ラブラシス機界編

21話・待ち受けるものたち

 待ち伏せる輸送機を目指してくる巨大な航空機の姿をレーダーが捉えた。間違いない、中央政府軍の航空母艦“蒼き鸛”だ。当初の到達予想時間を大きく回り、場所もバティスラマの手前の都市・ベギヌスプリナにもあと一歩と言うところまで来ていた。
「バティスラマに先回りするつもりかと思ったけど、そんなこともなかったね」
 相変わらず危機感をまるで感じさせない声でヘンデンビルが言う。
 航空母艦の到着が遅れたのにはもちろん事情がある。途中の燃料補給で、ろくな設備が無くもたついたのだ。時間もなく、燃料も必要最低限と言ったところで補給を切り上げて発進したので、輸送機の進路を迂回して先回りするような余裕はない。
「周りに何もなくて迎え撃つにはちょうどいい所っすよ。やっちまいましょうぜ」
 なんとも気楽な感じでいう研究員。上司が上司だけあって、部下も部下だ。
「やっちまうのは俺たちじゃなくてバルキリーだがな。頼むぞ。……本当に」
 そう言い、バルキリーの頭をぽんと叩くニュイベル。
『まかせて!』
 この返事の軽さ……本当にやっちまえるのか不安な感じだ。声もしゃべりも女というのがさらに頼りなさを醸し出す。同じ女でもギリュッカくらい落ち着いていれば印象は変わるのだが。

 航空母艦の姿が肉眼で捉えられるようになった。“蒼き鸛”とは言うが、年期のせいかくすんだ色合いで言われてみないと蒼いという感じではない。ほんのりと青みがかったグレーだ。色はとにかく、現れた以上はあとはもうなるようにしかならない。
 グライダー式の小型バルキリーが輸送機の格納庫から次々と空中に飛び出していく。いつの間にこんなに作ったのか、すごい数だ。
 バルキリーには空中を飛び回るものもいれば、地上に降りていくものもいる。今回の作戦は、ただ逃げながらの空中戦ではない。航空母艦からの攻撃から逃げ回るふりをして、この周辺をぐるりと周回し、一度通った場所をもう一度通過する。その際、最初の通過で地上に降りて潜伏したバルキリーに迎撃させる。そして、この地上の戦力には重要な目的がもう一つある。
 ついに戦闘が始まった。先に仕掛けたのはバルキリーだ。バルキリーに搭載された兵器は貧弱で、それに対して航空母艦はあまりにも大きい。攻撃が当たったところで蚊が刺す程度のダメージでしかない。しかし、それでも十分だ。この攻撃の目的はダメージを与えることではなく挑発だった。
 挑発に乗り、航空母艦が自律戦闘機を発進させた。方々で小さな爆発が起こり、自律戦闘機かバルキリーが撃墜されていく。地上ではバルキリーが動き回り、蟻のように壊されたバルキリーや破壊した自律戦闘機の一部を運んでくる。資源の回収。これが地上に降りたバルキリーのもう一つの役目だ。こうして集められた資源で再びバルキリーを生産し、戦闘に参加させるのだ。
 自律戦闘機一機を撃ち落とすのに、何十という小型のバルキリーが必要になる。だがそれでもこちらに分のある戦いだった。何せ向こうは減っていくだけ、こちらは戦力を回復できる。それどころか、数が増えていくのだ。
 母艦側の出方も拙かった。あちらはまだ輸送機の姿を捉えていない。それにまとわりついているのはまさに羽虫のような小さな機体の群。まだまだ本気など出すはずもない。
 しかし、軽く追い払うつもりで手を出してみればとんだ毒虫。気が付けばかなりの苦戦を強いられ、結構な数の自律戦闘機を失った。そして、彼らはまだ気付いていない。失った分、敵に力を付けさせることになると。
 母艦が輸送機を見つけたようだ。次々と自律戦闘機を放出する。そして、彼らは予想もしないところからの攻撃を受けることになる。地上からだ。まさに、地上に降りたバルキリーたちの射程圏内に入っていた。そして、撃ち落とされた先でバルキリーたちによって解体されていく。地上でもバルキリーの生産が始まっており、そこから新たなバルキリーが飛び立っていく。
 撃墜された自律戦闘機は回収され、損傷の小さなものは解析にも使われた。自律戦闘機はの強みは操作者などの外部の制御無しで単独でも戦えるようプログラミングされた動作だ。容易に量産できて出撃させれば放っておける。そんな強みが今回は弱みに転じた。こうして解析されてしまえば行動のパターンが読まれ放題になる。今更本気を出して自律戦闘機を大量投入したところで逆効果でしかない。
 気が付けば、バルキリーの群は雲霞のようになっていた。航空母艦はすっかりバルキリーに取り囲まれ、もはや輸送機を攻撃するどころか退却することさえできない有様だ。
 バルキリーは母艦の外壁を食い破り、艦内に進入していた。逃げ回る乗組員の姿がモニタリングされる。さぞや、生きた心地がしないことだろう。
 母艦は地上におりた。乗組員たちが次から次へと飛び出して荒野を遁走していく。残された母艦には一斉にバルキリーが群がった。ウジ虫に食い荒らされる骸のようにじわじわとその姿を消していく。味方だと思っているニュイベルたちにとっても、寒気しかしない光景であった。

 戦闘は終わり、荷物がかなり増えた。何せ、巨大な母艦一隻分丸ごとだ。バティスラマとの距離も近いので、急がずとも後で回収できる。燃料も奪えたので、輸送機に乗り切らない分は資源そのものに運ばせる。
 さらに積まねばならない荷物があった。先程遁走した母艦の乗組員たちだ。逃げると言ってもこんな何もないところでは、最寄りの都市を目指して歩いたところで到底辿り着くことなどできずに餓死するのが関の山だ。
 彼らもバルキリーたちが探し出してきて引っ張ってきた。その間、どんな絶望的な気分を味わわされたことだろうか。輸送機に彼らを乗せるスペースはあるが彼らと茶飲み話を楽しむ気にはならない。とりあえず適当な部屋に押し込んでバルキリーに見張らせることにした。彼らの絶望の一時はもう少し延びそうだ。
 彼らをどうするか決めねばならない。近くの町に置いて行くのか、それとも人質として連れて行くのか。
「まあ、もうちっと後で考えようよ。そう言う面倒なことはさ」
 ヘンデンビルの適当すぎる発言に異論を唱えるものはなかった。だが彼らは失念していたのだ。考えるのを後回しにできるほど時間は残されていないということを。結局、捕虜になった乗組員たちのことはそのまま思い出されることはなかった。

 報道が政府軍の作戦についての情報を垂れ流したのは政府軍の意図したものではなかった。だからこそ、既に手遅れではあったが程なく沈黙し、勝手に余計な情報をばらまくのはやめた。
 報道側の暴走であったため、伝えられたのはよりセンセーショナルな情報が中心だった。センセーショナルな出来事だった自律戦闘機搭載の母艦発進は大きく取り上げられたが、その裏で誰にも興味を持たれずに地味に進行していたことがあった。
 中央政府軍の一団が、バティスラマに向かっていた。自律戦闘機による追撃が失敗した時のために機動力の高い部隊を先回りさせておいたのだ。失敗と言っても航空母艦が輸送機を失跡したときの時間稼ぎであって、よもや輸送機相手に母艦そのものが喪失するほどの大敗は想定してはいなかったのだが。
 実際、追跡は輸送機が船体コードを書き換えたことで一度頓挫しかけてはいた。だが、いくら船体コードをごまかしたところでド田舎を飛ぶ不自然に大きな輸送船はやはり目立ち、すぐに追跡が再開されたのだ。しかし、見つけなかった方が幸せだったのはご存じの通り。
 そんなことになっているとは知りはせずとも、輸送機がバティスラマに接近しているという情報は先回り部隊に届いていた。航空母艦からの連絡が途絶えているのは気になるが、見失って全力で捜索中なのだろうと都合よく楽観的に解釈し、輸送機を孤立させる為にバティスラマに乗り込んでいく。
 中央政府軍の隊長はバティスラマの司令官に面会する。反逆者の捕獲に協力を申し入れると快く応じた。司令官は言う。
「まもなく奴らの仲間と作業機械が乗った飛行機が空港に到着します。そいつらを人質にすれば奴らも手が出せませんぜ」
「それはいい。しかし人質というと聞こえが悪いですなぁ。捕虜と言いましょう」
 司令官と中央政府軍の隊長はほくそ笑み合うのだった。

 ブロイは仲間数人を引き連れてバティスラマの空港にやってきた。まもなく到着するニュイベルたちの出迎えだ。外郭3には彼らが乗ってくる大きな輸送船を離着陸させられるような大きな空港はない。だから離着陸できる程度の輸送機への載せ替えが必要になるのだ。そのためにも作業用の重機も必要だった。
 空港で彼らを出迎えたのはバティスラマの部隊を引き連れた中央政府軍だった。中央政府軍のガンウォーカーが周囲を包囲する。高い防御力とそこそこの攻撃力・機動性を持つ陸戦兵器だ。
「おとなしく降伏せよ!さもなくば……」
 ドドド、ドォン!
 隊長の宣告が終わりもしないうちに発砲と爆発の音が辺りに轟く。
 中央政府軍も無抵抗の相手に向けていきなり砲撃するほど横暴ではない。今回はいきなり砲撃された方だ。
「な……何だ!?抵抗するのか!容赦せんぞ!撃て、撃て、撃てえええ!お前等も撃つんだあああ」
 最後の一言はバティスラマの部隊に向けてだ。バティスラマの部隊も攻撃の体制に入った。
「ぐうぅ……。作業機械じゃないのか!なぜ攻撃してくる!」
 歯噛みする隊長。作業機械と言っても、作業のためだけに大型の機械を抱えておけるほど資源にも置き場にも余裕がないのが田舎だ。自ずと作業にも戦闘にも使える重機が作られることになる。武器さえあれば作業機械が攻撃するのはおかしなことではない。
 隊長は作業機械に攻撃されたことではなく、なぜ攻撃の準備をして彼らの前に現れたのかを疑問に思うべきだった。
 ガンウォーカーにせよ作業機械のPDWにせよ、遠隔操作なので撃ち合って大破したところで直接人的被害は出ない。しかし、輸送機から一緒に出てきたばかりのブロイたちは距離が近く、巻き込まれる危険性が高く、分が悪いと言えた。しかし、この状況で戦いにくいのはむしろ中央政府軍の方だった。
 この世界で戦いと言えば人間と機械。人同士で戦っている余裕はない。人同士で起こる戦いなど、ご近所トラブルや恋の鞘当て程度の小規模の争いだ。殺し合いに発展することも少ない。そんな中で、前線から遠いところにいる中央の兵士が人を殺す訓練などしているはずもない。兵士たちは人を巻き込まぬように攻撃しようと苦慮していた。
 そこに砲撃の音が再び轟く。発砲したのはバティスラマの部隊、被弾したのは中央政府軍のガンウォーカーだ。
「貴様等、裏切る気かっ?」
「ハァ?裏切るだってぇ?最初からてめえらについた覚えはねえぜぇ!これから帰ってくる連中は俺たちの仲間だ。仲間に手ぇ出そうってんなら、そりゃあ敵だろうがぁ!」
 激しい口調と裏腹な満面の笑みでいうバティスラマ司令官。先程の密談で司令官がほくそ笑んでいたのはこの瞬間に思いを馳せてのことだった。
「反逆者の肩を持つ気か!」
「反逆者って言うけどよ。連中が何をしたって言うんだ?見た感じ、子供たちを助けましょうってふれ回ってるだけじゃねえか」
「だからそれが機密の漏洩に……」
「だからそれがどんな機密なんだよ?……まあいいさ、話は後だ。まずはてめえらをとっちめる!」
「う。うおおおおお!お前たち、容赦するな!撃て、撃て、撃てええええ!」
 喚く隊長だが、そうこうしている内に中央政府軍はもう壊走状態だ。人を巻き込みたくないと手加減している内に逆に容赦ない攻撃を受けた。中央政府軍は兵器が攻撃を受けても巻き込まれない安全な場所に陣取っていた。逆に言えば、そこを直接狙われると無防備だ。そこに着弾して死者・負傷者が出たのだ。明らかに流れ弾ではない。意図的に狙って撃っている。
 バティスラマの部隊は長年前線で戦っている。相手が機械とは言え、再起不能になった仲間に止めを刺して引導を渡してやるようなことも希にはある。味方を撃つことができるなら、敵を撃つことに迷いはない。死はより身近で、覚悟も違うのだ。
 撃たれたくはないが、自分も人を撃ちたくない。そもそもこんな命がけの戦いになるとは思っていなかった中央政府軍の兵士たちは次々と持ち場を捨てて逃げ出した。バティスラマの兵士のいないところまで離れた兵士は、格好の的でしかなかった。しかし、逃げまどう兵士を殲滅するほど彼らも鬼畜ではない。兵士を巻き込まないような所に虚仮威しの砲弾を撃ち込むに留めた。それでも混乱を煽るには十分だった。
 彼らを最後に待ち受けていたのは輸送機から飛び出したバルキリーの群だった。地上を走行する物もあればプロペラで飛ぶものもある。逃げまどう兵士たちにアームを伸ばして取り付き、取り押さえていった。
 中央政府軍は実戦経験は乏しいが情報の蓄積と兵士の教育には熱心だ。実際に戦う前線ではほとんど知られていないバルキリーが死神と呼ばれる殺戮マシンであることも、相手として戦うことなどない敵の気楽な無駄知識として兵士たちの頭の中にあった。死神に取り押さえられたときの絶望感たるやいかほどの物か。もちろん、彼らも命は奪わず生け捕りにされ、身動きがとれないまま輸送機に運ばれ積まれていく。
 安全なところで兵士に指示を出すだけだった隊長など、真っ先にバティスラマの兵士に取り囲まれて取り押さえられていた。一番大したことをしていないのに袋叩きにされている。兵士に直接砲弾を撃ち込んだことと言い、死神呼ばわりのバルキリーよりも人間の方がよほど無慈悲だった。

 それより少し前。
 寂れた広野をゆく輸送機が目立っていたように、超高速でバティスラマを目指す先回り部隊もまた、かなり目立っていた。何せ、このスピードで飛び回れる中型機はこの辺りにはないのだ。
 その怪しい飛行機の話はすぐにバティスラマにも届き、外郭3からバティスラマに向かう準備をしていたブロイたちの元にもすぐに伝わる。外郭防衛隊長にバティスラマ司令官からの通信を転送された。
『あんたがあの狂犬の飼い主かい」
 恐らく、バルキリーのことだろうか。どのような話が伝わっているのだろう。
「んー。大人しいもんですぜ、少なくとも今のところは」
 ブロイは一応擁護しておく。
『そうかい。まあいい、話は聞いただろう』
 いきなり言われても何のことだかさっぱりだ。
「いえ。今いきなり通信を繋がれたところでして、なんの話も聞いてないです」
『そうかい。それなら要点だけ掻い摘んで話すぞ。中央の方から軍隊のものらしい飛行機が飛んでくる。恐らくは中央から帰ってくるチームの先回りをするためだろう』
「ありゃ。そりゃ面倒なことになりましたな」
『あいつら、こっちが苦戦してて何とかしてくれって言っても動きゃしないのに、こう言うときばかり素早く動きやがって。くっそ気に入らねえ』
 愚痴を言い始めた。確か要点だけを話すのではなかったか。仕方ないのでこちらから本題を振る。
「それで。我々はどうしますか。ここで様子見ですかね」
『ああそうそう、その話だ。どうせあんたら、作業機を積んで来るんだろ』
「ええ、そりゃもちろん」
 とは言ったものの、隊長が想像しているような作業機械を持って行く予定はない。荷物の移動はバルキリーが手伝ってくれることになっている。
『そいつをちょっと武装しといてくれないか。こっちは連中の仲間が来るから肩慣らしがてら捕まえようとでも言って誘い出しておくからよ。挟み撃ちにして叩き潰しちまおうぜ』
「はあ。いいんですかい、そんなことして」
『ああ、俺が許す』
 ブロイがこのことの許可を司令官に確認しているわけではなく、こんなことをして司令官が許されるのかという話をしているのだが。
 ブロイもバルキリーの件ではやりたい放題やっているので、今後このことについて何が起こるか分かったものではない。司令官が好き勝手にやると言うなら文句を筋合いもないし、もうなるようにしかならない。それに、ニュイベルたちをよく知りも知らない連中に売り飛ばすくらいなら、そのよく知りも知らない連中を追い払う方がいい。ここは従っておくことにしよう。
 結局、通常の作業機械と人手が必要になりそうだ。ブロイはその手配に追われることになった。

 事前にそんなやりとりがあったことなど露ほども知らず、のこのことやってきた中央政府軍の部隊はあっけなく撃退された。
 程なく、バティスラマにニュイベルたちの輸送機が到着した。彼らを出迎えたのは散らばる残骸と煙の臭い。
 その一角にこの辺では見かけない制服の男たちが集められ、周りをバルキリーに取り囲まれて竦み上がっている。その服に見覚えはある。中央政府軍の服だ。そう言えば、船倉にこんな服の連中を捕らえていたはずだ。すっかり忘れていた。彼らもまたバルキリーに囲まれて怖い思いをしているはずだ。
 そもそも、何があってこんなことになっているのか。バルキリーならお互い連絡を取り合って知っているはずだが、特に何も要っていなかった。わざわざ言うほどのことではないと判断されたのだろう。ならば、大したことではないのか。
 そんなことを考えていると、バルキリーたちに取り囲まれながらこちらの捕虜も連れ出されてきた。さすがにバルキリーたちは自分たちで見張っていただけあって忘れたりはしない。
 捕虜となった中央政府軍は一ヶ所に纏められた。決まりの悪そうな顔で合流する。
「輸送機がこちらに向かっているというから逃げられたんだと思っていたが……まさか捕まっているとはな。何があった、“雀蜂”はどうしたんだ」
「やられたよ。一機残らず食われた」
「食われた……?何があったって言うんだ」
「あれだよ」
 ここでの乱戦で出た残骸を片付けているバルキリーを顎で指す母艦の艦長。ここでは残骸を運び去る先が近いので食わずに切り刻んでそのまま持ち去っているが、彼らからすれば同じことだ。
「撃ち落とされてはあんな風に食われ、バルキリーが増えていくんだ。最初はたった一機だったバルキリーが“雀蜂”を一機食らうごとに一機ずつ増えていくんだ。終いには“蒼き鸛”まで食い始め、空も大地も奴らで覆い尽くされたよ」
 事実は艦長の記憶の中で壮大に脚色された。しかし、艦長にとっては実際にこのくらいのことが起こったに等しいインパクトがあったのだ。そして、話を聞かされた隊長もそれを真に受けて戦慄した。
「バルキリーとはまさに破壊と殺戮のための機械なのだな。そのような機械と手を組む奴らは世界の滅亡を願っているに相違ない。我々にはもはやその滅亡を指をくわえて見ていることしかできないが……誰かがきっと何とかしてくれる。悪の栄えた例しはないのだからな」
 自分にはもはや何もできなくなり、そのような恐ろしいものの相手をすることもないことに心の中で胸をなで下ろしながら隊長が他力本願な言葉で纏めた。

「おまえらも派手にやらかしたみたいじゃないか」
 話すほどのことでもないのだろうとは思いながらも、一応ここで何があったのかは気になるのでバルキリーに話を聞いていたニュイベルにブロイが声をかけてきた。ブロイはこちらに何があったのかはバルキリーを介して既に聞き及んでいるようだ。
「派手にやらかしたのは俺たちってことでもないぞ。少なくとも、俺はあらゆることに関わっていない。あくまでも傍観者だ。無関係だ」
「そんなことはどうでもいいんだ。俺たちも派手にやらかしちまったからな。そのせいで中央が怒ってとんでもないことになったらどうしようかと思ってたが、俺たちより先にそっちがぶちかましてたってことなら、何かあっても俺たちのせいじゃないな」
 どちらも、見事に無責任だ。
「残念だが、俺たちは攻撃されてそれに反撃しただけだ。それに比べてそっちは騙し討ちじゃないか。どちらが怒りを買うかな?」
 口の端を吊り上げるニュイベル。
「ぐぅ……」
 あまりにも醜い責任の擦り付け合いだ。そこにヘンデンビルがやってきた。
「おたくがこちらのバルキリー研究の主任さんですかな」
「え。いや、そんな大したものでは。珍しいものを拾ったんでいじり回しただけですよ」
 機械要塞のど真ん中で暴れていた物を動かしてみようなどと言う無謀なことをしでかしたわけだが、特に触れないことにした。
「私は元・機軍対策情報局前線調査部解析研究課3係係長のヘンデンビルです。今は……ただの物好きなオッサンですかな。まあ、私も珍しいものが見つかったら調べてみる役回りでしてね。これだけ珍しいものが出てきたということで、こっちまで出張ってきたということですよ」
 そんな生やさしいものではないのだが、特に触れないことにした。
「それで、パニラマクア要塞の状況はどうですかな」
「機軍が集結しているような感じですかねぇ。向こうも相当な戦力を集めてから一気に攻めるつもりでしょうな」
「ふぅん……。しかしそれなら、それを叩き潰してやれば機軍にも大打撃だなぁ」
「ですな。ですからこれは我々にとってもチャンスかと。……で、応援は集まりそうですか」
「どうだろう。……そうだなぁ、今出た機軍を叩き潰すチャンスだって言う話も一緒に流しておくともっと乗ってくる人がいるかな」
 端末をいじり始めるヘンデンビル。さすが手が早い。
 すると、今度はあまり見覚えのない人がやってきた。
「ひゃーっはっはっは!中央のクソども、へっぽこのくせに威張り散らしやがって。思い知ったかざまあみやがれ!」
 身動きの取れない艦長と政府軍隊長を罵り倒し歯噛みをさせたあと、こちらに向き直る。
「バティスラマ防衛軍の司令官殿ですな」
 ブロイには聞き覚えのある声だった。発表や広報などは防衛隊長や参謀などに任せきりでほとんど姿を現すことはなく、直接所属しているわけでもないとその顔を見ることはほとんどない。
 意外と若い男。そして、威厳などはまったく感じさせない、落ち着きとは無縁の伝法な男だ。言うなれば、路地裏でたむろするちんぴらのリーダーのような風情。
「よう。いやあ、すかっとしたなぁ!グッジョブだ」
 そして、軽かった。
「さっきは気にしませんでしたけど……。こんなことしちまって大丈夫なんですかね。これで中央の軍隊が怒って制圧とかに来ませんかね」
 恐る恐るブロイが尋ねると。
「来たら来たでその時さぁ」
 何も考えていなかったのだろうか。だが、そうではないようだ。
「万が一中央がこれで動いて押し寄せてきたとしよう。そうすると、だ。この近辺の都市も黙っちゃあいないさ。いや、一番黙っちゃいないのはグラクーの連中かな。こんなことをする暇があるんなら、俺たちをちったぁ手伝いやがれって事だな。俺だってよう、こっちがどうなっても動きやしねえ中央政府軍には腹に据えかねるもんがあんのよ。余所のお偉いとの会食の時だって、大概はその愚痴で盛り上がんのさぁ」
 こんな事をやらかすには、それなりの理由もあったということか。やっちゃって良かったのかどうかはさておき。
「ところで、さっきからちょこまかと動き回ってる見たことのないメカはなんだい」
 今更、バルキリーのことが気になったようだ。
「これが例のモノです」
「ああ、これが例の。……なんでえ、中央政府軍はこんなちみっちゃいモノにびびっってんのかい」
 そのちみっちゃいものが見事に中央政府軍を撃退したのだが。パニラマクア要塞を見ればその意見も変わりそうだ。そんなことより、ここまでバルキリーのことを知らないとは。
「おいブロイ。バルキリーのこと、上に報告してるのか」
 ニュイベルは小声でブロイを問い詰める。
「んあ?一応はしてるぞ。バルキリーが増えたり育ったりしてからは何かするとなったら上にお伺いくらいは通してるさ」
 流石にこの距離だと耳に届いたらしく、隊長が口を挿む。
「細かい許可を出すのは俺の仕事じゃあねえ。それに、どこかの要塞じゃあそいつらの大群が機軍と対立してんだろ」
 大雑把には知っていたようだ。
「そいつらが俺たちと対立してここが占拠されたとして、だ。俺たちに勝つような連中が機軍の壁になるんならベギヌスプリナはしばらく安泰だろうさ。それに、今のところ仲良くできそうな雰囲気もあるらしいしな。それならあとは好きにしろって事さ」
 そう決めてから、よほどのことが起こらない限り報告は不要と言うことになっていたのだ。それで司令官への情報が止まっており、現在起きていることの子細までは知らないと言う状況になっている。何とも適当な話だった。そして、ここが滅ぼされることになってもバルキリーが自分たちの代わりに壁になると言う考え方は、荒っぽいがなかなかに肝が据わっている。その辺はさすが司令官になる人物と言うべきか。ただ、一緒に滅ぼされるだろう住民には堪ったものではない。

 荷物の移し替えが終わった。これで外郭3に飛び立てる。
 当初、外郭3からの迎えの輸送機は1機の予定だった。だが、中央政府軍を挟撃することになり、その戦闘機械を積み込む為に輸送機を増やした。荷物を積み込んでもまださすがにがらがらだ。だが、まだ荷物は増えるようだ。中央政府軍を顎で指しながら司令官は言う。
「あんたらの所も人手がほしいだろ。こいつらくれてやるよ」
 実の所、最近まで足りていなかった人手も最近はバルキリーが色々手伝ってくれるので何の心配もいらなくなったところだ。
「ご心配には及びません。どうぞお納めください」
 すっかり物のような扱いだ。
「俺はこいつらのツラを見てるだけでむしゃくしゃしてくるからな。こいつらのため、いやお互いのためにも、俺の目の届きにくい所に連れて行ってほしいんだわ」
 ここでさらにいらないと言った場合、彼らの命は保証できないと言うことになる。さすがにそれはかわいそうだ。
「……じゃあ、もらっておきますか」
 こうして開いていた積載スペースも埋まり、中型輸送機は外郭3に向けて飛び立った。