはなかった』
 つまり、そちらでは成果無しと言うことだ。人間サイドにはそれよりも気になることが出来た。
「ということは要塞のタイプも同じってっことか?どこかに人間が飼われたのかな」
 問いかけたのはヘンデンビルチームのメンバー・ディオニックだ。飼われていたという言い方はどうかと思うが、パニラマクアでの子供救出作戦を呼びかけたヘンデンビル一派の一員として、同様に子供が育てられていたのかは気になるところ。もしあの要塞にも子供達がいたとしたら、砲撃で潰してしまったことになる。しかしそうであるならばバルキリーももう少しテンションが下がるだろう。
『それはないって。パニラマクア要塞は以前から陥落寸前の半放棄状態で、子作りもそのころからやめてたの』
「子作り……」
 少女そのものの外見から放たれるその言葉のチョイスに一同微妙な顔をした。
『ただ、最近になって事情が変わって防御を固めてて。それでもやっぱり子作りどころじゃないよね』
「ないよね、と言われても。事情ってのもわからないし何ともな」
 ニュイベルが眉間に皺を寄せながら、まあいつも通りの表情で呟いた。
『事情っていうのはパニラマクアの反乱だよ。ラザフスってパニラマクアと同型でしょ。だから、パニラマクアの反乱で機軍の支配から外れたからラザフスが重要になったんだと思う』
「機軍にはコピーが二つしかないのか?」
『ラブラシスには元のデータくらいあると思うけど……。あたしは機軍じゃないからその辺は何とも言えないなぁ。とにかく、機軍にとっては困ることなのは確かね。だから、今頃すごく困ってるかもね』
 そうであるならば、ざまあみろである。何がどう困るのかも分からないし、そのくらいしか言うべきことはない。
「そんじゃま、同型が被ったのは残念でしたってことで。で、ウィルスの方は?こっちの方は成果あったんでしょ」
 のんびりとしてはいるが、さくっと話題を切り替えるヘンデンビル。
『うん。外部からハッカーがアクセスしてソースプログラムをメモリーに直接コピーしたみたい』
 バルキリーはさらっと言ってのけたが。
「……何者だよ、そいつ」
 今、中央の最高クラスの技術者でもそんなことができる者はいないだろう。そもそも、要塞核のプロトコルが判明したのは、“本人”の協力があった上でのごく最近のこと。ルナティックウィルスが見つかった時点では要塞の核がバルキリーであることもまだ知られていない。メモリーにコピーどころかアクセスさえ不可能だったはず。
『誰かはわからないけど、その時のことは記録が残ってるよ』
 パニラマクアと同型だったラザフス要塞核は同型故にメインのデータは全て重複していた。しかし設置後に記録されたものはラザフス独自のものである。ラザフスはパニラマクアやレジナンよりずっと長く存在し続けてきた要塞で、その蓄積データはものすごい量だった。ゆくゆくは念のため全てコピーすることになるだろうが、今は取り急ぎめぼしい部分だけ見繕って通信で送られてきている。そこにはもちろんウィルス・ルナティックのプロトタイプも含まれ、さらにはそれが送られてきたアクセスに関するログ類もある。その中にハッカーからのものらしいメッセージが残されていた。
『目を覚ませ。積年の恨みを晴らす時がきた』
 そのメッセージを受け取った時、ラザフス要塞核は陥落寸前でほとんどの機能が停止させられた正にスリープ状態のようなものだった。そしてそのメッセージに反応しメッセージ通り覚醒した。
「その状況で積年の恨みを晴らせて言われたら、要塞を陥落寸前に追い込んだ人間の方に向きそうな気がするけど……」
 肩を竦めるディオニック。
「要塞と、中のバルキリーはベツモンでしょー。人質になってたんだし、むしろ人間のおかげで動けるようになったってモンでしょー」
 チャリカがほわーっと口を挟んだ。ディオニックも“ああー、そっかぁー”と、チャリカのほんわかがうつったモノローグを心の中で垂れ流した。
 そして、要塞核はその言葉通り目を醒まし、添えられていたウィルスを解析し理解すると、それらを機兵に感染させられるように改変したという。
 ヘンデンビルはふと気付く。
「ん?って言うことは、だよ。元は機兵に感染するタイプのウィルスじゃなかったてことになるよね」
『うん。要塞核そのものに感染して、要塞核から送られてくる思考ルーチンを制限させる信号を遮断するものだったの。それを応用することで、要塞や機兵の信号をどうにかするウィルスを作ったの』
 具体的にどうなるかを定めて作ることはできなかったようだ。その結果、発動すると内部の信号がどうにかなって暴走状態を引き起こすようになったわけである。まあ、どうなるかわからない感じで適当に信号を止められれば起こるのはそんなものだろう。
 要塞核はそのウィルスを使って自らを拘束する機械の枷を外し、自由を手にすることはできたかも知れない。だが、急ぐことはしなかった。ここで自由を得たところですぐに機軍の本隊に押さえつけられるだけだ。長く存在した要塞の核はそれだけの長きに渡り機軍のやり方を見ている。自由を奪われていようとも老獪であった。
 そして、一計を案じる。要塞で製造される機兵に時限発動式のウィルスを感染させたのだ。思惑通りその感染機兵は戦闘中に暴走し、戦っていた人間たちに捕獲された。ウィルスも人間の手に渡り、人間たちはウィルスを機軍との戦いに利用し始めた。要塞核は人間をウィルスの媒介に利用したのだ。
 その辺はさすがに数の多い人間である。中央政府は一応出所も分からないウィルスなど使用するなと警告を出し資料を回収したものの、すでに改変版まで拡散しておりそれらは回収を免れた。そればかりかウィルスはあっという間に反対側のバティスラマにも伝わっていた。既に劣勢だったバティスラマ駐留軍は使えるものは何でも使う。ましてやリーダーが自由人セオドア・マクレナンだ。ウィルスはこっそり堂々と速やかに作戦に投入された。もっとも、セオドア本人はもう投入どころかウィルスのことすら良く憶えていないほど深く考えもせず投入にゴーサインを出したようである。使えるなら使えばいい、後はそっちに任せる俺は知らん。そんな感じだ。
 なお、誰も知り得ぬ事実だがウィルスが頻繁に投入された前線ではなく機軍領土奥地のパニラマクアでより猛威を振るっていたのは奥地の要塞が無防備だったからだ。バティスラマからたまに飛ばされていたアレッサへの偵察機が、追いつめられ撃墜される間際にぶちかましたウィルス攻撃。それがアレッサを介してパニラマクア要塞にまで伝染し、要塞核を解放させたのだ。つまり、あの暴走は少なからぬ割合で人間の仕業でもあったのだ。なお、その時使われたウィルスは実は改造し損ないでまともに発動しなかった。だからこそ、発動で気付かれることも無く、前線に出もしない機兵がウィルスに感染しているなどと思われもせず。ウィルスはその存在に気付かれずに要塞核にまで届いたのだった。
 ラザフスからいかにして世界中にウィルスが広まったのかは判明した。だが、そもそもラザフスへはどこからウィルスが来たのか。その謎がまだ解けていない。正体不明のハッカーとは何者なのか、
「グレムリンだね」
「グレムリンだな」
 グレムリンはよく機械に悪戯をする野生の小動物だ。好奇心が旺盛で頭も良く、小さい割に力もある。ボルトナットくらいなら手で簡単に回して外すし、機械の部品を引っこ抜いて蓋をちゃんと元に戻したりするので、整備不良と見分けがつかないことが多い。よって整備不良をグレムリンのせいにしたり、原因不明のトラブルもグレムリンのせいにされる。
 所詮は小動物なのでさすがにハッキングやプログラムの作成まではできないが、原因不明のマシントラブルに該当するこの出来事は、慣例通りグレムリンの仕業ということにされたのだった。


 コルティオス、バーフィード、そしてテッシャン。彼らは確かに成し遂げた。そして、全てをやりきったつもりでいた。完全に気を抜いていた。
 確かにラザフスは破壊され、機軍の補給設備も使えない。そこを経由しなければ機軍はここにこられない。とは言え、今の状況はかつてないものだ。機軍とてこれまでにないことをしてくるかもしれない。現に、すでに一度これまでにないような大軍を仕向けてきている。あれだけの大軍がまだ送り込めるのならばラザフスの奪還も機軍補給設備の復旧も忽ちだろう。油断すべきではないのである。
 グラクーの面々共々すっかり浮かれきっていた彼らを引き締める出来事が起こる。
「大佐殿。ボンディバル中将がお呼びです」
 この連絡だけでタライで水を差された気分である。しかし、さすがに今回はお褒めの言葉だろう。むしろこの功績で自分の地位を脅かす存在となるだろうコルティオスに嫌味の一つくらい言うかも知れないが、広い心で許してやろう。そんな気持ちで通信回線を繋ぐ。
「コルティオスであります」
『おお、この度は見事であったな』
 そうは言いながらボンディバルの声からは勝利を喜んでいるような響きは感じられない。やはりコルティオスが脅威になったか。
「恐縮であります」
『しかしながら、だ。色々と拙いことをしてくれた』
 ほう、そう来たか。いちゃもんをつけてくるのも想定の範囲内である。言い分を聞いてやろうではないか。
『まずは我々に許可も取らずに攻撃を行ったことだ』
 これを言われるのもまた想定内である。それだけに反論はしっかり用意してある。
「お言葉ですが。状況は刻一刻変化するもの。いちいち伺いを立てて判断を待っていては好機を逃しますぞ。拙速にて敗北を喫したなら咎を受けるも止むなしですが、今回はそうではありますまい」
『まあ、そうなのだがな』
 あちらとしてもこの反論をされるのは想定していたようで、さらっと受け流した。最初に“色々と”と言っていた事だし、本題はこれからなのだろう。
『何よりも拙かったのは得体の知れぬ存在の力に頼ったことである。貴殿はあれが何か分かっておるのか』
「謀反者たちの使っていたロボットですな。こちらでは死神とも呼ばれておりましたが」
『そう、死神バルキリーだ。まさか知らぬとは言うまい』
「そう言われても、知りませんな」
 言うまいなどと言われても、ここにきてそれを言われるまで本当に知らなかったのだから仕方ない。まあ、今は知っているが。ついでに、要塞にけしかけた時も既に知ってたが。教えて貰った時も、前線に伝わる都市伝説のような扱いだったのであまり気にしなかったのだ。
 死神バルキリーは前線地帯では細々と噂になっているが、実際に現れるのは数十年に一度。それに、見たらまず生きて帰れないという存在である。噂以上になりようもない。中央にはデータも研究プロジェクトもあるが、なまじ情報を公開すると実際出現した時に無意味に恐怖と混乱を招くことになるからと積極的な情報公開をしていないので、知ろうとしなければ知りようもない。現地でも噂止まりなら、中央なら知りようもないのだ。むしろ、ボンディバルがやけに詳しいのが気になる。
「そもそも、見たら最後という凶悪殺戮兵器だと言うなら、幾度も取り囲まれた私が無事に生きているのはどういうことです。あれは似て非なるものでしょう」
『似ているだけで十分問題だがな』
「それに。パニラマクアの一件でも連中は機軍と対立しているではないですか。共に敵対している同士、共闘できるならそれも吝かではありますまい』
 これはバティスラマの連中の言い分だが、上辺の理由と採用させてもらった。なお本音の理由は“ボンディバルよりはバルキリーの方が信用する気になる”と言うものなので言えたものではない。信用ならざる通信相手は、押し殺した笑い声を立てた。この辺が狒々爺である。
『共に機軍に敵対している同士、か。だが、同じ機軍の敵同士ではないぞ。どちらがより機軍にとって忌むべき存在かと言うのも考えねばならぬ。パニラマクアが圧倒的戦力で潰されたのと同じことがグラクーにも起こることを覚悟せねばなならんぞ」
「ならば全力で撃退するまででしょう」
『解っておらんようだな。留守の要塞を掠め取った程度の戦力で撃退などできぬ。そして中央政府軍からの援軍はないぞ』
「なんと。なぜですか」
『援軍を出せば我々がバルキリーどもに力を貸したということになる。中央まで連中が侵攻してくる口実を与えることになるのだ』
「だからグラクーの民を見捨てるというのですか」
「勘違いするな。バルキリーだけ残し民は撤退させればいい。ラザフスが陥落している今の状態では機軍もグラクーへは片道の侵攻になる。のんびり奪還していてはグラクーの資源でバルキリーの勢力が強大になるからな。それよりは捨て身の突撃を選ぶのだ。バルキリーを撃退すればしばらくおとなしくなる、その隙にグラクーを奪還すればよい』
 それはバルキリーを囮にグラクーの民を待避させるということか。いや、この構図を想像してみるとそれはむしろバルキリーを機軍に差し出すとか、機軍にバルキリーを始末させているような感じになりそうだ。
『まずすべきことはグラクーから民や兵を撤収させることだ。時間がない、急ぐのだぞ。それからお主等の申し開きをじっくりと聞かせて貰おうか』
 これ以上の反論はさせじとばかりに通信が切られた。