ラブラシス機界編

26話・沈黙の要塞

 今回案内役を務めているラミエナは日頃は飯場スタッフだという。彼女がこの役目を引き受けたのは戦況が落ち着いた今、カレシのいた砲塔にせめて花でも手向けられたらと名乗りを上げたからだそうだ。
 重い話はこんなところでいいだろう。それはラミエナへの思いやりであり自分たちへの現実逃避であったが、話は世間話になっていく。
「そうそう、こうしてグラクーが形勢逆転されてるのに中央政府軍はバティスラマに逃げた反逆者を構ってて非難囂々雨霰だったが、その作戦でバティスラマに行かされたのが我々よ」
「ここへはその罪滅ぼしに送られたようなものでな。グラクーを見捨てて反逆者に力を注いだのも、今回の尻ぬぐいも全てボンディバルが決めたことだ。こんなことになってもほったらかしたことについてはボンディバルを責めるといい。我々を含む支援隊を派遣したことについては当然のことなので奴らへの恩を感じる必要はないぞ」
「そうそう。こうして実際にやってきた我々への恩義は十分に感じてくれて良いがね」
 将校達は勝手なことを言い立てた。確かに、復興に力を貸してくれている中央政府軍……のうちの彼らには恩義を感じる。それにしても気になるのは。
「あの働き者のロボットは?」
 ラミエナにとっては、色々と手伝ってはくれるけど全く正体不明のロボットである。
「あれはバティスラマからついてきたお手伝いロボットだ。バルキリーとか呼ばれていたな」
 テッシャンが口にしたその呼び名。ラミエナにも少なからず聞き覚えはある。
「んー?バルキリー……って言うと、伝説の死神っすかね」
「死神……?」
 将校達にとって、そちらの方が聞き覚えのない情報だったようである。ラミエナは端末を操作しデータを表示する。
「ほら、こちらの戦況がほぼ敗北決定になると出てくるっていう殺戮兵器っすよ。こいつが出てきたら町を捨てて逃げないと絶体絶命、いや絶対に絶命するっていう伝説があるんす」
 実際に目撃されたのは最も近いものでも何十年も前で、場所も機軍によって占領間際だったレジナントとここから一番遠い。しかしそこは前線で戦っている町、中央ではほとんど語られることもなく忘れられているような話も語り継がれているのだ。
 端末に映し出された映像を見てバーフィードは唸った。
「そっくりだ。いや、タイプが違うだけで同じ物と言っても良さそうだ」
「んー。でもあのお手伝いロボットって死神って感じじゃないっすよねー」
 笑い飛ばすラミエナに賛同する男は居なかった。
「死神とは然り」
「第一印象としてはまさにそれでしたな」
「やはりあれは恐ろしい物だったのだな」
 不思議そうな顔をするラミエナに、自分たち対バルキリー軍団の激闘……いや、見事なまでのやられぶりを熱く語るひとときが始まった。

 最初の目的地に到着した。後ろの座席でそれはもうノリノリで蒼き鸛が撃墜されたときの話をしていたテッシャンだが、いい所で中断せざるを得ない。ラミエナも熱心にその話を聞いていたが、実はもう一人密かに熱心に耳を傾けている者がいた。運転中だったコルティオスである。
 慎重派という名目の小心者であるコルティオスは、自分の艦をバルキリーに占拠されただけでも怖かったのだ。テッシャンの艦が撃墜までされて生き残ったというのはかなりの武勇伝に思えた。さらに、その乗組員たちは逃げ出した先でバルキリーに捕獲されている。何という修羅場をくぐっているのだろうか。感嘆するより他にない。コルティオスならそんな体験をすれば今頃空を見上げて譫言を繰り返すだけになっていそうである。挙げ句、テッシャンはそんな絶望的な状況の中でも逃げ出さずに蒼き鸛に残り奮闘したという。その実逃げ遅れて震えていただけだが、言うだけタダだ。誇張したところでこのメンバーならバレはしない。
 運転の順番だったコルティオスはまだラミエナとよく話せていないが、この視察が終わったところで運転手交代で隣に座りゆっくり熱く語ればよいだろう。しかし、いつの間にか占領されていてなんの抵抗も出来ずに投降した自分の話はテッシャンの話の後だとどうしても霞みそうなのが心配である。
 それより。砲塔と言う触れ込みだった代物を見て彼らは絶句せざるを得ない。そこには塔らしい物はなく、瓦礫を押しのけて作ったスペースの地べたに無造作に砲台が置かれていた。瓦礫の量からして、ここに確かに塔はあったのだろう。それは見ての通り跡形なく壊され、再建もままならないまま砲台だけが設置されたのだ。砲台の数も十分とはとても言えない。
「これでは迎撃どころか前哨としても十分な役目を果たせんぞ」
 流石に、この惨憺たる状況を心穏やかに見てはいられない。何せ、ここの防衛力というのはそのまま自分たちの生存率に響くのだ。もし今ここに機軍が攻めてくれば、まるで無防備に等しく実に呆気なくやられてしまうに違いない。
「ま、ようやく整備を始めたところっすからね。これから急ピッチで整備が進むはずっすよ。機軍も当分はこないっていう話っすし、これから頑張れば大丈夫大丈夫」
 むしろ現地の人間の方がよっぽど危機感を抱いていない。ラミエナのユルい容姿も相まって、何も考えていなさそうに見えてしまう。それが益々危機感を煽るのである。
「その来ないって言うのは誰が言ってるんだね」
「中央さんっすよ、もちろん」
 その中央さんから派遣された三人は顔を見合わせた。
「何を根拠にそんなことを」
「今機軍は暴走したパニラマクアに掛かり切りで、ここを集中攻撃したのはその下準備って言うじゃないっすか。連中もこことパニラマクアで受けた損害で当分身動きできないそうっすよ」
 ラミエナの発言に、将校達は顔を見合わせる。
「信用して良いものか……」
 渋面のコルティオスに鼻息荒くテッシャンが言う。
「良いわけないでしょう。あいつら、こっちに回す戦力がないから適当なことを言って静観するつもりなのでしょう。パニラマクアも圧倒的な戦力差で簡単に陥落したみたいですし」
「偵察すれば本当かどうかわかるでしょうが……油断はできませんなぁ」
 バーフィードはほぼ、見てみないと分からないすなわち中央の言い分はあてにならないと言っている。中央から来た連中が一番中央を信用していなかった。
「でもでも。整備は一気に進むはずっす。だって、ほら」
 ラミエナが示す方に目を向けると、バルキリーの群が瓦礫の陰で何かをしている。半ば瓦礫に隠れてその姿はよく見えず、何かをしているとしか言いようがない。そんなだから、将校らは今の今までその存在にすら気付かなかった。
「なるほど、我々についてきたあの機械も人手不足の解消に一役買っているのだな。怖い思いをして連れてきた甲斐があったというものだ」
 コルティオスが怖い思いをしたのは主に積み荷からわらわらとバルキリーが涌いてきた到着時だった。それまで同乗しているバルキリーは話しかけてきた一機だけだと思っていたのだから。いや、一機でも同乗していると思うだけで怖かったのかも知れないが。
「しかし……急ピッチで作業を進めるというほどの数ではないようだが」
「それは大丈夫でしょう。材料さえあれば自己複製機能でいくらでも増えますからな」
 それはコルティオスにとって初耳であった。当然、恐怖心を募らせる。
「むしろ大丈夫なのか、それ……」
 実際、よく見ればそこいら中の瓦礫がもぞもぞと動いている。その分だけ今見えていないバルキリーがいるわけだ。そして更に、今バルキリーの本隊と言っていい集団はこの近くではなく撃墜された機軍兵器の残骸の多い荒野を中心に活動している。自己複製の材料となる素材は機軍の残骸の方が多いのだ。つまり。現在鋭意増殖中である。彼らの目の届かぬ場所で。
 とにかく。これからまさに再整備は急速に進むことは間違いないのだ。その急速ぶりを目にしてから改めて恐怖すればよいのである。

 次の視察場所である隣の砲塔に向かう。隣といってもかなりの距離がある。砲塔がちゃんと砲塔であればこの距離でもちゃんとカバーできるのだ。それらが全て瓦礫と化した現状では厳しいということになるのだが、それでもちゃんと監視の目はある。まさに機軍兵器の残骸が多く散らばっているのは砲塔よりも先の地帯。
 地上からでもいち早く敵の接近を察知できるその一帯でまさにバルキリーが、この辺りにはほとんどいない野生動物の群のようにあちらこちらで活動中であり、監視役としても機能している。バルキリー達は疾走する車を気にするでもなく蠢いている。コルティオスにとってはなかなかに怖気の走る光景である。
 コルティオスならばそんな恐ろしい道は迂回して進む所だが、テッシャンは全く気にせずにバルキリーの大群のすぐ側を突っ走っていく。この様子では、迂回してみた所でそこでバルキリーの群れに出くわすに違いない。そう思い諦めるコルティオスだが、そう考えると益々怖かった。そして、そんなコルティオスとラミエナを挟んで反対側に座っているバーフィードは、次に運転の番が回ってくることもあって自分の武勇伝、すなわちバルキリーからのやられぶりを捲し立てている所である。
 先だって、ハンドルを握る番となったテッシャンの話の続きもあったところ。多少の誇張はあったところで話は概ね事実であり、ボロ負けでもその修羅場を乗り切ったテッシャンと似たような体験をしているバーフィードの株がコルティオスの中で大いに上がっていた。それと同時に、この二人と同じようにコルティオスが自分のやられぶりを話してみせた所で、極めて地味である。どうやら、他の話題を探した方が良さそうだ。
 この日はその後、数ヶ所の砲塔や基地を視察したが、どこも状況は似たり寄ったりであった。砲塔は粗方破壊し尽くされ、外郭基地はどうにか残った壁や柱にあり合わせの板を貼り合わせただけの掘っ立て小屋。これなら一ヶ所視察すれば十分だったような気もするが、視察に女性を同伴させたいと言い出した時点でプランナーも視察を名目としたお色気旅行だと勝手に判断し、無駄に時間が長くなるように企画している。ラミエナにも押し倒されそうになったら助けを求めて逃げていいと言われており、それ故に胸や尻を触られるくらいのことは覚悟していたのだが、肩すら抱いてこないので肩すかしであった。そしてそんなことだからラミエナのような女性しか名乗りを上げなかったのである。結局、プランナーの配慮は、旅程が長くなることでそこら中に溢れるバルキリーの数を思い知ったコルティオスが寒気を覚えただけであった。
 そして、そのコルティオスの話の番になった。一応他の二人同様やられぶりを話すことになっていたのでその話はささっと済ませ、今日の視察を受けての今後の自分たちの身の振り方を考えるという、ラミエナにとっては完全に想定外のお堅い話となった。だがしかし、自分たちのことも含めて真面目に考えてくれているのだとラミエナにとって好印象だったことにコルティオスも気付いてはいない。そんなことを考えるほど、コルティオス自身にも余裕はないのである。
 まずは、ラザフス要塞の偵察。そして、防衛体制の立て直し。それらに大いに貢献してくれるだろう、してくれないと困る、ただ怖いだけの存在になってしまうバルキリーとの連携。その辺が当面の課題と言うことになった。今ここ二はラミエナがいる。こんなところに飛ばしてくれたボンディバルへの愚痴は、後で3人だけになった時に思う存分言い合おう。そう思い、胸に秘めた。
 ラミエナが胸や尻を危険に晒してでも果たしたかった恋人が散った砲塔への献花も何事もなく果たすことができ、視察は終わった。
 視察した感じ、今機軍に攻めてこられたら絶望的だ。本当に大丈夫なのだろうか。全てはこの後行われる偵察ではっきりするだろう。

 先ほど視察した外郭基地のうち、最もラザフス要塞に近い基地に一室確保し、偵察拠点とした。ラザフス要塞の姿がモニターに映し出される。
「……遠巻きにとは言いましたが、ちと遠すぎやしませんかな」
 それを見たバーフィードの第一声はそれだった。映し出された要塞は要塞なのかどうかも判らないほどに小さく、砂塵に霞んでいる。一言で言えばバーフィードの言葉通り、遠いのである。
「何事も慎重に、だ。遠すぎるくらいでちょうどいいとは思わんかね」
「まあ、偵察を始める前にあちらに見つかるよりは……」
「であろう。ではこれより、ラザフス要塞に接近する」
 映像が動き出す。地面の凹凸が画面下方に流れ、映像はそれに応じて揺れ動く。
「……地べたを行くのですか。この距離から」
「何事も慎重に、だ」
「慎重にもほどがありますな。なんたるチキン」
「私は慎重の上に慎重を重ねて今の地位を築いたのだ」
「それは解りますがね。流石にこれでは要塞まで幾星霜とやらですぞ」
 慎重派のコルティオスからみれば他の二人は無鉄砲にすら見えるほどだ。だが、そんな二人の勇敢さに感服したばかりでもある。確かに地位が上であればあるほどその決断の重みは増し慎重さが求められるのは事実。しかし、自分ももう少しこの二人の勇敢さを見習うべきだろう。
「よし。では飛行して接近することにしよう」
 勇ましく言い放った割に低空飛行で、地べたからそれほど離れることはなかったが、偵察機の移動は目覚ましく速くなった。
 要塞の姿はなかなか近くならない。さしものコルティオスも偵察機を飛ばしたのは正解だったと思い始めた。
 実は慎重なコルティオスは偵察のコースにもその慎重さをふんだんに盛り込んでいた。警戒の薄そうな側面から忍び寄っていたのである。確かに、ただ見つからずに近付くのであればそれ以上のコースはない。しかし、一つ問題があった。横に回り込んで近付けば、グラクーとラザフスの間の状況はさっぱりわからないのだ。まさに今ラザフスから敵が迫っていても気付けないのである。
 そうとなると、ぐずぐずはしていられなかった。一刻も早くラザフスの状況を把握したい。夜を徹してでも進行しなければならない。
「私は日が沈むと眠くてたまらん。その分朝は早いのだがな」
 爺が言った。
「私は夜は強いですぞ」
 一日精力的に動いた後とは思えない滾った表情でテッシャンが言う。これで彼女でもいればさぞハッスルすることであろう。
「流石、若いな。では、私はとっとと寝る。お主は私が起きるまでがんばれ」
「待たれなされ。元気なのは分かったが、青のも仮眠をとるがよかろう。夜中までは私が起きて見守る。その後、朝までを頼まれてくれぬか」
 斯くて真夜中をテッシャンに任せ、最初の番をバーフィードが引き受けることとなった。
 そして彼は今更だが気付くのだ。
 何もない荒野を夜の闇の中飛ぶ偵察映像。それを話し相手もなく見続ける。それはまさに戦いである。孤独な、退屈そして眠気との果て無き戦い……。

 明け方。テッシャンがコルティオスと交代する頃には、僅かに白んだ地平線の上にラザフス要塞がくっきりと見えるようになっていた。
 静かである。ただひたすら、静かであった。このタイミングで任されたのが慎重派のコルティオスだ。何事も起こりそうもないと思いつつも、遠巻きに要塞の周囲をぐるりと一周し、懸案の一つだったラザフス=グラクー間の安全まで確認し、結局ラザフスに接近しないまま全員が揃う時を迎えた。
「では。皆が揃った所でいよいよ。……ラザフスに突入する!」
「おお。起きる頃には一通り見終わっているだろうと思っていたラザフスの様子が、間もなく見られるわけですな」
 仮眠を取ったとは言え遅くまで起きていたテッシャンは、眠い所を叩き起こされてこの結果なので機嫌が悪い。
「ううむ。こんなに何事もないと判っていれば、あんな退屈を耐えずに寝られたものを」
 テッシャンよりはぐっすり寝たが、それでもこの結果を見せられればバーフィードだって機嫌は悪くなるのである。
「つべこべ言うでない。大事な場面だぞ」
「そうは言いますがね。一周回って何もなかった要塞に近付いたところで、盛り上がる展開があるとは思いにくいですな」
「まあ、偵察機がようやく発見され撃ち落とされて偵察終了ってくらいですかな」
「それだ。いきなり撃たれるにしても徐に襲われるにしても些か心臓に悪い」
「チキンが過ぎますぞ、大佐殿」
「青の。同感ながら口が過ぎるぞ」
「全くだ。ちょっとばかりトサカに来たぞ」
「キチンに絡んだ表現をわざわざ持ってくる辺り、自虐にしてもノリがいいですな」
「それよりもだ。攻撃を仕掛けて反撃されるならまだよい。こっちは大人しくしてるのにいきなり撃たれるなど!しかもどのタイミングで撃たれるかわからないではないか」
 そんなやりとりの間にも、ついにラザフス要塞はモニターを埋め尽くすほどの距離となる。これでも、そのサイズを考えればようやくと言ったところだ。
「哨戒機はおりませんか」
「何も見えぬな。近付きすぎると要塞の銃砲に撃たれるが」
「我々が撃たれるわけではないですがね」
「ううむ。どきどきする」
「歳のことを考えると心臓に負担が掛かるのは良くありませんな。休んでいても構いませんぞ」
「おお。では後は若者に任せて老兵は結果だけ聞くことにしよう」
 などとやっている内に、ラザフス要塞の間近にまで来た。
「まずは低空飛行で周囲を回ることにしますか」
「そうだな。それにしても、何の反応もないな」
 外壁に沿って一周するが、相変わらず無反応だ。
「あの襲撃の直前までグラクーの部隊がラザフスを攻めていたと聞くが……そのせいか、残骸だらけだな」
「そうですな。戦闘の激しさがわかると言うものです。しかし、あちらも回収が間に合わなかったのか……」
 こう言った残骸、スクラップは資源として奪い合いになる。それがほったらかしになるのもまた珍しい。しかし、こちらもすぐに手が出せるわけでもない。それ故にあちらとしても放置しても問題ないという判断だろう。
「よし。では上に行ってみましょう」
 テッシャンのその言葉と同時に、遠巻きに画面を見ていたコルティオスが画面から目を反らし、椅子に腰掛けた。
「それにしても妙だな。砲門が見えぬぞ」
「確かに。哨戒機も居ないようだし、敵が来ないと思っているんじゃないですかな」
「思ってるというか、実際行けないわけだがな」
 そっぽを向いていても口は挟むコルティオス。
「ああ、そうか。グラクーは身動きもできないほどに完膚なくやられているわけですし、外敵の心配は要らぬということですな」
 偵察機は要塞の上面に出た。そのことで明らかになったことがある。これまで要塞の外壁だと思っていた物は、さらに外を取り囲む城壁のような物だった。
 このような構造の要塞は珍しい。機軍の要塞は外壁に無数の砲門があり、その攻撃を以て防御とする。このように周囲を壁で囲んでは、中からの砲撃ができない。防壁に外向きの砲門を取り付けるにも、大きさが増す分砲門の数も増えるし、敵から見て的も大きくなる。ましてや外向きの砲門がないなど異例だ。
 その壁の向こうには以前に資料などで観た通りのラザフス要塞の姿があった。そのことから察するに、最近になって急遽壁で取り囲んだらしい。
「覆って隠しておけば手出しができないと思ってるわけか」
「舐めおってからに」
 ビビりまくってるくせにこういうところだけは威勢のいい爺が口を挟んだ。
「だが、実際手出しはできませんぞ」
「我々の持ってきた兵器があるでしょう」
 いかにも一発ぶち込んでやりたそうなテッシャン。
「だがそれは防衛兵器だぞ。設置型砲台でどうやって攻めるというのか」
「あの作業機械の頭に取り付けて、壁をよじ登って中にぶち込んでやるというのはどうだ。見た感じ外への警戒は緩いようだし、忍び寄るのは容易かろう」
 コルティオスはバルキリーをどうにか要塞にけしかけて攻撃できないかとずっと考えていたのだ。このくらいのことはすぐに思いつく。
「……む。……案外悪くないような」
「それに。外向きに攻撃できない鉄の壁など、あの作業機械の格好の餌だと思わんか。虫食いだらけにしてやった上、再建の資源にも出来るぞ」
「ほう。……大佐殿もなかなかのワルでございますな」
「……いつかお主のワルい部分を暴き立ててやる」
 方針は決まった。そうなれば、警戒されていない内に偵察機を下げた方がよい。撤収することにした。
「終わったか」
 休んでいたコルティオスが立ち上がった。
「まあ、まだ何が起こるか分かりませんがね」
 立ち上がったコルティオスがまた座った。目を反らしていた所で、何かが起こって他の二人がいきなり騒ぎ立てればいきなり攻撃されるのを目にするくらいにびっくりしたのではないだろうか。とりあえず、もう引き返すだけ。壁の外の様子はもう散々見たのである。モニターはあまり気にしなくても大丈夫であろう。
「あの恐ろしい作業機械をけしかけるわけだな」
 コルティオスにしてみれば、バルキリーをけしかけることでこの辺りからバルキリーが減ってくれればちょっと嬉しい。まあ、どうせすぐに元の数にまで増えるのだろうが。
「まあ、そうですな。しかし、その前にやれることは色々ありますぞ。要塞周囲の残骸を掠め取ったり、壁を削り取ったり……」
「セコいな。だが、放っておけばやがてあの残骸も奴らの手に落ちることになる。それは避けねば」
 コルティオスは何事もなく終わった要塞偵察の映像を再生してみている。防壁に沿って上昇し、今まさにその向こうが見えようと言うところだ。何事もないと分かっていても緊張の瞬間である。
「おわっ、何事だ!」
「ほわあああああ!」
 バーフィードの突然の叫びにコルティオスが飛び上がった。バーフィードが見ていたのは現在の映像である。何やら、前方遙か先に霞のようなものが見えた。何かの大群らしい。
「敵襲か!」
 画面に飛びつくテッシャン。
「いや待て。我々は……と言うかこの偵察機はラザフスからグラクーに帰還する途上だぞ。グラクーから敵が来るものか」
「私は少佐が敵に思えてきたぞ」
 コルティオスのこと気にせず話を進める。
「グラクーに向かっていた敵が我々に気付いて引き返してきたとか」
「ああ、その可能性があった」
 迫っていた群が次々と地面に降りていった。落とされた様子はないし、落とされたという様子でもない。意を決して偵察機はその群に突っ込んでいく。
 向かってくる機体の姿がはっきり見える距離になった。プロペラが見える。機軍にプロペラの兵器はない。この時点で正体は概ね見抜けていた。そして、案の定であった。
「やはり作業機械か!」
「全くこの作業機械はどれだけ我々の心臓を痛めつければ気が済むのだ」
「いやいや、ビビりまくっておられるのはコルティオス殿だけですぞ」
「そう言うでない、少なくとも今回は作業機械そのものにビビったわけではないぞ。作業機械でほっとされているはず」
「まあ、その通りだが」
「どうだ、確実に進歩されている」
「だからこそ。奴らめ次はどんな手で私を脅かしてやろうと手を変え品を変え迫っているような気がしてならんのだ」
「それは気のせいでしょう。コルティオス殿をビビらせても何の得にもなりはしませんぞ」
 そんなことを言っている間にバルキリーの群と偵察機がすれ違った。眼下では散らばった残骸を拾い集める姿も見える。この残骸が目当てだったようだ。
「そういえばあの偵察機。作業機械の一派だったな」
「一派という言い方が正しいかどうかはおいておくとして、まあそうだったな」
 そう、偵察機もバルキリーである。偵察で得られた情報はバルキリーたちには真っ先に伝わっているのだ。これだけスクラップが散らばっているとなれば、見逃しはしない。グラクー近辺でスクラップ拾いをしていたバルキリーが一斉に移動してきたのだ。
 それにしても凄まじい数である。自分たちが連れてきたのはコンテナ数個分。だが今ここで残骸を漁っているのは大型輸送機でも一機や二機ではとても積みきれそうにない。つまり、それだけ増えているということだ。
 テッシャンは思う。自己複製でこれだけの数を確保できるのであれば、武装させればかなりの戦力になるのではないかと。
「それはほら。ラミエナが言っていたではないか。奴らは死神だと。たとえこちらに従っていてもいつ牙をむくかも知れぬ。だから武装はさせぬのであろう」
「我らの艦はバティスラマ部隊傘下の武装した死神にバラバラにされましたぞ」
 コルティオスの主張は3秒で否定された。コルティオスの艦『勝利の翼』は気付かぬ間に占領されていた。その作戦がうまくいったため武装バルキリーの出番はなかったのである。つまり、武装したバルキリーを見たことがないのだ。だから勘違いしていたが、普通に武装したバルキリーも存在するのだ。
「まあ、兵装を造る機能まで搭載されているかはわかりませんな」
 武器の類いは人間が与えているという考えだ。
「造れるなら、必要になれば勝手に武装するでしょう」
「それはそれで怖いな」
「まあ、我々も武装していれば少なからずトラウマもありますからな。武装するなら一言声をかけて欲しいところですな」
 この偵察機もバルキリーの仲間なのだから残骸漁りの仲間に加えて終了にしてもいいのだが、一応要塞からここまでの間の敵を探すという目的もあるのだ。バルキリーの大群を背に、偵察機はこちらに向かって更に進む。

 ところで。バルキリーはグラクー再建の手伝いをするためにここにきているわけではない。再建の手伝いはあくまでついでであり、名目だ。本来の目的はウィルス・ルナティックに関するラザフス要塞の調査だ。具体的にはラザフスの要塞核、すなわちバルキリーにコンタクトを取ること。そして、まさに今はそのチャンスと言えた。要塞は無防備なのだ。
 バルキリーはスクラップ集めがてら要塞を取り囲む壁をよじ登り、その中を再度覗き込んだ。要塞は相変わらず静かである。
 じっくりと壁の中を覗き込んでみると気付くことがある。壁の外に砲台はないが、内側には無数の砲台があった。コルティオスたちもそれには気付いており、壁を越えて要塞に近付こうとした敵を速やかに撃ち落とすためのものだと考えたが、彼らには考えるための材料が足りていない。ブロイやニュイベル、ヘンデンビルらがこの要塞の状況を見れば違う結論を出すだろう。
 外壁の砲台は、要塞に突きつけられている。この要塞もまた、核の暴走を警戒されているのだ。
 この状況は通信で遙か遠いバティスラマにも届けられ、状況を伝え聞いたヘンデンビルらはまさにそのような結論に至った。そして暴走するのも時間の問題だと推察したが、その予想は外れた。突きつけられた砲台と核を取り囲む要塞が枷となり要塞核の自由を奪っていたのだ。
 バティスラマ組の方針はラザフス要塞の暴走を待つと言うことで落ち着いた。このままでは事態の打開は遠のく。だが、彼らの方針と関係なく動くものもまた存在した。
 偵察を終えたコルティオスたちが息抜きのために基地屋上に出たところ、眼下に広がる町が様変わりしていることに驚いた。頑丈に作られていた主要施設以外は大方瓦礫と化し、そんな瓦礫からどうにか板の形を保っていたものをかき集めて雨と風くらいは凌げるようにしていた居住区が、真新しくしっかりとした建物が林立する町らしい姿になっていたのだ。まさに一夜城である。
 当然、バルキリーの仕業だ。そしてこれだけ急ピッチの作業を実現できたのは、相応の数のバルキリーが投入されたということ。そして急ぎの作業は恙なく完了し、投入された大部分のバルキリーは用済みとなる。建造されたばかりの町をのんびりお散歩と決め込んでいた将校3人組は、街角で用済みになったバルキリーが共食いさながらの解体作業から新たな建材に再構築される様を目にした。この町はバルキリーの骸で成り立っているのかというちょっと怖い考えが頭を過ぎる。増える一方でないことは素直に喜ぶべき事なのだろう。
 話を聞けば数ヶ所の外郭基地で同じようにバルキリーが回収待ちになっているという。これは利用できる。輸送のための船舶なら何隻もあるのだ。早速、余っているバルキリーを要塞にけしかけたい旨を伝えた。
 早速、これから町の再建の手伝いに精を出そうと寝ぼけ眼をこすっていた隊員たちに指令を出した。
「君たちは何か兵器を作り出すことはできるのかね」
 バーフィードはそこら辺にいるバルキリーに尋ねた。
『もちろん。簡単だよ』
 いかにも気軽な返事で何かを組み立て始めた。仲間も集まってきて作業に加わり、2分ほどで完成する。
『私たちの主力兵器、ペブル砲だよ』
 大きな穴の開いた、箱状の物体。ゴミ箱にしか思えない。
「……ペブル?」
 バルキリーは足下の石をペブル砲とやらに放り込んだ。その石が勢いよく空に撃ち出される。
「投石機ではないか」
『そうとも言うけど、可愛くない』
 確かに、意味合い的にはさほど変わらないし投石機というよりはペブル砲と言った方が響きが可愛いかも知れないが。なぜ、兵器に可愛さを求めようとするのか。声相応に乙女の心を持っているのか。
 とりあえず、これならテッシャンやバーフィードのトラウマも刺激しない。これは割と重要だ。それに、わざわざこちらで大量に作って運ばずとも現地に散らばるスクラップから組み立てられそうである。
 丁度よく、その現地に近い場所ではバルキリーのスクラップ漁りが始まっている。そのスクラップを材料に今すぐにでもペブル砲の生産に取りかかれる。そのように指示を出しておいた。これでこちらからはバルキリーだけ運べば良さそうだ。