ラブラシス機界編

22話・激戦

 蒼き鸛からの連絡は途絶え、先回り隊も非常事態を知らせる通信を最後に沈黙した。
 ただならぬ事態が起こっているのは間違いない。中央政府軍はバティスラマへのさらなる派兵に向けて動き出した。遂に、中央政府軍でもトップクラスの戦艦である巨大戦艦“黒竜3號”が投入された。もはや輸送機を追撃することはかなわないだろう。ならば、バティスラマごと制圧する覚悟で臨まねばならない。
 一方、バティスラマに向けて出発したのは中央政府軍ばかりではない。ヘンデンビルの出したメッセージを受け取り、各地から義勇軍が飛び立ち、バティスラマを目指していた。
 子供たちを助けようと言うメッセージは多くの人の心を動かしたものの、軍隊を動かすには至らなかった。だが、その後に出されたパニラマクア要塞と手を組んで機軍を叩き潰そうというメッセージは軍隊の腰を上げさせるに十分だった。軍隊としては機軍を倒すためなら何でもする。得体の知れない存在でも明確な敵と敵対しているのなら挟み撃ちを仕掛けようと考えるのは当然。叩けるときに叩くのは基本だ。それに近隣の都市からしてみれば決して対岸の火事ではない。パニラマクアが制圧された後、機軍の制圧部隊がそのままこちらに攻め込んできてはたまらない。
 その軍隊に子供を助けたいという有志も便乗し、その分の支援物資もまた積み込まれ、バティスラマには大荷物を抱えた大所帯が集結しようとしていた。
 そして、中央政府軍の巨大戦艦“黒竜3號”は今。
「ええい、いつまで掛かっているんだ!まだ半分も終わってないじゃないか」
「すみませんねえ。こんな田舎じゃ大きな艦に給油することがないもんで。うちの設備じゃこれが限界ですよ」
「ふむう。どこかこの近くにもう少しまともな設備のある都市はないのか」
「少なくともうちの両隣は同じような設備ですなぁ。もっと中央に近い都市じゃないと」
「ぬう。給油のために引き返すのは無意味だな。仕方ない、だができる範囲で精々急いでくれ」
「現場の作業員を焚きつけておきますね」
 責任者は作業員に通信を繋ぐ。
「中央政府軍様がご立腹だ。この調子で全力で頼むぞ」
『了解!全力で引き延ばします!』
 当然、作業員からの返答は艦長には聞こえない。
 こんな感じで、足止めを食っていた。

 パニラマクア要塞と機軍の戦いは始まっていた。
 機軍はまだ攻撃を仕掛ける前だったが、パニラマクア要塞も機軍が集結しているのを知りながら大人しく待ちはしない。遠距離砲撃の準備を密かに進めていた。
 そして準備は整い、砲撃が行われた。
 各要塞や都市の距離は遠く、間には起伏に富んだ地形もありビーム砲での直接攻撃は難しい。弾道弾での攻撃は可能だが、だいたいは着弾前に発見され撃墜される。そのため、人と機軍の戦いでもいつも白兵戦による泥仕合が繰り広げられてきた。
 だが、間の地形を越えて直線的な攻撃を行う方法はある。聳える山を越えられるよう高い位置から攻撃すればいいのだ。
 パニラマクア要塞が作り上げたのは浮遊砲台だった。プロペラで上空に飛び上がることが出来、ケーブルでエネルギーを供給する。パニラマクア要塞の持っている知識と資源でできる精一杯と言ったところだが、ホバリング可能なプロペラはこの用途との相性はよく、タワーを作り上げるよりは建造も早く効率のいい方法だ。ホバリング状態での発射はやや安定性に欠けるが、機軍は数も多く広い範囲に散らばっているのである程度ブレても攻撃は当たる。むしろ、砲身のブレが薙ぎ払うような効果を生み、結果として多くの機械兵が攻撃を受けることになる。
 機軍もこの攻撃は予期しておらず、狼狽えるばかりだ。人間の兵器ではこれほどエネルギーを一気に放出する攻撃は行えない。都市機能の維持に必要なエネルギーを確保できなくなるからだ。機軍は機軍で巨大兵器を使う戦術を採ることはない。自分たちも人間も採らないこの戦術は想定外だったのだ。
 相手が無駄に数の多い機軍だったからこそ、この砲撃はある程度効果があった。しかし、無駄に数が多い機軍を多少減らしたところでさしたる影響もまたない。それでも、攻撃を受けたことに反応し機軍の一部の集団がパニラマクアに侵攻を始めた。統制も混乱したようだ。
 少数で攻め込んでくる敵など標的でしかない。バルキリーの集団が迎え撃って撃破し資源を回収する。だが、これも戦局に影響を与えるようなものではない。ただの小競り合いだ。

 そんなほとんど影響のない前哨戦だが、始まったことで色めき立ったのは人間たちだ。集結しつつあった義勇兵たちは、揃うのを待たずに急いで出発の準備を始めた。
 彼らの最優先事項は要塞内の子供たちの救出。すべき事は要塞周囲を包囲する機軍の群に血路を開くこと、そしてそこを通って脱出してくる子供たちの護衛だ。
 機軍の包囲はパニラマクア要塞を封じ込めるためのもの。戦力としてもその程度だ。外部から援護し挟撃すればかなりのダメージを与えられると踏んでいる。もちろん、機軍は各個撃破されるのを防ぐためにも包囲を解いて応戦のために集結する事になるはずだ。そうすると、そこに隙が生まれるわけだ。そこをついて子供たちをかっ攫う。
 この作戦に加わるのは人間だけではない。バルキリーも武装し参加する。先程の中央政府軍との戦いはいい演習になったことだろう。
 プロペラかグライダーが精々のバルキリーの機動力では長距離の移動は無理だ。人間の輸送機に便乗させてもらうことになる。
 格納庫に自力で収まっていくバルキリーを義勇兵たちは不思議な顔で見る。
「ど田舎だとは聞いていたが、その割には先進的な機械があるな」
 パニラマクア要塞を占拠しているものと同種の、要塞内部で見つかった機械だという事はさすがに伏せておいたほうがいいだろう。
 バティスラマの人間がどう説明したものか決めかねていると、リュネールが口を挟んだ。
「田舎で人手が足りないから気の利くお手伝いロボットが発達したって言ってましたよね」
「え。ええまあ、確かにそんなことは言いましたがね」
 確かに、ニュイベルはそんなことを口走った記憶があった。出任せで。
「なるほど。田舎は大変だなぁ」
 あっさりと納得された。リュネールもニュイベルにこれを言われて信じかけたクチだ。この出任せが都会人には十分通用することを身を持って知っている。もしもこれを見破れるような田舎者が同じ疑問を抱いたら……都会から持ってきたと言っておけばごまかせるだろう。

 義勇軍は準備の整った機から順にパニラマクアに向けて飛び立っていく。パニラマクアまではレジナントを含めていくつもの要塞があり、かなりの距離だ。その間を補給なしで飛べるのはかなり大型の輸送機のみ。しかも荷物をかなり減らさないとならない。燃料専用の輸送機を確保するという手もあるが、燃料用のタンクも確保にも時間が掛かるので、今の時点では限度がある。中型以下の輸送機の利用法も考えなければならないだろう。時間のなさが一番の痛手だ。
 ひとまず、レジナントに中継拠点を構築することになった。既に解体のための基地が作られているし、すぐには使えないものの資材は豊富だ。人手を確保できればその資源を利用する手立ても整えられる。事が済めばそのための設備を解体に流用できて一石二鳥でもある。
 そもそも、一番の問題点は燃料の確保だ。ただでさえバティスラマで生産できる燃料にそれほどの余裕があるわけではない。レジナントを解体して資源を回収するためのエネルギーもどうにかやりくりしていた。義勇軍の補給は解体作業どころかバティスラマの都市機能も一部止めて行っていたほどだ。
 その一方で、レジナントでは使われることさえなくほったらかされた油田がある。これをどうにかして使いたい。
 本来であれば要塞を占領した時には中央政府軍の技師団が派遣されてきて採掘装置の設置を行う。占領された要塞核はほぼ間違いなく自爆し、周囲にはほとんど何もなくなっていて設備の設置にも苦はない。だが、レジナントは要塞が丸ごと残ったままだ。設備を設置するにも準備することが多々ある上、そもそも中央政府の協力が得られる状況でもない。
 しかし、手立てがないわけではない。この場合、むしろ要塞が丸ごと残っていることが幸いとなる。要塞の採掘装置を利用するのだ。人類にはそんな技術はない。だが、それと同じ事をやってのけた先駆者がいる。パニラマクア要塞だ。
 パニラマクア要塞を占拠したバルキリーも、元々は要塞の中で飼われていた無力な存在だ。エネルギーの供給がなければあれほどまでに好き勝手はできない。そのやりたい放題を実現させているのは奪い取った油田から潤沢なエネルギーを得ているからに他ならない。
 こちらのバルキリーもパニラマクア要塞との細い通信で採掘装置の動かし方を伝授されていた。あとはバルキリーを採掘装置に連れて行くだけだ。採掘装置は要塞核にほど近い場所にある。分厚い内壁と幾重にも絡み合うパイプラインの奥だ。大変な解体作業が待っている。
 そのために必要なものも、やはり燃料だ。今し方出発していった艦隊に補給したことですっからかんになったバティスラマの代わりに、近隣の都市がある程度燃料を融通してくれることになっている。近隣も、理由は様々だが協力的だ。前線から遠いと子供たちを救いたいとか中央政府が嫌いというような理由が多いが、前線付近ではやはり自分たちに火の粉が降りかからないうちに機軍を叩いて欲しいという切羽詰まった思いが強まる。
 近隣で燃料を調達している間にも義勇軍は集まってきた。そして、本人たちに自覚のない足止めを食っていた中央政府軍の“黒竜3號”も確実にバティスラマに迫っていた。

 その巨大戦艦“黒竜3號”を待ち受けていたのは大艦隊だった。
 逃げ込んだ輸送機を追ってきた田舎町でこれほどの艦隊に遭遇するとは思っていなかった“黒竜3號”のクルーは泡を食ったが、よく見れば輸送機に小振りの戦艦が混じっただけの虚仮威しの艦隊だった。
 だが、本当に危険なのはこの輸送機の積み荷だった。言うまでもなく、バルキリーだ。
 輸送機の格納庫から、子供の頭ほどのバルキリーがばらまかれた。地面に落ちる前にプロペラで飛び始める。“黒竜3號”とこちらとの距離ではそんなことが起こっていることなど気付きようはない。低空飛行で真下から群れなして飛び上がってくる小物体など、驚いて飛び出してきた鳥にしか思えない。その鳥らしきものが次々と機体に張り付いていることに気付く術もない。
 “黒竜3號”はバティスラマの艦隊に通信で投降を呼びかける説得をしているうちに機体に開けられた穴からバルキリーの大群に侵入され、大混乱の中威嚇射撃さえせぬまま投降の逆説得に応じざるを得ない有様だった。

 その頃、パニラマクア要塞のほうも再び動き始めていた。
 集結していた機軍の大集団がパニラマクア要塞に向けて動き始めたのだ。
 長射程のビーム砲を警戒して広範囲に散開しながら接近してくる機軍を密集したバルキリーが各個撃破していく。それに構わず機軍は進む。機軍の数は圧倒的だ。バルキリーの集団による攻撃で多少減らされようがもののうちには入らない。
 ビーム砲による砲撃も機軍に襲いかかる。これまでよりも大幅にビームがブレた大きく薙ぎ払う攻撃だ。
 大きく砲身をブレさせるために、砲身の尻をプロペラのついたバルキリーたちが押していた。これは人間たちの入れ知恵だ。さらに、砲台の出力を落とすことで連射することも教えられた。出力が落ち、ビームもブレたことで威力は著しく低下したが、一部損壊で行動不能にさえできれば十分だ。数を多く破壊できた方がいい。
 これらはさすがになかなかの効果があった。機軍はどんどん数を減らしていく。
 それでも機軍は見る間に包囲の輪を狭め、パニラマクア要塞を取り囲んでいく。戦いは次の段階に進む。直接戦闘だ。
 方々で小規模な爆発が間断なく起こる。一見しただけでは機軍が一方的に攻撃しているように見えるのだが、機軍の中でも爆発は多数起こっている。
 これは主力攻撃の差違だ。機軍は撃てば嫌でも目立つビーム砲が主力だが、パニラマクア要塞側は実弾射撃か投石。攻撃していても目立たないのだ。
 投石というのが何とも頼りない感じはするのだが、数の多い敵を相手にするなら十分、むしろ手数を伸ばせるのでより効率的だ。ビームのように敵をその場で破壊するのではなく、弾き飛ばす。そのため距離を取っていた他の機械兵の側に高い確率で弾かれるのだ。撃ち落とされた機械兵は仲間を巻き込みながら爆発し、連鎖していく。目立たない割には確実に効果はあるのだ。
 しばらくの間戦闘は続いたが、数ばかり減らされ一向に前に進めない機軍が撤退を始めた。最初の戦闘はパニラマクアの勝利だ。

『おじゃましまーす』
 機軍対策情報局のとある一室にいた職員たちは突然の聞き慣れない女性の声に顔を上げた。
『不要物の回収をしていまーす。壊れた機械、いらなくなった機軍標本、その他の燃えないゴミ。ありませんかぁー』
 声の方を見ても女性の姿はない。回収カートの音声アナウンスだったようだ。
 ついに、始まったか。
 その声を聞いた職員たちはそう思う。
 世界中から機軍機械のサンプルが送られてくる研究所だが、研究の必要な新型はほぼなく、別な地域ですでに知られている型が新たに投入されていたり、十年以上前に見られていた機体が久々に現れたりで、そう言うときは先方にデータは自分で調べろと型番だけ伝えて手続きが終わってしまい、サンプルはゴミになる。
 そのようなゴミは契約しているリサイクル工場で回収してはいるのだが、元々処理が追いついていない。それに加えて近頃は新型の目撃報告が急増している。新型といっても先述の通り、既存のタイプが今までに見られなかった地域で投入されている程度だが、現場では見慣れないタイプということでまとめられる。機軍サイドで慌ただしい何かが起こっているのは確かだ。だが及びもつかないし、こちらとてそれどころではないサンプルの増えよう。余計なことを考える余裕はない。今はただ、このゴミをどこに捨てるかが悩みの種だ。
 正直、機軍の機械は構造が複雑で部品・素材が複雑に入り組みリサイクルも簡単ではない。そもそも、人間の生活ででる資源ゴミのリサイクルだけでも結構な量の資源が確保できており、今更機軍機械のリサイクルで割高な資源を確保したところで需要も薄く新たな業者を確保することもままならない。
 打開策として考えられたのは、より多くの資源を必要とし機軍機械のリサイクルにも慣れた前線に送り返すということである。輸送コストや受け入れ先の確保など課題もあったようだが、こうやって動き出したということはいろいろ折り合いがついたということだろう。
 倉庫はすでに飽和状態で見事なゴミ捨て場になり果てているが、それに加えて各研究室・調査室にもゴミは溢れ始めている。倉庫から運び出す方が回収する方としては楽だろうが、こうして現場に回収しにきてくれた方が助かるのだ。
 職員たちはゴミをカートに片っ端から放り込み、カートは瞬く間に満タンになった。何事もなく走り去るカート。彼らはそのカートがどこから、誰の指示でやってきたものかなど全く気にしないのであった。

 蒼き鸛、そして“黒竜3號”。中央政府軍の名だたる戦艦が敗退し、中央政府軍は色めき立った。このままでは中央政府軍の名誉が保てない。次なる手を打たねばならない。
 だが次の作戦を立てることを発表し考え始めた矢先、想定外の騒動が巻き起こった。
 グラクー戦線の司令官から非難が起こったのだ。そんな内輪揉めに投入する戦力があるならこちらに戦力を回せという、言うなれば極めてごもっともな話だった。
 極めてごもっともであるので世間一般もすぐにその意見に同調し、中央政府軍としてもこんなことに主力戦艦を投入してまた返り討ちにでもあったら痛手が大き過ぎると考えを改め、ひとまず矛を収めることにしたのだった。

 レジナントで進行していたオイルの採掘は準備が無事に終了し順調に採掘が開始された。
 採掘量について、監督官から報告を受けた隊長は大きく頷く。
「俺は詳しいことは分からねえが、数字を見た感じ普通に掘るよりいいペースみたいだな」
「ええ、そうですね。装置を改良したりすればさらに向上しそうです」
「うちの採掘機も取り替えてほしいくらいだぜ」
 実際に取り換えるとなると、その作業の間オイルの採掘が止まってしまうので些か難しい話ではあった。だが、レジナントで採掘されているオイルが大量に貯蔵できれば、作業中のオイルもそこで賄えるかもしれない。
「とにかく、これでレジナントの解体も一気に進みますよ。燃料の心配が要らないどころか余った分を分けてもらえるくらいになりますから」
「なんか、俺たちも儲かりそうだな。こいつでとっとと軍備を強化したいね」
「ええ。パニラマクアには機軍の戦力が集まってますからね」
「そっちの方はどうなってるんだ?小競り合いが起きてすぐに終わったと聞いたが」
 身を乗り出す隊長。
「パニラマクア要塞が守りきったようです。ただ、機軍もすぐに戦力を補充していますから次の戦闘も早々に起こるでしょう」
「こちらも援軍を送るとか?」
「ええ、手配中です。燃料の確保が容易になったので輸送手段の心配はありません」
「で、送り込む戦力はどうするんだ」
「まずは各地から集まった義勇兵。そしてレジナント解体に当たっている人員をそのまま送り込むつもりです。距離が近いですからな」
「よし、それなら俺もいっちょ、派手にぶちかましてくるかね」
 立ち上がる隊長。
「お言葉ですが。彼らはパニラマクアの捕虜の救出が最優先なので、派手にぶちかますのはその後になるかと」
「そうかい。それならぶちかます時だけ呼んでくれよ」
 とりあえず、隊長が軽はずみに前線に行こうとするのを今回も誤魔化して止めることが出来た。手慣れたものであった。

 レジナント解体に当たっていた作業員がパニラマクアに送られたことで、レジナントに新たな作業員が派遣されることになった。
 外郭3のメンバーにも声が掛かり、ブロイや帰ってきたばかりのニュイベルらに白羽の矢が立った。ちょうどいいのでヘンデンビルらも便乗して見学がてら手伝うことになった。
 早速レジナントに向かう一行。ニュイベルにとって久々に訪れたレジナントはかなり解体も進み、ほぼ丸裸になっていた。
「燃料不足で作業が進んでないって聞いてたが、結構解体が進んでるじゃないか」
 そういうニュイベルの不在の間に、燃料の確保に革新が起こったことをまだ知らないのだ。その辺をブロイは説明した。
「もっとも、進んでるのは壊すのだけだがな。選り分けたり運び出したりは全くだ」
 言われてみれば、切り崩された壁などがそこら辺に乱雑に積まれている。選り分け担当はバルキリーらしく、積み上げられた瓦礫に小さなバルキリーが張り付いて食い荒らしている。こうして見るとまるっきり虫だ。……正直なところ、勝手にこっそり食い荒らしているだけのような気がする。
「こっちではずいぶんと増えたな」
「材料は山ほどあるからな。エネルギーの確保もできるようになるし、もっと増えるぞ」
 喜んでいる場合ではない。
「通信を覚えたり、かなり進化してるよな。あの辺も併せて、いよいよもって何かやらかしそうで怖い気がするんだが……。大丈夫なのか」
「まあ、何を目的にしてるのかがいまだに分かってないからしょうがないわな。何せ、あいつも自分が何者なのかをよくわかってないと来てる。当面の奴の目的は自分が何者かを知ることさ。だからお仲間であるパニラマクアとコンタクトをとろうとしている。自分を見つけてきたら、どう変化するかさっぱりだ」
 そんなのに平気な顔で好き勝手やらせているのだからブロイはあまりにも無鉄砲だ。本当に、今の所こちらに友好的なのが救いだ。
「そのパニラマクアも正体不明だよな……。人間を匿ったりしてんだろ」
 匿っているというか、レジナント同様元々機軍が何らかの目的で養っていたという事だろうが。
「ああ。ただ、その辺のことはレジナントの調査でいろいろとわかってきてはいるんだ。レジナントでも、そしておそらくはパニラマクアでも・・バルキリーは人間の世話係をしていた可能性が高い」
 そもそも、定期的に殺されるという一体何のために養われているのかすら分からない人間の世話だ。相変わらず謎の方が多い。
「ただ、その頃から目の前で殺される子供たちにバルキリーはやりきれない思いを抱えてたみたいでな」
「機械がか」
「ああ、機械がな。パニラマクアの反乱も結局堪忍袋の緒が切れたってことらしい。あいつら、見れば見るほど人間に近い感情を持ってやがる」
 思えば、中央にいたバルキリーのコピーも妙に人間くさいところがあった。
「結局あいつら、何者なんだろうな」
「今一生懸命それを調べてんだけどな」
 パニラマクアとのコンタクトで、謎を解くための新たな鍵が見つかるかも知れない。ブロイたちと入れ替わりに出て行った連中の成果を期待しよう。

 リカルドらもレジナント解体の作業員として駆り出された。
 レジナントはかなり解体が進んでいた。レジナントの住人だった彼らだが、その頃はイレギュラーとして隔離されて過ごしていた身。もし町の姿が残っていたところであまり記憶にはなく、自分たちが生まれ育った場所だという感慨は全く感じない。しかも彼らが担当することになったのは町のあった要塞核付近ではなく外壁部分。彼らにとっては全く記憶に無いような場所だ。
 今は名前くらいなら覚えた見ず知らずだった人々に囲まれ生活することに何も違和感を感じなくなった。仕事も問題なくこなし、いつもヘラヘラ笑っているブロイといつもカリカリ怒っているニュイベルの影響か、感情も少しずつ豊かになってきている。特にラナは普通の若者と何ら変わらない。
 ただ、ラナは人知れず時折塞ぎ込むことがある。人前ではそのような姿は見せないが、夕食を早々に切り上げて部屋に閉じこもってしまう。リカルドも心配はしているのだが、事情を話してくれそうにないし朝には何事もなかったように元気になっているので立ち入らないようにしていた。
 しかし、今日からは事情が変わる。
 レジナント解体の作業員はかつてリカルドたちが住んでいた町の区画を宿泊場所として使っている。元々部屋の数は十分な数があったのだが、新たにやってきた作業員の分まではない。元々の作業員もパニラマクアへの派遣は急遽決まったことであり、長期間に及ぶ予定もない。荷物は置きっぱなしだ。彼らが元々使っていた部屋は使えず、空いている部屋は人数分ない。新たな作業員も長居する予定はないので、新たにやってきた作業員達は相部屋で詰め込まれることになった。
 リカルドはイレギュラーとともに呼ばれていた頃に同じ小屋に住んでいたこともありラナに相部屋を持ちかけた。少し悩んだようだがラナもそれを承諾する。
 ガドックはドワーフ同士の方が気楽なようで、気の合う仲間とさっさと相部屋を申請したようだが、リカルドは同性の人間とは今一つ反りが合わないのだ。男性器を失っているので当人に自覚はないがどうしても少し女性的になってしまうせいだった。かといって女性は女性でやはりリカルドとは異質である。結局、気楽な相手は気心の知れたラナしかいない。
 ラナもまた似たようなものだったが、リカルドには無い事情もあった。そんなことは露ほども知らずに二人きりになった夜、リカルドは何気なくラナに話しかける。
「久しぶりだな。こうしてラナと同じ部屋で寝るのは」
「そうね」
「そう言えば。相部屋の話をしたとき、少し迷ってたよな。俺のことが嫌いになったか」
「そんなことはないわ。そうなら断るでしょ。……ただね、私たち女と男だからさ」
 少し間を開け、リカルドは言う。
「ラナはそう言うの、気にするのか」
「私というよりは、私の友達がね」
「……そうか。確かにあいつら、そんな話ばかりしてるもんな」
 男と女が同じ部屋で寝ると言うことは。すぐにそういう考え方をするのだ。そんな“あいつら”について、ラナは思い出したことを口にした。
「知ってる?リカルドって結構女の子に人気あるのよ」
「知らないな。そうなのか」
 中性的な容姿に加え、感情が未発達であることがクールかつミステリアスに見えて密かに女子に人気があるのだ。
「私はそう言う話、あんまりついていけないんだけど。ちょっとくらいは影響受けちゃうのよ。リカルドの方はどうなの?女の子の話とかしない?」
「ああ、よくしてるな」
「みんな、私のことは何か言ってた?」
 何かの期待を込めてラナはそう問いかける。
「いいや、別に。ラナは胸が小さいからな」
 無表情で殴るラナ、無表情で殴られるリカルド。
「……悪い。気にしてたか」
「そりゃあ気にはするけど。……リカルドに言われたくない」
「それもそうか。俺もこいつのサイズの話には混ざれないしな」
 股間を指さすリカルド。もう一発殴るラナ。
「私も女の子なの。そういう話しないでよ」
「……ラナは変わったな」
「リカルドもよ」
「ラナは女らしくなったんだろうな」
「そう……かな」
 少し嬉しそうな顔をするラナ。
「俺も男らしくなったのか?」
「それはない」
「……そうか」
 軽く凹むリカルド。
「それこそ、リカルドが男らしくなってたら一緒になんか寝ないわ。そこだけは安心してるんだから」
「……ラナと一緒にいられなくなるくらいなら女になったほうがいいか」
「なに言ってるの……」
 呆れながらもなぜかリカルドの言葉がちょっと嬉しいラナだった。

 レジナントから派遣された人間の一団がパニラマクアに到着する頃、そこは激戦の渦中であった。
 人間たちの目的がパニラマクア要塞の中の子供たちの救出であることを考えればそれは当然の展開である。要塞から彼らの元に子供たちを届けるための血路を開かねばならないのだ。パニラマクア要塞は彼らの到着を前に機軍への攻撃を始めていた。
 機軍への攻撃を急いだ理由はまだある。要塞の向こう側からは機軍の大部隊が迫っていた。一気にけりを付けるつもりらしい。この大部隊が到着してしまえば子供たちを助けるどころではない。もはやパニラマクア要塞の陥落すら危ぶまれる。
 元々パニラマクアを取り囲んでいた機軍も決して少なくはない。パニラマクアが一斉攻撃したことでそれが動き出した。この一団にはパニラマクアの主力である投石や実弾射撃の通用しない大型の機械兵が多数含まれている。大きさに比例して装甲も重厚だ。その分機動力は低く陸上を移動することしかできないが、着実にパニラマクアににじり寄ってくる。
 ごく稀に撃ち落とされた小型の飛行機械兵の落下直撃や爆発に巻き込まれて損害を受けることはあるようだが、それでも大したダメージにならないことがほとんどだ。さすがにパニラマクアもビーム砲で応戦するが、エネルギー貯蔵力に乏しいバルキリーに搭載できるビーム砲は威力が小さく、数機掛かりで一斉射撃してようやく仕留めるような有様だ。
 義勇軍の持つミサイルランチャーであればもう少しくらいは効率よく大型の機械兵を撃破できる。小兵はパニラマクアのバルキリーに任せてデカブツを引き受けるのがいいだろう。
 義勇軍が援護射撃を始めると、パニラマクア要塞もそれに呼応するように戦力を付近に集中させてきた。機軍もまた然り。
 戦闘は激しさを増す。さすがにパニラマクア要塞もこれだけの敵を相手にするのは苦しいか。そう思われたが、これまでの小競り合いでパニラマクアが機軍から奪い取った資源により、想像以上の戦力を蓄えていたようだ。パニラマクア要塞からバルキリーが洪水のように溢れ続ける。
 絶え間なく迫り来る機軍も、絶え間なく現れるバルキリーに少しずつ押し返される。義勇軍とパニラマクア要塞の間にバルキリーが溢れかえる。そこに機軍の入り込む余地はない。
 血路は開けたかに思えた。しかし、激しい戦いで破壊された機械兵とバルキリーはそこに堆い残骸の山を築き上げていた。子供数名を乗せて空を飛ぶほどの力はバルキリーのプロペラでは生み出せない。陸路で運ばざるを得ないが、車輪では身動きがとれず、レッグでも崩れやすい残骸に足を取られ思うように動けない。キャタピラという概念にはバルキリー達にはないらしい。
 ならば、こちらから迎えに行くまで。そう思い義勇軍の輸送機が飛び上がったが、集中砲火に晒されることになる。遠方からの狙い撃ちでバルキリーを巻き込みながら到達した砲撃は威力をすっかり殺されて大したダメージにはならなかったが、輸送機のクルーを怯ませるには充分すぎた。輸送機は慌てて引っ込む。実際、このまま飛び続ければいつかまともな攻撃も食らうだろう。
 敵は遠くからの射撃しか出来ない。ならばむしろ、この残骸の山を活かす手はある。すでに、パニラマクアのバルキリー達は残骸を掘り進んで要塞とこちらを結ぶ道を作り始めている。溝のような道を作れば、その残骸が障壁となって機軍の目と攻撃を遮ってくれる。
 義勇軍も残骸に攻撃を撃ち込み、弾き飛ばし始めた。すぐに道が繋がりそうだ。
 機軍もその動きに気付いたかビーム砲を残骸の山に撃ち込んできたが、残骸の一部を溶かすばかりで何の意味も為していない。残骸は思った以上に良い防壁になってくれそうだ。
 しかし、問題はあった。時間が掛かりすぎるのだ。貴軍の大軍が遂にパニラマクア要塞に迫ってきた。まだ道は繋がっていないが、子供達を乗せているのだろう大型のバルキリーが多数要塞から出てきた。
 半ばまでの道を辿り、まだ撤去されていない瓦礫を駆け上る。義勇軍の削った溝に転げ込み、そこからこちらに這い寄ってきた。輸送機に格納されたバルキリーは蓋を開く。中には子供達がいた。転げ落ちたときの衝撃で怪我を負い、血塗れになってはいるが命に別状はなさそうだ。
 機軍の大軍はその動きを察し、要塞への攻撃よりも逃げるバルキリーと義勇軍への攻撃を優先するつもりらしい。要塞を素通りしてこちらに向かってくる。
 後ろの方から順に子供達を乗せたバルキリーが撃破されていく。バルキリー達も要塞の防衛を捨ててその攻撃の阻止に全力を注ぐが、機軍は義勇軍にみるみる迫っていた。これ以上ここに留まれない。義勇軍は子供達の格納を諦め、離脱を開始した。一部の勇敢な義勇軍は最後まで子供達の格納に当たったが、逃げ切ることが出来なかった。
 結局、多大な犠牲を払いながら救出できた子供はたったの8人だった。ゼロでないのが救いだ。そう言い聞かせながら帰還する義勇軍だった。