ラブラシス機界編

23話・反逆ノスゝメ

 パニラマクア要塞と機軍の戦いはまだ続いている。当初はパニラマクア要塞も健闘していたが、増援が次々とやってくる機軍に対し消耗戦になっているパニラマクア要塞はじりじりと押され始めている。ここから巻き返せる望みは薄い。あとは精々粘って機軍が体勢を立て直すための時間を引き延ばしてくれることを祈るくらいだ。
 そんな中、救出できたたったの8人の子供を連れて、その代償に多くの仲間を失った義勇軍が帰ってきた。成果はあったものの、作戦成功とは言い難い。帰ってきた義勇軍の顔は沈んでいる。
 子供たちはすぐさま医療センターに運び込まれ、精密検査を受けることになった。リカルドたちは要塞に住んでいた頃から既に免疫ができていたらしく、外部から来たブロイ・ニュイベルと接触しても、その後要塞を脱出して外郭や都市に連れてこられても、病気に罹ることは無かった。だが、この子供たちも同じだとは限らない。閉鎖され整えられた環境下で培養される人間に、免疫は必要ではない。特に、パニラマクアの周辺には人間の都市がない隔絶された土地なので外部の人間との接触はありえない。レジナントよりも免疫をつけさせる意味がないのだ。それに、衰弱や疲労も著しい。より慎重に見守る必要がある。
 心配なのはその体調もだが、精神面のダメージが酷い。多くの仲間を失ったのだから当然だ……そう思われていたのだが、本当の理由は意外なところから判明することになった。
 今回の救出作戦の成果は子供たちだけではない。子供たちを要塞から連れ出してきたバルキリー。それもまた、彼らにとっては大きな成果だった。以前通信でやり取りしているうちに、パニラマクアがレジナントのバルキリーとは少しタイプが違うものであることが明らかになっていたのだが、そのコピーが手に入ったのだ。しかも稼働する状態、さらには機軍による改造の施されていない純粋な状態なので、こちらのバルキリーと簡単に融合できる。
 そのパニラマクアのバルキリーの記録あるいは記憶により、パニラマクアの内部で人間がどのような扱いを受けていたのかが判明した。大量殺戮のその日まで穏やかな日々を送っていたレジナントの人間とは対照的に、彼らの日常は苛烈で凄惨だった。
 彼らもレジナントの人間と同じように、ある程度の年齢まで培養されてから要塞内の閉鎖的な世界に解き放たれる。その時、目の前には敵が現れる。その敵とは、自分と同じ人間である。彼らは戦い、勝ち残らなければならない。殺し合い、生き残らなければならない。この世界に解き放たれるまで、そのような暗示をかけられ続けるのだ。そして、戦って生き延びれば当面の安息と食事が与えられる。その間、次の戦いに向けて研鑽を続ける。そんな日々が繰り返されるのだ。
 最後まで生き残った戦士も、輝かしい未来はない。最後の勝利とともに、機械の死神が現れて処分するのだ。だからこそ、パニラマクアには子供しかいない。特に、まだ幼い子供が多かった。成長する前に淘汰され、どんどん数が減っていくのだ。
 なぜそんなことが行われているのか。それはバルキリーに見せつけるためのようだ。バルキリーはその様を見せつけられるたびに苦痛を味わうという。レジナント同様、パニラマクアの反乱もその苦痛に耐えかねての事だった。ただ、もちろんその理由は分からない。なぜ機軍はそんなことをしてバルキリーに苦痛を与えようとするのか、そして、そもそもなぜそれでバルキリーが苦痛を感じるのか。
 それはさておき、つい最近まで人間を見れば敵だと思っていた子供たちにとって、いきなり仲間同士になれと言われても困惑するしかない。今回救出できたのは、まだそんな戦いを始めて間もない幼い子供だけ。すでに多くの“敵”を手に掛けて成長した戦士たちは、人間を見れば反射的に攻撃を仕掛けるようになっていて救い出すことはできなかったようだ。まだ戦いの経験が少なく、戦うことへの抵抗が消え切っていない子供だからこそ、どうにか抑え込むことが出来たのだ。更には、暴走したバルキリーがシステムを支配して洗脳を止めたことで、まだ戦う意思を植え付けられていなかった子供たちも要塞の中にはいたらしい。ただ、そのような子供たちは残念ながら今回助け出すことが出来なかった。

 実際に救出された子供たちの映像などが配信されたことで子供たちの救出が世迷言でないことも証明され、この話は世間に大きく注目されることになった。それと同時に、中央政府軍が義勇軍の妨害をしなければもっと多くの子供たちを救えたはずだという論調も高まる。
 それを目にして困ることになったのは、もちろんその妨害に当たった中央政府軍の兵士当人たちである。上からの指示に素直に従った結果がこの悪者扱い。そもそも、下っ端に指示だけ出してふんぞり返っていればいい上官たちならまだしも、その指示に従って人を手に掛けることになるかも知れないと思っていた兵士たちは元々この作戦に乗り気ではなかったのだ。
 幸いなことに自分たちの手で人を殺めることなく済みはしたものの、結果として自分たちのせいで人が、しかも何の罪もないいたいけな子供が多数死んだということになってしまい、実にいたたまれない。しかも、作戦自体も大失敗だ。武装していたとはいえ作業機械によって返り討ちにされたのだ。どの面下げて帰れというのか。
 だが、彼らは今帰るに帰れない状況である。捕虜として囚われの身なのだ。たまたまちょっと帰りたくない気分の時にこの状況。これはもはや、勿怪の幸いだった。
 一方、バティスラマやパニラマクアから遠く離れた世界の反対側。そこでは、鎮圧作戦を二度も失敗し二艦を失った中央政府軍にとって、さらに悪いことが起こっていた。
 陥落寸前のラザフス要塞に攻撃を仕掛けていたグラクーの部隊が返り討ちにされた上、そのまま攻め上がってきた機軍によりグラクーの都市が攻撃を受けて甚大な被害が出たのだ。
 その少し前からラザフスでは機軍の機械兵が増加してきており、予てより念のためにと中央政府軍に増援を要請していたのだが、その要請に応えず反逆者の追跡などにかまけているうちにこの有様だ。優勢だったはずのグラクーが、たった数日で劣勢となり敵の襲撃に怯えることになった。
 当然のようにグラクーは中央政府軍を批判した。これにより、中央政府軍は批判の挟み撃ちを食らう形となった。中央政府軍はそれに対し、グラクー増援部隊の編成は滞りなく進行していたところであり事態の急変に対処しきれなかったのは遺憾だったが増援部隊によって被害が最小限で抑えられたのも事実だとし、そもそも中央政府軍は反逆者を追っていただけで義勇軍に手を出した覚えはないと反論した。
 言われてみればその通りではあった。その反逆者の呼びかけで集まった義勇軍だが、中央政府軍はその活動に手出しどころか口出しすらしていない。義勇軍の足掛かりとなったバティスラマが反逆者の目的地となったことでこのようなことになったのであり、あくまでもこうなったのは反逆者のせいだという主張。
 増援にしても、被害が出てからではあったがちゃんと来てはいるのだ。グラクーへの攻撃は不穏な動きという兆候はあり予測ができなかったこともないとは言え急襲といって差し支えないものだった。兆候の時点ではまだ守りを固めているのか攻める体勢なのかを判断できない。対応が遅れるのも無理からぬ話だ。
 グラクー軍にしてみれば、中央政府軍の言い分はごもっともであった。だが、その主張に乗ってしまうと自分たちも世間の逆風に曝される恐れがある。特に中央政府軍は日頃から、最新鋭の兵器を大量に抱えておきながら平和で安全な中央に籠もっていて役に立たないと揶揄されている。多少のいちゃもんは慣れっこであろう。こういう時はとりあえず、曖昧な態度をとるのが常道という判断に従う。
 するとすぐさま義勇軍に回す燃料まで中央政府軍が持って行ったという声が出てきた。結果的にそうなっただけとは言え、実際に義勇軍に影響は出ていたのだ。それに、“黒竜3號”の迎撃には義勇軍も協力した。自分たちのいる場所が攻撃を受けるかもしれないとなれば、それはもちろん戦いに備えることになる。結果として、義勇軍は“黒竜3號”との戦闘のために後発部隊が出遅れ、活動に支障が出ることとなり今回の結果を招いたと反論してきた。それはそれでごもっともである。グラクーとしても曖昧な態度で乗り切っておいて大正解である。
 中央政府軍は義勇軍に手を出すつもりはなかったので、迎撃に参加せずにパニラマクアに向かっていれば手出しされることもなかったという反論も出たが、水掛け論の泥仕合になれば義勇軍サイドの方が世間の同意を得やすい。中央政府軍はあえて不利な状況に突き進んでしまったのだ。
 そして。自らに追い打ちをかけるように、この期に及んで中央政府軍は第三の反逆者追撃隊の派遣を決定したのである。

 その報せは第一第二の追撃隊の耳にも届くことになる。彼らの元にそれを伝えたのは暇潰しがてらにこれまでにも度々バルキリー数機をを引き連れて様子を見に来てきた隊長だった。
 追撃隊の隊員らは現在実質捕虜である。しかし、機軍相手に戦い続けているバティスラマに捕虜の収容施設はない。軍の中央施設の奥深く、奥すぎて使いにくいということでほとんど使っていなかった本来であれば重要なものを収めておくためのものであった倉庫にまとめて押し込んでおいた。そして、バティスラマは今レジナントの占領の作業もあって人手不足だ。使い物になりそうな兵士は作業員として徴用されてレジナントに飛ばされている。ここに残っているのはふんぞり返るだけで役に立たない艦長と負傷者だけだ。艦長二人は隊長の暇潰しと憂さ晴らしを担当させられた。
 知らせを聞かされた艦長たちは話し合う。
「どう思う、青の艦長。これは我々を救出するためだと思うか」
「そうであれば幸いだがな、黒の艦長よ。助けられたところで軍罰が待っているだけだぞ」
「ぐぐ。我々はこうして乗っていた艦の色で呼び合ってはいるが、今やその艦も部品の欠片一つ残っていない有様だ。かつて、これほどまでの失態を演じた者はいないぞ。罰も空前絶後のものになるであろうな」
 しばし二人は黙り込む。青の艦長が口を開いた。
「助けに来てほしいか?」
「……来なくていいな。帰りたくないぞ」
 そこに隊長が口を挿む。
「俺なら、軍罰を与えるために助けるなんて手間をかけたりせずに、手っ取り早く敵諸共始末するがね。面倒くせえし」
 これはあくまでも個人的な意見である。何事も雑で適当なこの隊長ならともかく、中央政府直属の軍がそんな雑で適当な処分をすることはない。しかし、このような時は何事も悪い方に考えがちである。
「どうする、黒の。……やっちまうか?」
「ぐぐ。だが青の。やっちまうとは言うが、我々には何もないぞ」
 それを聞いてにやりと笑う隊長。
「なんだい、やるってのか?その気があるなら道具は貸してやるぜ。もちろん、おかしな真似をすりゃあそいつにほっぺたギューってされちまうからな」
 隊長は負傷者の面倒を見ているバルキリーを指さしそう言った。ほっぺたをギューッとされて引きちぎられるか、両側からギューッとされて頭蓋を潰されるのか。ネガティブシンキングに囚われた艦長たちにはギューッの強さが極限まで増幅して想像された。
 その時、何があったのかバルキリーに付き添われている負傷者が苦悶し絶叫した。負傷者にも容赦ないことである。
「手柄を挙げたら俺たちの仲間として認めてやってもいいぜ。まあ、いつ来るのか、本当に来るのかさえもまだわかりゃしねえんだ。ゆっくり考えな」
 焚きつけるだけ焚きつけると隊長は暇つぶしを切り上げた。
 なお、先ほど苦悶の声を挙げた負傷兵とバルキリーにはこんなやりとりがあったのだ。
 時は僅かに遡り、ここにやってきた隊長が引き連れてきたバルキリーは負傷兵たちに声をかけていく。
『こんにちは。怪我の方はどう?良くなった?』
 包帯を取り換えながら負傷者に話しかけるバルキリー。
「うん。いくらかは良くなったかな」
『腕は動かせる?』
「いやいや、さすがにまだそこまでは……」
『人間の体ってなかなか治らないね』
「うん、そうだね」
 相手は機械だ。だが、若い女の声で親しげに声をかけられると何かむずがゆい気分になる。
『まだ手が使えないんでしょ。じゃあさ、ご飯食べさせてあげる』
「えっ。そ、そう?」
 バルキリーたちは負傷兵たちの食事も運んでいるのだ。
『はい、あーん」
「お、おう」
 これで声相応の女の子の姿をしていたら色々とヤバかっただろう。いや、これだけでも十分ヤバいのだが。それに、なまじ人の姿がないからこそ自分の理想の容姿の女のこっでイマジネーションする余地があるという一面もある。
 そんな妄想で軽くトリップしかけていた負傷兵は急激に現実に引き戻される。
「う。ぐおわっ。あぢぢぢぢぢぢ!」
 出来立てあつあつの料理を彼らに届けるべく、かまど搭載のバルキリーがすぐそばでしっかりと温めなおした料理である。口の中にそっと優しく押し込まれた芋は、悶絶するほどの熱さであった。
『えっ。ああっ。ごめんなさいっ。今度は冷ましてから食べさせるね』
 料理が熱すぎると食べられないことに気付けない機械のバルキリーも、これまでに多くの人間たちを観察しているのでこの様な時は息を吹きかけて冷ますということに思い当たった。
 しかし、バルキリーに息を吹きかける口はない。息を吹きかけることで何が起こるのか、そのメカニズムを考察する。料理には多量の水分が含まれる。それが蒸散するときに奪われる気化熱。そして、冷たい空気を当てることで直接奪われる熱。要は風を当てればよいのである。プロペラが搭載されていれば話は早いのだが、そんなものはない。
 手っ取り早くこの料理に風を当てるにはどうすればいいのか。その答えはすぐに出た。振り回してやればいいのである。その結果何が起こるのかを検証シミュレーションできればよかったのだろうが、急いでいたこともあって答えにたどり着いたことで満足してしまったのだ。振り回すことでフォークに刺された芋がいとも容易くすっぽ抜けることについては、体験を元に学習することとなったのである。
「あ痛。……う?うおおお、あぢゃぢゃぢゃ!」
 放物線を描いて飛んでいった芋は他の負傷兵の横っ面に当たり、そのまま襟の中から懐の中に滑り込んでいった。怪我で自由に動けぬ負傷兵の代わりにその面倒を見ていたバルキリーが慌てて芋を探すがもたついている。
『あああ。とんでもないことに!』
 うろたえるバルキリーを見ていた負傷兵の心は他人事であることをいいことに和むのであった。そして、この時の悲鳴が艦長たちの耳に届いて恐怖心を否応なく煽り立てたのだった。

 負傷兵の世話をしにきたバルキリーたちも色々あったがひとまず切り上げていった。
 バルキリーは学習能力も高い機械である。同じ失敗を繰り返すことはない。遠心力が働くから芋はすっぽ抜けるのである。常にフォークが回転の外側にあるようにすれば、遠心力によって芋はフォークに固定されるのだ。その遠心力に耐えきれずに芋が粉砕し、欠片が吹っ飛ぶことはまた実体験から学習することになった。同じ失敗は繰り返さないが、やり方を変えて似たような失敗はするのである。素直にプロペラを搭載するまでは食べる人に自分で吹いて冷ましてもらうのが一番であった。
 そんなバルキリーたちと入れ違うように、レジナント解体の手伝いに行っていた兵士たちが帰ってきた。
「どうだった、レジナントは」
「順調に解体が進んでいるとは聞いていたが、やってることは俺たちの艦が沈められたときと同じだな。あの機械に食われてたよ。……何の機械なのかと思ったら、解体作業用だったってことだな。まったく、作業機械も使い方によっちゃ恐ろしいや」
 彼らはまだバルキリーの正体を知らない。ただの自律型作業機械だと思っている。
「そうだな。作業機械もナメてかかると痛い目に遭う」
 ここにいる怪我人の多くはニュイベルたちの出迎えにやってきたブロイたちが操る武装作業機械にやられた兵士だ。本物の作業機械の恐ろしさも実際に味わっている。
「解体の作業はそいつ等が勝手にやってくれてるから、こっちの仕事はレジナントに拠点というか、町を築くことだな」
「おいおい、建築の訓練なんか受けてないだろ。そんなことできるのかよ」
「監督の命令通りに柱とかパネルを填めてくだけの力仕事だ。簡単だよ。他の細かいことはベテランや作業機械がやってくれるしな」
「組立の作業機械もあるのか」
「解体のと同じだけどな。結構なんでもこなしてくれる奴だ。うちにも一台ほしいよ」
「……欲しいよな。なんか可愛いし」
「可愛い?フォルムとかがか?」
「いや、何というか内面的なものって言うのかな。ドジな女の子って感じで守ってやりたくなる」
「そうなのか……?」
 首をかしげる兵士。
 解体にせよ組立にせよ、バルキリーは長らく手伝ってきた作業だ。学習能力の高いバルキリーのこと、今更失敗などしない。作業も正確かつ迅速に進めていく。その姿だけを見てきた兵士には、ここでやりなれない怪我人の世話を試行錯誤で失敗多めに行っていたバルキリーのドジぶりは想像もつかない。
 そこに艦長がやってきた。
「お勤め、ご苦労であった。……何だね、レジナントで可愛い女でも見つけたか」
「いえいえ。あの機械のことを話していたのであります」
「おお、あの世にも恐ろしき破壊機械か。レジナントにもいるのかね、あれが」
「はい。かなりの数が要塞に取り付き解体にあたり、組立を手伝う機もおりました。組立も人よりは機械の方が多く見えました」
「ふむ。それは恐ろしい所に放り込まれたものだな。よく耐えた。天晴れである。酷いことはされなかったか」
「いえ、特に。真面目に仕事もするし気も使わないので艦長より気楽であります」
「そうか。ここの負傷者たちはなにやら酷い目にあったようだが」
「そうでもないっすよ。また会うのが楽しみっす」
「む……?なかなか剛胆だな。先陣を切った艦の乗組員ともなるとさすがだ」
 話は微妙に噛み合わない。バルキリーのどんな一面を見たかによって印象がまるで違うのであった。
「それより、全員揃ったところで話がある。みんな集まってくれ」
 兵士たちに集合が掛けられ、艦長たちより先ほど隊長から伝えられた第三の追撃隊について話があった。
「まだ日程やその規模などの子細は明らかになってはいない。だがしかし、我々が二度に渡り失敗していることもあり、動くからには本腰を入れてくることが考えられる」
 兵士の一人が手を挙げた。
「本腰といいますとかなり激しい攻撃がここを襲うことが考えられますが、我々の安全は保障されているのでありましょうかっ」
「詳しい情報はまだないのである!……誰か、このことについて小耳に挟んだりした者はいないか」
「ニュースでみたっす!再度派遣する、二度の失敗を踏まえて容赦ない攻撃で一気に事態を打破する、これは問題が並立する現状を解決する唯一無二の方策である、そんなことを言っていたような気がします」
「うわあ、雑にちゃちゃっとやりそう」
 誰かが誰にとも無くぼそっと言った。
「むう。やはり連れ帰ってもどうせ罰を与えるだけの我々など安全の保障はないのか」
 考え込む黒の艦長。
「罰はあんたらだけだろ。こっちは巻き込まれただけだから見逃してもらえるぜ」
 兵士の中にはこんなことに巻き込まれ、艦長の失策で敗退し、捕虜にまでなったことで愛想をつかし忠誠心を失っているものもいる。
「なんだその口は!私語は慎め!」
 激昂する艦長。近くにいた負傷兵が言う。
「俺はここから逃げられないんだが。巻き込まれるじゃん!俺もレジナントに連れて行ってくれよ」
「レジナントだって危ないぜ。あそこ、勝手にオイル掘ったりしてるんだろ。それに、逃げ場所になるならまずはそこを潰すんじゃ」
「何だと。あそこは俺たちの町だぞ。手出しはさせねえ」
 勝手に話し始める兵士たち。私語を慎むつもりはさらさらないようである。
「そもそもさ。雑なのは俺たちを送り出したときもそうだったもんな。青き鸛がやられたってのに、どうやってやられたのかとかどう戦えばいいのかとか、そんな情報一切寄越さずに青き鸛は無力だったとかクルーが無能だったとか言っててさ」
 もちろん、その言葉に青き鸛の艦長が反応する。
「なに……?そんなこと言ってたのか」
「あー。確かに言ってたっすね。もちろん艦長殿の悪口も色々と」
 他の兵士の言質も取れた。疑う余地は無いようである。
「あの狒々爺め!」
 また激昂する艦長。それを尻目に、黒の艦長は冷静に言う。
「……我々も負けた以上、これから来る追撃部隊に同じようなことを言っているのだろうな」
 そこに一人の兵士がフォローを入れた。
「だがちょっと待ってほしい。我々の艦はよくわからないうちにやられていて、詳しい状況など本部に伝える余裕はなかったぞ。何も言わないのも仕方ないのでは」
「そういや、俺たちもそんな感じだったっけな……。降伏すれば攻撃はしない!なんて言ってたらもう艦内があの虫みたいな機械だらけでなぁ。投降する時間をくれてやるから戦艦とともに跡形なく消えるか好きな方を選べなんて言われて。それが黒竜3號の最後の通信よ。当然、本部に連絡なんて」
「じゃあ、俺たちが生きてるってことも知らないね」
「最初から俺たちを助けようとしてた可能性は皆無じゃん」
「つまりは此度の派兵は我々の弔い合戦ということになるのか」
「我々の時も言わばお主等の弔い合戦だったぞ、青の。……弔う相手を無能と罵っていたようだがね」
「あの狒々爺め!」
 会議は紛糾している。
「追撃部隊とどう接するべきかを話し合うつもりだったが、私の腹は決まったぞ。あんな奴ら、どうなろうと知ったものか」
「まあ落ち着け、青の。決断を出すのはもう少し様子を見てからでもよかろう。まずは我々の生存を知らせて、その上でどう出るか。それと、私のことをどう言っていたかだ。これは重要だ」
「俺たちは戦うためにきたんだ、工事を手伝う為じゃない!艦長!俺は戦います!たとえ敵が何であろうと!」
 戦えるのであればつい数日前まで仲間だった者たちとも戦おうというのか。これはこれで、些か危ない考えだ。
「俺たちのフロンティアに手出ししようっていうならそれは紛れもなく敵だ、うん。俺たちの町を守らねば」
 ほんの数日作業を手伝っただけで数年所属している軍以上の帰属意識が生まれたようだ。
 決断はあちらの出方を見てから、などといっていた黒竜3號の艦長だが、迎え撃つという意見が優勢であると感じ、考えを変え始めた。彼は慎重である。まずは交渉から入ろうとして先手を打たれて何もできずに降参させられるくらいには慎重なのである。よって、今ここで気持ちの高まっている多数派に逆らって静観を主張し続けはしない。長いものには巻かれ、低きに流れるのだ。
 こうして、一部余計な悪口を言った士官の自業自得もあったとは言え、中央政府軍の敵が勝手に増えていくのである。

 建築作業を手伝ってレジナントが自分たちの町のような気になっている捕虜たちよりも先にレジナントに根ざすことになったのは、ヘンデンビルらだった。
「ねえねえ。すごくない、バティスラマ。田舎だとは聞いてたけど、本っ当に人居ないよねー。夜になったら作業してた人も帰っちゃったし、娯楽もないし、あたし退屈で死んじゃう」
 一人で近くに散歩に出かけていたサナスティが帰ってきた。彼女はここがレジナントであることに気付いていない。恐ろしいのは、ここにいる誰もが彼女の勘違いに気付いていながら誰一人それを指摘しないことだ。もはや誰も彼女の勘違いを気にしなくなっているのだ。必要性があれば、サナスティも間違いに気付くだろう。気付かずじまいになるようであれば、彼女にとってその程度の事実だったということだ。わざわざ訂正する必要など、あろうものか。
 そして、普段ならこの近辺には作業に徴用されている中央政府軍の捕虜も宿泊しているのだが、この夜は休暇が始まり全員バティスラマに帰されている。丁度今頃は、バルキリーに熱々の芋を押しつけられ叫んでいる頃。そんなわけで彼らとは丁度入れ違いになっており、特に誰もいない日なのだ。
 とぼけたサナスティ以外はこのあたりに捕虜たちが居ることくらいなら話に聞いている。だが、さすがに休暇のことまでは聞いていない。そして、自分たちで捕まえた捕虜ではあるがそれほど興味もない。何せ、呼んでもいないのに向こうから勝手にやってきた連中だ。興味など、あろうものか。とりあえず、今判るのはサナスティは彼らに会わなかったし、自分たちも見かけてないなぁと言った程度。それ以上のことは別段考えもしない。
 いるかいないか判らない人のことなどどうでもいい。今考えるべきは、これから自分たちが何をすべきかである。ミリンダには一つ提案があるようである。
「せっかくだからさ、要塞の核を見に行こうよ。今はただの残骸だけど、バルキリーちゃんの本体も残ってるんでしょ」
 ここでもすっかりちゃん付けにされているバルキリー。そして、ミリンダは観光気分である。
「あ。それいいね。行こ行こ」
 ミリンダ以外も似たようなものであった。
「それ、俺たちも行くのか?」
 色々あったのでそろそろのんびりしたいと思う者も居るのだが。
「当然でしょ。係長も来ますよね」
「うん。そうだね、是非とも見てみたいね」
「はいけってーい。ご飯食べたら集合ね」
 のんびり出来るのはまだまだ先のようであった。

 地図を見ながら行くミリンダを先頭に、ぞろぞろだらだらと歩く一行。辺りはとっぷりと日が暮れ、所々にある疎らな常夜灯のみが微かな光を放っている。
 解体は外側から進んでいるので、中心付近は通路などが新たに敷設された程度で大部分が手つかずだ。まだ、巨大な建造物として存在している。
 入り口から要塞内部に進入する。この入り口も、歩いている通路も後から人間やバルキリーによって作られたものだ。しばらく進むと、通路のおくに開けた空間が現れた。ミリンダはそこで足を止める。
「えー。では最初に、私からとっても重要で残念なお知らせがありまーっす。核の手前には町があったって聞いてたでしょ」
 頷く一同。ミリンダは話を続ける。
「たくさんの子供たちが暮らしていて……機械による虐殺が定期的に行われていたんだよね。で、ここはその町の入り口なんだけど……出るって噂なのよね」
 何が出るのか。この話の流れ、そして話しているのがミリンダである。間違いなくアレだ。
 解体が始まった当初、作業員たちは元々この場所に存在していた町を拠点として利用していた。だが、落とせるところは落としたとは言えあちこちに虐殺の血痕が残り、虐殺があったという事実から目を背けるのが難しい状況。そんな中で幽霊の話まで出てきて、自ずと拠点は外に移動し、この町は捨て置かれることになったのだ。
「そんなことだと思った」
 呆れたようにいうバラウィ。バラウィにとって数少ないミリンダの受け入れ難いところはこのオカルト好きである。というのも、バラウィはそういうのが嫌いなのだ。
 しかしながら、最近では度々ミリンダにつきあわされるうちに、すっかり慣れてしまった。何せ、散々前振りにミリンダの怖い話を聞かされてから心霊スポットとやらに連れて行かれるが、何か起こった験しがないのだ。バラウィは自分にもミリンダにも霊感はないという結論に至った。感じることができないものは存在していないに等しい。存在しないものは怖くなんかないのである。ある意味、バラウィにとってミリンダは自分のお化け嫌いを克服させてくれた恩人と言えないこともないのだ。
「と、いうわけでー。肝試しはじまりはじまりー。じゃあペア作って」
 勝手に話を進めるミリンダ。どうやら、二人一組になって一組ずつ出発していくよくあるパターンのようだが。
「ペアって……男女だよな?女二人のペア一つ作っても一人余るけど」
 この言葉から察することができるように今のメンバーは女が三人多い。
「提案だが、ここは男一人に女二人という組分けにしてみないか。足りない分は普通にペアで」
「女の子二人連れて歩きたいだけでしょ。だーめー、余った分は女三人組にするから」
 下心見え見えの顔で言うゲイリーの提案を一蹴するミリンダ。何気に、この言い方は女たちのハートに火をつけた。その三人組になるということは、余り物ということになってしまうのだ。できればそれは避けたい。
「女と二人きりで薄暗い闇の中に放り込まれたら、襲っちまうかも。グヘヘヘヘ」
 下劣なことを言うディオニック。ディオニックは襲われて許せるような容姿ではない。女たちは戦慄した。
「しょうがないなー。私が責任を持って監視しておくよ」
 ヘンデンビルがそう提案したことで、更に男二人が消えた。余る女は5名となり、それだけ余るなら余ってもそれほど傷つかないかなと思い始める女たち。その一方で、男たちは知っていた。ディオニックに女を襲う度胸などないと言うことを。むしろ、女と二人きりになると言うだけでもどうすればいいのか分らなくなるような奥手だ。要するに、嫌われることでうまいこと女と二人きりを回避した形である。
 ペアの組み合わせも決まり、言い出しっぺのミリンダを皮切りに少し時間を空けながら一組ずつ出発していく。言い出しっぺだけにミリンダにはやるべきこともある。町は真ん中を一直線に通り抜ければすぐに核に到着するような狭さだが、それでは肝試しはつまらない。コースはあちこち寄り道する遠回りだ。先に行ってその順路を示す張り紙を張るのだ。
 張り紙は順路を示す矢印だけではない。要所にはそこがどんなスポットなのかを綴った文も貼り付ける。当然張り紙はミリンダが作ったもの、ミリンダはその内容を全て把握している。バラウィはまだ読んでいないので歩きながら読ませてもらうのだが、引き返したくなるような怖さだ。
「これ……本当の話か?」
 答えは分かり切っているが思わず聞いてしまうバラウィ。
「それはあたしの創作」
 返ってきたのは意外な答えだった。ここでの怪談は解体作業が始まり人が移ってきてから新しい拠点が出来て作業員が引っ越すまでのごく短い期間のもの、数は決して多くない。その数を水増しするためにミリンダがいくつか話をでっち上げたという。オカルト好きのミリンダが豊富なオカルト知識を惜しげもなく駆使して作り上げた怪談だ。その怖さは折り紙付きである。嫌な才能である。
 さらに言えば、本当にあった怖い話も具体的な場所まで特定できるものはなかった。だから実際にあった怪談についても場所は適当だという。それならバラウィもそれほど怖くない。ただ、場所は分からないが、この町のどこかに出たのは確かなのだ。そう思うと、あんまり怖くない怪談が一番怖い。そして、安心して歩くことが出来ないのである。
 それでも、びくびくしながらゴールにまで到達し、それまでの間にはいつも通り何事も起こらなかった。
「あら。なんだろあれ」
 ミリンダが何かを見つけた。よく分らないそれをよく見ようとしたミリンダは思わず悲鳴を上げた。
 そこにあったのは、生首であった。
「で、でで。出たああ!」
「おち、おちおち落ち着けミリンダ。あれはべべ別に幽霊って訳じゃなさそうだぞ。ただの生首だ」
「いやそれ充分怖いから!何これ、ニュイベルたちが脱走する時に殺されてた人の生首?」
「いや……それにしてはきれいすぎる。まだ、そんなに時間が経ってなさそうな……」
「え?え?じゃあ、まだ今も人が殺されてるって事……?」
 恐る恐るその生首に近付いていくバラウィ。ミリンダはどうしようか決めかねて狼狽えていたが、一人で取り残されるよりも生首に近付くことを選んだ。バラウィの背中に張り付き、そっとその肩越しに生首を覗き見る。
 その時、半開きだった生首の目が開き、ミリンダと目が合った……。