ラブラシス機界編

25話・もう一つの最前線

「ウィルスの出所、ねえ」
 ニュイベルは考えた。いや、考えるふりをしたというのが正しい。考えたところで何かを思いつくはずもない。ニュイベルはレジナント要塞の機兵に感染していたものを取得し改造したに過ぎず、その機兵がどこでウィルスに感染したのかなど知りようがない。そのレジナントの要塞核であったバルキリーにも身に覚えがないと言われてしまうと、それ以上辿りようもないのだ。
「中央のビッグデータにアクセスすれば詳しいデータが得られるんじゃないですかね」
「そうしたいのは山々なんですけど」
 リュネールは溜息をついた。
「私たち、謀反人のようなものですから……登録も抹消されてて、そもそも外部からのアクセスが遮断されてるんですよ」
『じゃあ、情報局の中の人ならアクセスできる?』
 バルキリーが口を挟んだ。情報局とは言うまでもなくリュネール達がかつて所属していた機軍対策情報局のことである。
「それはもちろん」
『それなら手があるよ。私に任せて!』
 とても朗らかな声で、それでいて無表情で言うバルキリー。声が普通に人間らしいのが却って不気味だ。これなら人らしさのない以前の姿の方がましだった。そして、任せてと言っても何をどうしようと言うのだろう。
 訳は分からないが、今の所このバルキリーの申し出に期待するくらいしかできることはないのだった。

『降伏せよ!さもなくば容赦しない!』
 『勝利の翼』号からバティスラマに向けての通信に応じたのは、『勝利の翼』号艦長にとって知らぬ人物ではなかった。
「おうおうおう!まずはボンディバルの狒々爺が俺のことを何て言ってたか聞かせてもらおうか。返答はそれからだ!」
『バーフィード少佐?無事であったか!』
 黒竜3號の艦長であるバーフィード少佐が対応に当たったことにコルティオスは驚き、戸惑った。勿論、その怒気を孕んだ物言いにも。
「これはこれは、大佐殿。あなたがかり出されるとは政府軍もいよいよ本腰と言ったところですかな」
 物言いは落ち着いたものの、声にはまだ怒気が含まれている。
『ぼ、ボンディバル殿はお主の善戦を称え、敗北に心を痛めておったぞ』
「ほう。そうでござるか。ではこちらの、青の。テッシャン殿についてはいかがかな」
『それはもちろん同様に……』
 落ち着いたかな、と思いながらのその言葉が終わらぬうちにバーフィードは吼えたくった。
「んなわけねーだろ!俺はあの狒々爺が無様だの無能だの無価値だのいうのを聞いてんだ!同様にってんなら俺についても同じに決まってんだろうが!あの爺をかばい立てしようって言うなら、貴様も同罪として俺たちと同じ目に遭わせてやろうか、このボンディバルの犬め!犬ッコロめ!」
「俺だって善戦した覚えなんてねーよ!目標も見えないうちに白旗揚げて、命は助かったが船は跡形もねーよ!ああそうだよ、善戦どころかまともに戦ってすらいねーよ!うおおおおおん!」
 テッシャン大尉もブチ切れた。その時の恐怖と屈辱、そして絶望が思い出されたのか号泣である。
「さあて。あの狒々爺めが本当はなんて言ったかだ。それを言わぬ限り生きて帰れないと思え」
 蒼き鸛。黒竜3號。その二艦を退けたバティスラマの軍勢に立ち向かう恐怖をこれまで抱え続けてきたコルティオスは、それをも超える恐怖に晒されることになった。しかも、味方であったはずの人物からの恫喝である。部下とは思えぬ凄みで脅しつけるバーフィードにコルティオスも怯むしかない。
 そして、実際出征に際してボンディバルからは先の二艦のような無様で恥曝しな負け方はするななどと言われてきたのだ。勝って帰らねば何を言われるか。思えばコルティオスとてボンディバルの居丈高な態度には常々腹に据えかねるものがある。いずれ奴を蹴落とし、我こそが奴のように踏ん反り返ってやるとそれを目標に頑張っているのである。……彼らの怒りを見た感じ、同じ轍を踏むのは避けたほうが良さそうではある。そしてこんなことになっているのもボンディバルのせいではないのか。そう思うと少し腹が立つのである。
『まあまあまあまあ。落ち着くのだ二人とも。確かにボンディバル少将はあのようなお人、敗者に厳しいところはあるのは事実である。だが、さすがに面と向かえば労いの言葉もかけよう』
 言っていて、死んだと思うや否や悪口を言い出す性格はあまり良くないんじゃないかなと思うコルティオス。
「面と向かったらあの無様な負けっぷりを報告しないといけないではないか!面と向かって罵倒される!面罵される!」
 テッシャンの慟哭。そして、不敵な笑みを浮かべてバーフィードは言う。
「こうして駆り出されたのが運の尽きですぞ、コルティオス殿。進むも地獄、退くも地獄。どちらの地獄を選ばれますかな?」
「……さあて、捕虜のお二方はこう言っているが。どうするね、あんたの道は一緒に捕虜になるか尻尾を巻いて逃げ帰るかのどっちかなんだがね」
 見覚えのない人物が通信に顔を出した。セオドア=マクレナン少佐、中央政府軍所属ならみんな大嫌いな若造である。確かにリーダーたるに相応しい風格と迫力を備えてはいるが、隊長と言うよりは賊の頭目の風情である。怒りに燃えたバーフィードも怖いが、涼やかな顔でもこっちの方が怖いと思えるのはなんなのだろう。それでもコルティオスは強気の姿勢を崩さない。面と向かっていない、これは通信なのだ。何ができるというのか。
『我々は軍人だ!むざむざ捕虜になったり逃げ帰るくらいならば、潔く戦って散る道を選ぶ!』
 乗組員に聞かれたら口を揃えて「散りたくない」と言われるだろうし、自分だって散りたいわけがない。しかしこれは乗組員には聞かれないし、ハッタリは言うだけタダである。
「言っただろ?逃げるか投降しか道はねえんだぜ。あんたの船がまだ戦える状態だと思うのかい」
『なんだと?』
「中央もまあ、毎回こんなでっかい目立つ戦艦を判で押したように同じコースで飛ばしてくるよなぁ。どんなのがいつ飛んでくるのかもニュースで筒抜けだし。給油すりゃ逐一こっちにその情報も入ってくるし。待ち伏せてくれって言ってるようなもんだろ」
 待ち伏せされていたようだ、そう気付くコルティオス。
『バカな。通信のアクセスは遮断しているはず!』
「回線切ったくらいで情報の全てを切れると思ったか?中継基地さえ設置すれば電波でだって通信できるんだぜ?ここ最近はそう言う需要、やったら多いしねぇ」
 しかし、コースが同じになるのは仕方ないことである。補給のできる場所を辿っていけばどうしても一本道だ。艦が大きくなるほど回り込むようなような無駄なコース取りでの余計に消費する燃料も増える。補給スピードの遅い田舎の設備でその分の燃料を補給するとタイムロスが著しい。しかもこれが三度目となると補給地のごね具合、渋さしょっぱさもかなりのものだ。余計な燃料を補給する余裕などなく、隣のベギヌスプリナからは最短距離で来るしかなかった。
 しかし、待ち伏せされていたという割には攻撃を受けた覚えなどない。これでもう攻撃もできないような状態にされているとは思えない。
 種を明かせば黒龍3號と同じパターンだった。小型のバルキリーがすでに艦内に侵入し潜んでいた。しかも待ち伏せを受けていた場所は通過する都市の給油基地。それも複数箇所だ。まだバティスラマからも遠く、町の中の給油中というまさに油断しきった状況だった。乗組員が艦外でリラックスしている隙にバルキリーが忍び込み、主に武装を中心に破壊を始めていたのだ。
 そして。合図一つでいつでも潜んでいたダクトやパイプ、壁の裏などから飛び出して艦内を制圧できる状況となっている。その合図一つが出されたことで勝敗は決した。いや、合図が出た時点ですでに決していたのだ。艦内にアラートが響き渡り、悲鳴が轟き、それが得体の知れぬ音に掻き消される。何が起こったのかと耳を澄ますコルティオスの前に、扉をぶち破ったバルキリーが雪崩れ込んできた。
「で、改めて聞こうか。逃げ帰るかい?それとも、俺のところで働くかい?」
『は、は、は、早くこいつらをなんとかしてくれええ!』
 通信には映らないが足下を動き回るバルキリーに混乱しながらコルティオスは喚いた。
「おうよ、じゃあ急いでうちに来な。そいつら引き取ってやるからよ」
 かくて『勝利の翼』は降伏したのである。

 中央・機軍対策情報局。いつものように粗大ゴミをカートに収めたところで研究員は声をかけられた。
「え?ルナティック?」
 話し相手はそのカートである。最近ここに数台配置されたちょっと変わったカートで、喋るのが特徴である。遠隔操作タイプで、どこかにいるオペレータと会話ができるようになっているのだろう。最近はオペレータさんとも打ち解けてきてよく話しかけてくるようになってきていた。姿は見えないが、きっと可愛い女の子だ。
「でも、何でそんなのの資料が欲しいの?」
『んー。いろいろあるんです』
 そう言うのであれば、いろいろあるのだろう。
 自分でアクセスすればいいじゃないかと思ったが、それはきっとこのオペレータさんがそう言うのが苦手な人なんだろうと勝手に解釈した。実際、彼女のやっていることはカートを操縦してマイク越しにコミュニケーションを取るだけ、データベースから資料を探すのに必要な技術はまるで別物であるからだ。
 そして、同じように資料を欲しがっている事情や理由についても勝手に解釈するのだ。このオペレータはここの職員ではなく外部の人間、であれば正式な資料請求には手続きが必要になる。そうすると時間も掛かり多くの職員の手を煩わせることになる。公開済みのデータにそんな手間をかけていられない。そこで、下っ端同士が何気ない世間話がてらにネットのデータをやりとりする形を取ったのだろう。資料を欲しがる理由については、取り扱っている粗大ゴミにルナティック感染済みのものも多く含まれているので用心のためか。
 ともあれ、そのルナティックのおかげもあって自爆もせずに原形を残したまま機能停止する機兵が増え、そういったものはサンプルとしてこの研究所に送られてくる。その膨大な量の照会サンプルは、特定が終わればほとんどがゴミとなる。重い物なので気が向いたときに片付けようとひとまず部屋の隅に積んでおくと、気が向く頃には手の着けられない山になっていることもしばしば。これまではどうしようもなくなった頃に部屋の使用者総員が休日返上の一日掛かりで片付けたりしてきたが、その片付け先すら満杯になりつつあったのだ。
 外部業者との提携は予算の問題でなかなか叶わなかった悲願だったのである。おかげさまで部屋がいつもすっきりしているのだ。この程度のお願いならいくらでも聞いてやりたいのだ。
「いいよ。すぐ終わるから、待ってな」
『ありがとー、助かるぅー』
 だが、そのカート。提携業者による遠隔操作のカートなどではなかった。その正体はバルキリーである。
 リュネールが確保した無駄に大きな建物で、ヘンデンビルが押し込んだ大量の粗大ゴミを材料に作られたバルキリーは、要塞核の解析が終わりする事がなくなったことでコンパクトにまとめた“本体”を除く大部分は急な撤収のどたばたの中で大量の粗大ゴミとともにここに残された。
 そのまま機能停止してしまってもいいのだが、ヘンデンビルの小遣い稼ぎとして始めたスクラップの回収と分解分別に需要があったので残って継続することにしたのだ。
 ニュイベルらがいた頃は当初ガランとしており後半にはゴミ置き場にされていた建物が、今は一大プラントに変容していた。その設備もまた全てが粗大ゴミから作られたバルキリーである。
 そして、バティスラマへの一般通信が遮断された中だが、このバルキリーはバティスラマのバルキリーとも通信が繋がっている。バティスラマの隣の都市・ベギヌスプリナまでは普通の回線で通信でき、そこからは独自の無線通信でバティスラマに連絡しているのである。これにより中央で聞いたルナティックの情報はすぐにバティスラマに流れる。これがバルキリーの言っていた手であった。ついでに言えば、中央政府軍の動きがバティスラマに筒抜けだったのもそのせいであった。

「逃げ帰ってくれればよかったのに」
「あんなの乗せて中央まで行けるか」
 バーフィードに恨みがましい目で見られたコルティオスは言い訳がましく言った。
「ああ、帰りたくない」
 そしてテッシャンは誰となくぼやいた。
 捕虜となっていた三人の艦長を帰してやるからこれ以上の攻撃はやめろ、そう言う交渉が行われたのだ。『勝利の翼』という戦艦が、飛行するだけなら問題ない状態で手に入ったことで、このような交渉が実現したのである。
 もちろん条件を呑んだ中央政府を信用したわけではない。捕虜の大多数である乗組員は残され、ふんぞり返っているだけで大して役に立たない艦長たちを厄介払いしたようなものだ。巨大な戦艦はたった三人を乗せて飛んでいる。戦艦はその操縦が高度に自動化されているので、戦闘さえないのであれば乗組員がいなくても何とかなるのだ。
「しかし、だ。確かに我々は無様に負けたかも知れない。だが最大の非は敵を侮ったボンディバルにあるのではないか」
「同感ではありますがね。ボンディバルが自分の非など認めるはずがないでしょう。奴自身が出陣して負けでもしない限りは」
「まったく。ボンディバルの狒々爺ときたら地位を笠に着て自ら出てなど来ませんぞ。どうにかして奴をあの座から引きずり降ろせぬものか」
 飛ぶだけなら何もする必要がないので三人は雑談に興じた。そして、もっとも盛り上がる話題はボンディバル少将の悪口であった。こうして、コルティオスにもボンディバルの悪口が刷り込まれていくのであった。

 追い出されるように中央に向かった三人の艦長と入れ違いでバティスラマにもたらされたのはウィルス・ルナティックの資料だった。普通にネットでデータベースを参照しただけでなく、より詳細なデータを取り寄せてくれたらしい。ウィルスコードそのものなども含まれたかなり大きなサイズの資料だった。姿も知らぬ“多分”可愛い女の子のために、随分と頑張った物である。
「これ、完全に研究者向けだよねえ。よくこんなの手に入れたよ」
 感心しきりのヘンデンビル。これからまさにこのウィルスについて研究しようと言うところなので、ここまで詳細な資料は渡りに船と言ってもいい。
 ルナティックが最初に発見されたのは20年ほど前になる。発見場所はグラクー。当時の戦況は互角か人間劣勢と言っていい状況だったが、機軍兵器に誤動作や暴走が増えてきて形勢が緩やかにこちらに傾いた。そして暴走したままエネルギーを使い果たし自爆できずに機能停止した機軍兵器からウィルスが見つかる。
 しかし、実質辿れるのはそこまでだ。機軍要塞の中でのこと、その機軍兵器にどこからウィルスが入り込んだのかを探る術はない。そもそもグラクーで発生したのかもっと前からどこかに存在していたのかも分からない。ほどなくバティスラマの近辺でもルナティックが発見され、機軍の中央・ラブラシスから波及してきたのか、グラクーから押し寄せてきたのかも分からなくなった。発生がグラクーであるならばほんの20年ほどで機軍全体に広まったことになるし、ラブラシスから来たのであれば真の発生時期は知りようがないことになる。いずれにせよ、発生のきっかけを探る手がかりも今の所何も無い。
 中央のデータでも、公開されている内容には限界がある。グラクーでならばより詳しい情報も得られるかも知れないし、ラザフスに探りを入れることもできるかも知れない。だがしかし、グラクーはバティスラマから余りにも遠い。しかも今は通り道の中央が敵対状態であり、高い壁として立ち塞がっているのだ。どうしたものだろうか。

 そして、その中央では。
「おお、よくぞ無事で帰った!こんな喜ばしいことはない!」
 満面の笑みで出迎えたボンディバルに艦長達三人は冷めた作り笑いを向けていた。本人の居ない所では能なし役立たずと罵っておきながら、なんと調子のよいことか。
「命こそ無事でしたが二艦を失ってしまいました」
 低い階級という立場のうえやられ方も酷かったために損な役回りを押しつけられたテッシャンがおずおずと進み出た。
「うむ……。たかが輸送機や田舎の地方都市にこれだけの抵抗ができようとは。我々の読みも甘かったようだの」
 バティスラマは都市であると同時に前線基地である。そのことを考えればこの発言はおかしいことになるが、防衛兵器の大半は要塞に向けて配置されているので背後からの攻撃には弱いだろうという読みがあったのだ。そして機軍は長距離の砲撃を行うことはほぼない。中央の軍艦にはそれができ、バティスラマにはその対抗手段がない。実際、軍艦が直接攻撃を加えられていればあっけなく陥落したはずだ。
 ともあれ、ボンディバルが己の失策を素直に認めたのは三人にとっては素直に驚きであった。裏ではボロクソに言おうと、面と向かっては言わないようである。
「ときに。貴殿等がバティスラマを相手にしている間にグラクー襲撃の対処への不満が高まっているのは聞き及んでいるだろうか」
 その言い方に“お前たちのせいで”とでも言いたそうな空気を感じ、三人は眉を顰めつつ頷く。ボンディバルにはその襲撃に心を痛めているか、あるいは軍の立場を慮って渋い顔をしているようにしか見えないだろう。
「我々も方針に従わぬだけの、反逆者というほどでもない輩のためにいつまでも戦力を割いている場合ではないのだよ。そこでだ。帰ってきて早々ではあるが、貴殿等にはグラクーの援護と防衛に向かってもらいたい」
 言ってしまえばここでも早々に厄介払いされたようなものだった。しかし、彼らにとっても渡りに船である。この男の近くにいるよりはどこかに追い払われる方が気が楽だった。そしてこのことが渡りに船だったのは彼らだけではなかったのである。

 コルティオスを隊長としたグラクー支援隊は戦艦5隻と輸送艦3隻のなかなか大規模なものであった。敵対しているのがわかりやすく機軍であれば堂々と大部隊を派遣できるのだ。
 しかし、部隊は支援物資の輸送に重点を置き、兵器類の積み込みは少ない。
「しかも何だ。この支援物資……ゴミが混じっているではないか」
 コルティオスはコンテナから機械屑を拾い上げた。バーフィードとテッシャンも意見を述べる。
「まあ、ゴミも立派な資源ですからな。リサイクルすれば使えるということでしょう。リサイクル設備は前線の方が整っておりますし、処理能力の余裕もまた」
「しかし、こうすると我々がゴミと一緒と言われているような気分になりますぞ」
「確かに!くぬうう、あの狒々爺め!」
 またしても勝手にボンディバルへの憎悪を募らせていく三人。だが、この怒りは的外れであることがすぐに分かることになる。
『ねえねえ、青のおじちゃん』
 どこかで女の子の声がする。
「む。呼ばれているぞ、青の」
 バーフィードにも言われ、テッシャンはあたりを見回すが。
「ふむ。声はすれども姿は見えず……これは噂のレジナントの亡霊とやらを連れてきてしまったか」
「やめろ。そんな怪談に私を巻き込むな。私はレジナントにいくらも滞在していないのだぞ」
 人型バルキリーの頭部を目にして自分で企画した肝試しのことを頭から吹っ飛ばしたミリンダが、当然のように回収し忘れた創作怪談の張り紙は、翌日以降多くの作業員たちの目に留まり、すっかり事実のように語られることになっていたのであった。そして、いくらもレジナントに滞在していないコルティオスにすらその話が届いていた。そんな下地もあってこんな結論に至ることになった。
『亡霊じゃないよ。こっちだよ』
 コンテナに詰まったスクラップがガラガラと蠢き、中から何かが出てきた。無機質なロボットの頭部。
「むむ。これは……レジナントのお手伝いロボット」
 彼らの中でバルキリーはそういうことになっていた。いや、一人だけそういう認識になっていない人物がいる。
「ひょわあ。我が艦を制圧した機械兵器だぁ」
 コルティオスは飛び上がった。彼はレジナントやバティスラマで人々と和気藹々と作業をするバルキリーの姿を知らない。だから占拠されたときの恐怖心しかないのである。
『私もちょっとグラクーってところに用があるんだ。だから一緒に乗せてってもらうよ。こっそりとね』
 コルティオスはバルキリーにとってもあまりよく知らない人なので気にしないで話を進めた。
「そうか。まあ、好きにすればいい」
「我が戦艦に潜んでここまで来たのか……気付かなかった」
 震えるコルティオス。
『んー。まあ、そんなとこかな』
 そうバルキリーはお茶を濁したが、実はそうではない。中央の倉庫を占拠し量産しているものを送り込んできたのだ。そして、彼らはもう一つ勘違いをしている。大量に積み込まれたスクラップの中に潜り込んで艦内に潜入した……そう思っているのだが、実は積み込まれているのは大量のスクラップではなく、上辺だけをスクラップでカモフラージュされた大量のバルキリーであったのである。

 到着したグラクーは、思った以上に荒廃していた。外郭基地は全滅し、都市も甚大な被害を受けている。都市も壊滅させられてもおかしくなかったが、機軍兵器の活動限界だったか撤収し、そのまま平穏な状態が続いている。ほぼ同時期にパニラマクアでの交戦があったため、そちらを優先するために戦力を切り上げたのではないかとも推測されている。
 現状のグラクーは防衛のための兵器の再配備はひとまず完了しており、居住区域の再建が進んでいるところだ。支援物資は確かに役に立つようである。だが、それ以上にありがたがられたのは忍び込んで運ばれてきたバルキリーである。バルキリーがレジナントで行っていることが、ほとんどそのままここでも必要になる。不足している人手をバルキリーが大いに補えたのだ。到着時にコンテナから一斉に這い出してコルティオスを卒倒させた後は、すぐにみんなから頼られる仲間として認められたのだった。
 その一方で、バルキリーの目当てでもあるウィルスの情報収集も進められていた。とは言えこの町で得られる情報はすでに中央にも伝えられているようなものばかり、やはり要塞を探らないとこれ以上の情報は得られないようだ。
 要塞は沈黙している。グラクーは壊滅的被害の中であり攻勢に出る力はない。要塞はそれを見越してかかなり手薄になっている。だからこそ戦力を投入して今のうちに要塞を叩ければよいのだが。
「兵器はない。兵もいない。これでは我々のような優秀な将校がいても戦えんな」
 渋い顔でバーフィードは言った。話し相手はテッシャンである。
「ほほう。あのように無様にやられて尚、自らを優秀と言いますか」
「あれは状況と相手が悪すぎた。そう信じている。そうでなければ気持ちが果てしなく沈み込むぞ。この状況、飛ばされたとしか言えぬではないか」
「うむ、認めたくはありませんがな」
「いいや、私は認めぬ。そもそも認めなどするものか」
「認める認めないはともかくとして、だ。兵なら確保できるだろう」
 いつからいたのかコルティオスが話に入ってきた。
「まことですかな。もしや政府からの援軍が来るとか」
「いや、そうではない。再建のための作業は粗方あの恐ろしい作業機械が担ってくれるようでな。開いた手を戦力に回せそうなのだ」
「しかし、武器がありませんぞ」
「その心配も要らぬ。あの作業機械は恐ろしいことに武器も作り出せる。しかも武器を搭載した作業機械も配備される手はずになっている」
「ふむ。しかしあの作業機械のことはボンディバルは知らないはずですな。彼奴が黙っておりますまい」
「構うものか!あの狒々爺の鼻を明かしてやれるなら望むところだ!」
「しかし。我々が活躍したならば派遣したボンディバルめの手柄にならぬか」
 コルティオスの指摘にバーフィードは頭を抱えた。
「いかがいたした、今日は二人とも暗いですぞ」
 いつも能天気なテッシャンに比べればそうだろうと二人は思う。
「さもありなん。我らに未来はあるのか」
「未来を切り開くために戦うのではないか。まあ、その戦いがあの機械のおかげで成り立つのも恐ろしい話だが」
「コルティオス殿。貴殿はあの機械を些か恐れすぎではありませんかな」
 バーフィードは先ほどから何かというと怖いだの恐ろしいだのというコルティオスの発言を指摘する。
「だって怖かったぞあれは」
「まあ、気持ちは分かりますがね。敵に回さなければ大丈夫でしょう。機軍と敵対しているのは確かなようですからな」
 テッシャンはやはりポジティブである。
「敵の敵もいつまで味方でいてくれることか。……まあ、今は味方でいてくれているのだから、恐れても仕方ないのでしょうな」
「同じ味方を恐れるならあの狒々爺を恐れた方がよろしいでしょうな。にこやかにこんなところに飛ばしよってからに……」
 彼らには共通の敵もいる。よって結束しやすいのだった。

 グラクーの再建は日を追うごとにその足並みを早めた。中央政府の派遣団のおかげである。しかし粗方バルキリーに仕事を取られ、コルティオス、バーフィード、テッシャンの三人はやっぱり踏ん反り返るぐらいしかする事がなく、バルキリーを連れてきた功績は踏ん反り返るに値するものとは言えども少し居心地が悪いのであった。
 一応再建の指針について決定を下すリーダーの立場として彼らのカリスマが求められる場面は多々あるのだが、彼らは戦艦の艦長であって建設現場の監督ではないのだ。建築について自分たちの下した決定が適切であったのかという自信は、常に無い。三人とも、ここに至るまでに大敗を喫し挫折を味わっているのだからますますだ。
 自信こそないのだが、そこはそれ彼らとて軍の中でそれなりの地位を築いてきた者たちである。三人で話し合えば拙い判断ミスはそうそう起こりはしない。それに彼らに求められる判断の多くは現場で挙がったいくつかの意見の中から一つに絞り込むようなものが多い。それらの意見は現場のベテランが銘々に出したもの。判断に困る時点でもう既に、どちらを選んでも間違いにはならないようなものなのである。要するに、対等の立場で意見の押しつけ合いをしても平行線なので将軍様に判断を仰ごうと言ったところであり、彼らがいなかったならば多数決とか、くじ引きやじゃんけんでもして決める程度のことだった。
 そんな中。今日持ち込まれた議題は珍しく建築がらみではなかった。
「再建にも目処が立ち防衛設備も少しずつ充実してきたのでそろそろラザフスに偵察を飛ばしたいとのことだ」
 重々しくコルティオスが言葉を発した。
「それは有人ですか、それとも無人ですかな」
「その判断から実行に至るまで、我々に任されておる」
「ほっほっほ。丸投げですな」
「いいのではないだろうか。暇だし」
「うむ、暇だよな」
 話しているうちに、最初の重苦しさはあっという間に消えた。
「私の意見としては有人でやるのはまだ気が早いが、無人でやるなら別にいいんじゃないかと」
「無難ですな」
「まさに。無難すぎて口を差し挟む隙などありませんな」
 どうでもいいことではあるが、3人で居る時間が長いので少し話し方も砕けた感じになって来つつある。
「では基本方針はこれで行くとしよう。……何分、今回は実行までこちらに任されているし、ここでは初めての軍事活動らしい軍事活動になる。やっと我々の真価が問われることになるのだ。失敗は許されない」
 気を引き締めるように再び重々しく言い放つコルティオス。
「おお、燃えてますな」
「でも。どうせまたあのあの作業機械に丸投げでしょう」
「まあ、そうね。多分ね。ホント、便利だよねあれ」
 早速雑談モードに回帰するコルティオス。意志の弱い男だ。
「頼りすぎると人間ダメになりそうですな」
「痒いところに手が届くというか……」
「あの声で『どこか痒いところない?』とか言われたり」
「青の。お前の声で言われても気色悪いわい。しかし……ふむ」
 各自、脳内再生する。
「人間ダメになりそうですな」
「これでダメになる奴は元々ダメだ」
「俺の歳ならまだまだセーフだと思いたい」
「若いっていいなぁ」
「私なら、孫娘だと思うという手があるぞ」
「年寄りも悪くないですな」
「誰が年寄りか」
 会議はまだ始まったばかりだが、早くも何の話をしているのかわからなくなってきた。

 とにかく。偵察はすぐに行われることになった。やると言うことだけ決めてしまえば、後は方針くらい立てこそすれ、基本的にバルキリー任せである。
 まずは遠巻きに観察する。警戒が厳重でなさそうならば少し接近してさらに詳しく調べる。今更話し合うまでもないくらいにセオリー通りの無難な方針である。
 ラザフス付近までの移動は高速輸送機で。そこに拠点を設置してバルキリーによる偵察が行われる。その拠点設置などの準備が整うまでは暇である。暇潰しも兼ねて防衛設備の確認に行くことにした。
 町に敵が近付かぬようにするための設備なので決して近いところではない。バティスラマにも周囲に外郭という防衛基地が点在しているが、それと同じようなものだ。
 道中の案内役としてラミエナと言う女性が同行することになった。ただでさえこの所このオッサン三人組で顔をつきあわせている。そろそろ潤いが欲しいのだ。そこで、案内役に綺麗所をつけてくれと頼んだのである。グラクー側もそんな意図をちゃんと汲み取って、そこそこに美人でいい体をした女性を用意してくれた。ただ、そちらに重きを置きすぎたか案内役としては本当に最低限である。
 移動は車だ。遠いといっても飛行機を出すほどでもなく、道もちゃんと整備されている。前に運転役が乗り、後部座席にラミエナを挟んで他の二人が乗る。運転役は交代制、最初はコルティオスだ。この中では一番階級が高いコルティオスは上官の威を振りかざし移動距離の短いところを受け持ったのだ。
「あたし、砲台のこととかあんまりよくわかんないんす」
 ラミエナは案内役にあるまじき事をいきなり言うのだった。
「ふむ。しかし、なぜそんな君が案内役に選ばれたのだね」
 顔と体で選ぶにしてももう少し適任の人物は居なかったのだろうか。誰も引き受けてくれなかった……そんな理由だったら悲しすぎる。バーフィードの頭にちらりとそんな懸念が過ぎった。
「カレシ……元カレって言った方がいいんすかね。そいつが3番砲塔にいたんすよ」
 少し寂しそうな顔で言うラミエナに、うっすらと事情は察した。聞くべきかどうかは迷ったのだが。
「と、言うことは。その彼は」
「ええまあ。……あん時、死んじまったんす」
 軽く答えたが空気は重くなった。緩い雰囲気の割に辛い過去を、いやごく最近を抱えていたのだ。
「そんなことがありながら気丈なのだな」
 色っぽいがアホっぽいおねえちゃんという見下し気味の第一印象はすでに吹っ飛んだ。
「よくあることっすからねー」
 口調はあくまで軽いが、前線地帯の過酷な実状である。中央政府軍がいかに安全なところで戦いを見守っていたかを実感した。
 機軍との戦いにおける中央政府軍の役目は兵器開発や敵能力の解析、戦略と指揮。いうなれば後方支援だ。彼らの作戦で前線は勝利し、負けたにしても被害を押さえてきた。そう自負しているし、実際その功績で今の地位を得たのである。しかし、彼らは前線の状況をデータと報告でしか知らない。もちろん、戦力を失うということに多かれ少なかれ人的被害が含まれていることくらいは理解している。だが生々しい実状に触れる機会は殆どないのだ。
 彼らは自分たちがいかに甘い認識で戦いを指揮していたか、そして自分たちがいかに危ない場所に飛ばされたかを改めて実感したのだった。